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福岡高等裁判所 平成4年(行ス)3号 決定 1993年6月21日

抗告人

社会保険庁長官

末次彬

右指定代理人

松下文俊

外一〇名

相手方

柿山賢一

右代理人弁護士

福崎博孝

主文

一  原決定を取り消す。

二  長崎地方裁判所平成二年(行ウ)第一号障害年金保険不支給処分取消請求事件を東京地方裁判所に移送する。

理由

一抗告人は、主文と同旨の裁判を求め、その理由として、「原裁判所は、係争に係る処分に関しては抗告人の下級行政機関である佐世保社会保険事務所が事案の処理に当たっているから、その取消しを求める本件訴訟については同事務所の所在地を管轄する長崎地方裁判所も管轄権を有するとして、抗告人の移送申立を却下した。しかし、同事務所は右処分に関しては事案の処理に当たっておらず、従って原決定は、事実を誤認し行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一二条三項の解釈を誤った不当なものであるから、これを取り消したうえ、本件訴訟を同法一二条一項により管轄権を有する東京地方裁判所に移送するとの裁判を求める。」と主張する(なお、その詳細は別紙一のとおりである。)。

相手方は、抗告人の主張に対し別紙二のとおり主張した。

二当裁判所の判断

1  本件訴訟は、相手方が佐世保社会保険事務所を経由してなした国民年金法(以下「国年法」という。)及び厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)による障害に関する給付の裁定の請求について、抗告人が昭和六二年八月五日付でなした不支給処分の取消しを求める抗告訴訟であるところ、相手方は、本件処分に関しては佐世保社会保険事務所ないし長崎県知事が行政事件訴訟法一二条三項にいう抗告人の下級行政機関として事案の処理に当たったから、長崎地方裁判所にも管轄があるとして本件訴訟を同裁判所に提起した。

2  行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった」とは、下級行政機関がその独自の判断に基づいて資料を収集し、これに基づいて処分庁が処分する際に意見を具申するなどして、処分庁の成立に積極的、実質的に関与した場合をいうもので、単に資料の収集補助をなした程度では「事案の処理に当たった」とはいえないものと解するのが相当である。

3  ところで、国年法によると、国民年金事業は政府が管掌し(同法三条一項)、給付を受ける権利は受給権者の請求に基づいて社会保険庁長官が裁定する(同法一六条)ことにはなっているが、国民年金事業の事務の一部は政令の定めるところによって都道府県知事らに行わせることができる(同法三条二項)。そして政令たる国年法施行令一条によれば、相手方の場合のように被用者年金各法(国年法五条一項)たる厚生年金保険等の被保険者(国年法七条一項二号所定の「第二号被保険者」)であった間に初診日がある傷害による障害にかかる障害基礎年金を受ける権利については、同施行令一条一号により、「権利の裁定の請求の受理」及び「その請求に係る事実についての審査に関する事務」を都道府県知事に行わせるが、「権利の裁定に関する事務」は社会保険庁長官が行うこととなっている。

社会保険事務所は、地方自治法施行規程七三条に基づいて設置され、国年法及び厚年法の施行に関する事務をその所掌事務の範囲に含んでおり(同規程六九条二号)、右事務に従事する職員は官吏であるが、都道府県知事の指揮監督に服し、知事の前記の事務を委任される(同規程七一条一項、七二条)。

また、厚年法によると、厚生年金保険は政府が管掌し(同法二条)、保険給付を受ける権利は受給権者の請求に基づいて社会保険庁長官が裁定する(同法三三条)。従って、障害厚生年金等に係る厚生年金保険の裁定請求書は社会保険庁長官に提出しなければならない(同法施行規則四四条)が、同法の施行に関する事務は官吏たる社会保険関係地方事務官に行わせることになっており、かつ、裁定請求書は都道府県知事を経由して提出するものとされている(同法施行規則八一条の二第二項)ことから、実際には社会保険事務所が障害厚生年金の裁定請求についても国年法の障害基礎年金の場合と同様の事務を担当することとなっている。

このようにして、佐世保社会保険事務所が相手方の両年金についての「権利の裁定の請求の受理」及び「その請求に係る事実についての審査に関する事務」を行ったことになるわけである(当事者間に争いがない。)。

4  そこで、社会保険事務所が前記両年金についての「権利の裁定の請求の受理」及び「その請求に係る事実についての審査に関する事務」を具体的にはどのように行っているのかをみると、これらの事務については、昭和六一年三月三一日付社会保険庁年金保険部業務第一課長・第二課長からの通知(庁業発第一三号)において「裁定請求書の受付、点検・補正、進達等の取扱いについては、『国民年金・厚生年金保険・船員保険年金給付裁定請求書の進達事務の手引』によって行う」と定められている(<書証番号略>)。そして、右「手引」(<書証番号略>)を見てみると、社会保険事務所においては、所定の様式の裁定請求書が規則によって添付することとされている書類とともに提出されると、裁定請求書の所定欄に受付印を押印して受理し、次いで受理した裁定請求書の点検・補正等を「手引」に別添の「点検・補正要領」により、その記載事項及び添付書類等について行うこととなっており、これを具体的にいうと、右の記載事項である年金手帳の記号番号、生年月日、氏名等と年金手帳とを照合してその誤りのないことを確認し、その他誤記入や記載もれがある場合には補正したうえ、裁定請求書進達票を作成して社会保険庁長官に進達することになっている。

そして、本件記録によれば、相手方は、昭和六二年四月一七日、佐世保社会保険事務所に対し、国年法及び厚年法に基づく障害給付裁定請求書(<書証番号略>)を添付書類たる病歴・就労状況等申立書(<書証番号略>)、診断書(<書証番号略>)、住民票写し(<書証番号略>)、戸籍謄本(<書証番号略>)を添えて提出したこと、佐世保社会保険事務所は、右裁定請求書の所定欄に右同日付の受付印を押印したうえ、その記載事項につき年金手帳や添付書類等と照応して若干の補正を経て誤りのないことの確認印を押印したうえ、同年五月二一日受付で右裁定請求書及び添付書類を抗告人に進達したこと、そして佐世保社会保険事務所が右進達の際に本件裁定請求について意見の具申等をしなかったこと、以上の事実が認められる。

5 右4の事実関係に照らすと、佐世保社会保険事務所は、定められた様式の裁定請求書の記載事項が年金手帳や添付書類と整合しているかを確認するのに止まり、記載事項の内容の存否等について独自の判断に基づき調査し本件裁定請求について意見を具申することをしていないし、また、このようにすべき法令上の根拠もないから、佐世保社会保険事務所は、抗告人の本件処分の成立に積極的、実質的に関与したとはいえず、従って行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当しないというほかはない。

なるほど、佐世保社会保険事務所が点検・補正した裁定請求書の記載事項の内容や添付書類が抗告人の本件裁定請求に関する処分の成立につき関わりがあることは、処分が右の記載事項の内容等に依拠する以上当然であるが、抗告人がこれらの記載事項等をどのように認識し評価して処分に至るかの過程については、これに佐世保社会保険事務所が関与することなど法令上まったく予定しておらず、現に右説示のとおり右のような意味での関与はしていないのである。

他に佐世保社会保険事務所が行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当たった下級行政機関」と認めるべき事情は見当らない。

6  相手方は、抗告人の本件移送の申立てが権利の濫用である、すなわち長崎地方裁判所において応訴すべきであると主張する。

なるほど、本件記録によれば、本件訴訟が東京地方裁判所において審理されることになったとき、相手方が受けるであろう事実上の不利益はかなりなものとなることが窺われる。しかし、既に説示したところにかんがみれば、行訴法上、本件訴訟につき管轄権を有するのは、本件処分をなした抗告人の所在地の東京地方裁判所以外にないのであって、従って本件訴訟を唯一管轄する同裁判所に移送するよう申立てること自体は、これが行政運営上適切な対応であるかはともかく、法的にはことさらに非難すべきことではないというべきである。そもそも、どの裁判所に裁判権の行使を分掌させるかは所定の要件のもとに法律上一義的に規定されているのであって、これを異動させるには所定の要件(例えば管轄の合意など)が充足されねばならず、これを離れて自由に管轄を創設することなど許されないのである。そうすると、抗告人の本件移送の申立を権利の濫用として排斥することは、応訴がないのに本来管轄権を有しない裁判所に応訴管轄を創設することにほかならないから、管轄制度の趣旨にかんがみ、応訴を拒否することが信義則違反になるよう抗告人側の帰責事由を要するものと解するのが相当である。

そうすると、本件記録によっても、右の事由とするに足りる事情は見い出し難いというほかはない。相手方の主張は採用できない。

三よって、右と異なる原決定を取り消し、長崎地方裁判所平成二年(行ウ)第一号障害年金保険不支給処分取消請求事件を行訴法一二条一項による管轄裁判所である東京地方裁判所に移送することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官緒賀恒雄 裁判官近藤敬夫 裁判官木下順太郎)

(別紙一)

一 はじめに

本件は、相手方(原告)が、その住所地を管轄する佐世保社会保険事務所を経由してなした国民年金法及び厚生年金保険法による障害給付の裁定請求に対する社会保険庁長官の不支給処分の取消請求訴訟についての管轄の所在を巡るものである。

原決定は、右佐世保社会保険事務所は右不支給処分に関し事案の処理に当たった下級行政機関に該当するからその所在地を管轄する長崎地方裁判所にも右取消請求訴訟の管轄があるとして、社会保険庁長官の所在地を管轄する東京地方裁判所への移送を求めた抗告人(被告)の移送申立を却下したものであるが、右決定は、右裁定請求に関する社会保険事務所の事務について事実を誤認し、行政事件訴訟法一二条三項の解釈を誤った不当なものである。

二 佐世保社会保険事務所が「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当するとの判断について

原決定は、「社会保険事務所は、単に裁定請求書を受理して、形式的な不備を補正して社会保険庁長官に進達するだけでなく、社会保険庁長官が権利の裁定を行う上で前提となるべき年金支給の資格要件や障害要件について事実関係の審査を行って、その結果を、点検・確認・補正済みの裁定請求書と、障害の程度を判定するために必要にして十分な記載のなされた診断書等や病歴、就労状況申立書等の添付書類という形で進達しているものと解され、社会保険庁長官は、社会保険事務所によって行われた事実関係の審査の結果を前提として、障害の程度を書面等によって判断して施行令別表に当てはめて裁定を行っているものと解される」旨判示し(原決定一八ページ)、「資格要件」「障害要件」ともに社会保険事務所が事実に関する審査を行っており、かつ、その審査は形式的で軽微な事項に限定されていないとの事実認定をしている。

しかしながら原決定の右事実認定は裁定請求に関する事務について事実を誤認したものである。

1 まず、原決定のいう「資格要件」の審査について論ずれば、原決定が、「資格要件」についての審査であるとする社会保険事務所における事務の具体的内容は、裁定請求書(<書証番号略>)中の「①年金手帳の記号番号」欄、「②生年月日」欄、「③氏名」欄、「④性別」欄、「⑤住所」欄、「⑦配偶者・子」欄の各記載事項についての審査であるところ、原決定は、これらの「資格要件」が権利の裁定にあたっては形式的で軽微な事項に当たらないことはいうまでもないとする。

右「資格要件」が権利の裁定に当たって必須の前提要件であることは明らかであるが、それは要件である以上当然のことであって、ここで問題なのは、社会保険事務所における前記審査が形式的・軽微な程度にとどまっているか、実質的に処分の成立に関与しているといえる程度に至っているかということである。

そして、これらの事項はいずれも関係書類の照合等によって容易に確認し得る内容のものであるから、これについての社会保険事務所で行われる審査が形式的審査にすぎないことは明らかである。

加えて、前記各事項についての社会保険事務所での形式的審査によって原決定のいう「資格要件」の審査が尽くされているものでもない。

障害厚生年金の年金額は厚生年金保険の加入期間及びその時の標準報酬月額によって決定されることから、障害給付の裁定にかかる審査においては、単に初診日において年金制度に加入している等の事実を確認するだけでは足りず、請求者の過去の年金制度加入期間をすべて確認する必要があり、そのため、抗告人において、請求者に関する記録の抽出、職歴書と記録の突合及び記録に基づく本人への職歴照会や職歴に基づく社会保険事務所への記録照会等を行い、これらの事務を通じて、原決定のいう「資格要件」の実質的審査を行っているのである。

右のとおり、事務内容を素直にみれば、社会保険事務所においては、関係書類の照合等による形式的審査を行っているにすぎず、実質的審査は抗告人において行っていることが明らかである。

2 次いで、原決定は、「障害要件」の審査についても、抗告人が行うのは、障害の程度を判断するだけで、その前提となる事実関係の審査は、社会保険事務所が行っているとする。

しかし、原決定が「障害要件」についての審査であるとする社会保険事務所における事務の具体的内容は、裁定請求書(<書証番号略>)中の「⑬国民年金および厚生年金保険の障害給付を請求するときに記入してください。」欄の「障害の原因である傷病について記入して下さい。」欄の各記載について、記載漏れがないか、記載内容が添付された診断書、病歴・就労状況等申立書と齟齬していないかを確認し、補正可能なものを補正させているだけの事務にすぎないのであって、裁定請求書と添付書類との間に齟齬がなかったり齟齬が補正された場合に、さらに内容についての実質的審査をしているものではないのである。

「障害要件」についての実質的審査も、抗告人が行っており、裁定請求書及び添付書類を審査し、さらに診断書、病歴書、初診時における病状報告書、日常生活状況報告書、病状推移状況報告書、レントゲンフィルム、業務上の理由による障害補償関係申立書の提出を求めたり、記載内容が不備な診断書に追記を求めたりするなどして事実を調査した上、医学的専門知識を有する認定医の判断を経て、裁定している(<書証番号略>)のであって、社会保険事務所が行う「障害要件」の審査のみに基づいて抗告人が障害の状態を認定しているものではない。

「障害要件」に関する事実関係の審査は社会保険事務所が行い、抗告人は障害の程度を判断するだけであるとする原決定の認定も誤りである。

3 以上のように、原決定のいう「資格要件」及び「障害要件」ともその実質的審査は抗告人が行っており、社会保険事務所は、形式的かつ軽微な点検・補正と資料収集の補助を行っているにすぎず、裁定を決するために必要な実質的な調査、検討、判断を行っているものではなく、また、抗告人に対し、意見の具申をすることもないことが明らかである。

一般に、社会保険庁長官を処分権者とする本件と同種のすべての訴訟において、社会保険事務所は単なる経由機関にすぎず、行政事件訴訟法一二条三項所定の「事案の処理に当たった下級行政機関」に該当しないと解されていることは、<書証番号略>の各判例により明らかである。

そして、相手方(原告)に関する本件処分についてのみ特に佐世保社会保険事務所が事案の調査を行い、社会保険庁長官が処分をするに際して、事案の調査に基づいて意見を具申するなど、実質的に処分の成立に関与した事実はなく、また、原決定においてもそのような特別事情は何ら認定されていないから、原決定の誤りは明白であると考えられる。

三 第一号被保険者等と第二号被保険者の裁判管轄の不均衡について

原決定は、国民年金法施行令が障害基礎年金の支給を受ける権利の裁定に関する事務に関し、第一号被保険者等についてはその裁定の事務を都道府県知事に行わせることとしているためこれに関する取消訴訟を各地方の裁判所に提起することができるのに対し、第二号被保険者についてはその裁定の事務を都道府県知事に行わせることとしていないためこれに関する取消訴訟は東京の裁判所にしか提起することができないこととなるが、このような結果は容認できない旨判示する。

しかし、右のような非難は、現行法の解釈として妥当でない。

第一号被保険者等に対する裁定に関する取消訴訟を各地方の裁判所に提起することができるのは、国民年金法施行令一条二号によって第一号被保険者等に対する障害基礎年金の給付を受ける権利の裁定権限が都道府県知事に委任され、現実に都道府県知事において実質的な裁定事務を行っている結果であり、他方、第二号被保険者についてはそのような委任がなされていないため、前記のとおり、実質的に裁定事務を担当しているのは社会保険庁長官であって、社会保険事務所は単なる経由機関にとどまっている結果、これに関する処分の取消訴訟は社会保険庁長官の所在地である東京の裁判所に提起せざるを得ないのである。

原決定は、右のように都道府県知事に行わせることとされている事務に関する訴訟の管轄を基準として、社会保険庁長官の行う事務に関する訴訟の管轄に関する取扱いを不当と非難し、取消訴訟の管轄に関する右のような結果を回避すべく、敢えて第二号被保険者にかかる障害基礎年金の給付を受ける権利の裁定に関する事務について、社会保険事務所を行政事件訴訟法一二条三項の「事案の処理に当たった下級行政機関」と認定しようとしたものであって、立法論と解釈論を混同した不当なものと評せざるを得ない。

なお、昭和六三年一月二八日厚生省令第六号による厚生年金保険法施行規則の改正によって、厚生年金保険法による保険給付のうち老齢厚生年金と遺族厚生年金については、その裁定手続きに社会保険事務所長を実質的に関与させ、その裁定にあたって都道府県知事は社会保険庁長官に進達することを要しないこととした、すなわち、老齢厚生年金と遺族厚生年金に係る裁定について、社会保険事務所長を行政事件訴訟法一二条三項所定の「事案の処理に当たった下級行政機関」とした結果、これらに関する取消訴訟は各地方の裁判所に提起できることとなった。

これは、社会保険制度の円滑な運営に資するため、社会保険庁と都道府県の業務量のバランスを均衡させる必要から、オンラインシステムの完成を待って、厚生年金保険法による保険給付のうち、要件の審査が単純で比較的容易なもの(老齢厚生年金は厚生年金保険法に規定する一定の年齢に達した場合に支給され、遺族厚生年金は被保険者が死亡した場合に同法に規定する遺族に支給される)について都道府県に実質的に関与させることとしたものである。

ところが、本件におけるような障害年金等は、請求者が被保険者であるという要件のほかに、障害の程度について医学的専門知見に基づいた調査・検討・判断を要するものであり、現実にも専門の認定医の判断を経て裁定しているものであることは前述のとおりである。

原決定の非難は、このような制度的背景についての考慮を全く欠いたものであり、この点からも失当である。

四 以上のとおりであるから、本件取消請求訴訟の管轄は、社会保険庁長官の所在地を管轄する東京地方裁判所にしかなく、相手方(原告)が提訴した長崎地方裁判所には管轄がないことが明らかであるから、原決定を取消し、本件を速やかに東京地方裁判所に移送されるべきである。

(別紙二)

一 被申立人は長崎地方裁判所でしか裁判を受けられない。

1 被申立人は、長崎県でも北端に位置する松浦市に在住のものであり、その年間所得額も金一三〇万円弱(一か月金一〇万円余)という経済状態にあり、本件訴訟を東京地方裁判所で追行することは、事実上不可能というべきである。

2 被申立人は、老父母と同居しているが(両親とも八〇歳を超えている)、両親は老齢年金を受給しているといっても、基本的には、被申立人の収入で養っていかなければならない。被申立人の子供たちは、何れも成人して県外に就職しており、とても、東京地方裁判所で裁判を行っていく経済的・家庭的余裕はない。

3 被申立人は、当初、本件裁判を提起するに当り、佐世保市の弁護士に依頼をしようとしたが(長崎地方裁判所佐世保支部に訴えを提起できると思っていた)、佐世保市の某弁護士から、長崎地方裁判所の本庁でしか訴えを提起できない旨説明され、被申立人代理人の弁護士を紹介された。

本件訴訟の追行に当っては、弁護士費用に関して法律扶助制度の利用を考えているが、管轄問題が解決していないので、その管轄問題が解決次第、法律扶助の申し込みをする予定でいる。

東京地方裁判所での裁判に関しても、東京の弁護士会への法律扶助の申し込みが可能であるが、東京で紹介された弁護士との打ち合わせ等のための旅費等実費は扶助で賄うことが不可能であり、その出費たるや膨大なものとなってしまうことは明らかである。

4 何れしても、本件訴訟を東京地方裁判所に移送することは、事実上、被申立人の裁判を受ける権利を奪うことになるのであり、被申立人は、現在でも、「東京で裁判があるようになったら、私は東京までは行けませんし、東京での裁判に弁護士を雇うだけのお金もありませんので、この裁判は取り下げます。」と言っている。

二 長崎地方裁判所で審理することが訴訟経済にも合致する。

1 被申立人に当該傷病による障害として下肢障害が認められることについては争いがない。そこで、この障害により障害年金保険が支給されるかどうかは、厚生令別表第1の「傷病が治らないので、身体の機能又は精神若しくは神経系統に労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの(三級一四号)」に該当するかどうかという点にかかっている。

2 とすれば、被申立人が診察を受けた医療機関のカルテ等の医証、及び医療機関の医師等の人証が不可欠の証拠となり、かつ、それらの証拠調べで通常全ての審理は終了するということになる。

そして、これらの証拠の存在場所は長崎県であり、東京地方裁判所で訴訟を追行するとすれば、多くの出張尋問等を余儀なくされ、訴訟経済上の損失は甚だしいというべきである。

この訴訟経済上の損失は、被申立人の原告という立場の者には、経済的な損失という形で現れ、冗費の節約を旨とすべき国の機関たる申立人や裁判所には、国費の無駄遣いという形で現れる。

三 国民年金法・厚生年金法は、都道府県知事の被委任職務として、『積極的に処分等に関与し重要な影響を与えるべき職務であること』を前提としている。このような場合には、実際の実務の実態がどうあれ、行政事件訴訟法一二条三項の「処分に関し処理にあたった下級行政機関」に該当するというべきである。

1 行政事件訴訟法一二条一項は、取消訴訟の原則的管轄地を「行政庁の所在地」としたが、これだけでは、中央行政庁の権限者を被告とする場合には、東京でしか訴訟ができないこととなり、事実上、国民の裁判を受ける権利を奪う結果になってしまうことから、同法二項・三項に例外規定をおいたのである。即ち、同法三項は、「処分に関し処理に当った下級行政機関の所在地」にも訴えを提起できるとして、地方国民の裁判を受ける権利を実質的に保障したのである。

しかるに、これまでの裁判例は、「処分に関し処理に当った」と言い得るためには、『積極的に処分等に関与し重要な影響を与えた必要がある』とするなど、前記規定を制限的に解釈しているかのようである。

しかし、処分権者の行う行政処分は、特別に制定された各法律に基づき実施されるものである。そして、その当該法律自体が、当該下級行政機関の職務を、『積極的に処分等に関与し重要な影響を与えるべき職務であること』を前提として制定されている場合には、実際の実務としては、当該下級行政機関が(裁判例のいう)『積極的に処分等に関与し重要な影響を与えた』と言えるような職務をしていないとしても、それは単に当該行政機関の職務の懈怠の問題に過ぎず、当該取消訴訟は、当該下級行政機関の所在地をもって、同法三項の「処分に関し処理に当った下級行政機関の所在地」に該当するというべきである。即ち、このように解さなければ、『法律が当該下級行政機関に求めている職務を、その下級行政機関が怠れば怠るほど、保護されるべき地方の国民が遠隔地の裁判所での裁判を余儀なくされる。』という当該法律の予定しない事態を導き出す結果になるからである。

2 ところで、国民年金法は、国民年金事業を、政府が管掌する(第三条一項)とするものの、国民年金事業の事務の一部は、政令の定めるところにより、都道府県知事に行わせることができる(同二項)としている。

そして、国民年金法施行令は、『障害基礎年金を受ける権利の裁定の請求の受理及びその請求に係る事実についての審査に関する事務』を都道府県知事に行わせる(同一条一号)としている。即ち、国民年金制度は、障害基礎年金を受ける権利の有無を裁定する権限者を社会保険庁長官としているが(法一六条)、『請求に係る事実についての審査に関する事務』を都道府県知事に行わせるとしているのである。

一方、厚生年金法及び同施行令には、同様の規定は存在しないが、申立人も認めている通り(被告第二準備書面第三)、『厚年法上も、同法の施行に関する事務は社会保険関係地方事務官に行わせているところ、これは国の事務を国の職員に行わせることと同じであることから事務委任規定は必要でなく、同様の運用を行っているところである。』としている。

3 したがって、申立人の主張するように(被告第三準備書面五項)、『国年令一条に基づく都道府県知事の行ういわゆる受理及び審査に係る事務の具体的内容は、形式的かつ軽微な点検事務にすぎず、』と言い得るかどうかが問題である。

(一) 申立人は、『「受理」とは、一般に「他人の届出、申請、申立てなどを有効な要件をそなえたものと判断して、受け取る行為」であり、受理によって、どのような法律効果を生ずるかは法律の定めるところによる。一方、「審査」とは、「詳しく調べて、適否や優劣などを決めること」と解されるが、法令上の使われかたはさまざまで、形式的審査と実質的審査にわけて論じられるのが通例である。そして、個々の法令上の「受理」及び「審査」の意義については、当該法令の制定趣旨に照らして、合理的に解釈されるべきものである。』(被告第三準備書面三項)としている。

そして、『本件についてみると、国年令一条の都道府県知事の行う「受理」及び「審査」の意義については、右都道府県知事に最終的な裁定権限が付与されていない法体系に照らせば、……実質的審査まで委任した趣旨と解することはできず、形式的審査を委任したにとどまるものというべきである。』(同準備書面同項)と結論づけている。

(二) しかし、『都道府県知事に最終的な裁定権限が付与されていないから、実質的な審査まで委任した趣旨とは解せない。』というのは暴論である。

(1) 即ち、社会保険庁長官のような中央官庁の裁定権者が、全国的な規模で行わざる得ない裁定事例において、地方の下級行政機関に資料の収集や事実の調査を委任せざるを得ない場合があることは、当然のことである。そのような場合に、「都道府県知事に裁定権限がない」という理由で、下級行政機関に形式的審査権限しかないとすれば、下級行政機関に審査を委任した目的が達せられないこととなりかねない。

裁定等の行政処分は、公正かつ公平に行わなければならないことは当然のことであり、この目的を達成するためには、裁定権限が社会保険庁長官にあろうとも、地方の都道府県知事に実質的な審査に関する事務を行わせなければならないことが、当然あり得る。

また、地方公共団体の社会保険行政に関する人事は本庁人事で実施されているのが実態であり、「都道府県知事に形式的審査権しかない」という議論自体が形式的である。

(2) 本件のような障害基礎年金の請求に関する場合、問題は、「請求権者の障害の程度が医学的・法的に検討されなければならない。」という申立人の主張する点である。

このような場合には、裁定に必要な医学的資料或は医師の証言は、都道府県知事の所在地でしか収集できないことが多く、国民年金法施行令でいうところの『請求に係る事実についての審査に関する事務』は、当然、実質的審査を前提にした「審査」の意味であると解さざるを得ない。

裁判例は、行政事件訴訟法一二条三項の「事案の処理に当った」とは、『単に提出された書類を受理して、書類の記載漏れの点検等形式的な処理をして上級行政庁に送付したにすぎない場合や、調査の嘱託等を受けて資料の一部を収集した程度では足りず、事案の調査を行い、処分の基礎となる資料を積極的に収集し、上級行政庁が処分をするに際して、事案の調査に基づいて意見を具申する等、実質的に処分の成立に関して重要な影響を与えたことをいう』としているが、本件事案で、国民年金法・厚生年金法が長崎県知事(社会保険事務所)に期待している事務内容は、まさに、前記裁判例のいうところの後者の事務である。

(3) このことは、国民年金施行令一条の法文からも明らかである。

即ち、同条の法文は、『請求の受理』と『請求の事実についての審査』に関する事務を使い分け、連記しているのであり、被告のいう実務実態としての事務が「受理」事務の域を出ないとすれば、『請求の事実についての審査に関する事務』という法文が死文化してしまうこととならざるを得ないからである。

被告の主張する通り、現在の年金行政における地方社会保険事務所が、「受理」事務(形式的審査に関する事務)以上の事務を実施していないとすれば、各年金法は、実質的審査に関する事務をも、社会保険事務所(都道府県知事)の職務として、求めているのであるから、現在の実務はその法の趣旨に反しているといわざるを得ないのである。

何れにせよ、審査に関する事務が形式的か実質的かという判断は、法的評価の問題であり、原審は『実質的』と判断し、申立人は『形式的』と判断している。しかし、被申立人は、形式的か実質的かは関係なく、国民年金法・厚生年金法は、実質的な事務を求めている以上は、その法の趣旨に従って、本件管轄の問題も判断すべきであり、社会保険事務所が実質的な審査に関する事務を求められている以上は、その社会保険事務所は、「事案の処理に当たった下級行政機関」というべきであると考えるのである。

四 原審の移送却下決定について

1 原審が、社会保険事務所の本件事務を詳細に検討して、『佐世保社会保険事務所は、本件処分について事案の調査を行なうなどして処分の成立に関与した、あるいは、処理そのものに実質的に関与したということができるのであるから、同社会保険事務所は行訴法一二条三項の「事案の処理に当たった」下級行政機関に該当するというべきである。』と判断したことは妥当であり、その判断に至る本件事務の分析は精緻を極めている。

つまり、原審の判断は、国民年金法・厚生年金法は、『都道府県知事に対して単に「権利の裁定の請求の受理」を行なわせるだけではなく、「その請求にかかる事実についての審査に関する事務」を行なわせる旨を規定したものと解されるのであって、被告のように限定的に解釈する言われはない(被告は、社会保険事務所の行なう「事実についての審査は」は形式的で軽微な事項に限定されると主張している)。』とし、『現実の実務でも、社会保険事務所は「実質的な審査に関する事務」を行なっている。』としているのである。

2 原審の判断は、国民年金法・厚生年金法の社会福祉立法としての性質を十分に斟酌した解釈論を展開し、また、現実の社会保険実務に則した妥当な結論を導き出している。

特に、申立人(被告)の「社会保険事務所の審査に関する事務は形式的で軽微なものに限られる」という解釈は、国民年金法・厚生年金法の立法趣旨から大きく掛け離れるものであり、その審査の性質からして、地方の社会保険事務所は、実質的な審査に関する事務を実施しない訳にはいかないというべきである。

申立人から御庁に提出された平成四年五月一日付申立人準備書面における申立人の主張は、『社会保険事務所の審査は形式的で軽微』という事実が先にある。つまり、国民年金法・厚生年金法の趣旨がどうあるのかという観点からの検討は全くなされていない。しかし、実務の実態がどうあろうが、『本来の法の趣旨(社会保険事務所の法律の予定した事務内容)がいかなるものか』が重要なのではないだろうか。

本来、法律(国民年金法・厚生年金法)が、社会保険事務所に対し、実質的審査に関する事務を実施させることを予定しているにもかかわらず、実務的には形式的軽微なものしかさせていないという理由だけで、管轄裁判所が「東京地方裁判所」であるというのは本末転倒というべきである。

3 申立人は、前記準備書面において、『(原審決定は)立法論と解釈論とを混同している』と非難するが、むしろ、申立人の方こそが、『本来の立法趣旨を実務先行で形骸化させながら、その立法趣旨に反した実務慣行によって解釈論を展開するという本末転倒の過ちを犯している。』というべきである。

何れにせよ、社会保険事務所の本件審査に関する事務を形式化・軽微化しようとしても、本来の国民年金法・厚生年金法の立法趣旨がそうではないのであるから、どこかに無理がくることは必定である。申立人が、「現在の社会保険事務所の本件事務は形式的で軽微である」と如何に主張しても、どうしても、実質的な審査に関する事務を何処かで実施しなくてはならないのであり、原審が精緻指摘した実質的審査に関する事務とはその点を言うのであろうと思われる。

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