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福岡高等裁判所 平成3年(行コ)3号 判決 1993年9月30日

控訴人

山田芳廣

右訴訟代理人弁護士

高森浩

伊藤祐二

被控訴人

長崎県教育委員会

右代表者委員長

片岡千鶴子

右訴訟代理人弁護士

木村憲正

俵正市

草野功一

右指定代理人

平田徳男

中尾孝弘

﨑駿

伊藤勇彦

小島徳重

辻亮二

白濱信

黒川隆昭

山崎滋夫

村上勲

飯笹芳子

寺井則安

杉澤伸慈

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対してなした昭和五六年七月二〇日付分限免職処分は、これを取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張、及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五ページ一〇行目「原告に」とあるを「控訴人に別紙のとおりの」と、同末行「事由」とあるを「処分事由」と、同六ページ初行「以下「これを本件処分」という」とあるを「以下「本件処分」という」と、各訂正する。

2  同一八ページ三行目の次に改行のうえ

「(三) 控訴人は、指導要録の記入をしなかったのではなく、控訴人の方法によって児童の評価をしたら全員「おおむね達成」であったので、「+」「-」の記載がなかっただけと弁解しているが、その理由は原審と当審とで全く矛盾しており、それ自体不自然であるし、控訴人が、校長に自己の評価基準及び評価内容を説明していないこと、控訴人が評価するについて用いたと主張する資料は後日作成されたものであること、控訴人がいうような評価は、資料不足でできるはずはないこと等から不合理、不自然であり、むしろ、控訴人がそのような主張立証をすること自体、控訴人の人格の評価に直に結びつくものでしかない。」を加える。

3  同二三ページ二行目「教育公務員特例法」の次に「(以下「教特法」という。)」を加える。

4  同二四ページ四行目「あるこを」とあるを「あることを」と、同三三ページ三行目、四行目及び七、八行目に各「指導方」とあるをいずれも「指導法」と、同四二ページ二行目「学問の事由」とあるを「学問の自由」と、各訂正する。

5  同四五ページ四行目「(絶対評価)方」とあるを「(絶対評価)法」と、同五行目、同四六ページ四行目に「評価方」とあるをいずれも「評価法」と、各訂正する。

6  同四七ページ八行目「受けたことはない、」とあるを「受けたことはない。なお、松本校長は、三月二三日に控訴人が提出していた一年生理科の観点別学習状況に関する評価がほとんど「おおむね達成」になっていたことに対して見直しを指示し、さらに同月二四日、右理科の見直しの要求とともに、控訴人が本来担当している二年生の指導要録に関する成績一覧表を予め提出することを要求したことはある。しかしながら、前者は教員の成績評価への介入であり、後者は新指導要録の絶対的評価法に不必要なものであり、後記(三)のとおり松本校長は従来管理者としての姿勢を強く打ち出していたから、その不当な指示には安易に妥協しないことにしていたこともあって、控訴人がこれに応じないことには、相当の理由があった。」と訂正する。

7  同五〇ページ二行目から同七行目までを改行のうえ

「 ただ、昭和五五年度は新指導要録による観点別学習状況の評価の初年度で、だれもが自信を持って評価できるだけの成績判定資料を持っていなかったため、控訴人も、基本的にはテストの点数を参考にしながらも、結局は日頃の各児童の理解能力、発言内容や回数など教師として観察した諸要素を勘案して、この児童はこの観点ならばこの程度の点数であろうという総合的判断としての推測での評価をせざるを得なかった。そのため、控訴人は、かかる曖昧さの残る基準で「達成不十分」とした記録を永久保存される指導要録に残すことは、控訴人の担当する将来の可能性のある二年生に妥当ではないと考え、新指導要録に関する解説において達成不十分というのは「次の学年での関連学習が困難になるとか、その段階まで行っていなければその学年の児童生徒として恥ずかしい、といった基準」と記載されていたことから、誰が見ても問題の子供だという場合にだけ「達成不十分」という判定をする方針で臨んだ。」

と訂正する。

8  同五三ページ五行目「中休みに時間に」とあるを「中休みの時間に」と、同五六ページ八行目「責められるべきで」とあるを「責められるべき」と、各訂正する。

9  同五八ページ三行目「少なくとも」の次に「分限処分事由としての」を、同一〇行目「校長室に呼んだこと」の次に「、及び校長とのやりとりの後控訴人が一三時三〇分ころ同校を離れたこと」を各加える。

10  同五九ページ末行、同六〇ページ二行目の「自宅承認」とあるを「自宅研修承認」と各訂正し、同六三ページ二行目「求めるため」の次に「組合活動として」を加える。

11  同六四ページ四行目「公平な見方ではない」の次に「し、押印しなかった者はほかにもいたのに控訴人だけを処分するのは、平等取扱原則にも反する」を加える。

12  同六九ページ末行「自由を守るため、」の次に「例えば、一方的に訪問日を指定し、不必要な指導案の事前提出にこだわる等」を加える。

13  同七三ページ九行目「「提出強要の排除」を」とあるを「「提出強要の排除」に」と訂正し、同一〇行目「原告も」の次に「組合員として県教組の方針に従って」を加える。

理由

一  本件について、当裁判所も控訴人の本訴請求を理由がないと判断するものであって、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八五ページ五行目から六行目にかけての「分限免職処分」の次に「(本件処分)」を加え、同七行目「右分限免職処分」とあるを「本件処分」と、同九、一〇行目を「で、その徴表となる具体的事由とされているのが別紙のとおりであることは当事者間に争いがない。」と、八六ページ末行「勤務実成績」とあるのを「勤務実績」と、各訂正する。

2  同八七ページ八行目、九二ページ四、七行目、同一四五ページ七行目の「松本隆吉」とあるを各「松本隆吉」と訂正する。

3  同八九ページ初行末尾に「(昭和五五年度に指導要録の全面的改訂が行われたことは争いがない)」を、同九〇ページ八行目末尾に「(解説に「観点別学習状況評価のための参考資料」が掲載されていたことは争いがない)」を、各加える。

4  同九一ページ九行目「抗弁に対する答弁」とあるを「抗弁に対する控訴人の認否及び反論」と、同九二ページ五行目「原告本人尋問の結果」とあるを「原審及び当審での控訴人本人尋問の結果」と、各訂正する。

5  同九九ページ二行目末尾に「(指導要録を提出せず、松本校長に二六日の自宅研修の承認を求めたが認められなかったことは争いがない)」を、同一〇行目末尾に「(年休を取ったことは争いがない)」を、同一〇〇ページ四行目末尾に「(平間校長が後任になったことは争いがない)」を、一一一ページ八行目末尾に「(松本前校長の意思表明を伝えたことは争いがない)」を、各加える。

6  同一一八ページ七行目「その本人尋問」から次行にかけての「第二一号証」までを「その原審及び当審での本人尋問、原審での尋問により成立の認められる甲第三号証、及び前出の甲第二一号証」と訂正する。

7  同一二六ページ八行目「評価の方法は、」の次に「前出の甲第一三号証、」を加え、同九行目「甲第一三号証及び第二〇号証」とあるを「甲第二〇号証、原審及び当審での控訴人本人尋問の結果」と訂正する。

8  同一二八ページ末行の次に改行のうえ

「 ただし、控訴人は、当審で「達成不十分」の評価について、昭和五五年度は新指導要録による観点別学習状況の評価の初年度で、だれもが自信を持って評価できるだけの成績判定資料を持っていなかったため、結局は日頃の各児童の理解能力、発言内容や回数など教師として観察した諸要素を勘案して、この児童はこの観点ならばこの程度の点数であろうという総合的判断としての推測での評価をせざるを得なかった。そのため、控訴人は、かかる曖昧さの残る基準で「達成不十分」とした記録を永久保存される指導要録に残すことは、控訴人の担当する将来の可能性のある二年生に妥当ではないと考え、新指導要録に関する解説において達成不十分というのは「次の学年での関連学習が困難になるとか、その段階まで行っていなければその学年の児童生徒として恥ずかしい、といった基準」と記載されていたことから、誰が見ても問題の子供だという場合にだけ「達成不十分」という判定をする方針で臨んだ。と付け加えた。」

を、同一二九ページ七行目「点検表」の次に「(なお、甲第七一号証の一ないし四)」を、各加える。

9  同一三〇ページ八行目「甲第一八号証」から一三一ページ七行目までを「控訴人は、この理由を、原審での本人尋問においてはテストの結果達成不十分な観点細目があればそれを放置せず達成できるように指導したからであると説明していたが、当審での本人尋問では、前記2のようにその説明を実質的に変更している。控訴人が当時本当に各児童について観点別学習状況を評価しているのなら、そのときの方法をそのまま述べればよいことであって、その説明が時期によって異なることは不自然であるし、当審での説明は、新指導要録の解説(甲第一四号証)の一部(甲第六一号証)を援用してのものではあるが、同解説は、後記五の指導要録の改訂の趣旨から、控訴人のように実際には目標を達成していない部分があるのにそれに意図的に目をつぶって何やかやと理屈づけをして「-」を一切つけないとか「-」のつけ方を著しく少なくするといった態度を、無責任な、許されないものとしている(同号証二二二ページ)のであって、控訴人の説明は弁解のためのものとしか評価できない。むしろ、甲第一八号証の一ないし三によってもテストの素点にはかなり低い点数が散見されること、指導要録(前出の乙第三四号証の一ないし二五)によって認められる各児童の二度の知能検査の結果や控訴人自身の行っている「各教科の学習の記録、Ⅰ評定」の欄での評価及びその児童らのその後の学年での観点別学習状況の評価の結果(例えば、数人の児童は三年生以降の五教科についてほとんど達成不十分の評価を受けている。)などに照らすと、「達成不十分」の児童がいないということは、逆に極めて不自然であり、また、控訴人の指導で評価の時点までに「達成不十分」の段階であった児童が全員「おおむね達成」となったとも到底考えられないというほかない。」と訂正する。

10  同一三七ページ三行目の末尾に「なお、控訴人は、当審での本人尋問において、転校した児童については一、二学期の成績についての観点別学習状況の評価をしただけで何も不思議な点はない旨供述するが、そうであるならば、原審での本人尋問の際もそのように説明すればよいのに、そのときは三学期の結果も考慮して評価をしていたのでうっかりしていたと述べているのであって、右のように供述内容が変遷していることからしても、この点に関する控訴人の供述はにわかに信用できない。」を、同八行目の末尾に「控訴人は、同様に、甲第一八号証の一ないし三記載の日付は必ずしもテストの日ばかりではなく、後日その採点をした場合は採点の日を記載した可能性があるとするが、問題とされているその日に行われたのは体育の観点を前転とする着手(実技)のテストや国語の音読のテストであって、テストの内容からして後日その採点をするものとは思われないから、右記載の日がテストの日以外の日であるとは考えにくく、この点もにわかに信用できない。」を、各加える。

11  同一四一ページ一〇行目の末尾に「なお、控訴人は、当審で、当時の授業中における児童の授業態度に関するメモとして甲第七一号証の一ないし四を提出したが、争点になっているのが分かっていたのにしては提出の時期が遅きに過ぎるし、仮にこれが当時のメモであったとしても、それが問題の甲第二〇号証の作成にあたってどう利用されたか不明であり、控訴人の主張する評価方法を実行するためには資料が決定的に不足することを左右するものではない。」を加える。

12  同一四一ページ末行「本人尋問」の前に「原審での」を加え、同一四三ページ二行目の次に改行のうえ

「 また、控訴人は、当審では、京都出張の時期は昭和五六年三月であった旨原審での供述を訂正しているが、その出張の際、控訴人のいうように到達度の評価の研修をしてきたとは、その出張目的や、時期的に川平小の到達度評価の研修会が開催されたり、控訴人が甲第一七号証等の作成を始めた頃とは符合しないことなどからもにわかに信用できない。」を加える。

13  同一五二ページ末行「自宅承認願」とあるを「自宅研修承認願」と、同一六三ページ八行目冒頭「さらに原告は」、とあるを「さらに控訴人は、抗弁に対する控訴人の認否及び反論三2(一)(2)のとおり」と、同末行「前提とするものと」とあるを「前提とするもので、研修に名を借りて怠勤を求めうることを含むものではないと」と、各訂正する。

14  同一六七ページ二行目「原告本人尋問にも同旨の供述がある。」とあるを「原審及び当審での本人尋問にも同旨の供述があり、当審では組合の了解のもとに組合役員三名がそれを行ったとも述べている。」と訂正し、同末行の末尾に「また、控訴人のいう組合の了解の内容は不明確であり、むしろ、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一一六、一一七号証の各一ないし三によれば押印拒否をした他の者の拒否の期間は控訴人と同一ではないこと、控訴人自体組合活動として供述したのは当審が初めてであることからすれば、控訴人のいう組合活動云云は単なる弁解に過ぎないものというほかない。」を加える。

15  同一六九ページ二行目の末尾に「また、控訴人は、押印拒否を理由に処分を行うのは、平等取扱原則に反すると主張するが、本件処分は、そのことだけを理由になされたものではなく、処分の一事由として考慮されているに過ぎないことは同処分事由自体から明らかであって、平等取扱原則に反するとはいえない。」を加える。

16  同一七二ページ九行目「教育公務員特例法(以下「教特法」という。)」とあるを「教特法」と、同一七三ページ八行目「第一四号証」とあるを「乙第一四号証」と、各訂正する。

17  同一七九ページ一〇行目「第三九号証」とあるを「第三九、四〇号証」と、同一八〇ページ四行目「原告本人尋問」とあるを「原審及び当審での控訴人本人尋問」と各訂正し、同二行目から三行目にかけての「三九号証の各一、二、」の次に「第五六、第五九号証、」を加える。

18  同一八二ページ一〇行目から同一八三ページ五行目までを

「(五) 高雄校長は、昭和五三年一二月二二日以降、控訴人らに対して再三指導案を提出し学校訪問を受けるように求め、昭和五四年一月二二日、控訴人らに対し、明日までに指導案を是非とも提出するようにと指示したが、控訴人はこれに応じなかった。高雄校長は、同月二五日、控訴人らに個別指導をしたが、控訴人はそれに対しても教科指導だからといって指導案を準備する必要は感じないと述べて、指導案の提出を拒否した。そこで、高雄校長は、同日、改めて控訴人らに対し、明二六日一四時までにこれを提出するようにとの職務命令を発した。また、同月二七、二九日にも直ちに、又は即日、指導案を提出するよう命じた。」

と訂正する。

19  同一八四ページ二行目「指導案の提出」から同四行目「また、」までを「学校訪問の際の指導案の提出自体については、組織的には具体的な指示を出しておらず、控訴人らの行為は一応評価するといいながらも、総支部段階の方針に基づかない自然発生的な闘いで組織では抱えきれないとされ、県教組や長崎総支部の意向に沿ったものではなかった。現に、」と訂正する。

20  同一八六ページ八行目「行ったこと」の次に「、及び控訴人が指導案の提出をしなかったこと」を加え、同一八九ページ九行目「第二学生」とあるを「第二学年」と訂正する。

21  同一九八ページ三行目「学校実施要項」とあるを「学校訪問実施要項」と、同二〇一ページ三行目「原告本人尋問」とあるを「原審及び当審での控訴人本人尋問」と、各訂正する。

22  同二〇三ページ九行目「市町村立学校教員」とあるを「市町村立学校職員」と、同二〇四ページ八行目「昭和五二年まで」とあるを「昭和五一年まで」と、二〇五ページ末行「地方公務員法」とあるを「地公法」と、各訂正する。

23  同二〇八ページ八行目「ならないのである」とあるを「ならないのである。また、本件処分のように免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になることから、その適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求されることはいうまでもない」と訂正する。

24  同二〇七ページ七行目「本件分限免職処分」とあるを「本件処分」と、同二〇八ページ一〇行目から同二一〇ページ末行までを

「2 そこで、控訴人が地公法二八条一項一、三号に該当するかについて検討する。証拠によって認定できる事実は、前記第二ないし第四のとおりであって、これは別紙の処分事由に掲記されている事実とほぼ同一である。問題はこれが処分事由として適当であり、かつ、その判断が合理性をもつかである。

右事由として掲げられている事実のなかには、前記第三の四、第四の四で述べたように週案や学習指導記録簿の不提出といった本来分限処分の事由を判断する要素として考慮することが相当ではないものが含まれており、その限度では問題がある。しかしながら、特に、前記第二のとおり控訴人が昭和五五年度に川平小で担当した第二学年の学級児童の指導要録のうち「各教科の学習の記録、Ⅱ観点別学習状況」欄の、控訴人が担当した五教科について、同校松本校長、及び後任の平間校長らの職務命令や指導に従わず、その評価、記入を行わずに放置したことは、指導要録の学校教育における重要性を考えると、極めて重大な事案であり、控訴人の教育公務員としての適格性を疑わせるに十分である(なお、控訴人が処分後、右事実を否認し、評価、記入を放置したことはなく、空欄は全員が「おおむね達成」と評価されたためであると強弁したことも、控訴人のした行為を不適格性の徴表とみうるかの評価に当たり考慮できる。)。しかも、前記第三、第四で認定のとおり、控訴人は、(一)五島在勤時において、勤務していた盈進小で、昭和五〇年度、その時同校山口校長が控訴人の提出した自宅研修承認願を承認していないにもかかわらず、帰宅してその職務を放棄し、また、昭和五〇年六月から昭和五二年三月まで一年一〇か月にわたって一切出勤簿に押印しなかったし、(二)長崎在勤時において、昭和五三年度、土井首小で行われる予定であった学校訪問に際し、同校高雄校長らの職務命令や指導に従わず、学校訪問及びその公開授業に重要な役割を果たす指導案を提出せず、右学校訪問を延期さらには中止するに到らせ、それにより懲戒戒告処分を受けた後も、翌五四年度、川平小において行われた学校訪問でも同校穂坂校長の指導案提出の職務命令や指導に従わなかったなどの事実もある。このように、控訴人は、昭和五〇年度以降本件処分に至るまで再三再四にわたって故意に職務上の義務の履行を拒否し、職務上の上司であった歴代校長の職務命令や指導に反抗して従わなかったものと認められるのであって、これらの事実を総合的にみるとそこには、控訴人の、職務上の命令や指導に従わず、自己の主張や見解に固執する独善的で反抗的な性格傾向が一貫して認められるというほかない。」

と各訂正する。

25  同二一四ページ五行目の「本件分限免職処分」、同二一五ページ九行目の「本件分限処分」とあるを、各「本件処分」と訂正し、同二一五ページ二行目「一環である」の次に「指導要録の観点別学習状況の」を加える。

二  よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 有吉一郎 裁判官 山口幸雄)

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