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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1554号 判決 1950年8月03日

控訴人 被告人 本多福松 外二十四名

弁護人 名嘉眞武勝 外三名

検察官 山田四郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人本多福松、同本多福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助を各懲役六月及び罰金五千円に処する。

被告人中村数義、同杉永キクノ、同吉田一男を各懲役参月及罰金参千円に処する。

被告人伊達秀雄を罰金壱万五千円、同増田秀行を罰金六千円に処する。

被告人松本兼吉、同森本虎衛、同松本壽太郎を各罰金五千円、同山下スエを罰金四千円に処する。

被告人牧野政治、同高木フイ、同中島兼男を各罰金参千五百円、同森本マツ、同杉本留男を各罰金参千円に処する。

被告人上田シズ枝、同吉田喜代吉、同内田助八、同吉田トヨ、同森本兼吉を各罰金弐千五百円に処する。

但し被告人本多福松、同本田福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助、同中村数義、同吉田一男、同杉永キクノに対し、この判決の確定した日から弐年間前記懲役刑の執行を猶予する。

被告人等において前記罰金を完納することができないときは、被告人伊達秀雄については金百五十円その他の被告人については金百円をそれぞれ一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中その六分の一は被告人山下スエの負担とする。

理由

各弁護人の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書のとおりである。

被告人本田福松、同本田福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助、同中村数義の弁護人(以下本多福松外六名の弁護人と称する)名嘉直武勝の各被告人に関する控訴趣意各第一点について。

所論のように右被告人等は生産者から買い入れる切干甘藷を以て政府に所謂超過供出をなし、よつて得るところの利益を同被告人等の居住部落の農道等の築造資金に当てる目的であつても、かような目的のために、生産者から統制額を超えて切干甘藷を買い受ける行為は営利を目的とするものに外ならない。又政府以外の者が法定の除外事由がなくして生産者から切干甘藷を買い受くる行為は原判決説明のとおり食糧管理法第九条第三十一条、同法施行令第六条に該当する違反行為であつて(控訴趣意書中に原判決が食糧管理法第三十三条を適用したような記載があるのは同趣意書自体の誤りであろう。)たとい政府に供出する目的で買い受けても違法性を阻却すべき理由はない。尚原判決は切干甘藷の移動については何等触れていないのであるからその移動に関し原判決を批難する所論は当らない。それ故論旨はいづれも理由がない。

被告人本多福松外六名の弁護人堤牧太の控訴趣意第一点について。

所論によれば被告人本多福松外六名の被告人等は居村農業協同組合長から、切干甘藷を生産者より買い受けてこれを農業協同組合に(農業協同組合に委託して政府に、という趣旨であろう。)超過供出しても違反にならないと聞いたので、これを信じて生産者より切干甘藷を買受けたのであつて、その間何等の過失もないから違法の認識がなく、従つて犯意がないという。しかし原判決引用の各証拠によれば、被告人等は右協同組合長の意見の当否を確むべき相当の努力もせず慢然その意見に聴従したことが窺はれるのであつて、之の誤信について過失がないとはいえないからこれがため犯意を阻却すべき理由はなく論旨は理由がない。

被告人杉永キクノ、同吉田一男、同伊達秀雄の弁護人(以下被告人杉永キクノ外二名の弁護人と称する。)藤本信喜の控訴趣意第一点について。

しかし食糧管理法及び物価統制令は特殊の経済情勢に対処するため暫定的に制定された法令であるから、その附属法令の改廃によつて加工甘藷の統制が撤廃されても、その統制撤廃前における違反行為の処罰価値を失うものではないから論旨は理由がない。

被告人増田秀行、同森本虎衛、同内田助八、同吉田トヨ、同吉田喜代吉、同森本兼吉、同森本マツ、同松本兼吉、同牧野政治、同高木フイ、同松本寿太郎、同上田シズ枝、同山下スエ、同杉本留男、同中島兼男の弁護人(以下被告人増田秀行外十四名の弁護人と称する。)菖蒲逸良の控訴趣意第一点について。

所論によれば、右十五名の被告人の内被告人増田秀行、同森本虎衛、同内田助八、同森本兼吉の四名は前示被告人吉田一男に対し、その他の被告人等は前記被告人杉永キクノに対し、それぞれ本件切干甘藷を売り渡したもので、原判決認定のように被告人吉田一男、同杉永キクノ、同中村数馬の三名の斡旋によつて前記被告人本多福松外五名に売渡したことを認むべき証拠はなく、原判決の事実認定は誤つているというのである。しかし原判決引用の各証拠、殊に司法警察員作成の被告人杉永キクノ(第三回及び第四回)、同吉田一男(第一回)、同本田福松(第一回)の各供述調書、検察官作成の被告人杉永キクノ、同吉田一男、同中村数義、同本田福男、同中村定男、同森本兼吉、同牧野政治、同伊達秀雄の各供述調書を通観すれば、原判決認定のように被告人増田秀行外十四名が被告人杉永キクノ外二名の斡旋で同人等を介して被告人本多福松外五名に本件切干甘藷を売渡したことが認められないことはない。たとい被告人増田秀行外十四名が被告人吉田一男又は被告人杉永キクノに売渡したとしても、所論の事実誤認によつて売主たる同被告人等の犯罪の成立、刑の量定その他に異るところはなく、判決に影響を及ぼすものではないから論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は要するに原判決が刑法第三十八条第三項但書を適用して刑を減軽しなかつたのは違法だというのであるが、同但し書を適用して刑を減軽すると否とは原審の裁量に属するものであるから、これを適用しなかつたとしても違法ではない。それ故論旨は理由がない。

被告人本多福松外六名の弁護人名嘉真武勝の同被告人等に関する控訴趣意第二点、同弁護人堤牧太の控訴趣意第二点、被告人杉永キクノ外二名の弁護人藤本信喜の控訴趣意第二点、被告人増田秀行外十四名の弁護人菖蒲逸良の控訴趣意第三点について。

所論はいづれも原判決の刑の量定は不当に重いというのである。記録を精査すると本件犯行の動機、犯行後の客観情勢、各被告人の境遇その他諸般の情状に鑑み、原判決の刑の量定は重きに過ぎると認められるので論旨はいづれも理由がある。

そこで刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但し書に則り原判決を破棄し、当裁判所は自ら更に判決する。

被告人本多福松、同本田福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助の原判示第一の所為は統制額を超えて切干甘藷を買い受けた点において物価統制令第三十三条第三条第四条、昭和二十三年十二月二十八日物価庁告示第千三百三十五号、刑法第六十条に、政府以外の者が切干甘藷を買受けた点において食糧管理法第三十一条第九条、同法施行令第六条、刑法第六十条に各該当するところ、以上は一個の行為にして二個の罪名に触るる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条によつて犯情の重い前者の刑に従い、情状によつて物価統制令第三十六条を適用して懲役と罰金を併科し、

被告人中村数義、同杉永キクノ、同吉田一男の原判示第二の所為は、被告人本多福松等に適用した前記各法条及び刑法第六十二条第一項に各該当するから、刑法第六十三条第六十八条によつて法定の減軽をなし、

その他の各被告人及び被告人吉田一男の原判示第三の所為は統制額を超えて切干甘藷を売り渡した点において、物価統制令第三十三条第三条第四条、昭和二十三年十二月二十八日物価庁告示第千三百三十五号に、政府以外の者に切干甘藷を売り渡した点において食糧管理法第三十一条第九条、同法施行令第八条、同法施行規則第二十一条に各該当するところ、以上は一個の行為にして二個の罪名に触るる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条によつて犯情の重い前者の刑に従い、いづれも所定刑中罰金刑を選択し、尚被告人吉田一男の以上第二及び第三の所為は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項を適用して各罰金の合算額以内で処断するものとし、

各その刑期又は罰金額の範囲内で各被告人を主文第二項乃至第六項の刑に量定処断する。但し主文第七項記載の各被告人については情状により懲役刑の執行を猶予することを相当と認め同法第二十五条に則り同項のとおりその執行を猶予する。尚同法第十八条を適用して主文第八項のとおり罰金を完納することができない場合の労役場留置期間を定め、且つ刑事訴訟法第百八十一条第一項によつて主文第九項のとおり訴訟費用の負担を定め、よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 吉田信孝)

弁護人名嘉真武勝の控訴趣意

第一点原判決は法の解釈を誤りたる点ありて破毀すべきものである。

原判決は被告人本多福松、同本田福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助は共謀の上営利の目的を以て昭和二十四年一月始頃被告人中村数義、同杉永キクノ、同吉田一男の斡旋により別表記載の島原市乙八百八十六番地森本マツ方外五十六ケ所で同人外右表記載の五十六名から同人等が昭和二十三年度に生産した未検査切干甘藷一俵八貫入のもの合計百九十二俵(各買受先数量は別表記載の通り)を之の統制額から合計十四万五千百二十円を超えた代金合計二十四万三千五十円で買受けたと認定した。而して右事実に付食糧管理法第九条第三十一条第三十四条同法施行令第六条、物価統制令第三条第四条、第三十三条を適用した。然れども

(一) 物価統制令第十一条に依れば第三条及前二条の規定は契約の当事者にして営利を目的として当該契約を為すに非ざるものには之を適用せずと規定せられてあります。果して本件行為が営利を目的として為されたるか否かでありますが原審証人金子岩太郎、大津徳治の証言、而して原審検事提出の三会村々長の陳述書三会村消防団長及消防団員一同並三会村農業協同組合長の嘆願書等を綜合考慮すれば、本件被告六名の所為は被告等が居住しおる中原部落に農道がない為予ねてから非常な不便を感じおりたる時切干甘藷の超過供出制度が実施せられ、其の価格も高価なりし為農業協同組合長から勧められ此の際切干甘藷を買集めて超過供出しては如何と勸められ其の資金二十五万円も農業協同組合より森林買付名義で借用して切干甘藷を買集め、之れを自己生産の者と共に超過供出したるものである事が認められるのである。而して超過供出した其の代金も農協に預金愈々橋梁架設せんとしたる処検挙せられたるものであることを認める事が出来るのである。然れば被告等六名の所為は決して私利私慾の目的でなされたものでなく、公衆の便宜の為になされたものであり、従つて本件被告等六名の所為は営利を目的としたる所なりと認定することは出来ない。然れば原審が之に物価統制令を適用したるは誤なりと言ふべく右は判決に影響を及ぼすこと明かなるを以て破毀すべきものと確信する。

(二) 次に原判決は前記の事実に対し食糧営理法第九条第三十三条第三十四条、同法施行令第六条を適用した。然れども本件切干甘藷の譲渡並に移動は何れも政府に供出する目的を以て為されたものであり、又実際供出して居るのである。斯る場合の個人間の譲渡は違法性を阻却するものと確信し又移動に付ては何等食糧管理法に違反するものではないと確信する、然れば原判決が右事実に対し食糧管理法を適用したるは法令の解釈を誤りたるものと確信し右は判決に影響を及ぼすが故に破毀すべきものと信ずる。

第二点原判決は刑の量定余りに重きに過ぎるものである。

原判決は第一点記載の事実を認定し之に対して各懲役二年及罰金四万円に処したり。然れども前認定のごとく本件は(1) 個人の私利私欲を目的として為されたる行為でないこと前掲第一点に記載したる証拠に依り充分認め得るのである。然れば仮りに本件が有罪なりと認定するも其の動機、目的行為よりして何等世間から非難せらるべき行為にあらず寧ろ証人金子岩太郎氏の証言の如く本件は国策に順応したる行為にして社会的には称讃すべき行為である。然れば農業協同組合より資金を貸与して買付けたるものである。(2) 尚本件切干甘藷は昭和二十五年一月一日より全面的に統制解除せられ其の売買並に価格等には何等制限せられて居ない、自由に自由価格を以て買付け又自由に移動が出来るのである。以上本件行為の動機、目的、其の後の統制解除等の事由に依り違反行為なりとするも実刑を以て処断すべき事件にあらず、又執行猶予も酷である。僅かなる罰金で然るべきである。然れば原判決は刑余りに重きに過ぎるもので破毀すべきものである。

次に被告人中村数義は杉永キクノ、吉田一男と共謀の上昭和二十四年一月始頃右第一記載の被告人等から切干甘藷の買付方依頼を受くるや、これを承諾し前記森本マツ方外別表記載の五十六個所で同人外右表記載の五十六名から同人等が昭和二十三年度に生産した未検査切干甘藷一俵八貫入のもの合計百九十二俵をその統制額から合計十四万五千百二十円を超えた代金合計金二十四万三千五十円で買付斡旋をなして之を幇助したりと認定し之に懲役一年及罰金二万円に処したり。

第一点原判決は法令の解釈を誤りたるもので破毀すべきものである。

前記被告人六名に対し説明したるが如く本件所為は物価統制令違反にも該当せず又食糧管理法違反にも該当せず、然れば之が幇助罪も成立せざること勿論である。然れば原判決は破毀すべきものである。

第二点刑の量定余りに重きに過ぎるものである。

前認定の如く本件は其の動機、目的其の後の統制解除殊に被告人中村数義は姓こそ異なるも被告人本多福松とは実父子関係にあり同居しおるものである。本件買付当初農業協同組合長から買付方を勧誘せられた時も他の被告と共に其の席にあり組合長から勧められる行為であれば処罰せられることもないものと信じ、金二十五万円を組合から借受け親戚に当る杉永キクノに買付方を依頼したものである。斯様な事情の下に買付たものであるのに実刑はおろか執行猶予でも重きに過ぎ、僅かなる罰金で結構である。然れば原判決は破毀すべきものである。

弁護人堤牧太の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用を誤つて居る。即ち原判決はその理由として被告人等に原判決第一、第二のような食糧管理法竝物価統制令各違反の所為ありとして食糧管理法竝物価統制令等を適用して被告人等に懲役刑竝罰金刑を科して居る。而して被告人等に原判決認定のような切干甘藷の取引があつて而かも夫等の取引価格が統制価格の統制を超過して居る事実は争いないが、飜て原審証人金子岩太郎の証言竝本件記録中各被告人等の供述調書の記載に徴すれば、金子岩太郎は昭和二十三年八月十五日から昭和二十四年三月二十七日迄被告人等居村たる長崎県南高来郡三会村農業協同組合長で、被告人等竝爾余の相被告人等は各肩書地で農事に従事して居るものであるが、昭和二十三年度は南高来郡一帯甘藷の豊作で、同年九月頃時の農林大臣は食糧危機突破の為めと一人二合七勺宛の主食糧配給確保の見地から全国に甘藷の超過供出制度の実施を督励せしめ且その超過供出分に対する政府の買上価格も一般供出価格の三倍とすべきことを命じたので、引揚者として食糧問題に付て深刻な関心を存する右金子岩太郎はその趣旨を体し、農協組合長として部落会等と村民等に対し極力甘藷の超過供出を督励し且宣伝し、殊に同組合としても財源に困つて居たので、その超過供出による代金を約三ケ月間組合に預金せしめ之により組合の財源捻出に協力し呉るるよう各組合員に勧説して居たのである。ところが被告人等の居村に於ては先に農道用として架橋の計画を樹てたがその財源のため実現を見なかつたが金子の右宣伝、勧説により被告人本多等に於て隣村杉谷村には切干甘藷の滞貨があつても超過供出による代金の支払遅延等の事情から之を躊躇し居た事情を知り、之を買入れて超過供出しその利益を以て架橋の費用に充てんと企て昭和二十四年一月頃金子組合長を組合事務所に訪いしに金子は被告人本多等に対し「本年の甘藷は黒班病が多いから切干にして供出して呉れと申入れしに、被告人本多等は金子に対し「橋を架けるため切干甘藷を買つて超過供出してもよいだろうか」と尋ねしに金子は「国家に納めるのだから個人の私用にするのではないし、よいだろう」と答へ、剰へ金子の方から被告人本多等に対し、「その代金で橋を架けるようにしたらどうか」と勧めたのであつた。而して被告人本多等は予て政府以外に主食糧の販売を禁ぜられて居たので、他村より買入れて供出しても差支へなきや、政府の奨励する超過供出は許さるるにあらずやとの若干の疑義があつた為め農協組合長たる金子に諮つたのであつたが、金子は言下に「夫れはよいだろう」と答へ且その方法により架橋すべく勧説したので中村数義を除く爾余の右被告人等はいよいよその決心をなし架橋の調査計画をたて、一面金子に申込み甘藷の買付資金として組合から二回に金二十五万円を表面森林の買付資金として借入れ(表面森林買付資金としては以前森林買付資金として組合員に貸付けた前例があつた為同名義とすれば貸付が容易であつた為めらしい)之によりて隣村から切干甘藷を購入して超過供出し約十四万円の利益を架橋費として組合に預金したが本件の摘発となつた為め架橋も中止した。利益金はそのまゝ被告人等個人名義の預金として組合に現存し今日に及んで居る次第である。而して金子は被告人等に問はれ前陳のように答へたがその後若干疑義を生じた為めか、南高地方事務所長八並某に対し「杉谷方面から甘藷を買付けて、三会村の人の名義で三会村農協組合に供出してよいか」と尋ねたところ同所長は明日長崎へ行くからその点よく確めて来ると云はれたるも、その後同所長に面会の機なく、当時の南高地区所長は島原市署に行けと云うので同市大手警部補派出所に赴き居合せた巡査部長に尋ねしに自分は夫れでよいと思うが本署に行き確めよと云はれ島原市署に出頭したが、署長不在で確め得なかつた央本件検挙となり右取引が違反であることを知り、自己が最後迄確め得なかつた責任を痛感して居た事情が認められる。

更に原審第二回公判調書の記載によれば被告本多等は右切干甘藷の買付方を被告人中村数義に依頼し、同被告人は相被告人杉永キクノ、同吉田一男に相次で依頼し、同被告人等に於て各生産者に交渉して判示数量の切干甘藷の買付をなしたことが窺はれるが、同公判調書には相被告人杉永キクノに弁護人より「被告人中村数義からどう云うて頼まれたか」と問はれて、「三会村の農業協同組合長が資金迄貸して買つてもよいと云はれたから別に心配することはないから買つて呉れといつて頼まれました」と答へ、更に弁護人から「吉田一男には何と云つて頼んだか」と問はれ「只今申上げしようなことを云つて頼みました」と答へたことが認められる。即ち被告人本多等から隣村に於ける切干甘藷の買付方の依頼を受けた被告人中村数義は相被告人杉永キクノに対し同人居村に滞貨して居た切干甘藷の買付方を依頼するに当り「三会村農協組合長が資金迄貸して買付てもよいと云はれたから別に心配することはないから買付けて呉れ」と依頼したので夫れを信じた杉永キクノは更に相被告人吉田一男に対しても同様のことを云つて買付を依頼したことが認められるから此点から推して被告人本多等が隣村の切干甘藷の買付を被告人中村数義に依頼する際も当然同様の認識をし自己等の所為に対する価値批判があつたものと認めて毫も差支へないものと信ぜられる。而して一般的に観て法規に暗く且世情に疎かるべき農村に生活する被告人等としては居村の農協組合長として日常組合員を指導啓発し居れる前記金子岩太郎から、特に昭和二十三年度には政府の方針に従い甘藷の超過供出を奨励され、他村の切干甘藷を買付けても夫れが政府に納めるものであつて個人間の取引でない限り差支へない、その利益金により村多年の宿望であつた農道用の橋を架けよ」と勧説され且その切干甘藷購入資金二十五万円を組合から貸与し呉るゝ場合、一般的に考へ所謂平均人を被告人等の代りに置いたとしても被告人等と同じ態度に出づべき可能性が認めらるゝ場合――被告人等に於て右買付行為がルートの而に於ても将又価格の点に於ても超過供出の価格が一般価格の三倍とせられて居る実情に徴して違法性なしと信じたることに付て特に過誤もなく、又その動機より観ても道徳的に批難さるべきところもないものと謂はねばならぬ。蓋し、近来的刑法理念に従へば故意とは単に犯罪構成事実を認識するに止まらずその行為の違法性を認識することを要するものとせらるゝからである。従て被告人等の本件切干甘藷の買入れ行為竝之が斡旋行為は犯罪の故意なきものとして無罪とすべきに拘らず原判決が之に冐頭所述のように食糧管理法竝物価統制令等を適用処断したのは結局法令の適用を誤つた違法あるに帰し原判決は此一点に於て破棄せらるべきものと信ずる。

第二点原判決の科刑は著しく不当である。即ち、原判決は被告人等に原判決認定のような未検査切干甘藷一俵八貫入百九十二俵をその統制額から合計十四万五千百二十円超過したる代金で買受けた事実竝之が斡旋をなした事実を認定して被告人本多福松、同本田福男、同吉田親助、同中村定男、同吉田好松、同中村鶴之助を各懲役二年及罰金各四万円に、被告人中村数義を懲役一年及罰金二万円に処して居る。而して被告人等に斯かる所為のあつたことは争いないところで、右第一点の所論不当なりとすれば相当の処分あるべきは当然であるが、左に愬へんとする本件犯行の動機行為の内容竝結果等から勘案すれば原判決の右処刑はその犯情に著しく過重であると信ずる。即ち

(1) 動機 第一点冐頭所論のように昭和二十三年度生産の甘藷の供出に当り政府は食糧危機突破と一人二合七勺宛の主食糧配給の確保のため同年度の甘藷が豊作であつた為め超過供出制度を活用し超過供出分に対しては一般の買上価格の三倍を支払うこととしたので、被告人等居村の農業協同組合長金子岩太郎は政府の右方針に副うべく生産者等に対し超過供出方を督励したが当時偶隣村杉谷部落に切干甘藷が滞貨されて居たのと之を買付け超過供出して、その利益を以て村民多年の宿望であつた農道用架橋の費用に充てんことを企て、他村より購入して超過供出することの可否に付て右金子組合長に問うたところ同人は差支なしとて却てその利益により架橋せよと勧説し且その買付資金を組合から貸与し呉れたので被告人等としても何等処罰に値する行為なりとの認識なきまゝ原判決の通り買付けて超過供出したもので、該取引により約十四万円の利益を得たが之は全部架橋費用に充つるため組合に預金して今日に及んで居る始末で、殊に原審証人金子岩太郎の証言によれば超過供出の代金は供出の日付を以て各自の通帳に振込み以て組合に預金し現在もそのまゝとなつて居るが被告人等の内で家庭の都合により組合より金借に来る時貯金から出したらどうかと云へば此金は橋を架ける金だから出せないと云うて居たとあり之によりても本件甘藷買付が被告人等の私利私欲に出てたものでないことが明認されると信ずる。

原判決はその理由の冐頭に於て「営利の目的で」と認定して居るが、之れは「架橋費用捻出のため」と解すべきであつて、原判決の右「営利の目的で」との認定を以て被告人等各自の私利私欲の目的に出たものとの趣意とすれば原審の右認定は原審に表はれた各訴訟資料明かな事実の誤認と断ぜざるを得ないのである。尤も原審が本件犯行に対し懲役二年及罰金四万円を併科して居る点から観れば或は右後者の意味を以て「営利の目的で」と認定したのではないかと疑はれるが、此点は特に御庁の深甚なる御検討を煩はさんとするものである。此の動機の点は本件被告人等の犯情中重要なものとして先づ愬へて置きます。

(2) 行為の内容 第一点の所論が理由ないものと仮定して本件甘藷買付当時故意があつたものと認められても、その故意は一般の犯行の場合に比し極めて稀薄で当時の被告人等の主観としては自己に買入れ資格がないとしても日常自己等の組合員を指導誘発し呉れて居る組合長から「政府に納めるのであるから他村から買つて超過供出してもよいだろうと云はれ而かもその買付けんとする甘藷は隣村部落に於て割当量の配給を了して滞貨して居るもので、只その生産者が打算上超過供出を躊躇して居る品であるから、之を買うて架橋費捻出のため超過供出しても差支えあるまいと考えた結果であつて、その考え方に手落ちがあつても右のように極めて稀薄な故意竝該程度の故意により表現せらるる被告人等の悪性も極めて稀薄なものと認めるのが妥当であろう。

(3) 結果 取引された結果から観れば被告人等が買付けた甘藷は前陳のように隣村の生産者等が自己に対する責任割当量の供出を了した残余と隣村の被告人等の目に付くような滞貨であつたので、買付けた合計は百九十二俵に上るも売渡した生産者は一人一俵二俵、三俵四俵等極めて少量のものであつて、同人等は超過供出の督励を受けても代金の支払が遅れるとの事由で之を躊躇して居たものであつたが、被告人が買付けて供出した為め一般配給に廻され国民の主食の一部として役立つたのである。若し被告人等が買付けなかつたとしたら或はその一部又は全部が腐敗し、或は買出があれば闇値で売渡され国民の一部に夫れは配給品に比し高価な代金を払うて飢を凌がねばならなかつたかも知れない。

(4) 超過額 原判決によれば被告人等購入価格は一俵に付き統制額を六百九十円超過して居るようであるが、之れは正式に検査を受けないまゝ取引されたので未検査品として取扱はれた結果公定価格が実質上の価値以下に定められて居た為めに、現に被告人等は原判決認定のような超過額で買入れても之を超過供出した為右超過額と殆んど同額の十四万の利益を得たのである。依之観之も被告人の超過価格による買入れは左程価格の統制を紊したとも云えないとも思はれる。

(5) 統制撤廃 昭和二十四年十二月十三日物価庁告示第九九六号を以て甘藷の生産者販売価格の統制は撤廃された、本件犯行当時に統制されて居ても裁判時に於て政府が一般社会情勢に鑑み統制を撤廃した以上之を裁判の上に反映せしめうるべきものと信ずる。

(6) 其の他の情状 別冊記録第六一七丁三会村消防団長外四十七名の歎願書、同上第六一九丁三会村農業協同組合長の同上、同上第六二一丁、三会村長及同土木委員長の陳述書、以上を被告人等の情状としして御覧願います。

(7) 余論 従来の裁判例に於て検事の求刑が判決に影響して居たことは吾人が久しく慣習付けられて居るところである。本件に於て原審立会検事は被告人中村数義以外の右被告人六名に対して懲役三年及罰金五万円、被告人中村数義外数名に対しては懲役二年及罰金四万円を求刑されて居る。而して立会検事は原審第二回公判に於て被告人本多福松に対する犯情として、「身上照会の件訂正方について」と題する書面を提出して取調を請求し之により同被告人の前科の点を証すと述べられて居るが、その書面によれば、本多被告人は大正三年十二月二十三日陸軍々人服務令施行規則違反として科料五円に処せられて居る旨の記載がある。之と本件犯行との間に如何なる関連性があるのであるか不可解で之により本多被告の犯情を重からしむべき事由はないものと信ずる。

叙上諸般の事情を彼此綜合すれば被告人等に対しては相当の罰金刑を選択処断せられて然るべきものではあるまいか、若し懲役刑を併科さるるものとすれば刑の執行猶予の御恩典を与えて頂き度いのであります。

詐欺、窃盗の如き破廉恥罪に於ても初犯に懲役二年を科せらるる事件は相当犯情重いものであります。己に統制撤廃せられた今日、以前のような食糧困難であつた頃と同様に一般警戒のみを重視して具体的の被告人個々に対する犯情以上の科刑をなすことは妥当でないと信ずる。尚被告人等が架橋費用として今尚十五万円を預金して居る事実を明かにするため預書添付します。

弁護人藤本信喜の控訴趣意

原判決を破棄す。との御判決を賜り度し。

控訴趣意の理由

第一、原判決には法令の適用に誤があつて、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち原判決は被告人等に対し(一)(イ)被告人杉永キクノ、同吉田一男等は共謀の上政府以外のものである本多福松外五名の者から切干甘藷の買付の委託を受け増田秀行外五十六名の者から夫々同人等の住居に於て別紙違反一覧表の通り同人等の生産に係る未検査切干甘藷百九十二俵(一俵八貫入)を其の統制額から金十四万五千二十円を超ゆる代金弐拾四万三千五十円で買付斡旋を為し以て之を幇助し、(ロ)被告人伊達秀雄、同吉田一男等は営利を目的として杉永キクノ外二名の斡旋により夫々その自宅に於て政府以外のものである本田福松外五名のものに対し別紙違反取引一覧表の通り自己生産に依る未検査切干甘藷をその統制額を超ゆる価格を以て売渡したものであるとの事実を認定し。

(二) 被告人等に対し食糧管理法第九条第三十一条、同法施行令第六条、第八条、第二十一条、物価統制令第三条、第三十三条(昭和二十三年十二月二十八日物価庁告示第一三三五号)を適用処断し、

被告人杉永キクノ、同吉田一男を各懲役一年及罰金二万円、同伊達秀雄を懲役六月及罰金二万円に、

処した。

(三) 然れども甘藷に付ては(イ)昭和二十四年十二月一日農林省令第百十五号食糧管理法施行規則の一部を改正する省令に依り其の統制は廃止せられ、(ロ)昭和二十四年十一月一日農林省、物価庁告示第六号(生甘藷及び加工甘藷の買入価格指定の件)に依り昭和二十三年十二月二十八日物価庁告示第一三三五号は廃止せられ、而かも同年十二月一日以後は甘藷の売買は自由価格に依る自由取引を認めらるるに至つた。換言すれば甘藷の買売に付ては其の統制価格は存せざるに至つた。(ハ)仍て被告人等の本件所為に付ては刑事訴訟法第三百三十七条第二号に所謂「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に該当するものとして免訴の言渡を為すべきであると信ずる。

右の理由に依り原判決は法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免かれない。

第二、原判決は刑の量定が不当であるから破棄すべきものと信ずる。

即ち(一)被告人杉永キクノは被告人の父と中村数義の母が兄妹であつて、被告人の父が昭和十六年十月頃応召出征した中村数義の母に非常に世話になつたことがあるので、同人に対し恩返しをしなければならぬ義理があつたところ、昭和二十四年一月頃中村数義が被告人杉永キクノに対し『三会村の農業協同組合長金子岩太郎が(供出をする為めには他方から甘藷を買い集めてもよろしい、罪にはならない若し金がなければ組合から金を貸してやる)と勧めたから切干甘藷を買い集めて居るからどうかその出荷の世話をして呉れ』と切干甘藷の斡旋を頼まれたので被告人杉永キクノは『甘藷は統制品だが大丈夫か』と念を押し尋ねたところ中村数義は『心配するな三会村農業協同組合長が「供出する為めには買うても罪にならない」と云うて居るから』と答えたので被告人杉永キクノは安心して切干甘藷の斡旋をした次第である。

(二)被告人吉田一男は右被告人杉永キクノが訪れて来て『親戚の中村数義が云はれるには「三会村の農業協同組合に切干甘藷を出荷して呉れ代金も同組合から貸出すことになつて居る若しもの事があつても心配せんでもよろしい。何しろ三会村の農業協同組合長金子岩太郎が買はせて居るから安心して下さい」との事であるから貴方も世話して下さい』と云うたので被告人吉田一男は『甘藷は統制品だが危険ではないか』と尋ねたところ被告人杉永キクノは『三会村の農業協同組合長金子岩太郎が供出する為めに買集めさして居るのだから大丈夫である』と云うたので被告人吉田一男は其の言葉を信用し且つ其の当時最初の超過供出制度を施行せられた折柄であるし、又政府に納入するのであるから差支あるまいと考え被告人杉永キクノに対し、『それでは中尾部落(被告人吉田一男居住部落のこと)方面の農家へ連絡して出荷させるように勧めよう』と答えて本件所為をするに至つた。

(三)被告人伊達秀雄関係に於ては同人の姉吉田タマノ(被告人吉田一男の妻)が被告人伊達秀雄方を訪れ『同人に対し切干甘藷を持つて居るならば杉永キクノさんが買うそうだから売らないか』と勧めたから被告人伊達秀雄は『甘藷は統制品だが危なくはないか』と尋ねたところ吉田タマノは『三会村農業協同組合長金子岩太郎が買はして居るのだから大丈夫です』と答えたので同被告人は安心して本件所為に及んだ次第であつて其の当時被告人伊達秀雄は税金一万円の納付期日に迫まつて居り且妹マサヨ(当時二十一才)の結婚式も近づいて居る際でもあり金の必要を感じて居たことも本件動機となつて居る

(四)以上の事情を綜合すれば被告人三名は就れも三会村農業協同組合長の言葉を信頼して本件所為に及んだ者であつて一介の農夫たる被告人等が農村の指導者たる農業協同組合長の言葉を信頼することは誠に当然であつて、本件所為に付ては違法の認識なかりしものと認めるのが社会通念に照らし相当である(証人金子岩太郎の証言を御参照ありたし)

(五)斯くの如き事情のもとに於て為されたる被告人等の本件所為に付原判決が被告人杉永キクノに対し懲役一年及罰金二万円、被告人吉田一男に対し懲役一年及罰金二万円、被告人伊達秀雄に対し懲役六月及罰金二万円に各処したことは刑の量定が不当であると謂はねばならない。仍て原判決は此の点に於ても破棄を免かれないと信ずる。

弁護人菖蒲逸郎の控訴趣意

(一)右被告人等は原審に於て左記肩書の罰金刑の言渡を受けたものである。

三万円増田秀行、二万円森本虎衛、一万円内田助八、一万円吉田トヨ、一万円吉田喜代吉、一万円森本兼吉、一万三千円森本マツ、二万円杉本兼吉、一万円牧野政治、一万円高木フイ、二万円松本寿太郎、一万円上田シズ枝、一万三千円山下スエ一万円杉本留男、一万三千円中島兼男、而して右処刑の理由として原判決に示すところの要旨は、被告人等は各自営利の目的で相被告人中村数義、杉永キクノ、吉田一男の斡旋により判決別表に示す日時場所で買受資格なき相被告人本多福男外五名に対し各自が昭和二十三年度に生産した未検査切干甘藷を別表記載の統制額を超えた代金で売渡したもので右行為は食糧管理法第九条第三十一条同法施行令第八条同法施行規則第二十一条物価統制令第三条第四条第三十三条同令施行規則第四条昭和二十三年十二月二十八日物価庁告示第一三三三号刑法第十八条に各該当する」と謂い公訴事実の通り認定された。

(二)控訴理由

第一点(判決に影響を及ぼすことの明白な事実の誤認あり) 原判決援用の被告人等の司法警察官に対する供述調書、警察署長宛顛末書、被告人等の検察官に対する各供述調書を通覧すれば、むしろ所謂買受人たる相被告人本多福松、本田福男吉田親助、中村定男、吉田好松、中村鶴之助等の六名が所謂斡旋人たる相被告人中村数義、杉永キクノ、吉田一男等三名に対し切干甘藷の買付を依頼し中村数義等三名が之を承諾し其の委任に基いて増田秀行外多数の生産者より切干甘藷を買付けた事(については仮に之を措くとするも)所謂斡旋者中村数義等三名は其買付実行に当つては斡旋の趣旨を告げず自ら買受くる旨を告げ又三名は各個単独に行動し以て個々に生産者多数より買受けたものであり、少くとも増田秀行外十四名の控訴被告人に於ては所謂買受人たる本多福松等六名の存在及之等が共同関係者ある事は全く知らず、知る機会もなく又更に右十五名中増田秀行、森本虎衛、内田助八、森本兼吉の四名は各個に吉田一雄の申入を応けて同人に売渡し同人より夫々代金を受取つたもので、中村数義、杉永キクノが共同関係人であることを知らず。十五名中残りの吉田トヨ、吉田喜代吉、森本マツ松本兼吉、牧野政治、高木フイ、松本寿太郎、上田シズ枝、山下スエ、杉本留男、中島兼男の十一名は各個に杉永キクノの買入申受を受けて同人等に売渡し同人より夫れ夫れ代金を受取つたもので中村数義、吉田一男が共同関係人であることを知らなかつたものと認むべく、是等の点は原審公判で被告人及弁護人等より異議を唱えた第一回公判調書の冐頭陳述に対する所述参照、而して外に原判決の認定を支持すべき証明の資料はない。再言すれば受任者たりし中村数義等三名が自己名義を以て控訴被告人増田秀行以下十五名より買付けた事は記録上明白であつて右中村等三名は原判決に所謂単なる斡旋者ではなく従つて又同三名と本多福松等六名との内部関係如何は十五名被告人の関知するところではない。而して委任関係あることよりして本多等六名が正犯となり中村等三名が従犯となるや否やに拘はることなく、中村等三名の内杉永キクノは控訴被告人吉田トヨ以下十一名に対する買主であり同十一名は売主である。又吉田一男は増田秀行以下四被告人に対する買主であり四被告人は売主である。仍つて此趣旨から杉永キクノ、吉田一男は正犯である又本多福松等六名は第三者に外ならない。即本多福松等六名と中村数義等三名との委任の関係。其正犯となり従犯となることゝ右三名中の杉永キクノ、吉田一男と控訴十五被告人との売買関係に於ける各自正犯なりとの観念は相容れないことはない。民法第百条第六百四十六条第二項の趣旨よりしても亦一般民事刑事の判例によるも対内関係と第三者関係とは判然区別されてある。要するに原判決は事実の認定を誤れるものであり取消さるべく又公訴に所謂増田以下十五被告人が本多福松等六名に切干甘藷を売渡したことを認むべき証明資料は一として存在しないから無罪の判決あつて可然ものと信ずる。

第二点(仮に有罪なりとするも違法阻却に関する事実の認定をしなかつたこと及刑法第三十八条第三項但書を援用しないことの失当) 記録によると(イ)本多福松等六名は三会村農業協同組合長金子岩太郎に架橋工事費捻出の為め切干甘藷を買集める相談をしたところ同組合長は差支ないと云つた、買付資金として二十五万円を同組合より貸して貰つたのである。中村数義の検察官に対する供述調書中第四五二丁四五三丁。本多福男の検察官に対する供述調書中第五六五丁五六六丁。中村鶴之助の検察官に対する供述調書中第五九〇丁。原審第一回公判調書中証人金子岩太郎の供述参照。

(ロ) 中村数義が杉永キクノに買付を依頼する際「同組合長金子岩太郎は本多福松等六名に対し西川橋架設資金調達の為め生産者から切干甘藷を買受けて同協同組合に超過供出として供出し利益を挙げて架橋するのは違法でないとてむしろ切干甘藷の買集めを勧奨したとの事」を伝え以て安心して買付けて呉れと頼んだ(中村数義の検察官に対する供述調書四五二丁参照)或は又杉永キクノの夫太一は三会村の組合長金子さんから話を聞いて居るので心配することは要らない三会村の農業会に納めるのだから杉谷にやるのも同じことである心配して呉れと頼まれ懇意にして居る吉田一男方に行つて三会の方から供出するから切干甘藷があれば買つて呉れと相談があつたがどうであろうかと話したり吉田さんはそんならよいじやろうと云うたので安心した。杉永太一の司法警察員に対する供述調書第四六九丁四七〇丁参照。原審第二回公判調書中杉永キクノの陳述に「中村数義より三会村農業協同組合長が資金を貸して、買つてもよいと云はれたのだから別に心配する事はないから買つて呉れと云つた」との陳述参照。

(ハ) 吉田一男は杉永太一、杉永キクノから前示の中村数義の依頼口上を伝え聞いて農業協同組合に超過供出するのであるから違反にならないと信じたものであつたし加之杉永キクノが来た際……私は中尾部落は甘藷の割当量を完納して居るから買つて可いだろうと返事した……買集めた甘藷は三会村の農業協同組合に超過供出分として供出する模様でありました」のである、吉田一男の司法警察員に対する第一回供述調書第四二八丁乃至四三三丁。

(ニ) 被告人吉田トヨ、吉田喜代吉、森本マツ、松本兼吉、牧野政治、高木フイ、松本寿太郎、上田シズ枝、山下スエ、杉本留男、中島兼男の十一名は、杉永キクノの勧誘によつて生産切干甘藷を同人に売渡したのであるが、同人とは近所に住み知合つた間柄であるところ同人より「中村数義より農業協同組合に出すのであると云い又は政府に出すものである、金子組合長が金を貸して買つてもよいと云はれたから違反にならない、超過供出に出すのであるから違反にならぬ、農業協同組合や実行組合(農事実行組合の意)長も関係して居るから違反にならぬから安心して売つて呉れと言つた」ので売る事にしたのである。中村数義の警察員に対する第二回供述調書中第四一四丁乃至四一六丁、同人の検察官に対する供述調書中第四五二丁四五三丁、杉永太一の警察員に対する供述調書中第四六九丁四七〇丁、同人の検察官に対する供述調書中第四八〇丁、松本兼吉の警察員に対する第一回供述調書中第九七丁九八丁、原審第二回公判調書中松本兼吉、松本壽太郎、中島兼男、牧野政治、上田シズ枝、生田ウメノ、吉田喜代吉、金子ノイ、高木フイ、杉本留男、森本マツ等の供述参照。加之杉永キクノ吉田一男は中口銭取りに買付をしたのであるから事情に暗い被告人松本兼吉以下十一名に対しては安心を与えるべく誇張した言い方をしたことも推察され得る。斯くの通り右十一名は違反にならぬ行為と信じて安くて買付に応じたのである。被告松本兼吉以下十一名の提出顛末書及司法警察員又は検察官に対する供述調書、杉永太一、杉永キクノの警察員検察官に対する各供述調書参照。

(ホ) 被告人増田秀行、森本虎衛、内田助八、森本兼吉の四名は吉田一男の勧誘によつて切干甘藷を同人に売渡したものであるが同人は昭和二十一年四月頃から杉谷の中尾部落の農事実行組合長として在任中のものであるところ同組合長は農事の指導、供出の割当、肥料の配分等農事万般について市町村又は農業協同組合の下部組織体としての主班であり、部落民に対し諸種の権限を有ち農家としては日頃尊敬悦服するを常とする。而して被告人等四名は吉田一男の部落に属し吉田に敬意を払い平素農事上其指導に従つて居た。吉田一男の警察員に対する供述調書第四二八丁、増田秀行の警察員に対する供述調書第三四丁第三五丁、森本虎衛の警察員に対する第一回供出調書第八三丁、内田助八の警察員に対する第一回供述調書参照。加うるに吉田一男は買付に当り生産者に対して「政府に出すのであるから違反にならぬ。農業協同組合が関係して居るから大丈夫だ違反にならぬ。上述援用の証拠並に原審第二回公判調書中吉田一男の供述部分参照。等と称して被告等四名に安心を与えて居るのみでなく、同人は生産者には自ら中口銭を得ることを秘して買付けたのであるから売買取引に当つては技巧的且誇張的の言辞を用いたこともあつたと推察するに難くない。以上の事情によつて生産者たる被告等は買付に応じたものである。

(ヘ) 増田秀行以下十五名の被告人が杉永キクノ、吉田一男に売渡した代価は八貫匁につき千三百円乃至千四百円の割であるところ、当時超過供出として供出して居たと仮定すれば同八貫匁当り一等品二千五百二十円、二等品二千三百円、三等品二千四十円の割合で代価を得べきであつて依つて其の間の差額たるや実に千百乃至二千三百五十円の割合に当る。此の事は一般的には超過供出制度の趣旨や利得について生産者に不徹底であつたし、被告等は無知の結果杉永や吉田に欺されたかの感をも与える。即増田以下十五名の被告は素朴な純農であり無知であり而も超過供出の制度は昭和二十三年始めて実施された不馴の制度でもあるから一般農民の理解が足りないことも已むを得ない実情にある。斯くて被告等十五名は杉永、吉田との関係に於て一種の被害者とも謂うべきである。

(ト) 仍つて増田秀行以下十五名の被告に対しては刑法第三十八条第三項但書を適用して刑を軽減することを相当とするのに事之に及ばなかつた原判決は失当たるを免れない。

第三点(上述第一、第二点理由なしと仮定するも原判決の量刑は過重である)(イ)増田秀行外十四名の被告は孰も貧農であり殊に吉田トヨは昭和二十三年夫去り子六人(二十才以下三才)の家族を養うに田八畝歩、畑一反六畝歩を耕して僅に生計を立ている赤貧者で学資にも窮し勝であつたし今日同様である。斯くて甘藷供出について割当すら受くる事なき困難の間に杉永の申入に応じたのである。吉田トヨの警察員に対する供述調書第一一丁第一二丁参照。森本マツは十二年前夫に死別して以来田畑四反歩を耕して僅に家族を養いつゝある貧農である。同人の警察員に対する供述調書第二五丁以下参照。上田シズ枝は夫が従軍して昭和二十二年復員帰宅する迄三人の子を育てるのに新開墾地僅か五畝歩の山畑を耕すのみで供出も免除されて居る程に貧農であり更に又夫は従軍したが為めに病弱である。同人の警察員に対する供述調書参照。杉本留男も病める老母と妻及三人の子を擁し僅少の土地を耕して生計を立てる貧困者で供出の割当すらないところの者である。同人の警察員に対する供述調書第一六丁乃至第一八丁参照。

(ロ)茲に於て考ゆべきは原判決が被告等の生計財産と処刑上蒙むる相対的痛苦打撃について一顧も与えなかつたことゝ、違反行為に於ける超過金額のみにより算数式比例科刑した点である。判決は付属別表と科刑の対照を求む。斯くの如き重刑は科刑の相対的公平に反して不当である。

(ハ) 今や食糧事情は一般に好転しつゝあり甘藷の割当供出は本年以後廃止、又切干甘藷は其大部分己に自由取引を許し今後は政府が買上げないことは農林省が度々公表した確定策であるし、甘藷に関する限り価格の統制は其の理由なき食糧事情にあるから本件の如き微細な事件の処刑理由の大半は消滅したものと信ずる。更に又社会の経済はデフレ化し都市のみならず農村に於ても著しく圧迫されつゝあり其の金詰りたるや前年上半期迄のインフレ状態と表裏をなしつゝあり被告等が罰金によりて受くべき痛苦察すべきである。

(ニ) 量刑上是等諸事情を斟酌すべきに拘はらず原判決は之を看過した為め意外に過重な刑を言渡されたものであるから是正軽減相なりたい。

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