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福岡高等裁判所 昭和48年(ネ)347号 判決 1975年2月26日

控訴人

西日本鉄道株式会社

右代表者

吉本弘次

右訴訟代理人

村田利雄

外二名

被控訴人

河原勲雄

右訴訟代理人

河野善一郎

外六名

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一申請の理由第1項、控訴人主張の就業規則の内容及び控訴人主張のようないきさつで被控訴人に対する所持品検査がなされ、被控訴人の上衣左胸ポケットから一、〇〇〇円札一枚が発見されたこと、控訴人が右事実を理由として就業規則六〇条一三号等を適用して被控訴人を懲戒解雇したことは当事者間に争いがない。

第二そこで右就業規則六〇条一三号の規定が無効であるとする被控訴人の主張について判断する。

一<証拠>を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

(一)  控訴人会社では運転士等によるチャージが以前から相当数発生し、最近七年間に発覚したものだけでも三八四件に達している。

かかる不祥事件が発生するのは、乗車賃の収受が、控訴人会社の監督の目の届かないバスの中で運転士の手で行われるためである。

(二)  そこで控訴人会社はこれが防止のためつぎのような方策を講じている。

ワンマンバスでは運転士は乗客から直接乗車賃を受取らない仕組になつており、またこれを禁止されている。即ち、乗客は降車の際乗車賃を直接料金箱に投入し、釣銭が必要な場合は乗客の出す金を運転士が予め用意している小銭の紙袋(一〇円硬貨が五枚入つているのと、五〇円硬貨一枚、一〇円硬貨五枚入つているのとがある。)と両替し、乗客が自ら右紙袋を破つて乗車賃だけを料金箱に投入することになつており、また一旦料金箱内の金庫に入つた金銭は手を突つこんで取り出すことはできない。

またワンマンバスの運転士は乗車前料金箱(空箱)と袋入りの両替金五、五〇〇円(一〇〇円袋四〇個、五〇円袋三〇個)、子供の乗客のための釣銭として五円硬貨二〇枚を受取り、車内の所定の場所に備え付け、勤務が終つて入庫すると、運転士は料金箱から乗車賃の入つている金庫を抜き取り(そうすると金庫は自動的に施錠される。)、両替金を釣銭の残りと共に精算所に持参して精算を受けることになつている。その際金庫は施錠のまま精算係に渡し、両替金は乗客から受取つた両替済みの金銭と併せて五、五〇〇円になる建前であり、五円の釣銭もいくら使用したかが判明するわけである。

(三)  以上のような取扱いであるので本来チャージは起り得ないかのようではあるが、種々の方法によるチャージがあとを絶たない状態である。

(四)、そこで控訴人会社においてはチャージが発覚した場合には就業規則六〇条九号(許可なく会社の金銭、物品を持ち出しまたは持ち出そうとしたとき、もしくは私用に供しまたは供そうとしたとき)、または六〇条一一号(会社の現金、乗車券その他有価証券もしくは遺失物処理規則に定める遺失物を許可なく私用に供しまたは供そうとしたとき)により懲戒解雇処分に付することにしている。

而してこれが摘発を目的として就業規則七条に運転士等に所持品検査を受ける義務を課し、その勤務終了直後に所持品検査を随時行つており、これで摘発されるものがチャージ全体の約三分の一にも達している。

また所持品検査を厳重に行つたとしても、勤務中の運転士に私金(公金以外の金銭をいう。)の所持を認めていたのでは、所持品検査の際発見された金銭が公金(チャージによつて得た金銭をいう。)か私金かの区別がつかず、所持品検査自体が無意味になるので、運転士は勤務中私金を所持してはならないものと指導していた。

(五)  以上のような建前であるにも拘らず、所持品検査の際金銭を所持していることが発見された運転士が、それが私金であると弁解することが多く、乗車賃の収受方法、料金箱の構造等につき前記のような工夫をこらしてはいるものの、もともと乗車賃の収受が控訴人会社の目の届かないバスの中で行われるものであるため、運転士が自供するか、チャージの現場を目撃した乗客の証言が得られる等の場合の外、果して右金銭が公金かどうか、公金であるとすればどのような方法でチャージしたものかを証明する客観的証拠を得ることがほとんど不可能に近く、処理に困惑していた。

(六)  而して昭和三八年四月ごろ所持品検査の際金銭を発見された運転士が右金銭は公金ではなく、同僚からひそかにポケットに入れられたものである旨弁解し、控訴人会社としては右弁解が信用できないものとして労使協議会に六〇条九号による懲戒解雇を提案したが、本人が自供しておらず、公金であることの客観的証拠がないとの理由で協議が成立しなかつたことが動機となつて、このような場合に対処する目的で、従来就業規則に明文上の規定のなかつた運転士等の勤務中の私金所持禁止の六条の規定及び五九条(処分が出勤停止以下の懲戒事由)に右禁止規定違反を一七号として加える旨の規定と共に六〇条(処分が諭旨解雇又は懲戒解雇の懲戒事由)の一三号に「私金携帯を禁止されている者が勤務中私金の証明がつかない金銭を携帯したとき」の規定を新設した。

二そこで右チャージ防止に関する就業規則の諸規定間の関係、六〇条一三号の新設されたいきさつ等を総合すると、右規定は懲戒の対象となる従業員の行為類型を設定するという通常の形態の懲戒規定ではなく、建前として運転士は勤務中私金の所持を禁止されているのであるから、勤務終了直後に金銭を所持している場合には、これが公金であるとの事実上の推定が働くところから、かかる場合にはこれが公金でないとの反証のない限り、仮令右金銭がどのような方法でチャージされた公金であるかを証明する客観的証拠がなくともこれを公金と認定せざるを得ないという、いわば事実認定上の当然の事理を表明したものにすぎず、したがつて右規定はチャージを処罰するという六〇条九号または一一号と実質的に同一の規定であると解するのが相当である。

三以上のように解するならば、例えば運転士の就業前の私金所持の有無の確認が徹底して行われていて、勤務中私金を所持している筈はないというような強い推定の働く場合などは格別、常に運転士の側で所持している金銭が私金であることの確実な証明をしなければならない義務を負わせたものということはできず、したがつて右規定を無効とする被控訴人の主張は援用することができない。

第三つぎに被控訴人が一、〇〇〇円札を所持していたことが就業規則六〇条一三号に該当するかどうかについて判断する。

一<証拠>を総合するとつぎの事実を認めることができる。

被控訴人の勤務していた恒見自動車営業所では運転士は勤務に就く前に私金の有無を確認し、持つている場合にはこれを助役に預けた上、私金は持つていない旨の誓約書に押印することになつており、この扱いは昭和四五年二月ごろ八幡営業所で集団チャージ事件や被控訴人の後記いわゆる一〇〇円事件が発生したころから厳しくなり、乗務員に交付する「乗務の手引」や掲示等によつて周知撤底がはかられたけれども、本件発生当時でも出勤した運転士が出勤簿と私金を持つていない旨の誓約書の印を同時に押捺し、ポケットを外からたたく程度で在中品をすべて出して調べるということはしていない実情にあつた。

また被控訴人は本件以前である昭和四六年一月二四所持品検査の際ポケットの中から一〇〇円が発見され(いわゆる一〇〇円事件)、私金所持として同年四月二七日出勤停止処分を受けたが、同日「以後出勤の際はポケット等につき私金の有無を十分確認することを誓う。」旨の始末書を差入れていたので、復職後はこの点を充分注意し、就業前努めてポケットの中のものを出して調べるようにしていたが、本件当日は寝過して出勤時刻ぎりぎりに営業所にかけつけたため、ポケットの在中品を充分確めることはできないままで勤務についた。

二以上のとおり被控訴人の場合五月一四日までならば格別、事件当日の就業前の私金所持の確認が前記の程度のものであつた以上、同日勤務終了後発見された一、〇〇〇円札が公金であるとの一応の推定ができないわけではないとしても、これを高度なものということはできないところである。

三一方右推定を更に補強するに足りる本件一、〇〇〇円札が公金である可能性の有無について検討するに、当裁判所もチャージが不可能ではないとしても可能性の著しく低いものと判断するが、その理由は、つぎに付加するものの外原判決理由説示と同一であるから当該部分(原判決二三枚目裏六行目から二四枚目裏一二行目まで及び二六枚目表七行目から二八枚目表九行目まで)を引用する。

(一)  チャージの方法として原判決掲記の(4)の方法、即ち両替の際釣銭のみを乗客に渡し、残つた乗車賃相当額を料金箱に投入せずに貯めておく、いわゆる両替方式をとる場合、乗客に釣銭を渡す毎に両替用袋を破ることなく、貯めておいた小銭を使用することにすれば、両替用袋の使用を減らすことができ、清算時両替金の辻棲が合うようにした上、一、〇〇〇円のチャージができないことのないこと、これに原判決掲記の(3)の方法即ち運転士が乗客から乗車賃を直接受取つてこれを料金箱に投入することなく貯めておく、いわゆる運賃手取り方式を併用すれば、両替方式のみの場合より容易にチャージのできることは控訴人が当審において主張するとおりであるけれども、しかしそのような方法をとつたとしても乗車賃最高額が九〇円の本件運行区間で、バス運転の傍ら一、〇〇〇円をチャージするのは著しい繁雑さと時間を要する困難な作業であり、しかも右のような方法で貯めた一〇〇円以下の小銭を一、〇〇〇円札に替えるには更に幸運に恵まれなければならない筋合である。その上ワンマン化して相当の日時が経過し、乗客も乗車賃の支払方法に慣れて来た時期と推測される本件当時、乗客に怪しまれないようにするのは更に困難な筈であり、右方法によるチャージも著しく困難で、その可能性は極めて低いものと考えざるを得ない。

(二)  もつとも、<証拠>を総合すると、過去乗車賃最高額一〇〇円未満の路線で一、〇〇〇円以上のチャージの発生した例のあることが認められるけれども、しかしそのチャージ全体に占める割合をみるとほとんど稀有に属するものといつて差支えなく、前記一〇〇円事件から余り日時も経過しておらず、控訴人会社から格別厳しい目で見られていたものと推測するに難くない被控訴人が、危険を冒してチャージを企てるなどということはほとんど考えられず、前例のあることをもつて本件一、〇〇〇円札が公金である可能性が特に高まるものということはできない。

(三)  <証拠>を総合すると、控訴人会社がその主張のとおり過去三回交通調査を実施したこと、主張どおりの結果が得られたことが認められる。

而して右結果によると、本件事件に最も近い昭和四三年一〇月一三日の調査期日における本件路線の定期券以外の乗客数が一六四人で総収入額が六、三三〇円であつたというのであるから、乗客一人平均乗車賃が三八円六〇銭であることは計数上明らかであり、また本件事件当日の使用ずみ整理券が五二九枚、総収入額が一万〇、九八五円であつたことはすでに認定したところであるから、整理券数を総乗客数に等しいものとすれば、これから異動のないものと推測される前記調査期日の定期券による乗客数一五四人を控除した三七五人が定期券以外の乗客数ということになり、当日の乗客一人平均乗車賃は二九円二九銭になつて、当時の大人一人の最低乗車賃に満たず、また前記調査期日の三八円六〇銭に比し著しく少額であることも控訴人主張のとおりである。

しかしながら<証拠>を総合すれば、仕業の際にする整理券器の点検時や、チャンネル切替操作時に整理券の廃券の出ることは避けられず、このような廃券も料金箱に入れることになつているので、勤務終了時料金箱に入つている整理券は実乗客数より多いのが普通であつて、整理券数から乗客数を推定することが困難であることが認められ、したがつて当日の乗客数が整理券数と一致することを前提とする控訴人の主張はこの点において採用に価しないものというべきである。

四(一)  一方本件一、〇〇〇円札が私金である可能性について考察するに、<証拠>を総合し、弁論の全趣旨をも併せ考えると、被控訴人は本件当日の控訴人会社の調査以来、「右一、〇〇〇円札が公金でないことは勿論であるが、五月一四日就業時までは確実に私金を所持していないことを確認したものであるから、右以前に上衣のポケットに入れたものでないことは確かであり、また右以降も自ら入れた記憶もないので、考えられる可能性としては五月一四日夜営業所内の風呂に入つた際、上衣をかけていた脱衣場に人の気配がしたので、何者かがその際ひそかに入れたものと推測する以外にはない」と弁解していることが認められる。

(二)  而して<証拠>を総合すると、被控訴人が五月一四日夜同僚二人と共に営業所内の風呂に入つたこと、その際脱衣場に人の気配のしたことまではうかがうことができるが、右を超える点についてはそれ自体被控訴人の推測の域を出でないものであつて、これを確認するに足りる資料が存在しない。

(三)  しかしながらまた一方<証拠>によれば、恒見営業所以外の営業所ではあるが、本来他人が開けることのできない特定の運転士の担当箱の中に当該運転士の知らない現金が入つていたという事件が発生したこともあることが認められるのであるから、右被控訴人の弁解も荒唐無稽なものとして一概に否定し去ることもできないものである。

五以上のとおりであつて、本件一、〇〇〇円札が私金であることを推認するに足りる資料に乏しいことは否定できないにしても、それ以上に公金であることの可能性は著しく乏しいのであるから、右一、〇〇〇円札をもつて、私金の証明がつかない金銭であると見ることはできず、結局被控訴人の所為をもつて就業規則六〇条一三号に該当するものと断定することができないことに帰する。

第四つぎに当裁判所も被控訴人の右所為をもつて就業規則六〇条一五号(五九条三号)にも該当しないこと、控訴人が被控訴人に対して二万〇、一七六円及び昭和四六年一一月から本案判決確定まで毎月二三日に七万五、六六〇円の賃金を仮に支払う義務のあること及び仮処分の必要性があるものと判断するが、その理由は原判決理由説示と同一であるから当該部分(二九枚目表三行目から三一枚目裏一〇行目まで)を引用する。

第五してみれば本件仮処分決定を認可した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないことに帰するから棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)

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