大判例

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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)123号 判決 1975年2月13日

控訴人

山本務

右訴訟代理人

稲沢智多夫

外一名

被控訴人

築上信用金庫

右代表者

高島正木

右訴訟代理人

清源敏孝

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和四三年一一月二九日以降支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次に述べるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

一、原判決三枚目表三行目から四行目にかけて「(商法四〇条、民法一一二条)」とあるのを削除する。

二、また、仮に、本件小切手は奥本七郎が振出したものであり、当時同人に右小切手振出の権限がなかつたものとしても、同人は被控訴金庫椎田支店長当時は、同支店名義で自己宛小切手を振出す代理権を有していたものであり、右代理権消滅後の昭和四三年一一月一八日に、従前の代理権の範囲を超えて、被控訴金庫名義で、右小切手を振出したものであつて、右小切手の交付を受けた控訴人は、奥本の代理権の消滅につき善意無過失であり、かつ同人が右小切手を振出すにつきその権限ありと信ずべき正当の理由を有していたものであるから、被控訴金庫は、民法第一一〇条、第一一二条により、控訴人に対し、振出人としての責任を免れないものである。

被控訴代理人の主張

控訴人の当審における表理代理の主張は争う。<証拠関係、略>

理由

第一まず、控訴人の小切手金請求について判断する。

一控訴人が昭和四三年一一月二九日金額五〇〇万円、支払人被控訴金庫本店、支払地振出地ともに豊前市、振出人被控訴金庫、振出日同年一二年一八日なる自己宛小切手一通を、支払地において、支払人に呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶され、同月二九日右小切手に支払拒絶宣言の記載がなされたこと、および控訴人が現に右小切手を所持していることはいずれも当事者間に争いがない。

二そして、振出人の記名およびその名下の印影の成立について<証拠>によると、控訴人が現に所持する右小切手(甲第一号証)は、昭和四三年一一月一八日頃、当時被控訴金庫本店の総務課延滞管理係をしていた奥本七郎が原田善二ほか一名と共謀のうえ、後記認定の目的で、被控訴金庫理事長高島正木の為替手形用の記名ゴム印および同理事長の自己宛小切手用の職印を、さきに被控訴金庫の顧客より貰い受け準備していた同金庫顧客用小切手用紙の振出人欄にほしいままに押捺し、同用紙の金額欄にボールペンで「¥5,000,000」と記入し、同日これを右原田に交付し、同月一九日頃、同人は福岡市所在の日本総業株式会社において、その金額欄に「¥5,000,000※」とチェックライターで打ち込み、振出日欄に「43.12.18」と刻したゴム印を押捺して、偽造を完成したものであり、被控訴金庫代表者の意思に基づいて振出されたものでないことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三控訴人は、本件小切手振出当時、奥本が被控訴金庫の椎田支店長として被控訴金庫名義の小切手を振出す権限を有していたことは商法第三八条からも明らかであると主張するが、<証拠>によれば、奥本が被控訴金庫椎田支店の支店長の地位にあつたのは昭和四二年一一月一日から翌四三年一〇月末日までであつたことが明らかであり、本件小切手振出当時はすでに支店長の職を解かれて本店総務課延滞管理係をしていたことはすでに認定したとおりであるし、他に奥本が当時被控訴金庫の支配人であつた事実を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は到底採用の限りでない。

また、控訴人は、奥本は当時商法第四二条により、被控訴金庫名義の小切手を振出す権限を有していた旨主張するが、前記のごとく、奥本が被控訴金庫椎田支店長の地位にあつた当時は、商法第四二条の規定により同支店の支配人と同一の権限を有するものとみなされ、同支店における金庫の営業に関する行為をなす権限を有していたものであるが、本件小切手は、同人が同支店長の職を解かれ、本店総務課延滞管理係となつた後に、しかも被控訴金庫理事長名義で振出されたものであることはすでに説示のとおりであるから、控訴人の右主張も亦採用するに由ない。

四そこで、控訴人の民法第一一〇条、第一一二条に基づく表見代理の主張について検討するに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  奥本は前記のごとく昭和四二年一一月一日から被控訴金庫椎田支店長の地位にあり、同支店名義の手形、小切手を振出す権限を有していたものであるが、被控訴金庫は同支店の職員から「支店長のもとに見知らぬ人の出入りが多く、支店長の挙動に不信な点がある」旨の情報を得たので、慎重を期して、昭和四三年一〇月末日限りで奥本を同支店長の職から解き、翌一一月一日付で本店総務課延滞管理係を命じ、貸付延滞金の督促整理の仕事にあたらせていたが、同人が右支店長当時に、原田善二ほか一名と共謀のうえ偽造し、割引を受けるために、すでに大実産業等に振出交付していた、同支店振位名義の金額五〇〇万円の自己宛小切手二通、金額二五〇万円の自己宛小切手一通及び内藤一義振出名義の金額一二〇万円の約束手形一通の支払日が迫つたため、これらを決済すべく、同月一八日頃、右原田ほか一名と共謀のうえ、被控訴金庫本店において、自ら総務課長中野晴己らの隙をみて、同課長保管にかゝる被控訴金庫理事長高島正木の記名ゴム印および同理事長の職印を盗用して、前記認定の方法によつて、被控訴金庫本店振出名義の金額五〇〇万円の自己宛小切手一通を偽造した。

2  同月一九日、原田は芳山四郎を介し、西部開発株式会社の川口某に右小切手の割引を依頼したが、仲々割引できないため、右小切手の返却を受け、同月二一日頃右小切手一通、およびさきに奥本が偽造していた被控訴金庫椎田支店振出名義の金額一三〇万円、振出日同年一二月二七日なる先日付自己宛小切手一通を宮田正信に交付して、右小切手二通の割引により、金五二〇万円を金策して呉れるよう同人に依頼した。

3  原田は右小切手を宮田に交付するに際し、「この小切手が割れないと、奥本支店長はパンクするかも知れない。」「五〇〇万円金策できれば、福岡で一、〇〇〇万円の小切手も割れる見込みがある。」「是非五二〇万円の金策を頼む。」などと申し向け、暗に右小切手二通が正当な権限で振出されたものでないことをほのめかしたところ、宮田は右各小切手が不正なものであることを察知し、「最悪の場合でも、被控訴金庫から半額は取れるから、その小切手を売らないか。」などと持ちかけたが、原田は右申し入れを断つて、右小切手二通の割引により、金五二〇万円を金策して呉れるよう依頼して、これを宮田に交付した。

4  当時、宮田は原田に対し、金一一五万円の宝石類の売掛代金債権があり、また控訴人も、宮田の仲介により、原田に対し、昭和四二年から昭和四三年にかけて貸付けた元利合計約三〇〇万円の貸金債権を有していたが、原田は仲々右金員を支払わず、もし右小切手の偽造に原田が関与していて、その事実が発覚でもすれば、右各債権の取立ては益々困難となるものと考え、同月二二日早朝控訴人方を訪ねて、控訴人と話し合つた結果結局、右各債権の支払のために、右小切手二通のうち、宮田は金額一三〇万円の小切手一通を預り、また控訴人は、宮田から金二〇万円の支払いと引換えに金五〇〇万円の小切手一通の交付を受けることとなつた。

5  しかして、宮田は、同日金額五〇〇万円の小切手を金二〇万円の支払いと引換えに控訴人に交付し、原田に対し、右金二〇万円を送付したが、奥本が小切手偽造の事実を被控訴金庫に申し出たため、その頃原田は宮田にその事実を告げて右小切手二通の返還を求めたところ、宮田は金額一三〇万円の小切手一通を返還したのみで、金額五〇〇万円の小切手は控訴人の原田に対する前記貸金債権の担保による旨述べて返還せず、そのまゝ現在にいたつている。

以上の事実が認められ、<反証排斥、省略>

以上認定の事実によれば、奥本は以前被控訴金庫椎田支店長の地位にあり、同支店名義で、手形、小切手を振出す代理権を有していたものであるから、右代理権の消滅後、同人が被控訴金庫名義で、従前の代理権の範囲を超えて、小切手を作成し振出した場合においても、その小切手の振出につき民法第一一〇条、第一一二条を類推適用する余地なしとしないが、右の諸規定は、本来無権代理人が本人の代理人として現われ、相手方がその者に権限ありと信じ、かつ、それにつき正当な理由を有する場合に関するものであり、しかも、その正当な理由の有無はその表見代理のなされた当時の具体的事情を客観的に考察して決すべきものであるから、小切手偽造の場合も、右の諸規定の要件の限界を超えることは許されないのもと解する。結局、相手方が、無権限者が本人名義で小切手行為をなしたことを認識しうる場合であり、かつ相手方において、その無権限者が小切手を振り出す権限があると信ずるについて正当の理由があるときに限り表見代理の却定の類推適用があることになる。

しかしながら、金融機関振出にかゝるいわゆる自己宛小切手は、通常先日付で振出されることはないのに、本件小切手は被控訴金庫を振出人としながら、先日付であることから、かねて小切手取引を経験しているもの(原審における控訴本人尋問の結果(第一回)によれば、控訴人は昭和二七年四月以来パチンコ店経営を手広くやつていたので、小切手取引の経験も相当豊富であつたことが窺われる。)であれば、右小切手につき疑問を抱くのは当然であり、また前記認定のごとく、宮田は本件小切手が正当な権限に基づかずして作成されたものであることを知るや、さきに同人の仲介によつて、控訴人が原田に貸付けた元利合計約三〇〇万円の貸金債権はこれを速かに回収しなければ、その取立は益々困難になると考え、その翌日早朝控訴人方を訪ね、控訴人と協議した結果、本件小切手を控訴人に交付したものである(なお、原審証人原田善二の証言によれば、当時宮田と控訴人とは相当親密な間柄にあつたことが認められる。)こと、控訴人の原田に対する貸金債権は右に説示のごとく元利合計約三〇〇万円にすぎず、また本件小切手の振出日は約一か月後の昭和四三年一二月一八日となつていた(なお原審証人原田善二の証言によれば、原田が控訴人から借用した右借受金の利率は月六分ないし七分程度であつたことが窺われる。)のに、控訴人は差額としてわずかに金二〇万円を支払つただけで、被控訴金庫を振出人とする金額五〇〇万円の本件小切手の交付を受けていること、その他、前記認定の本件小切手が控訴人に交付されるにいたつた経緯等を併せ考えると、控訴人も亦、右小切手の交付を受けた当時、本件小切手が正当な権限によつて振出されたものでない事情を察知していたものと推認するのが相当である。

もつとも、原審における控訴本人尋問の結果(第一回)中には、控訴人は昭和四三年一一月二二日頃、田川市の西田川信用金庫で、本件小切手の振出人名下の理事長の職印の印影を照合して貰い、同金庫職員より被控訴金庫理事長の届出職員と一致する旨の回答を得、本件小切手は真正なものであるとの確信を得たので、控訴人は右小切手を真正なものと信じていた旨の供述部分が存するけれども、これらは原審証人中野晴己の証言およびこの証言によつて成立を認める乙第三ないし第九号証によつて認められる。本件小切手に押捺してある理事長の職印は自己宛小切手用のもので、右職印は管理銀行たる福岡銀行以外には届出がなされていないこと、また本件小切手は自己宛小切手であるが、自己宛小切手の場合は、通常先日付で振出されることはなく、またそれに使用する用紙は自己宛小切手用紙と定められていて、顧客用小切手用紙を使用することはないのであるから、もし金庫職員において、先日付で、しかも顧客用小切手用紙を使用した小切手を見分した場合には、一見してそれが不正なものと判別できること等に対比して、にわかに信用できず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上のとおりだとすると、控訴人の表見代理の主張は、結局その類推適用の要件を欠くものとして、採用の限りでない。

よつて、本件小切手債権の支払を求める控訴人の請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由ないものといわねばならない。

第二そこで控訴人の民法第七一五条に基づく損害賠償請求について判断する。

<証拠>によると、奥本は前記のごとく昭和四二年一一月一日以降被控訴金庫椎田支店長の職にあつたが、昭和四三年一一月一日以降は同金庫本店の総務課延滞管理係となり、貸付延滞金の督促整理をしていたものであつて、同金庫名義で小切手を振出す権限はなく、その振出業務を補助していたものでもないことが認められ、これらの事実に前記認定の諸事実を併せ考えると、本件小切手の偽造行為は、当時奥本の分掌していた右職務と相当の関連性を有していたものと認めることはできないし、また、同人においても、被控訴金庫名義の自己宛小切手を振出すことが、本来の職務との関連上客観的に容易になされる状態におかれていたものと確認し得る証拠もないから、奥本の本件小切手の偽造行為は民法七一五条にいわゆる「事業の執行について」なされたものといえないのみならず、前記認定のごとく、宮田は、控訴人と協議のうえ、原田の割引依頼の趣旨に反して、控訴人の原田に対する既存の貸金債権の支払のために、控訴人に本件小切手を交付したものであり、控訴人も亦右小切手が不正なものであることを察知しながらも、宮田の言に従い、右債権の取立てに利用すべく、右と同趣旨で、右小切手の交付を受けたものであるから、控訴人が宮田から右小切手の交付を受けたことによつて、直ちに控訴人の右債権が消滅するいわれはない。しかして、右債権が、右小切手の交付を受けたことによつて消滅したことを理由に、これと同額の損害を被つたとする控訴人の主張は、その前提において失当であり採るを得ない。

そうだとすると、奥本の本件小切手偽造は、被控訴金庫の「事業の執行につき」なされたものとはいえず、また、右小切手偽造行為によつて控訴人主張の損害が生じたものともいえないから、控訴人の右請求も亦認容できない。

第三結論

以上のとおりだとすると、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(原田一隆 鍬守正一 松島茂敏)

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