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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)326号 判決 1955年11月24日

控訴人 原告 松隈福二

被控訴人 被告 福岡市

訴訟代理人 和智龍一 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和二九年八月二八日付を以て控訴人に対してなした停水予告通知を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

控訴人において「(一)水道事業を経営する福岡市の給水債務と給水使用者の水道料金債務は公法上の継続的供給契約に基くものであつて、本件停水予告通知は水道料金の催告とその料金の不履行を条件とする給水契約解除の意思表示を含む行政処分である。(二)福岡市水道局長(水道管理者)が福岡市の水道事業について福岡市を代表する権限を有するにしても、地方自治法第一四七条の規定等からみて、水道局長は市長から完全に独立した業務執行権を有するものでないこと明白である。(三)本件停水予告通知後も本件給水栓による給水は現実には停止されることなく引続き給水されていることは認める」と述べ、

被控訴代理人において「(一)福岡市の経営する水道事業における水道管理者と給水使用者間の給水使用関係は、給水と水道料金の支払が相互に対価関係に立つ意味において私法上の双務契約に類する継続的給付契約関係であつて、その契約は、福岡市水道給水規則第六条第一項の規定による水道管理者の許可によつて成立するものである。継続的給付契約において各当事者は、前期の給付に対する相手方の反対給付の不履行を理由として、次期における自己の給付につき同時履行の抗弁権を有するものと解せられる。従つて福岡市水道料金条例第一〇条に「料金を指定期限までに納付しないときは完納するまで給水を停止することができる」と規定しているのは、一時期の給水に対する水道料金の不履行を理由として同時履行の抗弁権を行使し次期の給水を拒み得ることを規定したものである。(二)本件停水予告通知は、その記載自体によつても明らかなように、前期の水道料金の支払を催告するとともに、指定の納入期限までに水道料金を納入しない場合には、水道料金条例第一〇条に則り同時履行の抗弁権を行使し未納料金を完納するまで一時給水を拒むべきことを予告したにすぎないのであつて、納入期限までに水道料金を納入しないことを条件として、継続的給水契約を解除する意思を表示したものではない。水道管理者は未納料金が納入される限り給水すべきものであつて、停水予告通知によつて給水契約を解除することは全く水道管理者の意思ではなく、このことは未納料金の納入と同時に給水を開始している事例に徴し疑う余地がない。(三)福岡市水道管理者たる水道局長(昭和三〇年四月一日以降の現管理者は浜本斎粛)は地方公営企業法第八条に基き水道事業の業務を執行しその業務執行に関し福岡市を代表する権限を有する行政庁であつて、本件停水予告通知は水道管理者が右権限に基いてなしたものである。従つて仮に本件停水予告通知が行政処分であるとしても、これが取消を求める本訴は福岡市水道管理者を被告とすべきものであつて、福岡市を被告とする本訴は不適法である」と述べた外、いづれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として、控訴人は甲第一号証を提出し乙号各証の成立を認め被控訴代理人は乙第一乃至第六号証を提出し原審証人久保正述の証言を援用し甲号証の成立を認めた。

理由

福岡市水道管理者が昭和二九年八月二八日付を以て控訴人に対し「福岡市水道供水栓第三九、七八七号の昭和二八年三月分及び四月分の水道料金七二四円、督促手数料金三〇円、合計金七五四円を昭和二九年九月七日までに納付すべく、もしその期日までに納付しないときは給水を停止すべき」旨の停水予告通知をなしたことは当事者間に争がない(もつとも、控訴人の主張によれば、被控訴人福岡市が右停水予告通知をなしたというのであるが、それは福岡市水道管理者が福岡市を代表して停水予告通知をなしたという趣旨と解せられるし、事実その通知が福岡市水道管理者によつてなされたことは成立に争のない甲第一号証、乙第五号証及び原審証人久保正述の証言によつても明らかである。)

ところで控訴人は右水道料金を納付する義務があることを争うのではなく、ただ、指定期日までに水道料金を納付しないときは給水を停止するという停水予告通知は法律上違法な行政処分であるとし、被控訴人福岡市を被告として該予告通知の取消を求めているのである。

そこでまず本訴の被告適格について考えるに、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は、他の法律に特別の定がある場合を除いて、処分をした行政庁を被告としてこれを提起しなければならないことは、行政事件訴訟特例法第三条に規定するとおりである。しかるに被控訴人福岡市はもとより地方公共団体であつて行政庁ではないから、被控訴人福岡市を被告として本件停水予告通知の取消を求める本訴は、すでにこの点において被告の適格を誤つたものといわなければならない。もつとも、福岡市の水道事業に関する業務執行権がもし市長の権限に属し水道管理者は市長の事務分掌機関にすぎないとすれば、本件訴状に市長によつて代表される福岡市を被告として記載しているのは、単なる表示の誤りであつて本訴は行政庁たる福岡市長を被告とする訴と解する余地もあるけれども、市長にそのような権限がないことはつぎに述べるとおりである。

すなわち、地方公営企業法によれば、地方公営企業を経営する地方公共団体には原則として、当該地方公共団体の長の指揮監督の下に地方公営企業の業務を執行させるため管理者を置かなければならないのであるが(同法第七条)、管理者は法令に特別の定がない限り同法第八条第一項各号に掲げる事項を除く外、地方公営企業の業務を執行し且つその業務執行に関し当該地方公共団体を代表する権限を有するのである(同法第八条)。従つて法令に特別の定がない限り、同法第八条の規定によつて地方公営企業の管理者の権限に属せしめた事項については、管理者を置いた当該地方公共団体の長は上級行政庁として管理者を指揮監督する権限はあるが、自らその業務を執行し又はその業務執行に関し当該地方公共団体を代表する権限を有するものではない。控訴人は、地方自治法第一四七条の規定を援用して、管理者は地方公共団体の長から完全に独立して業務執行権を有するものでないと論じ、管理者の権限に属する事項について当該地方公共団体の長もなお業務執行権を有するもののように主張するが、この見解は正当でない。なるほど、管理者は地方公共団体の長の指揮監督の下にあるのであるから、完全に独立した行政庁でないことはいうまでもないが、指揮監督権と業務執行権は同一の権限ではない。又地方自治法第一四七条は、法律に特別の定がない限り一般に、地方公共団体の長は当該地方公共団体の事務について統轄権及び代表権を有することを定めたものであつて、法律によつて地方公共団体の事務の一部を他の行政庁の権限に属せしめた場合に、なおその事務について地方公共団体の長がこれと同一の権限を有する趣旨ではない。

ところで、福岡市水道局設置に関する条例(昭和二七年福岡市条例第三六号)及び福岡市水道局事務分掌規程(昭和二七年福岡市企業管理規程第一号)によれば、福岡市はその経営する水道事業の業務を執行させるため地方公営企業法に基き水道管理者を置いていることが認められるし、給水停止に関する事項は地方公営企業法第八条第一項各号の除外事項に当らず且つ法令に特別の定もないから、給水停止に関する事項については福岡市水道管理者が執行権及び代表権を有し、福岡市長にはそのような権限がないこと明らかである。従つて本件停水予告通知は福岡市水道管理者が右権限に基きなしたものと認められるので、該予告通知を行政処分と解しても、これが取消を求める本訴は福岡市水道管理者を被告としてこれを提起すべきものであつて、被控訴人福岡市又は福岡市長は被告たる適格を有しないものといわなければならない。つぎに、本件停水予告通知が抗告訴訟の対象となるかどうかについて判断する。控訴人は本件停水予告通知は、指定期日までに水道料金を納付しないことを条件として公法上の給水契約を解除する意思表示であるから、抗告訴訟の対象たるべき行政処分であると主張するのである。しかし前掲甲第一号証によれば、本件停水予告通知は福岡市水道料金条例(昭和二四年福岡市条例第六九号)第一〇条の規定に基いてなされたこと明らかである。そうして同条例第一〇条には「料金を指定期限までに納付しないときは、完納するまで給水を停止することができる」と規定しているのであつてこの規定は水道料金を完納するまで一時給水を停止し得ることを定めたにとどまり、給水を終局的に廃絶することを定めたものではない。そうだとすれば右規定に基きなされた本件停水予告通知は、指定期日までに水道料金を納付しないときはこれを完納するまで一時給水停止措置をとるべきことを予告したものと解するのが相当であつて、給水使用関係が公法上の契約関係であるか否かはしばらくおき、仮にこれを公法上の契約関係とみても、本件停水予告通知を以て控訴人主張のような停止条件を付した公法上の給水契約解除の意思表示と解することはできない。もともと、停水予告通知があつても給水栓を閉鎖し給水停止措置をとるまでは事実上給水は停止されないし、又原審証人久保正述の証言及び本件口頭弁論の全趣旨によつてうかがわれるように、福岡市水道管理者も被控訴人と同様、停水予告通知は将来の停水措置を予告するものにすぎないと解しているのであつて、該予告通知によつて給水使用者の使用権が消滅したものとしてその後の給水使用を違法視しているわけではないから、その予告通知を強いて給水契約解除の意思表示と解釈しなければならない実質的理由も考えられない。これを要するに、本件停水予告通知は単に将来とることあるべき給水停止措置を予告するものに過ぎないから、これによつて何等かの法律効果を生ずるわけではなく、従つて控訴人の権利又は利益を害するものではない。さすれば該予告通知は行政事件訴訟特例法に定める抗告訴訟の対象たる行政処分に該当しないこと明らかである。

以上説明のとおり本訴は当事者適格及び請求の適格を欠き訴の利益がないから、本訴請求はこれを棄却すべきものである。

よつて原判決はその理由において不相当であるが結果において同一であるから本件控訴は理由がないものと認め、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

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