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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)298号 判決 1950年8月11日

控訴人 被告人 末次章の弁護人 石井幸雄

検察官 山田四郎関与

主文

本件控訴は之は棄却する。

理由

弁護人石井幸雄の陳述した控訴の趣意は別紙の通りである。

控訴の趣意第一点乃至第四点に付いて。

自白によつて犯罪事実を認定するには所謂補強証拠は罪となるべき事実中所謂罪体についてのみ存在することを要し故意過失等の主観的条件については自白のみによつて之を認め得べく之に対する補強証拠の存在を必要としない。

原判決挙示の証拠を綜合すれば被告人は本件犯行当時少くとも所謂未必の殺意を有していたことを窺知するに足る。

従つて論旨は孰れも理由がない。

同第五点に付いて。

原審は審理の結果被告人は本件犯行当時心神喪失乃至粍弱の情況になかつたものとの心証を得弁護人の精神鑑定の申請を却下したものであること記録に懲して明である。而して裁判所において審理の結果既に心証を得た事実に付いては、当事者の証拠の申請を却下することを得べく仮令それが被告人の精神状態に対する鑑定の申請であつてもその理を異にしない。従て本論旨も理由がない。

同第六点に付いて記録を精査すると原審の刑は相当であると思われるので本論旨もまた理由がない。

以上の説示のように本件控訴は理由がない故刑事訴訟法第三百九十六条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 島村廣治 判事 後藤師郎 判事 青木亮忠)

控訴趣意

第一点原判決は殺意の点に付き「検第七号の被告人の検事に対する弁解録取書中同人の陳述として自分は判示日時場所で高瀬を薪割鉈で打殺してやろうと思つて同人の頭に切りつけた旨の記載」を証拠としているが右自白は被告人が只一回検事に自白した丈けで他に記録上自白がない。本件に於ては右自白は刑事訴訟法第三百十九条第二項に所謂自己に不利益な唯一の証拠であつて同条により証拠となすことが出来ないのに拘らず原審がこれを証拠としたのは法令の違背があると同時に虚無の証拠により事実を認定した違法があつてその違法は他の証拠と共に綜合して認定の用に供した場合でも判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れない。

第二点原判決は「被告は……高瀬の無理解を激怒しそのうつ憤をはらすため…………」と判示しその証拠として被告人の当公廷における判示同示の供述を挙げているが原審公判調書中その旨の供述を発見することは出来ない。原判決は虚無の証拠により事実を認定した違法がありその違法は判決に影響を及ぼすことが明かでるあから破棄を免れない。

第三点原判決は殺意の点につき「検第六号の被告人の司法警察員に対する供述調書中同人の陳述として自分は判示日時場所で高瀬を殺すとまでは思わなかつたが自分の気持としてはどうでもなれと云う様に思つて切つた旨の記載」「検第八号の被告人の検事に対する供述書中同人の供述として自分は高瀬の言葉を聞いて逆上し同人を殺す殺さぬと云う様な考もなくやけくそになり同人に一撃を食わした旨の記載」及判示の如き重傷を与えた打撃の強さを証拠としているが右供述記載のどうでもなれと云う様に思うことややけくそになることは殺意とは異つたものであり、打撃の強いことは殺意を認むる資料にはならないのみならず却て前記検第六号の供述調書中の被告人の供述として「二回切つたのは起き上られない様にする考えでありましたが、死等は全く頭に浮びませんでした」との記載や原審公判調書中の被告人の供述として有合せの柄物で叩いたのであることは初めは知りませんでした。木の棒であると思つていました。二度目に叩く時は鉈であることが分りました。二度目は鉈の背の方で叩いた」旨の記載あるに徴すれば、被告人に殺意のなかつたことが窺われるから原判決が殺人の事実を認定したのは事実誤認の違法がありその違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は破棄を免れない。

第四点本件は右第三点に述べた如く殺人の事実を認定したのは事実の誤認であり、従つて之に刑法第百九十九条を適用したのは法令の適用を誤つた違法がありその違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は破棄を免れない。

第五点原審公判において弁護人より被告人が犯行当時心神喪失若くは心神粍弱の状態にあつたことを主張し、その立証として犯行当時における被告人の精神鑑定の申請をなしたに拘らず、原審はその申請を却下しそして原判決理由において「弁護人は被告人が本件犯行当時心神喪失若くは心神粍弱の状態にあつた旨主張するけれ共本件記録に徴し右主張する事実は到底認められないので右弁疎は採用しない」と判示し弁護人の抗弁を排斥した。しかしながら被告人は性勤勉で大変真面目な人物であることは原審証人保坂良之、山川義人の供述に徴し明白であつて、本件は平素怨恨等もないのに判示の如き動機で殺意を決するが如きは異常のことである。被告人が昭和二十三年五、六月頃熱病に犯され四十度以上の高熱が十五日位続いたことがありそれ以来気が変になることがあり親に病的に反抗したり気短かに「カツ」と逆上したりすることが多くなるようになつたのみならず、被告人の実父末次鷹喜が酒量一升五合の非常な大酒家であることは原審第二回公判調書中の被告人の供述原審第三回公判調書中の証人末次鷹喜の供述検第八号の記載により明かであるから、被告人は犯行当時移動製材機の機械係としてエンジンの故障の修理に強い責任を感じ極度に神経を疲労させ強度の神経衰弱に罹つていたものであるが、犯行当日は朝食も攝らざる侭故障部分の修理に従事していた時に高瀬から「朝から飯を食はずにそんな事をするから焼き過ぎて動かんのだ」「お前は山に入つた時の態度と今とは大分変つた仕事も前よりもしなくなつた」等と言はれ怠け者と罵倒されたので急激なる精神の刺激を受け犯行当時心神喪失若くは少なくとも心神粍弱状態となつて居たものと推定され斯る状況の下において行われた犯行である場合は以上の諸点を明確にする為鑑定を命ずるのが至当であるに拘らず、原審が漫然弁護人の申請を排斥して審理を終結したことは審理不尽の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすものであるから原判決は破棄を免れない。

第六点右第五点に述べた如く平素真面目な青年である被告人が移動製材機の機械係として強度の責任感に駆られ高瀬の命もないのに朝食も攝らず熱心にエンジンの修理に努力していたのに、高瀬が自分の熱意を少しも認めてくれず、却つて怠け者と罵倒されたので嚇となつて行われた犯行であることは、原審公判廷における被告人のその旨の供述や一件記録により明かなところであるから情状を汲み酌量減軽の上刑期を三年を出でざる程度の懲役を言渡し且刑の執行猶予を附すべき情状があるに拘らず、原審が四年の実刑を科したのは量刑不当の違法があるから原判決は破棄を免れない。

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