大判例

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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)816号 判決 1962年9月25日

主文

原判決を取消す。

福岡地方裁判所が同庁昭和三五年(ヨ)第三六〇号解雇処分効力停止仮処分申請事件につき昭和三六年二月一五日なした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用(申請費用も含む)は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は主文第一、二項同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び疎明関係は控訴代理人等において、

一、使用者と従業員との雇傭契約関係は実質的には労働力の売買であつて、人格的従属支配の関係ではないので、使用者が買入れた従業員の労働力を雇傭目的に応じて自由に処分することができるが、それ以上に従業員に対し所持品検査のため靴を脱ぐことを強制することはできない。

二、就業規則の法的性質については契約説、法規説の対立があるが、いずれの説を採ろうとも、それは経営内部における自治的法規範たる性質を有し、労使双方に法的拘束力を有することは異論のないところである。したがつて就業規則に懲戒事由を列挙した場合は法的拘束力を有するものとして罪刑法定主義に類し厳格にこれを解釈適用すべきで、いやしくもこれを不当に拡張解釈適用することは許されない。そこで被控訴会社の就業規則第五八条第三号の「職務上の指示」は被控訴会社の職務執行行為についての上司の指示をさすものであつて、職務執行行為と密接な関係にある事柄についての上司の指示まで含むものと拡張解釈することは許されない。従つて本件の場合控訴人が上司から所持品検査のため脱靴を命ぜられても、その命令は右の職務上の指示に該らないのである。

三、仮に所持品検査のため靴を脱ぐことを命ずることが右の「職務上の指示」に該るとしても、本件の場合控訴人がそれに従わなかつたからといつて、控訴人が職務上の指示に不当に反抗し、職場の秩序を紊したということにはならない。控訴人は本件検査当日一切の所持品検査を拒否したのではなく、靴を脱ぐことだけを断つたのであつて、その他の方法による検査は通常どおり受けたのである。また控訴人が脱靴を拒否したため、とりたてて言うべき程の職場の混乱は生じてもいない。被控訴会社が控訴人の行為を大きく取り上げなかつたならば、一般の従業員は控訴人の所謂脱靴拒否事件を全く知らなかつた程である。一体所持品検査のため従業員に靴を脱ぐことを命ずることができるかについては憲法上あるいは民法第六二三条の解釈上極めて困難な問題である。組合役員の経歴を持ち、権利意職に富んだ控訴人が、使用者は従業員に対し所持品検査のため靴を脱ぐよう命ずことは許されないとの考の下に、所持品検査の際靴を脱ぐことを拒否したからといつて、そのことを以て控訴人が職務上の指示に不当に反抗し、職場の秩序を紊したものであると断定することは余りにも労働者に対する惨酷な取扱である。

四、被控訴会社が従業員の所持品を検査することによつてチャージを防止しようとすることは最も安易な、野蛮な方法である。従業員の金銭上の不正を防止するためにはキップの車内売りを禁止するとか、キップ販売の方法を改善する等して他に適切な工夫をなすべきであるのに、被控訴会社がこの点の努力をしないで、本来信頼関係で結ばるべき従業員を盗人扱にするが如きは自ら大いに反省すべきではないであろうか。控訴人は本件検査当日より以前に、被控訴会社の検査担当者に対し、就業規則第八条に定める所持品の範囲について真剣な質問をなしたのであるが、同担当者は検査を受ける者の身に付けている物は総て所持品であると答えるのみで、まともな回答をしなかつた。また控訴人が本件検査当日靴を脱ぐことを拒否したことについて、被控訴会社が一方的に事実調査をなさんとしたので控訴人が被控訴会社に対し組合代表者の立会を求めたところ、被控訴会社はこれを拒否した。このような控訴人に対し被控訴会社が懲戒処分のうち極刑たる懲戒解雇を以て臨んだことは解雇権の濫用である。(疎明省略)

と述べ、

被控訴代理人等において、

一、控訴代理人等の右一、二の主張事実はこれを否認する。

二、控訴人は単に脱靴による所持品検査を受くべき職務上の指示に従わなかつたばかりでなく、その態度、言動が他の従業員と甚だしく異り、また控訴人は右の方法による所持品検査について、西鉄労組北九州地区支部もこれを了承していることを知悉しながら、独自の見解を固執し、上司の再三の説得にも応ぜず、その言動が著しく反抗的であつた。

三、交通運輸業を営む被控訴会社において所持品検査は重要なことであり、殊にチャージが跡を断たない現状においては脱靴による所持品検査は已むを得ない措置であるのに、控訴人は所持品検査のために靴を脱ぐことを不当に反抗して拒否し、その後昭和三五年三月一二日到津電車営業所営業主任稲用正雄が今後脱靴して所持品検査を受けるよう説得したのにこれを聴き容れず、更に同月一五日被控訴会社が控訴人から事情を聴取しようとした際にも、誠意を以てこれに応じようとせず、寧ろ反抗的態度を持ち続け反省の色がなかつた。控訴人の如く会社の業務命令に不当に反抗して従わず、職場の秩序を紊し、組合内部の統制にも服しない確信犯的人物は懲戒解雇処分によつて同人を企業外に排除するほか他に致方がないので、控訴人を懲戒解雇としたのであつて本件解雇処分は適法である。(疎明省略)

と述べたほか原判決事実摘示と同一であるのでこれをここに引用する。

理由

一、当裁判所は諸般の疏明資料を検討した結果、控訴人が昭和三五年三月一一日午後一一時二〇分頃被控訴会社の実施した所持品検査に際し、靴を脱ぐことを拒否したことが被控訴会社の就業規則第五八条第三号にいう「職務上の指示に不当に反抗し、職場の秩序を紊したとき」に該当するものと判断する。そしてその理由は次の諸点を付加するほか原判決理由中の該当部分(理由中第一以下第二の二まで)の記載と同一であるのでこれをすべて引用する。

(一)  控訴人は凡そ使用者と労働者間の雇傭契約は実質的に労働者の労働力の売買であるから、使用者が買入れた労働力を雇傭の目的に応じて処分することは自由であるが、それ以上に本件の如く労働者に対し靴を脱がせて所持品検査をすることはできないと主張する。成程労使間の労働契約関係は控訴人主張の如く商品たる労働力の売買という見方をすることもできるが、高度に組織化された近代の企業経営の中にあつては、労働契約関係を右のように労働力の売買であるとのみ割切ることはできない。企業者は集団的な労働契約関係を維持するため職場の秩序維持を計らねばならず、その秩序維持の目的で制定せられた就業規則に労働者は服従しなければならないのである。陸上運輸業を営む被控訴会社にとつて従業員に対する所持品検査が重要であることは原判決認定のとおりである。そこで被控訴会社は就業規則第八条に「社員が業務の正常な秩序維持のため、所持品検査を求められたときは、これを拒んではならない」旨規定し、従業員に所持検査受忍の義務を課しているが、就業規則中に所持品検査の方法について何等規定がないのであるからその方法が人権の侵害を生ずる悪質のものでない限り、従業員は被控訴会社の実施する所持検査受忍の義務があるわけである。ところで本件の如き方法で靴を脱ぎ、その靴の内部を検査することは何等人権の侵害を生ずるものでないと判断されるし、その判断の理由は原判決理由中の説示と同一であるので控訴人も右の方法による所持品検査を受けるべき義務がある。したがつて労働契約関係が売買であるから本件の如き脱靴の方法による所持品検査は違法であるとする控訴人の右主張は到底採用できない。

(二)  控訴人は仮に控訴人の本件脱靴拒否が就業規則第五八条第三号の「職務上の指示」に違反したとしても、控訴人はその際不当に反抗し、又は越権専断の行為をして職場の秩序を紊してはいないと主張する。従業員が所持品検査を拒んだ場合これを前示第五八条第三号違反と判断するには従業員が上司から命ぜられた所持品検査を単に受けなかつたというのみでなく、その所持品検査を拒むときの言動、態度等その他諸般の事情から判断してその拒否行為が正当の理由がなく、相当強度のものであり、且職場の秩序を紊した場合であると解する。就業規則第五八条第三号を右のように解して、原判決で認定した控訴人の脱靴を拒否した当時及び拒否後の一連の言動を考察すると、控訴人は正当の理由がなく、相当頑強に脱靴を拒否し、且つそのことが同時に職場の秩序を紊したものと断ずるに妨げないので、控訴人の本件脱靴の拒否行為は右規則違反であるということができる。

二、控訴人は本件懲戒解雇は解雇権の濫用であると主張するのでこの点について判断する。

原審証人稲用正雄、当審証人木村親悟、同竹島守の各証言に原審並びに当審における控訴本人尋問(当審第一、二回)の結果及び成立に争のない乙第一五号証を綜合すると次の事実が疏明し得られる。

すなわち控訴人は本件検査当時西鉄労組北九州地区支部の中央委員、到津電車分会の副分会長をし、組合運動に熱心で権利意識が旺盛であつた。控訴人は本件検査当日まで一度も靴を脱いでその内部を検査されたことはなかつたが、被控訴会社が従業員に靴を脱がせてその内部を検査することは人権侵害であり、会社側にこれを強制する権限はないとの考えを抱いていたところ、自己の検査順番の直前に同僚柴田運転手が検査を終り、靴を突掛けながら補導室から無様な姿で出てくるのを見て、所持品検査のため靴を脱がされることを屈辱的に感ずるの余り、自己の所持品検査の際係員河内孝徳に対し、いきなり靴を脱ぐことを断る旨告げ、靴の内部の検査を拒否したが、その他の所持品検査は指示どおり受けたこと、控訴人が脱靴を拒否した後同月一五日被控訴会社が控訴人につき事情調査を行わんとした際控訴人がその調査に誠意を以て応じない態度をとつたが、それは被控訴会社が労務課長竹島守以下五名で調査しようとし、控訴人一人同人等の面前に呼出されたので、控訴人において組合幹部の者を立会わせて貰い度いと要求したところ、これを拒絶されたこと、尤も控訴人の右要求により竹島守が組合西谷委員長に立会を求めたところ暗に拒絶されたが、このことを控訴人に告げなかつたため、控訴人としては自己の要求を拒絶されたままと思込んでいたこと、竹島守以下五名は交々控訴人に質問し、控訴人はこれを恰も犯罪者に対する取調の如く感じていたこと等がそれぞれ疏明し得られる。

ところで所持品検査の方法、態様、特にその限界については幾多の複雑な問題を包蔵しているところであり、控訴人が脱靴の方法による所持品検査を違法であると考え、これを拒否したことは客観的には正当でなかつたにせよ、控訴人の主観からすれば相当の根拠に基づいて行つたことであつて、ことさらに悪意を以て上司の命令に反抗した場合と同日に論ずることはできない。又控訴人が被控訴会社の説得乃至調査に応じなかつたことは決して妥当であるとはいえないが、西鉄労組北九州地区支部が本件の如き方法による脱靴による所持品検査を是認していた位であるから、被控訴会社において他の労組幹部をして控訴人を説得せしめるとか、又事情調査の際控訴人に対し同人の右要求が組合委員長から暗に拒否された結果を告げるべきであつたのに、これをしなかつたため、殊更控訴人の感情を刺激したのであつて、被控訴会社の事情調査の方法に当を得ない点が窺われる。

次に控訴人の本件拒否行動が他の従業員に対する影響を考えて見ても、前記の如く西鉄労組北九州地区支部が本件の如き方法による所持品検査を是認しており、本件所持品検査当日控訴人以外の他の従業員が総て右の方法による所持品検査を受けているのであるから、控訴人が一人靴を脱ぐことを拒否したからといつて、そのことのために全従業員に対する所持品検査が不能になり、所持品検査の目的を達し得ない結果になるとは到底考えられない。

被控訴人は控訴人は確信犯的人物であると主張するけれども、甲第九号証、原審並びに当審における控訴本人尋問(当審第一回)の結果に徴すると、控訴人は原審以来本件脱靴拒否の行動を反省し、本件判決による有権的解釈に従う旨を誓つており、再び本件の如き行動に出る虞れのないことが疏明し得られるので、控訴人が確信犯的人物であるとは認め難い。

以上認定の諸般の情状を綜合すると、控訴人の本件所為が懲戒処分中の極刑であり、控訴人に対し経済的精神的に最も重大な不利益を与える懲戒解雇に値する程悪質且つ重大な違反行為とは認め難く、むしろ前記就業規則第五八条第三号違反の行為としては比較的軽微であると認定する。よつて被控訴会社がなした本件懲戒解雇処分は客観的妥当性を欠き無効であり、被控訴会社としては情状酌量の上出勤停止処分にとどめるのが相当であると判断する。

三、なお被控訴会社は控訴人に対し予備的に就業規則第五八条第一〇号、第五七条第四号第一四号に基く懲戒解雇を通告しているので、この点につき一言するのに、控訴人の本件所為が右第五七条第四号の「正当の事由なく会社の指示に従わなかつた」場合に該当することは明白であるけれども、その情状が懲戒解雇に値しないこと前段説明のとおりであるから右予備的解雇も無効である。

四、原審並びに当審における控訴本人尋問(当審第一回)の結果によれば、控訴人は本件解雇によつて従来被控訴会社から支給されていた月約一万五千円の収入の途を断たれることになり、妻子及母三名を抱え生活困難に立到ることが疏明し得られるので本件仮処分はその必要性があるものと認める。

五、よつて本件控訴は理由があり、原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 厚地政信 原田一隆)

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