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福岡高等裁判所 平成8年(ネ)496号 判決 1997年7月15日

一審原告

堀田拓郎

右訴訟代理人弁護士

本多俊之

一審被告

佐賀県

右代表者知事

井本勇

右訴訟代理人弁護士

蜂谷尚久

右指定代理人

宮原義幸

外五名

主文

一  一審原告の控訴を棄却する。

二  一審被告の控訴に基づき、

1  原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  一審原告

1  控訴の趣旨

(一) 原判決中一審原告の敗訴部分を取り消す。

(二) 一審被告は、一審原告に対し、金九七八万七八九六円及びこれに対する平成四年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  一審被告の控訴に対する答弁

(一) 一審被告の控訴を棄却する。

(二) 右控訴費用は一審被告の負担とする。

二  一審被告

1  控訴の趣旨

(一) 原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

(二) 一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。

2  一審原告の控訴に対する答弁

(一) 一審原告の控訴を棄却する。

(二) 右控訴費用は一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり付加、削除、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三頁初行の「傷害を負った」の次に「とする」を加える。

二  同五行目の「及び弁論の全趣旨により認められる事実」を削る。

三  同一〇行目の「花島辰宏」の次に「(以下「花島教諭」という。)」を加える。

四  同四頁初行の「モール」の前に「右練習で行われた」を加え、同五行目の冒頭から七行目の末尾までを削る。

五  同末行の「このため」から同五頁初行の末尾までを「このため一審原告は頭がより下に向き、首が押さえ込まれ、床にうつぶせに潰されて、頸椎捻挫の傷害を受けた。」と改める。

六  同五頁八行目の冒頭から同六頁六行目の末尾までを次のとおり改める。

「(一審原告の主張)

本件ラグビー練習時の具体的な状況は次のとおりである。即ち、本件体育の授業は二年五組と六組の二組の生徒で編成される合同授業であり、第三時限と第四時限とにわたって行われた。第四時限のモールの練習における班分けは、その全体を大きく六班に分け、更に各班を二グループに分け、各グループはそれぞれ別のクラスの者によって構成された。練習内容は、各班の二グループが敵と味方に分かれ、それぞれ一列になり、先頭の者がボールを素早く奪い、順次体を反転させて後の味方にボールを手渡しで送り続け、最後尾の者がボールを受け取って、自陣後方のエリアにトライする。敵方は、右モールによるボールの手渡しと、トライを妨害し、奪ったボールを同じくモールにより後方の味方に手渡し、最後尾の者がボールを受け取って、自陣後方のエリアにトライするというものであった。右モールの練習は、男子のみが参加すること、各班ともクラス対抗のものであったこと、集団で一つのボールを奪い合い、合計点数を競い合うものであったことから、その練習の当初から生徒は興奮気味であったうえ、練習も進み、一審原告が先頭に立ったころには両グループの者はかなり気分を高揚させており、高校生特有の遊び気分も手伝い、この段階ではボールを奪うために危険な行為に及ぶことも具体的に予見しうる状況にあった。

このように、モールの練習には危険が伴うものであるから、これを実施する体育担当の花島教諭は、(1)練習開始前に、生徒に対し、この練習に付随、発展する右行為の危険性を十分に納得させ、けっしてこのような行為に及ばないように注意を与える注意義務があったのに、花島教諭はその注意をしなかった過失がある、(2)一審原告が先頭に立ったころには、生徒が危険な行為に及びそうな状況が現出し、それが具体的に予見しうる状況にあったのであるから、花島教諭は直ちにその練習を中止させるべき注意義務があったのに右練習を中止させなかった過失がある。」

七  同六頁七行目の冒頭から八行目の末尾までを次のとおり改める

「(一審被告の主張)

花島教諭は、第三時限の授業において、ラグビーはボールを敵陣のゴールに入れるゲームであること、ボールは前に投げてはいけないこと、ボールは蹴るか持って走ること、敵と味方に分かれて競うので、身体が接触することがあるから、ラフな行為に及ぶと怪我をする旨注意すると共に、モールの意味、動作を教え、手本をやって見せたうえ、モールの練習の実技に移っているので、花島教諭は右(1)の注意義務を尽くしている。」

八  同九行目の「右②」を「右(2)」と改める。

九  同七頁二行目の「しかも、」から同五行目の「事故は」までを「しかも、本件ラグビーの授業内容は、ラグビーの基礎知識、生徒への安全な行動の指導、モール等の基礎的な技術の説明と実技指導に重点が置かれていたもので、競技そのものが行われたのではないこと、本件授業の班分けは、五組と六組の二組の生徒を大きく四班に分け、一審原告所属の五組は同じ組の者だけで班を編成したので、クラス間の対抗意識が生じることはなかったこと、モールとは、攻撃側がボールを取った後、ボールを持っている者と共に相手方陣地に押し込む動作であって、ボールを取った者が反転すると、攻撃側がこれをサポートし、相手側陣地にそのまま押し込んで行くプレーをいうものであるが、本件の練習では、モールを形成しただけであって、一審原告が主張するような、生徒らがボールを奪い合ったり、戦闘的になったり、興奮したりするような状況はなかったし、ボールを持った者が自陣に走り込むような事実はあり得ず、他の生徒が一審原告に激しく覆い被さった事実はなかったこと、このように、本件体育授業は、ラグビーの技能としても比較的危険発生の可能性が低い分野の技能習得を目的としたものであったのであるから、このような体育授業の分野における事故は」と改める。

一〇  同一〇行目の「前記①」を「前記(1)」と改める。

一一  同八頁五行目の「一〇万五三九八円」を「一六万九五六八円」と改め、同九頁初行の次に改行の上、「(10) 一ノ瀬クリニック 二万三八七〇円 (11) 養生鍼灸院 四万〇三〇〇円」を加え、同二行目の「一七万一一二七円」を「二六万三七三〇円」と改め、同一一行目の次に改行の上、「(9) 一ノ瀬クリニック 三万三三二〇円 (10) 養生鍼灸院 五万九二八三円(但し、宿泊代九九九一円、雑費二一三二円を含む)」を加え、同一〇頁一二行目の「(9)」を「(11)」と改める。

第三  証拠

証拠の関係は、原審及び当審の各記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

当裁判所は、一審原告が、その態様や程度は兎も角としても、本件体育授業であるラグビーのモールの練習により頸椎捻挫の傷害を受けたことを認め得ないではないけれど、これにつき花島教諭に過失があったと認めることはできないと判断するものであり、その理由は以下に説示のとおりである。

一  証拠(甲二、乙一、原審証人太田弘子、原審における一審原告本人)によれば、一審原告は、本件体育授業のモールの練習を終えた直後の休み時間に、体操服のままで唐津東高等学校の保健室を訪ねて、養護教諭の太田弘子に対し、首に手を当てて少し傾き加減にしながら、体育授業で首を痛めたようだと訴えたこと、そこで、同教諭の紹介で、一審原告は早速保利整形外科で診療をして貰って、以後、頸椎捻挫の傷害の治療を続けるようになったこと、一審原告は、右授業が行われた前年の夏ころ交通事故に遇って肩等を負傷したが、右授業当時は、格別右負傷の治療を受けてはいなかったこと、右学校においては、一審原告が右体育授業で負傷する事故が発生したとする災害報告書を作成して、一審原告に学校災害の給付金を受けさせる手続を取っていることが認められ、右認定事実を総合すれば、一審原告が、その態様や程度は兎も角としても(なお、一審原告本人が供述する右負傷の態様を認めることができないことは後記三に説示のとおりである。)、右体育授業であるラグビーのモールの練習により頸椎捻挫の傷害を受けたことを認め得ないでもないといわねばならない。

二  ところで、本件の事実経過等について見るに、証拠(甲一、二、一九、二四、二五、乙二、七ないし一三、原審証人花島辰宏、当審証人江里孝緩、同近藤俊生、原審及び当審における一審原告本人)によれば、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決一九頁七行目の冒頭から同二四頁初行の末尾までのとおりの事実が認められるから、これを引用する。

1  原判決二〇頁一一行目から一二行目にかけての「各生徒に三回ずつさせた。」を「各生徒にもやらせた。」と改める。

2  同二一頁四行目の「六人組での」を「五、六人が一つのグループとなってそのグループ同士での」と改める。

3  同九行目の冒頭から同二四頁初行の末尾までを次のとおり改める。

「(1) モールの練習に際しては、花島教諭は、五組の生徒一六名を一つの班とし、六組の生徒三三名を三つの班に分けて、各班毎に体育館の四隅で練習を行わせた。

(2) 花島教諭が生徒に指導した練習方法は、各班の半数ずつ(但し、五組は、五、六人ずつ三つのグループ)が敵、味方に分かれてグループを形成し、各グループ同士が間隔をあけてほぼ平行に一列に並び、列と列の中間にボールを置き、このボールを先取したグループはモールを形成して、味方同士でボールを手渡しつつ最後尾まで繋ぎ、敵方は、ボールを先取したグループに押し戻されないよう踏ん張ってこれを阻止するというものであった。右のボールをどちらのグループが先に取るかは、各班の生徒の話し合いに任せていた。一審原告らの班では、取る順番は決めていなかった。

(3) 右の四つの班がモールの練習を開始したころ、花島教諭は、各班を見回ったりして各班の全体に注意を向けて監督していたが、一審原告らの班でない他の班のモールが押し合いながら移動して崩れそうになったのを見てその班のところに駆けつけ、再度モールの作り方を指導し、その後は、その班付近で同班の指導に注意を注いでいた。

(4) 一審原告らの班でも、ボールをはさんで二つのグループが向かい合い、合図を受けて双方から一人ずつがボールを取りに行き、ボールを取った者が反転して、背後からカバーして来た相手方を後ろ向きに押すとともに、双方のグループのメンバーが、ボールを持った者を中心に組み合って押し合って、モールの練習をしていたが、その際には、一定の線まで押して行った所で練習を止め、モールの状態からパスを出したり、パスを受けてトライしたりすることはなかった。

(5) 右練習の途上において、モールが崩れて生徒が折り重なるような状態が生じたことはなかったし、一審原告も、右授業が終了する前に、頸部を押されたことを花島教諭や他の生徒に訴えたりしたことは全くなく、練習を途中で止めてもいなかった。」

三1  一審原告は、原審及び当審の本人尋問において大要次のとおり供述し、甲一、二四(いずれも一審原告作成の陳述書)、同二五(一審原告の供述録取書)には、それぞれ右に沿う記載がある。

(一) 当日の授業は、五組と六組の合同授業であったため、第三時限から既に興奮状態にあり、対抗意識を強めていた。

(二) モールの練習に入り、一審原告のグループの敵方になったグループは、六組の生徒であったか、六組の生徒が何人か混じっていた。

(三) 一審原告のグループでは、取ったボールを最後尾まで手渡しただけでは終わらず、最後尾の者がボールを自陣にまで持ち帰り、床にタッチさせると四点得点するといった得点を競い合う形式で行い、競争心が充進していった。右の得点は、見学者が数えていた。

(四) それで、ボールをかなり奪い合うことになり、突進してかなりのスピードでぶつかり合う状態になっていた。一審原告がボールを先取したころには、皆の気分が高揚してきており、一審原告が前かがみの状態でボールを取り、これを味方に渡そうと振り返ったとき、又は味方に手渡し終わった後で、上から乗りかかられた。上から乗りかかってきたのは、ボールを奪いにかかったものとしか考えられない。

2  しかし、前記二に認定の事実に証拠(乙九、一〇、原審証人花島辰宏、当審証人江利孝緩、同近藤俊生)を総合すれば、本件事故当日のモールの実技練習においては、五組は五組だけで一つの班を作り、これを更に三つのグループに分けてモールの練習をしていたこと、したがって、五組と六組の生徒が混じった班やグループが形成されたことはなく、対抗意識を強めるといった状況にはなかったこと、モールの練習は、ボールの取り合いを目的としていたのではなく、攻撃側は最後尾までボールを手渡しで繋ぐこと、守備側はモールのまま押し込まれないようこれを阻止することを目標として練習していたこと、見学者が得点を数えていたというようなことがあったとしても、得点からもたらされる成績や勝敗の結果等が得点者その他の者から練習の途上や終わりにおいて公表されたことはなく(当審における一審原告本人)、また、花島教諭は勿論、生徒の中に右成績や勝敗を目指して練習を煽ったり、駆り立てるような態度に出た者があった情況は窺われず、生徒の中には物足りない授業であると感じていた者もいることが認められるので、これらの情況等によれば、むしろ、グループあるいは班全体が得点を目指して競争し、得点を競うようなことはなかったことが推認できること、また、前記冒頭に掲記の証拠によれば、ボールを取り合って生徒が興奮したといった場面も現出されたことはなく、前記認定のとおり、生徒の中には物足りない授業であると感じていた者もいること、一審原告の本件負傷が分かって後の同年四月中旬に、花島教諭が当時の生徒を集めて聞いたところ、生徒らは、一審原告が怪我をするような状況があったことを余り覚えていなかったことが認められ(なお、これらの情況等によれば、当時、生徒が若さ故等の血気に逸って右練習の目的ややり方を逸脱し、悪ふざけその他の行動に走る雰囲気ないし情勢等があったことも到底窺われない。)、以上の認定事実等を総合勘案すると、一審原告の前記1の供述部分及び同箇所に掲記の各書証の記載内容は、いずれも措信できない。

四1 しかして、ラグビー競技は一連の攻撃、防禦の動作で参加者が互いに相手と激しく接触したり衝突することがあり、それに付随して諸種の身体事故が発生することが予見され、本質的に一定の危険を内包しているものである。この内在的な危険性は、ラグビー競技の一部であるモールの練習においても、人と人との接触するゲームである以上、避けることができないものである。したがって、これを学校教育の授業として行う場合、体育担当の教諭としては、①右の危険を生徒に理解させるため事前に基本的な注意事項を十分に説明し、②また、身体的事故を発生させないように、生徒に基礎的技能から段階的に高度な技能の習得へと練習させ、③さらに、練習にあたっては指導・監視ができる状況の下に自らを置き、生徒に身体的事故が起こらないように十分に監督する義務を負担しているものというべきである。

2 しかし、前記二に認定の事実によれば、花島教諭は、実技に先立って、生徒に理解できる程度に、一般的な危険性や乱暴なプレイをしないよう注意し、以下順次準備運動から個人的技能、集団的技能へと説明し、練習をさせつつ、段階を踏んで指導を進めており、その間自らも実技を行って手本を示し、また生徒にもやらせてみながら授業を進行させていたものであるから、花島教諭に右1①及び②につき注意義務違反の点は認められない。

3 次に、前記二及び三2に認定の事実によれば、当時行われたモールの練習は、いわばモールの型やこれに関する行動様式を体得させるにすぎなく、比較的危険発生の可能性の低い分野での技能習得を目的としたものであって、これにより、対抗意識を煽ったり、得点や勝敗を競ったりするものではけっしてなく、生徒の中には物足りなく感じる者もいた程度のものであったこと、なるほど、右練習を進めるに当たっては、両グループの中間に置かれたボールをどちらのグループが先に取るのかについては順序を決めてなく、生徒に任されてはいたが、一審原告らが高校二年生で高校生なりの判断能力を備えていたことや右モールの練習が競争心を煽るものではなかった点からすると、右順序を予め決めなかったことにより、ボールを奪い合って事故が発生することが予見できたとはいえず、現にボールを取り合って生徒が興奮したといった場面は現出されていないこと、そこで、花島教諭は、当時、各班毎にモールの練習をさせつつ、全般に注意を向け、モールが崩れそうになった班に対しては、その場に駆けつけて指導に当たっており、前記認定の諸般の事情等によれば、一審原告の負傷以前に一審原告の班において危険な状況があったことは到底窺えないこと、そうすると、当時、花島教諭において直ちにモールの練習を中止しなければならない注意義務を基礎づける危険な状態があったことは認められず、さらにその点や右モールの練習の目的や危険度等を考慮すると、右監視のやり方ないし程度が妥当を欠く不十分な措置であるとは言い難いので、花島教諭に前記1③の注意義務違反の点も認められない。

4 以上、要するに、ラグビーに限らず、スポーツには不測の障害を発生させる危険が常に存在しているのであるが、一方教育の一環としてこれを実施する必要性のあることも否定できないところである。そうすると、一審原告が本件体育授業であるラグビーのモールの練習により負傷したことが認められるとしても、右事故はかかるラグビー授業の中で指導者が必要とされる注意を尽くした上で発生した避け難い事故であったと認められ、花島教諭に過失があったとは認められないところである。

第五  結び

以上の次第で、その余の争点につき判断するまでもなく、一審原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却すべきであり、これと判断を異にする原判決は相当でないから、一審原告の控訴を棄却し、一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告の敗訴部分を取り消して、一審原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山﨑末記 裁判官兒嶋雅昭 裁判官松本清隆)

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