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福岡高等裁判所 昭和51年(ラ)15号 決定 1977年6月21日

抗告人 井上宏(仮名) 外三名

相手方 井上キヨ(仮名) 外二名

連  文

本件各抗告を棄却する。

理由

一  抗告人らの抗告の趣旨は、「原判決を取消し、さらに相当の裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は別紙一(略)および同二(略)のとおりである。

二  抗告人井上宏、同井上康明、同井上照夫の抗告の理由(別紙一(略))第一について

所論は、被相続人が相手方武志に対し出捐した同人の大学進学にともなう学資は、生計の資本としての贈与であり、相続財産の価額に加えるべきであるのに、原審判はこの点を看過しており不当であるというのであるが、本件記録によれば、被相続人の右の出捐は、同相手方が昭和二六年四月から一年間○○×科大学別科(一年制)に通学した際の高等学校並みの授業料と自宅から同大学までの交通費および同二八年四月から××××大学夜間部(四年制)に通学した際の入学金と最初の半年間の月約一万円程度の仕送りのみであり、その他の学校諸経費、生活費等は、同人が自らアルバイト等して得た収入によつたものと認められ、被相続人の財産状態等を勘案すると、右の程度では未だ民法九〇三条に規定する生計の資本としての贈与にあたらないものというべきであり、所論は採用できない。

また所論は、原審判遺産目録(以下目録という。)<10>の地上に約一〇〇本の松が植樹されているのに、原審判は全くその評価をしていないというのであるが、本件記録によれば、右の松は、相手方黒田武志および抗告人井上宏が被相続人の承諾をえて権原に基づき植栽したものであつて、同相手方らのものと認められ、相続財産に属さないものというべきであるので、所論は採用できない。

さらに、所論は、被相続人には、死亡当時、同人名義の相当額の預貯金があつたにもかかわらず、原審判においては何らこの点について調査検討がなされていない旨主張するが、当裁判所において調査した結果によつても右のような預貯金があつたことが明らかとならないから、所論も採用できない。

つぎに、所論は、目録<9>の土地についての原審判の評価は現況を無視して不当に廉価である旨主張するが、本件記録を検討しても、これが不当であることを認めるに足る資料はないから所論は採用できない。

三  抗告人井上宏、同井上康明、同井上照夫の抗告の理由(別紙一(略))第二、第三および同井上弘司の抗告の理由(別紙二(略))第一ないし第三について

所論は、原審判は、相続財産に対する相手方キヨの寄与分三割、抗告人弘司の寄与分一割と認定しているが、不当である旨主張するので、以下、この点について検討する。

本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  相手方キヨは、大正一四年一一月頃被相続人と結婚式をあげ、同人の父井上勘一郎方に被相続人と同居して農業に従事するようになつた。その後、被相続人は大正一五年一〇月四日父方から分家した。被相続人と相手方キヨとは、長男(抗告人弘司)が生まれたので、昭和三年九月一七日婚姻の届出をなした。相手方キヨは、被相続人と結婚式をあげて以来同人が死亡した昭和四六年一二月七日までの約四六年間、被相続人と寝食をともにし、育児、家事一切を処理するのは勿論被相続人が××××や○○○手伝をして働いたり、△△△をしていたので、自ら主体となつて農業に従事してきた。

また、被相続人は、昭和二年二月一五日父勘一郎より目録<5>、<6>、<7>の田、同<8>の(1)の宅地、同<9>の山林、同<11>、<15>の田、同<16>の畑を買受けたが、その代金は、相手方キヨが実家から借りたり、農業組合から借りる等して支払つた。ついで被相続人は、昭和一〇年六月一〇日倉田壮太郎から目録<1>ないし<4>の田を買受け、同一一年八月一五日父勘一郎より同<12>、<13>、<14>の田を買受けた。さらに、被相続人は、昭和二五年三月二三日同<17>の田、同年五月一二日同<10>の田を、いずれも自作農創設特別措置法一六条の規定により国から買受けた。右の借入金や土地購入代金は、被相続人、相手方キヨ、抗告人弘司が、働いて得た収入によつて支払つた。そして、右のようにして買入れた農地は、相手方キヨが主体となつて耕作、管理したものであり、右の国からの農地の売渡しは、相手方キヨが農業に従事したことによるところが大である。

2  抗告人弘司は、被相続人と相手方キヨの長男であるが、高等小学校卒業後も父母と同居し、一六歳ごろから農業を手伝い、その後、二五、六歳ごろから父の△△△もあわせて手伝うようになつた。同抗告人は、被相続人の死亡時まで約二七年間、主として家業である農業と△△△に従事したが、生活費、煙草銭、小遣銭程度のほかには報酬をうけることがなかつた。

3  その余の抗告人、相手方らは、いずれも、他人の養子となり、あるいは他に職を得て成長するとともに、父母と別居するようになり、家業ないし相続財産の取得、維持に対する貢献、寄与はさしたることはない。

右認定の事実によれば、相手方キヨは、単に夫婦間の協力扶助義務に基づき家事一切の処理、育児等に従事して相続財産の形成について一般的な寄与をしただけでなく、大正一五年頃から被相続人死亡まで約四六年間、主体となつて家業である農業に従事し、相続財産の大部分を占める農地の取得、維持について特段の寄与をなしたものというべきであり、その相続財産に対する寄与分は三割とみるのが相当であり、また、抗告人弘司は、一六歳頃から被相続人死亡まで約二七年間、給料等の報酬をうけることなく、家業の農業および△△△に従事し、相続財産の取得、維持につき、被相続人の他の子らに比して特段の寄与をなしたものというべきであり、その寄与分は一割とみるのが相当である。

そうすると、相手方キヨおよび抗告人弘司について右と同一割合による寄与分を認めた原審判は相当であつて、所論は理由がない。

また、所論は、配偶者については、豊富な相続分が認められかつ、夫婦間に協力扶助義務が法律上規定されているから、相手方キヨに対し相続財産に対する寄与分を認定することは不当であるというのであるが、前記のとおり相手方キヨは夫婦間の協力扶助義務に基づく一般的寄与の程度を超えて、自ら主体となつて農業に従事し、相続財産の取得、維持について特段の寄与をしたものであり、相続財産に対し寄与分を認めて精算を行なわなければ、実質上他の相続人との間に不平等を生ずるものというべきであり、所論は失当である。

さらに、所論は、原審判は、相手方キヨおよび抗告人弘司に対し寄与分を認める理論的根拠および寄与分算定の具体的根拠を明示していない旨主張するが、原審判理由欄2(1)において、右各根拠は示されており、当裁判所もその点については大綱において同一見解であるので、所論は採用できない。

所論は、原審判は法定相続分を任意に変更するものであつて違法である旨主張するが、原審判は、寄与者に相続財産に対する潜在的共有持分を認めて遺産分割の際これを精算するものであつて、法定相続分を裁判官の裁量により積極的に変更するものではないから、所論は失当である。

四  他に記録を検討しても原審判にはこれを違法とすべき瑕疵はない。

よつて、本件各抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢頭直哉 裁判官 土屋重雄 日浦人司)

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