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福岡高等裁判所 昭和26年(れ)1359号 判決 1951年8月31日

控訴人 被告人 武谷盈

弁護人 水崎幸蔵 石橋重太郎

検察官 山田四郎関与

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

理由

弁護人水崎幸蔵が陳述した控訴の趣意は弁護人石橋重太郎が提出した控訴趣意書記載のとおりであるからこゝにこれを引用する。

右控訴趣意第一点について、

然し乍ら昭和二十五年八月二十三日附起訴状の罪名欄には婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令違反(同勅令第二条)と明記してありこれと同起訴状公訴事実とを対照して読むとき同勅令第二条違反の犯罪事実について起訴せられたことが明かであるから原審が右事実を同勅令第二条違反として審判処断したことは相当であり原判決には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

同第二点について、

原判決判示を読めば犯罪事実は特定されている。この論旨も亦採用に値しない。

同第三点について、

婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令は婦女の個人的自由の伸張を図るため「暴行又は脅迫によらないで婦女を困惑させて売淫をさせた者」(第一条)及び「婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした者」(第二条)に対する処罰を定めている。所論はこの後者の場合において「婦女が自己の意思に反して他の何等かの強制によりて売淫させられることを内容とする契約」をいうものであつて婦女が自由意思により売淫をなす契約をすることをも禁止する趣旨ではないというのであるが該契約当事者の一方が相手方たる婦女に対し多額の金員を前貸し自己の部屋において売淫せしめることを目的とするときは仮令婦女が自由意思によつて売淫をすることを内容とするものであつてもかかる契約は直接又は間接に多かれ少かれ心理的にもせよ婦女を束縛又は強制して売淫させる結果を招来するに至るものであつて婦女の個人的自由の伸張を阻害する虞れが多分にあるのである。そこで所論のような強制的な要件の有無に拘らず婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした者として一様に処罰さるべきものと解するのが相当である。

原判決判示第二の事実は原判決挙示の証拠によつて優にこれを認めることができるからこれに右勅令第二条を適用した原判決は相当であり所論のような法令の適用を誤つた違法はない。論旨は採用の限りでない。

同第四点について、

一、前記控訴趣意第一についての判断において示したように昭和二十五年八月二十三日の公訴事実は右勅令第二条違反の犯罪事実であること明かであるから、これが明かでないことを前提とする論旨は採用できない。

二、所謂冐頭陳述に於て明かにされなければならないのは「証拠により証すべき事実」であり所論のように具体的証拠と具体的事実との直接的関係までを明かにすることを要求しているのではない。これは証拠申請の段階においてなさるべきことである。所論公判調書の記載により判明し得る事実と証拠との関係の程度にて冐頭陳述としては充分というべきものと解するから論旨も亦採用しない。

三、然し乍ら判示第二の犯罪事実については既に昭和二十五年十月二十五日の第二回公判期日に証検第三一号乃至第四八号を取調べており所論の昭和二十六年二月十四日の公判期日に於ても所論の証検第七五号被告人の自白調書を取調べる以前に同事実に関する他の証拠たる証検第五七号乃至七二号を取調べていること訴訟記録上明かであるから原審の訴訟手続には所論のような違法はなく論旨は理由がない。

同第五点について、

右勅令第二条の法意については所論と見解を異にすること控訴趣意第三点についての判断において説明したとおりであり右判断と見解を同じくする原判決判示事実はその挙示する証拠により優にこれを認め得ることも前に記したとおりであるから原判決には事実誤認の違法はなく論旨は理由がない。

同第六点について、

訴訟記録並に原審で取調べた証拠に現われた主観的客観的一切の情状を考慮すると原審の被告人に対する量刑は稍重いと認められるので刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条に則り原判決中被告人に関する部分を破棄し同法第四百条但書に則り左のとおり自判する。

被告人の原判決判示所為中各暴行の点は刑法第二百八条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に各傷害の点は同法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、婦人をして売淫をさせることを内容とする契約をした点はいづれも昭和二十三年勅令第九号第二条罰金等臨時措置法第二条に夫々該当するところいづれも所定刑中懲役刑を選択し以上は刑法第四十五条前段の併合罪に該るので同法第四十七条第十条に則り法定の加重をした刑期範囲内に於て被告人を懲役八月に処すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 川井立夫 判事 安東勝)

弁護人石橋重太郎の控訴趣意

第一点、原判決は審判の請求を受けた事件につき判決をしなかつた違法がある。原判決は判示第二に於て被告人が岡田サヨ子外六名の婦女を従業婦として雇入れる際同人との間に同女をして自家で接客売淫させる事を内容とする契約を為した事実を認め昭和二十二年一月十七日婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令第二条によりて処断して居る。然るに昭和二十五年八月二十三日付起訴状記載の公訴事実に依れば検察官は被告人が岡田サヨ子外六名の婦女を従業婦として雇入れるに際し同人等との間に接客売淫させる事を内容とする契約を為した事実に就て審判を求めて居るのではなく前記岡田サヨ子外六名を自家で接客売淫させ其対価の半分を自己に取得する契約内容の下に雇入れ、雇入れの当日から昭和二十四年九月末迄の間被告人居宅店舗に於て、接客売淫させた事実につき審判を求めて居るものである事は其記載の内容に徴し、極めて明かな処である。然るに原判決は被告が従業婦雇入れの際同人等との間に自宅で接客売淫させる事を内容とする契約を為した事実を審判したのみで接客売淫させたと云う審判請求に対しては何等の判断も与えていない。右は刑訴法第三七九条の三号即ち審判の請求を受けた事実につき判決をせなかつた違法があるものと思料する。

第二点、原判決は罪となる可き事実を特定していない違法がある。刑訴法第三三五条には有罪の言渡をするには罪となる可き事実、証拠の標目、及法令の適用を示さなければならない旨規定して居る。然して罪となる可き事実を摘示する場合は其日時場所及方法を以て其事実を特定しなければならないに拘わらず、原判決は、被告人が岡田サヨ子外六名を従業員として雇入れの際同女との間に同女をして自家で接客売淫させる事を内容とする契約を為した旨摘示して居るのみで如何なる方法で接客売淫させる事を内容とする契約を為したものか犯罪の手段方法については何等摘示する処がない。蓋し罪となる可き事実とは犯罪を構成す可き積極的要件に該当する事実を謂い、犯罪を構成す可き積極的要件としては、犯罪の日時場所方法は欠く事の出来ない絶対の要件である。若し、これを欠く時は罪となる可き事実は特定されない事になり、延いては罪となる可き事実の摘示がなかつた事になる。原判決の事実摘示は所論の通りであるから刑訴法第三三五条に違反するものと思料する。(大判昭和十七年七、七、その他、最高裁大法廷判決昭和二十四年二、九、各参照)

第三点、原判決は婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令第二条の法意を誤認し罪とならざる事実を罪と認めた違法がある。

原判決は被告人が岡田サヨ子外六名を従業婦として雇入れる際同人等をして自家で接客売淫させる事を内容とした契約を為した事実を認め前記勅令第二条の違反として処断して居るが、右は勅令第二条の法意を誤認し罪とならざる事実を罪と認めた違法があると思料する。思うに右勅令第二条の売淫をさせる事を内容とする契約とは、婦女が自己の意思に反して他の何等かの強制によりて売淫させられる事を内容とする契約を謂うものであつて、同条は右の如き内容の契約を為すことを禁止したものであり、婦女が自己の自由意思に依り売淫を為す事迄も禁止したものでないと解釈するのが右勅令第二条の法意に合致するものである。被告人方に雇入れた岡田サヨ子外六名の婦女は執れも自ら進んで被告人方に於て従業婦として接客売淫する事を自発的に申入れ、被告人方で働く事になつたものである事は岡田サヨ子外六名の司法警察員に対する供述調書によりて之れを認定するに十分である。被告人方で働くと云う事は被告人方に雇われるのではなく、被告人方の設備を使用させて貰い自ら働くと云う意味である。勅令第二条はかかる事実迄も禁止して居るものでない。原判決が被告人を右勅令第二条の違反として処断したのは、同条の法意を誤認し罪とならざる事実を罪と認めたものと謂わねばならぬ。

第四点、原審の訴訟手続は左記の通りの法令違反があり右の違反は判決に影響を及ぼす事明かであると思料する。

一、被告人武谷盈に対する昭和二十五年八月二十三日付起訴状記載の公訴事実に依れば「被告人武谷盈は……省略……従業婦を雇入れる際に同人との間に同人をして自家で接客売淫させその対価を折半した二分の一に相当する金銭を被告人自身が取得する契約内容の下に 第一、昭和二十二年十二月三十日頃下関市園田町の中村貞夫を介して岡田サヨ子に対し前借金名儀で金二千五百円を貸与して同女を従業婦として雇入れ 第二、乃至第七、……省略 以て、いづれも前記雇入れの当日頃から昭和二十四年九月末頃までの間被告人居宅店舗に於いて接客売淫させたものである。

とあるが、右の公訴事実は昭和二十二年一月十四日婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令第一条の違反であるか同勅令第二条の違反であるか記載内容が頗る不明瞭である為め罪となる可き事実を確定する事が出来ない。これを第一条の違反とするには同条違反の犯罪構成要件に対する明示を欠いて居る。即ち第一条は暴行又は脅迫によらないで婦女を困惑させて売淫させた者の処罰規定であるが、公訴事実に依れば前記の如く婦女を自家で接客売淫させ其対価を折半した二分の一に相当する金銭を被告人が所得する契約内容の下に前借名義で金員を貸与し同人等を従業婦に雇入れ自宅店舗で接客売淫させたと云うのであつて売淫の手段として婦人を困惑させたと認む可き事実の記載がない。婦女に前借させたと云う事が婦女を困惑させた事にならない事は云う迄もないから、右の公訴事実を以て一条違反の犯罪と見る事は妥当でない。第二条は婦女に売淫させる事を内容とする契約をした者の処罰に関する規定であり進んで売淫させた者に対する処罰規定でないから右の公訴事実を以て第二条違反の犯罪となし得ない事は明白である。起訴状には公訴事実を記載しなければならない。公訴事実は訴因を特定し明示してこれを記載しなければならぬ。訴因の特定は絶対的の必要事項であり、之れが特定していない起訴状は無効であり後日の追完補正によつて有効となるものでない。本件起訴状に記載された公訴事実が前述の如く意味甚だ不明瞭であるのは、訴因の明示を欠いているからである。かかる起訴状は起訴状の要件を欠くもので無効である。裁判所は須く公訴棄却の判決を為す可きであるに拘らず、之れを看過して審理を進めたのは刑訴法第二五六条の違反であり訴訟手続は根本的に無効であると思料する。

二、原審第一回の公判調書に依れば検察官は証拠調の冐頭に於て「立証すべき事実は本件公訴事実及びその犯情である」とのべ、昭和二十五年六月三十日附公訴事実に対し、書類 証検第一号乃至証検第三〇号、昭和二十五年八月二十三日付公訴事実に関し、書類 証検第三一号、証拠物として 証検第三二号乃至証検第四八号、各被告人の陳情に関し、書類 証検第四九号乃至証検第五六号、の取調を請求しその趣旨を陳述したと記載されて居るが、右の記載によつては検察官は如何なる事実を如何なる犯情を如何なる証拠によりて立証せんとしたのか一切不明である。思うに検察官の冐頭陳述は実に証拠調の基礎を為すものであり立証方針を宣明するものであるから、之れを欠く時に於ては、爾後に於ける証拠調は之れを遂行する事ができなくなり又これが不完全な場合に於ても証明す可き事実の一部を欠如する事となり、延いては起訴状記載の事実が証明せられない事となる等其影響する処極めて重大であり、被告人の防禦にも至大の関係を持つ事になるのであるから証明す可き事実と証拠との関係はよろしく之れを明確ならしめ且つ之れを公判調書に記載せなければならない、刑訴法第二九六条但書の規定の趣旨は正に此の事を要請するものと思料する。殊に被告人は本件の起訴事実中昭和二十五年八月二十三日附公訴事実を否認して居り犯罪内容も簡単でない。従つて検察官の冐頭陳述も訴因たる各箇の犯罪事実につき如何なる証拠により之れを証明するかの陳述が一層必要である。然るに原審第一回の公判調書に記載された検察官の冐頭陳述は前記の如き内容であつて証明す可き事実と証拠との関係は明確でない。従つて適法な検察官の冐頭陳述がなかつた事に帰着せざるを得ない。かかる冐頭陳述に依つて爾後の証拠調を進行せしめた原審の訴訟手続は違法である。(昭和二十四年六月一日名古屋高等刑事第三部判決言渡、同年十月十五日同刑事部第二部判決言渡参照)

三、原審第八回公判調書の記載によれば、検察官は昭和二十五年八月二十三日起訴状記載の公訴事実を立証する為め書類証検第五七号乃至証検第七五号の取調を請求し趣旨を陳述し、裁判官は右書類を全部証拠として取調べると決定を宣したあとるが右検察官が取調を請求した証拠書類の中証検第七五号は被告人の副検事藤井庄次郎に対する供述調書であり、該調書は被告人の自白を録取した調書であるから、刑訴法第三〇一条により犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければ取調を請求する事はできないものである。蓋し刑訴第三〇一条の規定の趣旨は、他の証拠調に先立ち被告人の自白を録取した証拠の取調によつて裁判官をして被告人に不利益な予断を抱かせない為めである。従つて仮令公判に於て被告人が自白した場合であつても右自白を補強し得る他の証拠調が為された後でなければ其請求を許容してはならない事は刑訴法第三〇一条の立法趣旨に照し明かである。(昭和二十四年五月二十三日刑事局長回答)然るに原審が前記の如く被告人の自白を録取した証検第四号証を他の証拠と共に取調の請求を許容し且つ他の証拠と同時に之れが取調を施行したのは判決に影響を及ぼす事明かな法令の違反があるものと思料する。

第五点、原判決は判決に影響を及ぼす可き重大な事実の誤認がある。原判決は被告人が岡田サヨ子外六名の従業婦を雇入れるに際し同女等との間に同女等をして自家で接客売淫させる事を内容とする契約を為した旨を認定し、右事実を以て昭和二十二年一月十四日婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令第二条の違反として処断をして居るが、右の事実認定の証拠として挙示されている被告人の当公廷に於ける供述岡田サヨ子外六名の司法警察員に対する供述調書並に副検事藤井庄次郎に対する被告人第二回供述調書を検討するに被告人の当公廷に於ける供述は犯罪事実の否認であり、全然証拠に供し得ない事は明かである。岡田サヨ子外六名の従業婦の供述調書は孰れも被告人方で接客売淫し其稼高の内より所定の金員を被告人に支払つていた事実を認め得るも同女等が自由意思を抑制せられ、他の力によつて強制されて売淫をさせられていたと云う事実は認められないのみならず働く事は従業婦等が自発的に申出でた処である事が明かである。従つて被告人が右従業員等に売淫させる事を内容とした契約を為したものと認むる事は妥当でない。原判決は売淫する事を内容とした契約をなしと大まかに認定して居るが本件の所謂契約は左様な簡単なものではない。被告人が従業婦に売淫をしなさいと云う事のできないのは勿論、婦女が自ら売淫して居るのを知つていたからと云つて之れをとめる権利も義務もない訳である。売淫に依つて得た金であるからと云つて食費や部屋代等に支払を受けてもさして悪い事はあるまい。右判決の認定は事実の実態を誤認したものであると思料する。

第六点、原判決の量刑は重きに失する。暴行等については被害者が無断逃走した為め、被告人は之れが捜査に苦心して之れを連れ戻した処、態度頗る横柄であり鼻唄をうたつたりした為め一時の興奮の感情により手荒の所為に出でたものと認められ犯情に酌量の余地はある。年既に五十歳をすぎたこの被告に対し体刑の処分は量刑重きに失するものと思料す。

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