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福岡高等裁判所 平成3年(行コ)11号 判決 1994年6月30日

控訴人

佐伯労働基準監督署長

齋藤克己

右指定代理人

須田啓之

外二名

被控訴人

加藤サト子

右訴訟代理人弁護士

河野善一郎

徳田靖之

岡村正淳

古田邦夫

指原幸一

工藤隆

平山秀生

吉田孝美

加来義正

鈴木宗巖

荷宮由信

濱田英敏

柴田圭一

西山巌

牧正幸

西田収

富川盛郎

安東正美

神本博志

中山敬三

佐川京子

安部和視

山崎章三

麻生昭一

河野聡

瀬戸久夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり加え、改めるほかは、原判決の事実摘示中の「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これ(原判決三枚目表九行目から同一八枚目表九行目まで)を引用する。

1  原判決六枚目裏二行目の「診断され、」の次に「このころから自殺念慮を表明しはじめ、」を加える。

2  同一一枚目表一一行目から末行にかけての「ここ」を「ころ」と、同裏九行目の「いうべきであるから」を「いうべきであり、仮に相対的有力原因説に立っても、本件におけるけい肺結核症の存在は、うつ状態という結果発生について相対的に有力な原因となっているものとみるべきであるから」と改める。

3  同一二枚目表一〇行目の「けい肺結核症が」から同裏二行目末尾までを、「けい肺が不可逆性のものであること、登記治がけい肺結核症に対する不安を家族に洩らし医師に何度もこの病気の不安を訴えたこと、抑うつ状態(ただし、その程度の点を除く。)が登記治の死亡時まで続いたことは認めるが、その余の事実は否認する。」と改める。

第三  当裁判所の判断

一  請求原因1ないし6の各事実、同7のうち、登記治が業務上の疾病としてのけい肺結核症にり患していたこと、本件自殺前の登記治の身体状況及び治療状況並びに本件自殺直前の登記治の状況が被控訴人主張のとおりであること(同7の(一)、(二))、けい肺が不可逆性のものであること、登記治がけい肺結核症に対する不安を家族に洩らし医師に何度もこの病気の不安を訴えていたこと、登記治の抑うつ状態(ただし、その程度の点を除く。)がその死亡時まで続いたこと、上尾病院に入通院中の登記治の抑うつ状態が被控訴人主張のとおりであること(同7の(四)(1)のうちの①、②)、本件自殺当時、登記治が脳動脈硬化症にり患していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

また、原判決一九枚目表八行目から同裏五行目までに掲記の各証拠によれば、上尾病院における登記治の治療状況などに関する諸事情として、同一九枚目裏八行目から二三枚目表初行目までのとおりの事実が認められる(ただし、同一九枚目裏八行目の「六日」の次に「から、」を加え、同九行目の「入院」を「通院し、同年一二月二〇日から同病院に入院」と改める。)。

二  労災保険法一二条の二の二第一項について

1  同条項は、「労働者が、故意に…死亡…(し)たときは、政府は、保険給付を行わない。」と規定している。

(一) この点について、控訴人は、「業務上の疾病による療養中の死亡であっても、その死亡について労働者の「故意」による自損行為が介在している場合は、右規定によって業務起因性が否定されているところ、自殺は一般に「故意に死亡したとき」に該当するから、それが「故意」を否定し得る状況の下でなされたこと、すなわち、自殺時の精神状態が極度の精神異常又は心神喪失の状態にあり、かつ、当該業務上の疾病と右心神喪失等の状態をもたらす原因となった精神障害との間に相当因果関係のあることが必要であり、また、右の相当因果関係とは、心因性精神障害の場合には、その成因のうち業務に関連する精神的原因が相対的に有力な原因と認められることを要する。」と主張する。

(二) これに対して、被控訴人は、「控訴人の主張によれば、①同条項は「因果関係中断のみなし規定」となってしまい、実際にも不当な結果を招く上、②緊急業務に従事中の労働者が死亡したような場合も含まれることになって理論的にも不合理である。」などと批判した上で、「自殺意思の形成が業務ないし業務上の疾病と相当因果関係にあることを要し、かつ、これをもって足りる。したがって、右の規定における「故意」とは、業務上の原因と無関係に労働者が行う自損行為における「故意」を指すものと解すべきである。」と主張し、「仮にそうでないとしても、本件の登記治の場合におけるけい肺結核症の存在は、うつ状態という結果発生において相対的に有力な原因となっているとみるべきである。」と主張している。

2  このように、同条項の解釈をめぐる双方の見解は極端に対立するものでありながら、同条項は業務と当該労働者の死亡(自殺)との間の「相当因果関係」の有無の判断とは直接関係がないものとする点においては共通している。

しかし、右の各主張はいずれもそのまま採用することはできない。

すなわち、

(一) 控訴人の見解によれば、同条項は「故意」一般について規定したものであると解することになるから、自殺の場合にも、それがおよそ自由意思の入り込む余地のないものでない限り、業務と自殺との間の相当因果関係の有無について判断するまでもなく、同条項により自殺の業務起因性は否定されることになる。

しかし、理論的には、被控訴人が指摘する前記1(二)の②の批判をかわすのは必ずしも容易なことではなく、また、右解釈を杓子定規に適用するときは、被控訴人が批判するとおり(同①)、実際的にも妥当性を欠く結果を招きかねないものといわなければならない。実際の事例では、自殺時の精神状態が極度の精神異常又は心神喪失の状態にあったとまではいえないために、故意が完全に否定しきれないという場合であっても、自殺の業務起因性が肯定される(業務上の傷病と自殺意思の形成との間に相当因果関係があるものとされる)のでなければ不都合だという場合があり得ないではないからであり、それ故に、行政実務の上でも、この要件はそれ程厳格に解されていないように思われる。この点について、控訴人は、「それらは、いずれも自殺の際に心神喪失状態にあったとの事実が認定されたものである。」(控訴人の当審における第二準備書面一九頁)などと陳弁するけれども、そのように言ってみたところで、事態の本質が変わるわけではない。

(二) 他方、被控訴人の見解によると、同条項は当然のことを確認的に規定したものにすぎないことになり、自殺の業務起因性(相当因果関係の有無)の判断に同条項はおよそ関係がないということにならざるを得ないが、到底そのような帰結を受け入れることはできない。

被控訴人が、控訴人の主張を批判するに際して、「労災保険法一二条の二の二第一、二項、労基法七八条の規定からすると、確かに自殺のような故意による死亡等は、一般的に労災保険給付の対象から除外されているとはいえるであろう。しかし、一般的に除外されているということ、あるいは一般に因果関係がないから除外されるべきであるということと、常に必ず一律に除外され、あるいは除外されるべきであるということとの間には大きな違いがある。控訴人の主張は、右前段の「一般的」な議論としてはそれなりに肯認し得るものがあるが、相当因果関係が認められてもなお、故意が否定できない限り、常に必ず保険給付を否定すべきであるとする点においては、到底首肯しがたいものがある。」などと主張している(被控訴人の平成三年一二月一一日付け準備書面四丁裏二行目以下)のも、業務起因性の判断に際して同条項の存在を無視することができないことを物語っている。

3(一)  思うに、労働者が自殺したという場合においても、業務と右自殺との間に相当因果関係が認められるときは、自殺の業務起因性を肯定してよいものと解される。この場合にも、「業務起因性」とは当該結果と業務との間に相当因果関係が存在することであるという一般的な理解を変更する必要はないからである。そして、本件のように、業務上の疾病により療養中の労働者が自殺した場合においては、右業務上の傷病と自殺との間に相当因果関係が認められるときは、結局は業務と自殺の間に相当因果関係があるものとして、自殺の業務起因性を肯定してよいものと解すべきである。

(二)  とはいえ、自殺の業務起因性(本件の場合に則していえば、業務上の傷病と自殺との間の相当因果関係の有無ということになる。以下、専らこの場合について論ずる。)を判断するに際しては、前記労災保険法一二条の二の二第一項があることを考慮しないわけにはいかない。

これは、単に右規定が存在するからというだけの理由ではなく、「故意による死亡」の場合には保険給付を行わないという右規定の趣旨は理論的にも実際的にも一般論としては正当であり、かつ、自殺が「故意による死亡」であるという側面を否定し難い以上、自殺の場合にも原則として右規定の適用を免れないからである。

(三)  そうすると、同条項を「因果関係中断の原則規定」であると捉えた上で、その点を踏まえながら、業務上の傷病と自殺との間の相当因果関係の有無を判断するのが相当であり、したがって、「故意(自由意思)」の介在を排し得るような特別の事情、或いは、それ程までに明確かつ強度な因果関係が認められる場合に、はじめて相当因果関係があるものとすることができる。

ただ、業務上の傷病により療養中の労働者が自殺したという場合には、(1)当該傷病が精神的障害である場合と、(2)それ以外の傷病である場合とに大別され、(2)はさらに、ⅰ精神的障害を経由して自殺に至る場合と、ⅱそれ以外の場合とに分類されるところ、(2)のⅰの場合には、業務上の傷病と精神的障害との間及び精神的障害と自殺との間にそれぞれ相当因果関係があること(二段階の因果関係)が必要である。そして、前記の考え方があてはまるのは、(1)及び(2)のⅰの場合の「精神的障害と自殺との間の相当因果関係」、(2)のⅱの場合の「業務上の傷病と自殺との間の相当因果関係」の判断についてであって、(2)のⅰの場合の「業務上の傷病と精神的障害との間の相当因果関係」については同条項を考慮する必要がないのはいうまでもない。

三  業務起因性(相当因果関係)の判断基準に関する考え方について

1  控訴人は、いわゆる「相対的有力原因説」に依るべきであるとした上で、業務と心因性精神障害との相当因果関係の判断の具体的基準としては、①心因性精神障害を発症させるに足る十分な強度の精神的負担が業務と関連して存在したこと、②当該疾病の有力な発症原因となるような業務以外の精神的負担や個体側の要因がないことであり、右は労基法七五条二項、同規則三五条、同別表第一の二第九号により導かれると主張する。

これに対し、被控訴人は、「共働原因説」の正当性を強調し、控訴人が業務と心因性精神障害との相当因果関係の判断の具体的基準として挙げる右①及び②は相対的有力原因説の立場からも逸脱していると反論する。

2  右のように、本件においては、この点も又大いに争われているが、理論的にはともかく、実際の適用場面において、右両説のいずれを採用するかによって果たしてどれ程の差異が生じるのかということが、まずもって疑問とされなければならない。

加えて、労災保険法一二条の二の二第一項について当裁判所のような解釈(前記二、3)をとるときは、自殺の業務起因性については業務との間に明確かつ強度な因果関係があることが必要とされるわけであるから、右両説のいずれを採用すべきかはいよいよ問題になる余地はない。

ただ、業務上の傷病により療養中の労働者が精神的障害を生じて自殺した場合(後記四のとおり、登記治の本件自殺もこの場合に該当すると考える余地がある。)においては、右傷病と精神的障害との間にも相当因果関係があることが必要であるところ、右の有無は通常の判断基準と手法により判断されれば足りる(前記二、3の(三)参照)ものというべく、その意味では、控訴人の主張する業務と心因性精神障害との相当因果関係についての具体的な判断基準はいささか厳格に過ぎるものといわなければならない。

四  本件自殺の業務起因性(業務上の傷病であるけい肺結核症と本件自殺との相当因果関係の有無)について

1  前記一の当事者間に争いのない事実及び証拠により認められる事実に基づいて、登記治が自殺するに至る経緯を要約すれば、次のとおりである。

登記治は、

(一) 昭和一〇年ころから各地の隧道工事等で働き、昭和五一年二月に完全に離職したが、その間の一六年五か月を粉塵作業に従事した。

(二) 昭和四九年一二月二日(七〇歳時)から昭和五一年一〇月(七二歳時)まで、頭痛や眩暈等を訴えて、東内科医院に通院していたが、昭和五一年五月か六月ころから、胸部痛や病気の恐怖心があって抑うつ気分を訴えるようになった。

(三) 同年八月、佐伯保健所の検診で初めて「けい肺」であることを指摘された。同年一〇月六日から、上尾病院に通院するようになり、同年一二月二〇日から翌五二年四月八日まで同病院に入院した。

その間、①昭和五一年一〇月六日の初診時には、動脈硬化症、高血圧症、けい肺結核の診断を受け、②同年一一月一五日には、「身体がだるく、目を開いているのがよだきい(「おっくう」の意)。こうなれば人間が嫌になる。」旨訴えて、中等度抑うつ状態との診断がなされ、③同年一二月六日には、「身体がすぐ疲れるし、このまま死んでしまったらと思うことがある。入院させてほしい。」などと訴え、呼吸困難度Ⅳとの診断がなされ、④同月二〇日には、うつ状態(++)との診断がなされ、即日入院したが、昭和五二年三月末ころから食欲が低下し、四月初めころから、夜間徘徊のほか、夕食を済ませているのに「食べていない」と述べたり、煙草の火を消さないまま廊下に落としたり、「ここはどこじゃろか」と言ったりする健忘や見当識欠如などの異常な行動が見られるようになり、内科専門の同病院では処遇が困難であるとして、同月八日退院を余儀なくされた。

(四) 昭和五一年一〇月二二日、じん肺管理区分の申請をし、同年一二月一日に「健康管理区分三」の決定を受けた。その後、昭和五二年八月二日に再申請をし、同年九月七日、「健康管理区分四、要療養」の決定を受け、労災保険給付を受けられるようになった。右決定の通知に接してから後は、気分も非常に落ち着いてきて、登記治自身もその旨の報告をしている程である。

(五) 昭和五二年五月六日夜、自宅で、入浴後に意識を失って倒れ、直ちに救急車で上尾病院に搬送されて、再入院した。数日経過後も、病室のベッド周辺で昔の仕事をするような動作をするなどの、「作業せん妄」が表れて、意識障害が持続したが、その後次第に軽快して、同月一八日に退院した。その間の診断は、高血圧性脳症、動脈硬化症であった。

なお、退院後も、死亡時まで、ほぼ二週間に一回の割りで同病院に通院して治療を受けていたが、以前とは異なり、著しく気力が衰え、通院にも家族の付添いが必要な状態になった。

(六) 昭和五二年一一月末ころ、自宅で転んで仏壇の角で頭を打ち、三針縫う怪我をし、一二月に入ると痴呆状態が増強したり、消失したりするようになり、一進一退の状態が続いた。

なお、登記治には、その程度はともかく、抑うつ状態が死亡時まで持続していた。

(七) 昭和五三年七月二七日、被控訴人との些細な言い争いの後、被控訴人が自宅を空けている間の同日午後二時四〇分ころ、自宅で縊死した。

2  登記治にはその死亡時まで抑うつ状態が続いており、そのような精神状態の中で自殺したのであるから、右抑うつ状態と本件自殺との間に因果関係があるのではないかと考えるのは自然の成り行きである。また、前記1の事実及び甲二四号証、証人金子嗣郎の証言によれば、登記治がけい肺結核症にり患していることを気に病んでおり、そのことが同人の右抑うつ状態に影響を及ぼしていたことは否定できないところである。

しかし、他方で、登記治には脳動脈硬化症があり、これによる痴呆状態が見られたことも明らかであり、右脳動脈硬化症が登記治の抑うつ状態の一因になっていることが十分考えられるほか、控訴人が主張するとおり、妻である被控訴人との葛藤、通院に対する欲求不満なども影響していることが考えられないではない(乙三四号証の一、証人一ノ瀬孝行の証言)。

このように、本件自殺ないしはその前駆となった登記治の抑うつ状態の原因としてはこれら複数の要因が併存していることが考えられるところ、その中でけい肺結核症に対する不安や恐怖心がどの程度の比重を占めているのか、果たして、この要因と登記治の抑うつ状態及び本件自殺との間に前記二、3のような意味での相当因果関係が認められるか否かが本件の最大の争点となる。

そして、この点を検討するためには、前記諸要因、中でも、けい肺結核症に対する不安や恐怖心と脳動脈硬化症とが相互にどのように関係しながら登記治の抑うつ状態及び本件自殺に影響を及ぼしていると見るべきなのかということが解明されなければならない。

(一) まず、登記治のけい肺結核症がいかなる程度のものであったかを見るに、

(1) 登記治のエックス線写真のけい肺像は、「管理区分三」の決定時から「管理区分四、要療養」の決定を受けた時までを通じて、最も軽い第一型である。

肺機能障害の程度は、昭和五一年一〇月の検査時は、一秒率64.4パーセント、換気指数四八であり、F2(中程度)とされている。もっとも、翌五二年四月の検査時は、F3(高度)と「推定」されているが、これは、運動時換気量が測定不能で換気指数が出せなかったため、このような場合には一応F3と推定する扱いに従ったものであるというのであり、同年七月の検査時は、「呼出力が極めて弱く、また、自覚症状を訴え、心肺機能検査が不能であったため、Fは不明」とされている。なお、本件自殺前の約六か月間における九回の調査のうち、呼吸困難度は多くはⅣ(高度息切れ)とされているが、右は登記治の自己申告によるものであり、客観性という点で慎重な判断が必要な資料である。

(以上につき、乙二七、二八、三一号証、二〇号証の一、二四号証の二三ないし三二及び証人長門宏の証言)

(2) また、登記治の肺結核についても、昭和五一年一〇月及び翌五二年四月の検査時は、いずれも「エックス線写真上、結核の影像を認めるが、不活動性のもの(ただし、進行性のおそれがある)。かく痰検査の結果は陰性」と判定されていたが、同年七月の検査の結果は、かく痰検査の結果が陽性であった(乙二八、三一号証、二〇号証の一)。

(3) さらに、本件自殺前の約六か月間に登記治が自己申告したところによっても、咳や痰は時々出る程度であり、いずれも日常生活には支障はないとされている(乙二四号証の二三ないし三二、三三号証の二一ないし二九)。また、激しい発作に襲われるようなことはなかったことが窺われる。

(4) 以上の事実に照らせば、登記治のけい肺結核症はそれ程重症ではなく、それだからこそ、昭和五一年一二月一日には一旦「管理区分三」の決定を受けているものということができる。また、翌五二年九月七日に「管理区分四、要療養」の決定を受けたことについても、けい肺や肺結核の症状が急速に進行したというのではなく、同年七月のかく痰検査の結果が陽性であったことが大きく影響しているものと推認される。

(二) もっとも、登記治の抑うつ状態及び本件自殺との関連性という点についていえば、同人のけい肺結核症が客観的にどの程度のものであったかということもさることながら、むしろ同人が自己のけい肺結核症についてどのような認識をしていたかということの方が重要であるものということができる。

(1) ところで、登記治がけい肺結核症にり患していることを気に病んでいたことは前記のとおりである。そして、上尾病院はじん肺患者が入院患者の約八割にも及ぶという状況であったから、登記治が、その入通院期間中に、じん肺やじん肺患者の症状について一定の見聞を得たであろうこと、それが登記治自身のけい肺結核症についての認識に影響を及ぼしたであろうことは容易に推測されるところであるが、その具体的な内容についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

(2) 他方で、登記治が昭和四九年一二月から身体の不調(頭痛や眩暈)を訴えて東内科医院に通院していたことは前記1(二)のとおりであるところ、右頭痛や眩暈がけい肺結核症に起因するものであると断ずることはできない。そればかりか、同人には動脈硬化症や高血圧症もあったのである(前記1(三))から、右頭痛や眩暈はこれによる症状と考える方がむしろ自然である。

さらに、登記治が昭和五一年五、六月ころから胸部痛や病気の恐怖心があって抑うつ気分を訴えるようになった(前記1(二))という点についてみても、右胸部痛とけい肺結核症の関係は必ずしも明らかではなく、また、病気の恐怖心も、当時は未だけい肺結核症の診断を受ける前であるから、少なくとも同人の意識下においてはけい肺結核症と結び付けられたものでなかったことは明白である。

(3) また、登記治が、「管理区分四、要療養」の決定を受けて、むしろ精神的に安定を見たこと(前記1(四))は、同人が、「管理区分四」という最終区分の決定を受けたこと自体の重みよりも、労災保険給付を受けられるということを重視していたものといわざるを得ず、右は「けい肺結核症による死の恐怖や不安感」とはいささかそぐわない反応というほかはない。

これと同様のことは本件自殺直前の登記治の状況についてもいえることであり、乙一一号証、三三号証の二八及び証人久保田澄江の証言によれば、登記治は、昭和五三年六月三〇日に診察を受けたころには全身状態が比較的良好な状態であったにもかかわらず、同年七月初めになると、そのころ送付されてきた労災保険関係の書式が変わったため、その記載の仕方も変わるとして、書き方を間違えたら保険金を貰えなくなるのではないかとしきりに心配し、かつ、検査を受けて症状が寛解していると労災保険給付が打ち切られるのではないかと気に病んでいたことが認められる。

(4) 加えて、登記治は、上尾病院に入院中の昭和五二年四月ころから夜間徘徊や見当識欠如など痴呆の症状を呈していること(前記1(三))、同年五月六日には入浴後に意識を失って倒れ、数日経過後も作業せん妄が表れるなど意識障害が持続していたこと(前記1(五))からすれば、同人は、加齢による心身の衰えが顕著であり、特に、高血圧性脳症、動脈硬化症は相当深刻であったものといわなければならず、このことが同人の正常な判断力を阻害し、また、生への執着を著しく損ねていたことは否定するべくもない。

(三) 以上検討してきたところをまとめれば、以下の(1)ないし(3)のような経過を辿って、登記治の心身の衰えは急速に進行したものということができる。そして、元来気が小さく心配性であった同人が、右のような心身の衰えの中で正常な判断力を著しく損ない、いよいよ瑣末なことにこだわったり、気に病んだりするようになり、抑うつ状態から解放されることのないまま、被控訴人との些細な口論がきっかけとなって本件自殺にまで至ったものである。

(1) 登記治は、昭和四九年一二月ころから動脈硬化症や高血圧症の影響によるものと考えられる頭痛や眩暈を訴えていたが、このほかにも既に当時から客観的には存在したであろうけい肺結核症の症状も加わって、昭和五一年五、六月ころから病気の恐怖心による抑うつ気分を訴えるようになった。

(2) その後、同年一〇月に「動脈硬化症、高血圧症、けい肺結核」の診断を受けて、右の恐怖心は客観的にも裏付けられたことになり、うつ状態が進行して入院するまでに至った。

(3) 昭和五二年四月ころからは夜間徘徊や健忘、見当識欠如などの痴呆の症状を呈するようになり、同年五月には意識を失って倒れ、数日経過後も意識障害が持続するなどした。

(四) そうすると、業務上の疾病である登記治のけい肺結核症(甲)と同人の抑うつ状態(乙)、ひいては本件自殺(丙)との間に、それぞれ一定の関連性があることは否定できないが、甲と乙との間に法的な意味での相当因果関係があるものということができるか否かはなお疑問があるものといわざるを得ず、まして、甲と丙或いは乙と丙との間に前記二の3のような明確かつ強度な因果関係があるものということはできない。

五  結論

以上によれば、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを認容した原判決は取消しを免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鍋山健 裁判官小長光馨一 裁判官西理)

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