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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)356号 判決 1961年4月19日

原告・控訴人 親和銀行

事実

控訴代理人の主張

被控訴人は預金関係で以前から控訴銀行佐賀支店に出入していて、昭和三十一年十一月十七日当時の同支店次長羽中田久敏に対し自己の息子である訴外山口巌の保証は自分がするから出来るだけ同訴外人を応援して貰いたい旨依頼していたし、また昭和三十二年五月八日同訴外人が控訴銀行より手形貸付の方法で金二十万円の貸出を受ける際、同訴外人と同道して控訴銀行佐賀支店を訪れ、右貸出方を依頼していた。従つて仮りに被控訴人の代理人たる同訴外人がその代理権限外の行為として被控訴人と自己との共同振出人名義本件各手形を振出したものであるとしても、控訴銀行佐賀支店では同訴外人が被控訴人名義の右手形振出並びに保証契約締結の代理権限を有するものと信じていたし、且つかく信ずるについて正当の理由を有していたものである。

被控訴代理人の主張

被控訴人は自己の預金払戻を受けるため昭和三十二年十二月二十七日控訴銀行佐賀支店に赴いた際同銀行員から訴外山口巌振出の控訴銀行宛約束手形を示され、それに被控訴人に署名捺印を求められたがこれを拒絶しているので、その後の同月三十日及び昭和三十三年二月一日振出された本件各手形に被控訴人が署名捺印する筈がなく、控訴銀行において同訴外人が被控訴人との共同振出人名義の本件各手形を振出す権限があると信ずべくもないし、かつかく信じたについては過失があつて正当の理由を有しないものである。

理由

控訴銀行は被控訴人が訴外山口巌と共同して控訴銀行主張の如き内容の甲第一、二号証の本件各手形を振出した旨主張するのに対し被控訴人はこれを争つて甲第一、二号証の成立を否認するところ、証拠によれば、訴外山口巌が被控訴人の不知の間に被控訴人の印鑑を無断で使用し、被控訴人と自己との共同振出名義の本件各手形を控訴銀行宛に振出交付したものであることが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はないので、控訴銀行の右主張はこの点ですでに失当たるを免れない。

そこで、いわゆる権限踰越の表見代理を理由とする控訴銀行の予備的主張につき審案するのに、証拠によれば、被控訴人は訴外山口巌が自己の長男であつて、同訴外人の営む木材商の経営を援助するため、同訴外人と訴外三井物産株式会社との取引契約について必要の都度同訴外人のため保証人となることを承諾して同訴外人に対しこれが保証契約締結の代理権限を授与し、その都度数回に亘つて自己の印鑑を同訴外人に交付した。ところが、同訴外人はこのようにして被控訴人の印鑑を預つていたのを奇貨とし、前記認定の如く被控訴人に無断で右印鑑を使用して本件各手形を作成して控訴銀行に交付したことが認められ、右事実によれば同訴外人は被控訴人より授与されていた代理権限を踰越した権限外の行為として本件各手形の被控訴人振出名義部分の振出行為をしたものといえる。しかも、証拠によれば、被控訴人は訴外山口巌と同道して昭和三十一年十一月十七日控訴銀行佐賀支店に赴き、同支店次長羽中田久敏に対し同訴外人に対する金融援助を依頼したことがあり、控訴銀行では被控訴人と同訴外人とが親子の関係にあることも諒知していたことが認められる。

しかしながら、証拠を綜合すると、先づ本件各手形の振出されるに至つた経緯事情が次のとおりであることが認められる。即ち、控訴銀行佐賀支店は昭和三十二年五月頃訴外山口巌の申込みに応じ、同訴外人に対し手形貸付による金融取引をすることとし、その際右取引につき同訴外人の父である被控訴人が保証人となるべきことを求め、右支店で用意していた所定の右手形取引約定書用紙を交付した上、これにより被控訴人とする趣旨の右約定書を作成してこれを早急に右支店へ差入れるべきことを要請し、同訴外人は右要請を承諾した。そこで、右支店では同訴外人から追つて右約定書が差入れられるものと考え、また一方同訴外人が当時右支店に相当の預金をしていたので、右取引の担保について特段の不安もなかつたため、右約定書の差入をまたず同訴外人の単名振出の控訴銀行宛約束手形をもつてした手形貸付による金融取引を始めるに至つた。ところが、その後同訴外人は右支店係員の再参の要求にかかわらず、言を左右にして一向に右約定書を差入れずその間に右手形金の支払を延期するため数回に亘り同訴外人の単名振出のまま右手形の書替えがなされていたが、そのうち同訴外人の右支店における預金高も減少したので、右支店では右手形の書替に際し右約定書を差入れないときは右書替えに応じ難き態度をもつて昭和三十二年十二月末頃同訴外人に右約定書の提供方を強く要求した。しかし、同訴外人は右約定書に被控訴人の保証印をもらえなかつた旨弁解してこれが要求にも応じないので、右支店係員は已むなくすでに右支店宛振出されていた同訴外人の単名振出の約束手形を切替え、新たに被控訴人の保証印のある手形でも差入れるべきことを要請したところ、その後同訴外人の妻である訴外山口アサ子が同訴外人の使者として前記認定の如く被控訴人に無断で作成された本件各手形を同年十二月末と昭和三十三年二月初頃に新たに切替えた手形として右支店に持参し右支店係員にこれを交付するに至つたものである。しかも、証拠によれば、被控訴人は昭和三十二年七月頃から昭和三十三年一月頃にかけて控訴銀行佐賀支店に普通預金をしていて、屡々右支店に出入していたし、右支店では被控訴人の住所も明らかであつたことが容易に窺え、右認定に反する証拠はない。

そこで、以上認定の事実関係に鑑みると、なるほど控訴銀行佐賀支店次長は前叙のとおり被控訴人から訴外山口巌に対する金融援助方の依頼を受けたことがあつた点より控訴銀行において被控訴人が、共同振出人となつている本件各手形が真正に成立しているものと信じ、これが交付を受けたとしても、必らずしも、これを否定する訳には行かぬかも知れぬ。

しかしながら、右の依頼は本件各手形が控訴銀行に交付されるより約半年以上も以前のことである上に前叙の如く右支店と同訴外人との間の前記手形取引開始に際し、右支店係員が同訴外人に対し被控訴人を保証人とする右手形取引約定書の差入方を要請し、同訴外人はこれを諒承したものであるから、もし被控訴人において右手形取引につき保証人となることを承諾していたものである限り、右手形取引約定書を作成することは極めて容易であつて、これが作成に特段の日時を必要とすべくもないことが当然予測されるのに、前記の如く半年以上に亘つて一向に右約定書が差入れられなかつた事跡並びに同訴外人の妻が本件各手形を右支店に持参して右支店係員に交付したものであつて、少なくとも控訴銀行においては被控訴人が本件各手形の振出交付について自ら関与するところがあつたか否かについても明らかでなかつた事跡に徴すれば、控訴銀行においては本各手形の交付を受けるに際し、被控訴人が真実本件各手形の共同振出人となるべきことを承諾したものであるかどうかについて疑いをもつべきは当然であり、且つ当時被控訴人は右支店にも出入りしていたし、その住居も明らかであつたから、その調査も極めて容易なものであつたのに、これが調査をすることもなく漫然その交付を受けた訳であるから、これら諸般の事情の下においては控訴銀行が前記経緯によりたとえ本件各手形が真正に成立したものと信じていたとしても、かく信するについては過失があつたものと認めるのを相当とするので、結局控訴銀行はかく信するについて正当の理由を有しないものと認めざるを得ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

さすれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴銀行の表見代理を理由とした予備主張も亦失当たること明らかであるから、控訴銀行の本訴請求はすべて理由がないものとしてこれが棄却を免れない。

よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

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