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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和60年(ワ)211号 判決 1995年7月20日

目次

第一章 申立て

第二章 事案の概要

第三章 争いのない事実等

第一 当事者

一 原告ら

二 被告六社

第二 炭鉱における各種作業の内容と変遷

一 作業の概要

二 坑内構造

三 勤務形態

四 各種作業の内容と変遷

第三 じん肺の特徴と炭鉱夫じん肺

一 じん肺の定義、原因、発生機序等と炭鉱夫じん肺

二 じん肺、炭肺の発生、病像に関する文献

第四 法制と行政の状況(戦前)

第五 法制と行政の状況(戦後)

第四章 争点

第五章 被告六社の責任

(原告らの主張の要旨)

第一 被告六社の安全配慮義務の具体的の内容

第二 被告六社の安全配慮義務の不履行

(被告六社の主張の要旨)

第一 被告六社の安全配慮義務の存否

一 安全配慮義務の不存在

二 許された危険等(被告三井両社)

三 下請鉱夫に対する安全配慮義務(被告三菱)

四 第二会社の従業員又は下請鉱夫に対する安全配慮義務(被告三菱、同日鉄)

第二 被告六社の安全配慮義務の履行

一 被告三井両社

二 被告三菱

三 被告住友

四 被告古河

五 被告日鉄

(当裁判所の判断)

第一 安全配慮義務及びその内容

一 はじめに

二 炭鉱における粉じん暴露の実態とじん肺

1 炭鉱における一般的粉じん暴露の実態

2 被告六社における粉じん暴露の実態

3 じん肺に関する医学的知見

4 じん肺防止に関する工学技術的知見

5 法令及び行政の状況

三 安全配慮義務の内容

四 下請企業の労働者に対する注文者の安全配慮義務

五 被告六社の主張について

第二 被告六社の安全配慮義務の不履行

一 さく岩機の湿式化

二 炭壁注水

三 発破方法の改良、発破後の待機

四 散水・噴霧

五 通気

六 集じん機、機械・装置の密閉

七 防じんマスク

八 じん肺教育の実施

九 健康診断

一〇 粉じん作業時間の短縮

一一 配置転換

第三 因果関係

第四 有責性

第五 被告各社の損害賠償責任の範囲及び相互関係

第六 法人格否認の法理

第六章 被告国の責任

(原告らの主張の要旨)

第一 被告国の直接的加害行為責任

第二 被告国の規制権限行使の作為義務違反による責任

一 被告国の規制権限行使の作為義務

1 作為義務の有無

2 作為義務の内容

二 被告国の作為義務違反

第三 因果関係及び被告六社の責任との関係

(被告国の主張の要旨)

第一 被告国の直接的加害行為責任について

第二 被告国の規制権限行使の作為義務違反による責任について

(当裁判所の判断)

第一 被告国の直接的加害行為責任について

第二 被告国の規制権限不行使による違法性について

第三 原告ら主張の被告国の具体的作為義務について

一 じん肺に関する規則、制度の整備について

1 けい酸質区域指定制度について

2 粉じん恕限度告示制度について

3 防じんマスクについて

4 粉じん作業時間の短縮等について

5 被告国の作為義務違反について

二 炭鉱企業に対する指導監督について

1 粉じん防止対策に関する指導監督について

2 じん肺教育に関する指導監督について

3 健康診断の実施等に関する指導監督について

4 粉じん作業時間の短縮の実施に関する指導監督について

5 配置転換に関する指導監督について

三 保安法五四条に基づく労働大臣の勧告について

四 原告ら主張のその他の作為義務について

第七章 損害

(原告らの主張の要旨)

第一 じん肺の病像と原告らの損害

第二 被告らの主張について

(被告六社の主張の要旨)

第一 炭鉱夫じん肺の病像と原告らの損害について

第二 包括一律請求について

(当裁判所の判断)

第一 本件従業員のじん肺罹患、じん肺の病像と管理

第二 損害

一 包括一律請求について

二 慰謝料額の算定

三 弁護士費用

第八章 抗弁、再抗弁

(被告六社の主張の要旨)

第一 他粉じん職歴による責任の限定

第二 消滅時効の成否

第三 除斥期間の経過

第四 過失相殺

第五 損益相殺

(被告国の主張の要旨)

第一 除斥期間の経過

第二 過失相殺

第三 損益相殺

(原告らの主張の要旨)

第一 他粉じん職歴による責任の限定について

第二 消滅時効の中断

第三 消滅時効援用の権利濫用

第四 過失相殺について

第五 損益相殺等について

(当裁判所の判断)

第一 寄与度による限定責任について

第二 消滅時効について

第三 除斥期間について

第四 過失相殺について

第五 損益相殺について

第九章 相続

第一〇章 結論

原告(番号一〇一)

竹本良行ほか(別紙目録一「原告ら目録」記載のとおり)

右訴訟代理人弁護士

角銅立身ほか(別紙目録二「原告ら代理人目録」記載のとおり)

被告 国

右代表者法務大臣

前田勲男

右訴訟代理人弁護士

中野昌治

右指定代理人

須田啓之ほか(別紙目録三「被告ら代理人目録」記載のとおり)

被告

三井鉱山株式会社

右代表者代表取締役

原田正

被告

三井石炭鉱業株式会社

右代表者代表取締役

久保實

右両社訴訟代理人弁護士

松崎正躬ほか(別紙目録三「被告ら代理人目録」記載のとおり)

被告

三菱マテリアル株式会社(旧商号三菱鉱業セメント株式会社)

右代表者代表取締役

秋元勇巳

右訴訟代理人弁護士

渡辺修ほか(別紙目録三「被告ら代理人目録」記載のとおり)

被告

住友石炭鉱業株式会社

右代表者代表取締役

百瀬雄次

右訴訟代理人弁護士

成富安信ほか(別紙目録三「被告ら代理人目録」記載のとおり)

被告

古河機械金属株式会社(旧商号古河鑛業株式会社)

右代表者代表取締役

佐々木荒

右訴訟代理人弁護士

長尾憲治

被告

日鉄鉱業株式会社

右代表者代表取締役

吉田純

右訴訟代理人弁護士

山口定男ほか(別紙目録三「被告ら代理人目録」記載のとおり)

主文

一  被告三井鉱山株式会社、同三井石炭鉱業株式会社、同三菱マテリアル株式会社、同住友石炭鉱業株式会社、同古河機械金属株式会社、同日鉄鉱業株式会社は、別表一の一認容金額一覧表の「被告名」欄の記載に応じ、当該被告に対応する各原告ら(同表の「被告名」欄に棄却と記載されている原告を除く)に対し、同表「認容金額(円)」欄の記載に応じて、それぞれ単独又は連帯して同欄記載の各金員及び右各金員に対する当該原告が提訴した事件(第一次ないし第五次事件)に応じ別表一の二遅延損害金起算日一覧表記載の各日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  右原告らの被告企業らに対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  別表一の三の棄却原告ら一覧表記載の原告らの被告企業ら及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、一項の原告ら被告らとの間では、同原告らに生じた費用の三分の二及び被告三井鉱山株式会社、同三井石炭鉱業株式会社、同三菱マテリアル株式会社、同住友石炭鉱業株式会社、同古河機械金属株式会社、同日鉄鉱業株式会社に生じた費用を同被告らの負担とし、同原告らに生じたその余の費用及び被告国に生じた費用を原告らの負担とし、別表一の一の認容金額一覧表記載の原告らのうち一項の原告らを除いた原告ら及び別表一の三の棄却原告ら一覧表記載の原告らと被告らとの関係では、同原告らの負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一章  申立て

第一  原告ら

一  別表一の四「原告ら請求金額一覧表」の「被告名」欄記載の各被告は、連帯して、「事件・原告番号」及び「原告名」欄記載の各原告に対し、「請求金額」欄の「合計」欄記載の各金員及びこれに対する同表一の二「遅延損害金起算日一覧表」記載の遅延損害金起算日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二  被告ら

一  被告国

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

二  被告六社

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

第二章  事案の概要

本件は、主に筑豊地区に存在した多数の炭鉱のうち、1被告六社直営の炭鉱の元従業員ら又は被告六社の下請企業の元従業員らが坑内外の各種粉じん作業よりじん肺に罹患したと主張し、自ら又はその相続人が原告となって、被告六社に対し、安全配慮義務の不履行を理由に、また、国に対し、国賠法一条による過失責任(直接の加害責任又は規制権限不行使)を理由に慰謝料等を請求し、2被告六社以外の者の経営する炭鉱(被告六社の子会社を含む。「その他の炭鉱」という。これらの経営主体はすでに解散、所在不明等により事実上消滅している。)の元従業員らが自ら又はその相続人が原告となって、国に対し、右国賠法一条の過失責任を理由に慰謝料等を請求した事案である。

第三章  争いのない事実等

以下の事実は当事者間に争いがないか、もしくは証拠(なお、証拠を逐一あげることは省略する。)及び弁論の全趣旨によって認められる。

第一  当事者

一  原告ら

原告らは、それぞれ、別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおり、本件各炭鉱又はその他の炭鉱で各種粉じん作業に従事し、粉じんを吸引した結果、じん肺(炭鉱夫じん肺)に罹患した者(本件従業員)又はその相続人である。

二  被告六社

1 筑豊炭鉱の歴史

(一) 国は、明治維新以降、西欧諸国に伍すべく富国強兵政策を採用し、その政策の一環として石炭産業の保護育成に力を注ぎ、明治六年には日本坑法を制定して土地所有と鉱区所有を分離し、鉱山を政府所有とした。また、明治二一年、選定坑区制を導入し、明治二四年、海軍予備炭田の開放、払い下げを行った。そして、国の石炭政策の中心は、次第に、最大の埋蔵量を有する筑豊地区へと移行した。

明治二〇年代以降、次のとおり、中央資本(財閥)が多数筑豊地区に進出し、漸次鉱区を拡張して行った。

三菱 明治二二年新入、鯰田炭鉱買収

明治二八年方城、上山田炭鉱買収

住友 明治二七年忠隈炭鉱買収

古河 明治二七年下山田炭鉱買収

明治二八年勝野炭鉱買収

三井 明治二九年山野炭鉱買収

明治三二年田川炭鉱買収

一方、貝島、麻生、安川、伊藤らの地場大手資本も成長し、ここに、最盛時には合計三〇〇炭鉱を数える、わが国屈指の近代的炭鉱の基礎が確立された。

(二) 筑豊炭鉱の隆盛

筑豊炭鉱では、明治後期から大正期にかけて、大手炭鉱を中心に新技術が多数導入され、技術革新を重ねるとともに、明治四〇年代には次々と竪坑が開設されて、出炭量が飛躍的に伸びた。また、第一次世界大戦による好景気に支えられて、石炭需要は著しく伸び、筑豊炭鉱は益々隆盛して行った。さらに、大正末頃から昭和初め頃にかけて、機械化及び合理化が本格的に進められ、採炭方式は、おおむねその頃から、従前の「残柱式」から、実収率が高い上、盤圧に強く、また深武採掘に耐え、採炭の機械化に適するなどの長所を有する「長壁式」に代わっていった。

(三) 戦時統制下の状況

昭和六年、満州事変が勃発して、石炭に対する軍需が急増したが、商工省は、昭和一二年、石炭需給五か年計画を策定し、石炭の大増産計画を決定した。また、国家総動員法、重要鉱物増産法等の戦時法規が制定され、戦争遂行政策が強力に進められるに伴って、国は、鉱夫労役扶助規則による鉱夫保護につき、裁量による特例措置を決め、昭和一八年六月、戦時行政特例法によって保護措置を停止した。同法により鉱山労働保護法制全体は効力を停止した。そして、戦時中、鉱夫の応召による人手不足と資材不足の中で、石炭の増産を急いだ余り、筑豊炭鉱でも乱掘が進み、設備は急速に荒廃した。

(四) 戦後復興時

昭和二〇年一〇月二四日、戦時行政特例法が廃止され、鉱夫労役扶助規則や鉱警則等による労働者保護の諸規定は復活した。

国は戦後復興のため石炭増産政策をとり、昭和二一年、傾斜生産政策を打ち出し、昭和二二年初めから昭和二三年末までの二年間にわたり、石炭・鉄鋼産業に対し、重点的に資金、資材、食料等の物資を投入した。昭和二二年、復興金融公庫が発足して、他産業に優先して炭鉱に融資を行ない、また、同年、配炭公団が設立され、昭和二三年四月一日、臨時石炭鉱業管理法が成立、施行された。同法は指定炭鉱を一時国の管理のもとに置くもので、被告三井鉱山の三池・山野炭鉱等が右指定を受けた。これらにより戦後経済統制の一環として石炭統制がなされ、出炭量が回復して行った。それとともに、国は石炭産業の合理化、機械化政策を推進し、石炭産業は自立のための合理化を求められた。

昭和二四年には、ドッジ・ラインの施策によってインフレも収束を遂げ、これに伴い、昭和二四年から二五年にかけて価格統制や配給統制は解除され、自由経済への復帰が進んだ。昭和二五年、石炭鉱業は、自由販売制に移行し(臨時石炭鉱業管理法も昭和二五年五月二一日廃止された。)、朝鮮戦争(昭和二五年六月から昭和二八年七月まで)の勃発に伴う、いわゆる朝鮮特需による好況の波に乗って、昭和二六年、全国出炭量が四六五〇万トン(内筑豊一四四三万トン)に上った。筑豊地区では中小炭鉱も増加し、総計二六五坑中二四三坑が中小坑であった。昭和二六年には鉱工業生産や国民所得が戦前の水準に回復した。

国は、昭和二七年三月、新合理化三か年計画を発表し、竪坑の開さくによる炭鉱の若返り、カッペ及び機械化採炭の完成、運搬方法の近代化等を推進した。

このように、国は、石炭産業に対し、石炭の増産及び合理化を求める一方で、昭和二〇年以降、他産業より優先的に財政資金の提供及び復興金融公庫の融資、減税、補助金等の積極的な保護措置を行った。

(五) エネルギー革命

石炭産業は、昭和二八年頃から石油の出現と技術革新、産業構造の重科学工業化の波を受け、深刻な構造的不況に直面した。そこで、国は石炭産業の長期合理化体制を確立するため、昭和三〇年八月、石炭鉱業合理化臨時措置法を制定し、スクラップ・アンド・ビルド政策を開始した。具体的には、不良炭鉱の整理、坑口開設の制限、価格及び生産制限、未開発炭田の開発等により炭鉱の合理化、コスト低減を図った。

これを受けて、昭和三四年までに筑豊地区で七四鉱が閉山し、二万人余の人員整理が行なわれた。昭和三六年、被告三菱の飯塚炭鉱、被告住友の忠隈炭鉱が閉山し、昭和三七年、スクラップ政策が買収方式から整理交付金に切り替えられてからは直接閉山が増加し、被告三菱の方城炭鉱、被告古河の大峯炭鉱が閉山して第二会社に移行し、さらに被告三井の田川、山野炭鉱もスクラップの対象になって閉山した。これにより、被告六社は大部分筑豊地区からの撤収を完了した。

このような中で、昭和三八年一一月、三井三池炭鉱で死者四五八名を出す炭じん爆発事故が発生し、さらに、昭和四〇年、被告三井鉱山の第二会社である山野鉱業株式会社(山野鉱業)の山野炭鉱で、死者二三七名を出すガス爆発事故が発生し、保安に問題を残した。

昭和四四年、被告古河の目尾炭鉱が閉山したほか、相次いで麻生、明治、日炭高松、山野、大之浦の各炭鉱が閉山し、昭和四八年一一月には筑豊地区の鉱内堀りの炭鉱は全て閉山し、筑豊炭鉱の歴史を閉じた

2 被告六社直営の炭鉱の沿革と概要

(一) 被告三井鉱山株式会社、同三井石炭鉱業株式会社(被告三井両社)

(1) 企業沿革等

被告三井鉱山は、明治四四年一二月一六日に設立された、わが国最大の鉱山会社である。

三井組は、明治二二年、三池炭鉱の払下げを受け、三池炭鉱社を設立した。三井鉱山合名会社は、明治二八年二月、山野炭鉱の鉱区を取得し、同三一年、第一、第二坑を開坑した。同社はさらに、明治三三年三月、田川炭鉱の鉱区を取得し、明治四〇年、本洞炭鉱を買収した。そして、被告三井鉱山は、設立後、三井鉱山合名会社から山野、三池及び田川の各炭鉱を引き継いだ。

戦後、財閥解体により、被告三井鉱山は石炭部門中心となったが、昭和二五年頃以降、設備及び技術の合理化を精力的に進め、鉄柱使用、カッペ採炭、沿層掘進のためのジョイローダーを採用して行った。

被告三井鉱山は、さらに、昭和三〇年代のエネルギー革命の中で、経営の合理化と第二会社化を図り、昭和三八年九月一六日、山野鉱業を設立し、昭和四八年九月三〇日、石炭生産部門を、同年八月二七日設立した被告三井石炭に営業譲渡した。

被告三井鉱山は、昭和一六年、鉱山における職業性疾患、労働衛生、災害医学等について研究するため三井産業医学研究所を設置した。同研究所は最盛期には医師二〇名、助手六六名等を擁した。

(2) 山野炭鉱

山野炭鉱は、福岡県嘉穂郡稲築町の全域及び庄内町、山田市、田川市の一部にわたって存在した。被告三井鉱山は、前記のとおり、明治四四年一二月設立後、山野炭鉱を取得した。

明治三一年、第一、第二坑を、明治三九年、第三坑(鴨生坑)、第四坑(漆生坑)を開坑し、大正七年、第五坑を開坑した。その規模は、明治四二年には鉱夫数二五〇〇名、年間出炭量二五万トンに上る大炭鉱になった。明治末期には長壁式採炭法が行なわれるようになり、大正九年、さく岩機が導入され、以後次第に普及した。昭和期に入ると採掘区域が深部化し、かつ、経路が長大化して行ったが、これに伴い排気用扇風機の大型化、局部扇風機の改良が行なわれた。また、機械化が一段と進み、採炭にコールカッター等が、発破孔の穿孔に手持さく岩機、電動又は圧気動のオーガードリルがそれぞれ使用されるようになった。昭和八年にはピック採炭も始まった。

戦後は傾斜生産方式が導入され、増産に努める一方、新技術の導入と新坑の開さくに着手した。昭和二六年から鉄柱採炭、カッペの導入を図った。昭和二七年、深さ五二七メートルの第一竪坑が、昭和三六年、深さ七三八メートルの第二竪坑がそれぞれ完成した。

昭和三〇年代にエネルギー革命に直面し、炭量の枯渇、炭質の悪化、自然条件の悪化等が表面化し、被告三井鉱山は、昭和三一年六月、旧小舟坑を株式会社小舟鉱業所に譲渡し、昭和三六年一月、旧第一坑、漆生坑及び杉谷坑を株式会社漆生鉱業所に譲渡した。昭和三八年九月一六日、被告三井鉱山の第二会社として設立された山野鉱業は、山野炭鉱の共同鉱業権者として同炭鉱の経営に当たった。小舟鉱は、昭和四〇年一二月、石炭鉱業合理化事業団に買い上げられ、山野鉱業所及び小舟鉱業所は、昭和四八年三月、閉山になった。なお、山野炭鉱は、けい酸質区域指定を受けたことはない。

(3) 三池炭鉱

三池炭鉱は、福岡県大牟田市、三池郡高田町、熊本県荒尾市及び有明海底にわたって広大な鉱区を有する、わが国最大の炭鉱である。

明治政府は、明治六年、長崎の高島炭鉱とともに、三池炭鉱を官営として英人ポッターを雇い入れ、様式採炭を試みたが、前記のとおり、明治二二年一月、これを三井組に払下げた。

三池炭鉱は、石炭層が厚いうえ、ボタ(ハサミ)の含有率が低く、傾斜も二ないし六度と緩やかであるなど、有利な自然条件で、順調に発展した。採炭区域は、明治、大正の頃までは陸地部のうち、宮浦断層から東部の〇ないし一〇〇メートル以内の地下の炭層を、それから以西の地区では地下一〇〇ないし三〇〇メートルの深部の炭層を採掘していたが、その後、次第に海底に伸長し、戦後は海底採掘が本格化した。しかし、次第に坑道延長が一八〇キロメートルに及ぶなど、採算面、能率面の欠陥が表面化し、再三合理化が行なわれた。昭和二七年一月、一部区域につき、けい酸質区域指定を受けた。昭和三五年、二八二日に及ぶ戦後最大規模の三池争議を経験したが、機械化及び合理化を推し進め、ビルド鉱として生き残った。

三池鉱区に隣接する有明鉱区は、被告日鉄が保有していたが、昭和四七年一〇月、被告三井鉱山が譲り受け、有明炭鉱株式会社を設立して開発したが、昭和五二年一〇月、被告三井石炭が同社を合併した。

(4) 田川炭鉱

福岡県田川市を中心に存在した炭鉱である。坑口は、主なものは、本坑(元奈良鉱山、後に一坑と改称。)、大藪坑(元大藪鉱山、後に二坑と改称。)、伊田坑(元伊田鉱山、後に三坑と改称。)である。明治三八年、川崎坑(後の四坑)を、同四三年、深さ三九八メートルの伊田竪坑(後の三坑)をそれぞれ開設した。大正七年、田川鉱業所と改称した。

田川炭鉱は、全国屈指の近代的な炭鉱として、早くから機械化が進行し、採炭方法も明治四〇年頃から長壁式が採用された。昭和期に入ると、機械化・省力化が一段と進み、コールカッターの導入やドリル・ビットの改良、採炭法の改良等が行なわれた。

戦後、傾斜生産方式が導入され、増産に努める一方、新技術の導入と新坑の開さくに着手した。昭和三〇年、深さ七一〇メートルの伊加利竪坑が開設され、坑道の整理統合がされて、伊加利、伊田、川崎、夏吉の四坑体制になった。昭和三一年八月、坑内一箇所について、けい酸質区域指定を受けた。

昭和三七年、スクラップ化の対象とされることになり、川崎坑は分離閉山のうえ、昭和三八年七月、被告三井鉱山の第二会社である川崎鉱業株式会社(以下「川崎鉱業」という。)に引き継がれ、伊加利坑は、昭和三九年三月、閉山した。昭和三九年四月、第二会社の田川鉱業株式会社(以下「田川鉱業」という。)が設立され、旧伊田坑を継承し、新田川炭鉱として操業したが、昭和四四年五月、閉山した。

(二) 被告三菱マテリアル株式会社(被告三菱)

(1) 沿革等

明治初期、当時の財閥三菱は、郵便汽船三菱会社が明治一四年三月長崎県の高島炭鉱を買収したのを初めとして、九州における炭鉱経営に乗り出し、明治二〇年代に新入、鯰田、方城、上山田など筑豊地区の有力炭鉱、鉱区を次々と買収し、大正七年四月一〇日、当時の三菱合資会社の鉱業部門が独立し、被告三菱の前身である三菱鉱業株式会社(三菱鉱業)が設立された。三菱鉱業は、炭鉱のほか金属鉱山も経営したが、戦後、財閥解体政策により金属鉱山部門を分離され、もっぱら炭鉱経営に当たった。

昭和三〇年代のスクラップ・アンド・ビルド政策により筑豊地区からの撤退を図り、昭和三〇年代後半には直営炭鉱の殆どを第二会社化し、もしくは閉山したが、残った高島、端島は、昭和四四年九月三〇日、新たに設立された三菱高島炭礦株式会社(三菱高島炭礦)に譲渡された。三菱鉱業は、昭和四八年四月一日、子会社の三菱セメント株式会社及び豊国セメント株式会社を吸収合併して、三菱鉱業セメント株式会社となり、その後商号変更を経て現在の被告三菱に至った。

被告三菱では、労働部(労務部)が労働衛生管理業務を管掌した。各炭鉱には医務課、付属病院、診療所、衛生管理課等が設置された。

(2) 飯塚炭鉱

福岡県嘉穂郡穂波町平恒に存在した炭鉱で、昭和四年八月、全株式を三菱鉱業が保有する飯塚鉱業株式会社の経営となり、昭和一一年四月、三菱鉱業が同社から鉱業権及び全資産を買収した。

戦時中までに優良炭層の大部分を掘り尽くし、戦後は効率の悪い炭層が残された。旧採掘跡等からの湧水、降水が多く、坑内は湿潤化していた。昭和三五年一月、けい酸質区域指定を受けた。

昭和三六年一〇月、第二会社の飯塚鉱業株式会社に引き継がれた。

(3) 上山田炭鉱

福岡県嘉穂郡山田町上山田に存在した炭鉱で、明治二八年三月、三菱合資会社が鉱区を買収し、大正七年四月、三菱鉱業が設立された後は同社が経営した。

鉱区の大半は山岳地帯で、地層は断層が多く、複雑な構造を呈する。断層からの湧水等が多く、これを利用した石炭の水流し運搬法も用いられ、坑内は湿潤化していた。昭和二八年三月、けい酸質区域指定を受けた。

自然条件の悪化と資源の枯渇のため、昭和三七年五月、第二会社である上山田鉱業株式会社に引き継がれた。

(4) 勝田炭鉱

福岡県粕屋郡宇美町に存在した炭鉱で、昭和一二年七月、三菱鉱業が買収した。

戦時中までに優良炭層を大部分堀り尽くし、戦後は条件の悪い炭層が残された。旧採掘跡等から湧水、降水が多く、坑内は湿潤であった。けい酸質区域指定を受けたことはない。

昭和二三年、死者六二名以上を出すガス爆発事故を起こし、昭和二六年三月、大谷坑を閉鎖し、昭和二八年五月、亀山坑を譲渡した上、昭和三八年六月、閉山した。

(5) 新入炭鉱

福岡県鞍手郡剣村中山に存在した炭鉱で、明治二二年三月、三菱社に買収され、三菱鉱業設立後は同社が経営した。

鉱区のほぼ全域に沖積層があり、その間に泥炭層が介在し、地質は湿潤で、湧水、降水が多かった。けい酸質区域指定を受けたことはない。昭和三八年一〇月、閉山した。

(6) 古賀山炭鉱

佐賀県小城郡北多久町に存在した炭鉱で、大正一二年二月、三菱鉱業が買収した炭鉱である。炭層の上部に含水砂岩層があったため、湧水、降水が多く、場所によっては雨具の着用が必要であった。けい酸質区域指定を受けたことはない。炭層の枯渇と水没のため、昭和四三年一月、閉山した。

(7) 鯰田炭鉱

福岡県飯塚市鯰田に存在した炭鉱で、明治二二年四月、三菱社が買収し、三菱鉱業設立後は同社が経営した。

鉱区は細長く、炭層は浅い区域に賦存した。炭則に定めるけい酸質区域指定を受けたことはない。坑口数が三〇数口と多く、小坑口による分散操業方式を採用し、これが通気面に寄与した。地表が近く、かつ地表面を庄内川が流れ、宅地や水田も多く、そのため坑内は湧水、降水があり、湿潤化していた。

明治二四年、他社に先駆けて長壁式採炭法を取り入れ、従来の残柱式採炭法に比べて採炭量を伸ばしたが、同方式は通気面でも優れていた。大正初期までに炭鉱経営の基礎を固め、昭和期に入ってコールカッターの導入等、作業の機械化を進めた。

戦後、傾斜生産方式による保護を受け、新坑口の開さくや機械化を推進して増産を図り、昭和二六年、カッペ採炭を導入したが、やがて炭層が枯渇し、昭和四四年九月、三菱高島炭砿に譲渡された上、昭和四五年六月、閉山した。

(8) 高島炭鉱

長崎県西彼杵郡高島町に存在した炭鉱で、明治一四年三月、郵便汽船三菱会社が買収し、大正七年四月、三菱鉱業設立後は同社が経営した。鉱区は、高島及びその周辺の海底に及ぶ。海底炭鉱のため湧水、降水が多く、昭和二七年頃から採掘跡に多量の放水をするスライシング採炭法を採用したこともあって、坑内は湿潤化していた。昭和二八年五月、けい酸質区域指定を受けた。

戦後ビルド鉱として、ホーベル、自走支保等の最新の採炭機器が導入され、出炭量が伸びたが、三菱の石炭部門分離の方針で、昭和四四年九月、三菱高島炭砿に譲渡され、さらに昭和四八年一二月、三菱石炭鉱業株式会社の経営に移った後、昭和六一年、閉山した。

(9) 端島炭鉱

長崎県西彼杵郡高島町端島に存在した炭鉱で、明治二三年、三菱社が高島炭鉱の支山として譲り受け、昭和四四年九月、高島炭鉱とともに三菱高島炭砿に譲渡され、さらに昭和四八年一二月、三菱石炭鉱業株式会社の経営に移った後、昭和四九年一月、閉山した。

昭和三〇年六月、けい酸質区域指定を受けた。

(10) 崎戸炭鉱

長崎県西彼杵郡崎戸町に存在した炭鉱で、昭和一五年九月、当時の経営企業であった九州炭礦汽船株式会社を、被告三菱の前身である三菱鉱業株式会社が吸収合併したものであるが、昭和四三年三月、閉山した。昭和二八年けい酸質区域指定を受けた。

(三) 被告住友石炭鉱業株式会社(被告住友)

(1) 沿革等

住友吉左衛門は、明治二七年五月、麻生太吉から忠隈炭鉱を買収して炭鉱経営に乗り出し、その後次々と炭鉱を買収し、事業を拡大して行った。昭和五年、被告住友の前身の住友炭鉱株式会社が設立され、同社は忠隈炭鉱等を保有したが、昭和一二年、住友別子鉱山株式会社に吸収され、住友鉱業株式会社となった。戦後金属鉱山を分離し、もっぱら炭鉱経営に当たることになった。昭和二七年、被告住友と商号変更された。昭和三〇年代、国のスクラップ・アンド・ビルド政策により逐次炭鉱から撤退し、第二会社化と閉山を進め、完了した。

被告住友でも、鉱山保安、労働衛生及び健康管理業務を担当する部門が置かれた。

(2) 忠隈炭鉱

福岡県嘉穂郡穂波町及び飯塚市にわたって存在した炭鉱である。

忠隈炭鉱は、機械化と技術改良により生産を伸ばし、被告住友を代表する近代的炭鉱となったが、昭和一〇年代以降、生産が低下した。

炭層が緩傾斜で、累層的に賦存していたため、斜坑が採用された。長壁式よりも残柱採炭法が多用された。けい酸質区域指定を受けたことはない。

被告住友は、昭和三六年九月、忠隈炭鉱を第二会社の忠隈炭礦株式会社に引き継いだ。忠隈炭鉱は、昭和四〇年までに閉山した。

(3) 潜竜炭鉱

長崎県北松浦郡に位置し、昭和三年から住友九州炭礦株式会社が経営し、その後、住友炭鉱株式会社、住友鉱業株式会社を経て、被告住友に至る。昭和三五年一〇月、被告住友の系列下の潜竜炭鉱株式会社の経営に移され、昭和四二年八月、閉山した。

昭和二八年一月、けい酸質区域指定を受けた。

(4) 奔別炭鉱

北海道空知郡に位置し、昭和三年、住友坂炭砿株式会社に買収され、同社は、住友炭鉱株式会社に吸収合併され、住友鉱業株式会社を経て被告住友に至る。昭和四六年一〇月、閉山した。

昭和三四年一二月、けい酸質区域指定を受けた。

(5) 昭嘉炭鉱

福岡県嘉穂郡に位置し、田篭鉱業株式会社が経営していたが、昭和三二年九月、被告住友が同社の全株式を取得し、以後、被告住友が経営し、昭和三三年八月、各坑口を開坑したが、昭和三九年一月、坑内自然条件の悪化、石炭市況の不況などの事情から全坑口を閉鎖し、本格稼働に至らず、同三九年三月、閉山した。なお、昭和三三年一月、昭嘉鉱業株式会社が設立され、同社が昭嘉炭鉱の経営に当たることとなったが、昭和三八年、合併により忠隈炭礦株式会社と商号変更された。

(四) 被告古河機械金属株式会社(被告古河)

(1) 沿革等

古河家は、明治三八年、古河礦業会社を設立したが、大正七年四月一五日、同社の主要資産を引き継いで、古河礦業株式会社が設立された。昭和八年、銅部門を古河合名会社に移管して、自らは石炭部門専業とし、古河石炭礦業株式会社と改称したが、昭和一六年二月三日、古河合名会社を合併して再び古河礦業株式会社となり、その後商号変更を経て現在に至る。

古河家は、明治二七年九月、牛隈、下山田両鉱区を買収し、その後も次々と鉱区を拡大し、明治三二年八月、目尾、下山田、太田の三炭鉱を所管する西部鉱業所を設置した(昭和一九年、機構改革により目尾鉱業所、下山田鉱業所が独立。)。さらに、被告古河礦業株式会社は、昭和一四年八月、大峰炭鉱等を買収し、大峰鉱業所を設置した。戦後は、昭和二二年初めから実施された傾斜生産方式による保護を受けて、増産を図るとともに設備改善等の合理化を行ない、昭和二五年六月からのいわゆる朝鮮特需にも助けられて、石炭産業は安定軌道に乗ったが、昭和三〇年代、エネルギー革命の波に見舞われたため、合理化と第二会社化によってこの難局を切り抜けようとして延命を図ったものの、昭和三九年には直接経営の炭鉱は目尾、下山田を残すだけとなり、昭和四四年四月、目尾炭鉱が、昭和四五年一月、下山田炭鉱がそれぞれ閉山した。

被告古河では、鉱山保安業務は技術部又は保安部が担当し、鉱山従業員の健康管理業務は、勤労部又は労務部が管掌した。

(2) 目尾炭鉱

福岡県鞍手郡小竹町、飯塚市、嘉穂郡穎田町にわたって存在した炭鉱である。

目尾炭鉱は、旧坑水等による湧水が多く、坑内は湿潤であった。出炭量は、一時、大正三年から九年までは年間四、五〇万トン台に上った時期もあったが、炭層が枯渇し、施設が老朽化したので、生産は伸び悩み、昭和四四年四月、閉山した。

(3) 下山田炭鉱

福岡県山田市、嘉穂郡嘉穂町及び稲築町にわたって存在した炭鉱である。

古河家は、明治二七年、鉱区を譲り受けて下山田炭鉱とし、その後新坑を開さくし、生産を伸ばしたが、炭層が枯渇し、設備も老朽化した。昭和四五年一月、閉山した。

昭和三五年一月、けい酸質区域指定を受けた。

(4) 大峰炭鉱

福岡県田川郡の大任町、川崎町及び添田町にわたって存在した炭鉱である。

古河石炭砿業株式会社は、昭和一四年八月、蔵内鉱業から峰地炭鉱とともに大峰炭鉱を譲り受けた。その後、新坑を開さくし、優良炭層も掘り当て生産を伸ばした。大峰炭鉱の経営は、昭和三七年三月、新大峰炭鉱株式会社に移ったが、昭和四四年四月、閉山し、石炭鉱業合理化事業団に買い上げられた。

昭和二八年六月、萬歳坑がけい酸質区域指定を受けた。

(五) 被告日鉄鉱業株式会社(被告日鉄)

(1) 沿革等

被告日鉄は、昭和一四年五月二七日、株式会社日本製鉄(日本製鉄)が全株式を保有する子会社として設立された。右設立に際し、日本製鉄から二瀬炭鉱等を引き継ぎ、鉱区の拡大に努めたが、戦争により会社資産の大半を失った。しかし、戦後傾斜生産政策の保護を受けて立ち直り、昭和二九年、嘉穂炭鉱及び伊王島炭鉱を獲得した。

スクラップ政策により、昭和三八年一月、二瀬炭鉱が、昭和四〇年二月、北松炭鉱が全面閉山となり、さらに、昭和四五年三月、嘉穂炭鉱が、昭和四七年三月、伊王島炭鉱が閉山した。

被告日鉄では、保安衛生及び健康管理に関する事項を所管したのは、時代により若干の変遷はあるが、勤労部と環境保安部であった。

(2) 二瀬炭鉱

福岡県飯塚市及び嘉穂郡穂波町にわたって存在した炭鉱で、官営八幡製鉄所の原料炭確保のため開設された。明治四四年、深さ三四五メートルの中央竪坑を開さくし、洋式炭鉱の建設を目指した。被告日鉄の設立に伴い、これに引き継がれた。

他の炭鉱では、昭和一四年以降、長壁式採炭法が支配的になったが、二瀬炭鉱では、発破及びコールカッターによる採炭が主であった。坑内は湧水、降水が多かった。戦後増産が図られるとともに設備改善等の合理化が行なわれたが、昭和二四年をピークに出炭量が減少した。昭和二五年頃から、鉄柱、カッペ使用による払の鉄化を進めたが、炭層の枯渇とエネルギー革命の波に見舞われ、昭和三一年以降、徐々に閉山を進め、昭和三八年一月、当時残っていた高雄鉱二坑関係の資産を、被告日鉄の子会社の高雄炭鉱株式会社(高雄炭鉱)に売却したが、同社も、昭和四二年三月、閉山した。

けい酸質区域指定を受けたことはない。

(3) 嘉穂炭鉱

福岡県嘉穂郡筑穂町に存在した炭鉱で、明治中期以降、中野徳次郎と松本健次郎が開坑準備を進め、大正一五年二月、嘉穂鉱業株式会社(嘉穂鉱業)を設立し、昭和一三年ころ、被告日鉄が経営に参加した。

嘉穂鉱業は、昭和二八年二月、長崎鉱業株式会社(長崎鉱業)と合併して嘉穂長崎鉱業株式会社(嘉穂長崎鉱業)となり、同社は、昭和二九年九月三〇日、被告日鉄と合併した。

採炭方式は長壁払が主であった。湧水、降水が多く、特に浅部採掘では地表水の影響を受けやすく、滴水があり、石炭は濡れ、坑内は湿潤であった。昭和二九年頃からは従来の木柱に代わって鉄柱、カッペを使用するようになった。昭和三〇年以降コールカッターを導入、一部払ではピック採炭を実施し、昭和三九年からはホーベル採炭を実施した。昭和四四年、閉山し、昭和四五年六月、石炭鉱業合理化事業団に買い上げられた。

けい酸質区域指定を受けたことはない。

(4) 伊王島炭鉱

長崎県西彼杵郡伊王島町に存在した炭鉱で、昭和一四年八月、明治鉱業、中野商店、日本製鉄、三菱鉱業の共同出資により長崎鉱業が設立され、昭和一六年二月、開坑となった。長崎鉱業は、昭和二八年二月、嘉穂鉱業と合併して嘉穂長崎鉱業となり、同社はさらに、昭和二九年九月三〇日、被告日鉄と合併した。

採掘区域はすべて海抜マイナス二〇〇メートル以上の海底にあり、湧水、滴水が多かった。昭和二九年以降、鉄柱、カッペ使用による払の鉄化が進んだ。昭和四七年三月、閉山した。なお、昭和四〇年四月、死者三〇名を出すガス爆発事故を起こした。

昭和三一年六月、けい酸質区域指定を受けた。

(5) 有明炭鉱

有明鉱区は、前記のとおり、被告三井鉱山経営の三池炭鉱に隣接する鉱区であり、昭和二六年一〇月、被告日鉄が試錐業務を開始し、昭和三五年二月、第一、第二竪坑を、同三九年一月、第三竪坑を開設した。昭和四二年末頃から湧水量が増えたため、昭和四三年三月、開発工事を一時中断し、同四七年一〇月、被告三井鉱山に鉱区を譲渡した。

3 その他の炭鉱

本件従業員らが稼働したその他の炭鉱は多数に及ぶが(その所在地、経営者等については甲A二九三ないし三一一参照)、殆どが昭和四八年頃までには順次閉山した。これらの炭鉱の中には、麻生産業株式会社経営の山田、芳雄炭鉱(吉隈炭鉱はその一部)、貝島炭鉱株式会社経営の大之浦炭鉱、明治鉱業株式会社経営の赤池、平山、立山炭鉱、日本炭鉱株式会社経営の高松、二島、山田炭鉱、杵島炭鉱株式会社経営の杵島、北方炭鉱のように、操業時には被告六社と比肩する程の大手炭鉱もあったが、中小ないし零細規模の炭鉱もあった。また、一部には、昭和二八年以降、けい酸質区域指定を受けたものもあった。

第二  炭鉱における各種作業の内容とその変遷

一  作業の概要

炭鉱における作業は、石炭や岩石の掘採、運搬(坑内外)、選炭、石炭積出しなどの主作業、及び補助作業である坑道維持、通気、排水、各種施設の設置・維持・管理・撤収、そのほか、可燃性ガスの排除、自然発火防止等の保安対策などの作業によって構成される。

二  坑内構造

石炭採掘の方法は、坑口を選定し、水平坑、斜坑、竪坑(立坑)を開さくし、坑道を掘さくして炭層を採掘することであって、坑内構造は基本的に明治以来大きな変化はない。坑内が深部化、奥部化するに従い、坑内構造は複雑化していくので、随時新たに竪坑、斜坑を掘さくして坑内構造の若返りを図ることになる。

坑道は、岩盤内に掘さくされた岩石坑道、及び炭層内に掘さくされた沿層坑道に分類される。

主要坑道は一般的に二本の坑道で掘さくする。そのうちの一本は、坑外からの新鮮な空気を供給する入気坑道として使用し、他の一本は、坑内で発生した可燃性ガス、粉じん、炭酸ガス等を含んで高温多湿となった空気を排出する排気坑道として使用される。そして、右二本の坑道は、適宜、目抜と呼ばれる小坑道で連絡される。また、坑内の主要坑道から更に深部に向けて掘さくされる斜坑、竪坑は、地表と直接連絡しないので、盲斜坑、盲竪坑ともいう。盤下坑道は、後記片盤坑道と並行に、炭層より下の岩盤内に掘さくされ、片盤坑道とは適宜な間隔で小立入坑道によって連絡する。炭層より上の岩盤に掘さくされる盤上坑道もある。更に、主要坑道以外に、主要坑道と採掘作業場とを連絡する坑道、採炭に直接供する坑道がある。片盤坑道は、長壁式払、残柱式採炭の肩・深(ふけ。傾斜した炭層の上方を肩、下方を深という。)坑道として沿層で水平に掘さくされる坑道で、通気・運搬に利用される。

三  勤務形態

炭鉱の勤務体制は、交替勤務と非交替勤務とに大別され、交替勤務は一日の勤務時間帯を二ないし三分し(二ないし三交替)、二ないし三班で構成された従業員は、一週間ごとに勤務時間帯を交替する。戦前は、一般工場と同様、通常一日一〇時間前後の労働時間で、交替勤務のときは二交替であり、作業内容、作業強度によっては労働時間が短縮され、三交替もあった。しかし、戦後は、原則として一作業方(一方)の労働時間は八時間で、交替勤務は三交替であった。なお、坑内作業の労働時間は、坑口に入った時刻から坑口を出た時刻までの時間とされた。

四  各種作業の内容とその変遷

1 掘進作業

初期の炭鉱では、露頭より炭層に沿って掘り進む、いわゆる狸掘り掘進による採炭方法を採用していたが、その後、後期の残柱式採炭、長壁式採炭等が採用されるに従い、作業方法が掘進と採炭に分化した。

掘進作業は、採炭現場に至る坑道を掘さくし、延長する作業である。これは、岩盤内を掘さくする岩盤掘進(岩石掘進)、及び石炭層に沿って炭層中を掘さくする沿層掘進とに分けられる。もっとも、沿層掘進といっても、わが国の炭鉱は炭層が薄いので、石炭部分のみを掘進するのではなく、多かれ少なかれ岩石(挟み岩、松岩などと呼ばれる)の掘さくを伴っていた点に、特徴の一つがある。

初期には、主要坑道も主に炭層中に設けていたが、炭鉱の規模が大きくなるに従い、岩盤中に主要坑道を掘さくするようになった(そのため戦前は沿層掘進が多く、岩石掘進の比率は低かった。)。明治中期までは、岩石掘進で発破を用いる場合を除いては、ツルハシ、タガネ(コソク)、セットー(金槌)による手掘り掘進が行われた。ガスの多い炭鉱では、昭和初期から、発破を制限してコールピックを使用した。大型の岩石坑道の掘さくには特殊の技術を要するため、戦後は専門の土木業者が請負うようになった。

掘進作業の主な手順は、穿孔(穴繰り)、発破、枠入、積込であるが、枠入と積込を入れ替えて作業をする炭鉱もあった。これらの手順は、岩盤掘進と沿層掘進とで基本的に変わらない。

(一) 穿孔(穴繰り)

これは、岩盤又は炭層に爆薬を装填する穴を穿孔する作業である。穴の深さは一ないし1.5mで、坑道の切羽面全面に三〇数か所、多い所では五、六〇箇所穿孔する。一班五人程度の作業班の責任者である先山(サキヤマ)が穴の位置等を決定し、後山(アトヤマ)が穿孔する。当初は人力穿孔であったが、明治後期、さく岩機(衝撃式ないし打撃式)が導入され、大正中頃から次第に普及していった。さく岩機は圧縮空気でノミを叩いて岩盤を削るもので、大型のドリフターと小型のハンドハンマーに大別されるが、炭鉱ではハンドハンマーが一般的に使用された。さく岩機使用の際、多量の繰粉が発生するが、これを孔から排出する方法としては、圧縮空気の圧力で排出する方法(乾式)とノミの刃先から水を噴出させ、排出する方法(湿式)とがある。湿式さく岩機は、繰粉の発生及び空気中への浮遊を抑制する機能を持ち、戦前から一部の炭鉱で用いられた。しかし、戦前のものは大型で操作性に難点があったり、汚水や繰粉の影響で水管やノミ先が詰まりやすい欠点があった。

大正末期には電動の回転式穿孔機オーガーが導入され、その後、圧気動のオーガーも現われた。炭鉱で使用される機種は、炭層や軟質の岩盤穿孔用の手持式オーガーで、さく岩機に比べ粉じんの発生が少ない。

通常、一切羽に二台程度のさく岩機が用いられた。穿孔中、他の作業員は材料運搬等に従事する。

(二) 発破

穿孔が終わると、爆薬を装填し、粘土棒(ギチ)、砂袋、水袋(水タンパー)等で栓をして、爆発させ、岩盤又は炭層を破砕する。一般に沿層掘進の場合で一方数回、岩石掘進の場合で一方一回程度の発破が行われる。発破作業自体は、岩盤掘進と沿層掘進とで基本的な違いはない。

発破時は、作業員は待避している。

(三) 枠入

これは掘さくされた坑道を維持するため坑道に枠を入れる作業である。当初は木材のみが使用されたが、昭和初期から梁に鋼材が使用され、やがて梁、脚ともに鋼材のアーチ枠が使用されるようになった。枠入れの際、必要に応じツルハシ、ピック等で炭層や岩盤を削った。

(四) 積込み、搬出

これは、発破等により破砕された石炭や岩塊(ボタ)を坑外に運び出すため、運搬系統に乗せる作業である。

明治期から人力による方法、すなわち、ホゲ(ザルのようなもの)、カキイタ等で、石炭やボタを掻き入れて、炭車やベルトコンベアー又はトラフ(運搬用鉄樋)まで運んで、移し替える方法が長く行われた。また、鉄板を敷き込んでから発破を行い、スコップで炭車に積み込む方法も工夫された。昭和二〇年代中頃から、ロッカーショベル、ダックビル、ギャザリング・ローダー、サイドダンプ・ローダーなど各種の積込機が輸入又は製作された。

2 仕繰作業

これは、坑道の天盤・下盤・側壁の膨張等の防止及びその補修、坑道保持枠の補修等、坑道保持のための各種補修作業を内容とする作業である。防爆のため石炭の運搬坑道等に岩粉を散布する作業も含まれる。右作業の際、必要に応じツルハシ、ピック等で炭層や岩盤を削るが、さく岩機で穿孔のうえ小規模の発破をかけることもある。

3 採炭作業

(一) これは石炭層を突き崩して石炭を採取する作業である。もっとも、採炭といっても、石炭だけの掘さくに限られず、多かれ少なかれ岩石の掘さくを伴っていた(そのため選炭作業が必要となった。)。採炭の付随作業として、採炭切羽の支保、採掘跡の処理・充填、採掘した石炭を運搬系統に乗せる作業等があった。

採掘方法は、当初、天盤保持のため炭柱を残す残柱式が多く採用されたが、後に、大正末から昭和初めにかけて長壁式に進んだ。後者は、本線坑道から炭層に向かって、一定の間隔(例えば一〇〇m)を置きながら片盤坑道(沿層坑道)を二本並行に掘って、切羽(払)を作り、炭壁面を全部採掘する方法であり、採炭の機械化を可能にし、採炭能率が高い。長壁式には、本線坑道から奥に向かって掘り進む前進払、及び片盤坑道を奥でつないで、そこに切羽面を作り、本線坑道に向かって逆に掘り進む後退払がある(前進払の場合、採掘跡に通気が漏風してしまい、切羽面に通気を送るうえで障害となることや、跡ばらしの際、坑道の保持や保安に問題があった。後退払は、右のような欠点を避けられたが、切羽を作るまでに長時間を要し、経済性に問題があったので、前進払が多かった。)。

長壁式は、昭和二〇年代中頃、鉄柱・カッペ採炭方式(これは、払の天盤を支持するのに鉄柱及びカッペ(鉄梁)を使用し、切羽内運搬にパンツァーコンベアー(鉄製平型チェーンコンベアー)を用いる方法である。)が導入された後は、採炭の機械化と相まって、代表的採炭法として普及した。

(二) 採炭(炭切り)の方法

主な採炭方法は次のとおりである。

(1) 手掘採炭

ツルハシを用い、人力で炭壁を破砕する方法である。

(2) 発破採炭

発破で炭壁を破砕する方法である。穿孔は古くはノミとセットーを用いていたが、後には、さく岩機や電気オーガーも使用された。

(3) ピック採炭

圧縮空気で先端のピックスチールを動かすコールピックを用いて、石炭層を崩し、採炭する方法である。コールピックは、昭和初期に導入され、ガスの多い炭鉱で採用された。

(4) カッター採炭

採炭を容易にするため、コールカッターを用いて炭層の下盤に切り込みを入れ、残部を自然崩落させるか、発破やピックによって崩落させて採炭する。昭和初期以降、一部の炭鉱で用いられ、昭和二〇年代後半に鉄柱・カッペ採炭の普及とともに広く採用されたが、後にホーベルやドラムカッターに取って代わられた。

(5) ホーベル採炭

原動機で駆動する切さくビットをチェーンによって往復させ、カンナで板を削るようにして炭壁の下を連続的に削り取るホーベルを用いる採炭方法である。昭和三〇年代前半に導入された。

(6) ドラムカッター採炭

爪のついている円筒型のドラムを高速で回転させるドラムカッターを用いて炭層を切除する採炭方法である。昭和三〇年代前半に導入された機械であるが、筑豊地区では余り使用されなかった。

(三) 採炭切羽の支保と採掘跡の処理

採炭切羽でも、切羽保持のために枠入れ等の作業が必要である。そのため昭和二四、五年から鉄の梁(カッペ)を用いて天盤を支える方法が導入された。その後、切羽の進行に伴って自力で前進ながらに天盤を支えることができる自走枠が使用され始め、ドラムカッターとの組み合わせにより、採炭の完全機械化が可能になった。

また、採掘跡をそのまま放置すると、天盤が地圧に耐えられず、一挙に崩落する危険があるので、採掘跡の適切な処理が必要となる。これには採掘跡にボタ等を充填する方法及び自然崩落に任せる総ばらしの方法がある。自然崩落に任せる場合でも、崩落しにくい岩石等があるときは、天盤に発破をしかけて人為的に崩落させることもある。

(四) 切羽運搬

このようにして採炭した石炭は、採炭夫がかき寄せ、トラフ(樋)やコンベアーにすくい入れて搬出した。傾斜層の長壁式採炭では、大正中期頃から木製・鉄製・ビニール製のトラフを敷設し、この中にスコップ等で石炭を入れ、傾斜を利用した水流しなどにより搬出した。昭和初期に開発されたV型チェーンコンベアーは、盛んに使用された。昭和二〇年代中頃にパンツァーコンベアーが導入され、広く利用された。

4 その他の坑内作業

(一) 充填

天盤の崩落を防ぐために、採掘跡にボタ等を充填する作業であるが、時には天盤を部分的に崩落させることもある。

(二) 坑内機械、電気

掘進ないし採炭現場の進行に伴い、機械類や電気設備を敷設する作業が必要となる。

(三) 坑内大工、通気大工

坑内大工は炭車軌道の設置・補修を担当し、通気大工は風管の設置・補修を担当する。

(四) 坑内運搬

石炭やボタを坑口まで運搬し、坑口から資材等を坑内の各作業場まで運搬する作業である。石炭、ボタは、各切羽から片盤坑道、主要坑道、坑口坑道を順に経由して坑口まで運搬される。運搬方式は、炭車運搬及びコンベアー運搬に大別される。昭和初期からコンベアーが使用されるようになった。

(五) 坑内保安

坑内保安係は、坑内を巡回して、ガス測定、炭じん予防、保安上修理が必要な箇所の発見、掘進作業の管理・指導等の業務に従事した。

(六) 発破

爆薬の取扱資格を有する発破係は、掘進・採炭現場で発破作業に従事した。

(七) その他

坑内係員は坑内を巡回してガスの検定等を行ない、坑内雑役は坑内の雑役に従事した。

5 坑外作業

坑外作業には、チップラーの操作(坑内から坑外に炭車で運ばれた石炭やボタは、チップラーの操作でポケットに落し込まれるが、この操作を受け持つ作業)、選炭(石炭とボタを選別する作業)、ボタ捨て(スキップ操作。ボタをトロッコ様の車(スキップ)に積んでボタ捨場(ボタ山)に積み上げる坑外運搬作業)などがある(証拠略)。

第三  じん肺の特徴と炭鉱夫じん肺

一  じん肺の定義、原因、発生機序等と炭鉱夫じん肺

1 はじめに

粉じんを吸入することによって生じる疾患をじん肺と称するとすれば、その中でも、特に遊離けい酸分を含有する粉じんによって生じるけい肺は、古くから知られた職業病の一つである。

諸外国では、既に今世紀始めに対策への動きがみられ、例えば、南ア連邦は一九一二年に世界で最初のけい肺法を制定し、また、イギリスは一九一〇年頃よりけい肺対策を真剣に取り上げ、その後、西ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリア等も相次いでけい肺対策に取り組んだ。

一九三〇年、ILOのあっせんによりヨハネスブルグで最初の国際けい肺専門家会議が開催され、以後、一九三八年、ジュネーブ(第二回)、一九五〇年、シドニー(第三回)、一九七一年、ブカレスト(第四回)と同専門家会議が開催された。

わが国のけい肺は、古くから「ヨロケ」等の名称で呼ばれ、鉱山労働者に見られる不治の病として知られていた。

2 じん肺の定義

海外では、最初、種々の粉じんが肺内に沈着するものを総称してじん肺と定義したが(一八六六年、Zenker)、その後、これに加えて散布性ないし結節性の線維増殖を要するとした(一九〇六年、Wilson)。

一九五〇年、第三回国際じん肺専門家会議では、じん肺につき、固形物質中の無機性成分の粉じんを吸入することによって起こる診断可能な肺疾患と定義し、有機性粉じんを除外した。

他方、けい特法(昭和三〇年七月制定)では、けい肺につき、「遊離けい酸じん又は遊離けい酸を含む粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化の疾病及びこれと肺結核の合併した疾病」と定義し、また、旧じん肺法(昭和三五年三月制定)では、じん肺を「鉱物性粉じんを吸入することによって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気」と定義し、さらに、改正じん肺法(昭和五二年六月)では、じん肺を「粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病」と定義した。

これらの諸種の定義を見ても、けい肺が代表的なじん肺であり、遊離けい酸を含む粉じんがけい肺の原因となることに異論はない。

3 じん肺の分類

じん肺は、別表二の二二のとおり分類される(なお、じん肺健康管理専門家会議の労働省労働基準局長宛「じん肺の健康管理のあり方についての検討結果中間報告書」、昭和五二年三月刊行、佐野辰雄「じん肺病変の分類とじん肺有害度」労働の科学、一九六四年刊行)。

4 じん肺の原因、発生機序、発症期間

(一) 右専門家会議の中間報告書(昭和五二年三月)によると、じん肺の原因と発生機序は次のように考えられる。①まず、じん肺の主要な原因は粉じんの肺胞内沈着と考えられるが、石綿肺にみられるように粒径五μ以上の粉じんの気道沈着もじん肺発生の原因となる(石綿に限らず、粒径一〇μを超える粉じん吸入により細気管支炎が高頻度に発生し、これがじん肺発生に関与すると指摘する者もいる。佐野辰雄)。また、②じん肺のうち、けい肺の発生機序は、まず、遊離したけい酸粉じんは肺間質及びリンパ腺に移行し、粉じんの沈着部位に網内系細胞の浸潤が起こり、粉じんを摂取する。その後、この細胞は次第に変性壊死に陥り、初めは細い網状線維が形成され、次第に太い膠原線維に移行して、けい肺結節が形成される。また、肺門リンパ節に移行したけい酸粉じんにより、肺門リンパ節にも結節が形成される。間質やリンパ腺の変化が進めば、その後、吸入粉じんは、次第に肺胞内に蓄積されるようになり、間質の変化に付加されるために結節はさらに大きくなり、その数も増加し、右変化に伴って小血管の閉塞が起こり、細気管支の狭塞や閉塞が起きてくる。そのため、末梢部の肺胞は次第に拡張し、肺胞壁が薄くなり、壁の破壊が生じて局所性肺気腫が発生し、さらに、細気管支レベルでの病変により、細気管支周辺の変化が加わり、障害が進展する。また、けい肺結節は癒合して塊状巣を形成し、塊状巣周辺には、のう状気腫が形成されることがある。

(二) 発症期間

けい肺ないしじん肺は、粉じん暴露開始から発症までの期間が長期間にわたり、粉じん暴露終了後も進行を続けるところに、まず、その特徴の一つがある。その発症期間については、次のとおり区々な意見がある。①「有害粉じんを吸引し始めてから二年ないし一〇年以内に第一期になり、五年ないし数十年で第三期まで達する。」(房村信雄「けい肺の予防について」)、②「少なくとも四、五年、又は一〇年以上。非常に特殊な場合は一八ないし二四か月。」(鉱山保安局編「けい肺予防のための粉じん防止」)、③「普通にはけい肺の変化がエックス線写真上認められるのは五年以上の勤続の者に多く、本当に症状が出てくるのは早くて一〇年以上であろう。期間は主としてけい酸量や個人差によって大幅の違いがある。」(佐野辰雄「特集けい肺とじん肺」)、④「(単純けい肺に換算したときの有所見率をみると)、第一型の像を示すものは三年以内で既に認められるが、その比率は1.3%、三~五年で2.2%、五~一〇年で7.8%、一〇~二〇年で16.9%、二〇~三〇年で27.7%、三〇年以上で33.7%」(川上「石炭鉱業におけるけい肺について」)、⑤「けい肺の発生には作業の種類と環境の条件によって六~一五年以上の長い期間を必要とする。」(田中ほか「某炭山の坑内粉じんとけい肺の発生」)、⑥「従来の経験から言うと、じん肺に罹る者は大体五年程度が普通。」(社会労働委員会議録)。以上のように、粉じん暴露開始からじん肺発症までの期間は、最低二、三年(もっとも、暴露期間四ケ月で、二三年後発症した事例も報告されている。)、通常五年ないし一五年以上、長い場合で三〇年以上という程度しかいえず、明確に確定することはできない。

なお、政府けい肺健康診断結果に基づく産業及びエックス線像別平均勤続年数(昭和三〇年度から昭和三二年度まで)は、別表二の三八のとおりである(これによれば、石炭産業の場合、エックス線所見上、正常者の平均勤続年数は8.8年、有所見者は16.2年、第一度の者は15.7年、第二度の者は19.3年、第三度の者は22.1年となる。右勤続期間は、金属鉱山の場合と比べ、若干長い傾向にある。加藤光徳「日本におけるけい肺の現況」)。

5 炭鉱夫じん肺

(一) 炭じんとじん肺の関係(炭じんの有害性)

かって、一部医学関係者の間では、炭じんは、粉じんの中では炎症作用が弱く、無害であって、けい肺や肺結核の予防・治療の効果さえあるという説があったが、この点についての学説の推移は次のとおりである。

(1) 佐野辰雄は、昭和二四年刊行の著書の中で、各種粉じん(難溶性で組織滞留性の高い物質)は、その溶解度、溶解物質の性状によってその程度を異にするとはいえ、共通の異物性炎症(初期の変性、多核球浸潤、単核細胞増殖、増殖細胞の線維化等)を呈するが、その中にあって最も高度に反応し、線維増殖が顕著なものはけい酸であり、最も少ないものは炭粉で、アルミはその中間に属するとして、炭粉、すなわち炭じん自体は粉じんの中では炎症作用が弱い部類の粉じんであるとした(「各種粉じんの生体反応」産業医学二巻三号)。

しかし、佐野は、その後、昭和三〇年刊行の著書の中で、粉じんを有害なものと無害なものに分けたり、じん肺を悪性と良性に分類したりすることに反対し、すべての粉じんは長期間、多量に吸入されるときは有害であり、粉じんが不溶性か、あるいは難溶性のもので、空中に浮遊し得るものであれば、どんな粉じんでも結局害作用をあらわすこと、生物の起こす反応は与えられる物質の質だけでなく、量に関係があって、質及び量に対しての総合的な変化が問題であることを指摘して、説を改めた(「特集けい肺とじん肺」労働の科学)。

さらに、佐野は、昭和五二年刊行の著書の中で、次のように明確に炭じんの有害性を述べるに至った。すなわち、炭素類は、昔から無害な粉じんの代表のように考えられてきたが、結晶性炭素である黒鉛にも、無結晶性炭素の各種のカーボンブラックにもそれぞれ塊状巣を生じるようなじん肺が現われて関係者を驚かせたが、肺の中に入って溶けない粉じんを多量に吸入してじん肺を起こさない粉じんはなく、したがって無害な粉じんは存在しない。一面、どのような粉じんでも少量の吸入に留まる限り、肺機能は余裕の大きいものであるから無害に等しいともいえ、したがって炭じんのような炭素類粉じんについても多量に吸引すればじん肺を起こす危険性がある(「日本のじん肺と粉じん公害」労働科学研究)。

(2) 前記専門家会議の中間報告書(昭和五二年三月)でも、石炭の粉じんによってじん肺が起こることは明らかで、これをじん肺を起こす粉じんに含める必要があるとされた。

なお、改正じん肺法(昭和五二年六月)で、じん肺の発症原因と定める粉じんの中に炭じんが含まれることに異論はない。

(3) このように現在では、石炭の粉じんないし炭粉(炭じん)が不溶解性ないし著しく難溶性であり、じん肺(炭鉱夫じん肺)の原因となること、その意味で炭じんが有害粉じんであることは定説である。

(二) 炭肺、炭けい肺の概念の登場

炭鉱夫の罹るじん肺は、初めは、炭鉱夫じん肺(炭肺)と呼ばれ、じん肺ないしけい肺とは別の概念と認識されたこともあったが、現在ではこれら全てを含む概念として、じん肺という言葉が用いられ、右概念に一元化している。そこで、右の炭鉱夫じん肺(炭肺)の概念の変遷を述べる。

戦前、炭鉱夫には、炭肺(Anth-racosis)と呼ばれ、炭じんの吸入によって起こる肺の変化がみられることが報告されたが、その症状は、軽度のときは自覚症状がないのが普通であるが、炭じんの沈着がある程度に達すると、咳、痰、呼吸困難、貧血等の症状が現れ、肺気腫に移行することが多く、炭じんの沈着が過度になれば肺に空洞を生じるに至ることがある(南俊治「鉱山衛生」、大正一五年一一月刊行、)。しかし、炭肺は、けい肺と異なり線維増殖性変化がないか、又はこれが弱いものと考えられていた。また、海外では、炭じんは、けい肺や肺結核に対する予防ないし治療効果があるとの見解が唱えられた。

しかし、やがて、炭粉と遊離けい酸分をともに含有する粉じんを吸入した場合は、炭肺にけい肺が加わった病変が起こりうることが明らかになり、当初はこれも炭肺と呼ばれたり、けい肺あるいは炭けい肺(Anthracosilicosis)と呼ばれたが、やがて、炭粉が肺に沈着して起こる病変と、炭粉及び遊離けい酸分をともに含有する粉じんを吸入して起こる病変の両者を含む意味で、炭鉱夫じん肺(Coal Miners Pneumoconiosis)という概念が一般的に用いられるようになった。

(三) じん肺概念への一元化

現在では、前記のとおり、けい肺、炭肺等、全てを含む、粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病としてじん肺という概念が用いられる。

(四) 炭鉱夫じん肺のエックス線所見の一般的傾向

(1) 前記第三回国際じん肺専門家会議(一九五〇年)の報告では、じん肺を、エックス線写真上、孤立性斑点像を呈するもの及び融合性又は塊状陰影を呈するものとに分類したが、炭鉱夫じん肺のエックス線所見は、斑点像が極めて微細で、その直径は0.5ないし1.5mmで、多少とも円形を呈し、かつ周囲とはよく区別されるという特徴があり、右専門家会議の二つの分類のうち、前者に相当する(Fletcher、一九五五年。ただし、同人は、前者の第一区分のものは、明らかに肺内に沈着している粉じんによるものであって、普通の人には見られない所見であるという理由から、これをじん肺の極めて初期の所見であるとした。)。

(2) わが国で炭鉱夫じん肺の研究として最も著名なものは、戦前では、昭和五年、北海道大学教授有馬英二及び夕張炭鉱病院長白川玖治が、夕張炭鉱の炭鉱夫(五七三名)を対象として行なった研究であるが、それによると、純炭じん吸入者にも石じん又は炭石じん吸入者と質的に区別できないレントゲン線学な肺の変化が見出され、その第一期は、肺紋理増強、肺門濃大であり、第二期は、肺に点滴状小斑影が瀰蔓性に存在し、第三期は、肺野に融合性、独立性に腫瘍状大斑影が存在し、第三期の変化は、組織学的には甚だしい結締織の増殖であること、また、純炭じん吸入者三四六名中、第一期炭肺患者は一五八名(四五、六七%)、第二期は二名(0.58%)、第三期は三名(0.87%)であり、第二、三期の炭肺患者が極めて少なく、第一期変化はじん肺に特有な所見でないこと、石じん吸入者、炭石じん吸入者の肺の所見も三期に分けられ、所見は大体純炭肺と一致するが、各期を通じて量的差異が著しいことが認められる(「炭肺ノレントゲン学的研究」、昭和五年一〇月刊行)。

(3) このように炭肺夫じん肺は、石じん吸入者のけい肺と比べ、線維増殖性変化が弱いという一般的傾向を有することは、現在ではほぼ承認されているが、しかし、炭粉と遊離けい酸分を含有する粉じんをともに吸入すれば、けい肺と類似した所見、すなわち、比較的強い線維増殖性変化を示す場合もある(鈴木清「じん肺の話」)。炭鉱夫じん肺は、石炭粉じんとともに吸入された岩石粉じん中のけい酸の量によって症状に程度の差があり、純粋の石炭粉じんだけ吸入している場合には比較的線維化も軽く、症状悪化までの期間が長いが、症状そのものに差はあまりない。また炭粉を大量に吸入すれば、線維増殖性変化は弱くても、気腫性の変化を生じ(ただし、局所的な変化が多い。)、これらが共同的に作用して肺機能の低下を引き起こすこともある(笹本浩ほか「じん肺の肺機能」)。なお、佐野辰雄の前記分類(別表二の二二)によれば、炭鉱夫じん肺は、肺胞型の弱壊死型に該当し、その特色は、粉じん巣周囲の局所的気腫、肺胞内の粉じん蓄積多量である。

二  じん肺、炭肺の発生、病像に関する主な文献

1 戦前

(一) 炭肺、けい肺の発生に関する文献

(1) 大正年間に、学者によって鉱夫の健康調査がなされ、そのころすでに金属鉱山、石炭鉱山を問わず、鉱夫に呼吸器系の疾患が多く、鉱夫の死亡率が高いこと、炭鉱夫に結核が多く、炭鉱の長期就業者は炭肺の罹患率が高いことが報告された(石原修「鉱夫ノ衛生状態調査」日本衛生学会雑誌九巻二号、大正二年九月刊行。白川玖治「炭鉱一〇年以上勤続(又ハ在勤)鉱夫ノ健康状態調査成績」衛生学伝染病学雑誌一七巻二号、大正一〇年一二月刊行)

(2) 大正一四年五月、全日本鉱夫総連合会等が発行したパンフレットでは、平易な文章でヨロケ(じん肺)の実態や被害状況を解説した。

(3) 内務省社会局技師大西清治は、昭和五年三月刊行した著書の中で、大正期に行なわれた学者等の鉱山衛生調査を分析した結果、①鉱夫の罹る疾病は、石炭山の鉱夫の方が金属山の約二倍にも上り、特に気管支炎、肺炎、肺気腫、炭肺、結核等、呼吸器系の疾患が多かったこと、②また、炭肺の症状は、初期はもちろん、進行した場合も、臨床上特有の症状を呈さず、咳、黒色痰を出す程度であり、よほど進行すると呼吸困難、貧血等を現わすが、多くは肺気腫合併症のためであり、炭肺は極めて慢性的に来るという特徴を示したこと、③更に、鉱山における粉じん中、最も危険なのは岩石じんであって、就中、結晶けい酸を多量に含むものであったこと、④わが国では、ヨロケなどと称する、主として金属山で働く鉱夫の特種疾患があったが、今日鉱肺と称されている病気は、けい酸じんの吸入に原因したじん肺であり、けい肺は元来金属鉱山の疾患であったが、最近は石炭鉱山にも発生することが判明したこと(これは、炭層のみ掘進していれば、けい肺には罹患しないが、炭層以外の岩石部分、すなわち、砂岩及び頁岩の掘進をするとけい酸じんを吸入するからであり、わが国の石炭山の事例もこの掘進夫である。)を発表した(大西清治「鉱夫の災害と疾病」石炭時報第五巻三号、昭和五年三月刊行。なお、石炭時報は石炭鉱業連合会発行の雑誌である。)。

(4) 鉱警則改正(昭和四年一二月)の解説書の中でも、坑内就業者に鉱じん吸入によるけい肺や炭肺が多いのは周知の事実であると指摘された(中川信、原田彦輔「改正鉱業警察規則並びに石炭坑爆発取締規則の説明」石炭時報第五巻三号、昭和五年三月刊行)

(5) 前記大西清治は、昭和五年六月三日社会局労働部長通牒「鉱夫けい肺及び眼球震とう症の扶助に関する件」の解説書の中で、①けい肺は、遊離けい酸を多量に含有する粉じんを吸入することによって生じ、肺の線維性変化を発するが、右病変と結核発生との間には極めて密接な関係があること、②けい肺は、少なくとも一〇年の坑内作業が原因となって発病する極めて慢性の疾病であること、③けい酸の含有が比較的僅少である鉱床であるとか、けい酸と比較的縁の遠い石炭山であるからといって、鉱業そのものにけい肺発生の原因なしということはできず、既に南ウェールス(イギリス)や北海道の石炭山ではけい肺が発生していることを指摘した(大西清治「鉱夫けい肺及び眼球震とう症の扶助取扱方に関する説明」石炭時報五巻九号、昭和五年九月刊行)。

(6) 昭和六年一〇月、国の統計として初めて「けい肺、炭肺」が取り上げられ、炭鉱でけい肺二一名、炭肺四名(合計二五名)の患者数が報告された(商工省鉱山局「昭和五年本邦鉱業ノ趨勢」。これは、右鉱山局が初めて発行した鉱業に関する統計資料である。)。

(7) 昭和九年二月、学者が刊行した文献の中で、炭粉と肺結核の関係について動物実験の結果、炭肺の結核に対する良影響は、これを認め難く、かえってその有害な場合があること、炭末は肺組織を障害し、その抵抗力を減め、結核の発生を促進、増悪させるに至るものと考えられることが発表された(難波驥逸「炭肺ト結核」日本内科学会雑誌第二一巻一一号)

(8) 日本鉱山協会は、昭和九年、内務省などの後援を得て、福岡を含む各地で鉱山衛生講習会を実施したが、そのうち、①鉱山監督局技師西島龍の講演では、近年鉱山で機械力を利用するようになって、坑内に飛散する粉じんの密度は昔の手堀り時代の比ではなくなり、従来炭鉱にはないと言われていたけい肺患者がここ数年来発見されるようになったこと、坑内じんについて再吟味の必要があるが、炭鉱では炭じんが大部分を占め、岩石じんが混在し、また、坑内の浮遊じんが二億以上に及ぶときは有害であること、掘進夫や採炭夫は狭隘な作業場で激甚な粉じんに汚染されているから、呼吸器に被害を被るのは当然であって、炭鉱で作業に機械力を使用する採炭夫、岩石掘進夫にはじん肺(けい肺)が認められ、永年勤続した採炭夫にはじん肺(炭肺)が発見されること、したがって炭鉱でのじん肺対策の必要性があることが発表され、また、②鉱山付属病院医師黒田静の講演では、今まで無視されたドイツの炭鉱地方に多数のけい肺が出たこと(その理由につき、ドイツの学者は、採炭方法の機械化によって坑内浮遊粉じん量が増加したためと論じていること)、けい肺症は、粉じん吸入時から長い潜伏期を経た後発病し、早期に業務を離れれば病勢を停止できるが、後になれば進行は止まず、心臓衰弱、肺結核その他の偶発症で不帰となること、けい肺を起こす作業条件としては、粉じんの性状、けい酸含有量等、防じん装置や湿式さく岩機の有無、勤務年数、年令、飲酒歴、素質等の個人的素因、防じん具着用の有無等が考えられること、わが国の炭鉱でも粉じんの危害があり、特に、筑豊炭鉱では炭層の基礎岩石が砂岩で、その主成分はけい酸であり、かつ、採炭法を機械化した箇所が少なくないので、けい肺発生の危険は多分にあるので、早急にけい肺の診断方法の確立、予防の必要性があることが発表された(西島龍「坑内粉じんについて」、黒田静「けい肺の診断」鉱山衛生講習会講演集、昭和一〇年三月刊行)。

(二) 炭肺、けい肺の病理に関する文献

(1) 炭肺については、既に、明治四五年三月、炭粉が肺に引き起こす肺胞壁の一部消失や結節化などの段階的変化及び臨床症状が、医学会誌に報告されていた(林郁彦「炭肺について」九州沖縄医学会誌)。

(2) 大正一二年八月には、大西清治による鉱山じんの研究報告が刊行され、鉱山じんの有害作用として肺組織の著名な変化を指摘し、その具体例として炭肺とヨロケを上げた(大西清治「鉱山衛生に関する研究、所謂鉱業じんについて」十全会雑誌第二八巻八号)。

(3) 大正一〇年、一二年に行われた金属山のヨロケ調査について、大正一三年八月、仙台鉱務署技師原田彦輔が行った報告によると、ヨロケ病は鉱肺であり、その臨床症状は肺結核の合併が多いこと、その原因は、坑内の塵埃、すなわち、鉱石塵・岩片の吸入、坑内の不良な衛生状態であること、初期の患者は治癒するが、就労が長期になると病状が重いことが明らかにされた(内務省社会局編「坑夫ヨロケ病及ワイルス病ニ関する調査」大正一三年八月刊行)。

(4) 内務省社会局技師による鉱山衛生の解説書では、職業的疾患として鉱肺、炭肺があげられ、永年吸収した炭じんは、肺実質に侵入沈着して炭肺を生じること、炭肺は、咳、痰、呼吸困難、貧血等の症状が現われ、肺気腫に移行することが多く、炭じんが過度に沈着すれば肺に空洞を生じること、坑内の粉じんはさく岩機によって最も多量に発生するが、湿式さく岩機の採用は防じん上の福音であることなどが記載された(南俊治「鉱山衛生」大正一五年一一月刊行)。

(5) 有馬英二及び白川玖治は、昭和五年一〇月、前記のとおり、レントゲンを用いて夕張炭鉱の永年勤続従業員五七三名を対象に行った炭鉱夫じん肺(炭肺)の研究結果を発表したが、その内容は、前記のほか、①従来、欧米の文献で炭肺と記載されているものは、純炭じんによるものか、それとも石じんとの合併作用によるものか明らかでなく、また、従来、炭肺の症状とされていたものは、皆一様に重篤な変化、すなわち、高度の結締織増殖及びそれに付随する合併現象であるが、炭じん吸入者の全てがそのような病理組織的変化を示すか疑問であること、これらは概して皆炭石肺、すなわち、混合じん肺の所見であること、②純炭じんの肺組織に及ぼす影響は石じんに比して軽度であり、罹患者数を見ても明らかであること、③じん肺の罹病率は、純炭じん、炭山石じん(頁岩、砂岩)、金属山石じんないし炭石混合じんの順に多くなること、④従来石炭山労働者に見出された、甚だしいじん肺症状は、混合じん吸入によるものであり、これまでは右症状が純炭じん吸入者にも起こるように誤解されていたこと、⑤吸入する炭じん、石じんの種類、期間が同じであっても、発症の有無、時期及び症状の程度は、素質や個人差によることが大きいこと、⑥炭肺(特に第三期炭肺)及び肺結核との間に直接的相互関係は見出せず、特に、炭じんが肺結核の治癒を促進したとは認め難いことなどであった(有馬英二、白川玖治「炭肺ノレントゲン学的研究」日本レントゲン学会雑誌第八巻三号)。

(6) 白川玖治は、昭和六年刊行した著書の中で、炭鉱夫じん肺の症状が軽症である理由を種々挙げ、すなわち、①炭鉱では、作業の性質上、比較的石じんの吸入が少ないこと、②炭じんは、けい酸じんが肺内に沈着固定する作用があるのと異なり、組織に対する初期反応が強く、肺内沈着じんの除去が旺盛であること、③坑内粉じんは、全て水成岩(砂岩、頁岩)から成り、石炭を含めて一般にけい酸含有量が少ないこと(夕張炭鉱の坑内岩石のけい酸含有量は、砂岩72.05%、頁岩63.09ないし70.54%で、必ずしも少ない方ではないが、金属山の九〇ないし一〇〇%と比べると多くない。)、④そのほか、岩石中に含まれるけい酸が完全結晶あるいは膠質状態にあるかなど、岩石の組型の相違などを挙げた上、結論的には、炭肺は、産業管理上又は坑内衛生上さほど重要視すべきものでないと提言した(白川玖治「炭鉱夫の疾患二」北海道石炭鉱業会会報二〇七号)。

(7) 有馬英二は、昭和一〇年三月、前記鉱山衛生講習会の講演で、炭肺による肺組織の変化について触れ、炭肺が多く肺気腫を伴うことを指摘した(「けい肺のレントゲン診断」同講演集)。

(8) 昭和一三年一一月刊行のじん肺に関する概説書では、じん肺は不可逆性であり、その原因物質によって炭肺、鉱肺、石肺、有機性じん肺に分類されること、またエックス線写真像の型により六段階に分類できることが記載された(中本誠一「じん肺について」東京顕微鏡学会雑誌四五巻六号)。

(9) 第二回国際けい肺会議(一九三八年、ジュネーブ)では、けい肺症は遊離けい酸を含有する粉じんを吸入したときに起きること、けい肺症が必らず起きるけい酸の最小限の数値は不明であるが、炭じんのみではけい肺症と同様の疾病は起こらないことなどが協議された(「第二回国際けい肺会議の報告書」労働科学一七巻、昭和一五年刊行)。

(10) 昭和一七年刊行の医学書では、じん肺の種類として、①炭鉱夫・火夫等の罹る石炭粉末による炭肺、②磨鉄工・炉工等の罹る鉄粉その他の沈着による鉱肺、③石工・硝子磨工・陶磁工等の罹る石英・けい酸・その塩類粉末の吸入による石肺、けい肺又は珪酸塩肺等を挙げ、炭粉の沈着だけではレントゲン像上の異常となって現われることはないこと、炭末沈着に次いで肺組織やリンパ管ないしリンパ腺に結締織繊維の増殖、硬結性結節の形成等が続発したときにレントゲン像上異常陰影となることが記載された(南山堂「内科レントゲン診断学」増刷第六版)。

(三) じん肺に関する諸外国の文献

(1) 炭じんの結核防禦説とその反対説

イギリスで石炭粉じんは結核に対し防禦作用があるとの見解が発表され(一九一八年、J・Sホールデン。一九二三年、B・Sニコルソン)、アメリカでも炭じんの結核防禦説が発表されたが(一九二九年、L・Uガードナー。一九三一年、S・Lカミンズ)、これに対する反対説も唱えられた(例えば、一九二二年Cye, Kettle、「けい酸あるいは粉じんの吸入は組織を損傷し、リンパ流の変化を誘起させることにより結核感染の度を高める点で、弊害はあっても益はない」。一九一三年、Cesa。一九〇六年、Bartel、Neuman-nn。一九二六年、Henius。一九二七年、Gross。一九二七年、Lindemann。なお中間的な立場として、Koelsch、「じん肺が結核罹患を促進するのはその初期で、硬結作用を呈するに至れば結核に対しかえって良好なる影響を及ぼす」)。

(2) 炭じんとじん肺の関係について

第二回国際けい肺会議(一九三八年、ジュネーブ)では、前記二9のとおり炭じんとじん肺の関係について否定的な協議が交わされたが、他方、純炭じん吸入者にもじん肺が起こり得るとの意見も発表された(ガフ、一九四〇年)。

2 昭和二〇年から同二九年まで

(一) 炭肺、けい肺の発生に関する文献

(1) 昭和二七年四月、夕張炭鉱におけるじん肺罹患者の調査結果によると、同一現場に一〇年以上勤めた坑内夫二〇五名のうち、じん肺の第一期症状の者の割合は27.8%、第二期症状は12.1%、第三期症状は1.1%で、罹患者の46.1%は採炭掘進夫であった(黒沢翠「炭鉱従業者のじん肺」常磐技報五巻三、四号。なお、ここでは炭鉱夫の粉じん被害をけい肺、炭肺と分類せず、じん肺(炭鉱夫じん肺)として統一的に理解した)。

(2) 早稲田大学教授房村信雄は、昭和二八年一一月刊行の著書の中で、炭鉱においても強力なけい肺予防対策が必要であることを指摘するとともに、粉じん又は炭じんの有害性につき、①けい肺の原因となる粉じんは遊離けい酸が多いほど危険であること、坑内粉じんに含まれる遊離けい酸は、金属鉱山の坑内粉じんが二〇~八〇%程度であるのに対し、炭鉱の炭じんは多くとも二~五%程度であるが、しかし、岩石坑道掘進の場合は、岩粉中に三〇%近く遊離けい酸分を含むことがあり、かつ、防爆用に散布する岩粉に粘土や頁岩粉を用いるときは、遊離けい酸を三〇~四〇%含有することがあること、②従来、炭じんはけい肺に対する危険が殆どないと考えられていたが、最近の研究によれば、純粋の炭じん(純石炭分の微粉末の意味)はけい肺に対する危険は殆どないものの、これが上下盤や狭みから生じた遊離けい酸を含む岩粉と混合した状態で吸引されると、けい肺に対する危険が倍加されること、③けい肺に危険な粉じん粒子の大きさは5~0.5μ程度であるが、実測結果からみると、坑内の炭じんや岩粉の粒子数からいえば九五%以上が危険粒子であること、④けい肺に罹るのは同じような粉じん条件でも個人によって異なるが、予めこれを知るのは不可能であることなどを発表した(房村信雄「けい肺の予防について」石炭評論第四巻一一号)。

(3) 昭和二九年四月、東北大医学部によるけい肺の病理学的研究結果が発表され、けい肺に伴う気腫性変化は、呼吸困難の根底として重要な意義をもつこと、気腫の成因については、粉じん性気管支炎が汎発性の閉塞性気腫を招来するものと推論されること、気腫成因の副要素として激しい呼吸、咳、弾力線維の消耗や閉塞性動脈炎による肺循環の減少が気腫を増強させること、結核はけい肺患者の合併症として第一位を占め、究極的にはけい肺が結核を治癒せしめる作用に欠けることを示すが、部分的には、乾酪巣が線維性に包囲されたり、はん痕化している所見があったことが示され、外国の研究結果も紹介された(例えば、呼吸困難の原因として肺気腫の重要性を強調したCummins、炭鉱のじん肺患者は、レントゲン線像の混濁が必ずしも呼吸困難の程度と比例せず、右混濁が軽度な患者に著しい呼吸困難があると指摘したSen)(滝沢敬夫ら「けい肺の病理解剖学的研究補遺第一報」東北医学雑誌四九巻四号)。なお、右研究補遺第二報によると、けい肺が結核に好影響を与えるとの学説は、その後、大方の学説によって否定され、特に、わが国では結核はけい肺の予後を不良にするとの見方が支配的となった。

(4) 昭和二九年五月、それまでのけい肺に関する知見を集大成した鉱山保安局編の書物が刊行された(「けい肺予防のための粉じん防止」)。その主な内容は次のとおりである。すなわち、

Ⅰ じん肺は、遊離けい酸のほか、種々の粉じんが原因となるが、これを分類すると、有毒じん肺として、けい肺、けい酸塩肺、石綿肺等、良性じん肺として、鉄肺、黒鉛肺、炭肺等が区別される。しかし、良性じん肺でも、多量吸入すれば生体の機能に悪影響を及ぼすと考えられる。

Ⅱ けい肺の原因となる粉じんの大きさは、以前は一〇μ以下の粒子とされていたが、現在では大体五μ以下の粒子のみが有害とされ、また、この五μ以下の粉じんは沈降速度も遅く、長時間空気中に浮遊し、ウオータースプレイを行なっても補足することは困難である。

Ⅲ 粉じんの規制方法は、アメリカでは粉じん中の遊離けい酸の粒子数に注目し、一立方フィート中の遊離けい酸の個数で作業の危険性を測定するが、南アフリカでは遊離けい酸粒子数だけでなく、全部の粒子の個数を用い、許容し得る最大値として一応一cc中三〇〇個の濃度を採用している。しかし、三回にわたる国際会議でも、世界共通の係数方法を見出すことにいまだ成功していない。

Ⅳ 外国研究者が各国で恕限度と考えられている数値を集めたが(各産業別の粉じん濃度(個/m3)と岩石中の遊離けい酸含有率(%)で示した。Hamlin)、鉱山の事情が異なり、計測方法も同じではなく、また、炭じんについての資料は殆どなかった。

Ⅴ 一九三七年、けい肺予防に関する最初の法律がアメリカのニューヨーク州で施行されたが、遊離けい酸を含有する岩石をせん孔する全ての作業を対象に、さく岩中のけい酸質粉じんの防止及び抑制を定め、岩石を第一種と第二種とに分け、所定の粉じん濃度を超えたときを有害とした。

Ⅵ けい肺の発症期間は、一般に四、五年または一〇年以上の年月を要するが、非常にまれに一八ないし二四か月でけい肺になった例がある。アメリカの研究によれば、石炭鉱山におけるけい肺の罹患率と勤続年数との間には、密接な関係があり、暴露期間五年未満の労働者の罹患率は4.8%であるが、一五年以上のものは六九%であった。

Ⅶ 散水による粉じん抑制度の調査結果によると、さく岩作業時に水量を0.3l/分使用すれば、粉じん数は急速に減少し、以後1.5l/分程度までは徐々に減少し、1.5l/分~2.0l/分では殆ど変化しないが、場所によっては発じん数が増加した。したがって、さく岩機に給水するだけでは発じんを完全に抑制できないことは明らかであり、それ以外に防じんマスクの使用、通気の改良により粉じんの飛散を防止する必要がある。

(5) 昭和二六年一二月、労働省が昭和二三年一〇月以降金属鉱山、石炭鉱山その他けい肺発生のおそれのある事業所について実施した全国巡回検診結果の報告が発表されたが、これによると、炭鉱のけい肺患者数は一三六名、じん肺患者数は八八七名で、けい肺・じん肺罹患率が15.6%であった(石館文雄「我国におけるけい肺問題の現況と展望」総合医学二三号)。

また、昭和二八年二月、前記全国けい肺巡回検診に並行して行なった熊本女子大独自の調査報告によると、炭鉱の長期在籍労働者二二六名中けい肺患者は七三名(三二%)であった(「長期炭鉱労務者の健康状態について」熊本女子大学学術紀要第五巻一号)。

(二) 炭肺、けい肺、じん肺の病理に関する文献

(1) 昭和二四年刊行された文献の中で、じん肺の病理について、①空気中の浮遊粉じんが吸入されて肺胞に達し、食細胞に貧食されてリンパ流及び血流に入るうちに、漸時、化学作用を発揮して食細胞を死滅させ、これらは肺のリンパ組織に集積して繊維性組織の増殖を来し、特有の結節を作ること、②じん肺を起こすものとして最も重要なものは遊離けい酸を含む粉じんであって、これによるじん肺は病変高度で、特に、けい肺と呼ばれるが、炭粉、石灰粉、有機じん等はじん肺を起こす作用に乏しく、起こしても線維増殖の程度を越えないこと、③じん肺、殊に、けい肺はしばしば結核を伴い、また、結核の症状を増悪させることが発表された(勝木新次の論文「公衆衛生学」所収)。

(2) また、昭和二五年刊行の医学書では、じん肺の病理について、①極めて多量の塵埃が気管支を通じて吸入されると、一部は肺胞内に達し、粘膜を通過してリンパ路に達するが、少量のときはリンパによって運搬され、気管支周囲又は肺門リンパ腺に沈着して肺に殆ど変化を起こさないが、多量のときはリンパによる塵埃の運搬が不十分となり、塵埃粒が肺胞壁に沈着して炎症を起こさせ、じん肺となる。②炎症を起こす能力は塵埃によって異なり、炭粉は起炎力が最も弱いから高度の炭肺でも肺機能障害を起こすことはないが、石灰粉、特に、石英粉は速やかに炎症等を起こし、肺機能は急速かつ高度に障害される。③石灰又はけい酸類の沈着によって起こるけい肺は金属鉱山の坑夫・石工等に見られ、肺に結節を生じ、気管支拡張症、空洞、胸膜肥厚を惹き起こし、肺は気腫状を呈して、肺機能は高度に障害されることが発表された(中川論「内科学」)。

三  じん肺に関する諸外国の文献

(1) 一九四八年、ホールデンの結核防禦説を批判する見解が紹介された(フレッチャー)。

(2) 第三回国際じん肺専門家会議(一九五〇年、シドニー)では、じん肺症の病理、診断、予防、補償等に関する国際基準を模索して協議が交わされたが(この協議結果は一九五三年公刊された。)、それによると、①じん肺症は「粉じん吸入によって起こされた肺の診断できる疾病状態」と定義されたが、じん肺症状の病理の一般的な概念確立はできず、今後の研究に委ねられた。②じん肺症を起こす粉じん粒子の大きさは、多くの鉱物じんでは小さいものが最も有害であり、五μ以上の粉じんは余り重要でないが、有害じんの最小限度はなお決定できなかった。③なお、感染、特に、結核はじん肺症を悪化させ、また、じん肺症によって結核が悪化させられる関係にある。④更に、じん肺症の診断では、有害じんへの暴露の経歴とその状態、臨床検査、レントゲン線検査のいずれもが重要で、これらを総合して判断すべきであって、レントゲン線のみに頼るべきではない。⑤じん肺症に感染症、特に、結核が合併すると、じん肺症は著しく不良の状態になるが、じん肺症のレントゲン線所見と疾病としての重さの程度は必ずしも一致せず、また、けい酸じんや炭じんにさらされる労働者が一般の人より肺癌が多いという証明はない。⑥死後剖見による肺内の粉じんの量や質は、じん肺症の存在や程度を決定する基準としては認めることはできない。⑦じん肺症の予防対策としては、主に粉じん抑制と管理が重要であり、個人的な呼吸保護具は前者が完全に行なわれないときに使用するか、粉じん抑制の補助として使用すべきである。また、じん肺患者の転職や職業訓練、生活補償についても協議した。

3 昭和三〇年以降

(一) 炭じんの有害性に関する文献

(1) 昭和二六年一一月、長崎大学医学部の動物実験結果が発表されたが、崎戸炭鉱の坑内から採取した岩石粉(砂岩、頁岩、防爆用石灰岩。けい酸含有率は、それぞれ、七七ないし八三%、五八ないし六六%、0.6ないし3.8%)を使用した結果、砂岩及び頁岩については、これによるけい症性変化の発生、けい症結節の形成を考察して、けい肺症発生の危険性が存在するが、防爆用石灰岩粉じんでは、その危険性を実証できなかった(大津正次「炭坑岩粉による実験的けい肺症の病理学的研究」長崎医学会雑誌三〇巻一号、昭和三〇年一月刊行。なお、右実験結果は、昭和二六年一一月、病理学会で報告された)。

(2) 昭和三二年、労働省けい肺試験室による炭肺の実験結果が発表された。従来は、けい肺に比べ、炭肺に関する関心は低く、良性じん肺の一種として軽く扱われ、その結果、炭肺中に進展したけい肺性病変も見逃されがちであり、また、炭じんのけい肺発症への影響力も明らかではなかったが(炭肺の名称は、一八三七年、初めて使用され(Stratton)、わが国でも有馬英一、白川玖治が、一九二九年、炭鉱夫の調査をし、漸次、炭鉱職業病として注目された。)、右実験結果によると、ラッテ三〇匹に石炭塊(褐炭好間炭種、灰分14.5%、けい酸総量46.16%、遊離けい酸4.24%)から製造した炭じん(三μ以下を八〇%以上含有)を吸入させたところ、星芒状の結節とその周囲に著名な限局性肺気腫病巣の形成を見たが、これは、けい酸分のみの作用ではなく、炭じん自体による障害と考えられる。したがって、実験的には、炭じんのみでも肺組織に強度の線維増殖性結節を形成させることが可能である(渡辺恒藏「実験的炭肺について」労働科学三三巻五号、昭和三二年刊行。なお、右実験結果は、昭和二九年一二月、同三一年四月の学会で発表された)。

(3) 昭和三四年四月ないし一〇月、資源技術研究所の粉じん発生量の調査結果が発表されたが、これによると、粉じんの許容限度につき、粉じんは五μ以下0.1μ程度のものが有害で、特に、一μを中心とする二ないし0.5μ前後のものが最も有害性を有すること、わが国で労働省通牒により発表された許容限界値は、遊離けい酸五〇%以上につき七〇〇個/cc、五〇%以下につき一〇〇〇個/ccであるが、これはアメリカの許容限度(遊離けい酸含有率が五〇%を超えるときは一八〇個/cc、五ないし五〇%のときは七二〇個/cc、五%未満のときは一八〇〇個/cc)と比べて低いことが明らかとなった(「鉱山坑内作業に伴う粉じんの発生量」)。

(4) 昭和三五年一月、北海道大学医学部が昭和二八年ないし昭和三二年の間の坑内粉じんの分布状況につき調査結果を発表したが、その中で散水の効果について触れ、岩石掘進の場合、散水しないときの粉じんは最高九四九三/cc、最低八七四五/cc(平均九一二〇/cc)という高濃度であったが、散水したときは粉じん量は約二四%に減り、また、粉じんの粒度分布について、一μ前後の粒子が、吸入可能な五μ以下の粉じん粒子中の頂点を示すことは、たとえ全般的に遊離けい酸が少ないとしても、注意を要すると指摘された(「B炭鉱における坑内粉じんの分布とその測定方についての考察」)。

(5) 前記一の3記載の専門家会議の中間報告書(昭和五二年三月)では、石炭の粉じんによってじん肺が起こることは明らかであって、石炭粉じんはじん肺を起こす粉じんに含める必要があるとされた(同専門家会議の労働者労働基準局長宛「じん肺の健康管理のあり方についての検討結果中間報告書」)。

(二) 政府けい肺健康診断に関する文献

(1) 昭和三二年一〇月、昭和三〇年度の政府けい肺健康診断結果が発表されたが、その主な内容は次のとおりである。①炭鉱労働者二万二〇六七名につき、経験年数別・症状別のけい肺罹患者数を調査すると、石炭産業の場合、罹患者総数の百分率は、金属鉱業及び全産業平均の割合と比べると、第一ないし第四の全ての症度において低率であった(別表二の三二「経験年数別症状別けい肺罹患者の内訳」参照)。②また、単純けい肺に還元した有所見者総数の百分率を比べると、石炭産業は、第一ないし第三の全てのレントゲン線写真像の型において、金属鉱業及び全産業平均より低率であった(なお、レントゲン線写真像から融合像及び塊状陰影を除外して単純けい肺の形に還元したときの有所見者率は、別表二の三三「単純けい肺に還元したときの有所見者率」参照)。③けい肺進展指数も、金属鉱業及び全産業平均より低率であった(別表二の三四「けい肺進展指数」参照)。④更に、けい肺と肺結核の合併率は、石炭産業、金属鉱業及び全産業平均のいずれも、高度けい肺の患者ほど、合併率が高かった(別表二の三五「経験年数別X線写真型別結核合併状況」参照)。⑤このように炭鉱のけい肺は、発生率及び有所見率がいずれも低率であり、進展指数も一〇〇を割っている点は好ましい材料であるが、第三型の患者が発見されているので楽観できず、じん対策を推進する必要がある(川上輝夫「石炭鉱業におけるけい肺について」炭鉱けい肺医学会会誌、昭和三二年一〇月刊行)。

(2) 昭和三四年五月、医学会総会のけい肺問題シンポジウムの報告が発表されたが、この中で、昭和三〇年九月から昭和三三年三月までの間のけい肺健康診断の結果について、石炭鉱業は労働者一四万四八三一人中けい肺有所見者一万二五二八人(有所見率8.65%)であったことが報告され、また、東北大学教授中村隆は、種々の粉じん職場でけい肺がかなりの頻度で見られるので、けい肺問題は単にけい肺のみでなく、じん肺症という広い立場から検討する必要があることを指摘した(「日本におけるけい肺問題」)。

また、右期間のけい肺健康診断に基づく、粉じん作業別のレントゲン線有所見者の平均勤続年数は、別表二の三七「作業及びエックス線別平均勤続年数」及び同二の三八「産業及びエックス線像別平均勤続年数」のとおりである(加藤光徳「日本におけるけい肺の現況」産業医学一巻七、八号、昭和三四年一一月刊行)。

(三) 炭鉱の粉じん状況及びじん肺の発生に関する文献

(1) 昭和三〇年八月、北海道の炭鉱でけい肺症の調査結果が発表され、それによると、炭鉱のじん肺、特に、けい肺は、金属山、採石場ほどではないにしても、従来考えられていたよりも多く、軽視できるものではなく、職種によっては純けい肺患者も存在し、中には重症者もいること、しかし、その予防措置は金属山と比べてかなり立ち遅れ、従業員自体、炭鉱ではけい肺はないと信じている者も少なくないことが明らかになった(小林東洋雄「石炭山におけるけい肺症」臨床内科小児科一〇巻八号、昭和三〇年八月刊行)。

(2) 昭和三〇年一二月、九大医学部によるけい肺患者の作業環境の調査結果が発表されたが、昭和二五、二六年、けい肺患者一一名(うち疑似二名)の発生を見たS炭鉱では、岩盤は、殆ど水成岩で、遊離けい酸分を大体三〇~五〇%含むこと、作業時の粉じん数は採炭作業時で二〇〇〇個以上(多い時は計数不能)、岩盤掘進作業時は、乾式さく岩機で二〇〇〇個~六〇〇〇個、湿式さく岩機で一〇〇〇個~二〇〇〇個であることが分かり、右作業環境からみて、けい肺発症の可能性があることが明らかになった(樋口信博「S炭鉱におけるけい肺について」医学研究二五巻一二号)。

(3) 昭和三三年五月、北海道大学医学部等が、結核を合併した炭鉱夫じん肺の患者等七四名について調査した結果、右患者の稼働した炭鉱では、砂岩・頁岩中に六三ないし七二%の、また、炭じん中にも約五ないし七%のけい酸を含有して、坑内じんのけい酸含有量は大きく、採炭夫、掘進夫は明らかにけい肺発生のおそれがあること、肺切除術しても、けい肺による肺組織の変化、血管系における弾力線維の欠乏、心肺機能の低下などのため、予後は不良であることが明らかになった(小池昭、小山昌正ほか「肺結核を伴った所謂炭けい肺症の臨床的考察」日本外科学会北海道地方会誌三号一〇頁以下)。

(4) 昭和三三年、三井三池炭鉱の坑内粉じん及びけい肺の調査結果が発表されたが、その主な内容は次のとおりである。すなわち、①主要坑道の岩石の遊離けい酸分は、最高64.95%、最低36.08%であり、また、坑内作業場の堆積粉じん中に含まれる遊離けい酸分の平均値は、掘進切羽52.67%、採炭切羽(排気口)3.52%、運搬坑道15.40%であった。なお、局所扇風機の使用、ドリルの湿式化、収じん装置の使用等の防じん対策が全般的に実施に移されたのは昭和二六年以降であった。②昭和三一年下期のけい肺検診の受診者四一四五名中、四四九名(10.8%)が、けい肺有所見者ないしけい肺の疑いのある者であった(別表二の三九「職種別けい肺区分表」参照。なお、S1ないしS3はけい肺所見が明瞭な者、Sxはけい肺の極軽度の所見があるか、その疑いの濃厚な者である)。③また、坑内年数六年以上の者のけい肺区分を見ると、遊離けい酸分五〇%以上を含む掘進切羽で作業している者のけい肺発生が最も著しく、重症者が少なくない。掘進切羽の勤務年数が六年以上になると、急速にけい肺患者が増加する(別表二の四〇「勤務の場所とけい肺区分」、二の四一「掘進切羽の年数とけい肺区分」参照)。これに対し、採炭切羽のみで作業する者(採炭夫、充填夫、仕繰夫、間接夫の一部)は、堆積粉じん中の遊離けい酸分が三%余と低いため、勤務年数九年以上で有所見者が少数出現し、一五年以上になると急速に増加するが、高度けい肺にまで進展する者はいない(別表二の四二「採炭切羽の年数とけい肺区分」参照)。また、運搬坑道及び同付近のみの作業歴を有する者(仕繰夫、間接夫の大部分)は、場所と作業によってけい肺発生の程度が異なる(別表二の四三「運搬坑道の年数とけい肺区分」参照)(田中重男ほか「某炭山の坑内粉じんとけい肺の発生」熊本医学会雑誌三三巻三号)。

第四  鉱山保安、労働安全衛生に関する行政及び法制の状況(戦前)

一  行政機構

明治二五年、鉱業条例施行時の鉱山行政は、農商務大臣が管理し、同省鉱山局がこれを所掌した。大正一一年、内務省社会局が設置され、鉱夫に関する事項を管理することになった。同一四年、石炭鉱山の監督は商工省燃料局が所管することになり、その後、昭和一三年、厚生省の設置に伴い、同省が鉱山の労働衛生、鉱夫に関する事項を所管することになった。昭和一八年、軍需省の設置に伴って商工省は廃止されたが、終戦により軍需省は廃止され、商工省が復活した。また、大正五年、農商務省の下に鉱業監督官(補)が置かれ、大正一一年、鉱務監督官(補)と名称が変更された。

他方、地方組織としては、明治二五年、福岡を含む全国六か所に鉱山監督署が設置された。これは、大正二年、鉱務署と名称変更し、大正一三年、鉱山監督局となり、鉱山の監督、鉱山労働者の保護及び福祉に関する行政を行なった。

このように、大正末以降は、鉱山保安、労働安全衛生に関する行政は、中央機構の監督の下、鉱務監督官又は鉱山監督局が担当していた。

二  法制等の変遷

1 明治期

(一) 明治初年代に鉱業稼行取締に関する太政官布告や鉱山心得、日本坑法が制定されたが、これらは鉱区取得、稼行手続などの規制を定めたもので、鉱夫の安全衛生に関する条項はなかった。国は、明治二〇年代以降、鉱山官営主義から民営鉱山の開発、推進へ政策転換したのに伴い、明治二三年、「鉱業条例」を布告し、日本坑法を廃止したが、わが国では、同条例により初めて、鉱夫の安全衛生、扶助に関する規定が置かれた。その主な内容は、①農商務大臣は、坑内・鉱業に関する建築物の保安、鉱夫の生命・衛生上の保護、地表の安全・公益の保護などの鉱業警察事務を監督し、鉱山監督署長がこれを行なう(五八条)、②鉱山監督署長は、鉱業上危険の虞などがあるときは、鉱業人に対する予防や鉱業停止を命じ得る(五九条)、③一日一二時間以上の就業制限、一四才以下の男女・女子の職種の制限等(七一条)、④業務上負傷による診療費・療養費・休業補償・遺族手当等の支給(七二条)等であった。しかし、業務上疾病に関する補償の定めはなかった。

(二) 農商務省は、明治二五年、省令で「鉱業警察規則」(鉱警則)を公布した。同規則は、鉱山の災害防止・鉱夫の安全確保を目的とするもので、金属山、炭鉱の通気量、ガス爆発予防等について規定し、昭和二四年、鉱山保安法の施行により廃止されるまで、数次の改正を経ながら、労働者の安全衛生に関する諸種の規定を盛り込んだ。

なお、明治三二年六月には、わが国最初のガス炭じん爆発事故が大分県豊国炭鉱で起きて二一〇名の死者を出し、以後、大正初めにかけて炭鉱災害が多発した。

(三) 明治三八年、鉱業条例を全面的に改正して「鉱業法」が制定された。その主な内容は、①主務大臣及び鉱山監督局長は、建築物・工作物の保安、生命・衛生の保護、危害の予防その他公益の保護などの警察事務を行う(七一条)、②農商務大臣又は鉱山監督署長は、鉱業上危険のおそれなどがあるときは、鉱業権者に対する予防や鉱業停止を命じ得る(七二条)、③鉱業権者は、鉱夫の業務上負傷・疾病、死亡につき、鉱夫・遺族を扶助する(八〇条)等というもので、業務上の疾病も扶助の対象とされた。これに伴い、鉱警則も全面改正された。

鉱業法は、昭和二四年の鉱山保安法制定に至るまで、鉱警則、後記の石爆則、鉱夫労役扶助規則等とともに、鉱山保安、労働保護に関する中心的な規則として存在した。

2 大正期

(一) 大正四年一二月、炭鉱でガス炭じん爆発事故が頻発したことから、石炭鉱爆発取締規則(石爆則)が制定され、ガス・炭じん爆発防止対策が盛り込まれた。

(二) 大正五年八月三日、鉱業法に基づき、鉱山労働者の保護を目的として、労働災害補償等を定める「鉱夫労役扶助規則」(農商務省令)が制定され、鉱夫の業務上の負傷、疾病に対して、鉱業権者がその費用で療養を施し、扶助料を負担すること等が定められた。

また、同日、専ら炭じん爆発防止の観点から鉱警則が改正され、坑内への必要な空気の供給(一二条)や粉じん作業場の清潔、通気の保持(五四条)等の粉じん防止の規定が初めて置かれた。

3 昭和期

(一) 昭和四年一二月、鉱警則が改正されて、坑内粉じん作業に関する規定が追加され、粉じん防止規定がより詳しくなった。すなわち、①著しい粉じん作業の際の注水その他粉じん防止の施設をする義務(六三条。ただし、除外事由として、やむをえない場合に、適当な防塵具を備えて鉱夫に使用させるときはこの限りではない。)、②選鉱場等の坑外作業で著しい粉じん飛散場所における散水、粉じんの排出、機械・装置の密閉その他適当な方法を講じる義務等(六六条)、③衛生係員の粉じん作業場等の巡視義務等(五八条)、④鉱山監督局長の建築物・工作物等の設備の改造修理その他適当な処置の命令権限(七六条)等である。

また、同月、石爆則も改正され、炭じんの発生しやすい坑道・切羽に対する散水・岩粉散布、炭車等による炭じん飛散の防止措置、炭車の積載石炭に対する散水等が規定された。

(二) 昭和五年六月三日、内務省社会局労働部長の鉱山監督局長宛通牒「鉱夫けい肺及び眼球震とう症の扶助に関する件」が出され、けい肺が初めて明確に業務上疾病として取り扱われた。右通牒は、同一鉱山または同一鉱業権者の鉱山に三年以上勤続し、けい肺(結核の合併症を含む。)に罹った鉱夫については、業務上の疾病と推定し、鉱夫労役扶助規則により補償すること(ただし、業務の性質上けい肺の原因がないときを除く。また、三年未満でも、発病の原因がその鉱山での就業によることが明瞭である場合を含む。)、右診断は一応臨床的症状により決し、鉱業権者がこれを否認するには、レントゲン診断による証明が必要であること等を定めた。

(三) 昭和一一年、工場法施行令及び鉱夫労役扶助規則に規定されている業務上疾病の範囲が改められて「けい酸を含む粉じんを発散する作業によるけい肺」は、肺結核を伴わないものでも業務上疾病として取り扱われることになった。

(四) しかし、戦時体制になると、以上のような安全衛生規定は種々の制約、特例措置を受け、昭和一八年六月には鉱夫労役扶助規則に基づく鉱夫の保護は停止された。

第五  鉱山保安、労働安全衛生に関する行政及び法制の状況(戦後)

一  鉱山保安行政

1 鉱山保安局の新設

終戦と同時に戦時体制が解かれ、諸種の戦時立法が廃止され、昭和二〇年一一月三日現行憲法が公布された。そして、これに伴って、商工省が復活し、昭和二四年五月二五日、これが通商産業省に改組された。従来、鉱山保安規定は、鉱業警察として旧鉱業法の一部をなしていたが、昭和二四年五月一六日、鉱山保安に関する独立の法律として「鉱山保安法」(保安法)が制定され、これに伴い、商工省に鉱山保安局が設置された。

このように、中央では通産大臣の下に鉱山保安局(なお、昭和四五年、昭和四八年、それぞれ公害保安局、立地公害局と名称変更)が置かれたが、地方では(一時鉱山局があったが)、昭和二四年、右保安法の施行を受け、炭鉱の保安監督行政機関として、炭鉱保安監督部が新設され、これはまもなく鉱山保安監督部に吸収された(なお、昭和三七年、福岡及び札幌の鉱山保安監督部は鉱山保安監督局となった。)。これらの鉱山保安監督局又は鉱山保安監督部(監督局等)には、鉱山保安監督局長又は鉱山保安監督部長(監督局長等)が置かれ、その下に鉱務監督官が配置された。

そのほか、国の関連施設・団体として、公害資源研究所(鉱山保安技術の研究開発等)、石炭技術研究所(石炭に関する技術の研究、開発等)、鉱業労働災害防止協会(鉱業権者等が行なう労働災害防止活動の促進等)、保安研修所(鉱山労働者に対する保安技能の教授、鉱務監督官の研修等。旧称鉱山保安技術講習所)がある。

2 商工省(通産省)と労働省間の所管問題

(一) 労基法の下では、一般工場・事業場における設備の保全・生命の保護に関する事項は一括して労働省の所管となるのに対し、鉱山については同法附則一二四条により旧鉱業法七一条二号の労働者の生命・衛生の保護に関する事項が削除されたため、右事項は形式的には労働省の所管となったが、鉱山の建設物・工作物の保安は旧鉱業法七一条一号に基づきいぜんとして商工省の所管であり、結局、鉱山保安は商工省、労働省の二重の監督を受ける形になっていた。

この点につき、昭和二二年一一月制定の安衛則では、鉱業等における安全については当分の間本規則を適用しないとの規定(四五一条)が設けられ、労働省の所管を留保したが、速やかに右調整をつける必要があった。そしてこの点については、鉱山保安行政を労働省に一本化するべきであるとの主に労働者側の意見と、これを商工省に一本化するべきであるとの主に経営者側の意見とが対立していたところ、政府は、連合軍総司令部からの督促もあって、昭和二三年一二月の閣議で、①鉱山保安行政は石炭増産の必要上商工大臣が一元的に所管すること、②商工大臣は、鉱山労働者の生命の保護・衛生に関する労働大臣の勧告を尊重することを決定した。

(二) 右閣議決定の趣旨を受けて、昭和二四年五月一六日、保安法が制定されるとともに、労基法五五条の二が追加され、その結果、労基法第五章及び安衛則に定める労働安全の規定は、衛生に関する通気等の規定を含め、鉱山(但し付属施設を除く。)に対しては適用されないこととなった。もっとも、労働大臣は、鉱山保安法五四条に基づき、労働者保護の立場から、鉱山保安行政に関し、通産大臣に勧告権を持つことになった(なお、労働省の所管事項については、鉱山保安法附則5によって、労働省設置法六条二、三号を「二 産業安全に関する事項(鉱山における保安に関する事項を除く)」、「三 労働衛生に関する事項(鉱山における通気等に関する事項を除く)」とそれぞれ改正した。)

そして国は、右法令上の規定を前提にして、鉱山のじん肺防止や健康管理に関する個々の具体的な問題については、おおむね次のような所管の下に行政を運営してきた。

(1) 商工省(通産省)の所管事項

さく岩機の湿式化、散水・噴霧、通気、集じん機の備え付け、防じんマスクの支給等の工学的、技術的対策に関する指導・監督等

(2) 労働省の所管事項

健康診断、労働時間の管理、じん肺に罹患した従業員の配置転換等の健康管理に関する指導・監督等

(3) 両省に共通の所管事項

じん肺に関する教育、啓蒙活動等に関する指導・監督等

3 保安法の制定と関係法令の整備

(一) 前記のとおり、戦争により疲弊した鉱山を建て直し、鉱物資源を確保するため、昭和二四年五月、保安法が制定されたが、同年八月一二日、同法施行の省令として金属鉱山等保安規則(金則)、石炭鉱山保安規則(炭則)、石油鉱山保安規則が制定され、それに伴い、鉱警則及び石爆則は廃止された。

(二) 保安法の概要

保安法は、鉱山労働者に対する危害・鉱害の防止、鉱物資源の合理的開発を目的として制定され、①鉱業権者に対し、落盤等の事故、危害・鉱害の防止等に必要な措置を講じる義務(四条)、鉱山労働者への保安教育義務(六条一項)、保安統括者等、保安職制の設置義務(一二条の二)、保安監督員等の選任義務(一五条)等を定め、また、②鉱山保安に関する行政権限について、保安規程の認可(一〇条)、監督局長等の、施業案中保安事項の実施に関する監督権限(二二条一項)、通産大臣の鉱業停止命令権限(二四条)、監督局長等の鉱業停止権限(二四条の二第一項)、監督局長等ないし鉱務監督官の施設使用の停止、改造等その他保安のため必要な事項の命令権限(二五条、三六条一項)、通産大臣または監督局長等の鉱業権者に対する報告を求める権限(二八条)、鉱務監督官の立入・検査・質問の権限(三五条)、労働大臣等の通産大臣に対する勧告権限(五四条)等のほか、違反者に対する罰則を定めた。なお、昭和三三年一二月の保安法の改正で、立法目的について鉱害の防止を明示し、昭和三七年五月の改正では、法令に違反した鉱業権者等に対する鉱業停止命令の制度を設け、昭和三九年九月の改正では、保安管理機構の整備拡充を図った。

(三) 保安目標の設定とその実現のための措置

保安法の制定に伴い、昭和三三年から五年毎に、閣議ないし通産省において労働災害防止計画が策定され、また、昭和二七年から毎年鉱山保安監督指導方針及び鉱山保安監督実施要領が定められ、これが鉱山に対しても公表された。

4 炭則の主な内容及びその後の改正

(一) 炭則は、粉じん防止対策、通気対策及び粉じん教育等、多岐にわたって、規定し、数次の改正を経ているので、その概要について見てみる。

まず、初めに、炭則では、炭じんを含む全ての粉じんを対象とする規定と、そのうちの炭じんを対象とする規定を設けている。前者は、労働者の健康障害の防止を目的とし、粉じんの発生・飛散・浮遊の防止と人体への吸入防止の措置が主であるのに対し、後者は、炭じん爆発の防止を目的とし、炭じんの発生・飛散・浮遊の防止、爆発の抑制及び爆発の伝播防止の措置が主であり、目的又は観点を異にしている(なお、この点に関し、炭則は、炭じんの発生等防止措置として、「岩粉散布」を規定するが、これは、炭じん爆発の防止に資するとはいえ、労働者の健康障害の防止とは矛盾する面がある。)。

(二) 炭則制定時(昭和二四年八月一二日号外通産省令三四号)の規定

粉じん防止に関し、まず、坑内作業場につき、鉱業権者は、「衝撃式さく岩機によりせん孔するときは、粉じん防止装置を備えるべきこと、ただし、防じんマスクを備えたときは、この限りではない。」ことを(二八四条)、また、坑外の屋内作業場につき、「著しく粉じんを飛散するときは、そのじん雲により危険を生じないように、当該箇所における粉じんの吸引もしくは排出または機械もしくは装置の密閉等適当な措置を講ずべきことを(三四七条)、それぞれ定めていた。

また、通気に関し、通気量は、鉱山労働者の数、可燃性ガス等の発生量、自然発火の可能性、気温、湿度等に基づいて決定し、かつ、発破の煙を薄めて運び去るために必要な速度と量にすべきこと(九〇条)、そのほか入気坑口における通気量(九一条)、具体的な通気上の措置(九三条以下)を定めていた。(なお、具体的な通気上の措置は、その後、改正され、変遷がある。)。

(三) 昭和二五年八月二六日の改正(通産省令七一号。)

二八四条の次に、以下の二条を加えた。

二八四条の二で、鉱業権者は、掘採作業場の岩盤中に多量の遊離けい酸分を含有し、通産大臣が指定する区域では(この区域は、後記の昭和二八年四月一日の改正により、「けい酸質区域」と称されることになった。)、次の作業方法等に従うこと、すなわち、せん孔するときは、せん孔前に岩盤等に散水すること、及び衝撃式さく岩機を使用するときは、湿式型とし、かつ、これに適当に散水することを定め、また、二八四条の三で、発破係員の待機業務等を定めた。

これらの規制は、各種作業の中で、最も濃厚な粉じんが飛散しやすい衝撃式さく岩機による穿孔及び発破に着目し、しかも、右けい酸質区域について、特に詳細な粉じん防止対策を規定したものであるが(右区域以外の箇所では、従前同様、制定当初の二八四条、三四七条が適用される。)、右改正は、けい肺に対する社会的関心が高まり、労働省においてけい肺巡回検診を行う等、けい肺対策の必要性が認識されるようになったことから行われた。

(四) 昭和二八年四月一日の改正(号外通産省令九号。)

二八四条の二を改め、けい酸質区域における衝撃式さく岩機への給水を、「適当な給水」から「粉じんを防止するため必要な給水」とし(二八四条の二第二項)、また、湧水等により穿孔面が常に水で覆われている場合、及び湿式さく岩機と同等以上の効果があると認められる機械等を使用する場合は、前記二八四条の二第一、二項に定める、湿式さく岩機及び散水の規制を免かれることができること(二八四条の二第三項)、そのほか、適用猶予(二八四条の四)を定めた。

また、炭じん爆発防止のための規定であるが、炭じんを沈静するための散水に加えて、炭壁注水が新たに定められた(一四一条)。

(五) 昭和二九年一月一四日の改正(通産省令一号。)

二八四条但書に規定する防じんマスクについて、日本工業規格に適合するものを要求し(二八四条但し書)、また、けい酸質区域における湿式さく岩機への給水について、飛散する粉じんの量を別に告示する限度まで減少させるため必要な給水をなすべきことを定めた(二八四条の二第三項)。

(六) 昭和三〇年一〇月三一日の改正(通産省令五六号。)

鉱業権者は、従来、「衝撃式さく岩機によりせん孔する場合」に粉じん防止措置をすべきこととされていた(二八四条)が、これを「岩石の掘進、運搬、破砕等により著しく粉じんを飛散するとき」と改めて、その範囲を拡大し、かつ、粉じん防止措置の内容も、従来、粉じん防止装置の設置で足りたが、これを「粉じん防止装置の設置、散水等適当な措置」を要することとした(同条)。

また、鉱業権者は、けい酸質区域で湿式型の衝撃式さく岩機を使用するときは、配水管を設けるべきこと(二八四条の二第五項)、他方、鉱山労働者は、湿式さく岩機を使用するときは注水しながら穿孔すべきこと(二八四条の四)も定められた。

(七) 昭和五四年一二月一七日の改正(通産省令一一五号)

従来は、粉じん対策を実施すべき坑内の粉じん作業を列挙していたが(二八四条)、これを「著しく粉じんを飛散する坑内作業場」と改め、また、やむえず右の措置ができないときは、鉱山労働者に防じんマスクを使用させるべきことを鉱業権者に義務づけた(二八三条の二)。

坑外についても、従来は、粉じん防止措置を要する場合を屋内作業場のみとしていたが(三四七条)、これを改めて、坑外の全ての粉じん発生箇所について粉じん防止措置をとるべきこととし、また、やむをえず右の措置ができないときは、鉱山労働者に防じんマスクを使用させるべきことを鉱業権者に義務づけた(三一二条の二)。

なお、坑外保安係員の粉じん濃度及び遊離けい酸含有率を測定する義務(三一二条の六第一項)、鉱山労働者の防じんマスクを使用する義務(二八四条、三一二条の五)を定めた。

(八) 昭和六一年一一月一日の改正(通産省令七四号)

従来、けい酸質区域に限って義務づけていた、穿孔時及び衝撃式さく岩機使用時及び発破時における粉じん防止規定を、坑内全域に及ぼすこととし(二八四条の二ないし四)、かつ、坑内外の粉じん作業場で粉じんの飛散防止措置を講じても、なお保安上必要があるとき(二八三条の二第二項、三一二条の二第二項)及び衝撃式さく岩機を使用するとき(二八四条の二第三項)は、鉱山労働者に必ず防じんマスクを使用させるべきことを規定したものであった。

右改正の結果、坑内については、鉱業権者は、著しく粉じんを飛散する作業場では、粉じんの飛散防止のために、散水、集じんその他の適当な措置を講ずべきこと(二八三条の二第一項)、かつ、坑内作業場の発じん防止措置として、穿孔前に周囲の岩盤等に散水し(二八四条の二第一項)、湿式型の衝撃式さく岩機を使用し(同二項)、これに必要な給水をするための配水管を設け(同六項)、飛散する粉じんの量を別に告示する限度まで減少させるため必要な給水をすべきこと(同五項)、発破後粉じんが沈降するまで待機すべきこと(二八四条の三)が義務付けられ、他方、坑外については、鉱業権者は、著しく粉じんを飛散する作業場(チップラー付近、選炭場、露天掘採場等)では、粉じんの飛散防止のために、散水、集じん、機械又は装置の密閉その他の適当な措置を講ずべきこと(三一二条の二)が義務付けられた。

(九) 粉じん教育について

炭則は、粉じん教育に関し、制定当初は、新規に炭鉱坑内で稼働する労働者に対し、必要な保安教育を実施すべきこととし(四〇条一項)、具体的な内容については鉱業権者の判断に委ねていたが、昭和三二年七月の改正で、保安規程中に、右保安教育の程度及び方法の細目を定めるべきこととし(四〇条二項)、さらに、昭和五四年一二月の改正で、著しく粉じんを飛散する作業場で働こうとする鉱山労働者に対し、粉じんに関する保安教育を施すべきことを鉱業権者に義務付けた(同二項)。

右改正の結果、現行規定では、保安法六条を受けて、新規労働者に対する保安教育(四〇条一項)、粉じん教育(同二項)、保安規程中の細目(同三項)が定められ、また、粉じん教育の内容が昭和五五年通産省告示四五号で告示された。

5 炭則に基づく行政上の措置

昭和二五年八月二六日の炭則改正によって「けい酸質区域」制度が設けられ、これに伴い、国は各炭鉱の岩石のサンプルの採取、分析を実施し、けい酸質区域の指定を行なった。また、炭じんに関する調査を行い、甲種炭鉱の指定をした。さらに、国は、粉じん及び炭じんに関する鉱業権者の義務の履行状況につき、立入検査等を実施した。

なお、防じんマスクについては、昭和二九年一月一四日の炭則改正で、JIS規格に適合するものを使用することと定めたが、昭和三二年の炭則改正では、その規格を告示で定めることにし、JIS規格の改正に応じ、必要な告示を行なった。

6 粉じん防止技術の研究開発に関する施策

公害資源研究所では粉じん問題に関する研究を行い、また、通産省立地公害局長の諮問機関である鉱山保安技術検討委員会に粉じん防止部会が設けられ、そこで粉じん対策の技術的検討がされた。

二  労働基準及び労働衛生行政

1 行政機構

(一) 戦後、昭和二二年四月七日、労働基準法(労基法)が公布され、同年五月一日、厚生省労政局から労働基準局が独立し、各都道府県に労働基準局が設置された。同年九月一日、労基法及び労働者災害補償保険法が施行されるに伴い、労働省が設置された。

労基法の施行により、労働者の生命の保護に関する事項は労働省の管轄となったが、前記のとおり、建設物工作物の保安に関する事項は戦前のまま商工省の管轄として残された。

(二) 昭和二三年、金属鉱山の労使双方と学識経験者等で構成するけい肺対策協議会が労働省内に設置され、けい肺に関する各種調査及び対策の検討に当たることになった。右協議会は、昭和二五年四月、労働大臣の諮問機関であるけい肺対策審議会に発展的に解消した。

2 労基法及び労働安全衛生法(安衛法)の制定及び概要

(一) 労基法は、第五章「安全及び衛生」で、使用者に対し、機械、器具等の設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による労働者に対する危害を防止すべきこと並びに建設物における換気、採光など、労働者の健康、風紀及び生命の保持に必要な措置を講じることを義務づけるとともに、他方、労働者の危害防止義務をも規定する。さらに、危険な作業を必要とする機械器具の安全装置及び性能検査、有害物の製造禁止、未経験者等の就業制限、労働者の安全衛生教育、健康診断の実施、安全管理者及び衛生管理者等について規定し、労働者の保護を図っている。

昭和二二年一〇月三一日、労基法の細則である「労働安全衛生規則」(安衛則)が制定されたが、前記のとおり、炭鉱に関しては、安衛則の適用除外とされた。

(二) 右法令は、その後長らく、改正されずにいたが、経済の急成長とそれに伴う労働者数の増大や生産性の向上、科学技術の進展等、社会構造の大きな変化に対応して、労働安全衛生法制の見直しが論議されるに至り、労基法の一部であった労働安全衛生規定が独立し、昭和四七年六月、単独法として、労働安全衛生法(安衛法)が制定された。

安衛法は、事業者に対し、労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を義務付け(同法第四章)、安全衛生教育等(第六章)、健康管理(第七章)等について規定する。

しかし、安衛法に定める右諸規定も、安衛則と同様に、鉱山の保安に関しては適用されず(同法一一五条)、鉱山保安に関しては専ら鉱山保安法の適用されるところである。

3 けい特法及びけい臨措法、じん肺法の制定とその内容等

(一) じん肺に関する特別法制定の気運―大衆運動

戦後の昭和二一年(一九四六)六月を契機に、栃木県足尾町で町民大会が開かれ、けい肺撲滅を目的として国民運動を展開することが決議された。これを受けて、全日本金属鉱山労働組合連合会(全鉱連)は、けい肺撲滅を当面の運動目標に取り入れ、鉱山経営者の生産協議会である金属鉱山復興会議(復興会議)とともにけい肺についての特別法の立法化を目指すことになった。

右復興会議は、昭和二三年四月、衆、参両議員議長宛に鉱山労働者のけい肺対策に関する建議書を提出したが、その内容の骨子は、鉱山労働者のけい肺罹患者数が多数に上るところ(その数は、既に四八〇〇人に達し、全坑内労働者数二万五〇〇〇人の約一九パーセントに相当し、これに坑外労働者を加えると、約五六〇〇名に達すると推定される。)、わが国では、けい肺に関する研究、対策が遅れているので、国家的な課題として、緊急に、鉱山労働者のけい肺に関する特別法を制定すること及びけい肺に関する専門的、中心的な研究機関を設置することが必要であるというものであった。

(二) けい肺巡回検診及びけい肺措置要綱

労働省は、昭和二三年一〇月、行政として初めて本格的なけい肺巡回検診を実施し、以後、昭和二六年まで全国のじん肺患者の巡回検診を実施した。なお、昭和二四年からは炭鉱も右検診の対象に含められた。

労働省は、右巡回検診結果を検討し、けい肺対策協議会の審議を経た上、昭和二四年八月四日基発第八一二号「けい肺措置要綱」及び同日基発第八一三号「労働基準法施行規則第三五条第七号(粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症及びこれに伴う肺結核)の取扱いについて」を発し、けい肺患者の保護措置の基準及び業務上疾病としてのけい肺の範囲を明確にした。

けい肺措置要綱は、エックス線写真像と呼吸器系の異常所見及び労働能力の減退の有無によって、症状の程度を要領一から三に区分し、それぞれに応じて事業者が講ずべき措置、すなわち、保護具の使用、健康管理の実施、労働時間の短縮、配置転換、療養等を示した。この要領は、昭和二六年一二月一五日改正され(基発第八二六号)、昭和三〇年のけい特法制定まで、けい肺の健康管理に関する行政指導指針となった。

なお、労働省は、昭和二五年一二月、労働衛生保護具検定規則を定めて防じんマスクの国家検定制度を導入し、また、昭和二六年、労働衛生指導監督要領を定めて、出先機関にけい肺予防についての指示をした。

(三) けい特法(昭和三〇年七月)及びけい臨措法(昭和三三年五月)の制定

(1) 労働省は、昭和二五年二月、けい肺法案を作成し、けい肺協議会の討議に付したが、その内容は、けい肺の予防、衛生教育、治療、補償等に関する規定を盛り込み、また、粉じんの怒限度規定を設け、けい肺防止対策を網羅するなど革新的なものであったが、経営者側の賛同が得られず、国会に上程されることなく終わった。

(2) けい特法の制定

昭和二八年八月、社会党のけい肺法案が参議院に提出されたが、経営者側が時期尚早として反対したため可決に至らず、次いで昭和三〇年五月、政府はけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法案を衆議院に提出し、昭和三〇年七月、可決成立した(けい特法)。

けい特法は、けい肺健康診断、症状等の決定及び作業の転換等、けい肺の健康管理に関する一連の手続を定めるが(同法第二章。具体的な規定は後述する。なお、症状区分及びエックス線写真像の区分は、別表二の二三のとおりである。)。

なお、けい特法は、同法施行後使用者が最初に行なうべきけい肺健康診断は、都道府県労働基準局長が行うと規定し(付則三項)、これに基づき、昭和三〇年九月から昭和三三年三まで、合計三三万九四五〇名の粉じん作業労働者の健康診断が実施された。

(3) けい臨措法の制定

昭和三三年五月、けい特法に基づく期間満了後も当分の間療養費等を支給すること等を内容とする、「けい肺及び外傷性せき髄障害の療養等に関する臨時措置法」(けい臨措法)が制定された。

(四) 旧じん肺法(昭和三五年三月)の制定

政府は、昭和三三年六月、けい肺審議会に対してけい特法の改正を諮問し、これと並行して海外法制の調査などの準備作業に着手した。

けい肺審議会では、労使双方が法律の理念や保護の内容などを巡って対立したが、昭和三四年一一月、労使双方の意見を付した上、公益委員案を中心とする答申を提出した。政府は、同年一二月、右審議会にじん肺法案要綱を提示し、その結果、昭和三五年三月三一日、じん肺法(旧じん肺法)が成立した。

旧じん肺法は、じん肺の適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与することを目的とし(一条)、じん肺健康診断の方法(二条)、じん肺のエックス線写真像及び健康管理の区分、右区分に応じた健康管理(四条)のほか、使用者及び労働者の粉じんの発散の抑制、保護具の使用等の努力義務(五条)、使用者のじん肺教育、健康診断を行う義務(六条ないし八条)等を規定したが、けい特法との主な相違点は、①補償関係につき、労災法に基づき行うとしたこと、②じん肺の定義を改めたこと、③じん肺の予防に関し、使用者及び労働者双方の努力義務を定めたこと、④使用者のじん肺教育を行なう義務を定めたこと、⑤粉じん対策指導委員制度を設けたことなどである。

(五) 旧じん肺法の改訂(昭和五三年三月)

旧じん肺法の制定後、粉じん作業労働者は約六〇万人に達し、じん肺に関する医学的研究が進歩したので、昭和五三年三月三一日、粉じん作業労働者のより一層の健康管理の充実を図るために旧じん肺法が改正、施行された。

右改正の主な内容は、①じん肺の定義をさらに改め、合併症を定めたこと、②エックス線写真像を基礎として、五段階のじん肺管理区分を設け、右各区分に応じた段階的かつ具体的な健康管理のための措置を定めたこと、③事業者に対し、じん肺の検診結果に基き、就業上適切な措置を講じること、そのほか、種々の努力義務(二〇条の二、三、二二条の二)を課したことなどである(新じん肺法による管理区分は別表二の二三のとおりである。)。

なお、昭和五二年七月のじん肺法改正の際、粉じん対策の強化についての意見が出、労働省は、昭和五四年四月、安衛法に基づく特別規則として粉じん障害防止規則(粉じん則)を制定した。

4 じん肺に関するその他の労働安全衛生の措置

(一) 衛生管理者制度の創設

労基法は、一定の事業者に対し衛生管理者を選任すべきことを義務づけ(同法五三条)、自主的な衛生管理を行わせることにしたが、これによる選任率は、昭和二六年頃、大規模事業場では一〇〇%充足し、一〇〇人未満の事業場でも九〇%に達した。

(二) 健康診断の実施促進

労基法に定められた定期健康診断(五二条)の実施率は、昭和二四年、四二%、昭和二五年、五〇%、昭和二六年、七〇%と向上した。

(三) 治療、研究体制の整備

国は、昭和二四年五月、けい肺療養所(栃木県所在)を設置するとともに、けい肺の研究を行うけい肺試験室を設置し、昭和三一年、これを労働衛生研究所とし、昭和五一年、これを拡充して産業医学総合研究所を設立した。

(四) 鉱山衛生けい肺講習会の開催

労働省労働基準局は、昭和二六年及び二八年、日本産業衛生協会との共催で、鉱山衛生けい肺講習会を開催した。

(五) 全国労働衛生週間の創設

国は、昭和二五年、全国労働衛生週間を創設して、全国的な労働衛生運動を実施し、以後毎年一回開催している。

(六) じん肺作業転換教育訓練援護措置制度の創設

これは、昭和五三年に創設された制度で、国はじん肺管理区分三の者につき作業転換のための教育訓練を行なう場合に一定の訓練費用を支給することになった。

(七) 労働災害防止団体の設立

国は、昭和三九年、労働災害防止団体等に関する法律(昭和三九年六月二九日法律第一一八号)に基づき、事業主団体が自主的に行なう労働災害防止活動の促進、教育技術援助等を行なう機関として、中央労働災害防止協会を設立し、また、業種別労働災害防止団体として、昭和三九年、鉱業労働災害防止協会を設立した。

5 じん肺に関する労働者災害補償対策

(一) 旧じん肺法と労働者災害補償

けい特法は、けい肺の健康管理とともに保険給付の規定を設けたが、旧じん肺法では、保険給付の規定は労災法によることとなった。そして、昭和四八年九月の労災法の改正によって、けい特法及びけい臨措法による特別措置を吸収して、新たに長期傷病者補償制度を創設した。

また、旧じん肺法では、健康管理区分四の決定を受けた者は療養を要すると規定していたが(二三条)、粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺及びこれに伴う肺結核も労災法による補償の対象とされた。

(二) じん肺に対する現行保険給付

これには、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金(労災法一三条以下)があり、そのほか労働福祉事業として例えば特別支給金、長期自宅療養者に対する介護料等の給付(同法二三条)がある。

第四章  争点

第一  被告六社の責任(後記第五章)

一  被告六社の安全配慮義務の有無

1 本件各炭鉱における粉じん暴露の実態如何

2 被告六社が炭鉱夫じん肺の知見を得た時期、内容如何

3 じん肺防止に関する工学的技術水準

二  安全配慮義務の具体的内容

三  安全配慮義務の不履行

四  因果関係の有無

五  被告六社の責任の範囲とその相互関係

六  第二会社の従業員ないし下請鉱夫に対する責任如何

第二  被告国の責任(第六章)

一  被告国の直接的加害責任の有無

二  被告国の規制権限不行使の責任の有無

1 被告国が炭鉱夫じん肺の知見を得た時期、内容如何

2 被告国の炭鉱に対する監督状況如何

3 けい酸質区域指定制度、粉じん恕限度(告示)制度

三  被告国の責任の範囲と性質及び被告六社の責任との関係如何

第三  損害(第七章)

一  本件従業員らのじん肺罹患の有無、程度

二  損害額、特に慰謝料額

三  包括一律請求の許否

第四  抗弁、再抗弁(第八章)

一  許された危険の法理の適用如何

二  消滅時効、除斥期間の成否

三  被告六社について割合的寄与による限定責任の成否

四  過失相殺、損益相殺

なお、右争点に関する当事者双方の主張とこれに対する判断は、第五章以下に説示する。

第五章  被告六社の責任

(原告らの主張の要旨)

第一  被告六社の安全配慮義務の具体的内容

一 被告六社は、雇用契約上の義務として、本件従業員らが労務に従事するに際し、その生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべき義務を負うところ、本件従業員らが就労していた被告六社の炭鉱においては、いずれも掘進、採炭、仕繰等の各種粉じん作業により大量の粉じんが常時発生し、これが充満、浮遊、堆積する中で、本件従業員を各種粉じん作業に従事させていたが、粉じん発生を抑制するための散水、噴霧を適当に実施せず、さく岩機も完全には湿式化せず、閉山時まで乾式さく岩機を使用し、また、通気も悪く、粉じんは除去されなかった。さらに、労働者に対するじん肺教育をせず、じん肺患者の早期発見、早期治療を目的とする健康診断、じん肺検診も実施しなかった。他方、前記のとおり(第三章の第二)、じん肺に関する各種文献に照らすと、被告六社は、遅くとも昭和一〇年代には、炭鉱においてじん肺(炭鉱夫じん肺)が発生するおそれがあり、その原因が炭鉱内の粉じんであることを認識し、又は認識することができた。また、遅くとも昭和の初めにはじん肺防止のために必要な工学的対策についての知識を得て、これらの対策を実施することにより、本件従業員らのじん肺罹患を回避することが可能であることを認識し、又は認識することができた。

二 被告六社は、このように、大量の粉じんが常時発生する環境で、本件従業員らを就労させ、かつ、炭鉱におけるじん肺発生の可能性を認識し、じん肺防止対策を行うことによりじん肺罹患を回避することができることを認識していたから、本件従業員らに対し、じん肺の発生を未然に防止し、また、じん肺罹患による被害を最小限に抑えるために、次のような安全配慮義務を負っていた。すなわち、①まず、粉じんの発生を抑制するため、各作業現場での散水、噴霧をするとともに、湿式さく岩機又は乾式さく岩機用収じん機を導入し、また、発生した粉じんの吸引を防止するため、坑内通気を確保するとともに、労働者に防じんマスクを支給し、作業の際これを着用するように指導監督し、発破を伴う作業では、上り発破、中食時発破等の方法を取らせ、発破によって発生した粉じんが除去され、沈下するまで作業現場に立ち入ることのないように指導し、②また、これらじん肺対策を有効に行うため、従業員にじん肺の危険性、医学的知識、予防法等やじん肺防止対策の重要性を認識させるための安全教育を行い、③さらに、健康診断、じん肺検診を定期的に実施してじん肺患者の早期発見、早期治療を行うなど、労働者の健康管理に努め、じん肺有所見者には、診断の結果を通知し、配置転換、職場離脱又はその後の生活補償等、必要な措置を講じ、④離職者に対する健康管理又は生活補償の措置を講じるほか、粉じん作業時間の短縮等、労働条件を改善するなどの安全配慮義務があった。

三 被告三井両社主張の許された危険等について

産業社会の中で、有用でない産業はあり得ない。社会的有用性を強調すれば、全ての産業において許された危険の法理が適用されることになり、新しい技術や機械によって引き起こされる労働災害や職業病によって被った労働者の被害は、全く救済されないことになって、極めて不合理である。また、安全配慮義務の有無の判断において、法令や行政上の取締法規の定める安全衛生基準は、使用者の遵守するべき最低の基準であって、使用者が単に右基準を遵守しただけでは、安全配慮義務違反の責任を免れないことは、判例、通説の等しく認めるところである。

四 下請企業の従業員に対する被告六社の責任

被告六社は、自社と直接の労働契約関係にある鉱夫(本工)のほかに、多数の下請鉱夫を使用していたが、保安法や炭則等の関係法令上、鉱業権者は本工、下請鉱夫を問わず、全ての労働者に対し、じん肺防止義務を負っていると解されること、被告六社は、炭鉱設備の所有、管理者で、これらを充実させて、効果的にじん肺の予防措置を実施し得る立場にあり、その能力もあったこと、他方、下請企業は右権限も能力もなかったこと、及び被告六社が下請鉱夫を本工と同様に管理支配し、直接指揮監督して就労させていた作業実態等を考慮すれば、被告六社は、下請鉱夫に対しても、前記と同じ安全配慮義務を負っていた。

五 第二会社の従業員又は下請鉱夫に対する被告六社の責任

被告三菱、同住友、同日鉄は、それぞれ、次の各第二会社を実質的に支配してきたから、右第二会社の従業員又は下請鉱夫に対して、第二会社が負担すると同様の安全配慮義務を負っている。

1 被告三菱

三菱高島炭礦株式会社(三菱高島炭礦)、三菱石炭鉱業株式会社(三菱石炭鉱業)は、被告三菱の第二会社である。

三菱高島炭礦は、昭和四四年九月三〇日、被告三菱の前身である三菱鉱業株式会社から高島炭鉱を譲り受けたが、昭和四四年五月二〇日、三菱高島炭礦の設立に当たり、被告三菱は資本金全額を出資し、代表取締役以下の役員の全部を被告三菱の職員で占めており、同社は資本金、役員以下従業員に至るまで被告三菱の傘下にあり、名実ともに同社に一〇〇%の子会社である。また、三菱高島炭礦は、昭和四八年一二月一五日、同社と同時に設立された、被告三菱の一〇〇%の子会社である三菱大夕張炭礦株式会社に吸収合併されて三菱石炭鉱業となった(なお、高島炭鉱は、昭和六一年一一月二七日、閉山した。)

被告三菱は、昭和四四年九月三〇日以前の三菱鉱業株式会社時代、自ら行なった操業について、当時の従業員又は下請鉱夫に対し安全配慮義務を負うのはもちろんのこと、三菱高島炭礦、三菱石炭鉱業が昭和四四年一〇月一日から昭和六一年の閉山までの間に行なった操業について、当時の従業員又は下請鉱夫に対しても安全配慮義務を負っているから、右義務違反による損害賠償責任を免れ得ない。

2 被告住友

昭嘉炭鉱株式会社(昭嘉炭鉱)は、被告住友の第二会社である。

昭嘉炭鉱は、当初、田篭鉱業株式会社(昭和一六年創立)により経営されていたが、昭和三二年九月、被告住友が田篭鉱業の全株式を取得し、以後、被告住友の下で、経営されることになり、その間、昭和三三年一月、田篭鉱業は昭嘉炭鉱株式会社と商号変更され、さらに、昭和三八年、合併により忠隈炭礦株式会社と商号変更されたが、昭和三九年三月、閉山した。

被告住友は、昭和三二年九月以降、閉山まで、田篭鉱業等が行なった操業により当時の従業員又は下請鉱夫が受けたじん肺被害について、安全配慮義務違反による損害賠償責任を免れ得ない。

3 被告日鉄

高雄炭鉱株式会社(高雄炭鉱)は、形式的には被告日鉄とは別の法人であったが、次の理由により、実質的には被告日鉄と同一の会社であり、被告日鉄は、法人格の否認の法理により、高雄炭鉱の操業により当時の従業員が受けたじん肺被害について安全配慮義務違反による損害賠償責任を免れ得ない。すなわち、高雄炭鉱は、被告日鉄が経営していた二瀬炭鉱の高雄二坑の残炭整理を目的として、昭和三七年一二月二一日、被告日鉄が全額出資して設立した会社であり、昭和四二年三月、閉山したが、役員は被告日鉄から派遣され、その完全な子会社であった。また、高雄炭鉱は、被告日鉄から高雄二坑の全資産を譲り受け、高雄炭鉱が採掘した石炭は、全て被告日鉄が買い上げていた。

第二  被告六社の安全配慮義務の不履行

被告六社は、本件従業員が稼働していた昭和一〇年から昭和五九年頃までの間、本件各炭鉱のいずれにおいても、以下のとおり安全配慮義務の履行を怠った。

一 粉じん発生を抑制するための散水、噴霧は適切に実施せず、また、さく岩機は完全に湿式化されず、閉山時まで乾式さく岩機が使用されていた。このように、多量の粉じんが発生、浮遊していたにもかかわらず、適切な通気の確保を行わなかった。

二 防じんマスクの支給は適切になされず、交換体制も不十分であり、また、支給した際も、じん肺予防のために防じんマスク着用が必須であることを教育せず、労働者に右マスクの使用を徹底しなかった。

三 被告六社は、労働者にじん肺についての教育を実施せず、むしろ、不治の病であるじん肺を故意に隠し、粉じん吸引によるじん肺罹患の危険性、治療の必要性についての認識をことさら与えなかった。

四 被告六社は、じん肺患者の早期発見、早期治療を目的とする健康診断、じん肺検診を実施せず、仮に健康診断を行ったとしても、それはじん肺その他の疾病による労働不適格者を企業より排除する目的であった。したがって、健康診断の結果を原則として労働者に知らせず、じん肺罹患と判明した労働者に対しても、業務の転換、配置転換、労働時間の短縮、職場からの離脱等、健康の保持に必要な措置は殆ど取らず、また、離職者に対する離職に伴う生活補償等の対策は全く取られなかった。

五 被告六社は、離職者に対する健康管理を実施せず、退職後じん肺が発症した労働者に対する補償も全くしなかった。

(被告六社の主張の要旨)

第一  被告六社の安全配慮義務の存否

一 安全配慮義務の不存在

1 使用者が負う雇用契約上の安全配慮義務の具体的内容は、それが問題とされる時代の医学的知見及び衛生工学技術の水準、又は法令や国の行政指導・監督状況等を前提にした上で、その時代の社会通念に照らして判断されなければならず、現時点における知見又は技術の水準、社会通念に基づき判断して、過去を律することは許されない。そして、当時の医学的知見に従えば結果発生の予見可能性がなく、又は技術の未発達により結果回避の可能性がない場合には、安全配慮義務があるということはできない。

2 粉じんの発生については、元々、石炭鉱山は、金属鉱山と比べ、柔らかい鉱物を対象にするので、吸入性の微細粉じんの発生は少なく、また、多くの炭鉱では湧水、降水等があって、坑内は湿潤化し、粉じんは発生しない。鉱物の遊離けい酸の含有率も、金属鉱山と比べて格段に少ない。

3 (炭鉱夫じん肺の知見)

(一) 炭鉱夫じん肺につき医学上の知見が確立したというためには、一、二の症例報告だけでは足りず、諸外国の報告を参考にし、多数の症例の集積及び報告内容の合致を通じて、医学界において定説が成立することが必要であり、かつ、それを契機として行政機関及び企業に防止対策を促すに足りるだけの条件が成立することが必要である。炭鉱夫じん肺は、けい肺(金属鉱山その他のけい酸質粉じん職場での暴露と、炭鉱の岩石坑道掘進職場でのけい酸質粉じん暴露の二つを含む)及び炭肺(石炭粉じんによるじん肺)の両者又はその混合形態であるが、石炭業界で、けい肺の発生機序、病像等の知見が成立したのは、おおむね昭和二七、八年頃であり、炭鉱夫じん肺のそれは、昭和三五年頃である。

(二) すなわち、戦前は、国内外を問わず、石炭粉じんの有害性につき否定的な考え方が支配的であり、かえって、石炭粉じんは無害であり、むしろ、けい酸粉じんの排除に有効で、結核感染にも防御的作用を及ぼすという意見さえあった(第二会国際けい肺会議(一九四〇年)でも、炭じんのみでは、けい肺同様の疾患をひき起こさないとされた。)。また、炭鉱でけい肺が発生するという認識は一般的にはなく、わが国では炭肺はわずかな症例しかなかった。鉱警則改正(昭和四年一二月)の粉じん対策の規定も、主に金属鉱山を対象とするものであり、内務省社会局労働部長通牒も、炭鉱にけい肺が発生するという認識を前提にするものではなかった。また、当時のレントゲン線機器や撮影技術は不十分で、フィルム等の素材も劣り(これらは戦後の昭和二〇年代も同様である。)、けい肺、じん肺の客観的な診断基準も存在せず、これを的確に診断するのは難しかったから、戦前の診断が正確であるかどうか疑問である(特に、本邦鉱業ノ趨勢(昭和五年)の炭肺、けい肺の統計結果の診断基準は不明である。)。さらに、炭鉱夫じん肺の病理や発生機序の解明は行なわれず、炭肺は線維増殖性変化のない良性のものと考えられ、広範な実態調査も行なわれていなかったから、明治、大正はおろか、終戦前後時点でも医学的知見の確立は認められない。昭和二、三〇年代は、けい肺の発生機序さえなお未解明な点が多く、作業環境測定技術も未熟で、まだ実験、研究段階であり、粉じんとけい肺発生との関係を究明するに十分でなかった(もっとも、欧米では、大正中期から粉じん測定器の開発がされ、これがわが国にも輸入され、一部研究者によって研究が続けられ、また、昭和一〇年、労研式じん埃計が開発されて、当時社会問題となった金属鉱山のけい肺防止のために粉じん測定がされたが、炭鉱では炭じん爆発防止のために炭じん濃度の測定が行われたものの、炭じんがけい肺(じん肺)の原因となるとの認識はなかった。)。

(三) 次に、戦後は、鉱山復興運動の一環として、けい肺撲滅運動が起き、金属鉱山や炭鉱の粉じん、炭じんの測定、研究が行われ、粉じんの実態もある程度究明された(欧米でも、一九五〇年代には粉じん粒度と有害性、粒子径と肺内沈着との関係が明らかになり、一ないし二μの粒子が最も危険であることが分かった。)。また。吸入性粉じんのみを捕集する分粒捕集装置が開発され、アメリカでは一九五六年から粉じん許容濃度(TLV)が定められた。しかし、炭鉱では空間的な制約や可燃性ガスの危険があり、温度、湿度等、粉じん測定に影響を与えやすい要因が多く、微細な吸入性粉じんを正確に測定できる器械の開発は、技術的に困難で、わが国でこれが実用化したのは、昭和六〇年に入ってからである。

(四) 炭鉱でもけい肺発生の危険があることが分かったのは、労働省の全国けい肺巡回検診の対象に炭鉱を加えた、昭和二四年以降の検診結果が集計され、これが一般に公表された昭和二七、八年頃以降である。しかし、これによっても、炭鉱のけい肺罹患率は金属鉱山等と比べて低く、軽症者が多く、かつ、炭鉱夫の中には金属鉱山経験者もいたから、炭鉱でけい肺患者が発生することの根拠とはならなかった。そして、その後、専門家の調査、研究が行われ、その結果が昭和三〇年ころから公表され、特に、昭和三二年の渡辺恒蔵論文「実験的炭肺について」等が公表されて、石炭粉じんによっても線維増殖性変化が生じることが逐次明らかにされ、旧じん肺法の制定と時期を同じくして、昭和三五年頃、炭鉱夫じん肺の医学的知見が確立したものである。

4 (粉じん防止対策)

さらに、炭鉱における最も大きな問題は、従来から、坑内の爆発防止であった。明治期には坑内爆発の原因は坑内ガスとされたが、大正初期に至って炭じんの爆発性が認識された。そのため、被告六社は、ガス及び炭じんの爆発防止のため、早くから通気及び散水を中心に対策を講じ、従業員に対しても必要な教育、啓蒙を行ない、ガス及び炭じんの発生防止と抑制に努めたものであり、これはじん肺の原因となる岩粉対策にも効果があった。そして、被告六社は、炭鉱でもけい肺発生の危険があると分かった昭和三〇年頃以降は、粉じん防止のために、その時々の工学的水準で可能な限りの対策を実施し、従業員に対し必要な教育、啓蒙を行った。

5 (戦時中及び戦後初期における社会、経済的制約)

戦前、石炭は、軍の重要な戦略物資の一つであったが、特に昭和一二年の日中戦争から第二次世界大戦までの間、国家総動員法、重要鉱物増産法等の戦時立法により、日本経済全体が国家統制下に置かれることになり、石炭産業は重要なエネルギー源として戦時生産力の根幹をなしていたため、生産、労務、資材、販売等は厳しい統制下に置かれた。特に、戦争末期は、大勢の熟練労働者を兵役に取られ、鉄製の付帯施設の供出を強制されるなどしたため、国から命じられた出炭量の確保さえできない状況であった。そして、戦後は、経済復興を図るため、鉄鋼と石炭は、基幹産業の一つと位置付けられ、昭和二一年から同二四年までの間、傾斜生産方式により国から資金、資材、住宅等の援助を受けたが、坑内は戦時中の乱掘により著しく疲弊し、熟練労働者も不足するなど、種々の制約を受けた。このように戦中戦後、常に出炭を強制されてきた石炭産業においては、ともすれば保安、衛生施策は第二義的な位置付けとならざるを得なかった。そして、そのことは、被告六社の安全配慮義務の内容及び程度を検討するに当たり考慮されるべきである。

6 以上の2ないし5の事実に照らせば、昭和三五年以前においては、被告六社に炭鉱夫じん肺発生の予見可能性及び結果回避の可能性はなく、安全配慮義務があるとすることはできない。

二 許された危険等(被告三井両社の主張)

石炭産業は、現代産業において不可欠の基幹産業であり、国の石炭政策に従って遂行されてきたものであるから、安全又は衛生上の危険があるという理由でその事業を停止し、廃止することができないのはいうまでもなく、このような社会的に有益ないし必要な行為は、他の法益を侵害するおそれを伴っても、一定の範囲内では合法と認められる、いわゆる許された危険の一つである。被告三井両社の経営する石炭産業が社会的に有益ないし必要であるのはもちろんであるが、当時は坑内作業の合理化、機械化を求める社会的要請が強く、機械化による利益も大きく、かつ、各種作業・機械使用の方法、態様も相当であり、当時の職業病の発生状況やこれに対する社会一般の認識程度、職業病の予防・治療対策の実情等を考慮すると、被告三井両社が炭鉱経営上取った措置が、安全配慮義務に違反し、違法であるとすることはできない。

さらに、坑内作業を伴う石炭産業は、他の産業と異なる危険防止の必要性があることから、鉱業法制上、特に、鉱山保安の行政監督が細部にわたって厳重に施行され、また、炭則や保安法等に基づく実施基準が定められ、これらは、各時代における鉱山技術、衛生工学技術の最高水準に従った基準であったから、右実施基準を遵守しておれば、炭鉱作業に関する雇用契約の付随的義務としての安全配慮義務を履行したというべきである。

三 下請鉱夫に対する安全配慮義務(被告三菱の主張)

雇用契約上の安全配慮義務は、高度の人的、継続的関係に伴う誠実、配慮の要請から導かれる義務であって、単に事業主体が鉱業権者であるため各種公法上の保安責任を負わされていることをもって、安全配慮義務の存在を判定してはならない。本件は、一般的に従属性の強い元請と下請の間の問題とは異なり、請負契約の発注者とその対等な当事者である請負会社の従業員との間の問題である上、請負会社の従業員の使用する設備、工具類は、殆ど請負会社が独自に調達して管理したものであり、また、被告三菱は請負会社の従業員に指揮監督権はなく、事実としても指揮監督をしたことはなく、さらに、作業内容については被告三菱の従業員と請負会社の従業員との間に相当の隔たりがあったから、被告三菱が請負会社の従業員に対し安全配慮義務を負わないのは当然である。

四 第二会社の従業員又は下請鉱夫に対する安全配慮義務(被告三菱、同日鉄の主張)

1 (被告三菱)

被告三菱が、三菱高島炭礦及び三菱石炭鉱業の従業員又は下請鉱夫に対して安全配慮義務を負うとされるためには、これらの会社の法人格が否認され、被告三菱と実質的に同一の会社とみなされることが必要である。しかし、右両社は、被告三菱の関連会社ではあるが、いずれも独自の事業目的をもって設立され、独自の人的、物的設備を有し、経理関係も被告三菱から完全に独立していたもので、被告三菱とは、全く別個の会社である。もっとも、資本関係は、三菱高島炭礦設立時は、被告三菱がその全株式を保有したが、その後、漸次放出し、三菱石炭鉱業発足時点では、被告三菱の保有株式は四五%であった。また、代表取締役は、当初は被告三菱の役員が就任したが、間もなく被告三菱の役員を退いたり、非常勤になったりして、関連会社の経営に専念した。これらからみると、被告三菱が三菱高島炭礦、三菱石炭鉱業の法人格を濫用したとか、あるいは右両社の法人格が形骸化し、事実上被告三菱の一部門であったとかの事実はない。したがって、被告三菱が両社の従業員又は下請夫に対し、両社と同等の信義則上の安全配慮義務を負わないことは明白である。

2 (被告日鉄)

高雄炭鉱は、被告日鉄とは全く法人格を異にするもので、その法人格が形骸化し、被告日鉄が同社の法人格を濫用していることはなく、単に、被告日鉄が同社の全株式を保有していただけでは、被告日鉄が高雄炭鉱の元従業員に対し安全配慮義務違反による損害賠償責任を負う理由はない。

第二  被告六社の安全配慮義務の履行

被告六社は、それぞれ、粉じん作業に従事する従業員がじん肺に罹患しないように、当該時期の医学的知見や工学的水準に照らし、社会通念上相当な対策を講じてきた。

一 被告三井両社

1 被告三井鉱山は、炭鉱におけるけい肺発生の危険性を具体的に認識した昭和二四、五年頃以前から、専らガス、炭じん爆発防止対策であったが、十分な通気量の確保、散水等の対策を実施し、これらは粉じん対策としても有効であった。

しかし、当時は、戦時体制下又は終戦後の混乱期で、国家管理とでも呼ぶべき強力な統制によって石炭の増産が至上命令とされ、資材、人員の不足等の事情もあって、通常の作業環境すら十分に確保できない状況であったが、それでも、被告三井両社は懸命の努力をした。そして、昭和二五年頃から、けい肺の危険性を認識してからは、エネルギー革命の進行による石炭産業の斜陽化という悪条件の中にあっても、各時期における医学的知見や工学的技術的水準に照らし、じん肺を防止するために社会通念上相当な対策を講じてきたから、被告三井両社の経営する炭鉱で、じん肺が発生したとしても、無過失責任である労災補償責任以上の債務不履行責任を負うことはない。

2 さく岩機の湿式化については、三池炭鉱では、基幹坑道は原則として岩石坑道であり、切羽数は沿層掘進と比べて半々であったが、けい肺巡回検診の結果が明らかになった昭和二五、六年頃から、さく岩機の湿式化に取り組み、昭和二八年頃までには、岩石掘進切羽で、湿式化を完了した。他方、田川、山野炭鉱は、岩石掘進が少なかったが、昭和二六、七年頃からさく岩機の湿式化の研究を始め、順次湿式化を進めた。

3 通気については、明治年間より、防爆目的から、扇風機による強制通気や通気専用坑口の掘削を積極的に行ってきたが、これは可燃性ガスや炭じんのみならず、坑内粉じんの希釈、排出に極めて有効であったし、また、通気機械の開発、技術の進歩に合わせて、設備の充実、改善を図り、通気方法の独立、通気系統の短縮等の通気改善を行い、必要通気量の確保に万全を尽くしてきた。

4 散水、噴霧については、大正四年一二月制定の石爆則の規定に従い、古くから防爆対策として切羽、坑道を中心に、散水用鉄管を布設し、要所に噴霧器を設置して散水、噴霧を実施してきたが、昭和一〇年頃には、専任の散水夫を置き、昭和二四年八月制定の炭則等の規定も遵守し、その後、順次、ノズルや噴霧器の改良、ウォーター・スプレーの開発又は注水・散水装置付きの各種採炭機械、自動散水装置の導入に伴って、散水・噴霧を強化、徹底させていった。

5 防じんマスクは、昭和一〇年代、三井炭鉱で試験的に導入したが、昭和二四年、既に三池、田川、山野の各炭鉱で、防じんマスクを大量に購入し、掘進夫等、必要職種に無償貸与し、その後も防じんマスクの改良(TS一〇号、TS一〇号三池型)又は濾過剤の改良に努めるとともに、マスク使用時の心得や管理方法等につき従業員教育を行い、貸与の対象職種を全従業員に拡大していった。

6 また、じん肺防止についての従業員教育は、昭和二五、二六年以降、係員や技術職員だけでなく、掘進夫等に対しても、パンフレット、スライド等を用い、また保安常会とは別に計画を立てて行った。

二 被告三菱

1 さく岩機の湿式化

わが国において炭鉱用小型さく岩機が一応実用の域に達したのは昭和三〇年以降であるが、被告三菱は、昭和二五年頃から湿式さく岩機の研究、開発及び試験導入を始め、昭和三〇年代中頃、やっと実用化に近いものにこぎつけ、各炭鉱の状況に応じて導入し、特に、岩石掘進の多い高島・端島、崎戸各炭鉱では、積極的に導入したが、他の炭鉱では、岩石掘進が少なく、又は坑内が湿潤なため湿式化の必要性が低かった。また、従業員に対しては、けい肺又はじん肺と関連づけて、湿式さく岩機使用の重要性を強く教育し、粉じん防止に努力した。

2 炭壁注水

被告三菱は早くから炭壁注水に注目して研究を推進し、昭和二五年、わが国で最初に、端島炭鉱で炭壁注水を実施し、その後、炭じんの発生しやすい炭鉱にこれを導入していった。昭和三〇年代中頃には炭鉱の坑内で使用できる高圧注水器が開発された。

3 発破方法の改良、発破時の散水・退避等

被告三菱は、岩種に合った穿孔法、適正装薬量の研究、開発に努め、また、ミリセコンド雷管の使用、発破前後の散水、噴霧、水タンパーの使用等により、炭じんの飛散防止に努め、これに必要な教育も行ない、発破時の退避は確実に実施した。

4 粉じん測定

被告三菱は、昭和二四年、崎戸炭鉱の御厨潔人医師が粉じん測定を行なったのを初めとして、各炭鉱で粉じん測定を実施した。労研式じん埃計、粉研式コニメータなどの粉じん測定器を各事業所に備え、当時最新式の機種(西ドイツ製チンダロスコープ)を本店や九州事務所等に備えた。そして、被告の本店で、粉じん測定結果の数値と粉じん濃度低減目標値を比較して、具体的な防じん対策を立案し、各炭鉱事務所にこれを指示し、実施させてきた。また、昭和三二年、後記の「けい肺予防対策要綱」の作成に伴い、全国の事業所に粉じん防止実施担当者を選任し、正確な粉じん測定に努めた。

5 散水、噴霧

被告三菱は、既に明治期から散水を実施し、大正四年一二月の石爆則の制定を機に、ポンプ、散水管、ホース、噴霧器等の散水設備を整備、拡充するとともに、作業場及びその付近の散水、炭車に積込後の散水等を励行させ、また、払には専任の散水作業員を配置した。大正中期以降は払内水流し運搬を採用し、さらに、昭和初期からは排気坑道を散水帯とすることも行なった。

戦後は、戦争によって荒廃した散水設備を復旧するとともに、散水を励行した。また、昭和二七年七月、長崎県の離島三山(高島、端島、崎戸)の炭鉱の労働組合連合体(三長連)との間で「けい肺対策に関する協定書」を結び、散水等の防じん対策を強化し、昭和三二年、「けい肺予防対策要綱」を定め、全炭鉱事業所につき統一的なけい肺予防対策を推進し、散水等の防じん対策を実施した。散水、噴霧に関する教育も行なった。

6 通気

被告三菱は、早くから機械通気を採用し、明治二六年、鯰田炭鉱においてギバル式主要扇風機を設置したのを初めとして、各炭鉱事務所とも採掘区域、新坑開さく工事の進展に伴い、主要扇風機の導入を積極的に行なった。また、坑内条件に応じ、対偶式通気、独立分流も採用した。局部通気の面では、明治四三年、端島炭鉱においてシロッコ式扇風機を使用し、その後、圧気ジェット、風管通気法が開発され、使用された。昭和三〇年代前半にはビニール製風管が開発され、逐次従前の鉄製風管から右ビニール製風管に切り替えていった。さらに、通気に関する教育も行なった。

7 防じんマスク

被告三菱は、昭和初期から肺結核予防等の一般衛生の見地から、従業員に対し、防じんマスクの着用を励行させてきたが、太平洋戦争の戦況が厳しくなるに従い、防じんマスクの入手は困難となり、さらに、メーカー工場の被災により事実上入手不可能となった。戦後、防じんマスクの製造が再開されたが、当時は資材が統制下にあり、製造量は少なく、入手は極めて困難であった。被告三菱は、昭和二三年頃、漸く相当数の防じんマスクを入手し、無償貸与を開始したが、これは炭則で防じんマスクについて規定された昭和二四年より早かった。しかし、当時の防じんマスクは、ある程度の効果は認められるものの、性能は良くなく、呼吸抵抗が大きく、労働者から嫌われる傾向があった。

昭和二五年、けい酸質区域制度が設けられたが、被告三菱の炭鉱のうち、比較的遊離けい酸分が多い長崎県離島地区の炭鉱で、岩石掘進作業の従業員中に、けい肺患者が発見されたので、これと同様の岩石成分を有する炭鉱の岩石掘進作業者に対し、防じんマスクを無償貸与した。昭和二七年七月、労働組合連合体との間に「けい肺対策に関する協定書」を締結し、防じんマスクの使用を強化した。その後、炭じん自体も、有害度は低いながらも、けい肺の原因となるとの認識を得てからは、防じん対策を強化し、防じんマスクの無償貸与の範囲を拡大してきた。また、防じんマスクの選定にも努力し、各種の機会に右マスクの使用方法等につき従業員を教育した。なお、マスクの管理は、実質的に無償支給するものであり、自分の身はまず自分で守るとの炭鉱における伝統に基づき、原則として従業員自らの管理に任せた。

8 教育、啓蒙

被告三菱は、早い時期から保安教育を保安対策の重要な柱として位置づけ、その拡充、強化に努めてきたが、右教育の中心は、当初は、防爆保安対策であったが、そのうちの通気の確保、散水の励行等は、防じん対策としても大きな効果を上げた。また、戦前より、坑口講話等の際、保安教育と合わせ、衛生教育を行なうとともに、衛生講演会等、各種の企画を通じて、従業員の衛生意識のかん養に努めた。戦後は、衛生委員会、衛生管理者会議の審議、決定に基づき、衛生教育を一層推進した。そして、昭和二五、六年頃、炭鉱においてもけい肺、じん肺が発生するおそれがあるとの認識を得てからは、けい肺、じん肺教育をも、保安衛生教育の重要な柱として実施した。すなわち、けい肺対策委員会の審議、決定に基づき、講演、教育資料の配布、スライド教育、社内新聞の解説記事等により、積極的にけい肺、じん肺教育を行い、また、採炭、掘進の現場で、係員が防じんマスクの着用、散水の励行等につき実際的な教育、指導をした。

9 健康診断

被告三菱は、早くから従業員の保険衛生の向上に力を入れ(その一例が各炭鉱における医療施設の設置である。)、戦前から年一回の定期健康診断や随時の健康診断を実施した。戦後、労基法、安衛則により、坑内作業者につき、年二回、定期健康診断を実施することとされたが、被告三菱では、坑の内外を問わず、全従業員に年二回定期健康診断を実施し、また、崎戸炭鉱の御厨潔人医師の昭和二四年から同二六年頃までの間の研究によって、岩石掘進による坑道展開の多い海底炭鉱等、一部の炭鉱の岩石掘進作業員につき、けい肺罹患の可能性があるとの認定を得てから、昭和二六年、労働省検診の実施される前に、いち早く、右崎戸炭鉱で、けい肺罹患の疑いのある者に対し、精密検査を実施し、同年、高島炭鉱でもこれを実施した。けい特法が制定された昭和三〇年以降は、各炭鉱でけい肺、じん肺健康診断として、レントゲン直接撮影、心肺機能検査等を実施した。さらに、異常所見者には、健康診断の結果を通知した。

10 配置転換

被告三菱は、既に、昭和二七年七月締結した「けい肺対策に関する協定書」に配置転換の定めを置いたが、配置転換は、本人の意思を尊重する必要があるため、その実施は困難を極めたものの、その実施に努力し、実際にけい肺に罹患した従業員を軽作業に配置転換した例もある。

三 被告住友

1 さく岩機の湿式化

戦前、炭鉱では湿式のさく岩機は使用されず、昭和二五年八月のけい酸質区域制度の導入以降、さく岩作業に対する規制が加わり、小型さく岩機の研究、開発が行なわれたが、実用可能となったのは、やっと昭和三〇年代中頃である。被告住友の炭鉱では、昭和二七年以降少しずつ湿式さく岩機の導入が行なわれたが、全般的に使用できるようになったのは、小型さく岩機が開発された昭和三〇年代後半からであった。

2 炭壁注水

被告住友は、昭和二五年、機械化推進委員会を発足させ、その一環として、昭和二六年、炭壁注水器を導入し、条件の合った切羽で本格的に実用化した。

3 発破方法の工夫

炭鉱では、発破作業によって多量の粉じんが発生することは避けられないが、被告住友は、発破に伴う粉じんの発生や吸引を最小限に止めるために、発破時間の限定(あがり発破、昼食時発破等)、発破後の回避、発じんの少ないミリセコンド発破及びダイナマイトの採用、水タンパー、湿砂タンパーの使用等、発破作業上の工夫をし、発破前後の散水、噴霧も実施した。

4 散水、噴霧

被告住友は、大正期の石爆則、昭和期の鉱警則の時代から、防爆の観点からではあるが、十分な散水を実施してきた。昭和二八年、潜竜炭鉱がけい酸質区域に指定されてからは、意識的にけい肺、粉じん対策を実施し、散水、噴霧を行なった。

5 通気

被告住友は、昭和一二年以降、機械通気法を採用し、対偶式、独立分流式も導入し、坑内全域の所要通気量を確保した。

6 乾式さく岩機用集じん装置

乾式さく岩機用集じん装置のうち、足尾式は実用に耐えるだけの性能がなく、ドイツ製の機種は部品の入手が困難であり、いずれも試験的に使用されただけで、実用化には至らなかった。

7 防じんマスク

被告住友は、最適な防じんマスクの選定に努め、労使協議を経て、国家検定合格品からサカイ式及び重松式を選定し、昭和二八年四月、住友炭礦労働組合との間で、「けい肺に関する協定」を締結し、防じんマスクを無償貸与した。その対象者は、当初は、岩石掘進夫、沿層掘進夫、岩粉散布夫、クラッシャー従業員等であったが、その後、粉じん作業者はもちろん、非粉じん作業者にも逐次装着させた。また、じん肺教育の重要項目として防じんマスクの装着をあげ、労使協定も締結して、労使一体となって防じんマスクの装着を励行してきた。

8 保安、じん肺教育

被告住友は、戦前から戦後にかけて、防爆対策の一環として、通気、散水、岩粉散布等につき、従業員を教育したが、これは、結果的には、けい肺ないしじん肺対策としての教育の面を有していた。その後、昭和二四年以降、労働省の巡回けい肺検診により、炭鉱におけるけい肺患者発生の事実が判明したので、昭和二八年四月、労働組合との間で、けい肺協定を締結し、じん肺教育を実施した。昭和五五年二月、通産省告示第四五号が出されてからは、昭和五五年九月末日までに、全従業員を対象とする粉じん教育を実施した。

9 健康診断

被告住友は、総合的な健康管理体制を確立し、従業員や家族の健康管理に当たったが、前記のけい肺協定を締結したほか、けい肺措置要綱による健康診断を実施した。また、各炭鉱で、じん肺法に基づく健康診断(就業時、定期、定期外及び離職時の健康診断)を完全に実施し、異常所見者には、本人に通知し、精密検査や療養指導に当たった。

10 配置転換

被告住友は、じん肺健康診断の結果、配置転換の必要がある者には、これを勧奨したが、けい肺又はじん肺協定の規定により、本人の希望を考慮のうえ行う必要があるため、労働者の意思に反しては配置転換ができなかった。そのため、じん肺の有所見者の大半は配置転換に応じず、実績は上がらなかった。

四 被告古河

1 さく岩機の湿式化

明治三五年、被告古河の足尾鉱山が日本で最初にライナーの湿式さく岩機を輸入したが、これは、日本人の体格には比べて大きすぎて、実用に向かなかった。大正三年、足尾鉱山は、小型の乾式さく岩機を開発し、昭和一二年、中型湿式さく岩機を試作したが、日中戦争の勃発により、民間では事実上さく岩機を使用できなくなった。戦後、被告古河は、開発環境の整った昭和二〇年代後半から湿式さく岩機の開発を再開し、昭和二〇年代末期に至って開発に成功した。しかし、実用に耐え得る湿式さく岩機が完成し、大量生産が可能になったのは、やっと昭和三〇年代後半以降である。そして、被告古河の筑豊三鉱業所(目尾、下山田、大峰)では、基本的には岩石掘進にのみさく岩機を使用し、その他の作業には粉じんの少ないエア・オーガーを使用した。戦時中は、国の増産命令のため、岩石掘進は殆どなく、専ら沿層掘進であった。戦後も一部を除き、岩石掘進を伴う坑道の開発はない。そのような実態ではあったが、坑内条件に応じ湿式穿孔を行った。

2 炭壁注水

筑豊三鉱業所では、坑内は湧水が多量で、湿潤であったので、散水のほかに、さらに炭壁注水をする必要はなかった。

3 散水、噴霧

坑内で散水するための水は、坑内水を利用するときは揚水管により集水バック(ダム)に貯水し、そこから散水管によって各払、切羽に供給し、また、坑外水を利用するときは坑口から散水管を経由して、各払、切羽に供給したが、自然条件、坑内状況、石炭・岩石の性質等により、各現場の湿潤の程度は大きく異なるので、散水の適正量は一律には決められない。筑豊三鉱業所は、坑内湧水が多く、常時、ある程度湿潤な状態に置かれていたが、破砕された石炭、岩石から粉じんが発生しない程度に十分に湿潤になるように、必要に応じ何回も散水していた。

4 通気

筑豊三鉱業所では、主要通気に、対偶式通気システム又は中央式通気システムを採用し、通気系統の確立に努め、実態上も法規上も十分な通気を確保していた。また、一本延び坑道等、主要通気の到達し難い場所への通気、すなわち、局部通気には、吹き込み式風管通気法を採用し、局部扇風機により風管で切羽内に通気を吹き込み、同所のガスや粉じんを希釈、排除した。

5 乾式さく岩機用収じん器

被告古河は、戦前、足尾式一一型さく岩機を対象に、乾式さく岩機用収じん器について研究したが、対象岩盤が平滑面でないこと、穿孔作業の際のさく岩機の振動等から収じん効果を上げることができず、試験段階に留まった。しかし、戦後、研究を再開し、足尾式一一型さく岩機用収じん器を完成させ、昭和二八年、炭則、金則所定の収じん器としての認定を受けた。もっとも、右収じん器は、対象さく岩機が限定されていたうえ、使い勝手が悪く、普及しなかった。

6 防じんマスク

被告古河は、昭和三〇年、労働組合連合会との間で、けい肺協定を締結し、防じんマスクの無償貸与を定めたが、それ以前から、すでに、これを必要とする作業員全員に対し、無償貸与し(実質は無償支給)、予備品も十分備え、本体、部品とも無償で交換に応じていた。

7 健康診断、作業転換、じん肺教育

筑豊三鉱業所では、それぞれ炭鉱病院が開設され、各鉱業所の労務課が右病院と共同して、従業員の定期健康診断、けい肺、じん肺健康診断を企画、実施した。また、被告古河は、けい肺、じん肺健康診断に基づく作業転換について、都道府県労働基準局長の勧告がなくても、自主的に作業転換に努めた(もっとも、法令及び前記けい肺協定上、本人の意向を尊重する必要があったから、作業転換が必要な者であっても実施できない場合があった。)。さらに、筑豊三鉱業所とも、保安管理者を頂点とする保安管理系統、労使の委員から成る保安委員会等を十分活用して、保安教育を実施したが、その中には粉じん教育も含まれていた。

五 被告日鉄

1 さく岩機の湿式化

炭則が制定された昭和二四年八月以降、官界、業界及びメーカーの三者が一体となって、炭鉱で実用に耐える、軽量の湿式さく岩機の開発、改良に当たったが、これが完成したのは、やっと昭和三〇年代であり、戦前は、到底実用に供し得るものではなく、また、戦時中は、さく岩機の輸入は不可能であった。

2 発破作業

炭鉱では、発破作業によって多量の粉じんが発生することは避けられないが、被告日鉄は、発じんの少ない効果的な発破方法や散水により、発じんを最少限に抑えるとともに、十分な通気量を確保して粉じんの希釈、排除に努め、また、発破後、粉じんを排除するのに必要な時間内の立ち入りを禁止するなどの措置を取ったので、従業員が発破による発じんに暴露することは非常にわずかであった。

3 散水

被告日鉄は、大正期以降、炭じんの爆発防止の目的で散水をしてきたが、これはけい肺、じん肺防止にも有効であった。そして、昭和二五年のけい酸質区域制度の導入以降は、けい肺、じん肺防止の目的で散水した。また散水の必要な箇所に、散水設備を設け、十分な散水を行い、発じんの抑制に努めた。

4 通気

被告日鉄は、坑内通気に関しては、ガスの湧出量や稼行深度などの坑内条件はそれぞれ異なるものの、その時点の法令に従い、工学技術の進歩に伴って開発された諸種の設備を積極的に取り入れ、遺漏なきを期した。

5 防じんマスク

被告日鉄は、昭和二四年八月の炭則制定を機に、従業員に防じんマスクを支給し始め、その対象は、当初は掘進夫だけだったが、その後、範囲を広げ、昭和三〇年頃には採炭夫にも支給するようになった。また、本体や部品の交換に関する規定を定め、実施した。さらに、入坑時の検査等を実施して、マスク着用の徹底を図った。

6 粉じん測定

被告日鉄は、昭和二〇年代後半から、各炭鉱で、労研式じん埃計等を使用して粉じん測定に当たり、粉じん濃度抑制に生かした。

7 じん肺教育

被告日鉄は、組織的な保安管理体制の下に、従業員に対する保安教育を実施し、その一環としてけい肺、じん肺教育も行なった。また、各事業所には、けい肺、じん肺対策委員会、保安委員会、衛生委員会が置かれ、これら専門委員会で、じん肺等に関連する事項が討議されたときは、従業員に対して周知方が徹底された。具体的には、機会教育、五分間教育、又はテキストやスライドによる教育がなされた。さらに、労働組合による情宣活動の一環としても、けい肺、じん肺教育がされた。

8 健康診断

被告日鉄は、昭和三〇年のけい特法施行後、坑内の直接夫を対象として、法令に従い、各炭鉱病院で、けい肺・じん肺健康診断を実施し、また、昭和三五年の旧じん肺法施行後は、坑内夫全員と坑外粉じん作業従事者を対象として、同じく右健康診断を実施した(なお、二瀬鉱業所では、国によるけい肺巡回検診の前、昭和二八年、自発的に坑内夫を対象とする健康診断を実施した。)。さらに、異常所見者に対して健康診断の結果を通知した。

9 配置転換

被告日鉄は、配置転換の実施には、本人の意思の尊重という行政の要請や本人の経済的事情、又は慣れ親しんだ職場から離れたくないとの心情など、種々の困難な条件があったが、組合と密接な連絡を取りながら、対象労働者の配置転換の実現に努力した。

(当裁判所の判断)

第一  安全配慮義務およびその内容

一 はじめに

一般に雇用契約関係にある当事者間では、使用者は従業員に対し、信義則上、雇用契約上の付随義務として、従業員が労務に従事するに際し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解することができる。そして右安全配慮義務の具体的内容、程度は、当該労働者の職種、作業内容、作業環境、その作業による事故、疾病等の危険発生のおそれの程度及び社会的認識、危険発生を回避する手段の存否及び内容等、安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるところ(最高裁昭和五九年四月一〇日判決・民集三八巻六号五五七頁参照)、本件は、原告らが被告に対し、本件従業員らが被告六社において粉じん作業に従事したことにより、じん肺に罹患したとして、安全配慮義務違反に基つく損害賠償を求める事案であるから、その具体的内容、程度は、本件従業員らが従事した粉じん作業の内容、その作業環境、じん肺に関する医学的知見、じん肺防止に関する工学的技術水準、法制及び行政の状況等を総合考慮して確定されるところである。

二  炭鉱における粉じん暴露の実態とじん肺

1  炭鉱における一般的な粉じん暴露の実態

本件従業員らが就労した時期は、古くは大正末期から昭和五〇年代までにわたっているが、その中では、昭和二〇年代から四〇年代までの就労者が多い。そこで、本節では、当時の炭鉱の一般的な粉じん暴露状況等について検討し、被告六社の炭鉱の個別的事情については、後記2で検討することとする。

前記証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実がみとめられる。

(一)  掘進作業

(1)  穿孔作業

前記のとおり、大正中頃から普及し始めた乾式の衝撃式さく岩機を用いて穿孔(穴繰り)作業を行なう際、岩粉の混じった粉じん(繰粉)が多量に発生し、これがビットから吹き出す圧縮空気の圧力で穴の外に排出されるため(なお、繰粉による目詰まりを防止するため、作業中、時々ノミ先を引いて圧縮空気を空吹かししたが、そのときも粉じんが噴出した。)、作業員は右粉じんに暴露した(もっとも、炭鉱、切羽によっては湧水・降水が多く、坑内が湿潤で、湿潤の程度に応じ粉じんの発生が抑制された箇所もあった。)。昭和二〇年代後半から湿式さく岩機が普及し始めたが、掘進切羽が水浸しになって作業がやりにくくなったり、汚水や繰粉の影響で水管やノミ先が詰まることが少なくなかったので、掘進夫は水管に水を通さずに使用することが多く、その機能を果たさなかった。

(2)  発破作業

発破によって岩塊、石炭は飛散し、硝煙とともに大量の粉じんが発生し、これが掘進切羽に飛散し、しばらく空気中に浮遊した後、その一部は排気坑道に導かれ、残りは切羽及びその周辺に除々に沈降した。昼食時発破や上がり発破も行われたが、作業中の発破も多く行われた。作業員は発破時待避しているが、待避場所まで粉じんが流れて来ることがあり、待避場所から切羽までの坑道にも粉じんが浮遊していた。鉱夫の賃金体系に出来高給が採用されており、作業能率を上げるため粉じんが十分除去され、沈降する前に、切羽に戻り作業を開始することが少なくなかった。発破の際の込物には、当初、粘土等を使用したが、昭和三〇年代前半から水タンパーが使用されるようになり、また発破前後の散水、噴霧も行なわれたが、粉じん発生防止に十分ではなかった。そして掘進夫は、これらの粉じんに暴露した。

(3)  枠入作業

作業員は、枠入れの際、必要に応じコールピック又はツルハシで岩盤等を削っていたが、その際発生する岩粉の混じった粉じんに暴露した。また、既存の枠や足場に粉じんが沈降しており、これが枠入作業の際再び舞い上がり、作業員がこれを吸入することもあった。

(4)  積込み・搬出作業

石炭や岩塊(ボタ)の積込み及び搬出作業の際、これらに岩粉の混じった粉じんが含まれており、この粉じんが空気中に飛散し、作業員が吸入した。

(二)  仕繰作業

仕繰作業の際も、必要に応じ岩盤等を削るが、作業員は、この際に発生する粉じんやボタ積み作業時に発生する粉じんに暴露した。また、さく岩機で穿孔のうえ発破をかけ、また防爆のため岩粉散布作業をする際にも、かなりの粉じんが飛散し、これに暴露した。仕繰作業班が捲上機の設置場所を作る捲座作りや坑道保持枠の撤収作業等をも行う炭鉱では、その際発生する粉じんにも暴露した。しかし、仕繰作業時の散水は殆ど実施されず、湿式さく岩機も使用されなかった。

(三)  採炭作業

(1)  各種採炭方法と粉じんの発生

採炭方法には、前記のとおり、ピック採炭、カッター採炭、ホーベル採炭等、種々存在するが、いずれの場合も粉じんが発生し、しかも炭粉だけでなく、岩粉の発生を伴った。機械化が進むにつれ、粉じんの発生量は増加し、作業員はこれに暴露した。しかし、採炭現場で湿式さく岩機を使用することはなかった。また、戦前から防爆目的で坑道、切羽に散水、噴霧がされたが、粉じん発生防止に十分ではなかった。

(2)  採掘跡の処理

採掘跡の処理方法として、前記のとおり、人為的に採掘跡を崩落させて切羽への荷重を和らげる方法があるが、その際、岩粉の混じった粉じんが発生し、作業員がこれに暴露した。

(3)  切羽運搬

切羽運搬作業の際、採炭した石炭をかき寄せ、コンベアーなどにすくい入れたり、石炭をコンベアーから炭車に落下したりする際、粉じんが発生し、作業員はこれに暴露した。石炭を炭車に落し込むときなどに、炭じん爆発防止の観点から散水が行なわれたが、粉じん発生防止に十分ではなかった。

(四)  その他の坑内作業

その他の坑内作業でも粉じんが発生し、作業員はこれに暴露した。すなわち、①充填作業の際も、天盤を部分的に崩落させるときなどは粉じんが発生した。②坑内機械係、坑内電気係については、その作業現場まで、近くの掘進・採炭切羽等から粉じんが飛来し、浮遊することがあった。③坑内大工、通気大工は、粉じん発生現場に近接した場所で作業を行うため、そこから粉じんが飛来し、浮遊していた。④坑内運搬作業では、炭車に満載したボタが風に煽られて粉じんが発生した。⑤坑内保安係は、業務の性質上坑内を巡回し、発じん現場にも接近するため、粉じんに暴露した。⑥発破係は、掘進・採炭現場で発破作業に従事し、穿孔・発破によって発生した粉じんに暴露した。⑦その他(坑内係員、坑内雑役)の者は、いずれも、業務上発じん現場に接近するので、粉じんに暴露するのを避け難い状況であった。

(五)  坑外作業

坑外作業でも粉じんが発生し、作業員はこれに暴露した。すなわち、①チップラー操作の際、粉じんが発生した。②選炭作業では、作業場がチップラーの下にあり、石炭やボタを落下したり、石炭を選別する際、粉じんが発生した。③ボタ捨て(スキップ操作)作業の際も、粉じんが発生した。

(六)  坑内湧水・降水について

被告六社は、多くの炭坑では湧水、降水等があって、坑内が湿潤化しており、粉じんは発生しないと主張するので、この点について付言する。

なるほど、本件条炭鉱の坑内では、場所によっては、地表水、海水(海底炭鉱の場合)、旧採掘跡の溜水、豪雨等による湧水、降水、侵入水が見られ、湿潤化して、湿度も高く、中には、雨具を使用して作業を強いられる切羽があったことは関係証拠から窺えるが、他方、被告三菱の崎戸炭鉱(海底炭鉱)では、海水の湧水、降水が多く見られたものの、切羽によっては乾燥した箇所もあり、また、被告日鉄の二瀬炭鉱は古洞が多く、坑内に湧水、滴水が多く見られたものの、湧水、滴水は一般的ではなかったことが認められ、さらに、石炭固有の水分含有率は、精々数%程度で高くなく、仮に、石炭の表面が湧水、降水を受けて湿潤であっても、穿孔作業や発破作業をすれば、乾燥した炭じんが発生する可能性があったことは十分に認めることができる(証拠によれば、二瀬炭鉱では、穿孔すれば炭壁から炭じんが発生したこと、本件作業員が現に坑内作業中粉じん発生を経験したことを認めることができる。)したがって、湧水、降水が多く、湿潤化した坑内場所があった事実をもって、これを一般化し、殆どの、又は全ての切羽で粉じんが発生しなかったとか、その量が著しく少なかったと断定することはできないから、被告六社の主張は採用できない。

2 被告六社における粉じん暴露の実態

(一) 被告三井両社の炭鉱

前記第三章の第二及び前1で認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは、前1と同じである。

(1) 山野炭鉱

Ⅰ 掘進作業

山野炭鉱では、掘進作業には専ら乾式さく岩機を使用し、ボタ積みには掻き板とエブジョウケを使用したが、ロッカーショベルを使用した箇所もあった。作業員は、発破の際は切羽から離れた場所に退避したが、粉じんが十分沈降し、排除される前に切羽に戻って作業することが多かった。

Ⅱ 仕繰作業

仕繰夫もさく岩機やピックを使用し、発破をすることがあった。

Ⅲ 採炭作業

山野炭鉱では、昭和一〇年以降は殆ど長壁式採炭法で、採炭方法は主に発破採炭の方法により、穿孔にはオーガー、乾式さく岩機が使用され、戦後になっても湿式さく岩機を使用することは少なかった。昭和二〇年代以降、コールピックやコールカッターが使用され、昭和三〇年代以降、ホーベルが導入された。炭壁面を発破、ピック、コールカッター、ホーベルで破砕、掘さくする際、粉じんが発生し、石炭をコンベアーや炭車にすくい入れる際にも粉じんが発生した。

(2) 三池炭鉱

三池坑では、昭和二八年頃までに、岩石掘進切羽において大型さく岩機を湿式化し、その際、徐々に小型の湿式さく岩機も導入したが、なおかなりの乾式さく岩機が使用されており、また、作業員の中には湿式さく岩機を乾式さく岩機と同様にして使用する者もあり、粉じんは依然として発生していた。

(3) 田川炭鉱

Ⅰ 掘進作業

田川炭鉱では、専ら乾式さく岩機を使用し、岩石掘進切羽等で、一部、湿式さく岩機も使用したが、作業員の中には、これを乾式さく岩機と同様にして使用する者がいて、粉じんの発生に変化はなかった。また、発破後、粉じんが十分に沈降する前に作業を始めることが多かった。

Ⅱ 仕繰作業

仕繰夫もさく岩機やピックを使用し、また、仕繰作業時の散水は実施しなかった。

Ⅲ 採炭作業

大正末年頃から長壁式採炭法に移行し、前進払が主であったが、昭和初期には一部で穿孔にオーガー、乾式さく岩機を使用した。炭壁の破砕にはコールピックやコールカッターが使用され、昭和二〇年代後半以降、スクレーバーを使用した。採炭切羽における湿式さく岩機の使用は極めて少なかった。

(二) 被告三菱の炭鉱

前記第三章の第二及び前1で認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは、前1と同じである。

(1) 飯塚炭鉱

Ⅰ 掘進作業

従業員は穿孔に乾式さく岩機を使用し、また、発破後は、粉じんの鎮静化を待つことなく、ボタ積みの作業にかかることが少なくなかった。切羽も散水設備がある所とない所があった。

Ⅱ 採炭作業

飯塚炭鉱は長壁式採炭法で、前進払・発破採炭が主であった。一部カッター採炭が行われ、戦後はドラムカッターも使用された。炭層上部のさく岩にはさく岩機も使用された。

(2) 上山田炭鉱

掘進作業の際、従業員は穿孔に乾式さく岩機を使用した。また、ここは、長壁式採炭法で、前進払・発破採炭が主であった。

(3) 勝田炭鉱

勝田炭鉱は、長壁式、前進払のカッター採炭で、昭和三〇年頃からH型コンペアー、カッペを使用した。

(4) 古賀山炭鉱

古賀山炭鉱は、ドラムカッター採炭であり、ノズルから散水していたが、粉じん発生は多かった。

(5) 鯰田炭鉱

鯰田炭鉱は、掘採区域が浅部で、坑内は比較的湿潤であったが、粉じんは発生し、また、従業員は、掘進作業の際、穿孔に乾式さく岩機を使用した。採炭は、長壁式採炭法で、前進払・カッター採炭が主であり、昭和二〇年代後半からカッペやH型コンベアーが導入された。散水は、戸樋口噴霧が主であり、払面の下部が岩盤である切羽では、カッターで切削したため、岩粉の量が多く発生した。さらに、発破後は粉じんが沈静しない間に作業に取りかかっていた。

(6) 高島炭鉱

従業員は、掘進作業の際、穿孔に乾式さく岩機を使用し、穿孔作業時と発破後の粉じんが多かった。散水設備があっても散水されないことがあった。採炭作業は、長壁式採炭法で、前進払・発破採炭が主であり、昭和三〇年代にホーベル採炭が、また、昭和四〇年代にドラムカッター採炭が導入された。しかし、ドラムカッターから大量の粉じんが発生した。さらに、天盤支保はカッペが主流であった。第二会社の三菱高島炭礦時代に自走枠が導入され、昭和三〇年代にH型コンベアーが導入された。

(三) 被告住友の炭鉱

前記第三章の第二及び前1で認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは前1と同じである。

(1) 忠隈炭鉱

Ⅰ 掘進作業

湿式さく岩機は使用されず、乾式さく岩機による穿孔時や発破時には多くの粉じんが発生し、ボタ積み時も粉じんが発生した。発破後完全に粉じんが沈降するまで退避して待つことはなかった。

Ⅱ 採炭作業

長壁式・前進払・カッター採炭が行なわれた。採炭現場での散水は十分でなく、多量の粉じんが発生した。

Ⅲ 坑内電気係・坑内係員・坑外運搬作業

坑外運搬夫は、チップラーをひっくり返す作業やスキップにボタを積み込む作業、又はボタ山の頂上で水を流す作業等の際、粉じんに暴露した。

(2) 奔別炭鉱

ホーベル採炭とドラムカッター採炭が主であり、多くの粉じんが発生した。

(3) 昭嘉炭鉱

湿式さく岩機は使用されず、穿孔や発破時多くの粉じんが発生した。発破後五分位して切羽に戻っていたが、キャップランプの灯りが三メートル先まで届くかどうかという状況であった。

(四) 被告古河の炭鉱

前記第三章の第二及び前1で認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは前1と同じである。

(1) 目尾炭鉱

Ⅰ 掘進作業

目尾炭鉱では、湿式さく岩機は殆ど使用されず、専ら乾式さく岩機が使用され、これを使用して穿孔する際や発破の際には多くの粉じんが発生した。発破の後は粉じんの十分な鎮静化を待つことなくボタ積みや枠入れの作業にかかることが少なくなく、また、上がり発破や中食時発破は少なかった。ボタ積みの際も粉じんが発生した。

Ⅱ 採炭作業

昭和初期から長壁式採炭法を行い、やがて、コールピック、コールドリル、さく岩機が導入された。炭壁面の掘さく、破砕、発破時や積込み作業時には粉じんが発生した。

(2) 下山田炭鉱

Ⅰ 掘進作業

下山田炭鉱では、穿孔に乾式さく岩機が使用され、その際、粉じんが発生した。発破時に大量の粉じんが発生したが、その十分な鎮静化を待つことなくボタ積みや枠入れの作業にかかることが少なくなかった。また、ボタ積みの際も粉じんが発生した。

Ⅱ 採炭作業

片盤向長壁採炭法を採用し、原則として後退式ポケット採炭をしていた。

(3) 大峰炭鉱

Ⅰ 掘進作業

大峰炭鉱では、穿孔に乾式さく岩機が使用され、穿孔時や発破時に粉じんが発生した。発破後発生した大量の粉じんの十分な鎮静化を待つことなく、ボタ積みや枠入れの作業にかかることが少なくなかった。また、ボタ積みの際も粉じんが発生した。

Ⅱ 採炭作業

炭壁にオーガーで穿孔して、発破で破砕していたが、昭和三〇年代にはカッター採炭も行なわれた。炭壁面の掘さく、破砕、発破時や積込み作業時には粉じんが発生した。

(五) 被告日鉄の炭鉱

前記第三章の第二及び前1で認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは、前1と同じである。

(1) 二瀬炭鉱

Ⅰ 掘進作業

二瀬炭鉱では、掘進切羽のさく岩機は殆どが乾式さく岩機であり、また、発破時には硝煙とともに大量の粉じんが発生し、周囲が真っ白になった。発破後は粉じんの十分な鎮静化を待つことなく、ボタ積みや枠入れの作業にかかることが少なくなかった。ボタ積みの際も粉じんが発生した。

Ⅱ 採炭作業

ここは長壁式採炭法で、前進払又は後退払、発破採炭が主であり、カッター採炭が中心で、ピック採炭も行なわれた。炭壁面の穿孔や掘さく、発破時には多くの粉じんが発生し、石炭のすくい入れ作業時やコンベアーから炭車への積込み作業時にも粉じんが発生した。

Ⅲ 坑内保安係、坑内雑夫、撤収方

坑内雑夫は発破係の補助作業、撤収方は片盤坑道のアーチ枠の撤収作業をし、それぞれ粉じんに暴露した。

(2) 嘉穂炭鉱

Ⅰ 掘進作業

嘉穂炭鉱では、殆ど乾式さく岩機であり、穿孔時は粉じんで目を開けておられないほどであった。発破時は大量の粉じんや硝煙が発生し、視界がきかず、発破後は、粉じんの鎮静化を待つことなくボタ積みや枠入れの作業にかかることが少なくなかった。ボタ積みの際も粉じんが発生した。

Ⅱ 採炭作業

ここは長壁式採炭法、カッター採炭が中心で、後にホーベル採炭も行われ、他にコールピック、さく岩機も使用された。炭壁面の穿孔、掘さく時には粉じんが発生した。石炭のすくい入れ作業時、戸樋口から炭車への積込み作業時にも粉じんが発生した。

(3) 伊王島炭鉱

伊王島炭鉱では、殆ど乾式さく岩機が使用された。また、採炭作業は長壁式採炭法、カッター採炭、ホーベル採炭が行われ、他にコールピック、さく岩機も使用された。炭壁面の穿孔、掘さく時、発破時には粉じんが大量に発生し、コンベアーから炭車への積込み作業時にも粉じんが発生した。

(六) その他の炭鉱

前記第三章の第二及び前1の認定した事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。なお、以下、特に付加するほかは、前1と同じである。

(1) 炭鉱の概要

その他の炭鉱の作業方法や坑内設備等は、被告六社の炭鉱と基本的には異ならないが、操業規模が零細なため、被告六社の炭鉱よりも粉じん対策が遅れ、従業員の作業環境が劣悪であった炭鉱が多い。また、山野炭鉱、忠隈炭鉱、高島炭鉱などのように、被告会社の第二会社が被告会社の後を継いで経営した炭鉱もあり、このような炭鉱では坑内設備、機械がほぼそのまま引き継がれた。

(2) 従業員の粉じん暴露の状況

Ⅰ 掘進作業

従業員は穿孔作業に乾式さく岩機を使用し、多量の粉じんに暴露した(なお、例外的に昭和二三年頃までノミによる手掘掘進をしていた炭鉱もある。)。そのうち、魚貫炭鉱(魚貫炭鉱株式会社経営、熊本県牛深市)では、昭和四二年以降、湿式さく岩機を導入し、使用したが、これはごく一部で、第一漆生炭鉱(株式会社漆生鉱業所経営、福岡県稲築町)、大之浦炭鉱(貝島炭鉱株式会社、大之浦炭鉱株式会社経営、同県宮田町)等では、湿式さく岩機を導入しても故障が多発し、作業能率が低下するなどという理由で、給水することなく乾式さく岩機同様にして使用した。また、発破後は、発生した大量の粉じんが十分に鎮静化するのを待つことなく、ボタ積みや枠入れの作業にかかる炭鉱が多かった。

Ⅱ 採炭作業

多くの炭鉱では長壁式採炭法が採用され、電気オーガーやコールピックが使用された。三友炭鉱(三友鉱業株式会社経営、同県山田町)、堤田炭鉱(祝原鉱業株式会社経営、同県飯塚市)、七福目尾炭鉱(野田鉱業株式会社経営、同県小竹町)など、小規模の一部炭鉱では、昭和三〇年代半ばでもツルハシやノミを用いて発破採炭をしていた炭鉱もある。不動炭鉱(河内進経営、長崎県佐世保市)、福久炭鉱(福徳鉱業株式会社経営、佐賀県伊万里市)等では、炭層が二尺ないし三尺しかなく、採炭夫が半分寝そべって作業する寝掘をしていた。また、芳雄炭鉱(麻生産業株式会社経営、福岡県飯塚市)、新山野炭鉱(日本炭業経営、同県稲築町)、新屋敷炭鉱(日満鉱業株式会社経営、佐賀県東松浦郡)では機械化が進められ、カッター、ホーベルを導入した。

3  じん肺に関する医学的知見

(一)  本件は、原告らにおいて、本件従業員らがじん肺に罹患したことを理由に被告六社の安全配慮義務違反及び被告国の規制権限行使義務違反を理由に損害賠償を請求するものであるから、原告らは、被告らの負うべき右各義務の内容を特定しなければならないが、その特定のためには、炭鉱夫じん肺に関する医学的知見及びじん肺防止に関する工学技術的知見の有無、その成立時期及び内容等を明らかにする必要がある。そこで時代を追って、この点につき検討する。

(二)  戦前から昭和二三年まで

前記事実(第三章第三)、特に、文献上では、既に大正年間に炭鉱の長期就業者に炭肺の罹患率が高く、鉱夫の死亡率も高いことが医学誌に記載され、また、じん肺は主に金属鉱山ではヨロケという名称で早くから大きな社会問題となっていた状況であったこと、けい肺の病理、発生機序についても、昭和初年代頃には、ある程度解明され、特に、岩石じんに含まれる遊離けい酸の有害性は明白であったこと、その頃には、鉱山の衛生状況調査により、鉱夫の疾病は、金属山と比べて、石炭山が約二倍に上り、気管支炎、肺炎、肺気腫のほか、炭肺等の呼吸器系疾患が多いことが判明していたこと、炭肺については、当初、けい肺と比べて軽症と考えられていたが、動物実験の結果や炭鉱夫の実態調査(有馬英二、白河玖治「炭肺ノレントゲン学的研究」昭和五〇年一〇月)では、炭肺の有害性が指摘され、炭肺でも岩石じん又は石炭と岩石の混合じんを吸入すれば重篤な症状を生じるという考えがおおむね承認されていたこと、また、炭鉱でもけい肺の罹患者が発生していたことは周知のことであったこと(商工省鉱山局発行の統計でも、昭和六年時点で、炭鉱においてけい肺二一名、炭肺四名の患者が報告されていた。別表二の二六。もっとも、右統計で、用いられている「けい肺」又は「炭肺」が正確なものかどうか検討の余地がないではないが、右統計が坑内夫、坑外夫に分け、粉じん作業を前提としていること及び当時のけい肺、炭肺に関する知識、知見の程度に照らすと、けい肺、炭肺以外の疾病を混入しているとは認め難い。)、さらに、炭鉱企業等の利益団体である日本鉱山協会が、鉱山監督局の後援の下に、全国各地で、炭鉱企業の鉱山医や担当係員を対象にして開催した鉱山衛生講習会(昭和九年)では、専門家の医師、学者、鉱山監督局技師等が炭鉱でのけい肺患者の発生を指摘し、炭じんに岩石じんを含むときは、けい肺患者の多発が予想されること、及びけい肺の症状の重篤性のほか、けい肺・炭肺の診断、治療、予防対策等全般にわたって網羅的に講演したこと、法制上も、すでに鉱警則改正(昭和四年一二月)で、主に金属鉱山を対象に、ガス爆発防止目的の観点からではあるが、粉じん対策に関する規定が見られ(六三、六六条)、また、前記内務省社会局労働部長通牒「鉱夫けい肺及び眼球震とう症の扶助に関する件」(昭和五年六月)では、金属山と石炭山とを問わず、けい肺が初めて業務上の疾病と取り扱われ、鉱夫労役扶助規則の適用されるところとなったこと、これらの事実を総合すると、被告六社は、けい肺について、その患者数や原因、病理、病像等の詳細は未解明であるものの、遅くとも、前記講演会の講演集が刊行された直後の昭和一〇年頃までには、けい肺が、坑内作業等で遊離けい酸分を多量に含有する粉じんを長期間にかつ多量に吸入することによって発病する業務上の疾患であって、その特徴は、肺の線維増殖性変化を主体として、呼吸困難、肺気腫、身体の衰弱等の症状を呈し、病変は進行性で、放置すれば生命にかかわるほど重篤化すること、そして、けい肺は金属鉱山の坑夫に多いが、炭鉱でも多量の遊離けい酸分を含む岩石を掘削するときは、これに罹患するおそれがあり、現に、少数ながらけい肺の患者が発生していたことを現に知り、あるいは少なくとも容易に知ることができたというべきである。

もっとも、被告三井石炭及び被告日鉄は右時点以降設立され、又は、炭鉱経営を開始したが、右両被告は、右設立又は操業開始の時点で右の知見を得、又は少なくとも容易に得ることができたというべきである。

(三)  その後の展開

前記事実(第三章第三)のほか、証拠によると、昭和二三年一〇月から始まった前記けい肺巡回検診の結果、全国の炭鉱で炭鉱夫じん肺患者が多数発見されたこと(その明細は、①昭和二四年度から昭和二九年度までは、被検者総数一万二二〇五名のうち、けい肺有所見者総数は二二一〇名(一八%)であり、内訳は、けい肺要領一(要健康管理等の対象者)が一四九〇名、同二(要配置転換等の対象者)が九三名、同三(要療養等の対象者)が五五名であった。ただし、内訳は昭和二七年度以降分のみ。また、②昭和三〇年度から昭和三二年度までは、被検者総数一四万五八五〇名のうち、けい肺有所見者総数は一万一七八五名(八%)であり、内訳は、けい肺第一症度が九七六五名(六%)、同第二症度が一二四〇名(同0.8%)、同第三症度が五四五名(同0.3%)、同第四症度が二三五名(同0.16%)であった。)、このように、石炭鉱山でも予想以上のけい肺患者が発生し、全産業の約三〇%に達する勢いであったから、専門家らが炭鉱でも強力なけい肺予防対策が必要であると指摘していたこと(房村信雄「けい肺の予防について」昭和二八年一一月刊行、川上輝夫「石炭鉱業におけるけい肺について」昭和三二年一〇月刊行)、被告三井両社についていうと、昭和二三年度労働者の事業場労働衛生実態調査によると、三井、三池各炭鉱において、昭和一四年から昭和二四年まで、合計七二名のけい肺患者の発生を見、うち一九名が死亡したこと、右患者中には金属山又は他の石炭山からの転入者一二名を含むが、他の患者の大半は炭鉱労働者であるから、けい肺の原因を金属山における労働と断定する根拠に乏しく、炭鉱労働とけい肺の因果関係を推認するのが合理的であること、昭和二三年以前の患者数は、炭鉱労働者の一部を任意的に診断した結果に基づくが、昭和二三年の労基法の施行に伴い、全労働者の健康診断をしたところ、患者数は、前年比の三倍強の二九名と急増していること、他方、三池炭鉱では、昭和二一年、けい肺患者が発生し、昭和二二年から昭和二八年まで、毎年患者が発生し(順次、二八、一三、三三、一五、八二、三〇名と発生し、その合計は七年間で三四一名であった。)、死者も合計二四名に上ること、これら患者の中には、打切り補償を受けて退職した者等七四名を含み、また、昭和二二年以前にも、結核等の私傷病により退職した者の中に相当数のけい肺患者が含まれていることが推測されること、さらに、被告三井両社は、戦前金属鉱山も経営していたから、金属鉱山で多発していたけい肺の原因・発生機序、病理又は防止策等について、既に相当の知見を得ていたこと、文献をみると、昭和二〇年代後半ころまでには、炭じんが肺結核の治癒やけい肺防止に有効であるという学説は排斥され、炭じんの有害性やけい肺の原因や病理、発生機序等について、なお一層研究が進み、遊離けい酸分を高度に含有する粉じん対策の重要性が指摘されたこと(滝沢ほか「けい肺の病理解剖学的研究補遺」昭和二〇年刊行、佐野辰雄「特集けい肺とじん肺」昭和三〇年刊行、渡辺恒藏「実験的炭肺について」昭和三二年刊行)が認められる。

これらの事実を総合すると、昭和一〇年以降は、けい酸分含有率や危険な粉じん粒子の粒子数・大きさなどの測定、研究が進み、新たに、粉じん恕限度という概念も想定され、また、けい肺の研究も多数積み重ねられて、その発生機序、病理、病像等がかなり詳細に解明され、昭和二九年には、けい肺の知見が集大成され(鉱山保安局編「けい肺予防のための粉じん防止」)、炭鉱におけるけい肺患者も多数報告された状況であったというべきであって、被告六社は、けい肺につき前記認識に加えて、患者数や原因、病理、病像等のほか、症状の重大性及びその対策の必要性、緊急性についても、なお一層、明確かつ詳細に知り、あるいは少なくとも容易に知ることができたというべきである。右知見に応じて、けい肺の防止対策についても、各炭鉱の粉じん中の遊離けい酸分に重点を置き、さく岩機の湿式化や防じんマスクの着用のほか、散水・噴霧の励行、集じん機の設置、健康診断・配置転換の実施等、より強力かつ有効な方法を取る必要があることを現に知り、あるいは少なくとも容易に知ることができたというべきである。また、昭和三三年四月以降は炭じんの有害性を直視して、炭鉱夫じん肺に対する一段と科学的、合理的な対策が要求される新たな局面を迎えたというべきである。そして右のような知見を前提に、旧じん肺法(昭和三五年三月)が制定された。

(四)  被告六社の主張について

被告六社は、じん肺の知見について、炭じん無害説や当時の診断の機器、技術の低さ、粉じん測定器の開発の遅れ、炭鉱でのけい肺の症例の少なさなど、種々の理由を挙げて、前記認定の知見の時期、内容を争い、炭鉱夫じん肺の知見が確立したのは、昭和三五年頃であると主張するので、この点につき判断する。

(1)  まず、炭じんの無害説ないし結核防禦説については、前記のとおり、戦前、海外では右の学説が少なからず唱えられたけれども、反対説も強く、わが国では、複数の学者らによって右説が排斥されたことを考えると、戦前、これらの説が支配的であったとは到底いえない。もっとも、戦前、炭肺にはけい肺に見られる線維増殖性変化がごくわずかしか見られず、殆ど軽症で、じん肺特有の所見がみられないという見解が有力に唱えられたことは認められるものの、しかし、他方では、複数の学者によってけい酸分を多量に含有する石じんを混合的に吸入すれば、石じんのみを吸入した場合と同じく、高度の線維増殖性変化を来し、けい肺と本質的に変わりがなく、レントゲン学的所見上も明らかであることが発表され、その点はおおむね専門家に承認されていたことが認められるので、前記認定をくつがえすものではない。

(2)  また、当時の診断の機器、技術の低さ又は診断基準の不存在については、そのような事実があったことは容易に推認できるところであるが、このことから戦前では個々の症例の診断が誤っていたとか、不正確であったということのできないのは言うまでもないことであり、かえって、当時の文献(例えば、有馬・白河「炭肺ノレントゲン学的研究」)や前記内務省社会局労働部長通牒の解説等をみると、けい肺の診断方法につきレントゲン線写真による診断のほか、臨床症状、肺機能検査及び業務の性質を勘案して診断する方法が採用されていたから専門性、正確性が担保されていたことを認めることができる。炭肺についても、既に重篤化する症例が報告されていたから、その診断はけい肺に準じて行われていたと考えるのが相当である。それだけではなく、本邦鉱業ノ趨勢(昭和五年)に記載された「炭鉱のけい肺二一名、炭肺四名」の統計についても、昭和二四年以降のけい肺巡回検診結果では、けい肺有所見者が多数に上ったことやけい肺の発症期間を考えると、より多数のけい肺ないし炭肺の有所見者の存在が予想されるので、これが不正確であるとは認められない。

(3)  さらに、炭鉱夫じん肺の原因、発生機序、病理等の知見が確立したのは昭和三五年ころであると主張する点については、なるほど、炭鉱夫じん肺につき、医学上詳細かつ確定的な知見が確立したのは、時代的にはなお遅れることは、前記第三章の第三の事実に照らして容易に推認できるが、本件で問題となる使用者の安全配慮義務の前提となる知見は、要するに、使用者において、その作業条件下では、労働者にその疾患に罹患する危険があり、かつ、その病理や症状に照らして防止対策を講じることが必須であると認識できる程度のものであれば足りるというべきである。特に、炭鉱夫じん肺は炭鉱以外で発生するとは考えられない、いわば、炭鉱特有の職業病であって、炭鉱企業はその防止につき第一次的責任を負う立場にあるから、漫然と、炭鉱夫じん肺に関する医学上詳細かつ確定的な知見の確立を待ち、それからその対策を講じるということは許されない道理である。そして、右のような意味の知見は、既に昭和一〇年ころには成立していたというべきである。

(4)  炭鉱でのけい肺の症例が少なく、昭和二四年のけい肺巡回検診まで炭鉱夫じん肺の実態調査がされたことがなかったことは、被告六社の主張するとおりであるが、前記認定の炭肺の高罹患率、けい肺の知見、金属鉱山のけい肺問題、文献の記載及び鉱山衛生講習会による情報宣伝活動等の事実を考えると、炭鉱夫じん肺にも重篤化する症例が考えられ、その被害の重大性及び防止対策の必要性も、既に明らかとなっていたのであるから、当然、前記認定の程度の知見は得ていたものであり、あるいは、容易に得ることができたというべきである。けい肺について本格的な実態調査がされず、けい肺の症例が少なかったから、労働者がじん肺に罹患することを予見し、その対策を取る必要があることを認識できなかったというのは、著しい無関心であるか、怠慢というほかない(なお、戦前、既に一部の炭鉱では、外国製湿式さく岩機が使用されているが、これも前記認定の知見があったことを推認するに足りるものである。昭和三年一一月時点の調査では、三井三池四山坑で二台、鹿町炭鉱で五台であった。

以上によれば、被告六社の主張は採用することはできない。

4  じん肺防止に関する工学技術的知見

証拠及び弁論の全趣旨によると、じん肺防止に関する工学技術的知見又は炭鉱における防じん対策の内容及び変遷等について、以下の事実が認められる。

(一) 炭鉱の保安問題

歴史的に見て、炭鉱で最も大きな保安問題とされてきたものは、坑内の爆発事故防止であり、その原因となる坑内ガス及び炭じん対策が大きな地位を占めてきた。これが金属鉱山と比べて、炭鉱の顕著な特徴である。そして、その有効かつ重要な対策として、早くから坑内通気及び散水が提唱されてきた。炭じんの爆発性が認識されたのは大正初期で、これが大正四年一二月石爆則として結実した。炭鉱では防爆の観点から早くから炭じん対策が行われてきたが、これは、じん肺防止のための粉じん対策と重なる面が多い。

(二) わが国の石炭の特徴、特に、遊離けい酸分

わが国において多く見られる石炭の生成時期は新生代であり、西欧の石炭(古生代)と比べると、約三億年遅れる。時代が古ければ古いほど石炭化作用が進み、上下盤の岩石も硬く緻密である。西欧の石炭層は比較的メタンガスが少なく、乾燥しているのに対し、わが国の石炭層は比較的メタンガスが多く、湿潤度が高い。

また、金属鉱山の岩石は火成岩が多く、岩質は硬いのに対し、炭鉱の岩石は砂岩、頁岩等の堆積岩が多く、岩質は軟らかい。火成岩(代表的な鉱物は石英)は遊離けい酸分を比較的多く含有するが、堆積岩は比較的少ない。しかし、遊離けい酸分の具体的な割合は鉱山及び採掘箇所により差異があり、これを正確に判定するには多数の試料を採取して分析する必要がある。

(三)  じん肺防止のための粉じん対策の概要

(1)  粉じんの生成、発散、吸入の防止

じん肺防止のための粉じん対策は、結局は、粉じんの生成、発散、吸入を防止することに尽きる。そのための工学的対策には次のものが考えられる。すなわち、①粉じんの生成防止には、まず、できる限り粉じんの生成が少ない掘さく方法又は作業方法を採用することであり、また、さく岩機の湿式化、炭壁注水等、水を使って粉じんの生成を減少させる方法も考えられる。発破については、一孔当たりの装薬量や発破孔数を減らし、又は発破前に炭層に透し込みを入れる。ゆるめ発破の方法がある。ドラムカッターの改良も研究に値する。しかし、②鉱山で粉じんの生成を零にするのは極めて困難であるから、次に、発生した粉じんの発散防止が重要となる。その方法としては、岩壁、炭壁への散水、作業中の適宜な散水、積込口への散水等が効果的であり、また、発破時に水タンパーを用いるとか、噴霧発破、採炭機械運転時のスプレーの利用等も有効である(ただし、炭じんは水に濡れにくい性質をもつので工夫が必要である。)。水を用いない方法としては、乾式さく岩機用収じん器、選炭工程における破砕機の密閉等がある。また、③堆積粉じんの再飛散防止のためには、作業場を定期的に清掃し、散水等を実施することが必要であり、坑道における風速にも留意しなければならない。また、界面活性剤をペースト状にして、坑道の壁に塗布し、粉じんを吸着させる方法も研究されている。④浮遊粉じんの抑制のためには、浮遊粉じんの沈降を促進する方法及び浮遊粉じんを希釈・排除・吸引する方法がある。前者としては、払の肩坑道における噴霧・スプレー、散水湿潤地帯の設置等があり、後者としては適正な通気の確保、集じん装置等がある(ただし、集じん装置は防爆の観点からの技術的問題がある。)。さらに、⑤浮遊粉じんの吸入防止のためには、呼吸保護具の使用及び粉じん飛散箇所から労働者を隔離する方法がある。前者の防じんマスクは、昭和二九年以降は、炭則により、JISの規格品であることを要することになったが、本来的には、粉じん捕集効率が高いこと及び呼吸抵抗が低いことという二律背反の要請を満たす必要がある。後者としては、多量の粉じんの発散する作業設備には従業員を立入りさせず、遠隔操作又は自動運転にして他と隔離する方法、あるいは従業員を清浄な空気が確保されたボックス内に入れて操作させる方法等がある。また、掘進現場で発破後一定時間立ち入りを禁止するなど、従業員を時間的に隔離する方法もある。

(2)  じん肺教育、健康管理

じん肺罹患及びその進行を防止するには、粉じんの有害性及びじん肺の重大性につき、従業員に対し、教育又は啓蒙を行なうこと、健康診断、じん肺検診を実施し、患者の早期発見、早期治療に努め、粉じん職場から離脱させることが重要である。

(四) 工学的粉じん対策の具体的内容及び変遷

(1)  湿式さく岩機

湿式さく岩機等に関する主な文献を見てみると、戦前では、前記のとおり、既に大正年間に、内務省社会局技師によって、湿式さく岩機の導入は、さく岩機の使用の際多量に発生する粉じんを防止する上で一大福音であると指摘されていた(南俊治「鉱山衛生」、大正一五年一一月刊行。なお、同書では、乾式さく岩機と湿式(水洗式)さく岩機とを比較すると、粉じん発生量(mg/m3)は、前者が最大量二四五、平均四二〇に対し、後者はそれぞれ五二、四五と格段に少なかった。)。そして、戦後になって、昭和二四年七月、東北大医学部による金属鉱山のじん埃対策に関する調査報告が発表されたがこれによると、湿式さく岩機を使用すれば、じん埃発生は、乾式さく岩機のときの二二五〇ないし一六三六/ccと比べて、一〇〇四ないし四八四/ccと半減し、けい肺の予防に有効であるが、その使用率は六%にすぎなかった(「けい肺に関する研究」東北医学雑誌四一巻)。また、昭和二八年三月刊行の文献の中では、湿式さく岩機使用の実情について、従前は、これを使用中身体が濡れる不快感からなかなか使用されなかったが、サポーターやジャンボーが使用され、直接機械を担ぐことが少なくなり、次第に使用されるようになったことが紹介された(兵庫信一郎「炭鉱読本」)。さらに、昭和三四年五月、被告三菱の崎戸炭鉱の医師御厨潔人によって、掘進時の穿孔作業による粉じん発生量の研究報告がされたが、その平均値(単位P/cc)は、湿式さく岩機は、乾式さく岩機と比べて約半分以下と好成績であるが(岩石掘進の場合、乾式さく岩機一台で五一〇〇、湿式さく岩機一台で一二〇〇、沿層掘進の場合、乾式さく岩機一台で二四〇〇。また、時間加重平均をとり、切羽面の粉じん平均を推定すると、岩石掘進の場合、乾式さく岩機一台で二四〇〇、湿式さく岩機一台で九四五、沿層掘進の場合、乾式さく岩機一台で一六七〇、湿式さく岩機一台で一一二九であった。)、それでも、粉じん恕限度専門部会の中間報告の恕限度の第Ⅰ水準(遊離けい酸含有量一〇%以上で四〇〇P/cc又は八mg/cc。ただし多数意見。)には到達せず、辛うじて、岩石掘進で湿式さく岩機を使用したときに、第Ⅱ水準(遊離けい酸含有量一〇%以上で四〇〇ないし一〇〇〇P/cc)に到達すること、現在の防じん技術では、これ以上の粉じん減少は無理であるから、湿式化した場合でも防じんマスクが必要であること、岩石掘進でさく岩機を湿式化し、かつ、防じんマスクを装着すれば、ほぼ第Ⅰ水準に達すると推定されることが指摘された(御厨潔人「炭鉱における粉じん対策の研究」)。

他方、実際に使用されたさく岩機の種類、構造等についてみると、岩石・炭層の穿孔作業に用いられるさく岩機は、穿孔方法の違いによって、往復運動をするピストンでビット(ノミ)を叩く衝撃式(打撃式、ハンマー型)さく岩機、ビットを回転させる回転式さく岩機、及び両者の併用式さく岩機に大別される(なおハンマー型さく岩機(ハンマードリル)は、一八九〇年頃、アメリカのC.H.Shawによって発明された。)。また、繰粉を排除する方法により、乾式さく岩機と湿式さく岩機に分けられる。乾式は、繰粉を圧縮空気で孔外に吹き飛ばすものであり、湿式は、ビットの中心孔から圧力水を送り、繰粉を孔外に流出させるものである。湿式さく岩機は、乾式と比べて、八〇ないし九〇%程度の粉じん抑制効果があるとされる。なお、湿式さく岩機(ウォーター・レイナー)は、一八九七年、アメリカのJ.G.Leynerによって発明された(同機は、従来のさく岩機に比較して、穿孔速度を高めるとともに、著しく軽量化した。しかし、同機は一九一七年頃からライナー・インガーソル型に代わっていった。)。さらに、さく岩機は、使用目的によって、ドリフター、シンカー(ハンドハンマー、ジャックハンマー)、ストーパーに大別される。そのうち、①ドリフターは、シリンダーに羽根を有し、直接ガイド・セル(送り台)に取り付けられるもので、湿式を原則とする。重量が五〇ないし一〇〇キログラムと重い。その機種にはD七L(ガードナー・デンバー製)などがある。②シンカーは手持用で、重量は五ないし三〇キログラムと比較的軽く、乾式、湿式両方ある。その機種にはS五五(ガードナー・デンバー製)、R三九(インガーソル・ランド社製)、ASD二五(古河鉱業製)、TY一〇(東洋工業製)などがある。③ストーパーは、空気圧によるフィード(伸縮筒)を有し、上向き穿孔に用いる。重量はシンカーと同程度で、乾式、湿式両方ある。その機種には、CC一一(インガーソル・ランド社製)等がある。

明治一四年、わが国に初めてさく岩機が輸入され、明治三四年、足尾鉱山に湿式のウォーター・レイナー機が輸入され、大正三年までに同鉱山では同機が一六九台輸入された。国産化されたのは大正五年頃からである。明治期に輸入された湿式さく岩機は、大型で操作に二、三人を要し、また、当時の炭鉱の狭い坑内での作業には向いていなかった。大正末頃以降輸入された比較的小型の手持式さく岩機には湿式のものがあり(インガーソルランドBCRWなど)、同機種は、足尾鉱山等の金属鉱山のほか、昭和三年二月当時、既に三池炭鉱に二台、鹿町炭鉱に五台設置されていた。

なお、炭則(昭和二四年八月制定)では、衝撃式さく岩機により穿孔する際の粉じん防止装置の備え付け義務が定められ(ただし、防じんマスクを備えたときはこの限りではない。二八四条)、さらに、炭則改正(昭和二五年八月)で、けい酸質指定区域での湿式さく岩機使用義務が定められた(二八四条の二)。

(2)  散水、注水、噴霧、通気、集じん機等

これらに関する主な文献を見てみると、戦前では、昭和五年三月刊行された、商工省技師による鉱警則等の注釈書の中では、さく岩機やさい断機等、著しく粉じんを飛散させる機械については、粉じん防止上さく孔、さい断面に注水又は集じん袋の備え付け等が必要であることが指摘され(中川信、原田彦輔「改正鉱業警察規則並びに石炭坑爆発取締規則の説明」石炭時報五巻三号)、また、昭和一四年一二月に初版が刊行された炭鉱工学の専門書の中でも、炭鉱での吸じん防止対策として、噴霧式さく岩繰り粉飛散防止装置や炭車への散水等が紹介された(久保山雄三編「最新炭鉱工学下巻」昭和二四年五月刊行)。そのほか、鉱肺と通気等との関係が大きいことや新式の乾式さく岩機用集じん機を指摘、紹介した論文も発表された(石川知福「鉱肺について」日本産業衛生協会報四二号、昭和九年五月刊行。大津虎夫「さく岩機刳粉収じん装置」日本鉱山協会資料、昭和五年刊行)。

粉じん抑制のための散水、注水、噴霧等については、戦後も各種文献で強調されたが、まず、昭和二八年、房村信雄著の文献では、粉じん発生の防止に根本的な最良の方法はないから、二、三の方法を併用した上、さらに、防じんマスク等を用いて吸引そのものを防止することが必要であること、防じんマスクも、最高のものは九〇%以上のろ過能力があるが、粉じんが多ければ多いほどマスクを通過して吸引される量も多いから、マスクだけに頼ることはできないこと、長壁式切羽で十分散水をすれば粉じん浮遊を抑制できるが、炭壁のみならず、採掘後も散水が必要であること、カッペ使用による総ばらし法では、鉄柱回収による後ばれの時に大量の粉じんが発生すること、岩石掘進時のさく孔作業の場合、引立付近の天井や側面に付着した岩粉が飛散するので、湿式さく孔でも岩粉はあまり減少しないこと、このような場合、作業前引立付近五ないし一〇メートルの範囲に十分散水をすれば岩粉浮遊は減ること、炭じんは水に濡れにくいが、湿潤剤を混ぜれば濡れやすくなり、少量の水でも散水の効果があることなどが指摘された(房村信雄「けい肺の予防について」石炭評論四巻一一号)。また、じん肺予防の観点から、通気の必要性や新式の収じん装置(足尾式収じん器)の有効性が指摘、紹介された(「合理的通気と噴霧散水による粉じん抑制」昭和三一年八月。兵庫信一郎「炭鉱読本」昭和二八年三月)。

次に、これら注水、発破方法の改良、散水、噴霧、通気、集じん機等の実際の使用状況等について見てみることとする。

Ⅰ  炭壁注水

炭層が湿気を帯びると、発破又は採炭の際の浮遊粉じんの発生量は減少するので、炭壁注水は、粉じんの発散防止に効果的であるが(昭和二六年、ある炭鉱において実施された炭壁注水の実験では、浮遊炭じんを六分の一に減少させることが確認された。)、その方法は、通常、採炭切羽の肩坑道に炭壁注水器を設置し、オーガービット等を用いて炭層に深さ一ないし三m程度の孔を穿孔し、圧力水を注入する(ただし、上下盤を軟弱化し、落盤や盤膨れを助長するおそれもあるので、炭層の性質及び上下盤の強度に注意を要する。)。この炭壁注水は、昭和二六年頃から防じん対策の一つとして行なわれるようになった。

なお、炭則改正(昭和二八年四月)で、爆発性の炭じんが飛散する場合及び箇所における炭壁注水等が定められた(一四一条)。

Ⅱ  発破方法の改良

粉じんの生成を防止する方法としては、前記のとおり、ゆるめ発破のほか、心抜き発破(最初、切羽の中央の一部に発破をかけて掘り崩し、その後、周辺部に発破をかける方法)、ミリセコンド発破(点火後、短時間の間隔で次々に起爆させる方法)があるが、これらは、穿孔数及び爆薬の使用量が減り、遠くに爆砕物が飛散しなくなるなどの長所をもつ、ゆるめ発破は古くから行なわれたが、心抜き発破は昭和初期から、ミリセコンド発破は昭和二〇年代中頃から行なわれるようになった。そのほか、中食時発破や終業時の直前に発破をかける上がり発破もあった。また、発破前後の散水も重要であり、炭鉱では戦前から採用されてきた(その一端は、明治初期の炭鉱における「坑内係員之心得」や大正初期の「鉱夫入坑心得」等に窺える。)。さらに、一部の炭鉱では、昭和三〇年代前半から水込物(水タンバー)を使用し、粉じん抑止に効果をあげていた。発破時の退避、発破後の待機は、発破時の事故を防止し、有害ガスの吸入を防止するため、古くから炭鉱で行なわれてきたが、これは発破による浮遊粉じんの暴露防止にも効果があった。

なお、炭則には、発破時の散水に関する規定があり(一四一条、一四五条、一八七条)、炭則改正(昭和二五年八月)では、けい酸質指定区域での発破後の待機等が定められた(二八四条の三)。

Ⅲ  掘採機の改良

さく岩機のノミ先(ビット)を常時鋭利に保つことは、微細粉じんの発生の減少に役立つが、昭和二〇年代中頃、容易にビット交換できる機種が開発された。また、昭和初期に導入された回転式穿孔機械オーガーは、衝撃式さく岩機に比べて、粉じんの飛散が少なかった。回転式の掘さく機ドラムカッターは、昭和四〇年代に散水装置付きのものが開発された。

Ⅳ  散水、噴霧

散水、噴霧は、基本的な粉じん対策であるが、特に、炭鉱では炭じん爆発防止のため種々公的規制が行なわれ、また、事業所独自でこの点の内部規定を設けていた(前記「坑内係員之心得」、「鉱夫入坑心得」等参照)。

散水、噴霧を行う場所は、一般的には坑内の掘進切羽、採炭切羽、発破現場、岩石及び石炭の積込口、積換場及び集積場等のほか、坑外のチップラー付近、選炭場、露天掘採場等であった(昭和五四年一二月一七日改正炭則二八三条の二第一項、三一二条の二第一項に定める「著しく粉じんを飛散する場所」参照)。

散水、噴霧には、当初ゴムホース、シャワー、噴霧器が用いられたが、昭和二、三〇年代にノズルの改良や圧気併用噴霧器の実用化がなされ、昭和三〇年頃からは、採炭機械に注水・散水装置を付けることも行なわれた。また、昭和四〇年頃からは噴霧圏内で発破を行なう噴霧発破法も採用された。散水・噴霧用の水の炭じんへの付着効果を高めるため、界面活性剤の添加等の研究がされた。この点に関し、炭鉱では、早くから炭じん爆発防止のために炭じん集積場所で、岩粉散布がなされ、鉱山保安監督局もこれを推進したが、炭則改正(昭和三〇年一〇月)では、多量の遊離けい酸分を含有する岩粉の使用が禁止された(一三七条の二)。

なお、この点の公的規制は次のとおりである、まず、石爆則(大正四年一二月制定)一六条一項で、指定炭鉱につき、乾燥炭じんの存在する坑道・切羽の散水、岩粉の散布、炭車内の石炭の散水が定められ、炭則(昭和二四年八月制定)一四一条以下で、多量の炭じんが飛散する場合・箇所での散水・岩粉散布が定められ、炭則改正(昭和二五年八月)で追加された二八四条の二で、けい酸質指定区域での穿孔前の岩盤等の散水が定められた。その後、炭則一四一条、一四五条、二八四条の二が改正され(昭和二八年四月)、さらに、炭則二八四条の改正(昭和三〇年一〇月)、炭則一三六条(炭鉱の種別精度)の削除(昭和三九年一一月)、炭則二八四条の改正(昭和五四年一二月)がされた。

Ⅴ  通気

鉱山では、通気は、新鮮な空気を鉱夫に送り、有害ガス及び粉じんを坑外に排出するとともに、これを希釈、排除して坑内の炭じん爆発を防止するため重要なものである。坑内通気の基本的システムは、入気坑口から取り入れた空気を、入気坑道を通じて坑内に送り込み、排気坑道を通じて排気坑口まで一方通行で流すことであるが、その方法としては、一般に排気坑口に主要扇風機を設置し、坑内の空気を坑外へ吸い出す方法が取られる(これを機械通気といい、自然力に任せる自然通気と区別する。)。しかし、主要扇風機だけでは、十分な空気を坑道の末端の作業現場である掘進切羽や採炭切羽まで送るのは困難であるので、通常その途中に局部扇風機と風管を設置する。坑道が深かったり、坑道の延長距離が長いとき、又は一本延び坑道のときなどは、通気確保に設備と工夫を要する。

明治三〇年代に扇風機で通気を行なう炭鉱が増え、その後扇風機の改良が進んだが、金属鉱山では機械通気の普及が遅れた。

なお、通気は、主に防爆目的から法的規制が行なわれたが、まず、鉱警則改正(明治三八年六月)で、坑内に衛生上必要な量の新鮮な空気を給送することが定められ(二〇条)、石爆則(大正四年一二月)で、通気の量、速度、ガス含有量等が定められた(二条以下)。その後、石爆則の改正(昭和四年一二月)がされ、炭則(昭和二四年八月制定)で、通気の量、速度、ガス含有量等が定められた(八四条以下)。

Ⅵ  集じん機(収じん器)、粉じん機械・装置の密閉

集じん機(収じん器。粉じんが空中に飛散浮遊する前に、これを収納して処理する装置)や粉じんを発する機械・装置を密閉する方法は、粉じん暴露を防止する上で効果がある。

集じん機は、乾式さく岩機用収じん器及びその他の集じん機に大別され、後者には、坑内作業用及び坑外作業用がある。坑内作業用には、資源技術試験所が、昭和三〇年代半ばに開発した「衝突網風管」装置、資技試TJ型簡易収じん器等があり、坑外作業用には、昭和二〇年代後半から導入され、原炭の破砕及び選別に使われたブラッドフォード・ブレーカーやサイクロン型集じん装置等がある。

なお、炭則改正(昭和二八年四月一日)では、粉じん防止上湿式型の衝撃式さく岩機と同等以上の効果があると認められる機械、器具又は装置を使用し、鉱山保安監督部長の許可を受けたときは、穿孔前散水及び衝撃式さく岩機の湿式化の規定によらないことができると定めて(二八四条の二第三項)、粉じん防止上は、乾式さく岩機用収じん器を湿式さく岩機及び散水と同等のものとして取り扱った。また、集じん機の設置及び粉じん機械・装置の密閉が法規上明記されたのは、坑内作業については、炭則改正(昭和五四年一二月)二八三条の二が最初であるが、坑外の屋外作業については、既に炭則(昭和二四年八月制定)三四七条で定められていた。

Ⅶ  その他

水力充填法は、充填材料を充填管を通して大量の水とともに流送し、採掘跡を充填するもので、これにより作業場が湿潤となり、炭じん等の発生が抑制される。大正中期以降、一部の炭鉱で実施されたが、これを利用するには岩盤が強固であること等の条件を満たす必要がある。湿式選炭は、水や重液を用いて石炭及びボタを選別し、さらに、石炭を一定の品位・粒径毎に選別するもので、粉じんの発生の抑止に有効である。明治後期から水を用いる方法が、昭和二〇年代後半から重液を用いる方法が導入された。

(3)  防じんマスク

防じんマスクに関する主な文献を見てみると、戦前では、既に大正年間に、鉱務署技師による防じんマスクの効用実験がされ、粉じんを防止するには手拭で鼻口を覆うのみでは不十分であり、入手可能なろ過材としては脱脂綿が最も効果的であることが指摘され(大西清治「鉱会衛生に関する研究(その五)、防じんマスクの効力について」十全会雑誌二九巻六号、大正一三年六月刊行)、昭和に入り、鉱山技師による同様の実験結果が発表された(吉井友秀、山本芳松「坑内浮遊じん調査報告書」、昭和一三年三月刊行。なお、同書によると、マスクにガーゼ一二枚あるいは海綿とガーゼ八枚を用いれば、吸引岩粉は一六、七%に減少し、後者を一時間装着しても呼吸困難はなかった。)。

戦後、昭和二六年一二月刊行の文献で、安衛則により、労使双方に使用義務を認められた保護具について、国家検定ないしマスクの規格設定がされて優良品の普及が図られている実情が紹介され(石館文雄「我国におけるけい肺問題の現況と展望」)、昭和二八年刊行の文献の中では、防じんマスクの効果・機能は、最高九〇%以上のろ過能力があるが、粉じんが多ければ多いほどマスクを通過して吸引され、また、マスクを長時間使用すればフィルターに粉じんが詰まって使用に耐えなくなることが指摘された(房村信雄「けい肺の予防について」)。また、他の文献では、防じんマスクの品質向上に関し、けい肺防止のため種々の防じんマスクが出来ているが、微細な粉じん程危険なことが分かった現在、これを完全に阻止し、しかも、呼吸抵抗が少ないマスクを作成するのは困難であり、JISが制定されたものの、絶えざる研究が続けられている最中であると指摘された(源技術試験所監修「鉱山用品詳解」昭和三三年刊行)。さらに、当時のマスクの寿命は半年位であり、交換体制の必要性が指摘された(有馬寛「防じん対策上マスクの使用がけい肺発症におよぼす意義について」昭和三五年一一月刊行)。

実際の防じんマスクの種類には、粉じんをろ過材に衝突・付着させて物理的に除去するもの及び静電気の作用で粉じんをろ過材に吸着させて電気的に除去するものがある。前者では、微細な粉じんをろ過するためにはろ過材が厚くなり、また、目詰まりを起こしやすくて呼吸困難の原因になるという難点がある。この点では静電ろ層マスクが優れているが、これが開発されたのは昭和三〇年代後半である。

(4)  じん肺教育、健康管理

この点に関する主な文献を見てみると、大正一〇年一二月刊行された文献の中で、鉱夫の健康調査の結果、炭肺の症状が出たときは坑外へ転業させて、疾病防止の措置をとる必要があることが指摘され(白川玖治「炭鉱一〇年以上勤続(又は在勤)鉱夫の健康状態調査成績」)、また、昭和一〇年刊行の鉱山衛生講習会の講演集でも、鉱山監督局技師によって、粉じん吸入防止方法として、マスクの使用のほか、労働時間の短縮、交替制の実施、休息所・交替所の設置等が指摘された(西島龍「坑内粉じんについて」)。昭和一三年一一月刊行のじん肺の概説書でも、じん肺の治療には早期発見と転職が有効であるとされた(中本誠一「じん肺について」)。

戦後は、労働省けい肺措置要綱(昭和二四年八月)では、じん肺軽症者は労働軽減、中等度者は配置転換、重症者は療養の対象に定められたが(石館文雄「我国におけるけい肺問題の現況と展望」昭和二六年一二月刊行)、右配置転換の実情については、けい肺は、進行性の病気であるため、できるだけ早期に配置転換をする必要があるが、実際には、粉じん職場を退くと、賃金の低下を来すため、配置転換の勧告に応じない場合が多かった(山本幹夫教授の「けい肺管理をどうするか」昭和三三年一一月)。

じん肺教育及び健康管理の実際をみると、じん肺教育については、炭鉱では、ガス・炭じん爆発防止という重要な課題があったため、従業員への教育、啓蒙も、右の観点からガス・炭じん対策の一環として行われてきた(なお、石爆則二六条(昭和四年一二月制定)、炭則四〇条(昭和二四年八月制定)は、保安教育義務を定める。特に、炭則四〇条は、右教育は、甲種炭鉱では可燃性ガス・炭じんの爆発の防止に重点を置かなければならないと定める。)。

以上のじん肺防止に関する工学技術上の文献及び防じん対策の実情に、前記のじん肺の医学的知見を合わせ考えると、被告六社は、遅くとも昭和一〇年頃には、各炭鉱の粉じん中の遊離けい酸分の含有率等を調査して、少なくとも右粉じんを多量に吸引する作業場については速やかに粉じん対策に着手する必要があり、その方法としては、まず、粉じんの生成、発散を防止するために、さく岩機の湿式化、散水・噴霧の励行、発破による粉じんの暴露の回避及び通気の改善の必要性があること、また、これらと合わせて、浮遊粉じんの吸入防止ないし症状悪化防止のために防じんマスクの使用のほか、労働時間の短縮、健康診断の実施、配置転換及び従業員に対するじん肺教育等が必要であること、そして、これらの対策を実施することも、時代による効果の程度に変遷はあるものの、現実に可能であったことを知り、又は知ることができたというべきである。

5  法令及び行政の状況

じん肺に関する法令及び行政の状況は、前記のとおり(第三章の第四、五)であって、これらの事実によると、昭和一〇年以前において、既に、鉱警則の規定により、坑内就業者に多いけい肺や炭肺を予防する目的で、種々、粉じん防止措置が鉱業権者に義務付けられ、かつ、鉱夫労役扶助規則又は内務省社会局労働部長通牒により、鉱夫けい肺が業務上の疾病とされたのであるから、これらの点からいっても、被告六社は、前記3、4認定のとおり、じん肺の原因、病像、発生機序及びじん肺の防止方法等について知見を得、又は得ることができたというべきである。

三 安全配慮義務の内容

1  前記三の1ないし5で設定した事実に基づいて検討するに、被告六社は、本件従業員との間で、常時粉じん作業に従事させることを目的とする雇用契約を締結し、右雇用契約に基づき、強制的な通気の必要な地底の坑道等において、岩粉や炭じんを多量に発生、飛散させ、労働者をして、これに暴露する危険のある各種粉じん作業に従事させていたのであるから、遅くとも、前記記載のじん肺に関する医学的知見及びじん肺防止に関する工学技術的知見を得た昭和一〇年頃以降は、雇用契約に付随する義務として、信義則上、当時の実践可能な最高の工学的技術水準に基づいて、後期(一)ないし(七)のじん肺防止対策を取り、また、昭和二〇年代後半頃以降は、合わせて、後期(八)のじん肺防止対策を取り、使用者として、労働者がじん肺に罹患し又は増悪させることがないように周到にその安全を配慮すべき義務があるものというべきである(もっとも、被告六社のうち、右年月以降に設立され、又は炭鉱経営を開始した被告三井石炭及び同日鉄については、右設立日又は経営開始日以降、右義務を負う。)。

(一)  粉じんの発生を防止ないし抑制するために、各種作業の前又は作業中に、適切な箇所に散水や噴霧を行い、特に、さく孔作業は湿式さく岩機を導入し、これを湿式さく岩機として有効に使用するように作業員を指導、監督する。

(二)  発破を伴う作業では、発破により発生した粉じんが除去され、沈下するまで作業現場に立ち入ることがないように指導、監督し、上がり発破や中食時発破等の粉じん暴露の少ない作業方法を取らせる。

(三)  発生した粉じんが作業現場に滞留することのないように、適切な通気量の確保と合理的な通気システムの実現を図る。

(四)  粉じん作業に従事する作業員に防じんマスクを支給し、作業の際これを装着するように指導、監督するとともに、フィルターの十分な予備を備え置き、交換に供する。

(五)  じん肺の原因、症状などの医学的知見、予防方法等について作業員に十分な教育を行い、じん肺防止対策の重要性を認識させる。

(六)  作業員に健康診断、じん肺検診を定期的に実施し、じん肺患者の早期発見、早期治療、健康管理に努め、じん肺所見の認められた者には診断結果を通知して、健康管理の必要性を認識させる。

(七)  炭鉱夫が粉じんに暴露する時間を少なくするため、粉じん作業時間の短縮に努め、じん肺に罹患した患者については早期に非粉じん作業に配置転換する。

(八)  粉じんの飛散を防止するために、採炭作業の際に適切な箇所で炭壁注水法を導入するとともに、集じん機(収じん器)を導入する。

2  したがって、被告六社は、本件従業員のうち、それぞれ当該被告企業に在籍する者がじん肺に罹患するに至った場合において、雇用契約に基づく安全配慮義務の全部又は一部の履行を怠った事実のあるときには、債務不履行があるものというべきであり、被告六社において、この不履行につき、民四一五条所定の「責ニ帰スヘキ事由」のないことを主張、立証しない限り、本件従業員がじん肺に罹患したことにより被った損害を賠償すべき責任を免れえないものというべきである。そして、被告六社において、右の「責ニ帰スヘキ事由」がないというためには、右不履行について故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由がないこと、本件に即していえば、被告六社が現にとった諸種のじん肺防止対策が当時の実践可能な最高の工学的技術水準に基づく防じん対策を下回らないこと、及び被告六社が右の実践可能な最高の工学的技術水準に基づく防じん対策をとっても、なお、じん肺の発生を予見することができず、これを回避することができないこと、又は右最高水準の対策をとることが企業存立の基礎をゆるがす程度に経済的に実施不可能であるなど、やむをえない事情があることを具体的に主張、立証することが必要であるというべきである。

四 下請企業の労働者に対する注文者の安全配慮義務

粉じん作業雇用契約の内容は右のように解すべきところ、この理は、労働者と直接粉じん作業雇用契約を締結した者との間に限られず、労働者を自己の支配下に従属させて常時粉じん作業に関する労務の提供を受ける粉じん作業事業者等、右労働者との間に実質的な使用従属関係がある者との間においても妥当するものというべきであるから、右の実質的粉じん作業使用者も、信義則上、粉じん作業労働者に対し、粉じん作業雇用契約に基づく付随的な安全配慮義務と同一の性質及び内容の義務を負うものというべきであり、実質的粉じん作業使用者は、右安全配慮義務の履行を怠った結果、粉じん作業労働者がじん肺に罹患したことにより被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

被告六社の下請企業における稼働歴を有する従業員(下請鉱夫)は、「個別主張・認定綴り」記載のとおりであるところ、被告六社が右下請鉱夫との間において、実質的粉じん作業使用者に当たるかどうかについて検討するに、証拠及び弁論の全趣旨によると、右下請鉱夫が雇用契約を締結した直接の当事者は、前記「個別主張・認定綴り」記載の下請企業であって、被告六社との間には直接雇用契約の締結はなかったが、いずれも被告六社の経営する本件各炭鉱で稼働していたものであること、他方では、被告六社は、それぞれ右各炭鉱の鉱業権及び基本的設備を保有し、基本的な採掘計画及び採掘方法等を決定して、長期間にわたって、本件各炭鉱の開発・経営に当たってきたものであり、しかも、右下請企業のほかに、多数の下請又は孫請企業の雇用する鉱夫を、常時坑内、外の各種粉じん作業に従事させる目的で、右下請企業等との間で請負契約を締結し、これら下請鉱夫等を自己の支配下においてその労務の提供を受けていたこと、各種作業に必要な機械、器具類についても、下請企業等において独自に用意したものは多くなく、主要な機械等は殆ど被告六社が提供し、下請鉱夫等はこれらを使用して各種作業に従事し、作業内容も被告六社の従業員と殆ど同一であり、適宜、被告六社の係員らの指揮監督に服して稼働を続けていた状態であったことが認められる。したがって、これらの事実に照らせば、被告六社と下請鉱夫との間には実質的な使用従属関係があったといえるから、被告六社は実質的粉じん使用者に当たるものと認めるのが相当である。したがって、被告六社はこれら下請鉱夫に対し、信義則上、右下請鉱夫がじん肺に罹患することのないようにするため、安全配慮義務を負っていたものと解すべきである。

なお、原告らの中には、戦時中に学徒動員の一員として、又は勤労報国隊の一員として労働者が被告六社の経営する炭鉱で稼働した期間についても、被告六社が安全配慮義務を負う旨の主張をする者が存在するが(原告番号二〇八白橋好夫、同一八五安藤秀男)、右の事実のみでは、被告六社が右労働者に対して前記の実質的粉じん作業使用者の関係にあるということはできず、そのほか、被告六社において、右労働者がじん肺に罹患しないようにするため、安全配慮義務を負担するに足りる法律関係又は法的根拠を認めることはできないので、この点に関する原告らの請求は理由がない。

五 被告六社の主張について

ところで、被告三井両社は、石炭産業の社会的有用性を説き、いわゆる許された危険の法理を援用したうえ、石炭産業に対しては、鉱山保安のため、炭則や保安法等の行政法令による厳重な監督が行われており、その法規の実施基準は、各時代における鉱山技術、衛生工学技術の最高水準であったから、使用者の安全配慮義務の範囲は、右法規の実施基準を超えることなく、かつ、右行政法令等の定める安全衛生に関する実施基準を遵守することによって、安全配慮義務が尽くされると主張する。

そこで検討するに、石炭が水力とともにわが国の貴重な国産エネルギーとして不可欠なものであり、石炭産業が現代社会において不可欠の基幹産業として、国の石炭政策の下に、戦時中は、国策遂行のため、また、戦後は経済復興のため社会的、歴史的に重要な役割を担ったことは公知の事実であって、被告三井両社も石炭産業を目的とする企業の一つとして相応の貢献をしたことが推認される。しかしながら、石炭産業が社会的に必要かつ有益な事業であることと、右事業遂行の過程で労働者の生命、身体及び健康に被害が発生したときに負担すべき責任とは、全く次元を異にする問題であって、人の生命身体及び健康という被害法益の重大性に鑑みると、被告三井両社が社会的に必要かつ有益な事業であるからといって、右事業遂行の過程で発生した労働者の生命、身体等の障害について安全配慮義務を負担しないと解する余地のないことは明らかである。また、炭則や保安法等の行政法令の定める労働者の安全確保に関する使用者の義務は、使用者が労働者に対する関係で当然に負担すべき安全配慮義務のうち、労働災害の発生を防止する見地から、特に重要なものにつき、公権力をもって最低の基準を強制するために、明文化したものにすぎないから、右行政法令等の定める基準を遵守したからといって、信義則上認められる安全配慮義務を尽くしたものとは到底いうことはできない(最高裁平成六年二月二二日第三小法廷判決、福岡高裁平成元年三月三一日判決参照)。

第二 被告六社の安全配慮義務の不履行

そこで、被告六社の安全配慮義務の履行状況について、検討する。

一  さく岩機の湿式化

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件各炭鉱における湿式さく岩機の使用状況

前記のとおり、既に昭和初期に比較的小型の湿式さく岩機(インガーソルランドBCRWなど)が製造され、一部の炭鉱で導入、使用されていたものの、本件各炭鉱の個別的事情を見てみると、①被告三井両社については、まず、田川炭鉱では、採炭切羽における湿式さく岩機の使用は極めて少なかった。もっとも、証拠中には、昭和二七、八年頃からさく岩機の湿式化を開始し、沿層掘進で一部岩石が露出している作業場では、なお乾式さく岩機を使用したものの、全面岩石の作業場では湿式さく岩機を使用したとの部分があるが、他方、証拠によると、昭和三四年三月末日現在で、田川炭鉱のさく岩機の湿式化は二〇%程度に過ぎないことが認められるから(田川炭鉱は、沿層切羽一八に対し、岩盤切羽は六一で、この岩盤切羽六一のうち、湿式化されたのは一四にすぎず、また、湿式さく岩機二九台(予備五九台)に対し、乾式さく岩機一一六台(予備一五台)であって、湿式さく岩機が極めて低調にしか利用されていないことが明らかである。)、右部分は採用しない。また、山野炭鉱では、昭和二七、八年頃、大型さく岩機から湿式化され、昭和三四年頃、全面岩質の箇所ではできるだけ湿式さく岩機を使用するように努力したとの部分、三池炭鉱の三川鉱では、昭和二八年頃、掘進切羽二六箇所において、湿式化設備(穿孔機、給水・散水設備)は既に一〇〇%完成したとの部分があるが、前者は、稼働台数(合計二〇台)に比べて、予備台数(合計三一台)が多く、(昭和三四年八月頃の統計)かつ、証拠によると、昭和三四年末当時、湿式さく岩機二台(予備七〇台)に対し、乾式さく岩機一二〇台(予備七五台)であり、掘進切羽のうち、岩石切羽一五中、湿式化されたのは一箇所にすぎないことが認められ、また、後者については、なお、かなりの乾式さく岩機が使用されており(昭和三四年三月末現在で、三池炭鉱のさく岩機保有状況は、湿式二五七台(予備一五九台)、乾式七九台(予備五一台)であった。)、いずれも具体的な設置箇所や使用状況又は給水状況、湿式化率等は不明である。②被告三菱は、昭和二五年、崎戸、高島各炭鉱で湿式さく岩機(ASDおよびTYタイプ)の試験導入を始め、昭和二七年一一月、端島炭鉱では湿式のASD二六型六台を使用し、また、昭和三四年当時においては、高島炭鉱で湿式八台使用(予備一九台保有)、端島炭鉱で湿式一八台使用(予備二台保有)、崎戸炭鉱で湿式二一台使用(予備二二台保有)していた。しかし、昭和三一年四月当時でも、湿式さく岩機は、穿孔速度が低下し、部品消耗が増加する等の欠点を抱え、その原因は、さく岩機自体の不備もさることながら、穿孔作業が従来の乾式さく岩機と同様であって、湿式穿孔の急所を捉えていなかったことなどにあり、合理的な作業方法を行えば右欠点を回避できると指摘されていた。また、崎戸炭鉱では、掘進作業の穿孔に湿式さく岩機を使用しないことがあった。他方、飯塚、上山田、鯰田、方城、古賀山各炭鉱等では、岩石掘進が少なかったものの、昭和二七年ないし三〇年頃、湿式さく岩機を試験導入したが、昭和三四年時点で、古賀山炭鉱には湿式さく岩機の使用は九台(予備〇台)、その余の炭鉱は〇であった。③被告住友では、昭和二七年頃からさく岩機の湿式化の研究が始められ、忠隈炭鉱では、昭和三二年六月当時、岩石穿孔には主に乾式さく岩機(TY―一二五、JA五五、ASD―二六)を用い、湿式さく岩機(TY二四―LD)も使用していたが、昭和二八年一一月の調査では、湿式さく岩機の使用及び湿式穿孔箇所はいずれも〇であった(なお、乾式穿孔箇所は一七であって、そのうち、防じんマスクを使用している箇所は一二であった。)。昭嘉炭鉱も、同じく〇であった。また、潜竜炭鉱は、昭和二八年一月、けい酸質区域の指定を受けて、同年三月、湿式さく岩機JA―五五Wを輸入し、これを試験的に使用し、五月、従業員を対象に湿式さく岩機訓練講習を行ない、その後、漸次、岩石掘進切羽の湿式化を実施して行なった。奔別炭鉱は、昭和三四年一二月、けい酸質区域の指定を受けて、猶予期間経過後、さく岩機の湿式化を進めたことが窺えるが、いずれも、さく岩機の湿式化は低調で、消極的というほかなく、不十分であった。④被告古河では、概ね岩石掘進の穿孔作業時に乾式さく岩機を使用し、沿層掘進等ではエアー・オーガーを使用したが、必要に応じて、部分的に湿式穿孔を行い、湿式さく岩機を導入した。目尾炭鉱ではASD二五機種を用い、昭和二〇、三〇年頃には、湿式さく岩機を一〇台前後保有したが、小型の乾式さく岩機(ジャックハンマー)も使用していた(昭和二七年二月当時、岩石切羽では、乾式さく岩機合計一三九台(ジャックハンマー一〇九台、コールピック二九台ほか)に対し、湿式さく岩機は〇であった。)下山田炭鉱では、昭和三五年一月、一部の岩石掘進作業場がけい酸質区域の指定を受け、湿式さく岩機(三二二D)を導入し、また、大峰炭鉱で、昭和二八年六月、一部の掘進作業場がけい酸質区域の指定を請け、湿式さく岩機(ASD二六、三一)を導入したが、全体からみると、湿式さく岩機の使用は消極的であった。⑤被告日鉄では、二瀬炭鉱では、昭和二五年以前、湿式さく岩機を試験的に使用し、また嘉穂炭鉱では、一部の箇所で湿式さく岩機を使用し、伊王島炭鉱では、昭和四六年三月当時、湿式穿孔がされていたものの、昭和三四年三月時点において、二瀬炭鉱では湿式の使用台数は零であり、かつ全体のさく岩機の湿式化率は、大手炭鉱会社一八社の平均より低かった。

(二)  統計を見てみても、わが国の炭鉱では、湿式さく岩機の使用割合(湿式化率)は、昭和二九年から昭和三八年までの間、五%台から二〇%台(予備分を除く。なお、この予備分には、使用中の機械が故障等で使用できなくなったときの予備の機械という本来の意味のもののほか、効率が悪くて事実上使用しなかったり、部品等が不備であった機械を含むものと認められる。)を推移し、(別表二の一一「さく岩機の使用状況」参照。なお、金属鉱山では、昭和二七年二月当時は合計六〇%弱の湿式化率であったが、昭和二九年一二月、ほぼ一〇〇%の湿式化を達成した。別表二の一二「さく岩機湿式化進捗状況調」参照)、また、けい酸質区域指定区域でも、湿式さく岩機を使用しない炭鉱があった。例えば、昭和三四年三月末、防じん対策調の調査によれば、昭和二八年三月、右指定を受けた被告三菱経営の上山田炭鉱の堅坑第二卸区域の掘採作業場、また、昭和二八年六月、右指定を受けた被告古河経営の大峰炭鉱の第一電車坑道の掘採作業場は、いずれも湿式さく岩機台数の設置は零であった。さらに、湿式さく岩機を使用する際も、前記のとおり、これに給水せず、乾式さく岩機と同様にして使用する鉱夫が多かった。また、参考のために、昭和三九年当時の状況をみると、昭和三九年三月一一日、参議院労働委員会において、被告三井の保安部長が参考人として呼ばれ、炭則に定めるけい酸質区域では、さく岩機の湿式化は全て実施し、大手一九社で合計四〇五台の湿式さく岩機を使用していると説明した(なお、前記第一の二1ないし4認定の粉じん暴露の実態やじん肺に関する医学的、工学技術的知見に照らすと、けい酸質区域の指定の有無にかかわらず、さく岩機の湿式化の義務があったというべきである。)が、他方では、依然として、乾式さく岩機を合計五〇六四台使用している状況であり、湿式さく岩機は、ドイツからスイベル式の機種を輸入して、なお研究中の段階であった。また、同じく参考人の被告三井の三池炭鉱労働組合副委員長の説明では、湿式さく岩機を使用した際、電圧が下がりやすく、水が出てこないことがあり、かつ配管設備が遅れることもあって、十分には湿式さく岩機の機能を発揮していなかった状況であったから、右の程度では、まだ安全配慮義務を履行したものとはいえない。

以上認定した本件各炭鉱における湿式さく岩機の使用状況に各種統計及び昭和三九年当時の実情等を考えると、被告六社がさく岩機の湿式化のために取った対策は、到底、当時の実践可能な最高の工学的技術水準に基づくものではなく、なお不十分なものであった。

2  被告六社の主張について

被告六社は、この点について、それぞれ、明治期以来輸入された外国製の機種は大型で、日本人の体格には合わず、国産品も同様であり、また、湿式さく岩機は金属鉱山の坑道掘進等の作業に使われただけで、炭鉱では岩質が軟弱で、深部では地圧が高いため、坑道の加背を大きくできず、作業、空間上の制約があって、容易に普及しなかったこと、昭和初期に一部の炭鉱に導入された手持式さく岩機(ハンドハンマー)は、不完全で、給水系統の故障が多く、試用の域を出なかったこと、終戦直後の混乱期は、外貨及び物資不足で湿式さく岩機の輸入又は開発が困難であり、やっと破損しやすいドリルロッドのシャンクの改良に成功するなどし、実用に耐え得る手持小型湿式さく岩機が開発されたのは、昭和三〇年以降であると主張する。さらに、個別的に、被告古河は、戦中、戦後は岩石掘進は少なかったと主張し、被告三菱は、昭和三〇年頃、炭鉱でじん肺が発生するという知見を得、同年代中頃から、やっと実用化された湿式さく岩機を、各炭鉱の条件に応じて導入したが、岩石掘進が少なかったり坑内が湿潤であったりしたため、湿式化の必要性が低かった炭鉱も存在したと主張する。

そこで検討するに、金属鉱山と炭鉱との岩質が違うこと、明治期に外国から輸入された湿式さく岩機が大型で、日本人の体格には合わず、当時の炭鉱の狭い坑内作業に向いていなかったことは前記認定のとおりであり、また、証人房村信雄の証言中には、輸入した湿式さく岩機はノミ先で繰粉が団子状になり、ビットを取られ、作業能率が下がり、炭鉱に適合する湿式さく岩機が開発されたのは、昭和三五年以降であるとの部分がある。

しかし、①大正末頃から輸入された湿式さく岩機(インガーソルランドBCRW)は、手持式で比較的小型であり(重量二〇キログラム強)、既にその頃、一部の炭鉱で導入、使用されていたこと(商工省鉱山局編「本邦重要鉱山要覧」大正一五年七月刊行。日本鉱山協会編「炭砿に於ける鑿岩機使用状況調査報告」昭和八年刊行。これらによると、長崎県北松浦郡の鹿町炭鉱で、岩盤開鑿にインガーソル手持噴水鑿岩機を使用し、また、昭和三年一一月現在、インガーソルランドBCRWを三井三池四山坑で二台、鹿町炭鉱で五台使用していた。)、②また、当時内務省社会局技師や専門家等によって、湿式さく岩機は粉じん防止上極めて有効で、一大福音とする者もいたこと(南俊治「鉱山衛生」大正一五年一一月刊行。久保山雄三編「炭鉱工学」初版昭和一四年一二月刊行)、③戦後をみても、昭和二五年から昭和二七年までの間に金属鉱山で使用された湿式さく岩(ドリフターD七L、シンカーS五五、同ASD二五、ストーパーTY四〇、同ASD四一など)のうち、ドリフター、シンカー機種等は、当時、九州の炭鉱でも使用されていたこと。なお昭和三〇年当時、乾式さく岩機の一万〇〇八二台に比較すると、少ないとはいえ、ASD二五、二六、TY二四などの国産機種を含め、合計一〇二五台の湿式さく岩機が全国の炭鉱に導入され、うち、五四八台が現に使用されていた。)、④被告六社が炭鉱の岩質に適合する湿式さく岩機が開発されたという昭和三五年頃以降も、炭鉱におけるさく岩機の湿式化率に顕著な変化が窺えないこと(別表二の一一「さく岩機の使用状況」参照)が認められ、⑤さらに、湿式さく岩機が多少重く、炭鉱の岩質に合わない面があったとしても、二名の鉱夫で作業を負担するとか、岩質の強靱な岩石には大型を使い、中・軟質の岩石には中・小型を使うというように、岩質や作業条件に応じて機械を使い分ける方法も考えられ(「さく岩機操業の理論と実際」昭和二九年一二月刊行。「井華技報」昭和二八年五月刊行。後者の文献によると、被告住友の潜竜炭鉱において、湿式さく岩機の使用成績を見てみると、初め不慣れのため穿孔能率は良くなかったが、砂岩の箇所では逐次良くなり、乾式使用時より一発破の穿孔が約三〇分短縮し、使用技術の向上とともに能率も向上し、頁岩の箇所では使用水量の調節が困難で、能率も乾式より劣っているが、次第に向上したことが認められる。)、⑥なお、機械の不備や故障等の点は、一般に新機種の導入当初には回避しがたい面があり、その後の研究、開発によって克服できる性質の問題と解される上、じん肺罹患の重篤性に照らし、じん肺防止には被告六社の安全配慮義務の履行が重要であって、湿式さく岩機の粉じん抑制効果等をも考え合わせると、作業能率の低下または経費増加等の経済効果への配慮が湿式さく岩機の導入、使用に消極的な理由となり得ないのは、明らかといわなければならない。したがって、被告六社の主張は、採用できない。

被告三菱の主張する湿潤な坑内の状況も、各炭鉱によっては岩石掘進が少なく、あるいは湿潤な箇所があったとしても、これら岩石の有無、多少や湿潤の程度、割合等の坑内条件は時期、区域等によって様々に相違し、変化するものであるから、炭鉱全般につき、さく岩機の湿式化に消極的な理由と解することはできない。

以上の事実によると、被告六社は、さく岩機の湿式化の点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

二 炭壁注水

1  炭壁注水の実施状況

炭壁注水は、前記のとおり、昭和二六年頃から、防じん対策の一つとして提唱されたが(なお、昭和二八年四月の改正炭則一四一条では、爆発性炭じんを抑制するため、散水、炭壁注水等適当な措置を講じることが規定された。もっとも、炭壁注水には、炭じんの抑制のほか、炭壁の軟化による採炭能率の向上及び炭層内の可燃性ガスを迫い出す効果もあった。)、昭和三四年三月末現在の防じん対策調の調査によると、全国主要炭鉱会社一八社、四三炭鉱で、合計二九一台の炭壁注水器(うち、使用一九八台、予備九三台)を備え付けていたものの、筑豊炭鉱では極めて少なく、被告六社経営の本件炭鉱の全て又はその殆どは零であった。また、昭和三五、六年当時、全国二〇の炭鉱の合計三三の切羽で、炭壁注水が実施されていたが、これは、当時の稼動中の炭鉱数ないし切羽数と比較すると、極めて少なかった(別表二の二「戦後石炭鉱業の諸指標」及び同二の三「鉱山労働者及び切羽調」によれば、昭和三五、六年当時、全国で稼動中の炭鉱は約六八〇であり、昭和三四年三月末当時、全国の炭鉱(ただし、主要一八社のみ。)の切羽は、採炭切羽だけでも六七四であった。)。被告古河の大峰炭鉱で、一時、炭壁注水器(SHP型)を購入し、実験的に使用したことがあったが、定着するに至らなかった。さらに、炭壁注水は、前記のとおり、炭層や上下盤の性質、強度によっては不適当な箇所があり、炭壁が湿潤であればその必要性も少ないという制約があったが、粉じん抑制の効果には大きいものがあった。昭和二六年七月、被告三菱の端島炭鉱で行った浅孔低圧炭壁注水法の実験結果では、採炭に伴う浮遊粉じんは四分の一以下に減少し、昭和三六年、これに高圧注水器を併用したところ、さらに二〇、三〇%の炭じん抑制効果があった。)。

もっとも、証拠中には、昭和三五、六年当時、炭壁注水ができるような条件の箇所では、殆ど炭壁注水を実施していた旨の部分があるが、裏付けに欠ける上、他の部分では、その当時、炭壁注水を実施できるような炭鉱が全国にどれぐらいあったのかなどは具体的に把握していない旨の部分があるから、前記部分は採用し難い。

2  被告三菱、同住友、同古河の主張について

被告三菱は、昭和二五年に端島炭鉱で炭壁注水を試み、その後も研究を進めて実用化し、炭じんの発生しやすい炭鉱に逐次これを導入したと主張し、これに添う証拠も窺えるが、しかし、その回数及び規模は不明である上、右証拠によると、高島、崎戸炭鉱では、これを試験的に行なったものの、本格的実施に至らず、飯塚、上山田、勝田等の各炭鉱では実施しなかったことが認められ、他方、炭壁注水をしなかった炭鉱の坑内条件が炭壁注水に適しないとか、その必要がなかったことを認めるに足りる証拠もないから、同被告の主張は採用しない。

また、被告住友は、昭和二六年以降、条件の合った切羽で炭壁注水を実施したと主張するが、実施した炭鉱、回数等一切不明である(右主張に添う証拠も具体性を欠き、これを認めるに足りない。)。さらに被告古河は目尾炭鉱等は湧水が多く、坑内な湿潤で、散水だけでじん肺防止に十分であり、炭壁注水は不必要であり、かつ必要に応じ散水を実施したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

以上の事実によると、被告六社は、昭和三四年時点でも、殆ど炭壁注水を行っていなかったもので、この点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

三  発破方法の改良、発破後の待機

証拠によると、被告六社では、古くから発破後の散水が行われたほか、穿孔数や爆薬量を減らす心抜き発破、ミリセコンド発破及びゆるめ発破が行われ、昭和二〇年代には低比重硝安ダイナマイトが開発され、水込物(水タンパー)も、昭和三〇年代前半から使用され、一部では、昭和三七年頃から噴霧発破も実施された。また、炭則等で定められた保安規程や発破作業手順に従い、規定の退避距離、退避時間を経て、係員が切羽の点検確認を行った上、発破警戒の解除をし、その後に作業を再開する手順になっていて、昼食時発破や上がり発破もされるなどの改良がなされたが、これらは主として防爆目的の改良であり、前記第一の二の2(一)ないし(六)で認定したとおり、なお作業中の発破も行われ、さらに、発破後の待機については、作業能率を挙げるために、発破後、切羽の粉じんが通気、散水によって十分除去されないうちに切羽に戻り、作業を再開することが多く、粉じん防止のために徹底されたとまでは認めるに足りる証拠はない。

以上の事実によると、被告六社は、発破方法の改良等によっても、多量に発生する粉じんを完全には抑制できたとは言い難く、発破後の待機及び上がり発破や昼食時発破等の指導、監督が不十分であったため、粉じん暴露を防止出来なかったというほかなく、これらの点について、安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

四  散水・噴霧

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  前記のとおり、炭鉱では、炭じん爆発防止のために、内規を定め、散水、噴霧を実施してきたが、けい肺防止対策としての散水が実施されるようになったのは、昭和二五年八月、炭則改正によって、二八四条の二に、けい酸質指定区域における穿孔前の岩盤等の散水が規定されてからであるところ、本件各炭鉱の個別的事情を見てみると、①被告三井両社については、まず、田川炭鉱では、大正二年、主に切羽と坑道に散水用鉄管を布設し、要所に噴霧器を取り付け、散水をし、その後運搬、積替箇所でも散水を実施し、専任の散水係、散水夫を置き、また、山野炭鉱では、昭和三四年八月頃、採炭払とゲート坑道で二吋パイプを布設し、発破の前後に散水を行い、また、払の肩風道二ケ所に噴霧器を取り付け、さらに、樋口にシャワー一個を取り付け、散水、噴霧を実施していたが、昭和三四年三月の石炭協会の調査では、掘進切羽二六(沿層一一、岩盤一五)のうち、散水していない箇所として岩盤切羽五ケ所が存在し、粉じん暴露の防止に十分ではなかった。また、②被告三菱については、同被告主張のとおり、明治期から散水を実施し、大正四年一二月、石爆則制定を機に散水設備を整備し、専任の散水夫を配置するなどし、大正中期以降、払内水流し運搬を採用し、昭和初期からは排気坑道を散水帯とし、戦後は、昭和二七年、けい肺対策に関する協定書を締結し、昭和三二年、けい肺予防対策要綱を定めるなどして、散水等の防じん対策を実施し、発破の前後や積込み口、積換場、炭車積込時等に散水・噴霧を行うこととしたが、飯塚炭鉱では掘進切羽に散水設備がある所とない所があり、散水設備があるときも炭じん爆発防止を目的とした戸樋口噴霧が主であった。上山田炭鉱でも、同じ状況で、散水は大肩噴霧をした現場があり、かつ散水方はいたが、出炭目標があるので、発破後十分に散水せずに採炭作業に取りかかることがあった。勝田炭鉱は、坑内は湿潤な区域が多かったが、粉じん防止に十分な散水はされなかった。高島炭鉱は、散水設備があっても不十分であったり、散水されないことがあった。端島、崎戸各炭鉱は、掘進作業の硬積みの際も散水がされないことがあった。③被告住友については、炭則制定の昭和二四年八月以前から、防爆対策として散水を行い、昭和二八年一月、潜竜炭鉱がけい酸質区域の指定を受けた後は、じん肺防止の目的も意識されたが、じん肺対策固有の散水を検討して、散水方法を変更したことはなく、その後の数次にわたる炭則等の改正でも、変化は見られなかった。なお、忠隈、潜竜、昭嘉各炭鉱では、掘進切羽における散水が実施されなかった時期、箇所があった。もっとも、証拠中には、炭則一四五条所定の量(散水量が水および炭じんの合計量の三〇%以上であること)を散水しておれば、炭じんは全く爆発しないばかりか、粉じんも殆ど空気中に浮遊しないとの部分があるが、同被告が右規定を遵守していた証拠はなく、右のように断定できる科学的根拠は見出せないから、右部分は採用しない。)。④被告古河については、採炭作業時は、払面の前進に伴い、散水管を延長し、発破前後又は随時、散水夫によって散水を行う取扱であったが、コンベア積込作業者が行うこともあり、目尾炭鉱では、採炭現場での散水は、コンベアーから炭車への石炭の落し込み時に行う程度であった。また、ポケット上部、戸樋口(トラフ口)に散水、噴霧を行う際には、散水夫だけでなく、作業員が行うこともあった。掘進作業時は、通常、穿孔作業前又は発破後に散水していたが、散水量やその方法につき、特に基準を設けたことはなく、散水は実施されなかった。下山田炭鉱では、発破後にボタ積みの際、散水をした箇所もあったが、実施しない箇所もあった。大峰炭鉱では、発破後やボタ積みの時の散水は実施されず、採炭現場では、発破後やコンベアーから炭車への石炭の落し込み時などに散水したが、いずれも粉じん防止に十分ではなかった。⑤被告日鉄については、二瀬炭鉱では、大正二年、炭じん爆発防止のために、初めて散水を開始し、昭和二五年頃、捲立散水と戸樋口散水が行われ、昭和三〇年後半に散水が一般化した。掘進切羽では、最初、岩石掘進箇所で散水が行われ、昭和三六年以降は、沿層掘進箇所でも散水するようになった。払内の散水は、昭和三四、三五年頃から実施された。さらに、散水前後の炭じん発生量を比べてみると、散水前20.7g/石炭一トンに対し、散水後は10.1g/トンと約半分に減少したものの、なお、炭じん発生量は少なくなかった(もっとも、二瀬炭鉱は、他の炭鉱と比べると、炭じん発生量は約九分の一と少なかった。)。このように、戸樋口等の散水は防爆のため比較的早くから行われたが、採炭現場で散水がされるようになったのは昭和三〇年代以降であり、昭和二〇年代は、採炭切羽の散水は、特に乾燥した切羽以外は実施されず、また、発破後の散水は殆ど実施されず、発じんの抑制は十分ではなかった。嘉穂炭鉱では、戸樋口、払内に一、二インチの散水管を使用し、カッター払には原則的に散水管を敷設したが、それ以外の箇所では、保安主任の判断で散水を行った。掘進切羽のうち、岩石掘進箇所では、昭和三〇年頃、全て散水設備をしたが、降水のある箇所は右設備をせず、また沿層掘進箇所では、昭和三四、三五年頃、必要に応じて散水管を敷設した。しかし、これらの措置でも、なお発じんの抑制は十分ではなかった。伊王島炭鉱では、昭和四六年三月当時、払内および払戸樋口その他に散水設備があり、採炭切羽、掘進箇所とも散水設備があった状況であったが、それ以前は、掘進切羽における散水は殆ど実施されず、ホーベルによる切削時、コンベアーから炭車への積込み時などに散水が行なわれたが、防爆対策としてなされたもので、回数も少なく、発じんの抑制は不十分であった。⑥その他の炭鉱については、散水は、日吉炭鉱(株式会社第二日吉炭鉱、共同石炭鉱業株式会社経営、同県稲築町)、上添田炭鉱(九州鉱山株式会社経営、同県添田町)など、一部で発破直後やボタ積み時に散水を実施したが、殆どの炭鉱では散水が不十分で、散水用設備のない炭鉱もあった。採炭作業時も、散水は、糒炭鉱(上尊鉱業株式会社経営、福岡県田川市)、立山炭鉱(明治鉱業株式会社経営、佐賀県小城群)のように切羽や戸樋口で散水を実施する炭鉱も一部あったが、防爆目的であり、じん肺防止十分でなかった。

(二)  このように、本件各炭鉱の散水、噴霧の実施状況が不十分であったほか、防じん対策調の調査によると、昭和三四年三月末現在、筑豊地区の二一炭鉱で、散水、噴霧の実施箇所は、掘進切羽合計六〇二のうち合計一一一(一八%)、採炭切羽合計二一九のうち合計一〇六(四八%)であった(別表二の一四「散水箇所数」参照)。しかし、その内容を詳しく検討すると、まず、乾式さく岩機が使用されている岩石掘進切羽数と比べて、散水の実施箇所が極めて少なく、言い換えると、乾式さく岩機が使用され、集じん機も殆ど設置されず、散水等の必要性が大きい箇所でも、散水が実施されなかった炭鉱が多かった。例えば、切羽数をみると、被告三井の田川炭鉱で四七、被告住友の忠隈炭鉱四、被告日鉄の嘉穂炭鉱八、明治の豊国炭鉱一、平山炭鉱三、麻生の山田炭鉱三、久原炭鉱一、日炭の高松炭鉱七と、乾式さく岩機を使用する岩石掘進切羽数が多数存在するのに、全く散水等を実施せず、その他の炭鉱でも、例えば、被告三菱の鯰田炭鉱、被告日鉄の二瀬炭鉱、麻生の芳雄炭鉱は、これが不十分であった。また、これらの炭鉱では集じん機も殆ど備え付けられず、又は備え付けられても現実に使用されず、例えば被告三井の田川炭鉱一台(坑内)、被告日鉄の二瀬炭鉱一台(坑内)、嘉穂炭鉱一台(坑内、ただし予備。)明治の豊国炭鉱一台(坑外)、日炭の高松炭鉱二台(坑外、坑内各一台。ただし坑内分は予備。)にすぎず、被告三菱の鯰田炭鉱、被告住友の忠隈炭鉱、明治の平山炭鉱、麻生の芳雄炭鉱、山田炭鉱、久原炭鉱は零であった。次いで、じん肺防止の観点からみると、掘進切羽における粉じん防止をまず優先すべきところ、当時の散水、噴霧を実施する目的は爆発防止にあったため、掘進切羽における散水、噴霧は、採炭切羽と比べて、極めて少なかった。そして、右事実から考えると、昭和三四年三月以前の実施状況及び他の散水・噴霧が必要な箇所(例えば、石炭等の積込・積換口、選炭場等)における実施状況についても、右と同様の状況であったことが推認される。そうすると、結局、被告六社を含む炭鉱企業は、昭和三四年三月時点の前後にわたって、掘進・採炭切羽を始めとする粉じん作業場において、昭和三二年七月改正の炭則二八四条(岩石の掘進、運搬、破砕等を行なう坑内作業場における散水等適当な措置)及び昭和二五年八月改正の炭則二八四条の二(けい酸質区域における穿孔前の岩盤等への散水)を遵守しなかったというほかない。

2 被告六社の主張について

(一) 被告六社は、それぞれ、炭鉱では、古くから防爆目的で実施してきた散水、噴霧により、掘進・採炭切羽を初め、坑内作業場の粉じんは著しく抑制されたと主張し、証拠中にも、これに添う部分がある。

しかしながら、右散水、噴霧は、前記のとおりじん肺防止の観点からは著しく不十分であるばかりでなく、防爆目的としてされたため、その性質上おのずと限界を内在していたことが認められる。すなわち、証拠(昭和三三年五月二八日労基発三三八号通達の抑制目標限度数値参照)によると、同じ粉じん防止対策とはいっても、炭じん爆発防止の目的からすると、炭じんのみを対象とすれば足りるのに対し、じん肺防止の目的からは、それだけでなく、岩石粉じんの発生防止、抑制が必要となり、かつその大きさ、粒度も、炭じん爆発の原因となる炭じんは二〇メッシュ(約0.8mm)に対し、じん肺の原因となる粉じんは一〇μ以下(5ないし一μという説もある。)で、極めて微小であること、粉じんの濃度も、防爆の観点からは、約五〇g/m3以上が危険であるが、じん肺の原因となるのは遊離けい酸分五〇%以上の粉じんでは一四mg(それ未満の粉じんでは二〇mg)であって、極めて低濃度であることが認められるのであって、炭じんに比較し、岩石粉じんは濡れ易いという特性を考慮しても、防爆対策として行われた散水・噴霧がじん肺防止策としては必ずしも十分ではないことが明らかであるから、被告六社の主張は採用できない。

(二) また被告三菱は、明治期から散水を実施し、昭和二七年、労働組合との間でけい肺対策協定書を締結し、昭和三二年、けい肺予防対策要綱を定め、全炭鉱事業所に散水等の防じん対策を指示し、実施させたと主張し、被告住友、同日鉄も、戦前から十分に散水、噴霧を行い、昭和二八年からけい肺、じん肺対策に意識的に取り組み、その観点から散水、噴霧も行なったなどと主張する。しかしながら、前記のとおり、戦前においては、散水は主に防爆目的からされ、戦後もその傾向は容易に改まらず、また、すでにけい特法(昭和三〇年七月)が施行されていた状況であるのに、右被告各社の履行状況は前記のとおりであり、じん肺防止に不十分であったというほかない。

以上の事実によると、被告六社は、散水、噴霧の点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

五 通気

1 法令

自然風の通らない地底の坑道で作業する坑内夫の衛生又は坑内ガス及び炭じん排除のために、通気が必要であるとの認識は、古くからあり、前記のとおり、既に明治二五年三月交布の鉱警則で、通気量の規定を置き、大正五年八月改正の鉱警則でも、一二条(衛生及び危害予防のために坑内に必要な分量の空気を供給すること)、五四条(粉じんを多量に飛散させる選鉱場、焼鉱場又は製錬場における作業場の通気を保つこと等)の規定を置いた。戦後、昭和二四年八月制定の炭則は、その後の改正により追加された規定を含め、通気量、通気速度、主要扇風機、補助扇風機、風管・風門・風橋等に関する規定を置いた(そのうち、九〇条は、坑内作業場における通気量は、当該作業場で作業する鉱山労働者の数、可燃性ガス又は有毒ガスの発生量、自然発火の可能性、温度、湿度等に基づき決定しなければならないこと、坑内作業場の気流及び通気量は、可燃性ガス又は有毒ガス及び発破の煙を薄めて運び去るため必要な速度と量でなければならないことを定める)が、これらの規定は、いずれもガス・炭じんの爆発防止を主眼として定められた。また、昭和二九年一月、炭則改正により、衝撃式さく岩機による穿孔作業につき粉じん恕限度の告示制度が導入されたが、右告示はされず、結局、粉じんの量的規制がされなかったため、右制度後も、通気対策に変化はなかった。

炭鉱では、明治三〇年代から扇風機により通気を行う炭鉱が増え始め、その後扇風機の改良が進んだが、いずれ右法令の趣旨、観点から行ったものである。

なお、炭則では、昭和五四年四月の粉じん則の制定に関連して、坑外の粉じん作業場における粉じんの濃度及び遊離けい酸含有率の測定を坑外保安係員に義務づけた規定が追加された(三一二条の六第一項。坑内の粉じん作業場については平成三年三月に同旨の規定が設けられた。)。

2 通気の状況

前記事実(第三章の第二)に加え、証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。すなわち、

(一) 実施状況

炭鉱では、古くから坑内爆発事故防止のため坑内通気の確保が重視されてきたが、通気を確保するために、通常、地表に入気、排気用の坑口を設け、主要坑道の場合、入気用の坑道(本卸)と排気用の坑道(連卸)を常に対となる状態で、互いに一定間隔を保ちながら平行に設け、坑口には吹込み又は吹出し用の主要扇風機を設置し、必要に応じて坑内にも局部扇風機、風管、張出、風橋、分量門、通気門及び遮断門等の補助的通気施設を設置する方法が用いられた。扇風機による機械通気は、明治三〇年頃から実施され、また、開坑当時は、中央式又は対偶式の併用通気法であったが、坑道の深部化に伴って、対偶式に切り替えられ、入排気坑口を別々に設け、主要扇風機を設置し、吸出し式により所要通気量を独立分流により坑内全般に供給していた。また、局部通気も戦前から行われた。

(二) 被告六社の個別的事情について、具体的にみると、例えば、①被告三井両社については、まず、三池炭鉱においては、明治一七年、七浦第二立坑に蒸気動の大型扇風機(ギルバート式)が設置され、順次、他の坑に及んで、主要通気は機械化され、また、大正三年、万田坑に電気動の大型扇風機(ラトー式)が導入されて、電力化された。大正八年、宮浦坑の第二立坑を開坑し、坑口に大型扇風機(シロッコ式)を設置して、通気系統を独立させた。その後も、大斜坑のほか、充填坑口を多数開さくして、入気坑口として利用するなどし、戦後も、昭和二三年、南新開立坑を開さくし、新式の大型扇風機(ターボ式)を設置し、また、昭和二六年、人工島(初島)を築き、昭和二九年、初島立坑を開さくし、通気専用坑口として利用した。四山坑では、大正九年、一三年に第一、第二立坑を完成して、坑口に大型扇風機(ゼフレー式)を設置し、戦前は、切羽の集約や昭和一五年の岩原斜坑の開さくによって、通気の改善を行い、戦後も、昭和二八年、第二人工島を、昭和二九年、港沖立坑を開さくした。また、昭和一三年、万田排気立坑を開さくして、対偶式通気とした。三川坑は、昭和一四、五年、第一、第二斜坑が開発され、昭和二八年、新港立坑を開さくして、坑口にプロペラ式大型扇風機を設置した(なお、同年、平松式通気網計算装置を導入して、通気状況のより正確な計算をすることとした。)。その後、昭和四五年、第三の人工島(三池島)を築き、昭和四七年、三池島立坑を完成し、初島立坑を入気から排気に切り替え、初島と三池島間で対偶式通気とした。他方、明治四一年、電動の小型扇風機(シロッコ式)を配置して、局部通気も機械化し、昭和三〇年頃、風管をビニール風管に代え、明治四一年、通気抵抗の増加による通気量の不足を補うため、宮浦坑に補助扇風機を設置した。田川炭鉱では、明治三五年、初めて稲荷山坑口に蒸気動の大型扇風機(チャンピオン式)が設置されて主要通気は機械化され、明治三六年、電力化された。明治三七年、伊田立坑の第一、第二立坑が開さくされ、大正五年施行の石爆則による指定炭鉱となってから、防爆上の規制を強く受け、その頃、局部扇風機や補助扇風機も坑内各所に設置された。昭和年代に入って、ガス湧出量の増加に伴い、大型扇風機を高負圧の機種に代え、また、昭和三〇年、伊加利立坑を開さくした。山野炭鉱では、明治四〇年、初めて第一、第二立坑の排気坑口に蒸気動の大型扇風機(チャンピオン式)が設置されて主要通気は機械化され、その後電力化された。また、昭和年代になって、鉄製風管とともに、小型扇風機を掘進先の局部通気として使用した。昭和五年、漆生第二坑付近に排気斜坑を開さくし、対偶式通気を行った。昭和一一年、杉谷卸を開さくし、また、その頃、大型扇風機を高負圧の機種に代え、昭和二五年、三五年、鴨生地区に入、排気立坑の第一、第二立坑を開さくした。これら主要扇風機による通気の能力は、炭則の規定する防爆対策としての通気量の基準を充足するに足りるものであった。さらに、これらの措置とともに、防じん対策としての通気の効果についても研究され、昭和三一年八月以降、実験の結果、吸込法と吸出法のうち、除じん能力は後方坑道の汚染を考えなければ吸込法が優れ、また、やむを得ず坑内の通気を再び入気として使用するときは、坑道大型スプレー、風管内スプレーを使用する必要があることが分かり、三池炭鉱の三川坑では、昭和二八年頃、粉じん対策として通気の強化、通気方法の独立を挙げ、また、昭和二八年、被告三井両社の本店で、けい肺対策の一つとして、岩石掘削箇所の扇風機は可能な限り、奥部吸込み、手前吸出式とすることを決定し、山野炭鉱に通知した。②被告三菱では、明治二六年、鯰田炭鉱でギバル式主要扇風機を設置して機械通気を採用したのを始め、新入、方城等の各炭鉱で主要扇風機を設置し、昭和期に入って、効率の高いターボ式主要扇風機を設置した。また、対偶式通気法を採用し、昭和初期から独立分流の実施に努め、局部通気については、明治四三年、端島炭鉱でシロッコ式扇風機による局部通気を開始し、その後、圧気ジェット、昭和二〇年代の風管通気法、昭和三〇年代前半開発されたビニール風管等を導入して行った。炭則九一条に定める通気量(一人につき三m3/分)は確保されていた。③被告住友については、忠隈炭鉱は、中央式の吸込式通気法であり、各坑毎に独立した通気回路を設けて、シロッコ型の主要扇風機を用い、閉山時の七坑、八坑の主要扇風機による入気量は入坑一人当たり9.75m3/分であった。潜竜炭鉱は、第一坑は対偶式の吸出式通気法であり、排気坑口にターボ型主要扇風機(出力九四Kw)を設置し、主要扇風機による入気量は入坑一人当たり9.19m3/分であった。奔別炭鉱は、対偶式と吸出式の通気法であり、排気坑口として下風井、唐松風井、東風井があり、それぞれ主要扇風機(二五〇、七五〇、三〇〇Kw)を設置し、主要扇風機による入気量は入坑一人当たり13.74m3/分であった。また、昭嘉炭鉱は、対偶式吸出式通気法を採用し、排気坑口(第一、第二風井)にシロッコ型扇風機(三七Kw)を設けた。いずれの炭鉱でも、坑道の深部化に伴って、次第に対偶式に切り替えられ、入排気口を別々に設け、所要通気量を独立分流により供給した。さらに、④被告古河は、主要通気に対偶式又は中央式法を採用し、主要扇風機として、シロッコ式又はターボ式を用い、補助通気も必要に応じて実施した。局部通気には吹き込み式風管通気法を採用して、主要入気坑道に局部扇風機(メコ型又はシロッコ型)を設置し、風管を用いて一本延び坑道内の切羽に通気を吹き込んで、ガス・粉じんを排除し、昭和三〇年代以降はビニール風管を使用した。また、風管の延長に伴い、必要に応じてノズル装置を設置した。そのほか、坑外にエアー・コンプレッサーを設置して圧縮空気を供給した。通気系統の合理化のために、昭和二八年、下山田炭鉱に通気盲立坑の開さくをした。⑤被告日鉄の炭鉱でも、通気の状況、体系は、ほぼ同様であった。もっとも、被告六社以外のその他の炭鉱については、通気状態は不十分な炭鉱が多く、風管の延長が規定どおりされた炭鉱は少なく、また、漏風が多く、その修理も不十分で、中には、前記日吉炭鉱や新目尾炭鉱(室井鉱業株式会社経営、福岡県鞍手町)のように風管が掘進現場に届かない炭鉱や前記堤田炭鉱のように機械通気の設備を持たない炭鉱もあった。

3 このように、炭鉱においては、早くから機械通気が普及し、また、法令に基づく防爆対策としての通気の確保を履行する上に不足はなく、これはじん肺防止対策としても相当の効果を上げていた状況であったというべきである。

なるほど、一部では、掘進および採炭切羽の多くが地下の深い所にあって時代が進むにつれて深化していき、坑道は複雑に入り組み、入気と排気が分化しない一本延び坑道もある上、風管からの漏風(岩石の自然崩落や発破で風管が破損し、又は風管の継ぎ目から漏風が生じた。なお、入気総量から漏風を控除した有効風量の割合は、わが国の炭鉱につき約三三%である。)、風管の延長工事の遅れ、坑道への岩粉散布等、種々の要因も加わり、必ずしも、掘進および採炭切羽等の通気状態は粉じん防止のためには十分ではなく、既にじん肺防止の観点から、通気の改良に触れる意見もあった(鉱山保安局編「けい肺対策の現状および今後の展望」昭和三〇年八月刊行。これによると、「一般に石炭鉱山ではガスおよび炭じん爆発防止の関係上、以前から通気のコントロールが行われており、機械通気を行っている石炭坑が大部分であるので、これを粉じん防止上の見地から多少の改良を加えることによって、多大の効果を上げることができる。」)ことは事実であるが、当該炭鉱における通風体系については、その位置、気候、坑内環境等の自然条件の下において、どのような体系が粉じんの除去に最適なものであるかは明らかではなく、じん肺防止のため必要な通風体系の基準を見出だすことはできないから、この点について、被告六社に安全配慮義務違反による債務不履行があったものと認めることはできない。

六  集じん機、機械・装置の密閉

前記事実(第三章の第二)に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  集じん機等の開発状況

集じん装置の開発は、戦前から海外の研究が紹介されたが(石炭鉱業連合会編「石炭時報」第五巻第七号、昭和五年刊行。これらによると、イギリスでスゴニナ岩粉袋と称する収じん装置が考案され、炭鉱で広く用いられていることが紹介された。また、イギリスの鉱山保安調査局研究技師P・S・へーの論文が掲載された。)、わが国でも戦前から一部の企業で研究開発がされた(大津虎夫「鑿岩機刳粉収塵装置」昭和五年二月刊行。これは、古川鉱業足尾鉱業所で、ストーパーにも小型さく岩機にも使用できる収じん装置を開発し、その仕組は、次の各装置から成っていることなどを説明する。すなわち、さく岩機のノミと岩が接するところにフッドを設けて刳粉(繰粉)を狭い空間に留める装置、圧縮空気を応用し、エジェクターをフッドに取り付けて繰粉を吸収させる装置、吸収された繰粉をゴムホースを通じて容器に収納する装置、フッドを岩面に密着させる装置である。)。また、昭和二五年、鴻之舞、別子の各金属鉱山の破砕場、手選場、排鉱口において収じん器が実用化され、相当な効果を上げたことがあり(昭和二五年度の鉱山年報)、昭和二七年当時は、粉じんの飛散を防ぐ装置として、足尾式収じん装置、ケーニヒスボーン収じん装置、ウォータースプレイの使用等が考えられたが、そのうち、ケーニヒスボーン収じん装置は、小型さく岩機操作により発生した岩粉を孔中から吸収し、ロッドの中空孔を通してシャンク部分から集じん機にエアージェットによる負圧で吸収する機械であり、ドイツから輸入されたが、住友金属鉱山、三菱金属鉱業等で試験をしたところ、好結果を収めた(昭和二七年度の鉱山年報)。

さらに、集じん機は、昭和二八年四月改正の炭則二八四条の二第三項によって、鉱山保安監督局長等の許可を受けたときは、湿式さく岩機ないし散水と同等の効果あるものと取り扱われたが、右許可を受けた乾式さく岩機用収じん器には、①昭和二八年、足尾式一一番型さく岩機用収じん器、②昭和二九年、ケーニヒスボーンさく岩機用収じん器、③同年、宝式さく岩機用収じん器、④昭和三二年、ピオニアー型さく岩機用ラサ式排風装置があった。

金属鉱山では、昭和二〇年代半ばから徐々に集じん機が使用され、粉じん飛散防止に効果を上げていたが、鉱山年報の記載によると、昭和二八年頃にはすでに、湿式さく岩機と同等の効果を有する収じん器が完成し、坑内水の成分、ばんの不良など特殊な事情により湿式さく岩機が制約を受ける石炭鉱山の一部では、右乾式収じん器の製品化は、特に、業界からも期待が寄せられていた状況であり、昭和二九年には、吸じん式さく岩機の研究、普及の必要性が指摘され、また、昭和三一年、石炭鉱山監督実施要領にけい肺予防のための監督の一項として、さく岩機の湿式化、散水管の設置とともに、収じん器の使用の促進が上げられた(昭和二八、二九、三一年度の鉱山年報)。

さらに、昭和二九年一〇月二六日付けのけい肺対策審議会の中間報告では、収じん器は、費用及び使用設置の点でけい肺対策方法として比較的容易であるとされ、かつ、鉱山関係では、足尾式、ケーニッヒボルン式及び宝式収じん器は有効であるとの意見がまとまりつつあると報告された。

2  使用状況

炭則改正(昭和二八年四月)で坑内作業につき、集じん機に関する規定が設けられたが、乾式さく岩機用収じん器及び集じん機を購入した炭鉱はなかった。坑外作業では、一部の大手炭鉱において、昭和二〇年代後半から、原炭の破砕およびふるい分け作業に密閉型のプラッドフォード・ブレーカーが導入され、また、破砕工程にサイクロン型集じん装置が使用されたが、作業能率の低下又は費用負担を伴うため、導入に消極的な傾向も窺え、統計では、昭和三四年三月末現在で、全国主要炭鉱一八社、四三炭鉱における集じん機の備付台数は、坑内で三五台(うち使用一五台、予備二〇台)、坑外で六二台(うち使用五九台、予備三台)にすぎず、被告六社を含め、他の炭鉱企業も低調であった(別表二の一三「集じん機(収じん器)及び炭壁注水器調」参照。

3  被告六社の主張について

被告六社は、それぞれ、前記の炭則二八四条の二第三項による許可機種には種々の欠陥があって、実用に耐えず、一部の炭鉱で試験的に使用されたに留まったと主張し(詳しく述べると、足尾式一一番型は、キャップから微細な粉じんが漏れたり、または収じん袋の容量が小さく、長時間作業に向かず、湿った岩盤ではろ材の目詰まりが多いなどの欠陥があり、かつ、対象さく岩機が限定された上、使い勝手が悪く、開発後まもなく製造が中止された。また、ケーニヒスボーン型は装置の取扱いが難しく、繰粉の排除能力が低いため実用化しなかった。宝式も、同じく粉じんの漏れ、操作性、操粉の排除能力等の問題があった。ピオニアー型は、内燃機関によって駆動するため炭鉱に不適であった。)、証拠中には、わが国で開発された乾式さく岩機用収じん器は、金属鉱山用として開発されたため、炭鉱では普及せず、ケーニヒスボーン収じん装置も、試験的にわが国に輸入されたものの、炭鉱の岩質に水分があってフィルターの目詰まりを生じ、ロッドの中で岩粉が詰まるなどの問題が起こり、広く普及しなかった旨を述べる部分がある。

しかし、前記認定のとおり、鉱山年報やけい肺対策審議会の中間報告では、これら乾式さく岩機用収じん器の性能を評価し、その普及や使用を促進することが勧告されている上、故障や欠陥を裏付ける記載はなく、これらが実用性を持ち、炭鉱の坑内作業に導入する上で格別の障害はなかったのであるから、右証言と大きく矛盾する。なるほど、わが国の炭鉱の岩質に、同証人が指摘するような一般的な差異があるとしても、坑内状況に応じ、収じん器の使用の可否、方法を工夫すれば、被告六社の主張する故障、欠陥が避けられないとは考え難い。これらによると、被告らの主張は採用できない。

被告六社は、さらに、資源技術試験所が昭和三〇年代半ば頃開発した坑内作業用の風管内集じん装置やその簡略機種の資技試TJ型簡易収じん器は、切羽内で車風(同じ空気が機器の周囲を循環する状態)を起こしてガス濃度を高め、防爆上問題を生じ、また、粉じんの処理能力が低いなどの欠陥があり、炭鉱における使用に耐えなかったと主張し、証拠中には、これに沿う供述があるが、昭和三五年一二月に発表された文献では、衝突網風管装置は、風管の中に散水用ノズルと金網を取り付け、局部扇風機によって風管内に吸い込まれた粉じんを除去するもので、除じん効果は平均六〇%以上であったが、実用に当たっては装備する位置や大きさなど、なお研究を要することが指摘されたものの、被告六社の主張するような欠陥の存在は触れられず、また、車風や粉じん処理能力の問題も、仮にあったとしても装置の設置位置を変え、又はこれを複数使用し、他の粉じん抑制策と組み合わせて使用するなどの工夫、研究を重ねることによって克服できないとは考え難い(資源技術試験所鈴木俊夫、田尻昭英「坑内粉じんの発生状況とその抑制について」北海道鉱山学会誌一六巻六号)から、被告六社の主張は採用できない。

以上の事実によれば、被告六社は、集じん機の使用等の点で、安全配慮義務違反による債務不履行があったというべきである。

七  防じんマスク

1  法令

防じんマスクについては、昭和四年一二月改正の鉱警則六三条(ここでは、適当なる防塵具を備えることが規定された。)及び昭和二四年八月制定の炭則二八四条に規定され、そのうち、炭則二八四条では「衝撃式さく岩機によりせん孔するときは、粉じん防止装置を備えなければならない。ただし、防じんマスクを備えたときはこの限りでない。」と定められたが、右の規定では、防じんマスクの備え付けを要する作業が衝撃式さく岩機による穿孔作業に限定されていた上(なお、鉱警則には右のような制限はない。)、何よりも防じんマスクを、他の粉じん防止装置の代替策として位置付けたため、衝撃式さく岩機によるせん孔作業を行う際、粉じん発生防止に第一義的な意味を持つ湿式さく岩機や乾式さく岩機用収じん器の設置が防じんマスクの備え付けのみで免除されるという問題点を含んでいた。

そして、その後、昭和二九年一月一四日改正の炭則二八四条但し書で、右マスクは日本工業規格適合品に限ることとし、また、昭和三〇年一〇月三一日改正の炭則二八四条で、粉じん防止装置の設置、散水等適当な措置を講じるべき作業場が拡張されたものの(同条「岩石の掘進、運搬、破砕等を行う坑内作業場において、岩石の掘進、運搬、破砕等により著しく粉じんを飛散するときは、粉じんの飛散を防止するため、粉じん防止装置の設置、散水等適当な措置を講じなければならない。」。なお右改正でも採炭作業は同条所定の作業から外されている。一四一条は、採炭作業場における散水、炭壁注水等について定めるが、これは炭じん対策である。)、防じんマスクの備え付けをすれば、粉じん防止装置の設置義務等を免除される取扱は維持された。この点は、昭和五四年一二月一七日改正の炭則でも、基本的には同じであった(二八三条の二第一項は「著しく粉じんを飛散する坑内作業場においては、粉じんの飛散を防止するため、散水、集じんその他の適当な措置を講じなければならない。ただし、一四一条一項に規定する箇所において、同項に規定する措置を講じた場合はこの限りでない。」と定め(なお、右一四一条一項は、爆発性の炭じんが飛散する所定の場所における、炭じんを鎮静するための散水、炭壁注水等適当な措置を定めた規定である。)、第二項は「前項の規定による措置を講ずることが特に困難な場合若しくは保安上著しい支障を生ずる場合又は著しく粉じんを飛散することが一時的な場合において、鉱山労働者に別に告示する規格に適合する防じんマスクを使用させたときは、同項の規定によらないことができる。」とされた。坑外作業場については三一二条の二。なお、二八四条(労働者の防じんマスク着用義務))。

このような防じんマスクの位置付けが変ったのは、漸く昭和六一年一一月一日の炭則改正によるが、右改正により、けい酸質区域指定制度(旧二八四条の二)が廃止されるとともに、二八四条の二第三項で、坑内作業場で衝撃式さく岩機を使用するときは鉱山労働者に防じんマスクを使用させなければならないことを定め、また、二八三条の二第二項で、「前項の規定による措置(注。散水、集じんその他の適当な措置ないし一四一条一項規定の散水、炭壁注水等適当な措置)を講じた場合において、なお保安のため必要があるときは、同項の規定によるほか、鉱山労働者に別に告示する規格に適合する防じんマスクを使用させなければならない。」と定めた。坑外作業場については三一二条の二第二項。これによって初めて防じんマスクが、他の防じん防止策と同時的、並列的に取り扱われることになった。

他方では、金則や安衛則(昭和二二年一〇月三一日労働省令第九号)は防じんマスクについて、粉じん作業場であれば、場所や作業内容如何又は粉じん防止措置の有無にかかわらず、防じんマスクの備付けを義務付け、かつ、その数及び管理方法等まで定めた。すなわち、金則二二〇条は、坑内作業場で著しく粉じんを飛散するときの散水等適当な措置又は防じんマスクの備付け義務を定め、防じんマスクを他の粉じん防止措置と選択的に位置付けしたものの、昭和二八年四月改正の二二〇条の二第二項では、坑内作業場で衝撃式さく岩機を使用するときは湿式型とし、かつこれに必要な給水をし、防じんマスクを備えなければならないと定めて、並列的に位置付けし、この点についてはその後の改正でも変更はなかった(昭和二九年一月改正では、前記二二〇条は、粉じんの飛散を防止するため散水等した場合において、なお保安のため必要があるときは防じんマスクを備えなければならないと改正され、坑外作業場についても選鉱場等で著しく粉じんを飛散するときは、防じんマスクを備え、かつ散水等しなければならないと定められた。)。なお、安衛則は、制定当初から、粉じん防止措置の有無にかかわらず、粉じんを発散し、衛生上有害な場所、作業における呼吸用保護具の備付け義務(一八一条)及びその数及び管理方法(一八四条)についても定めていた。

2  防じんマスクの備付状況

前記事実(第三章の第二)に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  防じんマスクは、粉じん作業場における他の粉じん防止又は抑制措置が十分機能しないときに労働者の口元に到達する粉じんを遮断する最後の防止策であるが、粉じん作業の性質上、粉じんを完全に防止又は抑制することは不可能に近いと考えられるから、粉じん防止対策は、防じんマスクを含め、複数の手段を用いた重層的、総合的なものにならざるを得ないと考えられるところ、防じんマスクは、大正六年頃から商品化され、昭和二〇年代後半頃から、労働者に支給され始めたが、その対象者は本工、それも掘進夫等、一部の鉱夫に限られ、また、昭和三〇年代に入ると、労使のけい肺防止協定に防じんマスクの支給が取り上げられ、これに基づき防じんマスクの支給がなされたが、その対象者は本工のみであった。そのため防じんマスクを自費で購入せざるを得ない鉱夫も少なくなかった。また、当時の防じんマスクは、作業中マスクが目詰まりを起こし易く、息苦しくなるので、掘進夫は途中からこれを外したり、口にタオルを当てるだけで作業をしたり、さく岩機による穿孔作業の時だけマスクを着用する者などもいた。またマスク着用の必要性についての教育又は監督は十分とはいえず、概して防じんマスクの着用は低調であった。

(二)  一方、被告六社の個別的事情を見てみると、まず、①被告三井両社については、山野炭鉱、三池炭鉱、田川炭鉱では、昭和二四年、防じんマスクを購入して、掘進夫等、特に、粉じん暴露の機会の多い一部の従業員に無償貸与し、昭和二九年からは自社で改良を加えた防じんマスクTS一〇号三池型を掘進夫等に貸与したが、坑内夫全員に行き渡らず、自費で購入した者も多かった。防じんマスク及びろ過材の交換体制は不十分であり、マスク着用の必要性について十分教育し、監督することもなかった(なお、証拠によると、三池炭鉱では昭和二四年度下期に防じんマスクを二〇〇〇個、田川炭鉱では三八七個、山野炭鉱では六〇〇個購入したこと、また山野炭鉱では、昭和二九年一一月から昭和三四年八月まで、防じんマスクにつき会社購入分二三八〇個、自費購入分九〇〇個があったことが窺えるが、具体的な着用状況等は不明である。)。②被告三菱は、戦前から一般衛生の見地から掘進、採炭夫等に防じんマスクを貸与し、昭和二三年頃から、無償貸与を始め、高島、端島、崎戸各炭鉱では、昭和二五年以降、その余の本件各炭鉱では、昭和二八年以降、けい肺防止の見地から防じんマスクの無償貸与及び着用の指導に務め、また、坑口講話、坑内巡視その他各種集会において、防じんマスク着用等につき教育を行い、入坑時のマスク所持の検査等を行ったが、労働者の中には、なお、息苦しさを感じることなどから、作業中マスクを外す者がいた。高島炭鉱では、防じんマスクは本工のみに支給され、下請鉱夫等は自費購入であった。端島炭鉱では、本件従業員が就労していた昭和四三年から四五年頃も自費購入であった。崎戸炭鉱では、本件従業員が就労していた昭和四〇年から四三年頃は、自費購入であった。マスクの管理は労働者に任せていた。さらに飯塚炭鉱では、従業員の一部が防じんマスクを自費で購入し、上山田炭鉱では、会社から防じんマスクを支給されることもあったが、殆どは従業員の自費購入であった。勝田炭鉱では、従業員が防じんマスクの支給を受けたのは昭和三六年である。新入炭鉱では、防じんマスクは従業員の自費購入であり、防じんマスクの着用指導を受けたことはなかった。古賀山炭鉱では、従業員は防じんマスクの支給を受けたが、マスク着用につき教育を受けたことはなかった。鯰田炭鉱では、防じんマスクの支給対象は坑内夫全員ではなかった。③被告住友は、昭和二八年四月、労使間でけい肺協定が締結され、けい肺罹病対象作業に従事する組合員に対して防じんマスクを支給し始め、忠隈炭鉱では、同年以降、防じんマスクを無償支給するようになったが、岩石掘進夫等、坑内夫の一部に限られた。④被告古河については、目尾炭鉱では、昭和三〇年以前から防じんマスクを支給したが、同年一二月、労働組合連合会とけい肺協定を締結し、それ以後は無償貸与にした。しかし、支給対象は掘進夫、採炭夫等、本工坑内夫の一部に限られた。下山田炭鉱、大峰炭鉱は、おおむね目尾炭鉱と同じであったが、従業員は、防じんマスクの着用について、十分な指導監督を受けず、これを着用せずに紛じん作業に従事したり、穿孔作業時のみ着用したりした。⑤被告日鉄については、二瀬炭鉱では、防じんマスクは、昭和二四年から掘進夫に対し重松式防じんマスクを無償支給し、一年半毎に新品との交換を実施したが、昭和三〇年以降は坑内直接夫全員に対し支給した。しかし、現実に支給を受けたのは坑内直接夫全員ではなく、その一部に過ぎず、部品の交換の体制及び防じんマスク着用についての指導監督も十分ではなかった。嘉穂炭鉱では、昭和三三年一月、防じんマスク貸与要領が制定されたが、防じんマスクの支給を現実に受けたのは坑内夫の一部であった。伊王島炭鉱では、防じんマスクの支給を現実に受けたのは坑内夫の一部であり、その他の鉱夫や下請鉱夫は支給を受けることができず、下請鉱夫は自費購入であった。⑥その他の炭鉱については、豊州炭鉱(上尊鉱業、上田米蔵経営、福岡県川崎町)では昭和四〇年頃まで防じんマスクの支給がなく、また、多くの炭鉱で防じんマスクの支給が遅れ、部品の交換体制及び防じんマスクの着用についての指導監督も十分でなかった。

(三)  さらに、統計を見てみると、昭和二九年から昭和三九年までの各炭鉱における防じんマスクの備付状況は、別表二の一五「防じんマスク個数調査」のとおりであり、また、昭和三四年三月末現在、全国主要炭鉱一八社、合計四三炭鉱の防じんマスクの個数は、総計六万六七一八個であるが(別表二の一六「防じんマスク調」参照。なお、当時、右一八社の坑内労働者数は、別表二の三「鉱山労働者及び切羽調」のとおり、合計一四万六八七二人であるから、単純に比較すると、防じんマスクの支給割合は、45.4%となる。)、これによれば、昭和三〇年以前は、防じんマスクの備付個数は全国鉱山労働者数に対して一割にも満たず、昭和三九年でも、34.5%であり、鉱山労働者が全て粉じん作業従事者でないことを割り引くとしても、極めて低い数値であり、昭和三四年の主要炭鉱一八社のみの統計をみても同様の数値であった。

3 もっとも、証拠中には、わが国で防じんマスクの研究が本格的に始まったのは、昭和二四年頃からであり、これに合わせて、昭和二五年、通産省が防じんマスクのJISを定め、労働省が防じんマスクの国家検定制度を開始したこと(JIS規格品は昭和三七年規格のB九九〇一―一九六二が最初であり。)、当時の防じんマスクは吸気抵抗が大きく、すぐにフィルターの目詰まりを起こし、装着時の不快感、重量等に問題があって実用に耐えず、その後の研究、改良が重ねられた結果、昭和三七年、吸気抵抗、重量、ろ過効率で優れた静電ろ層防じんマスクが開発されて、初めて炭鉱内で防じんマスクが実用可能となったとの部分が存在する。

しかしながら、右の静電ろ層マスクが開発される以前の防じんマスクは、ろ過材(フィルター)として海綿、ガーゼ、スポンジ等を用い、これらに粉じんを物理的に付着させて徐じんする型であったが、一定の徐じん効果があることは否定し難く、また、昭和二五年以降のJIS規格適合品の品質、性能は一応担保されたものと考えられ、昭和二九年一月改正の炭則二八四条でも、防じんマスクにつきJIS規格適合品が要求された(なお、金属炭鉱では、昭和二八年の金則改正によりJIS規格適合品が要求された結果、高能率の防じんマスクが広く使用されるようになった。さらに、昭和二九年一〇月のけい肺対策審議会の中間報告では、当時の防じんマスクにつき、除じん効率の良いものは呼吸抵抗が強くなりがちなため、労働者がその着用を嫌う傾向があるとされたものの、この点は、労働者に対する教育の方法を検討するとともに、防じんマスクの改善をとりあげ、マスクのろ過材について各種の方法、例えば、静電気の応用等を検討することとされたから、到底、炭鉱坑内で実用に耐えないとは考えられないし、フィルターの目詰まりは、その構造上避け難い面がある上、フィルターの洗浄、交換により容易に回避できる問題といえる。また、防じんマスクは、さく岩機の湿式化や散水・噴霧の励行など、他の粉じん防止措置と併用すれば、いたずらにろ過効率の高いものでなくとも十分効果を発揮すると考えられ、現に昭和三二年頃、大手炭鉱で、そのようなけい肺防止対策の方針を示した文書があった。以上の事実を考え合わせると、前記事実をもって、被告六社が安全配慮義務を履行したものということはできない。

そして、他に被告六社の主張を裏付ける証拠はない。

以上の事実によると、文献上では、既に戦前から防じんマスクの粉じん濾過能力が明らかにされ、昭和四年一二月改正の鉱警則六三条又は安衛則(昭和二二年一〇月制定)で、防じんマスクの使用義務が規定され、炭則二八四条(昭和二四年八月制定)では、他の粉じん防止措置の代替策としてであり、防じんマスクの備付け義務が規定されたにもかかわらず、右備付け状況は極めて不十分であり、一部には、労使間で締結したけい肺協定に基づいて防じんマスクの支給を実施した炭鉱も存在するが、いずれも時期的に遅れ、支給対象者も粉じん作業従事者を全て網羅するものではないなど、不十分であり、マスク着用の指導監督やフィルターの洗浄、交換等の措置も欠いていたというほかないから、被告六社は、防じんマスクに関するこれらの点について、安全配慮義務違反による債務不履行があったもというべきである。

八  じん肺教育の実施

1 法令

炭鉱では、古くからガス・炭じん対策の一環として従業員に対する保安教育が行われ、法令上も、石爆則二六条(昭和四年一二月制定)、炭則四〇条(昭和二四年八月制定)により保安教育義務が定められた。特に、炭則四〇条は、右の保安教育は、甲種炭鉱では可燃性ガス・炭じんの爆発の防止に重点を置かなければならないと定めた。

しかし、旧じん肺法(昭和三五年四月制定)六条では、新たに、じん肺予防のため、使用者は常時粉じん作業に従事する労働者に対し、じん肺予防及び健康管理のために必要な教育を施さなければならないと定め、粉じん則(昭和五四年四月制定)二二条でも、粉じん教育実施の必要性を規定し、これを受けて、炭則改正(昭和五四年一二月)四〇条によって、著しく粉じんを飛散する作業場に就業させる労働者に対する粉じん教育実施の必要性が規定された。そして、昭和五五年二月の通産省告示四五号で、粉じん教育の具体的な事項として、①粉じんに関する疾病、健康管理、②粉じんの飛散防止、③作業場の通気、換気、清掃等、④防じんマスクの管理及び使用、⑤関係法令に関する事項が定められた。

なお、従業員教育に関する一般的な規定には、保安法六条(鉱山作業を行うのに必要な保安教育の実施義務)、旧労基法五〇条、安衛法五九条一項(いずれも雇入時の安全衛生教育の実施義務)安衛法五九条三項(労働省令で定める危険又は有害な業務に就労させる際の特別の安全衛生教育の実施義務)等がある。また、企業の実施する従業員教育に対する、被告国の指導監督に対する規定は、前記のとおりである。

2  じん肺教育の実施状況

証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

炭鉱では、ガス・炭じん爆発防止という重要な課題があったため、既に明治、大正期から、ガス・炭じん爆発防止に重点をおいた保安教育が行われ、その中で粉じんの危険性が教育されたが、昭和二〇年代末頃から、大手炭鉱を中心に、けい肺の病像・管理等についても教育されるようになった。そして、右教育の具体的な実施状況は、まず、①被告三井両社については、三池炭鉱では、昭和三一年、掘進夫や係員を中心にパンフレット等を配布し、けい肺の病像・管理、湿式さく岩機及び防じんマスクの効果、マスクの手入れ法等について講習をしたことがあった。(もっとも、同種の講習は、昭和二五、六年頃から実施されたが、その回数、内容、参加者数等は不明であった。)が、同年頃以前は職場の衛生教育には殆ど手がつけられなかった。また、山野炭鉱では、昭和三二年、昇坑後の職場常会でスライド「ほこりの害」を用い、掘進夫等に粉じんの有害性やけい肺予防法等について教育し、田川炭鉱では、昭和二八年頃、防爆・落盤対策に重点を置いた教育の中で、それに合わせ、けい肺予防対策として防じんマスク着用の必要性等につき教育をしたことがあった。しかし、従業員の中には、山野炭鉱第二小舟坑で、昭和二二年四月から同三〇年六月まで就労した間、会社からじん肺教育を受けたことがないのはもちろん、じん肺の言葉さえ聞いたことがなく、そのため漠然と、炭鉱には掘進夫の罹るけい肺がある位の認識しかなく、逆に、炭鉱夫の間では、岩粉は有害であるが、石炭の粉は有害ではなく、味噌汁を飲めばよいという話が広まっていたと陳述する者がいるほか、同旨の陳述をする者も多く、どの程度、右教育が徹底されたか疑わしい。②被告三菱については、昭和二〇年代末頃から、徐々に従業員に対するけい肺教育に取り組み、新入者教育、保安技術職員等に対する教育、社内報・所内報等を通じての教育、啓蒙活動等を行なったことが窺えるが、従業員の殆どの者は、けい肺について漠然と肺が悪くなる病気だとか、結核みたいな病気という程度の知識しかなく、炭鉱夫らのじん肺の知識は極めて貧弱であり、右の広報等による教育がどの程度徹底したものであったか、疑しい。鯰田炭鉱では、昭和三〇年、広報紙「けい肺とは何か。」という啓蒙記事を掲載し、昭和三一年には附属病院の医師御厨潔人作成の「けい肺の知識」と題するパンフレットを各鉱業所に配布したが、これらは、じん肺が重篤な疾患であることや予防法について十分認識させるというよりは、けい肺に対する不必要な恐怖心を鎮静させることを主要な目的とする文書であった。また、下請鉱夫らに対しては広報さえなかった。③被告住友については、忠隈炭鉱では、けい肺、じん肺の発症機序、病像等の教育は十分されず、その後、昭和五五年通産省告示第四五号に基づき、同年九月までに全従業員を対象とする粉じん教育を実施した。④被告古河については、目尾炭鉱では、従業員教育は専ら保安教育に重点が置かれ、じん肺の病理、予後及び予防法等につき十分な教育を受けなかったため、炭粉は身体に良いと考える従業員もいた。⑤被告日鉄は、昭和三六年、保安教育資料「みんなの保安、じん肺症」を作成して、従業員教育に供し、二瀬炭鉱、嘉穂炭鉱では、炭鉱夫に対する保安衛生教育の方法として、作業繰り込み前の五分間教育、保安係員が作業現場巡回時にその場で行なう機会教育等があったが、これらは防爆対策が主であり、じん肺教育の比重は小さかったため、従業員はじん肺の病理、予後、予防法等については十分な教育を受けず、炭粉は身体に有害ではないと思っていた従業員も多かった。⑥その他の炭鉱については、じん肺教育は殆ど実施されず、従業員のけい肺又はじん肺に関する知識は不十分であった。例えば、原告竹本良行(昭和四〇年二月から同四八年三月まで株式会社漆生鉱業所の漆生炭鉱勤務。)、原告吉村時信(昭和二二年一〇月から昭和四四年五月まで明治鉱業株式会社の平山炭鉱、同年五月から昭和四七年一二月まで新明治鉱業株式会社の平山炭鉱勤務。)、原告山本清實(昭和三三年一月から同三七年一月まで中興鉱業株式会社の福島炭鉱、同月から昭和四五年二月まで日本炭鉱株式会社の高松炭鉱勤務。ただし、いずれも下請鉱夫)、原告新川一(昭和二一年一月から同二六年三月まで日本炭業株式会社の宝珠山炭鉱、昭和二六年三月から同三六年六月まで麻生鉱業株式会社の赤坂炭鉱、昭和三六年六日から同四四年五日まで麻生産業株式会社の吉隈炭鉱、昭和四五年五月から同年一〇月まで株式会社漆生鉱業所の第一漆生炭鉱、同四六年四月から同四七年一一月まで新明治鉱業株式会社の平山炭鉱勤務)の例からも窺える。

これらによると、本件各炭鉱における従業員に対するじん肺教育は、質量ともに極めて不十分であり、炭鉱夫にじん肺発症の原因、機序、病像や実際の粉じん作業において粉じん暴露から自己を防禦する必要性又はじん肺防止対策の意義等を認識させる上で到底十分なものではなく、また、教育の内容も、湿式さく岩機を本来の用法に従い、給水しつつ使用させるとか、発破後の退避の徹底、散水・噴霧の励行、防じんマスクの着用の徹底を図るなど、具体的な対策を従業員に周知徹底させる程度まではなく、そのための日常的な指導監督も十分ではなかったことは明らかというべきである。そのため、炭鉱夫の中には、炭じんは無害で、むしろ薬になると思い込んだり、じん肺という言葉さえ知らず、行政認定を受けてやっとじん肺の重篤さに気付いた者が少なくない状況であった。そして、その結果、前記のとおり、実際の粉じん作業でも、多くの炭鉱夫が湿式さく岩機に給水をせず、事実上乾式さく岩機として使用したり、企業から支給された防じんマスクを使用しないなど、粉じんの有害生又はじん肺罹患に対して無自覚な態度を露呈し、粉じん暴露に殆ど無防備なまま、長年にわたり粉じん作業に従事したというべきである。

3 被告六社の主張について

被告六社は、戦前から保安対策の重要な柱として従業員に対し、防爆対策を内容とする保安教育を実施し、そのうち、通気の確保、散水の励行等は防じん対策としても大きな効果を上げたが、けい肺、じん肺についての知見を得てからは、けい肺、じん肺教育をも推進し、坑口講和、衛生講演会、教育資料の配布、スライド教育、社内新聞の解説記事等により、積極的にけい肺、じん肺教育を行ない、掘進、採炭の作業現場でも、係員が従業員に対し、防じんマスクの着用、散水の励行等の実際的な教育、指導をしたと主張し、さらに、被告六社は、個別的に、安全配慮義務の履行に不足するところはなかったと種々主張する。

しかしながら、まず、じん肺教育は、本来、従業員に対し、じん肺の発症の機序・病像・予防法等につき、医学的、実証的見地から教育するのでなければ十分な効果は期待し難いもので、単に防爆対策の見地から、通気の確保、散水の励行等の意義、必要性を指導、教育したとしても、じん肺教育としては十分でないことは、前記のとおり明らかである。その上、被告六社は、戦前、けい肺ないしじん肺教育を実施せず、戦後も昭和二〇年代まではけい肺ないしじん肺教育の実施はきわめて例外的であり、漸く昭和三〇年代になって、従前の保安教育に加えて、けい肺教育を取り入れ、これを実施するようになったもので、その状況も、前記認定した程度であって、その目的が衛生管理者の知識の取得を目的とし、対象も掘進夫等坑内夫の一部に限られ、又は継続性に欠け、文書の配付、掲載に止まるなど、時期、方法、内容等の点で著しく不十分であった。これらの事実から考えると、掘進、採炭の作業現場で、防じんマスクの着用、散水の励行等につき、従業員に十分な指導、教育はされなかったということができる。したがって、被告六社の主張は採用できない。

以上の事実によると、被告六社は、じん肺教育の点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

九 健康診断

1 法令

じん肺健康診断に関しては、けい肺措置要綱(昭和二四年八月制定)に規定が置かれた(これは、けい酸粉じんを著しく飛散する業務に従事する労働者につき、原則として年二回エックス線検査等の健康診断を受けさせることを規定した。)が、昭和三〇年九月、けい特法の制定によって、けい肺健康診断が規定された。

これは、使用者に対し、粉じん作業に従事する労働者に対する就業の際及び三年以内毎に一回(けい肺第二症度、第三症度の患者は一年以内毎に一回)のけい肺健康診断を受診させる義務を規定した(三条。なお、右健康診断は、直接撮影による胸部全域のレントゲン写真検査、胸部の臨床検査及び粉じん職歴調査をいう。二条一項三号)。

その後、旧じん肺法(昭和三五年四月制定)、改正じん肺法(昭和五三年三月制定)でも、これに関連する規定が置かれた。

旧じん肺法は、使用者に、新たに常時粉じん作業に従事させる労働者に対する就業時の、また、常時粉じん作業に従事させる労働者に対する三年以内毎に一回(健康管理区分二又は三の患者は一年以内毎に一回)のじん肺健康診断を受診させる義務を規定した(八条)。

他方、改正じん肺法は、健康管理区分一の範囲を変更したのに伴って、定期健康診断の回数、受診者の範囲を拡げ、現に粉じん作業に従事するレントゲン写真有所見者全員に対し、定期健康診断を年一回行なうべきこととし(八条一号)、また、現在非粉じん作業に従事する労働者にも受診の対象を拡げ、レントゲン写真有所見者全員につき、定期健康診断を義務づけた(八条一項三、四号)。さらに、新規に、離職時の健康診断を義務づけた(九条の二)。

なお、そのほかに、一般的な健康診断につき、昭和二二年四月制定の旧労基法五二条、旧安衛則四八条以下に規定がある(ここでは事業者に、一定の場合に(旧安衛則四八条一、二号参照)、雇い入れる際及び雇い入れ後の定期健康診断の実施義務を規定した。右健康診断の方法につき、同五〇条)。

2 健康診断等の実施状況

証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、

じん肺防止のためには、粉じん作業時間の短縮及び粉じん作業からの離脱(配置転換)とともに、患者の早期発見、早期治療が重要であり、そのためには定期健康診断の実施、充実が必要であるということができる。そして、じん肺の健康診断には、時代的制約はあるにしろ、粉じん作業歴の調査を前提にして、レントゲン検査、肺機能検査、合併症に関する検査等を行うことが不可欠であるところ、戦前から大手炭鉱を中心に、各炭鉱には医局、医務課、炭鉱病院、診療所等が設置され(被告三井両社については、山野炭鉱、田川炭鉱では、昭和一〇、一一年、それぞれ炭鉱病院を開設し、また、三池炭鉱では、明治期、炭鉱病院を開設し、昭和一〇年代には総合病院並みの規模となった。)、採用時の身体検査や定期健康診断を実施していたが、被告六社及びその子会社は、昭和二二年四月、労基法や旧安衛則が制定され、事業主に健康診断が義務づけられてからは、従業員につき、旧労基法五二条一項等に基づく就業時及び定期健康診断に加えてレントゲン検査を実施し(炭鉱によっては、昭和二〇年代後半以降、坑内夫を対象にして、けい肺特別検診を実施した炭鉱もある。)、また、昭和三〇年九月、けい特法の施行に伴い、粉じん作業に常時従事する労働者につき、けい肺健康診断が定められてからは、けい特法以下の各種法令に基づく就業の際及び三年以内毎に一回のけい肺又はじん肺健康診断を実施し、昭和三一年頃からは、けい肺健康診断が定着した。その後も、改正じん肺法九条の二で規定された粉じん作業従事者の離職時のじん肺健康診断等を法令に従って実施し、その結果、異常所見がみられた従業員に対してはその旨の通知をし、じん肺健康診断の後に都道府県労働基準局長からじん肺(健康)管理区分の通知があったときは、これを当該従業員に通知していた(もっとも、被告六社及びその子会社以外の中小の炭鉱企業は、法令に従って、右健康診断、特に、けい肺又はじん肺健康診断を実施せず、また、診断結果およびじん肺(健康)管理区分決定を当該従業員に通知しなかった例が少なくなかった。)。しかし、けい肺健康診断の実情は、使用者は労働者に対し、検診結果の通知を十分に説明せず、そのため労働者もけい肺(じん肺)と診断されても大して気に留めず、従前同様の粉じん作業に従事する事例も多く、また、離職時の健康診断を実施しない炭鉱も多かった。さらに、中小炭鉱の鉱夫や下請鉱夫は、大手炭鉱の鉱夫に比べ、全体としては健康診断を受ける機会が少なかった。

このように、被告六社及びその子会社は、炭鉱夫に対する各種健康診断、特に、けい肺又はじん肺健康診断を実施し、また、その結果及び管理区分の通知義務を履行したもので、右通知の際、炭鉱夫に対し、十分な説明をしなかった点では、相当でない面があったものの、健康診断の点については安全配慮義務の履行に欠けるところはなかったというほかない。

本件従業員らの陳述録取書や本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前記証拠と対比して採用できない。

したがって、健康診断の点について、被告六社に安全配慮義務違反の債務不履行があったものと認めることはできない。

3 原告らは、以上検討したほかにも、被告六社は、炭鉱離職者に対し、離職時及び離職後のじん肺検診・健康診断、生活保障等の措置を講じる義務があると主張するが、使用者が従業員に対し負う安全配慮義務は、従業員が労務提供の過程において生命及び身体等に対する侵害を受けないように配慮する義務であるから、従業員が雇用契約関係から離脱すれば、特段の事情のない限り、それと同時に右義務は消滅し、右退職後の健康管理や補償等は、安衛法、労災法、厚生年金保険法等の定めによるものと解するのが相当である。そして、粉じん作業従事者の離職時のじん肺健康診断は、改正じん肺法九条の二で初めて規定されたものであるから、被告六社が右改正前に、離職時のじん肺健康診断を実施する義務があったとはいい難い。また、粉じん作業離職後のじん肺健康診断は、いまだ法令の規定がない。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

一〇  粉じん作業時間の短縮

1 法令

一般に作業時間の短縮に関する規定には、労基法三六条ただし書(坑内労働等、健康に特に有害な作業における時間外労働の制限。なお、坑内労働の労働時間の計算は、休憩時間を含め、抗口に入った時刻から抗口を出た時刻までを労働時間とみなすと定める(三八条二項)。)のほか、次のものがある。まず、①けい肺措置要綱(昭和二四年八月制定)は、胸部に粒状陰影があるものの、呼吸器等の異常や労働能力の減退が認められない者(要綱一)については、できるかぎり労働時間を短縮するとともに、労働強度を軽減するか、又は粉じんの少ない軽作業に従事させることと定める。また、②改正けい肺措置要綱(昭和二六年一二月制定)は、けい肺第一度の者で、心肺系の異常又は労働減退が認められないか、又はあってもそれがけい肺によると認められない者については、できるかぎり労働時間の短縮、労働強度の軽減、作業方法の改善等により粉じん吸入量の減少をはかることと定められた。さらに、③安衛法(昭和四七年六月制定)六六条六項は、前記労基法五二条三項の規定を引き継ぐとともに(現行六六条七項。事業者は、健康診断の結果に基づき、配置転換や労働時間の短縮等の措置を講じる義務)、六九条(健康障害を生じるおそれのある業務につき省令による作業時間の規制。現行六五条の四)を定める。④改正じん肺法は、事業主は、じん肺管理区分二、三イの労働者につき、粉じんにさらされる程度を低減させるために、配置転換、就業場所の変更、粉じん作業従事時間の短縮その他の適切な措置を講じるように努めなければならないと定めた(二〇条の三)。

2  実施状況

本件全証拠によるも、昭和二二年九月ないし一一月の労基法施行後に限っても、本件各炭鉱企業において、けい肺措置要綱や改正けい肺措置要綱など、関係法令等に沿って、じん肺に罹患した労働者につき、粉じん作業時間を短縮して、じん肺罹患やその増悪を防止する特別の措置が取られたことを認めることはできず、粉じん作業時間の短縮の措置の実情を調査した資料も見当たらない。かえって、証拠によれば、本件各炭鉱企業は、じん肺防止の観点に立って、炭鉱夫の労働時間を短縮したことはなく、本件作業員をして、粉じん作業に長時間従事させ、放置したものと認めるのが相当である。粉じん作業時間の短縮は、賃金低下をもたらし、従業員の承諾を得難く、賃金低下に対する補償措置の必要があるという事情があったとしても、じん肺防止に十分ではなかったというほかない。

以上の事実によると、被告六社は、粉じん作業時間の短縮の点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

一一  配置転換

1 法令

じん肺に罹患した労働者の配置転換(ただし、企業内配置転換)に関する法令等には、前記一〇記載の一般的な配置転換や労働時間の短縮等を定める旧労基法五二条三項、安衛法六六条六項のほか、次のものがある。まず、①けい肺措置要綱(昭和二四年八月制定)は、呼吸器系の異常所見が明らかで、作業の際に呼吸困難があり、労働能力の減退が認められる者については、けい酸粉じんの著しく飛散する場所での業務に従事することを禁止し、粉じんの少ない軽作業に配置転換を行なうことを定めた。②改正けい肺措置要綱(昭和二六年一二月制定)は、配置転換の対象者を、1けい肺第一度の者で、心肺系の異常又は労働減退がけい肺によると認められる者、2けい肺第二度の者で、心肺系の異常又は労働減退が認められないか、著明でない者、又はあってもそれがけい肺によると認められない者と定めた。③けい特法(昭和三〇年九月制定)は、配置転換の対象者を、1けい肺第三症度、2けい肺第二症度で粉じん作業従事期間五年以内〔第二型〕、3けい肺第二症度で粉じん作業従事期間一〇年以内〔第三型〕と定め、また、都道府県労働基準局長は使用者に対し、右の労働者を非粉じん作業へ配置転換するように勧告をすることができること、そのほか、使用者の勧告遵守の努力義務(八条)、転換給付(一〇条。平均賃金の三〇日分)を定めた(なお、公共職業安定所等の職業紹介、職業補導等についての適切な措置を講じる努力義務(九条)がある。)。④旧じん肺法(昭和三五年四月制定)は、配置転換の対象者を健康管理区分三の者とし、その者が粉じん作業に従事している場合、労働基準局長は使用者に対し、非粉じん作業への配置転換の勧告をすることができること、使用者の勧告遵守の努力義務(二一条)、転換給付を定めた。⑤改正じん肺法(昭和五三年三月制定)は、配置転換の対象者を健康管理区分三の者とし、そのうち、三イの者は労働基準局長から配置転換の勧奨を受け、三ロの者は配置転換の指示を受けること(二一条)を定めた(なお、同区分二または三イの労働者については、事業者は、粉じんにさらされる程度を低減するため、就業場所の変更、粉じん作業従事時間の短縮その他適切な措置を講じる努力義務を負う(二〇条の三))。また、転換給付、配置転換に伴う教育訓練の努力義務(二二条の二)、政府の職業紹介、職業訓練等の努力義務(三四条)、退職の際の就労の機会を与える施設等の整備等の努力義務(三五条)等を定めた。

2  実施状況

証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。すなわち、昭和三四年二月現在において、前記法令等に該当する作業転換勧告の対象労働者数二一三四名に対し、現実の作業転換者数は一五一名(7.07%)であった。労働省安全衛生部労働衛生課編のじん肺解説書では、昭和三五年三月までに二三九名の職場転換の例が報告された。また、昭和三六年から同四三年までの配置転換率につき、全産業と石炭産業を比較してみると、全産業では1.99%から7.42%であるのに対し、石炭産業では5.2以下であり、特に、昭和三七年ないし昭和三九年は配置転換は零であった(なお、右年度の配置転換対象者数(旧じん肺法下の管理三の者)、配置転換者数は、別表二の四五「配置転換対象者及び配置転換者数調べ」参照)。さらに、被告六社の個別的事情については、本文中に掲記する証拠のほか、前記証拠によると、まず、①被告三井両社の山野炭鉱では、昭和三一年一〇月けい肺第三症度の者七名に配置転換を勧告し、そのうち四名がこれに応じたが、配置転換は労働組合との協約により労働者本人の意思を尊重することになっていた。三池炭鉱では、けい肺患者二三名につき軽作業、無粉じん地帯に就業させた。田川炭鉱では、昭和三三年頃、けい肺第三症度の一四名に配置転換を勧告し、そのうち二名を抗外軽作業に配置転換した。しかし、これらの配置転換は、既に、けい肺措置要綱(昭和二四年八月)に配置転換の定めがあるのに、これに遅れ、また、配置転換者の数も少数に止まっていた。②被告三菱は、昭和二七年七月、長崎県内の労働組合連合体との間で、配置転換の規定を含むけい肺対策協定書を締結し、昭和二八年頃、上山田炭鉱で、また、昭和三二年頃、鯰田炭鉱で、じん肺罹患者一名を軽作業に配置転換した例があるものの、配置転換の実施例はきわめて少なく、実施時期も遅かった。③被告住友では、昭和三〇年代前半、じん肺罹患者の配置転換は、若干の実施例があるものの、全体としてごく少数で、これを開始した時期も遅かった。④被告日鉄では、昭和三七年九月、じん肺管理区分三の労働者一名につき、仕繰夫から抗外管理詰所に配置転換した例があるものの、昭和四一年六月、同管理区分三の労働者五名につき、非粉じん作業への作業転換を図ったが、いずれも不首尾に終わった。⑤被告古河及びその他の炭鉱では、状況はこれらと同様であった。

もっとも、炭鉱夫の場合、坑内夫の賃金単価は坑外夫の約二倍であったが、配置転換により坑内作業から抗外作業又は炭鉱夫以外の職種に転職した場合、けい特法及び旧じん肺法により支給される転換給付は、従前の平均賃金の三〇日分にすぎず、改正じん肺法によっても、労働基準局長の配置転換の勧奨を受けた場合又は管理三ロの者について平均賃金の三〇日分、指示を受けた場合でも平均賃金の六〇日分であって、労働者からみて賃金収入の低下に対する補償措置として十分ではなく、容易に労働者の協力が得られない実情であり、本件各炭鉱企業は、配置転換を促進するためには、右法定の補償のほか、自主的な措置として差額補償の上積みをするとか、配置転換先を開拓するとか、職業訓練を施すなどの措置を講じる必要があったという事情は窺えるところであるが、これらの事実を考慮しても、被告六社の配置転換に関する措置は、じん肺防止に不十分であったというほかない。

以上の事実によると、被告六社は、配置転換の点について安全配慮義務違反による債務不履行があったものというべきである。

第三  因果関係

本件従業員らのじん肺罹患又は症状増悪と被告六社の前記安全配慮義務違反との間の因果関係について検討する。

前記のとおり、本件従業員らはじん肺罹患者であって、じん肺は、多量の粉じんを吸入したことが原因となるものであるところ、本件従業員らは、本件各炭鉱で掘進、仕繰、採炭、その他の坑内外運搬等の各種粉じん作業に従事し、右各種作業では、適切な防じん措置を取らない限り、多量の粉じんが発生し、右従業員らはこれに暴露しないわけにはいかないこと、被告六社は、前記じん肺防止対策の大部分につき安全配慮義務の履行を怠ったものであって、本件従業員らがじん肺に罹患し、また、その症状が増悪した原因としては、右義務違反以外、他に見当たらないこと(ただし、被告六社以外における粉じん職歴と本件従業員らのじん肺罹患又は増悪との因果関係については、後記第四で別に検討する。)は明らかであって、これらの事実によると、特段の反証のないかぎり、被告六社の安全配慮義務の不履行により本件各炭鉱において多量に発生し、飛散した粉じんに、本件従業員らが暴露し、これを吸入した結果、じん肺に罹患し、症状が増悪したことが推認されるというべきである。

もっとも、本件従業員の中には、被告六社における就労期間が短い者で一年に満たない者もいて、前記認定のじん肺の発症期間に関する諸種の見解に照らすと(第三章の第三)、じん肺の発症に期間的に不足し、因果関係の不存在を疑わせる余地がないではないが、右諸種の見解は、もっぱら、統計的資料又は全体的に共通した特徴の指摘にすぎない上、じん肺の発症には、粉じんに暴露した期間のみでなく、当該従業員が従事した粉じん作業の職種・内容及び作業環境、右従業員が暴露した粉じんの大きさ、量・濃度、又は粉じん防止対策の有無・程度、そのほか右従業員の素質、体力等、諸種の要因が作用し、就労期間の長短のみで決定できる性質の問題ではないだけでなく、じん肺が粉じんの肺内への吸入とこれによる肺内及びその周辺組織の病変を主体とする疾病であることを考えると、極めて短期間の少量の粉じんの吸入でない限り、じん肺発症の全部又は一部の原因となり得るものであるから、右就労期間の長短は、前記推認を妨げる特段の反証とすることはできず、他に右認定を左右する証拠は存在しない。

第四  有責性

被告六社は、①戦時中は国家総動員法により厳しい統制経済下に置かれ、戦後は基幹産業としてなかば出炭を強制され、保安、衛生は二義的な位置付けとならざるを得なかったこと、②炭鉱におけるじん肺の知見を得た昭和三〇年以降、当時の工学技術的水準で可能な粉じん防止策を講じたことを挙げて、それ以上のじん肺防止のための安全配慮義務の履行を期待することは不可能であったと主張するが、右②の点は前記第一の三の認定に照らし、理由がなく、また、右①の点も、労働者の生命や健康被害の保護を目的とする安全配慮義務の履行につき期待可能性が否定されるべき事情とまでは認められないので、理由がない。

第五  被告各社の損害賠償責任の範囲及び相互関係

一  民法七一九条一項後段の意義本件従業員の中には、被告六社以外の他の粉じん職歴を有する者が存在し、そこでの粉じん吸入が本件従業員らのじん肺罹患又は増悪に原因を与えたのではないか、その原因となった可能性の有無、程度が問題となるところ、被告六社は、後記(第八章の第一)記載のとおり、他粉じん職歴による責任の限定を主張するので、以下、検討する。

1  民法七一九条一項後段は、「共同行為者中ノ孰レカ其損害ヲ加ヘタルカヲ知ルコト能ハザルトキ」にも、共同行為者は各自連帯してその賠償の責に任ずる旨を規定しているが、この規定は、特定の複数の加害者につき、それぞれ因果関係以外の点では独立の不法行為の要件が具備されている場合において、被害者に生じた損害が加害者らの行為のいずれかによって発生したことは明らかであるが、右加害者らの各行為が原因として競合していると考えられるため、現実に発生した損害の一部又は全部がそのいずれによってもたらされたかを特定することができないとき(以下、右のような特定複数の加害者又は行為の関係を「択一的損害惹起の関係」という。)には、右加害者らの各行為がそれだけで損害をもたらし得るような危険性を有し、現実に発生した損害の原因となった可能性があることを要件として、発生した損害と加害者らの各行為との因果関係の存在を推定し、右加害者らの側で自己の行為と発生した損害との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証しない限り、その責任の一部または全部を免れることができないことを規定したものと解するのが相当である。なぜならば特定複数の加害者の行為の間に択一的損害惹起の関係があるときには、被害者としては、その一方の違法行為がない限り、他方の違法行為と損害との間に因果関係が存在することを立証することができるにも関わらず、一方の違法行為が存在するとされた途端に、主張、立証責任が加重され、他方の違法行為と損害との間に因果関係が存在することを立証することが困難となり、明らかに被害者の保護にもとることとなるので、被害者を救済するため、加害者らの各行為に前記の要件が充足されている限り、右加害者らの各行為と損害との間に因果関係が存在することを法律上推定するものとしたのが同規定の趣旨というべきだからである。したがって、右加害者らの他方としては、自己の行為が右ような危険性を有し、損害の原因となった可能性がある限り、一方の加害者の違法行為の存在を主張、立証しただけではその責任を免れることはできず、責任を免れるためには、更に、自己の行為と損害との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証することを要するものというべきである。

2  そして、いずれも債権者の生命又は身体を保護することを目的とする債務を負う複数の債務者の債務不履行が、因果関係以外の点で債務不履行に基づく損害賠償責任の要件を充足する場合において、択一的損害惹起の関係があるときには、その論理構造は同一であり、かつ、債権者を救済する必要性のあることは前記不法行為の場合と異ならないから、債務不履行に基づく損害賠償責任についても、民法七一九条一項後段の規定を類推適用するのが相当である。したがって、時、場所を異にして、複数の粉じん作業使用者の下において、粉じん吸入のおそれのある複数の職場で就労し、その結果、じん肺に罹患した労働者が、右複数の使用者の一部又は全部に対して、その雇用契約に基づく安全配慮義務違反を理由に損害賠償を求める場合には、右複数の職場のうち、いずれの職場における粉じん吸入によっても、現に罹患したじん肺になり得ることが認められる限り、同項後段を類推適用し、右労働者のじん肺罹患と右複数の使用者の各債務不履行との間の因果関係が推定されるものというべきである。そして、じん肺に罹患した労働者としては、そのじん肺罹患と一部の使用者の右債務不履行のみとの間の因果関係を立証することができなくても、複数の使用者の各債務不履行が現に罹患したじん肺をもたらし得るような危険性を有し、右じん肺の原因となった可能性があることを主張、立証することができれば、各使用者らの債務不履行との間の因果関係が推定されるものというべく、使用者において、自らの債務不履行と労働者のじん肺罹患との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証することができない限り、使用者はその責任の一部または全部を免れることができないというべきである(最高裁判所平成四年オ第一八七九号同六年三月二二日第三小法廷判決、東京高等裁判所平成二年ネ第一一一三号・第一二九九号同四年七月一七日判決、東京地方裁判所昭和五七年ワ第四八八九号平成二年三月二七日判決、長崎地方裁判所昭和六〇年ワ第五八〇号・第五八一号、同六一年ワ第二四七号平成六年一二月一三日判決参照)。同項後段にいう共同行為者も、時間的、場所的同一性を前提として、客観的共同又はそれに準じる共同性を要件とするものと解すべきではなく、右同一性又は近似性がなくても、ある損害の発生について結果的に関与しているときは、右共同行為者とみるのが相当であって、それ以上の要件を付加したものではないと解するのが相当である。

3  以上に基づいて、本件をみるに、前記認定説示したとおり、被告六社の各債務不履行と本件従業員らのじん肺罹患との間には因果関係が認められるところ(すなわち、被告六社の右各債務不履行は、本件従業員らが現に罹患しているじん肺をもたらし得る危険性を有し、右じん肺の原因となった可能性があることは優に認められる。)、本件従業員らの他の粉じん職歴が、当該粉じん職歴の内容、就労期間の長さ、当該使用者の安全配慮義務違反の態様等からして、当該従業員らが現に罹患しているじん肺をもたらし得る危険性を有するものと認められる場合でも、被告六社が、右従業員らのじん肺罹患による損害を賠償する責任の一部又は全部を免れるのは、同被告らにおいて、自らの債務不履行と当該従業員らのじん肺罹患との間の一部又は全部に因果関係がないことを主張、立証することを要することになる。

したがって、被告六社の主張は採用できない。

二  そこで、他の粉じん職歴を有する本件従業員らについて、個々の粉じん職歴が当該従業員の現に罹患しているじん肺をもたらし得る危険性を有しているか否か、及びそれが認められる場合の被告六社の責任の範囲について検討する。他の粉じん職歴は、被告日鉄については、別表二の五四「限度責任一覧表(被告日鉄)①②」記載のとおり、またその余の被告五社については、別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりであるが、これには、複数の炭鉱を転々として就労する者(当時、通称「わたり鉱夫」と呼ばれた。)及び全く異種の職場で就労する者の二種がある。

1  後者については、原告番号三〇三番縄田義美(銅版研磨工)、同三一七番手島孝(鋳物工)、同四〇五番桑原正雄(鉄工関係会社の機動班)、同四一三番亡田中三郎(トンネル工事主任技術員)らの従業員であるところ、その作業内容、作業実態、就労期間等に照らし、当該従業員が現に罹患しているじん肺を発症させ、又は増悪させ得る危険性を有するものと認めることができない。

2  前者のわたり鉱夫については、これらの者が従事した作業内容が同種であり、前記のとおり、作業実態や粉じんの発生、飛散、抑制の程度・状況、防じん対策の有無・程度も、本件被告六社の場合と殆ど変わらないことが窺えるから、当該従業員らが現に罹患しているじん肺をもたらし得る危険性を有するものと認めるほかないが、このような場合、被告六社における粉じん作業就労期間が他の炭鉱におけるそれと比べて極端に短いとか、被告六社の防じん対策が他の炭鉱のそれと比べて極端に優れているとかいう特段の事情が認められれば、被告六社の債務不履行と本件従業員らのじん肺罹患との間の一部又は全部に因果関係はないものというべきである。

そして右の特段の事情の有無について、個別的に検討すると、原告番号一一九番亡高木佐一の被告日鉄における就労、原告番号一八一番亡江藤正信の被告古河における就労、同三〇四番麻生熊次郎の被告三井鉱山における就労、同三〇八番山崎富夫の被告日鉄における就労については、各被告における粉じん作業の就労期間が全体の粉じん作業の就労時間と比べて極端に短い上、就労した作業の職種・内容、就労時期又はじん肺発症の時期等に照らして、各被告の債務不履行と本件従業員らのじん肺罹患との間の全部の因果関係を否定するのが相当である。

他方、その余の原告については、右の一部または全部の因果関係を否定するに足る特段の事情を認めることはできないので、この点に関する各被告の主張は理由がない。

第六  法人格否認の法理

原告らは、被告三井鉱山、同三菱、同日鉄、同住友の各第二会社における本件従業員らの稼働についても、法人格否認の法理により、被告六社に安全配慮義務違反があると主張するので、この点につき検討する。なお、原告らは、被告三井鉱山については、第二会社である山野鉱業との関係につき法人格否認の法理を主張しないと明示するので、この点の検討はしない。

一般に、親会社が、子会社の発行済株式総数の過半数に相当する株式を所有するという関係にある場合、業務内容や経理及び人的・物的構成の混同、子会社の株主総会や取締役会の不開催などの事実があり、子会社が独立の法人としての社会的・経済的実体を欠き、全く親会社の一部門に過ぎないと認められるときは、子会社の法人格は全く形骸にすぎず、また、親会社が、子会社の株式の全部又は殆どを所有して、子会社を意のままに支配し、しかも、法規の禁止規定を潜脱し、契約上の義務を回避するなど、違法不当な目的を達成するために子会社を利用するときは、会社形態を濫用するものであり、いずれの場合も、子会社の法人格は本来の目的に照らして許されず、その実体である親会社の行為と認め、直ちに親会社の責任を追求することができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告三菱と三菱高島炭礦及び三菱石炭鉱業との間、被告住吉と昭嘉鉱業との間、及び被告日鉄と高雄炭鉱の間にはそれぞれ子会社の設立に際し親会社が資本金全額を出費し、役員を派遣したこと、子会社が親会社から同社経営の炭鉱そのほかの資産を譲り受けたこと、親会社又はその関連会社と吸収合併を繰り返したこと、親会社において、子会社が炭鉱から採掘した石炭を全て買い上げていたことなどの事実が認められるが、他方、右子会社は、いずれも、親会社とは異なる、独自の目的・組織又は資産等を有していたことも明白であって、本件全証拠によるも、到底、子会社の法人格が全くの形骸にすぎず、又はそれが法律の適用を回避するために濫用されたことを認めることはできない。したがって、この点に関する原告らの主張は採用することはできない。

第六章  被告国の責任

(原告らの主張の要旨)

第一  被告国の直接的加害行為責任

一 被告国のじん肺知見と石炭増産政策

1 被告国は、遅くとも昭和五年には、石炭鉱山における各種粉じん作業が労働者にじん肺をもたらすことを予見し、又は容易に予見することができたはずであるし、遅くとも昭和一〇年代の初めには、じん肺防止のためには、炭鉱企業が対策を取らなければならないことも、被告国が企業を指導監督するとともに、労働者の生命、身体の保護を十分考慮した石炭政策を決定しなければならないことも認識し、又は容易に認識することが可能であった。

2 被告国は、じん肺の防止についての対応は極めて消極的であったにもかかわらず、石炭増産については極めて積極的で、そのため企業に対する手厚い保護と万全な対策を取ってきた。これが炭鉱におけるじん肺多発の原因となった。

戦時中、被告国は、石炭増産を戦時経済政策の柱として位置付け、昭和一二年の石炭需給五か年計画では七二〇〇万トンの出炭目標を定め、国家総動員体制のもと、朝鮮人労働者などの植民地労働力を投入したほか、主要炭鉱に憲兵を派遣して生産遂行の監視を行なうなど、全面的に石炭増産に関与した。

戦後、被告国は、石炭産業を戦後経済復興の基幹産業として位置付け、昭和二四年まで石炭の国家統制を続け、傾斜生産体制を採用した上、労働力の確保、技術導入、資金援助をはじめ、生産計画の決定、出炭目標と生産資材の割当等を通じて、石炭生産に深く関わり、企業に増産を迫った。

統制撤廃後も、被告国は、高炭価問題を巡る諸施策を通じて、各種生産計画を決定し、竪坑開発を初め、技術導入、研究開発のための各種補助金の交付、合理化のための財政資金援助、税制上の優遇措置等を行って、炭鉱企業の保護に努め、また、各種の審議会を通じて諸法制を整備拡充し、必要に応じて各種通達による強力な行政指導を行なうなど、時宜に応じた生産の確保、生産調整を図り、炭鉱のスクラップ・アンド・ビルドまで行なった。

被告企業は、被告国のこのような関与、強力な指導と援助がなければ、事業そのものの継続ができなかったのであり、他方、被告国は、これによって石炭産業を支配し、各個別資本をしてその政策、計画に従わせた。

この間、労働現場では、粉じんの発生は野放しになり、粉じん防止のための施策には見るべきものがなかった。

二 被告国の直接的加害行為責任

1 被告国は、石炭鉱山における各種粉じん作業が労働者にじん肺をもたらすことを予見し、又は容易に予見することができたのに、十分なじん肺防止対策を行わず、本件各炭鉱企業と一体となり、あるいはこれに強力に働きかけて石炭増産を推し進め、その結果本件従業員らをじん肺に罹患させたものであるから、直接の加害者として、国賠法一条により責任を負う。

2 仮に、被告国は、国賠法施行以前の行為については、同法による責任を負わないとしても、民法七〇九条に基づき、不法行為責任を負う。

第二  被告国の規制権限不行使による責任

一 被告国と規制権限行使の作為義務

1 作為義務の有無

(一) 憲法、旧労基法、安衛法、保安法、じん肺法によるじん肺防止義務

日本国憲法は、個人の尊厳、生命・自由・幸福追求の権利の尊重を認め、生存権を保障している。国民の生命・健康が企業の活動によって重大な危険にさらされるおそれがあるときは、被告国は、このような危険の防止と国民の生命・健康の安全確保の責務を負うことはいうまでもない。

そして、憲法は、勤労条件に関する基準は法律で定めるとしている(二七条二項)。これは、労働者の生命・健康は、企業の営利活動によって危険にさらされやすく、その安全確保を企業に任せていては不十分であり、被告国が積極的に保護行政を展開すべき必要があるからである。

この憲法の要請を満たすため、昭和二二年に旧労基法が制定され、労働者の安全及び衛生に関する規定が設けられた(ただし、これらの規定は昭和四七年安衛法に移行した。)。昭和二四年には保安法が制定されて、鉱山労働者の保安に関する規定が設けられた。

さらに、昭和三〇年にはけい特法が、昭和三五年にはじん肺法が制定されたが、これらは労働者の生命・健康の保護を法の直接の目的にした特別立法である。

そして、これらの法令の目的実現のために、労働基準監督署や鉱山保安監督署等の監督機関も設置された。

そればかりか、旧労基法や保安法は、制定当初から粉じん防止に関する規定を設けていた。すなわち、旧労基法四二条は使用者は粉じんによる危害を防止するため必要な措置を講じなければならないと定めるとともに、労働基準監督官に調査(一〇一条)、改善命令(五五条、一〇三条)等の監督権限を与えている。同様に保安法四条二号は、鉱業権者は粉じんに伴う危害の防止について必要な措置を講じなければならないと定め、鉱務監督官に右と同様な調査(三五条)、改善命令(二五条、三六条)等の監督権限を与えている。

このように、旧労基法、安衛法、保安法は、企業にじん肺防止義務を課するとともに、被告国に強力な監督権限を与えている(被告国の規制権限の詳細は、第三章第五参照。)。このような立法がなされたのは、憲法が被告国に対し、労働者の生命・健康の保護のための行政措置を積極的に展開すべきことを要請しているからである。そうだとすると、右のような規定は、じん肺発生の危険が存在するときは、行政担当者がその監督権限を適切に行使すべきことを義務づけたものと解すべきである。

じん肺法はじん肺対策のための特別立法であるから、これによる監督権限の行使が義務的であるのは当然である。

(二) 先行行為に基づくじん肺防止義務

じん肺に関する被告国の関与の深さについては、前記第一で被告国の直接的加害行為責任において述べたとおりである。

このように被告国の行為に起因する危険状態が発生した場合、被告国は自らこの危険状態の継続を絶って損害発生を防止すべき義務を負い、これを怠った場合は国家賠償責任が生じるというべきである。

(三) 裁量権の収縮(裁量収縮の五要件の存在)

(1) 行政庁に、規制権限行使の裁量権があるとしても、一定の要件が充足される場合には、右の裁量は零に収縮し、規制権限の発動が義務づけられ、それにもかかわらず行政庁が規制権限を行使しなかった場合は、国賠法上違法となると解すべきである。

すなわち、その要件とは、①国民の生命身体に対する具体的危険が切迫していること、②行政庁がその危険を知っているか、容易に知ることができたこと、③行政庁において規制権限を行使しなければ、結果の発生を防止できないことが予測されること、④被害者である国民が規制権限の行使を要請し、期待することができる事情にあること、⑤行政庁において規制権限を行使すれば、容易に結果の発生を防止することができること、以上である。

本件においては、次のとおり、遅くとも昭和二二年ないし二四年頃には、右要件がすべて充足された。

(2) 要件① 国民の生命身体に対し具体的危険が切迫していること。

わが国において炭鉱夫じん肺が発生することは、既に明治中頃から医学症例報告によって知られていたが、昭和五年以降、炭鉱企業は、けい肺、炭肺の発生状況を報告するようになり、商工省がその患者数を昭和五年刊行の本邦鉱業の趨勢に発表した。さらに、昭和二三年以降(炭鉱については昭和二四年以降)の全国けい肺巡回検診の結果、炭鉱夫じん肺の患者が多発している状況が改めて明らかになり、炭鉱夫の生命・健康に危険が切迫していることが明らかになった。

(3) 要件② 行政庁がその危険を知っているか、容易に知ることができたこと。

内務省や商工省の行政担当者あるいは鉱務監督官は、既に大正期には炭鉱夫じん肺の存在を知り、その防止の必要性を説いた。昭和初年には石炭時報などを通じて啓蒙活動を展開し、昭和九年には商工省鉱山局と内務省社会局が後援して、各鉱山監督局ごとの鉱山衛生講習会を開催し、じん肺とその予防についての講演を行った。

このような認識に立って、昭和四年には商工省は、鉱警則中に粉じん防止規定を設け、翌五年六月には内務省が鉱夫けい肺の補償制度を設けた。

そして、昭和二三年以降の全国けい肺巡回検診の結果、炭鉱夫じん肺多発の状況が改めて明らかになった。

(4) 要件③ 行政庁において規制権限を行使しなければ、結果の発生を防止できないことが予測されること。

炭鉱企業の自主努力、自主保安のみでは発じんの防止、じん肺の防止はできない。利潤追求に走る炭鉱企業を押え、全国的に統一したじん肺対策を実現していくためには、被告国が規制権限を行使し、炭鉱企業に対する監督を的確に行なうほかない。

殊に戦中戦後の保安衛生状況が悪化した時代は、被告国による指導監督が極めて重要であった。

(5) 要件④ 被害者である国民が規制権限の行使を要請し、期待することができる事情にあること。

じん肺は古くから知られた職業病である。既に大正一四年には、全日本鉱夫総連合(全鉱連)と産業労働調査所は、「ヨロケ」というパンフレットを作り、被告国によるじん肺対策を要求した。

戦後になると、労働者のじん肺防止についての関心も高まり、昭和二一年、足尾町民大会でヨロケ撲滅の決議がされた。これはその後のじん肺運動の起点となった。昭和二三年には、金属鉱山復興会議が衆参の両院議長にじん肺問題について建議し、特別法の制定と啓蒙、指導機関の設置を要望している。また、昭和二三年には全鉱連がけい肺特別法案を発表した。

(6) 要件⑤ 行政庁において規制権限を行使すれば、容易に結果の発生を防止することができること。

じん肺防止対策の基本的な考え方は、既に大正末刊行の文献に記され、また昭和九年に商工省鉱山局と内務省社会局が後援して開催された鉱山衛生講習会においては、じん肺防止の各種対策が紹介されている。昭和一四年刊行の「最新炭鉱工学」によれば、戦前においても粉じん防止対策の方法、内容は少なからず知られていた。

当時の技術を駆使し、各種の粉じん防止対策を組み合わせて実行すれば、じん肺の防止は十分に可能であった。

2 作為義務の内容

(一) じん肺及びじん肺防止対策に関する調査、研究と右対策の立案 じん肺は、職場環境の構造的な欠陥によって、一定の期間粉じんを吸入することによって発生するものであるから、その防止対策は、組織的、体系的な体制のもとで総合的に策定し、実施しなければならない。そのためには、職場環境のほか、じん肺患者の発生状況、患者数の推移等を十分に調査する必要があり、また、防じん対策についての工学技術的開発ないし研究、じん肺の診断、治療についての医学的研究も同時並行して行なわれる必要がある。

そして、これら調査、研究の成果を炭鉱企業や労働者に徹底させ、じん肺防止対策をより実効あるものにしなければならない。

法は、被告国は企業に対し、保安に関して、必要な報告を求めることができることを定め(保安法二八条、炭則六九条)、事業場に立ち入って調査する権限を定めている(保安法三五条、じん肺法四二条)。また、じん肺防止の技術面については、被告国が技術援助に努めるべき義務等について定めている(じん肺法三二条)。

被告国は、これらの権限を十分に行使して、じん肺及びじん肺防止対策に関する調査、研究ないしじん肺防止対策の立案のため努力すべきであった。

(二) じん肺に関する規則(省令)、制度の整備

日本国憲法二五条は、健康で文化的な生活を労働者に保障するとともに、前記のとおり二七条二項で労働条件は法律で定めるとしている。旧労基法、安衛法はこれを受けて労働条件の基準を定め、粉じんによる危害の防止を使用者の義務とするとともに、使用者がそのために講じるべき措置については、命令(省令)で定めるとした。したがって、じん肺に関する規則や制度の整備は被告国の義務である。

ところで昭和二五年八月の炭則改正により設けられたけい酸質区域の指定は年に数坑ずつしか行なわれず、昭和三六年度時点の全国一二五七炭鉱、二〇五七坑のうちで、けい酸質区域指定を受けていたのは、僅かに五四炭鉱、八〇坑であり、殆どの炭鉱はこの指定を受けず、そのため散水やさく岩機の湿式化等の規制を免れ、企業がじん肺防止対策を怠る原因を作った。右制度は金属鉱山についても同時に導入されたが、昭和二七年には廃止されている。炭鉱についても右と同時に廃止するべきであった。しかるに、実際に廃止されたのは漸く昭和六一年一一月に至ってである。

また、通産省は、昭和二九年一月の炭則改正により、粉じんの恕限度の告示について定めたが(旧二八条の二第三項)、具体的な恕限度の告示は現在に至るもされていない。粉じん量を総量で規制し、炭鉱夫じん肺の発生を防止するためには、右規定に従い、告示を行なうことが不可欠であった。

さらに炭鉱における各種粉じん作業では、発じんを完全に防止できない以上、炭鉱夫に防じんマスクを着用させることが極めて重要になるが、この点に関する炭則の規定は、防じんマスクの着用が必要な作業場を限定した上で、発じん防止措置の代替策として着用を義務づけていたに過ぎず(二八四条。もっとも、右防じんマスクの着用が必要な作業場は徐々に拡張された。)、炭鉱企業の義務を著しく軽減する結果となった。そしてやっと昭和六一年になって、発じん防止措置を講じた場合でも、保安の必要があれば防じんマスクを使用させなければならないとの規定が設けられた。炭則の前記規定は速やかに改正されるべきであったのに、これを長く放置したことが炭鉱において防じんマスクの支給が遅れた原因の一つである。

(三) 炭鉱企業に対する指導、監督

昭和四年の鉱警則を初めとして、戦後の保安法や炭則など、粉じん対策や労働者に対する健康管理、じん肺教育について定めた行政法規は多数あったが、被告国は、炭鉱企業がこれらの法規を遵守するように、指導、監督し、命令すべきであった。

人の生命、身体は絶対的価値を有するものであるから、被告国が負担する右の義務は、炭鉱企業がその時点における最高水準のじん肺防止対策を取るように、炭鉱企業を指導、監督し、命令することであり、企業経営の採算上の理由は、じん肺防止義務の水準を引き下げる理由にはならない。

以下、被告国が指導監督権限を行使して、企業に実施させるべきであった具体的な措置について述べる。

(1) じん肺教育の徹底

じん肺防止対策は、労働者がじん肺の原因、病理、予後等について、正確な認識を持つことによって初めて、実効性を確保できるものであるから、じん肺教育は、じん肺防止対策の基本である。

炭鉱企業や被告国は、じん肺に関する情報を大量に、正確にかつ早期に入手できるのに対し、労働者は、企業や被告国からこれらの情報を得るしか方法がないのであるから、じん肺教育の必要性は極めて大きい。

保安法は、鉱業権者には鉱山労働者にその作業を行うに必要な保安に関する教育を行う義務があるとし(六条)、じん肺法も事業者にじん肺教育を行う義務があると規定している(六条)。

(2) 防じん対策

炭鉱労働においては、粉じんの発生が避けられず、じん肺防止のために徹底した粉じん防止対策が要求されるが、その具体的な内容としては、発じん防止の徹底、労働者の粉じんからの遮断・防禦、通気確保の徹底、作業方法・労働条件の改善が上げられる。

Ⅰ 発じん防止の徹底

鉱警則、炭則は、その制定当初から、じん肺の発生を防止するため、散水・噴霧、さく岩機の湿式化、防じん設備の設置などの各種発じん防止対策を講じることを使用者に義務づけている。

Ⅱ 労働者の粉じんからの遮断、防禦

炭鉱における各種粉じん作業では、発じん防止対策を完全に実施したとしても、粉じんを無にすることは困難であるから、使用者は、発じん防止対策に加えて、労働者が粉じんを吸入しないように、防じんマスクを支給し、労働者に着用させるべきであった。

鉱警則や炭則は防じんマスクの着用について規定している(鉱警則六三条、炭則旧二八四条)が、被告国は、使用者にこれらの法規の趣旨を徹底させて、坑内外のすべての粉じん職場において防じんマスクを支給させ、労働者に着用させるべきであった。

Ⅲ 通気確保の徹底

坑内に通気を十分確保すれば、発生した粉じんが早期に希釈、排除され、労働者の吸入する粉じん量は減少する。特に掘進現場は坑道の先端に位置し、他の作業場よりも徹底した通気対策を取らせる必要がある。

鉱警則や保安法、炭則は通気の確保に関し、規定を設けている(鉱警則二一条、五四条、保安法四条四項、炭則八四条以下)。

Ⅳ 作業方法・労働条件の改善

作業方法・労働条件の改善によっても、労働者の粉じん吸入量を減少させることができる。具体的には、発破作業の改善、労働時間の短縮等である。

発破作業は大量の粉じんを発生させるから、発破後は労働者を退避させ、粉じんが浮遊する作業現場に立ち入らせないようにすべきである。そのため、上り発破、昼食時発破が行われるような作業システムにすべきであった。

粉じん発生の特に多い現場で作業を行なう掘進夫、採炭夫等については、粉じん暴露量を少なくするため、作業時間を短縮するべきであった。

(3) 健康管理

Ⅰ 従業員に対する健康管理

じん肺は進行性の疾患であり、一旦症状が進行するとその治療は極めて困難であるから、じん肺は早期発見及び定期的な健康診断が重要であり、健康診断の結果を労働者に確実に通知することが必要である。また、じん肺罹患者については、早期に粉じん職場から非粉じん職場に配置転換するとともに、この配置転換を実効あるものにするには、労働者の収入が減少しないような措置を炭鉱企業に講じさせるべきであった。

Ⅱ 離職者の健康管理

じん肺は、労働者が粉じん職場を離脱した後も症状が進行するから、被告国は、使用者に離職後の労働者に対しても、離職時の健康診断、離職後の定期健康診断等の健康管理を行なわせるべきであった。

(四) 労働大臣、労働省労働基準局長の勧告

労働大臣は、通産大臣に対し、また、労働省労働基準局長は、通産省鉱山保安局長に対し、それぞれ保安法五四条に基づき、じん肺防止対策を強力に実施するように勧告するべきであった。

二 被告国の作為義務違反

1 戦前における作為義務違反

商工省は、昭和一二年、戦争遂行政策の一環として、石炭需給五か年計画を策定し、昭和一六年度の石炭生産目標を七二〇〇万トンと決定した。この無謀な石炭増産計画達成のため、炭鉱夫は、「産業戦士」、「石炭戦士」などと呼ばれ、犠牲が強要された。

このような中で、炭鉱における保安及び労働安全衛生は徹底的に無視され、労働者は過酷な条件下で長時間労働を強いられた。

一方で、鉱夫労役扶助規則による鉱夫保護措置に様々な特例が設けられ、昭和一八年六月には、戦時行政特例法に基づき、保護措置そのものが停止された。

2 昭和二二年ないし二七年の段階における作為義務違反

(一) じん肺等に関する調査、研究と防止対策の立案

昭和二三年以降の全国けい肺巡回検診により、炭鉱夫を含む多数のじん肺患者が発見され、じん肺根絶に向けての国民的運動も盛り上がった。通産省、労働省は、じん肺等に関する調査、研究を尽くし、防止対策を確立することが強く求められた。

しかし、被告国はこの時期、じん肺防止対策を取ろうとせず、生産第一主義を前面に据え、石炭生産の確保や調整を最優先課題とし、現実に取られた対策は極めて不十分なものであり、炭鉱の坑内粉じん環境の調査や粉じん防止技術の研究等も行なわれなかった。

(二) 規則、制度の整備

通産省は、昭和二四年に炭則を制定したが、防じん対策を安衛則のそれよりはるかに低いものとしたばかりか、昭和四年改正の鉱警則の粉じん対策よりも後退した内容にした。すなわち、散水などを必要とする作業をさく孔作業に限定し、古くからじん肺防止対策の中心的手段とされた湿式さく岩機や散水をマスク着用によって不要のものとした。

通産省は、さらに昭和二五年の炭則改正で、けい酸質区域指定制度を導入したが、これは速やかに廃止すべきであった。また、遊離けい酸分四〇%以上のものに限って指定することとしたが、そのための調査も指定も殆どしなかった。

(三) 炭鉱企業に対する指導、監督の実施

被告国は、炭鉱企業に対し、散水、噴霧又は炭壁への注水、防じんマスクの備え付け・着用、健康診断、健康管理実施、じん肺教育の実施や作業時間規制などのため、監督・命令をしたことは全くなかった。

(四) 労働大臣等の勧告

労働大臣が通産大臣に対し、また、労働省労働基準局長が通産省鉱山保安局長に対し、それぞれ保安法五四条に基づき、じん肺防止対策について勧告したことは全くなかった。

3 昭和二八年ないし三〇年の段階における作為義務違反

昭和二八年までに行なわれた全国けい肺巡回検診により、多数のじん肺患者の存在が明らかになったにもかかわらず、被告国の行うじん肺防止対策には進歩や改善は見られなかった。

(一) じん肺等に関する調査、研究と防止対策の立案

昭和二八年までに被告国が関わったじん肺の調査、研究は、微々たるものである。

(二) 規則、制度の整備

通産省は、炭鉱におけるけい酸質区域指定制度の見直しをせず、炭則を昭和二四年制定当時のままの不備、不十分な規定のまま放置した。

労働省は、じん肺検診の実施や粉じん作業時間の制限など、健康管理の制度を整備しなかった。

昭和二九年、けい肺対策審議会が粉じん恕限度に関し中間報告を行い、通産省は改正炭則の中で、恕限度告示を行うことを明らかにしたが、右告示は現在に至るもなされていない。恕限度による発じん規制という実効性ある対策は遂に実施されなかった。

(三) 炭鉱企業に対する指導監督の実施

通産大臣は、炭鉱につきけい酸質区域の指定を殆ど行なわず、高濃度に粉じんを発生する粉じん作業を放置した。鉱務監督官は、企業が炭則に定められた不十分なじん肺防止対策すらしないのを知りながら、検査・監督・命令をしなかった。

また、全ての労働者に対するじん肺検診の実施等についての指導、監督もせず、けい肺措置要綱の配置転換も効果が上がらなかった。

労働基準監督官は、労基法三八条の「坑口八時間制」による粉じん作業時間の監督をしなかった。

(四) 労働大臣等の勧告

労働大臣等は、通産大臣等にけい酸質区域指定制度の廃止を勧告しなかった。

4 昭和三〇年以降における作為義務違反

けい特法に基づき、昭和三〇年から始まった全労働者を対象とするじん肺検診は、膨大なじん肺患者の存在を明らかにしたが、同年代から始まった石炭産業の合理化、機械化の推進により、じん肺罹患は加速された。

しかも炭鉱が漸次閉山するようになっても、じん肺患者の数は減るどころか、逆に増加した。これは炭鉱におけるじん肺防止対策が放置されていたことや、在職時にじん肺罹患の事実が隠されていたことを物語る。

(一) じん肺等に関する調査、研究と防止対策の立案

昭和二八年には全国けい肺巡回検診が終ったが、昭和三〇年からけい特法により、昭和三五年から旧じん肺法によって、それぞれじん肺健康診断が始められ、これらにより多数のじん肺患者の存在が明らかになった。

けい特法やじん肺法は、じん肺に関する特別立法であるが、右立法は患者の健康管理や補償が中心で、じん肺防止対策の具体的方法等については不十分であった。この弱点を埋め、具体的なじん肺防止対策を示して実施していくことが、立法に比し機敏に対応できる行政の課題であったが、通産省、労働省による炭鉱夫じん肺及びその防止対策等の調査、研究は、全く行われなかった。

(二) 規則、制度の整備

通産省は、けい酸質区域指定制度を廃止することなく、昭和六一年まで維持し、かつ指定基準を低いものに設定してきた。けい酸分のみに着目することは、当時の知見からみて遅れたものであり、旧じん肺法制定後は、けい酸分の有無にかかわらず、鉱物性粉じん一般に対する対策が求められていた。

通産省は、昭和三〇年の炭則改正で、けい酸質区域以外における岩石掘進等の作業にまで規制範囲を広げたものの、湿式さく岩機の使用は明記されず、防じんマスクの着用により散水等の措置に代替できるなど、内容は不備なものであった。採炭作業などは、なお粉じん防止対策の規制対象外のまま放置された。

通産省は、恕限度告示義務を無視したことで炭鉱における粉じん発生源対策を放棄し、また、けい酸質区域指定制度を廃止しなかったことでじん肺対策の空白地帯を作り出した。

労働省は、けい特法、旧じん肺法に定められたけい肺又はじん肺の健康診断の実施には取り組んだが、労基法の坑口八時間制を具体化する措置を行わず、配置転換実施のための措置も放棄して、患者の健康管理以外の予防対策は全くしなかった。

(三) 炭鉱企業に対する指導、監督の実施

通産省は、粉じん恕限度を告示しなかったので、粉じん発生源対策は明確な基準を欠く現場任せの対策と化した。鉱務監督官は、右の発生源対策を意に介さず、けい酸質指定区域においてさえ発じん防止対策の指導、監督をしなかった。その結果、金属鉱山でのじん肺対策との乖離は一層著しくなり、これにスクラップ・アンド・ビルド政策が追討ちをかけ、じん肺防止については石炭鉱山は無法地帯となった。

また、昭和二九年のけい肺対策審議会の答申で、労働者がマスクの着用を嫌う傾向があるので、その教育の方法を検討する必要があると指摘されながら、実際は検討されなかった。

発破時の対策についても何ら監督はされず、ウォーターカーテンなどの対策も放置された。

労基法の坑口八時間制に基づき作業時間を規制することは、労働基準監督官が炭鉱の坑内作業についてすることができた殆ど唯一の予防対策であったが、実施されなかった。

けい特法、旧じん肺法により、一定期間ごとのじん肺健康診断が企業の義務となったが、けい特法の下では経過的措置として昭和三〇年からの三年間は使用者に代わって政府がこれを行ったものの、労働者全員を網羅し得なかった。配置転換も殆ど行われず、健康診断の結果を生かせなかった。

被告国が、炭鉱企業のじん肺教育について指導、監督したことはなかった。

(四) 労働大臣等の勧告

労働大臣等が通産大臣等にじん肺防止対策について勧告したことは全くなかった。

第三  因果関係及び被告六社の責任との関係

一 因果関係

被告国の直接的加害行為ないし規制権限行使の作為義務違反と本件従業員らの全損害との間に相当因果関係があることは明らかである。

二 被告国の責任と被告六社の責任との関係

被告国は、企業と一体となった石炭政策を進め、かつ、じん肺防止のための規制権限行使の作為義務に違反して、被告六社の安全配慮義務違反に加担したものであり、被告六社の責任と被告国の責任は関連共同するから、その相互の関係についても、民法七一九条一項を類推して適用すべきである。

(被告国の主張の要旨)

第一  被告国の直接的加害行為責任について

一 国賠法は、昭和二二年一〇月二七日に施行されたもので、同法施行前の公務員の行為には適用されない(附則六項)。

二 政府が戦後壊滅的な打撃を受けた日本経済を立て直し、国民の生活を安定させることは喫緊の政治課題であったのであり、そのためには国内唯一のエネルギー資源である石炭を増産することが不可欠であった。そもそも、一国家における経済政策の選択、決定は高度に政治的専門的な判断であって、政府の自由裁量に委ねられているのであり、これを拘束するいかなる実定法規も存在しないのである。

したがって、政府が戦後行った石炭増産政策については、当不当の問題や政治的責任が生じることがあるのはともかくとして、特別の事情がない限り、法律上違法とされることはない。もとより石炭増産政策は、鉱山保安ないし労働安全衛生政策と相俟って推進されたものであるが、これらに対する行政措置も同様の理由から違法とされるところはない。また、本件では右特別の事情もない。

第二  被告国の規制権限不行使による責任について

一 国賠法上の違法性について

公権力の行使にあたる公務員の行為が国賠法一条一項の適用上、違法と評価されるには、その公務員が損害賠償を求めている個々の国民に対して個別具体的な職務上の法的義務を負担し、かつ、当該行為が右職務上の法的義務に違反してなされた場合でなければならない。

二 被告国の作為義務について

行政庁は、法律の根拠に基づいてのみ規制権限を行使し得るのであるから、当該規制権限の不行使が違法かどうかを判断するに当たっては、「法律による行政」の原理に照らし、まず当該具体的事情の下で、規制権限発生の要件を実体的、手続的に充足していたかどうかが検討されなければならない。

そのためには、各規制権限の根拠法令について、規定の趣旨、目的、性格、当該規制権限が発生するための要件を明らかにし、もって当該法令が作為義務の根拠法令になり得るかを検討しなければならない。

三 被告国の規制権限不行使による責任の特質

本件のように、国以外に直接の加害者が存在する場合は、まずその者において損害賠償をすれば足りるのであり、被告国が損害賠償責任を負うためには、その不作為が直接の加害者の不法行為に加功、加担するものであり、かつ、その違法性が規範的評価において直接の加害者と共同不法行為をしたものと認められる程度に達していなければならない。

四 自由裁量行為の司法審査方式ある規制権限の行使について、行政の専門性、技術性という観点から一定の裁量が与えられている場合は、第一次的には右行政庁の専門的判断を尊重すべきであって、事後的にその判断の当否を論じるに当たり、司法が自ら行政の立場に立って判断し、その判断と行政庁のした判断との不一致を問題とするというような、行政の判断を無視した判断代置方式を採るべきではなく、行政のした判断を前提として、それが右裁量の範囲を逸脱しているか否かという観点から慎重に検討されるべきである。

また、過去の鉱山保安行政ないし労働安全衛生行政の適否は、現在の学問的、技術的水準をもって判断すべきではなく、その判断の基準時を当該時代に置いた上で、当時の社会情勢、他に対応すべき重要な行政課題の有無、当時の医学的、工学技術的水準、その他行政に影響を及ぼした諸要因等を総合的に考慮して判断すべきである。

五 鉱山保安法令における被告国の監督権限の性格

1 鉱山保安法令は、鉱業の実施主体である鉱業権者が遵守するべき義務を定め、その実効性を罰則や行政監督により確保する取締法規であり、被告国が個々の労働者に対し、直接法的作為義務を負担するような性質のものではない。鉱業実施上生じる危険を防止すべき第一次的責任は鉱業権者が負い、国はその履行につき監督するに過ぎない。

2 鉱業停止命令について

鉱業条例五九条、旧鉱業法七二条、保安法二四条による鉱業停止命令は、他の手段では労働者に対する危害、鉱害の防止を図ることができないような特殊例外的な場合に限り認められ、鉱業権者が単に法令に基づく業務に違反したのみでは本権限発動の要件を充足しない。法令の違反のみによって鉱業停止を命じられるようになったのは、昭和三七年、保安法の改正により二四条の二が追加されてからである。

六 労働安全衛生法令における被告国の監督権限の性格

1 旧労基法、安衛法、けい特法、じん肺法は、いずれも使用者に対し、国家に対する義務を課した取締法規であって、これらの法令により被告国が個々の労働者に対し、使用者に対する規制権限を行使すべき法的作為義務を負担するものではない。

そうでなければ、被告国が強力な行政権限をもつことになり、巨大な行政管理国家の出現と国民の自由の制限につながるおそれさえ生じる。

2 労働災害においては、使用者という第一次的な損害賠償責任者が存在すること、労基法が労働災害補償規定を設けるとともに、被告国が労災法に基づき労働者災害補償保険を管掌して、労働災害に対する行政的救済を行なっていることからしても、旧労基法等は、被告国に法的作為義務を課するものではないと解すべきである。

七 被告国の作為義務についての原告らの主張について

1 作為義務と知見

被告国の作為義務の成立要件となるじん肺に関する知見とは、被告国にじん肺防止対策を法的に義務付けるものでなければならないから、右の職業性疾病についての情報が次第に蓄積されていく過程で、それが行政上の対策を必要とする程度の危険性を有することを統計的、医学的知見に基づき、被告国が認識し、かつ工学技術的成果に裏付けられた有効で、実行可能なじん肺防止対策が明らかになることが必要である。

そうすると、昭和四年から五年にかけての鉱警則の改正や内務省社会局労働部長の通牒の時点で被告国に右知見があったとはいえない。戦前は、国内でも海外でも医学上炭じん無害説が有力であり、戦後になってこれに反対する見解が現われたものであり、石炭鉱山におけるじん肺に関する医学的知見が明らかになった時期は昭和三〇年以降である。

2 被告国の先行行為に基づく作為義務について

被告国の施策により危険が発生した場合には、被告国にその危険を低減させるべき責務があるとしても、それは法的な作為義務ではなく、政治的義務ないし責任に止まる。

被告国の石炭増産政策は、石炭企業が円滑に生産を行なうことができる環境を法律に基づき整備したに過ぎず、被告国自らが石炭を生産したり、労働者に炭鉱労働を強制したものではないから、右政策が先行行為として被告国の不作為責任の前提となる作為義務を生じるはずはない。

3 裁量権収縮論の問題点と裁量権消極的濫用論

不法行為における違法性の判断は、あらゆる事情を考慮した総合的判断でなければならないが、裁量権限収縮論においては、五要件が充足されるとなぜ行政庁の裁量の幅が収縮し、その不行使が違法になるかについての理論的な解明がなく、この理論では、当然考慮すべき事情が考慮されないおそれもある。したがって、規制権限の不行使が国賠法上違法と評価されるための判断の枠組みは、当該具体的諸事情の下において、権限行使を行政庁に委ねた根拠規定の趣旨、目的、性格等に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるか否かによるべきであって、裁量権濫用論を基準とすべきである。

裁量権収縮論は、個人の生命・身体・財産の保護を直接の目的とする警察法規の領域において、行政訴訟の義務付け訴訟の分野で生れたものであり、鉱業権者に対する取締を目的とする保安法のような領域には親しまない理論である。このような法分野で、被告国の規制権限の行使が個々の労働者との関係で職務上の義務となるのは、個々の労働者の生命・健康の保護は鉱業権者に対する取締によって確保するという法構造の基盤が崩れ、右保護が直接的に行政庁の権限行使に依存する異常な事態となり、行政庁においてこれを認識しながら放置した場合のような極めて特殊例外的な場合に限られる。

国の作為義務の存否を判断するに当たっては、原告らが挙げる事情のほか、じん肺防止の技術的制約の存否、より緊急性・重要性を有する他の行政課題の有無、従前の同種事例において行政庁が取った措置との均衡、規制権限を行使しない代わりに行政庁が取った措置、直接の加害者や被害者側の個別具体的な事情、じん肺防止を求める当時の社会の動向及びその程度等も考慮すべきである。

八 被告国の作為義務違反について

1 鉱山保安行政とじん肺対策

(一) 戦前の鉱山保安行政

近代産業としての石炭産業が海外の技術を導入して発達し始めた明治時代以降、早くも明治八年にはわが国最初の近代的炭鉱として開発された高島炭鉱において四〇名の死者を出すガス爆発事故が発生し、その後もガス爆発、ガス炭じん爆発、坑内火災、坑内水没などの災害が多発した。このため炭鉱では災害防止が監督上最も重要な課題とされ、鉱山保安行政においても最優先の課題であった。

産業技術の導入とともに、産業衛生思想も徐々に導入され、労働作業場の衛生に対しても関心が持たれるようになった。江戸時代から金属鉱山に発生するものとして知られた「ヨロケ病」を含め職業性の疾患の研究がされるようになり、昭和五年に遊離けい酸に起因するけい肺及び眼球震とう症が鉱山における職業性疾患として、鉱夫労役扶助規則により扶助の対象と認められることになった。

しかし、炭鉱夫じん肺については、極く一部の炭鉱でけい肺が発生するとの報告は見られたものの、一定の頻度をもって発生するとの認識はなく、当時炭粉は無害と考えられていた。炭鉱において一般的にじん肺が発生するとの認識が持たれるようになったのは、やっと昭和二〇年代の後半からである。

(二) 戦後の鉱山保安行政

(1) 戦後の炭鉱の状況と鉱山保安行政

Ⅰ 昭和二〇年代

昭和二〇年代は、戦争により荒廃した炭鉱を復興し、生産の回復を図った時期であったが、その末期は早くも石炭から石油エネルギーへの転換の兆しが現われる時期でもあった。

昭和二四年、保安法及び関係法令が施行された。けい肺に関する関心も高まり、昭和二三年、労働省において金属鉱山を対象とした巡回けい肺診断が始まり、昭和二四年から炭鉱も対象とされ、その後数年にわたる検診結果から炭鉱におけるけい肺の実態も明らかにされた。

昭和二四年度と二五年度前半における鉱山保安行政の重点は、鉱山保安法令の普及啓蒙であった。昭和二五年度後半からは、保安教育の徹底、保安技術の向上、災害の防止が中心になった。昭和二七年になると炭鉱数が一〇〇〇を超え、技術力、組織力の弱い炭鉱が増加し、災害が多発した。昭和二七年度からは、鉱山保安行政の基本方向を「監督方針」ないし「監督指導方針」として明文化し、公表するようになった。その中にはけい肺予防対策も重点目標として入っている。

Ⅱ 昭和三〇年代

昭和三〇年代は、エネルギー革命下での石炭鉱業の合理化が始まった時期であるが、それとともに、産業災害に対する関心が高まった。昭和三〇年、石炭鉱業合理化臨時措置法が制定され、スクラップ・アンド・ビルド政策に法律の裏付けがなされたが、他方では中小炭鉱の中には近代化が進まず、保安の確保が困難となるところが現われ、このため災害率は上昇の一途をたどった。昭和三八年には三池炭鉱で戦後最大の炭じん爆発事故が発生し、災害防止に対する要請が強まった。昭和三八年度からは、新産業災害防止五カ年計画が閣議で了解され、これに基づき、炭鉱災害の防止に重点が置かれ、監督対象炭鉱及び監督指導項目を重点的に選定し、災害の減少を図った。

この頃から、石炭産業は著しく合理化が進展し、坑内構造や採掘方式の大幅な変革、技術の高度化、装備の大型化、複雑化等、顕著な変化が起こり、鉱山保安行政もこれに対応して総合的な予防保安中心の監督、指導体制へ転換して行った。

Ⅲ 昭和四〇年代以降

昭和三八年度からの八次にわたる石炭政策は、非能率炭鉱のスクラップ化、優良炭鉱への集約化、合理化のほか、これに伴う離職者と産炭地域の問題解決をも内容とするものであった。災害率は昭和四二年をピークに減少した。

(2) じん肺対策

昭和二〇年代以降、通産省においてはじん肺対策を鉱山保安行政の重点事項としてできる限りの施策を講じた。しかし、当時の炭鉱夫じん肺に対する医学的知見は、炭粉は良性であって人体に障害を惹起することはないとの認識であり、けい肺の発症機序も不明な部分が多く、予防対策や作業環境測定の技術も未熟であった。

通産省は、昭和二五年にけい酸質区域の制度を設け、炭鉱の岩石を分析し、遊離けい酸分の賦存状況を調査するとともに、昭和二六年から順次けい酸質区域を指定し、さく岩機の湿式化等を義務付けた。指定の基準も危険性の解明に応じて引き下げて指定の強化を行なった。

炭則改正も時機に応じて行い、監督検査等による現場巡回、保安技術職員に対する教育の実施、保安教育推進のための情報提供等、その時々の技術水準により必要な監督、指導を行った。

2 労働安全衛生行政とじん肺対策

労働安全衛生行政は、全事業場、全労働者を対象とし、膨大な行政課題を処理する必要があるところ、被告国は、その時代、時期の社会の諸情勢のなかで、限られた行政能力を最大限に活用すべく、適切妥当な施策を遂行してきた。

労働省においては、昭和二二年九月の発足以来けい肺対策を労働行政の重点として種々の施策を講じてきたが、例えばけい特法制定までの施策をみても、昭和二三年以来けい肺巡回検診を実施して、患者の把握に努める一方、けい肺措置要綱を定めて軽症者に対し適切な健康管理や配置転換を行うことを勧告指導し、要療養者に対しては災害補償を実施する等の措置を講じたほか、けい肺対策審議機関の設置、けい肺労災病院及びけい肺試験室設置、科学試験研究補助金によるけい肺研究の助成、労働衛生保護具の普及、鉱山衛生けい肺講習会の開催、粉じん作業調査の実施等の施策を行った。

このように、労働基準行政は、その権限の範囲内でその時々の医学的知見等に基づき、適切な措置、指導及び監督を行った。

(当裁判所の判断)

第一  被告国の直接的加害行為責任について

一  被告国の戦前の石炭政策ないし鉱山保安行政と国家賠償責任について

被告国の石炭政策や炭鉱企業に対する鉱山保安上ないし労働安全衛生上の指導監督が公権力の行使に該当する行為であることは明らかであるが、公務員の公権力の行使により国民が損害を被った場合に、国ないし公共団体が賠償することを定めた国賠法は、昭和二二年一〇月二七日に施行されたものであって、それ以前の公務員の公権力の行使によって国民が損害を被った場合には同法の適用はなく(附則六項)、国賠法施行以前は、他に、公務員の公権力の行使により国民が被った損害について、国ないし公共団体の賠償責任を定めた法律は存在せず、これについて国は賠償責任を負わないと解するのが相当である(最判昭二五・四・一一、法務省訟務局・国家賠償の諸問題五九)。

そうすると、原告らの被告国に対する国賠法ないし民法七〇九条に基づく損害賠償請求のうち、国賠法施行前の被告国の石炭政策ないし鉱山保安行政等の違法を理由とする部分は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

二  被告国の戦後の石炭政策と国家賠償責任について

内閣ないし所轄省庁は、三権分立制の下においては、憲法や法律に基づき、国民経済の健全な発展を図ることを目的として、産業や企業の経済活動に介入し、あるいは保護を加え、もって産業や経済の建て直しや産業構造の転換を図り、近代化・合理化を促進するための様々な産業政策を決定、遂行する権限を与えられているものであって、右政策の決定及び遂行に当たっては、一般の行政の場合に比し、高度な政治的、経済的、専門的な判断が必要であるから、どのような時期にどのような政策を選択するかは、原則として右行政庁の広範な裁量判断に委ねられていると解するのが相当である。そして行政庁が憲法や法律に明白に反するのにあえてこれを決定、遂行したというような特別な事情がある場合を除いては、右政策の決定や遂行は適法なものというべきであって、政治的責任はともかく、国賠法上違法の評価を受けることはないというべきである。

被告国の戦後の石炭政策が当時の日本の経済や産業の情勢に応じ、政治、経済的判断と具体的な法律に基づき決定、遂行されたものであることは明らかであるところ、本件証拠上、所轄行政庁が、憲法や法律に明白に反するのにあえてこれを決定、遂行したというような特別な事情は見出し得ない。

また、原告らが主張するように、被告国において直接加害行為者として本件従業員らをじん肺に罹患させたと判断すべき事実関係を認めるに足りる証拠もないから、いずれにしても原告らの主張は採用できない。

第二  被告国の規制権限の不行使と国賠法上の違法性について

一  国賠法上の違法性について

原告らは、被告国の公務員である通産省ないし労働省の担当者が保安法、旧労基法等による各種の規制権限を行使して、炭鉱企業を監督し、原告らのじん肺罹患による損害を防止すべきであったのにこれを怠ったとして、国賠法一条一項に基づき、損害賠償を請求するが、同法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから、同項の適用上、右規制権限の不行使が違法と評価されるには、その公務員が当該国民に対して負担する職務上の法的義務に違背した場合でなければならない。

そこで、一般的に当該公務員がいかなる場合に個々の国民との間で職務上の法的義務として規制権限を行使すべき義務を負担することになるのか、検討することとする。

二  被告国の作為義務について

1  行政庁は、法律の根拠に基づいてのみ規制権限を行使し得るのであるから、当該規制権限の不行使が違法かどうかを判断するに当たっては、まず各規制権限の根拠法令について、規定の趣旨、目的、性格、当該規制権限が発生するための要件を明らかにし、もって当該法令が作為義務の根拠法令になり得るかを検討しなければならない。

原告らは、保安法、旧労基法、安衛法、じん肺法等による行政庁の鉱業権者(使用者)に対する監督権限は、憲法二五条、二七条の要請を満たすために与えられたものであるから、労働者の生命、健康の安全を確保するためには、行政庁は右諸法規が定める各種の監督権限を適切に行使すべき義務がある旨主張するが、右保安法等の労働者の危害防止及び安全衛生に関する諸規定は、いずれも鉱業権者(使用者)が労働者の危害防止及び安全衛生に関する第一次的かつ最終的責任者であることを前提として、鉱業権者(使用者)に対し、国家に対する義務を課し、その実効性を罰則や行政監督によって確保しようとする取締規定であり、したがって行政庁の鉱業権者(使用者)に対する監督権限は、鉱業権者(使用者)の労働者の危害防止及び安全衛生についての義務履行を後見的に監督するために行使されるべきものであって、行政庁が右諸法規を根拠に一般的に直接個々の労働者に対する関係で規制権限を行使すべき法的作為義務を負担するものではないと解すべきであるから、原告らの主張はその限りで採用できない。

2 先行行為による作為義務について

また、原告らは、被告国は、戦前戦後、炭鉱夫じん肺の大量発生に結びつく石炭の増産政策という先行行為を行ったものとして、規制権限の行使につき信義則上作為義務を負うと主張するが、国の石炭増産政策は、企業が増産を行なうことができる環境を法律に基づき整備したものであって、右の産業政策の遂行が直接じん肺の発症と結び付くものではなく、もしここに国の関与があり、法的責任について問題があるとすれば、右の産業政策とは別の目的、機構で行われる炭鉱の鉱山保安及び労働安全衛生行政が問われなければならないのであって、それをぬきにして右産業政策の遂行が先行行為として被告国の不作為責任の前提となる作為義務の根拠となると解することはできない。

三  鉱山保安法令等による国の監督権限の性格と作為義務について

被告国は、鉱山保安法令、労働保護法令等による国の監督権限の補充的後見的性格からして、行政庁が直接個々の労働者に対し、規制権限を行使すべき法的作為義務を負担するものではない、と主張する。

確かに、鉱山保安法令や労働安全衛生法令等による行政庁の監督権限の前記二の1のような性格からすると、行政庁は、個々の鉱山労働者と直接の法律関係に立つものではなく、また鉱業権者(使用者)に対する監督権限の行使については、高度に専門的かつ技術的な知見に基づく合理的な裁量に委ねられていると解すべきであるから、行政庁の担当者の規制権限の不行使と本件のような労働災害による損害とは、本来法的な因果関係はないというべきである。そして右各法令は、右損害については鉱業権者(使用者)が第一次的かつ最終的に責任を負い、被告国は労働者災害補償保険法に基づき労災保険を管掌運用することによって、行政的救済を図るという構造を予定しているものである。

しかしながら、行政庁が規制権限を適正に行使しなかったことにより、法令が行政庁に権限を授権した趣旨、目的を没却するような事態が生じるという特殊例外的な場合には、行政庁は、個々の労働者との関係でも規制権限を行使すべき法的義務を負うに至り、行政庁がそれにもかかわらず、右規制権限を行使しなかった場合、右規制権限の不行使は著しく合理性を欠き、裁量権を濫用若しくはこれを逸脱したものとして、当該労働者に対する関係でも義務違反となり、違法との評価を免れ得ないと解するのが相当である(最高裁平成元年一一月二四日判決・民集四三巻一〇号一一六九頁参照)。

そして、いかなる場合に行政庁が当該労働者との関係で作為義務を負い、その違反が国賠法上違法となるかについては、いわゆる裁量権収縮の五要件、即ち①国民の生命、身体、健康に対する重大な危険が切迫していること(被害法益の重大性及び危険の切迫性)、②当該行政庁がその危険を知っているか、容易に知り得る場合であること(予見可能性)、③当該行政庁において規制権限を行使すれば、容易に結果の発生を防止できること(結果回避可能性)、④他の法主体ではなく、右行政庁が規制権限を行使しなければ、結果の発生を防止しえなかったこと(補充性)、⑤国民が規制権限の行使を要請し、期待していること(国民の期待)等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきであるが、その際には右の裁量権収縮に積極的に作用する要素のみならず、法が行政庁に当該規制権限を与えた趣旨、目的のほか、裁量権収縮に消極的に作用する要素、行政庁がそれまでにとってきた措置の有無・内容、被害労働者、被規制者の側の事情なども考慮に入れるべきである。

第三  原告ら主張の被告国の作為義務について

一  規則・制度の整備について

1  けい酸質区域指定制度について

(一)  けい酸質区域指定制度の沿革、意義及び内容

被告国の責任を判断する上で特に検討すべき必要があるのは、昭和二五年八月二六日の炭則改正で創設されたけい酸質区域指定制度(「けい酸質区域」という用語自体は、昭和二八年四月一日の炭則改正以降用いられるようになったものであるが、実体は全く変わりがないので、ここではそれ以前のものを含めて「けい酸質区域指定制度」という。)である。

保安法や昭和二四年八月一二日の制定当初の炭則には、このような制度は予定されていなかった(二八四条参照)が、昭和二五年八月二六日の炭則改正で、二八四条の二が置かれ、次のとおり規定された。

掘採作業場の岩ばん中に遊離けい酸分を多量に含有し、通商産業大臣が指定する区域において、①せん孔するときは、せん孔前に岩ばん等に散水すること、②衝撃式さく岩機を使用するときは、湿式型とし、かつ、これに適当に給水することとし、同時に新設された二八四条の三は、③発破係員は発破後、発破による粉じんが適当に薄められたのちでなければ、発破をした箇所に近寄らず、かつ、他の者を近寄らせてはならないとして、けい酸質区域内における発破後の待機義務を定めた。

この炭則改正の趣旨は、「遊離けい酸分を多量に含有する岩盤の掘採作業場においては、けい肺罹病率が高く、鉱山労働者の生命保護の見地からこれを防止するため一層その対策の万全を期すことは、緊急、かつ、重要な問題であり、けい肺防止については、近代的な技術、機械の進歩に待つのみならず、取締規則を整備して厳重に作業方法、予防措置等を取り締まることも必要であるので、岩ばん中に多量の遊離けい酸分を含有する区域を通商産業大臣が指定し」、右のような対策を実施させることにあった(昭和二五年度鉱山年報)。このけい酸質区域の指定基準は、当初遊離けい酸分五〇%以上を含有する区域とされていた(これは当時、昭和二三年八月一二日労働基準局長通牒基発第一一七八号により、遊離けい石を五〇%以上含有する粉じんが飛散する作業は、一定の基準のもとに有害業務とされていたからである)が、昭和三一年二月六日に通産省鉱山保安局長の通達で遊離けい酸分四〇%以上の区域と変更され、さらに昭和三四年九月一日三〇%以上の区域と変更された(なお、右昭和三四年九月に変更された指定基準では、遊離けい酸分が三〇%未満の岩石層についても、当該炭鉱におけるけい肺患者数が他の炭鉱に比して著しく多数である場合はけい酸質区域として指定し、また、岩石層の掘進期間が極めて短く、けい肺患者の発生に影響が少ないと認められるものについては指定に及ばない旨の条項も付加された。)。

けい酸質区域指定制度の導入後、これに関連して若干の炭則の改正が行われているが、その中で重要な改正は、昭和二九年一月の改正すなわち、通産省が飛散する粉じん量の恕限度について別に告示することを明らかにし、かつ、右告示の限度まで粉じん量を減少させるためさく岩機に給水する義務を定めた二八四条の二第三項の規定の新設と、昭和三〇年一〇月三一日の改正すなわち、さく岩機への配水管の敷設義務を定めた二八四条の二第五項の規定の新設である。

(二)  金則とけい酸質区域指定制度

金属鉱山を対象とした金則では、昭和二五年八月二六日の改正によりけい酸質区域指定制度が導入され、炭則と同旨の規定(二二〇条の二及び三)が置かれたが、二年後の昭和二七年九月の改正により右制度を廃止し、岩盤中の遊離けい酸分の多寡にかかわらず、衝撃式さく岩機はすべて湿式型とすることを義務づけた(もっとも、昭和二八年四月の改正で石灰山等で遊離けい酸含有量が極めて少ないなど一定の要件を満たす坑内作業場については、さく岩機の湿式化等の義務を免除する二二〇条の二第三項一号が設けられたが、右規定は昭和五九年一一月削除された。)。

右制度廃止の理由は、「けい肺を防止するためには、現在医学上、粉じん中の遊離けい酸含有率の恕限度が確立されていないので、遊離けい酸を含有する坑内の全掘採作業場における粉じんの発生を絶滅するより外なく、(中略)坑内の全掘採作業場を湿式化する」ことにあった(昭和二七年度鉱山年報)。

しかし、炭則においては、昭和六一年一一月一日に至るまで、長期間にわたり右けい酸質区域指定制度が存続した。

(三)  けい酸質区域指定制度の問題点

(1)  関係法令との整合性の問題

けい酸質区域指定制度は、粉じんの中でも遊離けい酸分の有害性に特に着目し、遊離けい酸分を多量に含有する粉じんについて強い規制をしようという見地に立っている。

そこで、炭則や金則以外の関係法令が、じん肺の原因や対策の対象等についてどのように規定しているかを見てみると、昭和二二年制定当時の労基法四二条、同法施行規則三五条七号、昭和二二年制定当時の安衛則一七二条等は、すべて「粉じん」を規制の対象とし、昭和三〇年七月制定のけい特法は、けい肺を「遊離けい酸じん又は遊離けい酸を含む粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化の疾病」と定義している。また、昭和三五年三月制定の旧じん肺法二条一項一号は、じん肺を「鉱物性粉じんを吸入することによって生じた」疾病と定義し、じん肺の原因となる粉じんを「鉱物性粉じん」としているが、同法は、けい特法と異なり、粉じんを遊離けい酸ないしそれを含む粉じんに限定していない。右「鉱物性粉じん」の中には、石炭の粉じん(炭じん)も含まれると解される。

昭和五二年七月の改正じん肺法は、右「鉱物性」の文言も削除しているが、その理由は、「今後の医学的知見の集積により、特定の有機性粉じんにより、無機性粉じんによるのと同様のじん肺病変が起きることが明らかにされた時点で、速やかに当該有機粉じんを発散する場所における作業を本法の適用の対象とするため」であった(労働省労働基準局長・改正じん肺法の詳解・昭和五三年一〇月一日発行)。

昭和五四年四月制定の粉じん則も「粉じん」に対する対策を規定している。

以上をまとめると、戦後の労働安全衛生関係法令は、遊離けい酸分を含む粉じんから、粉じん一般ないし鉱物性粉じんを規制の対象ないし疾病の原因として規定する方向に進んで来たといえよう。

してみれば、鉱山では種々のかつ多量の粉じんが発生するのに、そのうち遊離けい酸を含む粉じん、それも含有率が四〇%とか三〇%とかの極めて高率の粉じんのみを取り上げ、それに対する対策を規定した炭則のけい酸質区域指定制度は、粉じん法制全体の中では異例に属し、その合理性が問題となる。

(2)  指定基準の合理性の問題

前記のとおり、けい酸質区域指定制度の指定基準は、遊離けい酸分五〇%以上から、四〇%以上、三〇%以上と順次低減されたが、右の基準については、合理的な根拠が示されていない(この点につき九州通産局石炭部長谷口永恭は、数字について具体的な根拠はなく、そういう指定をしていきながら様子を見るということであったと証言している)。

しかし、遊離けい酸分含有率とけい肺罹患の危険性との関係を究明し、指定基準を合理的な根拠のあるものにすることは、制度の合理性を担保するために必須の要件である。

そして、この点については昭和二九年一〇月のけい肺対策審議会粉じん恕限度専門部会の中間報告(昭和二九年度労働年報。別表二の二〇「粉じんの許容濃度」参照。以下「恕限度部会報告」という。)は、遊離けい酸分一〇%を境に、第Ⅰ水準(これ以上の粉じん濃度であれば、じん肺、けい肺発生のおそれがある水準である。)と第Ⅱ水準(これ以上の粉じん濃度であれば、進行性の症例の発生のおそれが強い水準である。)を分け、遊離けい酸分一〇%程度でも、粉じんの個数によっては、じん肺の発生及び症状の程度に十分影響を及ぼし得るという見地に立っていることを明らかにした。

同報告は中間報告で終わり、正式答申に至らなかったが、その後鉱山保安行政において粉じん恕限度が問題となる度に一応の基準や目安とされて、行政に無視し得ない影響を与えた(例えば、金属鉱山については、昭和三五年一月に発行された通産省鉱山保安局編「鉱山におけるけい肺の予防」によれば、同局は、その頃粉じん防止対策として、さく岩作業場については粉じん数三〇〇〇個/cc以上の作業場をなくすこと、他の作業場で粉じん数一〇〇〇個/cc以上の作業場については、防じんマスクを備えることという方針で指導監督を実施したが、後者の数値は恕限度部会報告の第Ⅱ水準を根拠にしているものであった。)。なお、通産省鉱山保安局が右中間報告後、これに代わる粉じん恕限度の研究を委嘱した事実等は認められない。

以上に照らすと、遊離けい酸分含有率とけい肺罹患の危険性との関係については、恕限度部会報告の基準に基づき検討するのが相当であると考えられる。

そうすると、粉じん規制がけい肺対策として十分な効果を発揮するためには、遊離けい酸分一〇%以上で粉じん数四〇〇個/cc以下、一〇%未満で一〇〇〇個/cc以下(第Ⅰ水準)、少なくとも一〇%以上で一〇〇〇個/cc以下、一〇%未満で二〇〇〇個/cc以下(第Ⅱ水準)、に抑制するものでなければならないことになる。

そこで、まず、遊離けい酸分の分布状況をみると、昭和三二年度鉱山年報によれば、金属鉱山における遊離けい酸の含有率の調査結果は、岩種によって大きな差があるものの、一四四鉱山のうち平均含有率一〇%以上が一二五鉱山(全調査鉱山の八七%)、三〇%以上が七五鉱山(全調査鉱山の五三%)あり、含有率が一〇%以下の鉱山でも局部的には五〇%以上の含有率を有する個所もあり、必ずしも安心できないと記述している。

鉱山年報は、炭鉱についてはこのような調査結果を報告していないが、日本石炭協会による防じん対策実施状況調によると、全国の主要炭鉱の岩種別遊離けい酸分含有率の調査結果は、けい酸質区域に指定されていない炭鉱でも遊離けい酸分含有率がすべて一〇%を超えているどころか、二〇%台、三〇%台の炭鉱が極めて多く、中には調査時(昭和三四年三月末日)の指定基準である四〇%を超え、さらには六〇%台に達する未指定の炭鉱がいくつかあり、行政の指定業務が現状に追いつかない実情の一端が窺われる。

次に、坑内作業における粉じん発生数をみる。

まず、衝撃式さく岩機による穿孔作業による粉じん発生数をみる。昭和二八年一一月、C炭鉱の掘進切羽での実験によると、乾式さく岩機による作業での粉じん個数は四四三二個/cc、スウイビル式の湿式さく岩機による作業での粉じん個数は四六一個/cc、チュウブ式の湿式さく岩機による粉じん作業での個数は一一九七個/ccということであり、昭和三二年頃の崎戸鉱業所での実験によると、乾式さく岩機による粉じん個数は測点1(切羽から一〇メートル、以下同じ)で一九六八から一〇五六個/cc、測点2(切羽から二〇メートル)で三八七六から一四七一個/cc、スウイビル式の湿式さく岩機による粉じん個数は測点1で二九八から一七三個/cc、測点2で四五三から三六四個/cc、チュウブ式の湿式さく岩機による粉じん個数は測点1で三七八から二五一個/cc、測点2で四五三から三六四個/ccというのであるから、乾式さく岩機による穿孔作業による粉じん濃度はいずれも恕限度部会案のすべての水準を上回るが、スウイビル式の湿式さく岩機によるときは、遊離けい酸一〇%以上の第一水準を達成するか、それに近い水準であり、湿式さく岩機による粉じん防止の有効性を証明している。

右実験の際の給水量の数値は、崎戸鉱業所の場合一リットル/分以下であったことが窺われるが、それ以上詳らかでない。金属鉱山での調査によると、給水を開始し、水圧の変化による粉じん数の変化をみたところ、0.3リットル/分で粉じん数は急激に減少し、1.5リットル/分程度までは徐々に減少するが、その後は殆ど変化せず、むしろこれが増加する場合もあった、というのであるが、粉じん数が著しく減少した例としては、五二四個/cc(D鉱山)、六〇三個/cc(H鉱山)、七三七個/cc(Kj鉱山)という例もあるが、給水しても粉じん数がなお二〇〇〇個/ccを大きく上回り、それ以下には減少しない例が少なくない(K鉱山、C鉱山、Ka鉱山、Ho鉱山等)。右証拠によると、金属鉱山における乾式さく岩機による粉じん個数が炭鉱の場合に比較し、大幅に上回り、湿式さく岩機による除じん効果も若干異なると思われるが、一応の目安として参考にはなる。

さらに、発破作業による粉じん発生数をみると、通産省鉱山保安局編「けい肺対策の現状および今後の展望」昭和三〇年八月によれば、同局はその頃、第一高松炭鉱内の坑道において、発破による粉じん発生数及びその推移を調査している。これは発破をして七分経過後五地点で最初の採じんをし、その後吹込通気を開始し、三分おきに採じんして調査したものであるが、そのうち発破地点からの距離が最も遠く(一〇七メートル)、発破直後の粉じん数も最も少ない採じん地点Eにおける粉じん数の推移をみると、次のとおりである(単位個/cc)。

発破後 七分、通気開始前

五六〇〇

同 一三分、通気開始後 三分

六一〇〇

同 一六分、 同      六分

二五〇〇

同 一九分、 同      九分

四四〇〇

同 二二分、 同     一二分

八一〇〇

同 二五分、 同     一五分

八六〇〇

同 二八分、 同     一八分

六八〇〇

同 三一分、 同     二一分

四四〇〇

同 三四分、 同     二四分

二六〇〇

このように、ばらつきがあるものの、発破後三〇分、通気開始後二〇分以上経過しても、空中に浮遊する粉じん数は恕限度部会案のすべての水準をはるかに上回っている。

(3)  指定外区域におけるじん肺防止対策の問題

昭和二四年八月一二日の制定当初の炭則は、「衝撃式さく岩機によりせん孔するときは、粉じん防止装置を備えなければならない。ただし、防じんマスクを備えたときは、この限りでない。」(旧二八四条)と規定し、右「粉じん防止装置」には湿式さく岩機や集じん装置が含まれるとされていた(鉱山保安法規の解説、昭和二七年七月資源庁鉱山保安局編)のであり、第三章で述べたように、防じんマスクの着用のみで粉じん防止装置の設置義務等が免除される(昭和六一年一一月一日改正までの炭則)とか、炭じん対策としての散水等の措置を講じれば粉じん防止装置の設置義務等は免除され、防じんマスクも着用する必要がない(昭和五四年一二月一七日改正炭則)という、大きな限界を抱えていたものの、規制対象となる作業場及び作業の種類自体は漸次拡張された。

このように、けい酸質区域指定外区域であっても、炭則上、湿式さく岩機や集じん装置等の粉じん防止装置ないし防じんマスクの備付義務が規定されていたことに留意する必要がある。

しかしながら、昭和二五年八月、けい酸質区域指定制度が導入された際、さく岩機の湿式化が明記され、順次さく岩機への給水義務や配水管の敷設義務が規定されたものの、炭則旧二八四条の「粉じん防止装置」の具体的内容は明示されないまま、昭和五四年一二月の炭則改正による二八三条の二で「粉じん防止装置の設置」の語が削除され、「集じん」の語に改められた規則改正の経過等からすると、けい酸質指定区域外ではさく岩機の湿式化の義務がないものと、一般的には受け取られ兼ねず、結局、旧二八四条本文は、けい酸質区域指定制度が導入されたことにより、さく岩機の湿式化の根拠規定としての意義を殆ど失い、「粉じん防止装置」に衝撃式さく岩機の湿式化も含まれるといってみても、その事実上の規制力は弱いといわざるを得ない。

もっとも、後記二の1で説示するとおり、鉱務監督官による炭鉱に対する巡回検査において、旧二八四条のただし書に基づく指導監督、すなわち防じんマスク着用の指導監督のほか、同本文に基づく指導監督、例えばさく岩機の湿式化の指導監督の例もなかったわけではない。

また、穿孔作業前の岩盤等に対する散水義務の免除についても、粉じん防止対策として不備があるけれども、これについては昭和三〇年一〇月の改正により旧二八四条本文に散水義務が規定され、問題が解消された。しかし、発破後の大量の粉じん発生と飛散状況に照らすと、けい酸質指定外区域について発破後の待機義務がない点は粉じん防止対策として徹底を欠くというほかない。

(4)  給水及び恕限度の問題

衝撃式さく岩機の湿式化を実効性あるものとするには、さく岩機への給水とそのための配水管の設備が不可欠である。そこで炭則は、粉じんの恕限度を告示し、その基準値を満たすまでさく岩機に給水させることにし(昭和二九年一月一四日の炭則改正で新設された二八四条の二第三項)、また、それに必要な配水管の敷設義務を課すこととした(昭和三〇年一〇月三一日の炭則改正で新設された二八四条の二第五項)。しかるに、いまだ右告示はされず、その結果、さく岩機への給水等については厳密な客観的基準のないままとなり、けい酸質区域指定制度は、これを実効あるものとするための重要な手段を欠き、けい酸質区域指定制度は、全体として徹底を欠くものに止まった。

(5)  指定数の問題

昭和三四年三月末現在の全国主要一八社、四三炭鉱におけるけい酸質区域指定状況は、別表二の一七「けい酸質区域指定坑口調」のとおりであり、これによれば、指定坑口数は、右一八社のみで三三坑口、全炭鉱では四四坑口である。また、昭和三一年から昭和三六年までの全国炭鉱のけい酸質区域指定件数の推移をみると、別表二の一八「全国けい酸質区域指定炭鉱・坑数」のとおりであり、これによれば昭和三六年現在で全国で五四炭鉱、八〇坑が指定された。

ところで、昭和三六年現在の全国の炭鉱数は一二五七であり、坑数は二〇五七であるから(別表二の一八)、当時の全国の炭鉱における指定割合は、炭鉱数で4.2%、坑数で3.8%であって、いずれも一割にも満たない。

これをみると、当時全国の九割以上の広範な炭鉱ないし坑は、けい酸質指定区域外とされ、右区域では事実上衝撃式さく岩機の湿式化は弱められ、さく岩機への給水・配水管の敷設義務及び発破後の待機義務というような基本的な粉じん防止対策が炭則により免除、軽減されていた状況であり、けい酸質区域指定制度の導入当初はともかく、炭鉱夫じん肺についての知見が進み、その対策の必要性が高まった時期においては、このような法制の合理性には問題があると言わざるを得ない。

(四)  まとめ

けい酸質区域指定制度は、遊離けい酸分の有害性に特に着目し、遊離けい酸分を多量に含有する粉じんについて強い規制をしようとしたものであり、その限りでは合理的であった。

しかし、指定区域外区域での粉じん防止策については粉じん防止装置の具体的な方法等の明示がなく、さく岩機への給水・配水管の敷設義務がないことから、衝撃式さく岩機の湿式化への事実上の規制力が弱く、発破後の待機義務がないなど指定区域との差が大きいだけに、指定基準の見直しや新たな指定基準に基づく指定が遅れるときは、多数の指定区域外区域での粉じん防止策を事実上低い水準のまま押さえてしまいかねないという問題を内包している一方、衝撃式さく岩機の湿式化などの粉じん防止策も防じんマスクの着用によって免除されるという大きな限界を持つものであった。

その点金属鉱山では、昭和二七年九月、制度導入後わずか二年でけい酸質区域指定制度が廃止され、坑内の全掘採作業場における衝撃式さく岩機をすべて湿式化する方向に転換し、さらに昭和二八年四月、衝撃式さく岩機の湿式化、さく岩機への給水・配水管の敷設義務のほか、これに併せて防じんマスクの備付けを義務づけたが、炭則においては、昭和六一年一一月まで同制度が存続した。

2  粉じん恕限度告示制度について

(一)  恕限度の意義

恕限度は、許容濃度ともいわれ、作業場に飛散浮遊する粉じん量又は作業員個人の粉じん暴露(吸入)量に対する基準値(単位容積当たりの粉じん粒子数若しくは重量)を設けて、粉じん量を量的に規制しようとするものである。

(二)  恕限度の研究及び学会の勧告

恕限度については、石川知福、鯉沼茆吾らの研究があり、昭和二〇年代初期、粉じん濃度の恕限度に基づき粉じん作業場における労働時間の限度を算出している。

昭和二九年、恕限度についての欧米各国の資料を集めた公衆衛生院・労働衛生部編「有害物質恕限度便覧」(労働科学研究所)が刊行された。

昭和三六年、日本産業衛生協会は有害物質の恕限度を勧告したが、昭和四〇年には粉じんを第一種から第三種までに分類し、それぞれの粉じん許容濃度を勧告した。右勧告はその後若干改定されたが、昭和四四年の勧告は別表二の一九「粉じんの許容濃度勧告」のとおりである。

(三)  粉じん恕限度制度の合理性

炭鉱において、通気などのじん肺防止対策の効果を上げるためには、粉じん抑制の目標値、浮遊ないし暴露粉じん量の上限値を明らかにし、これを目標に、炭鉱企業において粉じん対策を立案して実行し、行政庁においてその指導監督をするという体制を作ることが必要であり、炭鉱企業と監督官庁はその導入に向けての努力をする必要があることはいうまでもないことである。

(四)  恕限度に関する法制ないし行政

(1)  恕限度に関する行政の動き

昭和二三年八月一二日付け労働基準局長通牒基発第一一七八号は、土石、獣毛等のじん埃又は粉末を著しく飛散する場所として、植物性(綿、糸、ぼろ、木炭等)、動物性(毛、骨粉等)、鉱物性(土石、金属等)の粉じんを、作業場所の空気一立方メートル中一五ミリグラム以上含む場所をいい、特に遊離けい石五〇%以上を含有する粉じんについては、その作業場の空気一立方センチメートル中に粒子七〇〇個以上又は一立方メートル中に一〇ミリグラム以上を含む場所をいう、と定めた。

これは、著しく粉じんを飛散する場所とすべき粉じん濃度を示したものであって、粉じんの許容濃度を示したものではないが、当時はこれが恕限度と考えられていた。

(2)  昭和二九年一〇月二六日、労働大臣の諮問機関であるけい肺対策審議会の恕限度専門部会は、中間報告の中に粉じん恕限度の具体的な基準を示した。

恕限度部会案の内容は別表二の二〇「粉じんの許容濃度」のとおりであるが、右報告はけい肺対策審議会の本審議会で採用されずに終わったが、右審議においても、少なくとも粉じん中の遊離けい酸分がけい肺を引き起こす有害物質であることやその量的規制の必要があること自体については、ほぼ異論がなかった(証拠にも「労使双方とも粉じん恕限度の数値の決定には、なお検討の余地があることを指摘していた」と、争点が専ら恕限度の数値にあったことを示唆する記述がある。)。

(3)  労働省労働基準局は、けい特法に基づく政府けい肺健康診断により異常所見者がかなりみられたこと等から、昭和三三年、労働環境における職業病予防に関する技術指針を内容とする通達「職業病予防のための労働環境の改善策の促進について」(昭和三三年五月二六日労働省基発第三三八号)を発し、その中で粉じんの抑制目標限度を示した(別表二の二一「粉じん抑制目標限度」)。

この指針は、法的には拘束力のないものであるが、目標数値は昭和二九年の恕限度部会案に比較してやや緩やかなものになっている。

(4)  炭則における恕限度告示制度の導入と経過

昭和二九年一月一四日炭則改正で、けい酸質区域における湿式さく岩機への給水について「前項のさく岩機には、飛散する粉じん量を別に告示する限度まで減少させるため必要な給水をしなければならない。ただし、特別の事由があって、鉱山保安監督部長の許可を受けたときは、告示の限度によらないことができる。」と定められ(二八四条の二第三項)、ここに炭則上、けい酸質区域指定制度と一体をなす制度として、粉じん恕限度告示制度が導入された。

これに基づき、通産省鉱山保安局は、さく岩機の湿式化と給水量を規定する告示案を作成して、昭和二九年七月の中央鉱山保安協議会に諮ったところ、労使双方の意見により、一応再検討するということになった。その後昭和三〇年一〇月三一日の炭則改正で、二八四条の二第五項に、湿式さく岩機への必要な給水のための配水管の設置義務が課され、炭則の粉じん防止対策のための規定は一定程度強化されたものの、粉じんの恕限度告示はついになされなかった。

また、昭和六一年一一月一日、炭則改正によって、けい酸質区域指定制度は廃止され、二八四条の二第二ないし第四項は、遊離けい酸分の多寡にかかわらず、坑内全域に適用されることになった。すなわち、粉じん恕限度の適用領域は坑内全域における衝撃式さく岩機による穿孔作業に拡大したが、恕限度告示は依然としてなされないまま現在に至っている。

ここで、粉じん恕限度の告示ではないが、これに関連するものとして粉じん測定義務と作業環境管理評価について述べると、通産省は、昭和五四年一二月の炭則改正で、坑外作業場における粉じんの濃度及び粉じん中の遊離けい酸含有率の測定義務について定め(三一二条の六)、また、平成三年三月の改正で坑内作業場における右測定義務について定め、その間の昭和五九年には坑外作業場の測定結果についての作業環境管理評価を実施するよう通達を発していたが、その具体的な内容やその監督状況は詳らかでない。

以上のとおり、通産省が炭則に規定された粉じんの恕限度を告示することはなかった。もっとも、湿式さく岩機への必要な給水量については、前記昭和三〇年一〇月の炭則改正の際の付則一〇項において、「告示がある日までなお従前の例によるものとする。」と定められており、通産省は、前記恕限度部会等の基準案を参考に指導していたことは窺えるが、詳細は明らかでない。

(五)  じん埃計の性能及び測定技術

(1)  前記昭和二九年の恕限度部会報告案には、粉じん測定機器として、①吸着式じん埃計(労研式、粉研式)、②インピンジャー、③電気収じん式じん埃計、④サーマルプレシピテーター(温熱式じん埃計)が上げられ、①のうち労研式じん埃計は既に戦前から存在し、粉研式コニメーターは、戦後日本鉱業協会の粉じん研究委員会の指導で開発されたもので、いずれもカバーグラスに粉じんを吸着させて粉じんを採取した後顕微鏡で計数するものである。計数の困難さを救うため、昭和二九年にはダストメーターで光の透過率を測定し、粉じん濃度を求める労研ろ紙じん埃計も開発された。

これらじん埃計のうち、①、②及び④は、当時においても炭鉱で使用に耐えるものであった(ただし、②及び④のうちモーターを使用したものは防爆上の問題があるので一般的には不適当であった。)。

(2)  粉じん測定と粉じん測定技能講習

右労研式及び粉研式じん埃計等を用いて、炭鉱では昭和二〇年代末頃から粉じん測定が行われるようになったが、これを普及させる上で貢献したのは、昭和二九年一月に行なわれた通産省鉱山保安局主催の粉じん測定技能講習である。すなわち、通産省鉱山保安局は、昭和二九年一月、各鉱山保安監督部職員及び炭鉱関係者らを対象として、一週間にわたり炭鉱における粉じん測定のための技能講習を主催したが、講習に合わせて、全国二一炭鉱(福岡管内八炭鉱)における粉じん発生状況の実地調査も行われた。

この講習の目的は、講師の一人であった房村信雄によると、単なる粉じん測定技能講習ではなく、昭和二八年四月一日の炭則改正で湿式さく岩機に必要な給水を義務づけられたため(二八四条の二第二項。この点は従前「適当に給水すること」とされていた。)、右給水量を決定する基準として粉じん測定が必要であったことから、これを炭鉱関係者が自ら行うためのものであった。

右講習後の昭和三〇年八月、鉱山保安局は「粉塵測定法」というテキストを作成し、これを教材として昭和三〇年と昭和三一年に各地の保安技術講習所で合計一二回の講習を開催した。

(3)  じん埃計の性能及び普及状況

日本石炭協会編・防塵対策調によれば、昭和三四年三月末時点で、じん埃計、特に労研式及び粉研式じん埃計はかなりの炭鉱に備え付けられていた(例えば被告三井鉱山の三池炭鉱では、労研式八台、粉研式四台、電気収じん式二台、ろ紙式及びインピンジャー各一台、合計一六台のじん埃計が使用に供されていた。)。

その性能については、昭和三五年一二月に発表された資源技術試験所鈴木俊夫=田尻昭英「坑内粉じんの発生状況とその抑制について」によると、測点を同じ位置に取り、条件をできるだけ一定にして、サーマルプレシピテーター、粉研式コニメーター、労研式じん埃計、インピンジャーを用いて、実際の作業現場で粉じんの同時測定をした結果、精度は右の順で良く、計器によって測定値に差はあるものの、同一計器では相対的に粉じんの発生状況を知ることができるし、各計器の比較値を知っていれば十分使用できるとの評価であった。

実際、被告日鉄の二瀬炭鉱に勤務した証人斉藤眞一は、昭和二八年に同炭鉱で労研式じん埃計を使用して粉じん測定をしたが、ほぼ正確に粉じん測定ができたし、通産省鉱山保安局も、昭和三〇年三月、第一高松炭鉱において行った発破による発じん調査を行った際、粉研式コニメーターを使用した。

このように、昭和二九年一月当時、労研式及び粉研式じん埃計を始め、炭鉱における粉じん測定が可能な程度の性能を持つじん埃計は存在し、これらが少なからず各炭鉱に普及し、また通産省鉱山保安局による粉じん測定の技能講習が開催されて、測定技術も向上しつつあった状況であり、粉じん恕限度制度に対応し得る体制は準備されつつあった。

(六)  被告の主張について

被告国は、炭鉱で実用可能な粉じん濃度測定器は昭和六三年までなかったため、粉じん恕限度を定めることは困難であり、労研式及び粉研式じん埃計は顕微鏡で粉じん個数を計数するが、0.5μ以下の粒子は計数不可能で、照明方法、拡大倍率及び粉じんの付着効率による誤差がある上、計数には高度の技能を要し、測定者による誤差が大きく、普及しなかったと主張する。

しかし、じん肺の原因となる粉じんの粒度は、一〇μ以下、若しくは五ないし一μであって、被告国のいうような0.5μ以下の粒子が計数不可能でも、なお計測可能な範囲は広く、このようなじん埃計が直ちに実用的でないとはいえない。また、労研式ないし粉研式じん埃計の普及度をみると、昭和三四年三月末現在、主要一八炭鉱会社では合計一六〇台(使用一三六台、予備二四台)の浮遊粉じん測定器が備えられ、その内訳は粉研式三六台、労研式八七台、その他三七台であり(防じん対策調)、これをみても右じん埃計の普及率は決して低くない。なるほど、昭和三〇年前後の労研式ないし粉研式じん埃計は測定条件や測定者の技能によって誤差が生じ得たことは推認するに難くはないが、機器の原理や普及状況等からみて、それらの欠点が機器の効能を否定しなければならない程のものであったとはいい難く、測定技術ないし利用方法の研究や改良等によって、誤差ないしそれによる影響を極小にする余地があったというべきであるから、この点に関する被告国の主張はたやすく採用し難い。

次に、被告国は、現在まで恕限度の告示はしていないが、その代替措置として昭和三〇年一〇月三一日の炭則改正で二八四条の二第五項を設け、湿式さく岩機への必要な給水のための配水管の設置義務を課したと主張する。

しかし、粉じん濃度の許容基準が定まらない以上、それを達成するための給水量も決まらないわけであるから、右措置が直ちに恕限度告示の代替措置になり得ないことは明らかであるが、さく岩機への吸水を確実にするためには、まず、何よりも排水管の設置が必要であり、右の物的条件が満たされれば、あとは通産省が金属鉱山においてしたように必要給水量の最低基準値を定め(後記二の1)、あるいは鉱業権者においてこれまで発表された各機関の基準値を参考に任意に基準値を設定することなども比較的容易であるから、右の炭則改正が、粉じん防止に必要な給水をするための環境整備にはなり得ることは間違いない。

(七)  まとめ

前記のとおり、じん肺を防止するために、粉じん恕限度を設定、告示することは明らかに合理的な方策である。特に、炭鉱においては、昭和二五年八月以降、けい酸質区域指定制度が導入され、右指定区域においては、さく岩機の湿式化など強い規制を受け、しかもけい酸質区域の指定基準は遊離けい酸分五〇ないし三〇%とかなり高く設定されていたから、少なくともけい酸質区域に指定された区域においては、法制上も実際上も合理的なじん肺防止対策の確立が要請されていたものであって、恕限度の告示は、このような強力かつ合理的なじん肺防止対策の根幹となるべきものであった。

しかるに、恕限度の告示はなされるに至らず、けい酸質指定区域におけるじん肺対策の実効制が大きく損なわれたといわざるを得ない。すなわち、昭和二九年七月の中央鉱山保安協議会の結果、通産省の恕限度告示案は再検討するということになったが、これにより恕限度告示の必要性が否定されたわけではなく、その根拠となる炭則の規定も廃止されたわけではないから、通産省鉱山保安局は、当然合理的な恕限度告示制度の創設のため検討を続けるべきであった。

もっとも、けい酸質区域指定制度と一体をなす恕限度告示制度は、けい酸質区域指定制度が合理性を有するものと認められる限度で意義を有するに過ぎないというべきであり、前記のけい酸質区域指定制度の問題点に照らし、けい肺だけでなく、広くじん肺防止をより徹底しようとの立場からは、けい酸質区域指定制度と一体をなす恕限度告示制度から、けい酸質区域指定の有無にかかわらず、炭鉱の全坑内作業場について恕限度を定める方向へと進むべきこととなる。

3  防じんマスクについて

(一)  防じんマスクと取締法規

(1)  防じんマスクについての取締法規の概要は第五章の第二の七のとおりであるが、特に炭則においては、防じんマスクの位置付けは、数次の改正により若干制限が課せられたものの、昭和六一年一一月一日の改正にいたるまで、依然として「散水、集じんその他の適当な措置」(坑内作業場)、「散水、集じん、機械又は装置の密閉その他の適当な措置」(坑外作業場)など、他の粉じん防止策の代替策という位置付けであった(しかも、これら他の粉じん防止策自体、炭じん対策としての散水、炭壁注水等の措置が行なわれる個所では実施が免除されているので、このような個所では防じんマスクも必要でないことになる。)。

右のような防じんマスクに関する炭則の規定の特徴は、金則や安衛則(昭和二二年一〇月三一日労働省令第九号)の防じんマスクに関する規定と比べると対照的である。

まず、金則についてみると、金則は既に昭和二八年四月改正により、坑内作業場において衝撃式さく岩機を使用するときは湿式型とし、かつこれに必要な給水をし、防じんマスクを備えなければならない、という規定が設けられ(旧二二〇条の二第二項)、その後若干の改正を受けたが、他の粉じん防止対策と防じんマスクの併用という原則は維持されている。

次に、安衛則は炭則より早く制定された労働省令であるけれども、制定当初から「(前略)粉じんを発散し、衛生上有害な場所における業務(中略)においては、その作業に従事する労働者に使用させるために、(中略)呼吸用保護具(中略)を備えなければならない。」とし(一八一条)、その数及び管理については「同時に就業する労働者の人数と同数以上を備え、常時有効且つ清潔に保持しなければならない。」と定めていた(一八四条)。

このように、同規則は、粉じん作業場であれば場所や作業内容を問わず、また粉じん防止措置の有無にかかわらず、防じんマスクの備え付けを義務づけ、かつその数及び管理方法まで規制している。

(2)  防じんマスクは、粉じん作業場における他の粉じん抑制ないし防止策が機能しない場合、あるいは機能してもその間隙を縫って労働者の口元に到達する粉じんを遮断する最後の防禦線である。

飛散浮遊する粉じんの性格上、また個々の粉じん抑制ないし予防策が完全に粉じんを遮断することができるほど絶対的なものとは考えられない以上、粉じん防止の体系は防じんマスクを含め、いくつかの手段を用いた重層的、総合的なものにならざるを得ない(房村「けい肺の予防について」)。

一つの方策を講じれば他の方策は講じなくてもよいというのは、そこに十分合理的な理由があれば格別、そうでない限り、少なくとも慎重を期すべき取締法規の取るべき方向としては妥当でない。じん肺が不可逆性の重篤な疾病であることを考えると、特にそのことが当てはまるといわなければならない。

現に、前述のとおり、金則においては、昭和二八年四月改正により、坑内作業場において衝撃式さく岩機を使用するときは湿式型とし、かつこれに必要な給水をし、防じんマスクを備えなければならない、という規定が設けられた(旧二二〇条の二第二項)。

湿式さく岩機の使用のみでは発じんを完全に抑制することはできず、通気の改良や、防じんマスクの着用が必要であること、五μ以下の微細な粉じんは沈降速度も遅く、長時間空気中に浮遊しており、ウォータースプレイを行なっても補足することが困難であることは、特に金属鉱山の場合に該当することであるが、炭鉱を含む鉱山一般について知見としてほぼ確立していたといってよく、通産省鉱山保安局もこれを十分認識しているところであった(房村「けい肺の予防について」、通産省鉱山保安局編「けい肺予防のための粉じん防止」)。

したがって、炭鉱においても、著しく粉じんが飛散する坑内作業場においては、微細な粉じんが長時間浮遊し、坑内夫がこれを吸入する危険が高いというべきであるから、これら粉じんの吸入を防止してじん肺防止を徹底するには、さく岩機の湿式化、集じん機(収じん器)の設置、散水・噴霧等適当な措置を講じた上で、これに加えて防じんマスクを着用することがなお必要というべく、坑外作業場もこれに準じた措置が取られるべきであり、炭則はこの方向で規定の整備、強化を図るべきであった。

してみれば、少なくとも昭和六一年一一月一日の改正以前の炭則の防じんマスクに関する規制のあり方は、右の点で徹底を欠いているといわなければならない。

(二)  被告国の主張について

被告国は、防じんマスクの研究が本格的に始まったのは戦後昭和二四年頃からであり、これに合わせて通産省は昭和二五年防じんマスクのJISを定め、労働省も同年防じんマスクの国家検定制度を開始したが、当時の防じんマスクは吸気抵抗が大きく、装着時の不快感、重量等にも問題があり、研究、改良が重ねられ、昭和三七年に吸気抵抗、重量、ろ過効率で優れた静電ろ層防じんマスクが開発されたと主張し、房村証言中には、右主張に沿う供述がある。

しかしながら、証人房村は、静電ろ層マスク以前のマスク、すなわち、ろ過材(フィルター)として海綿、ガーゼ、スポンジ等を用い、これらに粉じんを物理的に付着させて徐じんする型のマスクの効用を全面否定するものではなく、それらにも限界はあるものの一定の徐じん効果があることは認めている。

なるほど、昭和二五年にJISが定められる以前の防じんマスクについては、規格、性能等はすべてメーカーの判断に任されていたものであり、その品質、性能に対し大きな信用をおくことは相当でないことが窺われるが(昭和二五年度鉱山年報)、その後昭和二九年一月に炭則二八四条が改正され、防じんマスクはJISに適合することが必要となったことからして、JISに適合した防じんマスクについては、一応の品質、性能が担保されていたことが認められる(昭和二九年度鉱山年報。前記のとおり、炭鉱関係でも)。

前記証言のほか昭和二九年一〇月のけい肺対策審議会報告に、「現在の防じんマスクは、除じん効率の良いものは呼吸抵抗が強くなりがちであるため、労働者がその着用を嫌う傾向があるので、この点労働者に対する教育の方法も検討すると共に、更に、防じんマスクの改善をとりあげ、マスクのろ過材について各種の方法、例えば、静電気の応用等をとりあげ検討することにした。」とあることからすると、その後防じんマスクの性能は一段と向上したことが窺える。

防じんマスクのフィルターの目詰まりについては、フィルターの機能上ある程度仕方のない面がある。目詰まりを起こした時はフィルターを洗浄したり、交換すれば済むことであって、要は洗浄の設備や洗浄の時間の確保あるいは予備のフィルターの備え付けや数の問題であろう。

翻って考えると、フィルターの頻繁な目詰まり現象は、作業場の粉じん濃度が防じんマスクの能力に比べはるかに高いことをも示唆しており、むしろこのような作業場においては、さく岩機の湿式化、散水・噴霧の励行など、粉じんの発生及び飛散を防止する方策の充実を図る必要があったとういうべきであろう。

前述のとおり、粉じん防止の体系は防じんマスクを含め、いくつかの手段を用いた重層的、総合的なものでなければならない。それらが全体として調和が取れていないと、一部の粉じん防止策、この場合でいえば防じんマスクに過重な負担がかかり、事実上機能停止に陥ってしまう事態が生じ得るのは看易いところである。

このように、防じんマスク以前の粉じん防止対策を重視し、これにより極力粉じんを抑制し、それでも飛散浮遊する粉じんの吸入防止のために防じんマスクを着用する、したがって、防じんマスクは粉じん防止装置と併用するものとするが、いたずらにろ過効率の高いものを求めることはしない、という方向は、昭和三二年頃の大手炭鉱のけい肺防止対策の方針を示した文書にも見出せる。

以上のとおりであって、被告国の主張が、昭和三〇年代半ばに静電ろ層マスクが開発される以前の防じんマスクは、防じんマスクとしての実用性が全くなかったとの趣旨であるとすれば、採用できない。

(三)  まとめ

戦前の鉱警則及び戦後の昭和六一年一一月改正までの炭則は、防じんマスクを他の粉じん防止策の代替策としか見ず、独立の粉じん防止策としての位置づけをせず、そのような規定も設けなかった。

戦後しばらくの間、じん肺の原因、発生の機序、病像等の医学的知見、じん肺防止に関する工学的技術が低水準にあり、じん肺防止に対する社会や行政の目標がけい肺防止という狭い範囲に限られていた上、石炭業界が戦前以降永年にわたり防爆目的のガス・炭じん対策に慣れ、粉じん対策やそれに向けての主体的条件が遅れていたことなどを考えると、このような防じんマスクに関する炭則の不備はやむを得なかった面がある。

しかし、じん肺の医学的知見及び工学技術的知見が深まり、けい肺防止だけでなく、広くじん肺(炭鉱夫じん肺)防止の必要性が強調され始めた段階では、右炭則の防じんマスクの位置付けは適正ではなかったというべきである。

4 粉じん作業時間の短縮ないしじん肺に罹患した労働者の配置転換を実効があるようにするための省令の改正については、後記二の4、5で併せて検討する。

5  被告国の作為義務違反について

(一)  そこで、原告ら主張の炭則改正による制度の整備について、被告国に国賠法上違法となる作為義務違反があるか検討する。

炭則は、通産大臣が保安法の委任に基づき、制定した通産省省令であるが(国家行政組織法一二条一項、保安法三〇条等)、これが改正など、右省令立法権限行使の裁量も、保安法等の法律によって与えられた規制権限の行使の裁量と本質的に変わるものではないが、結局その権限が与えられた趣旨、目的、当該具体的権限の性質によって自ずと差異が生じるものと解される。

保安法が炭鉱における粉じん作業についての保安基準の設定を炭則に委ねたのは、炭鉱労働者に対する危害を防止するためには、鉱業権者の自主保安の原則に基づく自主的努力や炭鉱労働者自身が採り得る自衛手段のみでは足りず、国の後見的監督が不可欠であり、国の後見的監督と鉱業権者の努力が相まって初めて有効に危害を防止することができるとの立場から、鉱業権者が粉じん作業について最低遵守すべき、重要な保安基準を炭則により設定し、鉱業権者に対する個別的指導のほか、違反者に対する刑事責任を課すことによって、その実効性を確保し、もって炭鉱労働者に対する危害の防止を図ることにあると解される(同法一条、三条一項一号、二項、四条、三〇条参照)。

ただ、同法が目的の一つとする炭鉱労働者に対する危害の防止には、もちろんじん肺の予防も含まれるが、同法が目的とするじん肺の予防は、主として炭鉱の粉じん作業場での粉じん防止を通じて達成されるべきものであり、それ以外の一般的なじん肺の予防及び健康管理はじん肺法、安衛法の目的とするところである(じん肺法一条、五条、安衛法一条参照)ことは留意しておく必要がある。

したがって通産大臣は、省令立法権限を行使するにつき、保安法が炭則に保安基準の設定を委ねた趣旨、目的に従い、じん肺防止の目的を達成するために、高度に専門的かつ技術的知見に基づく裁量により、設定すべき保安基準の内容等を合理的に判断すべきところ、前記のとおり、炭則の定める保安基準は、鉱業権者が最低遵守すべき、重要な保安基準であり、他方鉱業権者は、労働者との雇用契約に付随して履行すべき安全配慮義務を負担し、その内容は、その当時の実践可能な最高の技術水準に基づくものであることを要するから、炭則の定める保安基準は、右安全配慮義務の内容と必ずしも一致する必要はないが、炭鉱労働者に対する危害防止の見地からして、右安全配慮義務の内容とその重要な部分においてある程度共通するものであることを要し、仮に炭則による保安基準が鉱業権者に求められる安全配慮義務の内容より大幅に低水準であり、しかもこれが改正されず、その状態が長期間続くという事態になれば、保安法が通産大臣が制定する炭則に保安基準の設定を委ねた趣旨、目的に反し、相当でないというべきである。

そして、通産大臣の省令立法権限の不行使が保安法が保安基準の設定を炭則に委ねた趣旨、目的のほか、前記第二の三説示のとおり、被侵害法益の重大性及び危険の切迫性、予見可能性、結果回避可能性など当該具体的事情に照らし、著しく不合理であると判断されるときは、通産大臣の省令立法権限の不行使は、当該炭鉱労働者に対する関係でも作為義務違反となり、国賠法上違法になると解すべきである。

(二)  そこで、通産大臣は、昭和六一年一一月一日よりもっと早い時期に炭則を改正して、炭鉱鉱山におけるけい酸質区域指定制度を廃止し、鉱業権者に対し、炭坑の全坑内作業場において衝撃式さく岩機を湿式化し、さく岩機への給水のための配水管を敷設し、これに粉じん量を別に告示する限度まで減少させるに必要な給水をし、さく岩機による穿孔前の岩盤等に対する散水、発破後の待機の義務を課し、湿式のさく岩機を使用する場合でもこれと併せて防じんマスクを使用させるべき義務を課すべきであったか、右の義務違反が著しく合理性を欠くものと判断し得るものであるかについて検討する(なお、湿式さく岩機への給水量の基準となるべき粉じん恕限度の告示自体については、別途検討する。)。

炭鉱の作業中、最も濃厚な粉じんが発生、飛散するのは衝撃式さく岩機による穿孔と発破であり、したがって右作業中の粉じんの発生を防止するとともに、それでもなお飛散、浮遊する粉じんを吸入しないようにすること、具体的には、①炭坑の全坑内作業場において使用する衝撃式さく岩機を湿式化し、さく岩機への給水を十分にし、さく岩機による穿孔前には岩盤等に散水し、②発破後は粉じんが十分に沈降するまで待機させ、③これと併せて防じんマスクを使用することが基本的で効果的な粉じん防止策であることは、前記1ないし3で検討したところからして明らかであり、これらの粉じん防止策は炭鉱企業に義務づけられたじん肺防止のための安全配慮義務の内容の一部として認定されているところである(第五章、第一の三1)。

右見地からすると、けい酸質区域指定区域での粉じん防止策を定めた炭則の旧二八四条の二の規定も、前記③の防じんマスクの併用を義務づけていない点で妥当性を欠き、また、けい酸質区域指定区域外の粉じん防止策を定めた旧二八四条の規定は、前記①の衝撃式さく岩機の湿式化を明示していないほか、前記②の発破後の待機義務、右③の防じんマスクの併用使用義務を認めていない点(ただ、この点は前記3、(一)、(1)で説示したとおり、昭和五四年一二月一七日の炭則改正で相当の制限がなされた。)など基本的な粉じん防止策を欠き、より不合理というほかはない。

もっとも前記1のとおり、炭則の旧二八四条の「粉じん防止装置」には、湿式さく岩機、収じん機も含まれるとされていたのであるから、湿式さく岩機等を明示しなかったことによる事実上の規制力の点の問題はあるものの、発破後の待機義務の点を除けば、けい酸質区域と変わらなかったことになる。そして発破後の待機は、炭鉱では有毒ガス吸入防止、炭じん爆発防止の目的からではあるが、古くから行われ(法令による規制としては、昭和二八年四月一日改正による炭則一九二条の二)、また炭鉱によっては、昼食時発破や上がり発破も試みられており、粉じん防止を目的とするものでなかったことによる限界はあったものの、浮遊粉じん吸入防止にもある程度効果があったことが認められる(第五章の第一、二、1、(一)、(二)、4、(四)、(2)、Ⅱ及び第二、三)。

そうすると、昭和六一年一一月改正前の炭則による粉じん防止策は、前記①の点は具体的方法の明示を欠き、事実上の規制力に問題はあるものの、炭則の規定そのものはあったのであり、前記②の点は粉じん防止を目的とする規定はないものの、防爆目的からの対策が一部ではあるが粉じん防止の効果を上げており、粉じん防止のための発破後の待機義務を課した規定の不備は、事実上ある程度補われたことになること、さらに、炭鉱企業のじん肺防止のための安全配慮義務の内容とされている前記1の(二)の炭壁注水については昭和二八年四月の炭則改正(一四一条)により、同(四)の通気については炭則制定当初から規定されているところであり、いずれも主として有毒ガス吸入防止、炭じん爆発防止の見地からの規制ではあるものの、これが粉じん防止にも効果があることが認められる(第五章第二の五の説示)ことなどをも考えると、前記③の規定を欠いていることがなお問題として残るが、炭鉱企業の安全配慮義務の内容とされている基本的な粉じん防止策をある程度充足するものであり、少なくともこれより大幅に低水準というものではない。

したがって、昭和六一年一一月改正前の炭則の内容は、前記保安法の委任の趣旨からして、妥当とはいい難いが、右の事情のみではこれが著しく不相当とまではいうことができない。

そこで、通産大臣が昭和六一年一一月一日まで炭則を前記(二)の内容に改正しなかったことが、著しく不合理であり、裁量権を濫用し、若しくは逸脱したものであったかどうかについて、さらにその時代の医学的知見、工学的技術水準、被侵害法益の重大性及び危険の切迫性、予見可能性、結果回避可能性、その他の諸事情を総合的に検討して判断することとする。

(三)  炭鉱におけるけい肺、じん肺の発生と被告国の予見可能性

(1)  前記第三章の第三の一によると、じん肺は粉じんを吸入することによって肺に生じる線維増殖性変化を主体とし、この線維増殖によって肺胞部分を埋められ、肺の機能であるガス交換が低下させられ、さらに心肺機能の低下により死亡するに至る疾患であり、合併症として気管支炎、急性肺炎、肋膜炎、肺気腫、続発性気胸、気管支拡張症、肺結核等がある、そして一旦形成された線維増殖は粉じん作業から離脱した後も進行し、現在の医学ではこれを停止し、正常の組織に復元させる治療法がない、不可逆性の疾病である。

もっとも、じん肺は、発症に要する期間が比較的長く、発症後の進行も緩慢であることにその特徴があり、特に炭鉱夫じん肺はその傾向が強いとされていることからすると、その対策に要請される緊急性にも自ずから程度の差があることは認めざるを得ない。ただ、じん肺の右特徴からすると、じん肺防止の効果が現れるのにも長期間を要することになるだけに、炭鉱におけるじん肺発症の知見を得た初期のうちはともかく、多数の有所見者が継続的に発生しつつある状況のもとでは、地道な対策を要することも否定できない。

なお、じん肺有所見者の症状を悪化させないための作業転換等を含む健康管理の措置は、じん肺法に基づき労働省が所管するところであり、通産省が所管する粉じん防止(第三章、第五の一)によるじん肺防止の問題ではない。

(2)  じん肺は、当初けい肺と呼ばれ、遊離けい酸分を含む粉じんを吸入することによって肺に生じる線維増殖性変化の疾病とされた。戦後昭和二三年度から昭和二九年度まで労働省巡回けい肺検診(炭鉱については昭和二三、二六年度を除く。)が行われたが、このころまでには、被告国もけい肺の原因や発生機序、病理等について、被告六社と同様の医学的知見及びけい肺防止に関する工学技術的知見を得たものというべきであり、さらに右検診の結果、昭和二四年、二五年の両年度だけで七炭鉱、八七三二名が受診し、うち五七二名がけい肺罹患者であることが判明し、このまま放置すれば患者の増加や症状の増悪につながる具体的危険性が存在することを認識することができた。その結果、昭和二五年八月二六日の炭則改正により、炭鉱においても、けい酸質区域指定制度等のけい肺対策が取られた。前記労働省巡回けい肺検診がすべて終了した後、昭和三〇年七月二七日にけい特法が制定され、これに基づき昭和三〇年度から三二年度まで政府けい肺検診が実施され、これによって改めて炭鉱夫に多数のけい肺患者が発見されるに至った(第三章)。

昭和三〇年、佐野辰雄は、前記第三章のとおり、粉じんを有害と無害に分けたり、じん肺を悪性と良性に分類したりすることに反対し、すべての粉じんが長期間、多量に吸入されるときは有害であるとし、粉じんの有害性を質と量の相関関係において把握すべきであるとの見解を発表し(「特集けい肺とじん肺」)、以後このような考え方が支配的になっていった。また、昭和三二年に渡辺恒藏論文「実験的炭肺について」が刊行され、これにより、遊離けい酸分を4.24%しか含有しない石炭塊から製造した炭じん、すなわち通常の炭じんのみでも高度の線維増殖性変化が生じ得るとの動物実験結果が発表された。右研究結果は、炭じんに限らず、遊離けい酸分含有率は低くても不溶性ないし難溶性の粉じんに、大量にかつ長期間暴露する作業場においては、粉じん対策が必要であることを医学的に実証したものというべきである。

してみれば、被告国は、前記政府けい肺健診がすべて終了した昭和三三年四月の時点では、炭鉱夫じん肺について、従来のけい肺防止の観点から脱却し、より広くじん肺(炭鉱夫じん肺)防止の観点に立って、粉じん防止のために必要な規制権限を行使すべきことを認識し、または容易に認識し得たというべきである。

(四)  結果回避可能性、補充性について

(1)  前記(二)の内容の粉じん防止策は最も基本的なものであり、炭鉱企業がこれを完全に遵守することにより、炭鉱で粉じん作業に従事する炭鉱労働者の粉じん吸入量が大幅に減少し、じん肺の予防に相当の効果があることは前記認定(第五章の第一、二、4)に照らし、明らかというべきである。

しかし、右の効果も本件従業員らが在籍し、粉じん作業に従事した被告六社ほかの炭鉱企業が炭則による基準を遵守する(その結果として雇用契約に付随する安全配慮義務が履行される)ことによって、初めて生ずるのであり、被告国による炭則の改正及びこれに基づく指導監督は、鉱業権者の安全配慮義務の履行に重大な影響力を行使することになるに過ぎず、行政官庁の規制権限の行使によって被害発生の予防ないし回避が直接かつ確実に効果を生じる類いの規制権限の行使の場合とは異なり、右改正が直ちに粉じん発生の防止ないしじん肺の防止につながるとは言い難く、その意味では結果発生の回避は不確実性を伴い、少なくとも容易とは言い難い。

(2)  もっとも、炭鉱企業は、戦後石炭統制がはずれた昭和二四年九月以降も、好、不況の時代を通じ、被告国の強力な石炭政策のもとで発展し、漸次縮小へと向かったのであるが、この間効率と採算性を厳しく追及せざるを得ない環境にあったのであり、このような石炭企業の経緯、環境からすると、粉じん防止対策の要否・程度、実施の時期・方法等について、炭鉱企業の完全な自主的判断に任せ、行政が関与しないとすれば、粉じん防止対策は進まず、また企業間に大きな矛盾、不統一が生じるおそれが大きいということは認めるほかなく、したがって、被告国が規制権限を行使し、鉱業権者に対し粉じん防止対策の実施について指導監督することが、炭鉱夫じん肺の一層の集団的発生を防止する上で有効であることは言うまでもないことであり、とりわけ被告国による指導監督の基準となり、炭鉱企業が遵守すべき保安基準を定めた炭則に、粉じん防止策として基本的に不合理な点があれば、被告国は可及的速やかにこれを是正することがじん肺を予防する上で極めて重要である。

しかし、炭鉱労働者も遅くともじん肺法が施行された昭和三五年三月以降は一般的にじん肺の知見を得たか、又は容易にこれを得ることができたというべきであり、じん肺防止ないし粉じん防止について個々的にあるいは労働組合を通じて、労働契約の相手方である炭鉱企業に対し、直接是正、改善を求めることができたのであり、特に前記炭則の改正で最も問題となる防じんマスクの備付け及び着用については、労使の対応によって十分に解決が可能と思われ、実際に内容が不十分ではあるが、労使間で協定が締結された事例もあった(昭和三〇年八月、三井鉱山、昭和二九年二月、三菱、第五章の第二、七の2、昭和二八年四月、被告住友、昭和三〇年一二月、被告古河、同年同月、被告日鉄。)。

(五)  期待可能性について

前記戦後の大衆運動と行政、立法の動きに(第三章、第四の二の1)照らすと、戦後昭和二〇年代前半には金属鉱山を中心としてけい肺対策を求める運動が高揚し、昭和三〇年代に入ると、これがけい特法やじん肺法という具体的な法律の制定につながったものであり、けい肺ないしじん肺防止が国民が国に強く期待し、持続的に要求した課題であったことは明らかである。しかし、悲惨な「ヨロケ」患者の発生が金属鉱山にみられた現実を反映して、大衆運動は金属鉱山を中心とするものとなり、運動目標の面でも金属鉱山におけるけい肺対策が前面に出、炭鉱におけるけい肺ないしじん肺防止は、金属鉱山と比較し、派生的、二次的な面が強かった。

(六)  じん肺有所見者の推移

昭和三五年以降昭和六一年までの炭鉱と金属鉱山におけるじん肺有所見者の推移をみるに、証拠によると、別表二の四四の二、三のとおり、有所見率は右の期間一貫して金属鉱山の方が高いが、労災認定率では昭和三七、三八年と炭鉱の方が高いほか、昭和四〇年以降一貫して炭鉱の方が高率であることが認められる。

右統計によると、金属鉱山においては、既に昭和二八年四月までに、金則により全坑内作業において衝撃式さく岩機を湿式化し、かつ防じんマスクの備え付けを義務づけていたのに、なお炭鉱より高い有所見率を示していることを考えると、まず金属鉱山についてより厳しい粉じん防止策がとられたことも止むを得ないというべきである。しかし、労災認定率では昭和四〇年以降一貫して炭鉱の方が高いことを考えると、同年以降のなるべく早い時期に、炭鉱についてもより厳しい粉じん防止策が要請されるべきことも否定できない。

(七)  石炭鉱業の合理化策の影響

前記第三章、第一、二のほか、証拠によると、昭和三〇年九月に石炭鉱業合理化臨時措置法が制定され、スクラップ・アンド・ビルド策が推進され、一時は国内景気と海外事情もあって、好況を迎えた時期もあったものの、昭和三三年以降は厳しい合理化にも拘らず、石炭鉱業の構造的不況は、次第に深刻化の度を深めて行き、昭和三八年から昭和四八年にかけて、石炭鉱業調査団ないし石炭鉱業審議会の答申による第一ないし第四次の石炭政策が実施されたが、これらは当初試みられた海外エネルギーとの厳しい価格競争を諦め、一定量の国内炭による最小限の自給力を確保しつつ、石炭鉱業の円滑なる縮小を目的とするものであり、次第に後者に重点が移動していく過程をたどり、必然的に大量の炭鉱離職者の救済と炭産地振興が社会的関心を集め、これが政策の重点となって行ったことが認められ、これらの事情は前記(五)の期待可能性を減弱させるか、あるいは規制権限行使の裁量の収縮に消極的に働く事情である。

また、このような国家的要請に基づくスクラップ・アンド・ビルド策推進のまっただ中にあり、生き残る企業にとって前記(二)の内容の粉じん防止対策の強化に応えるための設備機械への投資とこれによる生産性の低下が大きな負担となったであろうことは十分に考えられるところである。しかし、労働者の生命・健康と生産性とを同列に置くべきではないのであるから、この点は前記の事情とは異なり、規制権限行使の裁量の収縮に消極的に働く事情として考慮に入れることは許されない。

(八)  炭鉱災害について

証拠によると、別表二の五のように、昭和三五年から昭和四〇年にかけて稼働炭鉱は激減したにもかかわらず、炭じん爆発など炭鉱災害はそれほど減少せず、この間通産省は、国会の決議等を受けて、炭鉱の保安監督の機構を強化し、監督官等の人員を増加し、巡回指導の回数を増やすなど保安監督を強化した。これらは瞬時に多数の死傷者が出る炭じん爆発などの炭鉱災害の防止という、緊急を要する目的のための行政措置であり、発症及び進行が緩慢なじん肺の特徴を考えると、これら両方の行政課題の遂行が困難と認められる事情があるときは、じん肺防止のための鉱山保安行政がある程度遅れてもやむを得ない面があることは否定できない。

しかし、もともと炭鉱の災害率が高い水準を維持し、減少しないのは、多分に被告国が推進した合理化により、技術の高度化、装備の大型化、複雑化を来し、保安技術がこれら合理化に追いつけなかったことにあることが認められ、法的責任は別として、国の石炭政策にも原因があること、前記被害の重大性、全国の炭鉱で粉じん作業に従事する労働者が減少したとはいえ、なお相当数にのぼること、右炭鉱災害防止のための行政措置に比較し、前記内容に炭則を改正するための準備作業にはそれほどの人的、経済的負担、手続のための期間を要しないと思われることなどを考えると、何時までも炭鉱災害の防止のための行政の後回しにされ、じん肺防止のための行政措置が取られないというのは相当でない。しかして、前記別表によると、昭和四二年以降は、炭鉱災害も比較的少なくなり、一時増加された前記監督官等の人員も同年以降は減少させられているのであるから、同年以降はじん肺防止のための行政措置をとる余裕もあったというべきである。

(九)  稼働炭鉱及び炭鉱労働者数の推移

全国の稼働炭鉱及び炭鉱労働者の数は昭和三一年頃から減少を始め、昭和四三年には全国の稼働炭鉱数は一六五炭鉱と激減し(別表二の五)、そのうち九州については、昭和五〇年には八炭鉱、昭和六〇年には三炭鉱とさらに激減した。

一方けい酸質区域指定は、昭和五〇年には全国の甲種炭鉱一六炭鉱中、一一炭鉱が指定を受け、昭和六一年には一〇炭鉱中、九炭鉱とほとんどの炭鉱が指定されるに至り、各炭鉱でけい酸質指定区域外でも衝撃式さく岩機の湿式化が普及したため、最早けい酸質区域指定制度を維持する必要がなくなったとして、通産大臣は、同年一一月一日炭則を改正して右制度を廃止した。昭和三七年以降の甲種炭鉱を除く炭鉱についてのけい酸質区域指定状況は詳らかではない。

以上の諸事情を勘案して検討するに、まず、発症及び症状の進行が緩慢であるというじん肺の特徴からすると、危害の切迫性の程度はやや低く、少なくともじん肺の知見を得た後の比較的初期については、これに対応して要請される対策の緊急性の程度も低いことは認めざるを得ないこと、そして何よりも先ず、もともとここで問題としている規制権限の行使は、炭則のより合理的な内容への改正であり、前記(二)で検討したところによると、昭和六一年一一月一日改正以前の炭則でも相当の内容の粉じん防止策が規定されているのであり、またじん肺の防止は、前記第五章、第一、四の1で検討したとおり、前記(二)の①ないし③の粉じん防止策、それ以外の工学技術的粉じん防止策、さらには粉じん作業時間の短縮などをも含む多様な手段があるのであるから、その意味では前記内容の炭則の改正によって達成されることが期待されるじん肺防止の効果はもともと全面的なものではないこと、その上、じん肺の防止が炭則の改正によって直接もたらされるのではなく、被規制者である多数の炭鉱企業がこれを遵守してはじめて達成されるものであるため、不確実性を伴い、必ずしも結果の回避が容易とは言い得ず、この点では規制権限の行使によって、直接かつ全面的に危害を防止ないし回避し得る類いの規制権限の行使の場合と異なること、むしろ本件については、炭鉱労働者ないしその組合によって直接炭鉱企業に対し、粉じん防止策について是正、改善を求めるのが本則であり、かつそれが可能であること、特に昭和六一年一一月一日改正以前の炭則で最も問題とされる前記③の防じんマスクの併用については、労使の対応によって十分に可能であることなどのほか、前記(三)ないし(五)、(七)ないし(九)の事情を考慮すると、原告主張の裁量権収縮の要件の充足自体全体にやや薄弱であり、特に結果回避の可能性ないし補充性の要件の充足が不十分であり、原告ら主張の炭則改正による制度の整備については、通産大臣に本件従業員との関係で作為義務違反を認めるべき余地は少ないと言わざるを得ない。

それにしても、昭和六一年一〇月三一日まで炭則の旧二八四条、二八四条の二の規定を前記(二)の内容に改正しなかったのは、遅きに過ぎることは否定し難いので、なお検討する。前記(三)の(2)によると、被告国がけい肺に止まらず、広く炭鉱におけるじん肺防止の必要性について認識を得たのは昭和三三年四月であり、前記(六)で見たとおり、昭和三六年頃までは炭鉱におけるじん肺の有所見者率、労災認定者率とも、金属鉱山より低く、有所見率自体は昭和五三年まで相当の減少傾向を示していたこと、また前記(八)、ないし(一〇)によると、もともと炭鉱における鉱山保安行政の最大の課題は炭じん爆発などの事故防止にあり、特に昭和四一年頃まではそうであったこと、昭和四二年以降炭じん爆発などの事故も減少しだしたが、既に昭和三一年頃から始まった稼働炭鉱及び炭鉱労働者数は、昭和四〇年代になっていよいよ激しく減少し、当時の社会の関心は炭鉱離職者の救済と産炭地域の振興により向けられていったなど前記認定の諸般の事情をも総合して判断すると、もともと裁量収縮の要件の充足自体全体にやや薄弱なことに加え、これを補強するに足りる事情よりはむしろその反対の事情の方が多く認められるのであって、そうすると、本件従業員のうち、一番最後まで炭鉱企業に在籍し、粉じん作業に従事した昭和五九年一〇月まで(原告番号二〇八の原告らの被相続人白橋好夫)の期間を検討してみても、通産大臣が炭則を前記(二)の内容に改正しなかったことが、保安法が炭則の改正を委任した趣旨、目的に反し、本件従業員らとの関係で作為義務に違反し、違法であると判断されるほどに著しく不合理であり、裁量権を濫用もしくは逸脱したとまでは認めることはできない。

次に恕限度告示について検討するに、昭和六一年一一月改正前の炭則のもとでは、恕限度告示は、けい酸質区域制度と一体の制度として意義があるところ、けい酸質区域制度の効用とその限界は前記2で検討したとおりであり、したがって告示の効用あるいは告示をしないことの不合理性も相対的に小さいものとなる。ところで、前記2によると、通産省鉱山保安局は、昭和二九年七月、中央鉱山保安協議会に諮問したが、その具体的数値の設定をめぐる労使の意見の対立のためまとまらず、その時点ではやむを得なかったとしても、その後告示に向けた試みがなされていないのは問題といわざるを得ない。ただ、既に昭和三〇年一〇月三一日の炭則の改正で湿式さく岩機へ給水のための配水管の敷設を義務づけており、炭鉱企業においてこれを遵守して配水管を敷設し、昭和二九年の恕限度専門部会案や昭和三三年の労働基準局発表の「粉じん抑制目標限度」、あるいは各炭鉱における実験による基準値などを参考に給水すれば、粉じん防止の効果が相当上がるのであり、そのための環境の整備には十分になっている。このほか、前記認定の諸事情を検討すると、通産省が恕限度を告示しなかったことが、本件従業員らとの関係で作為義務に違反し、違法であると判断されるほどに著しく不合理であり、裁量権を濫用もしくは逸脱したとまでは認めることはできない。

二  炭鉱企業に対する指導監督について

1  粉じん防止対策に関する指導監督について

(一)  鉱山保安年報によると、通産省鉱山保安局は、昭和二七年に炭鉱の岩石掘採作業における粉じん防止対策の基礎資料にするため、掘採作業場の状況、湿式さく岩機の使用状況、さく岩機湿式化の計画等について調査し、昭和二八年には各鉱山保安監督部、石炭業界の関係者ら二一名が、早大中野教授等の指導下に一週間にわたって、粉じん採取及び計数要領、石炭鉱山における粉じん調査方法について講習を受け、続いて受講者により四班を編成し、宇部一、福岡八、札幌三の各炭鉱につき、粉じん発生状況について調査を行ったこと、昭和二九年には、北海道、九州の炭鉱においてさく岩及び発破作業に伴う粉じんの実態調査をし、今後の粉じん対策の資料とし、さらに、資源技術試験所と協力して、五四炭鉱五〇〇有余の資料について、岩石掘り進切羽のさく岩繰粉を分析し、これに含有される遊離けい酸分を測定し、今後のけい肺対策の資料としたこと、昭和三〇年には、前年に引き続き一〇五鉱山(一五四坑)の岩石中の遊離けい酸分析調査を行い、各炭鉱の粉じん発生状況を調査(合計三四回)したこと、昭和三〇年一〇月けい特法が施行され、その後昭和四〇年に至るまで、けい酸質区域指定の資料とするための遊離けい酸分の分析調査(昭和三一年三五件、昭和三二年五四件、昭和三四年六一件、昭和三五年八四件、昭和三六年七四件、三七年七〇件、三八年七〇件、三九年二三件、四〇年一二件)、粉じんの発生状況ないし抑制状況の調査及びこれに基づく指導(昭和三一年二八件、昭和三二年二五件、昭和三四年八件、昭和三五年六件、昭和三六年七件、三七年八件、三八年八件、三九年三件、四〇年三件)がなされたことが認められるが、右の点以外に具体的な指導監督に関する記述はない。

(二)  昭和三〇年度の鉱山年報によると、通産省は、当時の情勢としてけい肺に関する社会的関心が益々高まり、けい特法が制定、施行され、金属鉱山及び炭鉱に対するけい肺予防のための粉じん防止に関する規定を整備する必要が出てきた、との認識を持ったことが認められ、実際に金則や炭則の規定を改正している。このように、通産省がけい特法の制定、施行を機に、炭鉱についてもけい肺防止問題の重要性を認識したことは、昭和三三年度の鉱山年報によっても認められる。

特に金属鉱山については、計画的にけい肺対策を樹立し、鉱山企業を指導してその実施に努めさせ、大きな成果を収めたことが明らかである。すなわち、①昭和二七年度から二九年度までは衝撃式さく岩機の湿式化が計画され(昭和二九年末までに一〇〇%目標達成)、②昭和三〇年度から三三年度までは坑内配水管の敷設が計画された(昭和三四年三月末に一〇〇%目標を達成)。また、③昭和三四年度以降は、①②の成果の上に立って、遊離けい酸含有率が一〇%以上で粉じん濃度が基準濃度を超える鉱山に対する特定検査の実施とこれに基づく粉じん対策に向けての指導監督をし、④さらにウォータースプレイ用ノズル、静電ろ層防じんマスク、湿潤剤及び風管内粉じん処理法等の研究開発の促進、助成がなされた。

そのほか、通産省の金属鉱山に対する特定検査実施の基準として、衝撃式さく岩機を使用する作業場であることのほか、①遊離けい酸含有率が一〇%以上であること、②粉じん濃度が基準濃度を超えることが定立されていることは、けい酸質区域指定制度や恕限度告示制度との関係で極めて注目される。

また、右特定検査に基づく具体的な指導監督が重層的、総合的であるばかりでなく、さく岩機への給水量に最低基準(1.5l/m)を設定するなど、対策の客観化、合理化に踏み出していることも注目される点である。

これに対し、炭鉱に対する通産省の指導監督は立ち遅れが目立ち、けい酸質区域指定のための遊離けい酸分析調査と粉じん発生ないし抑制状況調査、粉じん発生状況調査のほかに、各種粉じん防止対策についても指導監督がなされたが、金属鉱山に比較すると、徹底を欠いた。

このような特徴は、けい特法が制定施行された昭和三〇年度以降も、旧じん肺法が制定施行された昭和三五年度以降も殆ど変わりがなかった。

福岡鉱山保安監督局では、年度初め炭鉱企業に粉じん防止対策を含む保安計画書を提出させ、これに基づき事情聴取するほか、年二回行う炭鉱に対する巡回検査の際は石炭鉱山監督簿を携行し、粉じん防止対策も含め、必要な検査はこれに基づき行っていた。右監督簿に列挙された検査項目は、炭則の殆ど全部の保安規定にわたり、大部分が炭じん・ガス爆発、落盤等の炭鉱災害防止の観点からのものであるが、粉じん防止については、けい酸質区域非指定区域の著しく粉じんの飛散する坑内作業場において粉じん飛散防止装置の設置、散水等の措置を講じているか、けい酸質区域においては湿式さく岩機を使用し、かつ給水しているかなど、炭則二八四条、二八四条の二に則するものとなっている。そのほか、昭和二八年一一月、被告古河の目尾鉱業所において、さく岩機の湿式化及び防じんマスクについて指導したこと、昭和三一年から昭和三三年にかけて貝島炭鉱(大之浦炭鉱)において数回防じんマスクの着用を指導したこと、昭和三四年二月、同被告の目尾、下山田、大峰の三鉱業所で粉じん測定、散水、防じんマスク等の保安技術について指導したこと、昭和四三年五月二二日から同年一一月二九日にかけて山住炭鉱、新北松炭鉱、第二竹之迫炭鉱、竹之迫炭鉱、新高野炭鉱について総合検査をした際、防じんマスクの着用ないし散水を指導したこと、昭和四六年七月二二日、江迎炭鉱の指定区域について穿孔前の岩盤等に対する散水、衝撃式さく岩機の湿式化を指導したことが認められる。

(三)  以上によると、被告国の粉じん防止対策についての指導監督は、金属鉱山に比較すると、徹底を欠いているものの、炭則の粉じん防止規定に則り、一応の指導監督はなされており、被告国は、罰則を伴う一般的な保安基準を定め、これによって炭鉱企業が右保安基準を遵守することを期待するという鉱山保安行政における監督責任の性質、前記一の5認定の諸事情を考慮すると、被告国の指導監督が著しく合理性を欠くということはできない。

2  じん肺教育に関する指導監督について

(一)  本件各炭鉱企業におけるじん肺教育について

保安法六条一、二項及び炭則四〇条は、鉱業権者は、著しく粉じんが飛散する作業場に就業させる労働者について、粉じんに関する保安のための教育を施さなければならないなどと規定し、保安のための教育が一次的には、鉱業権者にあることを明らかにしているところ、前記第五章第三の八の認定によれば、炭鉱における従業員に対するじん肺教育は、質量ともに極めて不十分であり、炭鉱夫にじん肺発症の原因、機序、病像や実際の粉じん作業において粉じん暴露から自己を防禦する必要性ないしじん肺防止対策の意義等を認識させる上で到底十分なものではなかった。

(二)  被告国の指導監督について

(1)  被告国がじん肺教育のために行なった施策

Ⅰ  鉱業労働災害防止協会に対する援助等

昭和三九年、鉱業労働災害防止協会が設立され(第三章)、鉱山における粉じん保安教育担当者講習を開催し、各炭鉱における粉じん教育担当者の養成に当たったが、被告国は同協会に補助金を支出し、同協会が発行する教育用テキストの編集に参加し、右講習会に講師を派遣した。

Ⅱ  保安技術講習所ないし保安研修所における教育

保安技術講習所は、昭和二五年二月に開設され、昭和六三年七月保安研修所と改称されたものであるが、同所で行われる保安技術職員等を養成するための研修のうち、坑内保安係員、坑外保安係員等を養成するための教育では、粉じんに関する衛生上の知識を教授し、特殊な保安技術に関する教育では、粉じん防止、粉じん測定等、粉じん対策専門の教育を実施した。

Ⅲ  講習会

被告国がけい肺ないしじん肺予防及びその健康管理のため戦後実施した主な講習会は、次のとおりである。

①  昭和二四年、全国主要鉱山で巡回けい肺講演並びに映画上映を実施した。

②  昭和二五年三月、都道府県労働基準局の労災補償の業務上外の認定に携わる労働基準監督官及び医師等約五〇名を集めて、けい肺の病理とエックス線診断等についての講習会が開催された。

③  昭和二七年六月及び昭和二八年六月、労働省労働基準局と本業衛生協会の共催で、鉱山における医師を対象とした鉱山衛生けい肺講習会が開催された。

④  昭和二八年六月、鉱山及び窯業工場等における医師を対象としたけい肺講習会が開催された。

⑤  昭和二九年一月、鉱務監督官及び炭鉱技術者を対象として、粉じん測定講習会が開催され、粉じん測定技能修得のための講習が実施された。

⑥  昭和三〇年及び昭和三一年、鉱山保安局が主催して、各地の鉱山保安技術講習所(保安研修所の前身)で合計一二回の粉じん講習会が開催され、⑤の講習会の資料をもとに鉱山保安局が作成したテキスト「粉じん測定法」を使用して、粉じん問題の啓蒙と粉じん測定技術の普及のための講習が実施され、また労働基準局が主催して衛生管理者等を対象にけい肺についての一般的な講習会が開催された。

⑦  昭和三五年には福岡鉱山保安局では、鉱山保安運動を推進するため、管内の全炭鉱企業に対し、保安教育推進員を選定するように通達した。

Ⅳ  テキストの発行等

保安技術職員等を養成する教育では、当初、鉱山保安監督局自らテキストを作成していたが、昭和四〇年頃からは鉱業労働災害防止協会が発行したテキストを使用するようになり、被告国はその編集に関与している。そのほか被告国は、同協会が作成するスライド、映画の監修にも関与している。

Ⅴ  粉じん則の制定

昭和五四年四月に制定された粉じん則で、粉じん作業に従事する労働者に対する粉じん教育実施の必要性が規定され(二二条)、これを受けて昭和五四年一二月に炭則が改正され、著しく粉じんを飛散する作業場に就業させる労働者に対する粉じん教育実施の必要性が規定され(四〇条)、昭和五五年二月の通産省告示四五号でその具体的な教育事項が定められた(第五章の第二の八)

(2)  被告国のじん肺教育に関する行政についての検討

Ⅰ  じん肺教育の内容は、第一に、粉じんの有害性、じん肺の原因、発症機序、病像等について、炭鉱夫、保安ないし衛生担当者、炭鉱医師等を教育ないし啓蒙し、あるいはこれを養成することが重要な内容であることはもちろんであるが、それに止まらず、最終的にはじん肺教育が粉じん作業に従事する炭鉱夫の実際の作業方法の改善や点検及び炭鉱夫自身の意識の高揚に現実に結び付くようなものであることが重要であり、このようなものであって初めて、じん肺防止対策全体が所期の目的を達成できるものといわなければならない。これを具体的にいうと、例えば湿式さく岩機に給水し、本来の使用方法に従って使用するとか、防じんマスクを装着し、フィルターの洗浄や交換を適切に行うなどの基本的な対策について、不断の教育や具体的指導、点検ないし監督を行うことが必要である。

Ⅱ  したがって、行政機関のなすべきことは、炭鉱企業が炭鉱夫、保安ないし衛生担当者、炭鉱医師等に対し、じん肺教育を施すための管理体制、すなわち炭鉱夫に対する不断の教育や具体的指導、点検ないし監督を各炭鉱で本格的に実施する体制を作り上げるように、炭鉱企業に対し指導監督することであり、必要であれば実態調査を行って現状の把握に努めることである。

しかして、これに必要な職務権限については、新鉱業法、保安法、旧労基法及び安衛法等に、通産大臣、通商産業局長、鉱山保安監督局長等及び鉱務監督官並びに労働大臣、都道府県労働基準局長、労働基準監督署長及び労働基準監督官等が炭鉱企業に対し、種々の許認可、許認可の取消、鉱業ないし作業の停止、検査・求報告・質問等をなす権限が規定されており、前記のとおり(第三章)、行政機関が右規制や指導監督をなすのに必要な法律上の権限につき、格別不足するところはなかったというべきである。

Ⅲ  しかるところ、本件各炭鉱企業における粉じん教育は十分に行われず、炭鉱夫らのじん肺やその防止対策に対する認識が極めて貧弱なものであったことは前記認定のとおり(第五章の第二の八)であったが、その回数等全容は明らかではないものの、被告国において炭鉱企業に対して労働安全衛生を推進するための体制作りを指導した事例も認められるところである。

(三)  じん肺教育で重要なのは、炭鉱夫に粉じんの有害性、じん肺の原因、発症の機序、病像等について一般的に認識させるだけではなく、粉じん作業に従事する炭鉱夫の実際の作業方法の改善や点検及び炭鉱夫自身の意識の高揚に現実に結び付けることであるとすれば、じん肺教育は、炭鉱夫が就業に当たって必要なじん肺防止対策、例えば湿式さく岩機に給水し本来の使用方法に従ってこれを使用するとか、防じんマスクを装着しフィルターの洗浄や交換を適切に行うなどの対策を取っているかを日々点検する中で、炭鉱夫のじん肺防止対策の意義についての認識を深めていくのが最も効果的である。

したがって、鉱山保安や労働安全衛生の監督機関が最も力を入れるべきは、衝撃式さく岩機の湿式化を初めとする工学技術的粉じん対策に関する規制(炭則の整備を含む。)の導入及び実施であって、じん肺教育は、ごく初歩的、一般的なものを除き、基本的にはこれに随伴する事項となる。

ところが、被告企業らを含む炭鉱企業における工学技術的粉じん対策の程度、炭則の定める粉じん防止策はすでに検討したとおりであるが、本件従業員らの中には、炭鉱企業が折角備え付けた工具類についても正しい用法に従わない者もあり、その点では前記のような意識の高揚にまでは到底及ばず、被告企業らのじん肺教育は徹底を欠いたといわざるを得ない。

しかしながら、炭鉱夫に対するじん肺教育実施の第一次的責任は炭鉱企業にあり、炭鉱企業には法定の保安衛生管理体制が存在すること、被告国は、あくまで炭鉱企業の教育実施についての指導監督、教材作成等の教育環境の整備を図ることが期待されることを考慮すると、被告国は、戦後、鉱山医師を対象としたけい肺講習会の開催、保安技術講習所(現保安研修所)における保安技術職員等に対する粉じんに関する研修、各種テキストやスライドの編集・発行に対する協力や援助等を実施しており、また炭鉱企業に対して労働安全衛生を推進するための体制作りを指導した事例も認められるなど、十分とはいえないものの、全体としては、なすべき必要最小限の措置は講じたということができる。

したがって、被告国が炭鉱夫に対するじん肺教育の面で、それ以上の措置を講じなかったからといって、その不作為が著しく合理性を欠いたということはできない。

3  健康診断の実施等に関する指導監督について

(一)  被告企業の健康診断の実施状況について

被告六社及びその子会社は、昭和二二年九月の労基法施行、昭和三〇年九月のけい特法の施行、昭和三五年四月のじん肺法の施行、さらにその後昭和五三年三月の改正じん肺法の施行に伴い、それぞれ法律で義務づけられたけい肺ないしじん肺健康診断の実施、結果ないし管理区分の通知を履行したが、他の中小の炭鉱企業では必ずしもこれを履行しなかった(前記第五章第二の九)。

(二)  被告国の指導監督について

(1)  被告国は、昭和二三年、けい肺巡回検診を開始し、昭和二四年、けい肺措置要綱を制定した。そして、昭和三〇年、けい特法が制定され、けい肺健康管理区分制度が創設されたが、この基本的な仕組みは昭和三五年制定の旧じん肺法及び昭和五二年の改正じん肺法に引き継がれた。

(2)  昭和二三年以降の政府巡回検診には炭鉱は含まれなかったが、同二四年から炭鉱労働者も対象とされ、例えば、昭和三〇年度から昭和三三年度までの政府けい肺健診の受診者数は一四万五八五〇名に上った(第三章)。しかし、それでも炭鉱労働者総数からすると、原告ら主張のとおり、じん肺予防のための患者検診としては、その受診率が不十分であったことは認めざるを得ない。

しかしながら、炭鉱夫に対するけい肺ないしじん肺健康診断は、本来炭鉱企業が実施するべきものであって、政府巡回検診は、けい肺患者の発生状況に関する調査と患者に対する緊急の保護措置を講じることを目的として実施されたものであり、また、けい特法は、本来炭鉱企業がけい肺健康診断を実施するべきものであることを前提として、けい肺健康診断の内容、時期及び方法等について規定し、ただ、同法施行後使用者がなすべき最初の健康診断についてのみ、使用者に代わって都道府県労働基準局長が実施するべきものとしているが(附則三項)、これはあくまでも特例措置であり、けい肺健康診断を完全実施する終局的責任は炭鉱企業にあることに変わりはない。

右検診等が、受診者数の限界にもかかわらず、当時の炭鉱を含む全国の鉱山に埋れていた多数のけい肺ないしじん肺患者の発見、実態の把握、じん肺に関する医学的研究、法制の制定及び行政上の施策の策定等に多大な意義があったことは多くを述べるまでもない。

してみれば、政府巡回検診や政府けい肺健診は、炭鉱労働者総数に比較して受診した炭鉱労働者数が少ないとの限界はあったが、その意義を低く評価することはできない。

(3)  問題は、炭鉱企業が実施すべき各種健康診断に対する被告国の指導監督責任であるが、前記のとおり被告六社及びその子会社以外の中小の炭鉱企業の場合、右健康診断、特にけい肺ないしじん肺健康診断を法令が義務づけているとおりに実施しなかったり、またその結果やじん肺(健康)管理区分決定を当該従業員に通知することを怠る例が少なくなかったところから、被告国においても、改正じん肺法に移行した際、それまで健康診断の結果の通知が不徹底な嫌いがあったとして、通知を徹底するための措置を取っていることが窺われる。

以上のほか、炭鉱夫に対する各種健康診断やけい肺ないしじん肺健康診断は、本来炭鉱企業が実施するべきものであり、その細目に至るまで法令に規定されており、健康診断の実施やその結果の通知については、被告国の指導監督が法令上の義務として規定されているわけではないことなどを考慮すれば、被告国は、全体としてみると、行政指導を含め、必要、最小限の措置は講じたということができる。

(三)  したがって、被告国が炭鉱企業が行う炭鉱夫の健康診断の面で、それ以上の措置を講じなかったからといって、その不作為が著しく合理性を欠き、被告国に右以上の作為義務があったということはできない。

4  粉じん作業時間の短縮の実施に関する指導について

(一)  本件各炭鉱の実施状況

昭和二二年九月ないし一一月の労基法施行後に限っても、本件各炭鉱企業において、けい肺措置要綱や改正けい肺措置要綱など、関係法令等に沿って、じん肺に罹患した労働者に対するそれを含め、粉じん作業時間を短縮して、労働者のじん肺罹患やその増悪を防止する特別の措置が取られたことはなかった(第五章の第二の一〇)。

この要因として特に重要な点は、炭鉱の場合、坑内夫と坑外夫の賃金単価の比はおよそ二対一とされ、粉じん作業時間の短縮を実現するには、労働者の賃金収入が低下しないように特別の措置を講じる必要があったことである。そして、時間短縮した場合の法的な補償制度は存在せず、炭鉱企業が自主的にそのような補償措置を設けるほかはなかったが、これが極めて不十分であった。

(二)  被告国の監督について

(1)  粉じん作業における労働時間の短縮は、配置転換と同様、粉じんの発生や暴露の抑制ないし防止対策と並んで、じん肺防止上極めて有効な対策であることは戦前から専門家によって指摘されていて、そのこと自体に対し格別の異論はなかったうえ、じん肺の職業性疾患としての重篤性を考慮すれば、右課題、特にけい肺ないしじん肺患者の粉じん作業時間の短縮問題は、労働省において、段階的であれ、実現に取り組むべき価値があるものであった。そしてそのためには、粉じん作業時間の実情把握のため必要な調査をし、炭鉱企業に報告を求めるとともに、必要な指導や監督を行なうべきであったといえる。

(2)  もっとも、時間短縮はいたずらに労働者本人の利益や意思に反した方法で実施することは相当ではないし、旧じん肺法には粉じん作業時間の短縮に関する規定はなく、改正じん肺法に至って右規定が設けられたものの、それは単に事業主にその努力義務を課したにすぎないものであったことも、留意されるべきである。

(3)  そこで、戦後被告国が粉じん作業時間の短縮のためどのような施策を実施したかをみると、まず、前記けい肺措置要綱(昭和二四年八月)及び改正けい肺措置要綱(昭和二六年一二月)の制定を上げることができる。

けい肺措置要綱が、胸部に粒状陰影があるが、呼吸器等の異常及び労働能力の減退が認められない者(要綱一)については、能うかぎり労働時間を短縮するとともに、労働強度を軽減するか又は粉じんの少ない軽作業に従事させること、としたのは適切な措置であったといえる。

昭和三〇年七月にはけい特法が制定されたが、同法はけい肺にかかった労働者の病勢の悪化の防止を図ることを目的の一つに掲げ(一条)、粉じん作業労働者に対する健康診断制度、都道府県労働基準局長によるけい肺罹患の有無及び症状区分の決定及び通知制度、配置転換の勧告制度、平均賃金の三〇日分の転換給付の支給を内容とする転換給付制度、公共職業安定所等による職業紹介ないし職業補導等の努力義務等についての規定を設けた。

労働省は、昭和三二年四月二〇日基発第三三七号通牒「けい肺予防対策の確立について」を発して、粉じん作業労働者について労働時間の延長は一日について二時間以上を認めず、また施設の改善、保護具の活用をさせるよう監督指導し、けい肺第二症度等一定の労働者について事情の許す限り労働時間の短縮、労働強度の軽減、作業方法の改善等について検討するように指導した。

しかし、労働省が具体的に炭鉱企業に対し、けい特法や旧じん肺法の立法趣旨、昭和三二年通牒、改正じん肺法二〇条の三等に基づき、炭鉱における粉じん作業時間を短縮するため、積極的に行政指導をしたことを認めるに足りる証拠はない。

(4)  しかし、そうであるからといって、原告らが主張するように、労働省は前記保安法四条二号、三〇条、旧労基法五二条三項、安衛法六六条六項、六九条等に基づき、炭鉱における粉じん作業時間を規制、短縮する省令を制定すべきであったとはいい難い。

まず粉じん作業の労働時間を規制するに当たっては、じん肺罹患と労働時間の関係のほか、労働の強度、粉じんの濃度等の影響等について、医学的、実証的な調査、研究がなされ、十分なデータが得られなければそもそも適切な省令の制定はできないことは明らかである。また、このような省令の制定については、労使の権利に直接関わる事柄である上、けい特法はもちろん、新旧じん肺法にもこれを予定した規定はなく、また、このような規制をするとすれば、配置転換制度における転換手当に類する給付をするかどうかの問題も生じ、省令で規制することは極めて困難と考えられるからである。

(三)  以上によると、炭鉱企業の粉じん作業の労働時間の短縮は、労働契約の内容に直接影響し、そのままでは労働者の賃金収入の低下をもたらし、容易に労働者の協力を得られないこと、転換手当等については省令の段階で規制することは困難であることなど前記事情を考慮すると、被告国の行政庁が具体的に粉じん作業時間の短縮について行政指導をしなかったこと、また原告ら主張の省令制定をしなかったことについて、作為義務違反はないというほかない。

5  配置転換に関する指導監督について

(一)  本件各炭鉱企業の実施状況

前記のとおり、一般的に作業転換勧告の対象労働者数中、作業転換者数は極めて低く、特に炭鉱は、全企業と比較しても、その配置転換率は5.2%以下(昭和三六年から昭和四三年まで)であり、配置転換の実施が零という年度もあった(昭和三七年ないし三九年)。

このように炭鉱において、法律等の定める配置転換の要件に該当するのに、実際の配置転換者数が極端に少ないのは、次のような要因によるところが大きいと考えられる。

前記のとおり、炭鉱夫の場合、坑内夫と坑外夫の賃金単価は前者が後者の約二倍であるところ、配置転換に応じて坑内作業から坑外作業に転換したり、あるいは炭鉱夫以外の職種に転職した場合、けい特法及び旧じん肺法により支給される転換給付は、その者の従前の平均賃金の三〇日分にすぎず、改正じん肺法によっても、労働基準局長の配置転換の勧奨を受けた場合又は管理三ロの者について平均賃金の三〇日分、指示を受けた場合でも平均賃金の六〇日分であって、労働者からみて賃金収入低下に対する補償措置として十分ではなく、容易に労働者の協力が得られなかった。

したがって、本件各炭鉱企業は、配置転換を促進するために、労働者に対する説得に努力を注ぐとともに、右法定の補償のほか、自主的な措置として差額補償の上積みをするとか、配置転換先を開拓するとか、職業訓練を施すなどの措置を積極的に講じる必要があることが明らかであった。

しかるところ、結果的にみて、本件各炭鉱企業が取った措置は、けい肺措置要綱等に定める配置転換該当者をして配置転換を承諾させるほどに満足なものではなく、この面での本件各炭鉱企業の努力は不十分なものであったといわざるを得ない。

(二)  被告国の指導監督について

(1)  じん肺に罹患した労働者について、粉じん作業からの配置転換を実施することは、粉じん作業における労働時間の短縮と同様、粉じんの発生や暴露の抑制ないし防止対策と並んで、じん肺管理上極めて有効な対策であることは戦前から専門家によって指摘されていて、そのこと自体に対し格別の異論はなかったうえ、じん肺の職業性疾患としての重篤性や配置転換の対象者が現にじん肺に罹患した労働者であることを考慮すれば、極めて必要性が高く、右課題は行政庁においても、段階的であれ、実現に取り組むべきものであった。

(2)  そこで、戦後昭和二四年以降、被告国が配置転換の実施及び促進のためにどのような施策を行ったかをみると、まず、前記けい肺措置要綱(昭和二四年八月)及び改正けい肺措置要綱(昭和二六年一二月)の制定、施行が上げられる。しかし、これらはいまだ転換給付制度を伴わないものであった。

昭和三〇年七月にけい特法が制定されたが、前述のとおり、同法はけい肺にかかった労働者の病勢の悪化の防止を図ることを目的の一つに掲げ(一条)、粉じん作業労働者に対する健康診断、都道府県労働基準局長によるけい肺罹患の有無及び症状区分の決定および通知制度、配置転換の勧告制度、平均賃金の三〇日分の支給を内容とする転換給付制度、公共職業安定所等による職業紹介等の努力義務等が規定された。

けい特法案を審議した昭和三〇年六月七日の第二二回国会衆議院社会労働委員会において、当時の労働大臣が「けい肺の悲惨な実態を考えると、もしそういう仕事に従事させないで済むものならば、実は国が禁止すべきであると思う。それを禁止しないでその作業を認めているということは国の存立上必要な企業であるという観点からであると思う。こういう恐ろしい予防措置もできない、全快もできないという病気にかかる作業に従事しなければならないということは、解釈の問題は別として、その点業者が負担すべきではなくて、国家が負担すべきであると私は考える。」と答弁していること(同議事録)が注目される。

旧じん肺法(昭和三五年四月施行)は、健康管理区分三の者が粉じん作業に従事している場合、都道府県の労働基準局長は使用者に対し、非粉じん作業への配置転換の勧告をすることができ、使用者は勧告を守る努力義務がある(二一条)と定め、都道府県の労働基準局長による勧告権限を明確にするとともに、転換給付として平均賃金の三〇日分を支給すると定めた。

しかし、これらにもかかわらず、配置転換は容易に進まなかった。その一端は、昭和三六年から昭和四三年までの配置転換対象者及び配置転換者数を調べた前記別表二の四五「配置転換対象者及び配置転換者数調べ」に明らかである。

これは、転換給付額の低さという制度的な問題点を浮かび上がらせるものであるが、改正じん肺法(昭和五三年三月施行)は、都道府県の労働基準局長による配置転換の勧奨制度のほかに、新たに配置転換の指示制度を設け、後者の場合の転換給付は平均賃金の六〇日分とした。

しかし、それでも配置転換の実施は従前同様低調であった。労働基準局長等において、配置転換の実施ないし促進について、格別の指導、監督がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  原告らは、時期は明示しないが、労働大臣は、保安法四条二号、三〇条、安衛法六八条等に基づき、じん肺に罹患した労働者について配置転換を実効性あるものにするため省令(通産省令ないし労働省令)を制定するべきであったと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、じん肺に罹患した労働者の配置転換については昭和三〇年七月に制定されたけい特法以下、これに関して規定した法律が存在するのであって、配置転換を実効性あるものにするための措置は、転換給付額の問題などむしろ立法段階で検討すべき課題というべきであり、労働大臣につき、右省令を制定しなかったことについて、作為義務違反があったということはできない。また法的な保障措置が十分でない時期における配置転換の実施ないしその促進については、労働者本人の利益や意思の尊重が特に強く要請されるところであるから、労働基準局長等において、本件各炭鉱企業に対し、具体的な指導監督をしなかったことについても同様である。

三  保安法五四条に基づく労働大臣等の勧告について

原告らは、労働大臣ないし労働省労働基準局長は、通産大臣ないし通産省鉱山保安局長に対し、保安法五四条に基づき、炭鉱におけるけい肺ないしじん肺の防止のため粉じん対策を強化するように勧告すべき作為義務があったのに、右作為義務を履行しなかったと主張する。

前記一、5の(三)で検討したとおり、昭和三三年四月当時、労働省は、労働省けい肺巡回検診や政府けい肺検診の結果に基づき、炭鉱におけるけい肺発生状況に関し、もはや十分といってよい程の資料を収集していたし、これより少し早く昭和三二年には、炭じんのみでも高度の線維増殖性変化が生じ得るとの労働省けい肺試験室の研究員による動物実験結果も公表され(渡辺論文)、炭じんがじん肺を惹起し得るとの知見は動かし難いものになっていた。

しかるところ、通産省の炭鉱における当時のけい肺対策は、けい酸質区域指定制度が存続するなど、金属鉱山に比べて著しい立ち遅れが目立ち、炭則に定められた恕限度の告示もされず、これらは例えば毎年発行される鉱山年報を通じて労働省も認識できた。

したがって、労働大臣等が通産大臣等に対し、通産省が炭鉱における粉じん対策を見直し、適切な施策を打ち出していく上で参考となる資料や意見を添えて、保安法五四条に基づき、炭鉱におけるけい肺ないしじん肺の防止のため粉じん対策を強化するように勧告することは十分可能であった。

しかしながら、炭鉱におけるけい肺発生状況は、毎年刊行される労働年報に報告されており、通産大臣等はこれを通じて必要な知識を得ることができたし、労働大臣の諮問機関たるけい肺審議会には通産省の係官も出席していたから、通産大臣等は、その報告を通じて炭鉱におけるけい肺発生状況やこれに対する労働省の認識、見解を知ることもできた。加えて、その頃行われたけい特法案を巡る国会審議を通じて炭鉱におけるけい肺問題の内容を認識することはもちろん可能であった。

してみれば、労働大臣等が通産大臣等に対し、保安法五四条に基づく勧告を一回もしなかったからといって、その不作為が著しく合理性を欠いたとはいえず、換言すれば、労働大臣等に右作為義務があったとはいえない。

四  原告ら主張のその他の作為義務について

原告は、被告国の作為義務として、じん肺についての調査研究義務、粉じん職場の実態調査義務、粉じん発生の防止及び抑制のための地質学的・工学的調査研究義務、じん肺患者の実態把握のための検診義務、更には医療研究体制の確立義務等、多岐にわたる調査・検査権限の行使義務を取り上げて、その不作為責任を主張するが、これらはこれまで検討してきた被告国の行政機関がその規制権限を適正に行使するための準備的、補助的権限であるので、これまで判断してきた具体的作為義務の項で必要に応じて検討した以外に改めて触れる必要はない。

以上によると、原告ら主張の各種規制権限の不行使については、いずれも被告国の担当公務員が直接本件従業員らとの関係で作為義務が認められ、これに違反し、国賠法上違法であると判断することはできない。

第七章  損害

(原告らの主張の要旨)

第一  じん肺の病像と原告らの損害

一 本件従業員らは、被告六社の安全配慮義務不履行及び被告国の直接的加害行為又は作為義務の不履行によって、じん肺に罹患したのであるから、右被告らは、本件従業員らに生じた損害を賠償する義務を負うところ、じん肺は各種粉じんの吸入により生ずる肺疾患であり、呼吸器そのほか生命維持に不可欠の器官、機構を著しく破壊するものである。しかも、じん肺による呼吸器障害は慢性に進行し、粉じんが肺内にある限り、粉じん職場を離れた後も症状は進行、増悪し、かつ一旦進行すると、ごく初期の炎症性変化には治療効果があるものの、肺の線維増殖性変化、気腫性変化等は不可逆的であり、これに対する治療法はない。また、じん肺は全身性疾患であり、単に肺組織変化に留まらず、血管変化をも引き起こし、病変が高度に進展することにより心拡大をもたらして肺性心にまで至るもので、肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸等の各種感染症や、肺癌、低酸素血症等の種々の合併症を頻繁に伴う。さらに、粉じんが他の臓器にも蓄積して、全身変調をもたらし、胃腸障害、各種臓器の悪性腫瘍、血管障害、虚血性心疾患、中枢神経系の障害、肝臓・腎臓・内分泌臓器の障害及び急性死、免疫異常等を引き起こす。

二 じん肺に罹患すると、初め咳や痰を自覚し、疲れやすく、すぐ風邪を引いては回復が遅れるようになり、やがて運動時に呼吸困難を覚え、坂道や階段の昇降が困難になり、次第に咳、痰が悪化して、日常の生活、行動が著しく制約され、就労も不可能となって、療養を必要とする。また、激しく続く咳のため呼吸困難の発作が起き、背中や胸の痛み、熱感を訴えるようになり、寝た切りとなる。度々発作を繰り返し、呼吸困難が常時続いて酸素吸入を必要とするようになり、用便や入浴にも介護を必要とし、治療法もなく、病状の進行、増悪するまま、希望さえ失せて、じん肺死を待つだけの日々を送る。既に本訴提起から約八年間で、六九名のじん肺罹患者が死亡した。こうしてじん肺は、患者の身体を破壊し、長期間にわたって患者及び家族に心身両面の苦痛をもたらし、かつ、その家庭を経済的に困窮させて、家庭の平穏を奪い、地域社会をも荒廃させた。

三 このように、じん肺罹患により生じる損害は、身体的苦痛、精神的苦痛、就労が不可能になることなどによる経済的困窮のほか、家庭破壊等多岐にわたり、それらが相互に関連して相乗的に損害を拡大させている。また、進行性、不可逆性の疾患であるじん肺では、損害を固定的に把握することは適当ではなく、損害全体を包括的に算定しなければならないから、従来のように、逸失利益や個々の治療費、入院費、付添費その他の項目別に損害を算定し、精神的損害と合わせて請求する「個別算定方式」によることは、じん肺被害の実態を正当に反映するものではなく、右損害は総体として包括的に評価し、慰謝料として請求する包括請求方式によらなければならない。

また、じん肺患者は、いずれ重篤な症状に陥り、長期の寝た切りの療養生活を経て、悲惨なじん肺死を迎えることが確実であるから、現在軽症に思われる患者も、将来の損害として、右と同様な生活及びじん肺死を避け難い。そうすると、生存、死亡及び現在の症状の軽重のいかんにかかわらず、じん肺患者に生じた損害額は同一といえるから、全てのじん肺患者につき一律の損害賠償を請求することが許される。

四 本件従業員らが被った財産的損害及び非財産的損害の総和は、それぞれ一人当たり一億二〇〇〇万円以上であるところ、原告らは、本訴請求において、右損害の一部の賠償として、本件従業員一名につき、各三〇〇〇万円の損害賠償及び各三〇〇万円の弁護士費用を請求する。

なお、原告らはいずれも、本件訴訟のほかに、被告らに対し、その名目のいかんを問わずじん肺罹患に基づくその余の損害の賠償を請求する意思はない。

第二  被告らの主張について

一 じん肺管理区分の制度の正確性について

旧じん肺法及び改正じん肺法に定めるじん肺管理区分の制度は、じん肺健康診断につき、検査項目、検査方法、診断基準等を具体的に定め(改正じん肺法三条、一三条三項)、これに基づき右健康診断を実施し、かつ、エックス線写真及びじん肺健康診断結果証明書を基礎として、地方じん肺検査医の診断又は審査により、都道府県労働基準局長がじん肺管理区分を決定する(同法一三条二項、一五条三項)もので、緻密で、正確性が担保されているから、信頼性は高い。なお、旧じん肺法で、管理四の決定を受けた者は、経過措置により、改正じん肺法において管理四の決定を受けたものとみなされる(昭和五三年政令第三三号)。

二 じん肺管理区分二、三について

炭鉱夫じん肺の特徴は、線維化が弱く、エックス線写真上は粒状影が顕著でないが、気管支変化は顕著で気腫性変化が強く、肺機能は低下するところにあるが、じん肺管理区分自体、エックス線写真像が一、二型であっても、著しい肺機能障害があることを前提としている。粉じんが身体にある限り、肺の気質的変化は進行するというじん肺の特質から考えると、管理二、三であっても、身体破壊の程度が軽度とはいえず、これらの罹患者は、風邪を引きやすくて、回復が遅く、咳、痰、息切れ、胸痛等の自覚症状の頻度も高く、また、免疫異常により生じる肺炎、肺結核、悪性腫瘍等に罹るおそれは、管理四の罹患者と異ならない。

現に、本件従業員らの中で、本訴提起時に単純管理区分二、三であった者も、その後次々に合併症に罹って、要療養となり、また、退職後一五年以上経過してから合併症に罹る者も存在し、現在単純管理区分二、三の者(これに該当する者は七名である。)も重篤化しない保証はない。

三 合併症について

改正じん肺法に定める合併症(改正じん肺法二三条)自体は、可逆的で、治癒可能とされているが、この合併症は、まず、じん肺の進展に伴う不可逆的な病変に起因して高率に発生する感染症ないし病変であるから、じん肺が進行していることを示し、また、じん肺は不可逆的であるから、治癒は極めて困難で、一時的に直っても再発しやすく、さらに、合併症を繰り返すうちに、じん肺の線維性増殖変化が進行し、胸膜の肥厚をこう進させ、かつ気腫性変化を促進させて、次第に身体は衰弱し、呼吸不全を起こして死に至ることも珍しくない。なお、合併症に罹患していることがわかれば、肺機能検査は行われないので、著しい肺機能障害の有無が不明のまま、管理二又は三とされることも考えられる。

(被告六社の主張の要旨)

第一  炭鉱夫じん肺の病像の特徴及び原告らの損害について

一 従前炭粉は無害であると考えられていた上、炭鉱夫じん肺は、けい肺や石綿じん肺と異なり、線維化や壊死が弱いので、軽度ないし良性のじん肺とされている。すなわち、炭鉱夫じん肺は、発症率が低く、発症に至る経過も進行も緩慢で、最近はエックス線写真像が一型進むにも、二〇年かかり、また、老齢になって発症することが多く、加齢の影響を無視することはできない。合併症がなければ、予後は比較的良好であり、高齢になっても日常生活が不自由になることは少なく、一般には長命である。肺気腫の発生が指摘されるが、通常は限局性の気腫であり、肺組織の多くは正常構造を保持し、肺機能にはさほどの影響はない。さらに、炭鉱夫じん肺のエックス線写真像は、粒状影があることは少なく、これがあっても線維化が弱いので、陰影の濃度が薄く、また、不整形陰影は程度が低く、不明確で、大陰影があるのはきわめて稀である。したがって、戦前の医学水準では、炭鉱におけるじん肺の正確な診断は不可能であった。

二 じん肺の特徴とされる不可逆性は、線維増殖性変化による結節及び気腫性変化による肺胞については該当するとしても、健康障害に直結するものではなく、健康管理や治療、リハビリテーションにより症状の軽減を図ることが可能である(罹患の初期には、換気体操があり、また、エアロゾル吸入や間けつ的陽圧呼吸、(IPPB)を利用した界面活性剤、気管支拡張剤等の投与が有効で、肺結核の合併症には抗結核剤の投与により早期の治癒が可能である。このように、最近は、感染の予防及び迅速適切な治療により、じん肺の症状の軽減、抑止が可能となり、予後は良好である。)。また、慢性進行性といっても、その速度は極めて緩慢で、肺機能障害が進行することはなく、粉じん作業を離れればじん肺の進行はかなり防止できる。管理区分二のまま推移する患者もおり、近時はじん肺の軽症化が指摘されている。さらに、じん肺は、全身性の疾患ではなく、極度に悪化した事例を除けば、肺以外の臓器の障害は認められない。

三 改正じん肺法に基づき療養を要するとされた者(これは、じん肺管理区分四の決定を受けた者及び管理区分二、三の決定を受け、かつ合併症に罹患した者である。)には、就業しながら治療を受けている者及び単に休養している者を含み、また、管理四と言っても、日常生活上介護を要する者から、通常人と同様、何ら日常生活上の支障がない者まで、種々含んでその範囲は広く、かつ、要療養とされても、症状の程度により、粉じん作業以外の作業に従事することは可能である。

さらに、管理区分二、三の有所見者、特に、合併症がなく治療の必要がない有所見者(単純管理区分二、三)は、じん肺による健康障害はなく、多少障害があったとしても、日常生活上何ら支障がない。すなわち、本来、肺は大きな予備能力を有する上、管理区分二は、エックス線写真像が最も軽い第一型(PR1)で、右写真像に見られる肺の線維化又は気腫性変化による肺組織の損傷程度では、顕著な肺機能低下を生ぜず、多くは日常生活上特に影響がない(粉じん職場を離脱して約二〇年後、右第一型の認定を受けたのであれば、日常生活上支障を生じる程度の肺機能の障害はない。)。また、改正じん肺法によれば、管理区分二の決定を受けても、就業は差し支えなく、作業時間の短縮等、粉じん暴露低減の努力をすれば、粉じん作業も可能であり、労災法上、後遺障害は認められない。

四 改正じん肺法によると、エックス線写真像の型が第一型であっても、著しい肺機能の障害があると認められる者は、管理四と決定されるが、肺機能は加齢とともに低下するから、加齢による影響を無視できない。また、喫煙は、肺機能に重大な障害を与え、肺活量及び一秒率の低下及び残気量率の増加を招来し、フローボリューム曲線では末梢気道の閉塞性障害も証明され、近時は、慢性気管支炎等の原因の大部分は喫煙とされるが、喫煙が原因となって慢性気管支炎様の変化が生じ、これに細菌感染が加わり、じん肺の合併症である続発性気管支炎が起きる可能性は十分存在する。

さらに、合併症は、可逆性で治癒する疾病であり、合併症が治癒すれば、じん肺管理区分は二又は三に戻るはずであるが、活動性の肺結核が治癒しても、改正じん肺法の経過措置により改正じん肺法下でも依然として管理四とみなされているので、じん肺患者からの申請がされない限り、右管理区分は変更されず、既得権化する。現に、本件従業員らのうち、合併症を有し、要療養の認定を受けながら、これが治癒したとして管理区分変更の申請をする者は皆無であるが、極めて不可解であり、これは現実には全て治癒したものと考えるほかない。

したがって、これらの点から、じん肺管理区分は、本件従業員らの症状及び損害の程度を示す基準とはなり得ない。

五 本件従業員らのじん肺罹患の特徴は、別表二の四七のとおりである。すなわち、本件従業員らの生存者は、平成五年八月末日現在、七六名(なお、死亡者は九四名)であるが、その中心は七〇歳を超え、男子の平均余命75.6歳に迫る勢いであり、八〇歳を超える者も生存者中八名(なお、死亡者は一一名)存在し、また、最終のじん肺(健康)管理区分についてみると改正じん肺法による管理四は全体の三〇%に過ぎず、じん肺の軽症化が進み(なお、旧じん肺法による管理四は、大半が肺結核の合併症によるもので、結核治癒後は管理二、三に戻るべきものである。)、さらに、本件従業員らの最終のじん肺管理区分(改正じん肺法)から死亡時又は現在時までの経過期間をみても、管理二、三のかなりの者が一〇年以上進行が止まっている現状で、特に管理二の者は約半分が一〇年以上管理区分の変更がない。じん肺健康診断の肺機能検査については、呼吸困難度を訴える者が多いが、他覚的所見を欠くから重視することはできず、%肺活量について、著しい肺機能障害があると判断された者は、一三三名中四八名にすぎず、一秒率については、九八名が正常であり、限界値未満の者を合計すると、九割以上が正常になる。・Ⅴ二五/身長については、異常とされる者は七九名であるが、加齢とともに異常とされることが明白である。肺胞気・動脈血酸素分圧較差は、最も客観的に肺機能を診断できるが、これによれば正常者が八六名で、異常者はわずか二〇名にすぎない。

本件従業員らのじん肺罹患に関する、被告六社の個別的主張は、別冊「個別主張・認定綴り」に記載のとおりである。

第二  包括一律請求について

原告らは、財産的損害と精神的損害に対する慰謝料を区別することなく、これらの損害を包括してその一部を一律に三〇〇〇万円請求すると主張するが、伝統的な個別損害積上方式をとらない右のような方式は、被告企業の防御の機会を奪い、不当である。原告らは、財産的損害を斟酌した慰謝料とも主張するが、それなら労災保険、厚生年金保険から給付を受けた金額を考慮すべきである。また、右三〇〇〇万円の請求が全く財産的損害を含めない、単純な慰謝料というのであれば、一般の損害賠償請求事件に比較し、著しく高額であり、一律請求する以上、原告らのうちで最も低いと思われる人に合わせるべきである。

(当裁判所の判断)

第一  本件従業員らのじん肺罹患、じん肺の病像及び管理

一 本件従業員らのじん肺罹患

本件従業員らは、本件各炭鉱で粉じん作業に従事し、粉じんを吸引した結果、じん肺(炭鉱夫じん肺)に罹患したことが認められる(その詳細は、別冊「個別主張・認定綴り」に記載のとおりである。)。

二 じん肺の病像及び管理

1 じん肺の病像

(一) 病理機序

じん肺の病理機序は、基本的には、けい肺と同じである(前記第三章第三の一4ほか)が、なお、付加すれば、証拠(佐野辰雄「日本のじん肺と粉じん公害」労働科学研究所、昭和五二年刊行)によると、次の事実が認められる。すなわち、①じん肺とは、各種の粉じんの吸入によって胸部エックス線に異常粒状影、線状影があらわれ、進行に伴って、肺機能低下をきたし、肺性心にまで至り、また、剖検すると粉じん性線維化巣、気管支炎、肺気腫を認め、血管変化をも伴う肺疾患である。②じん肺の病理機序は、まず、吸入された粉じんは、一部は気管支に付着し、気管支粘膜の上皮細胞の線毛の働きで痰に混じって排出されるが、肺胞内に達すると、壁から出てくる食細胞がその体内に取り込む。この細胞は普段は肺胞壁の組織内で眠っているが、粉じんや結核菌等の細菌、ウイルスとの闘争には主役を演じる。粉じんを取り入れた細胞は肺間質のリンパ管に入り、リンパ腺に運ばれて、そこに蓄積される。けい酸では、リンパ腺にたまった粉じんは、さらにリンパ腺の細胞を増殖させ、その結果、細胞が壊れて膠原線維が増加してくる。膠原線維は、細胞が核を持っていて種々の機能を持っているのに対して、線維状の一種のたんぱく質であって固く、ある場所を塞いだり、細胞等を支持する役割しか果たせない。すなわち、粉じんのために異常に多量の線維ができてくると、その部の本来の機能は失われることになる。線維で置き換えられたリンパ腺には本来のリンパ腺の機能であるリンパ球の生産、害物の解毒、免疫体生産はもはや行われない。リンパ球が閉塞されると、その後の吸入粉じんは肺胞腔内に蓄積されるが、こうなると肺胞壁が壊れてきて、そこから線維芽細胞という線維を作る細胞が出てきて、肺胞腔内にも線維ができ、固い結節ができてくる。これがけい肺結節であるが、他の粉じんは、けい酸に比べてリンパ腺に行きにくいものが多く、初めから肺胞腔内の変化を主体とするものがある。これらがじん肺結節である。じん肺結節の大きさは、0.5~5mm以上にわたるが、吸じん量が増加するほど大きさも数も増えていき、最後には融合して手拳大の塊状巣を作る。結節が増大するということは、その領域の肺胞壁が閉塞することであり、塊状巣の中では大きな気管支や血管も狭窄したり閉塞したりする。このような粉じん変化につれて、気管支変化も必発である。臨床的に気管支炎がなくとも、細気管支腔は狭くなって、呼気時気道の抵抗が大きくなって、末梢の肺胞壁に負担がかかり、次第に壁が破れて肺胞壁は拡大する。これが肺気腫であって、正常の肺胞の直径は0.3~0.5mmであるのに、一mmを超え、一〇mm以上、時には一〇〇mmにも達する。気腫壁には殆ど血管を欠いているから、ガス交換を行うことはできない。③じん肺では、粉じん巣、肺気腫、これらに伴う血管変化は不可逆性であり、肺気腫のもとになる気管支変化、気管支炎は、初期には治癒させることができる。

このように、じん肺は、粉じんの吸入に伴い、じん肺結節、小血管の閉塞、細気管支の狭窄・閉塞、気管支炎、肺気腫、塊状巣、のう状気腫、肺性心等の病変の全部又は一部が、順次又は同時的に発症し、進展する疾患である。

(二) 炭鉱夫じん肺の特徴

炭鉱夫じん肺は、前記に詳細に認定したとおり、当初は、純炭粉のみの吸入によって罹患する疾患という意味で用いられ、石じん吸入によって罹患するけい肺と比べると、線維増殖性変化が弱く、症状悪化までの期間が長いという一般的傾向を有するが、症状そのものには余り差異はなく、かつ炭粉を大量に吸入すれば、線維増殖性変化は弱くても、気腫性変化が生じ、肺機能の低下を惹起することがあり、また、炭粉とともに遊離けい酸分を含有する粉じんを吸入すれば(後には、これもまた、炭鉱夫じん肺と呼ばれるようになった。)、けい肺と類似した所見、すなわち、比較的強い線維増殖性変化を示す場合もある。

(三) じん肺の基本的病変

旧じん肺法制定(昭和三五年三月)当時は、じん肺の病変は、線維増殖性変化と理解されていたが、その後の研究成果により、そのほかに、気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を伴うことが明らかになり、改正じん肺法(昭和五二年六月)では、じん肺につき「粉じんを吸入することによって、肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病」と定義された(じん肺診査ハンドブック(改訂第三版))。

(四) じん肺の合併症

じん肺病変の進展に伴って種々の合併症が現れるが、改正じん肺法は、それぞれ合併症として、①じん肺と肺結核との密接な関連性から、肺結核及び結核性胸膜炎を、②じん肺の基本的な病変である線維増殖性変化、気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を素地として高頻度に発生すると考えられる疾病として、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症及び続発性気胸を合併症と定め、管理二又は管理三に認定されているじん肺罹患者が右合併症に罹患した場合は、療養を要するものとした(同法二条二項、同法施行規則一条。なお、管理四に認定されている患者については、合併症罹患の認定はされず、それだけで要療養とされる。)。そこで、この点につき検討する。

(1) 肺結核、結核性胸膜炎

これらは、合併症として最も重要であるが、結核の予防法や治療法等の進歩により、要療養のじん肺患者の中に占める比率は減少しつつある。じん肺患者に結核感染が多いのは、じん肺により肺の細菌感染に対する防禦能力が低下し、また、組織が固くなって血流障害が起こるなどのため、投薬効果が低いためであり、近年治療法が向上したとはいえ、なお、治癒は相対的に困難で長期化し、特に、空洞化の生じた結核の完治は望めない。他の細菌感染に対する肺の防禦能力も低下し、特に、続発性気管支炎は治癒しても再発し易く、これを繰り返すうちに病状が悪化し、治癒困難になる。一般に合併症に罹患すると、じん肺による病変に合併症による病変が加わり、肺組織の破壊、機能低下が加速される。

(2) 続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸

これらは、前記のように、じん肺の基本的な病変である線維増殖性変化、気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を素地として発症すると考えられるが、そのうち、続発性気管支炎については、じん肺有所見者は、咳、痰等の呼吸器症状の有症率が対照者に比べて高く、エックス線写真像の進展に伴って有症率が増加することが認められる(もっとも、粉じん暴露以外にも喫煙、加齢による影響が指摘される。)。持続性の咳、痰の症状を呈する気道の慢性炎症性変化は、じん肺の病変と考えられ、一般的には不可逆性の変化と考えられるが、これに細菌感染等が加わった病態は一般に可逆性で、積極的な治療の必要があるので、改正じん肺法では続発性気管支炎と呼んで、合併症とした。

次に、続発性気管支拡張症については、じん肺による気管支拡張の発生機転として、気管支の炎症・痙攣等の気管支自体の変化、リンパ節腫脹、じん肺結節病変等の肺の萎縮性変化等の病変が指摘されている。気管支拡張は不可逆性の変化であるが、これに細菌感染等が加わった場合は、積極的な治療の必要があるので、改正じん肺法では続発性気管支拡張症と呼んで、合併症とした。

続発性気胸については、じん肺で入院した患者に気胸の発生頻度が高い。特に、大陰影のある者には発生頻度が高いが、これは大陰影のある者には気腫性変化、ブラ(気腫性のう胞)形成を伴い易いことと関連があると推測される。大陰影を呈さない者には、気胸の発生頻度は低いが、エックス線写真像の進展に伴って発生頻度が高くなる傾向がある。改正じん肺法ではじん肺有所見者に起こった気胸を続発性気胸と呼んで、合併症とした。

なお、臨床上、じん肺患者の殆どの者に気管支炎がみられ、気管支炎の実際の有症率はかなり高い。気管支炎があると、風邪が治りにくく、長期化する。

(3) その他の疾病について

肺機能障害の進行の結果、肺循環に負荷がかかり、右心不全、肺性心に至ることは良く知られている。また、じん肺と悪性腫瘍との関連性が注目されるが、石綿暴露労働者における悪性腫瘍については、一九三五年、肺癌の症例報告がなされ、疫学調査でも肺癌の発生頻度が非暴露労働者に比べ有意に高いとされたが、その他のじん肺と悪性腫瘍との関連性についての調査報告は少なく、今後の研究を待つ必要がある。

(五) じん肺の病像の特質

前記認定事実(第二の二)に加え、証拠によると、じん肺の病像の特質については、①じん肺は、その病変が改善されず、それだけでなく、粉じん職場を離れても、粉じんが体内にある限り新たな病変を引き起こし、じん肺結節も拡大融合し、エックス線写真像が進展する場合が多いこと(進行性>、②初期の気管支炎等の炎症性変化に対しては治療効果があるが、線維増殖性変化、気腫性変化、進行した炎症性変化、血管変化に対しては元の状態に戻す治療方法がないこと(不可逆性)、③慢性の酸素不足により各臓器に慢性的に酸素不足が生じ、各臓器の機能低下、栄養・睡眠障害、全身的な衰弱をもたらすのみならず、クロム、ニッケル、コバルト、カドミウム等の粉じんは、長い間に肺から全身の臓器に分布し、直接機能障害を引き起こすこと(全身性)、④じん肺は、一時的に症状が軽減することがあっても、治癒することはなく、時間の経過に伴い病状は全体として増悪し、また、感染症に対する防禦機能の低下により、合併症に感染しやすく、血管変化等により病巣に薬効が及びにくいこと等から、合併症は症状が緩和することはあっても治癒しにくく、再発しやすいことが認められる。

2 本件従業員らのじん肺の症状、経過

(一) 本件従業員らのじん肺の症状及び経過は、別冊の「個別主張・認定綴り」に認定のとおりであるが、程度の差があるとはいえ、ほぼ共通して言えることは、自覚症状としては、咳、痰、動悸、息切れ、呼吸困難等がみられ(なお、他覚的所見として、チアノーゼ、バチ状指、浮腫がある。)、多くの患者は初めに咳、痰を自覚し、次第に疲れやすく、少しのことで風邪をひき、風邪が治るのに時間がかかるようになること、やがて、仕事や運動時、又は入浴時とか食事時にさえ呼吸困難を覚え、坂道や階段の昇降が困難になり、平地でも、休憩しながらでないと歩行できくなり、痰の量も多く、咳が持続し、呼吸困難の発作が生じるようになること、背中や胸の痛み、熱感を訴え、患者によってはほぼ寝たきりとなり、食べ物を噛んだり、会話をするだけで息苦しくなり、日常生活上の困難が極限に近づいていくこと、さらに、仰向けに寝るのは息苦しく、横向きの姿勢や座って布団にもたれかかった姿勢でなければ寝られず、安眠が奪われるに至り(酸素量が減少して炭酸ガスが体内に蓄積すると、夜中に頭痛が起きて目を覚ますこともある。)、呼吸困難や発作が夜間に生じたときは、一晩中家族の看護してもらいつつ、夜が明けるのを待つ状態であること、外出時に発作が起こるのを恐れ、家の回りを散歩したり、庭の仕事をする程度であること、しばしば患者と家族との間に軋轢を生み、ともに苦痛を抱き、さらに症状が進行すると、発作を繰り返し、呼吸困難が続いて、常時酸素吸入を必要とすること、また介護がないと歩行・用便・入浴が困難となり、入退院を繰り返し、そのような状態で容態が急に悪化し、死亡したり、病苦に耐えられず発作的に自殺に走る患者が生じることである。

(二) さらに、証拠によると、じん肺患者の臨床上の特徴も、ほぼ右と同じであり、また、死亡に至る機序については、呼吸不全が続くと、酸素不足により内臓・脳、特に心臓が弱り、食事がとれずに栄養障害が起こり、睡眠障害も加わって、体力が急速に衰え、死に至るが、その多くは肺炎、呼吸不全による死であること(いわゆるじん肺死)、また、咳、痰が重篤な患者は、痰を出すためだけに一日中大半の体力を使うこともあり、痰が出せなくなると、体力の消耗を引き起こし、痰で窒息死する可能性もあること(なお、肺の機能障害が重篤でなければ、喫煙の禁止、感染症の予防、体力作りなど、じん肺管理に努めることによって、患者の寿命を伸ばすことは可能である。)が認められる。

3 じん肺法制及びじん肺管理

じん肺に関する法制は、前記のとおり、変遷が見られるが、現行の改正じん肺法の定めるじん肺健康診断及び管理区分制度は、次のとおりである(「じん肺診査ハンドブック」改訂第三版)。

(一) じん肺の健康管理区分決定手続

(1) 改正じん肺法は、じん肺の適正な予防及び健康管理のために、粉じん作業労働者及び粉じん作業労働者であった者につき、胸部エックス線写真像の型及び肺機能障害の程度を基礎に、じん肺の進展過程に対応して、管理一から管理四にまで区分するじん肺管理区分制度を設け(三、四条)、じん肺の所見があると認められる者は、管理二以上に区分され、管理四と決定された者及び管理二又は管理三で後記合併症に罹患している者は、療養を要するものとされた(二三条)。

なお、従前の法令の変遷をみると、まず、けい特法は、けい肺第一症度から第四症度までのけい肺の症状を決定する手続を規定したが、旧じん肺法は、粉じん作業歴の調査、エックス線写真像、心肺機能検査の結果、結核精密検査の結果、胸部臨床検査の結果の組合せにより、管理一(胸部エックス線撮影検査の結果、じん肺病変が認められなかった者)、管理二又は三(エックス線検査でじん肺病変が認められるが、肺機能検査で著しい障害が認められなかった者)、管理四(エックス線検査で特に大きなじん肺病変が認められた者、及びエックス線検査でじん肺病変が認められ、かつ肺機能検査で著しい障害が認められた者)とする健康管理区分決定手続を定めた。改正じん肺法も、基本的な診断基準に変化はない。

(2) 右じん肺管理区分を適正なものにするために、健康診断では、まず粉じん作業の職歴調査及び胸部エックス線写真検査を実施し、右検査で異常陰影が認められた場合、胸部に関する臨床検査と肺機能検査を実施することとした(なお、検査項目、手順、方法につき同法及び関連規則参照)が、その結果、一般医師がじん肺所見があると判断したときは、都道府県労働基準局長にエックス線写真及び健康診断結果証明書を提出し、労働基準局長は、これらを基礎として、労働大臣が任命した地方じん肺審査医三名の合議による診断又は審査によりじん肺管理区分の決定をする(一二条、一三条二項、一五条三項)。労働基準局長の右決定は、地方じん肺審査医の診断又は審査の結果に拘束される。

(二) エックス線写真像

(1) 前記管理区分におけるエックス線写真像の区分は、粒状影、不整形陰影、大陰影によって、第一型(両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が少数あり、かつ大陰影がないと認められるもの)、第二型(両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が多数あり、かつ大陰影がないと認められるもの)、第三型(両肺野にじん肺による粒状影又は不整形陰影が極めて多数あり、かつ大陰影がないと認められるもの)、第四型(大陰影があると認められるもの)に分類される。

(2) 少陰影の粒状影は、主要陰影の径に従って、①直径1.5mmまでのものをp、②直径1.5mmを超え、三mmまでのものをq、③直径三mmを超え、一〇mmまでのものをrと分類される。

(3) 大陰影は、一つの陰影の長径が一cmを超えるものがそれに当たり、その径に従って、①陰影が一つの場合は、その最大径が一cmを超え、五cmまでのもの、陰影が数個の場合は、個々の径が一cm以上で、その最大径の和が五cmを超えないものをA、②陰影が一つ又はそれ以上で、Aを超えており、その面積の和が一側肺野の三分の一(右上肺野相当域)を超えないものをB、③陰影が一つ又はそれ以上で、その面積の和が一側肺野の三分の一(右上肺野相当域)を超えるものをCと分類される。

(4) なお、遊離けい酸分の含有率の高い粉じんによる典型的なけい肺では、個々の結節が大きく、数も多いが、右の含有率が低いか、もしくは含有しない粉じんによる「その他のじん肺」の場合は、一般に粒状ではあるが、その形は種々であり、小さく、濃度が低い。このような粒状影は進展に伴ってその数を増すが、じん肺のように個々の径を増すことは稀である。しかし、吸入粉じんの増加等により大陰影に達することもある。

(三) 肺機能障害の判定

(1) じん肺にかかっているか、又はその疑いのある者で、胸部レントゲン線撮影検査及び胸部臨床検査により合併症に罹患している疑いのない者、及び合併症に関する検査で療養を要する合併症に罹患していないと診断された者を対象に肺機能検査を行ない、肺機能障害の有無、程度を判定する。

第一次肺機能検査では、スパイロメトリーによる検査とフロー・ボリューム曲線の検査を行ない、前者により%肺活量及び一秒率が、後者により最大呼出位から努力肺活量の二五%の肺気量における最大呼出速度(これを「・Ⅴ二五」という。)がそれぞれ求められる。

第二次肺機能検査では、動脈血ガスを測定し、動脈血酸素分圧及び動脈血炭酸ガス分圧が測定され、肺胞気・動脈血酸素分圧較差が求められる。

第二次検査は、①自覚症状、他覚所見等から、第一次検査の実施が困難と判断された者、②第一次検査の結果等から「著しい肺機能障害がある」と判定された者以外で、第一次検査の結果が第二次検査を要するとの基準に至っており、かつ、胸部臨床検査の呼吸困難の程度が第Ⅲ度以上のもの、③右の①、②に該当しない者で、第一次検査の結果が第二次検査を要するとの基準に至っていないが、胸部臨床検査の呼吸困難の程度が第Ⅲ度以上のもの、④右の①ないし③に該当しないが、エックス線写真像が第三型又は第四型と診断された者のいずれかの者について実施される。

(2) 第一次検査において、①%肺活量が六〇%未満の場合、②一秒率が性別、年齢別に定められた一定の限界値(単位%、具体的数値は、別表二の二四「限界値一覧表」の左欄のとおり。)未満の場合、③・Ⅴ二五を身長(単位m)で除した数値(単位l/sec/m。以下「・Ⅴ二五/身長」という。)が性別、年齢別に定められた一定の限界値(具体的数値は、別表二の二四「限界値一覧表」の左欄のとおり。)未満で、かつ、呼吸困難の程度が第Ⅲ度、第Ⅳ度又は第Ⅴ度の場合のいずれかに該当する場合は、一般的に「著しい肺機能障害がある」と判定するものとされる。

次に、第一次検査において「著しい肺機能障害がある」と判定されない者でも、①%肺活量が六〇%以上で八〇%未満の場合、②一秒率が性別、年齢別に定められた一定の限界値(具体的数値は、別表二の二四「限界値一覧表」の右欄のとおり)未満の場合、③・Ⅴ二五/身長が性別、年齢別に定められた一定の限界値(具体的数値は別表二の二四「限界値一覧表」の右欄のとおり)未満の場合のいずれかに該当し、かつ呼吸困難の程度が第Ⅲ度、第Ⅳ度又は第Ⅴ度で、じん肺による著しい肺機能の障害がある疑いがあると認められる場合には、第二次検査を行う。また、右のいずれかに該当しなくても、呼吸困難の程度が第Ⅲ度、第Ⅳ度又は第Ⅴ度で、じん肺による著しい肺機能の障害があると疑われる場合にも、第二次検査を行う。

第二次検査においては、肺胞気・動脈血酸素分圧較差の値が、年齢別に定められた一定の限界値(単位TORR。具体的数値は別表二の二五「肺胞気・動脈血酸素分圧較差限界値一覧表」のとおり)を超える場合は、諸検査の結果と合わせて、一般的に「著しい肺機能障害がある」と判定するものとされる。

(3) しかし、右の判定に当たっては、肺機能検査によって得られた数値を右基準値に機械的に当てはめるのではなく、エックス線写真像、既往歴及び過去の健康診断結果、自覚症状及び臨床所見等を含めて総合的に判断され、特に、過去の健康診断の記録等から著しい肺機能障害が持続する状態が疑われる者については、従前から行われてきた諸検査の結果を十分参考にして、総合的な判定がされている。

(四) 改正じん肺法の施行に伴う経過措置

旧じん肺法と改正じん肺法では、じん肺管理区分の決定基準は、結核罹患の有無に関する点を除き、異なるところなく、改正に当たっての経過措置(改正じん肺法の施行に伴う経過措置及び関係政令の整備に関する政令・昭和五三年政令第三三号)によって、じん肺罹患者で、旧じん肺法に基づき管理四、管理三、管理二の決定を受けた者は、改正じん肺法による管理区分の基準によっても、それぞれ管理四、管理三イ、管理二に相当することになる(同令二条二項)。

(五) じん肺管理区分決定手続の専門性及び正確性

地方じん肺診査医は、じん肺に関し、相当の学識経験を有する医師の中から、労働大臣が任命する(同法三九条四項)。じん肺の健康診断の検査項目、手順、方法は、じん肺に関する時代の医学的水準に基づき、法規で細目が決められ、正確が期されているうえ、じん肺の所見の有無及び管理区分の判定は、健康診断医と地方じん肺診査医の二重の診断ないし審査を受けるシステムになっており、じん肺管理区分決定手続は、全体として、専門医による綿密かつ慎重な手続を経て決定されるものというべきであるから、右判定ないし管理区分決定については、高い専門性と正確性が認められ、基本的に信頼できるものというべきである。

(六) したがって、じん肺管理区分は、健康管理のための行政上の区分ではあるけれども、じん肺罹患者の健康被害の程度を客観的に示すものとして、もっとも信用性の高いものということができる。そうすると、本件従業員の具体的な病状が、各人が受けている管理区分の決定に相当するものよりも、著しく軽症又は重症であることを明白に認める証拠のない限り、本件従業員はその属する管理区分に相当する健康被害を受けているというべきである。

そして、個別的な健康被害の程度は別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりである。

三 被告六社の主張について

1 いわゆる単純管理区分二、三の患者の症状の程度

被告六社は、管理区分二、三の有所見者、特に合併症がなく療養の必要性がない、いわゆる単純管理区分二、三の有所見者については、じん肺による健康障害は存在しないか、又は日常生活に殆ど支障がないほど極めて小さいと主張するが、右の者についてもエックス線写真上じん肺所見があることは否定できないばかりか、そのことは肺の線維増殖性変化の進行又は気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を窺わせるに足りるものであり、かつ、じん肺の特質の一つである進行性から考えると、将来管理区分が上昇し、法定合併症を併発するおそれは非常に大きい(証人篠崎晋輔。なお、同証人によると、臨床上、エックス線写真像が第二型でも、肺気腫があるため肺機能障害が強く、激しい呼吸困難や肺性心がみられる患者は少なくない。)というほかなく、本件従業員の中にはそのような経過を辿った患者も少なくない。また、別冊「個別主張・認定綴り」認定のとおり、これら単純管理区分二、三の患者の症状は、前記認定のじん肺の一般的な症状と差異は窺えず、その程度も軽微とは言えない上、生活面での苦痛、精神的損害の程度が無視できるほど軽微であるなどとは到底言い難い。したがって、被告六社の主張は採用できない。

2 喫煙、加齢の影響

被告六社は、慢性気管支炎と肺気腫の最大の原因は喫煙であり、じん肺の発症、増悪にも当然影響を及ぼし、石綿肺以外のじん肺に併発した肺癌は喫煙によるものと考えるのが医学界の多数説であり、さらに肺機能は加齢とともに低下することが一般に知られており、じん肺による肺機能の低下と加齢による肺機能の低下との鑑別が必要であると主張する。しかし、咳、痰等の呼吸器症状に喫煙、加齢の影響があることはほぼ自明のことであるが、本件従業員らのじん肺罹患の原因は、前記のとおり、被告六社の粉じん作業場における長期間にわたる多量の粉じん暴露であると認めるのが相当であって、そのほかに喫煙、加齢の影響があったことを認めるに足りる証拠は存在しない(なお、このようにじん肺罹患の原因が明らかであるときは、喫煙の影響を無視しても不当とは言えない。)。また、人の肺機能は加齢により低下するとはいえ、じん肺管理区分決定手続で実施する肺機能検査、すなわち一秒率、・Ⅴ二五/身長、肺胞気・動脈血酸素分圧較差において対照に用いられる限界値は、いずれも性別のほか、年齢別に定められたもので、加齢による肺機能の低下を考慮した上での数値と認められる。

したがって被告六社の主張は採用できない。

第二  損害

一 包括一律請求について

1 原告らは、本訴各請求において、本件従業員らは、いずれもじん肺罹患により、精神的、身体的苦痛及び労働能力喪失、それによる経済的困窮に加え、それらを原因とする生活、家庭、人生の破壊など、多岐にわたり、かつ、相互に関連する損害を被ったが、これらの損害は、従来裁判実務で行われてきた方式、すなわち、逸失利益や個々の治療費、入院費等を合算した財産的損害に精神的損害(慰謝料)を合わせて、その損害額を算定する個別損害項目積上方式によることに馴染まず、包括的に把握する必要があると主張し、具体的には、本件従業員らが被った財産的損害、非財産的損害を含む包括的な損害(一人当たり一億二〇〇〇万円以上)に対する賠償の一部請求として、一律三〇〇〇万円の慰謝料請求とその一割に相当する弁護士費用を請求し、なお、原告らは将来別訴を提起してその余の損害を被告らに対し請求する意思はないと付加する。

2 そこで検討するに、公害や労働災害を原因とする大規模損害賠償訴訟において、いわゆる包括一律請求がされる事例が見られ、そのような場合には、被害者らに共通して生じた財産的損害、精神的損害を認定し、それに基づき、最低限の損害の賠償として、一律額による賠償が行われることがあり、この手法自体は、すでに認められてきたもので、これらの大規模損害賠償請求訴訟の特質に照らしても許されるものといわなければならない。しかしながら、本訴請求では、包括一律の慰謝料請求をするものであるところ、一般に慰謝料に財産的損害等の補完的作用があることは否定できないものの、これを根拠に、慰謝料請求の中に財産的損害、特に逸失利益を含めることは慰謝料算定の根拠を著しくあいまいとするものであり、もし、これを許せば、不法行為又は債務不履行を原因とする損害賠償請求訴訟においては、損害は主要事実をなすもので、原告には損害費目とその額及びその損害算定の基礎となる事実を具体的に主張、立証する責任があることを回避できる結果となり、到底許されるものではない(この点は、原告らが将来別訴を提起して、被告らに対し、財産的損害を含め、同一の原因に基づく損害を請求する意思がないことを訴訟上自認していても同様に解すべきである。)。そうすると、本訴請求は、これを具体的な財産的損害の賠償をも請求しているものとしてではなく、財産、生命、身体ないし人格等一切に生じた損害に起因する精神的損害に対する慰謝料を請求したものと解するほかなく、財産的損害については基本的には考慮しないこととする。

二 慰謝料額の算定

1 本件においては、本件従業員らがじん肺に罹患したことによる精神的損害が最も大きな損害であると解されるが、右精神的損害に対する慰謝料額を算定するに当たっては、じん肺の病像、特質及び被害の重大性、従業員本人とその家族の生活全般に長期にわたって及ぼした種々の苦痛や困窮、又は家族の看護等のほか、被告らの安全配慮義務違反の態様やじん肺被害に対する対応等に示した誠意の多少、社会的立場等諸般の事業を十分考慮に入れた上、本件従業員らが受けたじん肺管理区分と法定合併症の有無を基準にして、慰謝料額を定めるのが相当である。

本件従業員らのそれぞれについての個別的な事情は、別冊「個別主張・認定綴り」認定のとおりである。

2 以上の事実によると、本件従業員らの規準慰謝料額は次のとおりとするのが相当である。そして、本件従業員らについての具体的慰謝料額の算定は、別冊「個別主張・認定綴り」認定のとおりである。

① じん肺による死者のうち

管理区分四の該当者及び同三の該当者で合併症のある者 二二〇〇万円

右以外の者 二〇〇〇万円

② 管理区分四の該当者

二〇〇〇万円

③ 管理区分三ロの該当者のうち、

現に法定合併症のある者

一八〇〇万円

現に法定合併症のない者

一五〇〇万円

④ 管理区分三イの該当者のうち、

現に法定合併症のある者

一六〇〇万円

現に法定合併症のない者

一三〇〇万円

⑤ 管理区分二の該当者のうち

現に法定合併症のある者

一二〇〇万円

現に法定合併症のない者

一〇〇〇万円

三 弁護士費用

原告らが、原告ら訴訟代理人らに、本件訴訟の遂行を委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額及び被告らの応訴態度等諸般の事情を考慮すると、原告らが原告ら訴訟代理人らに支払うべき弁護士費用のうち、それぞれ認容額の一〇パーセントに相当する額が被告らの債務不履行と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である。

第八章  抗弁、再抗弁

(被告六社の主張の要旨)

第一  他粉じん職歴による責任の限定

一 炭鉱夫が複数の粉じん職場において稼働し、各職場の複数の安全配慮義務違反の行為によってじん肺に罹患した場合、各行為間には場所的、時間的同一性が認められないから、一部の行為者にのみ、右炭鉱夫に生じた損害の全部の責任を問うためには、右行為者が損害の一部に原因を与えたことを主張、立証しただけでは足りず、全損害が右行為者の行為によってのみ生じたことを主張、立証する必要があるというべきであり、債務不履行責任である安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求に、不法行為に基づく損害賠償に関する規定である民法七一九条一項を安易に類推適用すべきではない。

仮に民法七一九条一項を類推適用するとしても、本件においては、被告六社間には、場所的、時間的に同一性がなく、経済面でも、人事、設備面でも何らの関連性を認めることができず、また、本件従業員らの職種、作業内容、作業環境もそれぞれ異なるから、被告六社にそれぞれ安全配慮義務違反の行為があったとしても、各行為を社会的に一個の行為とは評価することはできず、関連共同性はあり得ないから、同条項に基づき責任を負わせる根拠はない。

二 複数の炭鉱で転々稼働する、いわゆるわたり鉱夫については、被告六社はその職歴を知ることはできても、以前の炭鉱における職種、作業内容、作業環境等を知ることはできないし、また、退職する際、退職後、他の炭鉱の粉じん職場で稼働することまでも予想できないから、被告六社に他の炭鉱の粉じん作業によるじん肺罹患の責任まで負担させるのは誤りである。

三 損害の公平な分担という観点からすると、複数使用者の責任割合は、当該従業員の全粉じん職歴の期間を基礎として、被告六社におけるそれぞれの粉じん職歴の期間の長短をもって定めるべきである。その場合に被告日鉄が負担すべき割合は、別表二の五四「限定責任一覧表(被告日鉄)①②」記載のとおりである(そのうち、表①は原告が勤務した粉じん職場の数に応じた分割責任で、②は粉じん職場の期間で按分した分割責任の主張である。)。また、その余の被告五社が負担すべき割合は、別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりである。

第二  消滅時効の成否

一 本訴各請求は、本件従業員らが、被告六社との間で締結した雇用契約に基づく安全配慮義務の不履行(本件従業員が被告六社の請負企業に雇用されているときは、被告六社が請負企業との間で締結した請負契約に基づく注文主としての安全配慮義務の不履行)を理由とする損害賠償請求であるところ、傷務不履行による損害賠償請求権は、本来の債務と同一性を有するから、右損害賠償請求権の消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時の最終時点から進行するというべきであるところ、右最終時点は当該従業員らの退職時であるから、消滅時効の時効期間は右退職時から進行する。

そして、被告六社が本件従業員らと雇用契約を締結することは商行為であるから、右時効期間は、商法五二二条により五年間であり、そうでないとしても、民法一六七条一項により一〇年間である。

二 仮にそうでないとしても、本件従業員らが最初にじん肺有所見診断を受けた日の翌日、又は旧じん肺法等に基づく最初の行政上の決定を受けた日の翌日からは、本件従業員らの被告六社に対する権利行使は可能であったから、右のいずれか早い日が消滅時効の起算日となる。

なお、被告三井両社は、予備的に、本件従業員らが最も重い行政上の決定を受けた日の翌日をも消滅時効の起算日として主張する。

三 仮にそうでないとしても、本件従業員らが最初に旧じん肺法等に基づく要療養の行政上の決定を受けた日の翌日、又は死亡の日の翌日から消滅時効が進行する。

以上の点につき、本件従業員らに対する被告六社各個別の主張は、別表二の四八ないし五二「時効関係一覧表」記載のとおりであって、既に各該当者については消滅時効が完成している。

第三  除斥期間の経過

一 消滅時効が成立しないとしても、本件従業員らが被告六社を退職した日の翌日から二〇年が経過すれば、民法七二四条後段が類推適用され、除斥期間の経過により、被告六社の債務は消滅する。

二 本件従業員らに対する被告六社各個別の主張は、別表二の四八ないし五二「時効関係一覧表」記載のとおりであって、既に各該当者については除斥期間が経過している。

第四  過失相殺

一 喫煙、防じんマスク不着用(被告住友、同日鉄)

使用者に安全配慮義務違反がある場合でも、労働者においては、自己の安全を守るために基本的かつ最小限度の注意を払うべき義務を免れるものではないから(改正じん肺法五条参照)、これを怠ったときは使用者の損害賠償額の算定にあたり考慮されるべきである。

喫煙は気道の粉じん除去機能を低下させ、粉じん排除機能を損ない、肺機能障害をも助長して、じん肺の罹患及び増悪に重大な影響を及ぼすにもかかわわらず、本件従業員らは喫煙をし、じん肺罹患や増悪防止のための基本的注意義務を怠った。

また、防じんマスクは、労働者自身着用に努めなければならない(保安法五条、じん肺法五条、安衛法二六条参照)のに、本件従業員らは、被告六社の係員から、坑内では必ず防じんマスクを着用するように厳しく指導、教育されたにもかかわらず、坑内で時々防じんマスクを着用せずに作業をした。

二 以上の理由によって過失相殺すべき従業員及び過失相殺の事由、割合は被告住友については別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりであり、被告日鉄については別表二の五五「過失相殺一覧表(被告日鉄)」記載のとおりである。

第五  損益相殺(被告古河を除くその余の被告五社の主張)

一 じん肺に罹患した者は、労災保険法等に基づき、各種給付金を受領するところ、本件訴訟の口頭弁論終結の日までに本件従業員又はその遺族原告が支給を受けた労災保険金等の受給額は、本件従業員の損害額から損益相殺として控除されるべきである。

二 原告らは本訴請求において包括一律の慰謝料を請求するが、これは財産的損害を加味した請求と解されるから、右労災保険金等によって補填される限り、給付の趣旨、目的如何にかかわらず、本件口頭弁論終結後に本件従業員又は遺族原告が受給する労災保険給付等の給付金についても、これを損害額から控除すべきである。

三 したがって、被告日鉄については、別表二の五七「労働災害保険・厚生年金保険―個人別受給額計算表(被告日鉄)」記載のとおりであり、その余の被告企業については、別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりであり、いずれも既受領額および将来受領額は、本件従業員の損害からそれぞれ控除されるべきである。

(被告国の主張の要旨)

第一  除斥期間の経過

一 民法七二四条後段に定める除斥期間の起算点は、損害発生の時ではなく、加害行為がされた時と解するのが相当であり、判例、通説の採用するところである。

二 本件では、遅くとも本件従業員らが炭鉱で稼働しなくなった時、すなわち炭鉱離脱日をもって、除斥期間の起算点とすべきである。したがって、右炭鉱を退職した日の翌日から二〇年が経過すれば、除斥期間の経過により、被告国の責任は消滅する。

本件従業員らに対する被告国の個別の主張は別表二の五三「除斥期間一覧表」記載のとおりであり、これらの従業員合計七五名については、本訴提起までに除斥期間が経過している。

三 仮に損害発生の時をもって除斥期間の起算点と解するとしても、遅くとも旧じん肺法等に基づく行政上の決定を受ければ、じん肺の症状が現実化、顕在化して損害賠償請求権が発生したというべきであるから、右決定を受けた日の翌日から除斥期間が経過する。

そして、原告西村武雄(原告番号一四七)、亡田畑正春(同一七八)、亡小野一義(同一九六)、亡黒木元蔵(同三三四)については、既に本訴提起までに除斥期間が経過している。

第二  過失相殺(湿式さく岩機の用法違反、散水の不履行及び防じんマスク不着用)

一 炭鉱夫は、各種の保安規定を守り、保安技術職員の指示に従うなど、自己の置かれた具体的状況に応じて、保安上必要な注意を払い、危険を防止する措置を講じる義務があるところ、炭鉱夫がこのような注意義務を尽くさず、それがじん肺の罹患又は増悪の一因となったと認められるときは、公平の観念に照らし、損害賠償額の判断において過失相殺されるべきである。仮にそうでないとしても、慰謝料算定の要素とされるべきである。

二 本件従業員らのうちには、各種粉じん作業現場に湿式さく岩機が備え付けられたにもかかわらず、これに給水しながら使用せず、本来の用法に反し、乾式さく岩機として使用した者が存在し、また、散水設備があったにもかかわらず、十分な散水を実施しなかった者、防じんマスクが支給されたにもかかわらず、これを装着しなかった者が存在するので、右の点は過失相殺の事由として考慮すべきである。

三 以上の理由によって過失相殺すべき従業員及びその事由は、別表二の五六「過失相殺一覧表(被告国)」に記載のとおりである。

第三  損益相殺

一 じん肺に罹患した者は、労災保険法等に基づき、傷病補償年金又は遺族補償年金等の各種給付金を受領するところ、本件訴訟の口頭弁論終結の日までに本件従業員又はその遺族原告が支給を受けた労災保険金等の受給額は、本件従業員の損害額から損益相殺として控除されるべきである。

二 本件従業員のうち、労災保険給付を受けた者は、別表二の五八「原告らにかかる労災保険給付状況(被告国)」記載のとおりであり、既受領額は、本件従業員の損害からそれぞれ控除されるべきである。

(原告らの主張の要旨)

第一  他粉じん職歴による責任の限定について

被告六社の安全配慮義務違反の行為は、いずれも本件従業員らが現に罹患したじん肺の原因となり得るものであるが、じん肺の進行性、不可逆性等に照らすと、被告六社の侵害行為は退職後も継続しているというべきであり、転々と稼働した複数の炭鉱のうち、いずれの炭鉱における、いずれの安全配慮義務違反行為が、どの程度、本件従業員らのじん肺罹患に原因を与えたかを確認することは不可能である。

また、炭鉱夫が被告六社の炭鉱で稼働する前、他の炭鉱で稼働していたときは、他の炭鉱で粉じんを大量に吸入したことを現に認識し、又は容易に認識できるから、十分な健康診断やじん肺教育を行なって、その労働者がじん肺に罹患しないように配慮すべきであり、更に、被告六社の炭鉱を退職するときは、右炭鉱夫が引き続き他の炭鉱で就労することを予想し、退職時に十分な健康診断やじん肺教育を行なって、退職後稼働する他の炭鉱に安全配慮義務が引き継がれるようにすべきである。

炭鉱夫が、被告六社の炭鉱を始め、複数の炭鉱において稼働し、各炭鉱の複数の安全配慮義務違反の行為によってじん肺に罹患したときは、じん肺が炭鉱における粉じんの吸入によって生じる疾患であり、健康被害が複合的に同時進行すること、被告六社が立地、操業内容及び方法を共通にし、カルテルを結んで相互に密接に結合し、労働環境、労働条件及び作業形態も殆ど同一であること、炭鉱夫は、わたり鉱夫として生涯稼働するのが通常であり、被告六社はその実態を熟知して、直ちに熟練労働者として稼働できる利点から、わたり鉱夫を積極的に採用したことなどを考慮すると、各炭鉱の安全配慮義務違反の間には、関連共同性があるから、民法七一九条一項の類推適用により、被告六社はそれぞれ本件従業員らの受けた全損害につき連帯して賠償責任を負うべきである。

第二  時効の中断

原告番号一二九番の原告らの被相続人である亡平田仙造は、昭和五〇年八月一三日、管理区分四の行政決定を受けたが、同原告らは、被告三井鉱山に対し、昭和六〇年八月五日頃到達の内容証明郵便で損害賠償債務の履行を催告し、同年一二月二六日、本件訴訟を提起したので同原告らの損害賠償請求権についての消滅時効は中断した。

第三  消滅時効援用の権利濫用

被告六社はいずれも雇用契約上の安全配慮義務に違反して、じん肺防止対策を怠り、経費を節約し、莫大な利益、資本を蓄積して、わが国屈指の大企業になったものであり、被告六社の発展は本件従業員を含む炭鉱労働者の犠牲によるものである。また、じん肺の特徴は、安全配慮義務の不履行により直ちに損害が発生し、全体の損害額が明らかになるというのではなく、右不履行後相当期間経過してからじん肺が発症し、増悪し、損害額の全体が判明することにあるが、被告六社の主張に従うと、退職時にじん肺が発症せず、まだ損害が発生していない場合でも、また、最初の行政決定を受けた時にはまだ損害が確定せず、権利を行使する上で法律上の障害がある場合でも、消滅時効の期間だけは独り進行するという不合理な結果になる。さらに、原告らは、長らく実質的には被告六社の支配、管理を受け、これに従属するという特殊な関係下にあって、日々の生活に追われ、炭鉱住宅という狭い世界で生活してきたものであって、安全配慮義務違反による損害賠償請求権を行使することなど、思いも付かないことであり、かつ、右安全配慮義務違反を理由に使用者の責任を追求することが認められたのは、やっと、昭和四〇年代後半であり、資料収集や理論構成の難しさもあって、じん肺に関する損害賠償請求訴訟が提起されるようになったのは、昭和五〇年代まで待つ必要があった。このように、原告らの権利行使が著しく困難である事情に加え、被告六社の安全配慮義務違反の態様が悪質であること、じん肺に罹患した本件従業員らの被害がきわめて深刻であることなどから、被告六社の消滅時効の援用は時効援用権の濫用であり、信義則に反し許されない。

第四  過失相殺について

一 被告国、同住友、同日鉄は、本件従業員らが防じんマスクを着用しなかった点について過失相殺を主張するが、被告らが労働者に対して、じん肺を予防するための安全教育を行い、防じんマスク着用の必要性を充分説明した上、防じんマスクの交換制度等を整えるなどすれば、自然と労働者は防じんマスクを装着するはずである。被告らはそのような措置を怠っているが、その懈怠の態様に照らせば、じん肺に関する知識がなく、防じんマスク着用の必要性の説明も受けていない本件従業員が防じんマスクを着用しなかったとしても、これを過失ということはできず、まして、過失相殺を行ったり、損害額の算定の際にこれを考慮することは許されない

二 また、被告住友、同日鉄は、本件従業員の一部の喫煙について過失相殺を主張するが、喫煙は、労働者にごく普通にみられる生活習慣であり、これとじん肺罹患との因果関係は明らかでなく、本件従業員らも被告らのじん肺教育の欠如により、喫煙がじん肺罹患に悪影響を与えるなど知り得ないことであるから、喫煙を理由に過失相殺を行うことは許されない。

三 被告国は、本件従業員の一部による湿式さく岩機の用法違反、散水の不履行及び防じんマスク不着用について過失相殺を主張するが、被告国は、労働者にじん肺についての知識を与えず、無謀な増産や合理化を押し進め、労働者に右のような防御策をとる機会を奪いながら、このような主張をするのは責任のがれの弁解にすぎない。

第五  損益相殺等について

労災保険制度と民法上の損害賠償制度は制度の目的を異にし、二重の利益を享受する関係にはないから、使用者行為災害の場合でも、労災保険給付金等につき、将来給付分はもちろん、既払給付分も損害賠償額から控除することは許されない。

仮に、既払給付分を控除するとしても、本訴請求の慰謝料額から休業補償給付金や傷病補償年金等を控除することは許されない。また、労災保険法による特別支給金は損害の填補を目的とするものではなく、療養生活援護金又は遺族見舞金等の色彩の濃い性格のものであるから、これを右慰謝料額から控除することは許されない(なお、労災保険法一二条の四参照)。

厚生年金も同じく、損害の填補を目的とするものではなく、控除は許されず、仮に既払給付分の控除を認めるとしても、障害厚生年金を控除することは許されない。また、厚生年金保険法による老齢厚生年金又は遺族厚生年金は、一定の要件がある場合に、当然に労働者もしくはその遺族が受給資格を取得するもので、じん肺被害とは全く無関係であるから、これを控除することは許されない。

(当裁判所の判断)

第一  寄与度による限定責任

この点に関する判断は、第五章の第五で説示したとおりである。したがって被告六社の抗弁は採用することができない。

第二  消滅時効について

一  契約上の基本的な債務の不履行に基づく損害賠償債務は、本来の債務と同一性を有するから、その消滅時効は、本来の債務の履行を請求し得る時から進行するものと解される(最高裁昭和三五年一一月一日第三小法廷判決・民集一四巻一三号二七八一頁参照)が、これに対し、安全配慮義務は、特定の法律関係の付随義務として一方が相手方に対して負う信義則上の義務であって、この付随義務の不履行による損害賠償請求権は、付随義務を履行しなかったことにより積極的に生じた損害の賠償請求権であり、付随義務履行請求権の変形物ないし代替物であるとはいえないから、安全配慮義務違反に基づく損害賠償債務は、安全配慮義務と同一性を有するものではない(最高裁平成六年二月二二日第三小法廷判決参照)。

そうすると、雇用契約上の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償債務が、安全配慮義務と同一性を有することを前提として、右損害賠償請求権の消滅時効は被用者である本件従業員が退職した時から進行するという被告六社の主張は、前提を欠き、失当である。

二 また、被告六社は、本件従業員が最初にじん肺有所見診断を受けた日の翌日又は改正じん肺法等に基づく最初の行政上の決定を受けた日の翌日から同人らの権利行使は可能であったから、右のいずれか早い日から消滅時効が進行する(時効期間は五年又は一〇年)と主張するので、この点について検討する。

1  雇用契約の付随義務としての安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は、民法一六七条一項により一〇年と解され(最高裁昭和四八年オ第三八三号同五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)、右一〇年の消滅時効は、同法一六六条一項により、右損害賠償請求権を行使し得る時から進行するものと解される。そして、一般に、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となるというべきところ、じん肺に罹患した事実は、その旨の行政上の決定がなければ通常認め難いから、本件においては、じん肺の所見がある旨の最初の行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したものということができる。

しかし、このことから、じん肺に罹患した患者の病状が進行し、より重度の行政上の決定を受けた場合においても、重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が、最初の行政上の決定を受けた時点で発生していたものとみることはできない。すなわち、前記認定のじん肺の病像、その健康管理区分の決定手続、被告六社の粉じん職場等における本件従業員の稼働状況と行政上の決定を受けた経緯等の事実によると、じん肺には、次のような特殊性が存在する。すなわち、じん肺は、肺内に粉じんが存在する限り進行するが、それは肺内の粉じんの量に対応して進行するという特異な進行性の疾患であって、しかも、その病状が管理二又は管理三に相当する症状にとどまっているようにみえる者もあれば、最も重い管理四に相当する症状まで進行する者もあり、また、症状が進行する場合であっても、じん肺有所見の最初の行政上の決定を受けてからより重い決定を受けるまでに長期、短期、それぞれ相異なる期間が経過し、その進行の有無、程度、早さも、患者によって多様であることが明らかである。そうすると、例えば、管理二、管理三、管理四と順次行政上の決定を受けた場合には、事後的にみると、一個の損害賠償請求権の範囲が順次量的に拡大したにすぎないようにみえるかもしれないが、このような経過を辿る中の特定の時点の病状をとらえてみると、その病状が今後どの程度まで進行するのかはもとより、進行しつつあるのか、あるいは症状が固定しているのかさえも、現在の医学では確定することができないのであって、管理二の行政上の決定を受けた時点で、管理三又は管理四に相当する病状に基づく各損害の賠償を求めることはもとより不可能なことといわなければならない。以上のようなじん肺の病変の特質に照らすと、管理二、管理三、管理四の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には、質的に異なるものがあるといわざるを得ず、したがって、重い決定に相当する病状に基づく損害は、その決定を受けた時に発生し、その時点からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであり、最初の軽い行政上の決定を受けた時点で、その後の重い決定に相当する病状に基づく損害を含む全損害が発生していたとみることは、じん肺という疾病の実態に反すること著しく、正当な解釈ということはできない。これを要するに、使用者の安全配慮義務違反によりじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時から進行するものと解するのが相当である(最高裁平成六年二月二二日第三小法廷判決参照。

2  なお、管理二の行政決定を受けたじん肺患者がその後管理三、四の決定を受けることなく死亡したときでも、じん肺の病状がより重症度へ進行したことが確定し得る場合には、より重症度の病状に基づく損害の賠償請求をすることが可能であり、右損害が確定した時点から消滅時効が進行するというべきであるところ、別紙「個別主張・認定綴り」によると、原告番号一九二の原告らの被相続人土橋六太郎は、昭和五七年九月一〇日、管理二、合併症続発性気管支炎で要療養の決定を受けていたところ、平成二年四月頃にはじん肺の症状が増悪加し、管理四の程度に至っていたことが労災保険診断書(同月一七日付け)の診断結果で明らかになっていたが、同年一一月一三日にはじん肺及び続発性気管支炎による呼吸不全で死亡したことが認定されており、右のような場合、遅くとも右診断時の平成二年四月一七日には、じん肺のより重症度の病状に進行したことにより被った損害も確定したと認められるから、右時点を消滅時効の起算点とするのが相当である。したがって、同原告らの被告三菱に対する平成五年二月一二日の第五次の訴訟提起による損害賠償請求も消滅時効期間が満了していないことになる。

3  以上の見地から、本件従業員につき消滅時効の成否を検討すると、次の原告らについては本件各訴訟を提起した日までに一〇年が経過していることは明らかである。したがって、右各原告らに関しては、いずれも消滅時効が成立したものである。

① (被告三井両社)

別表二の四八「時効関係一覧表」記載の原告のうち、亡山戸達夫(原告番号一二五)、同平田仙造(同一二九)、同伊藤一男(同一六四)、同田畑正春(同一七八)、同小野一義(同一九六)、同熊本三郎(同二〇六)、同田中団平(同三二九)、同黒木元蔵(同三三四)

② (被告三菱)

別表二の四九「時効関係一覧表③」記載の原告のうち、原告江上春義(原告番号一四一)、亡岡田喜一郎(同一四二)、同山北豊國(同四一六)

③ (被告住友)

別表二の五〇「時効関係一覧表③」記載の原告のうち、亡田中三郎(原告番号四一三)

④ (被告古河)

別表二の五一「時効関係一覧表③」記載の原告のうち、原告野之上英夫(同二一三)、同樋口正人(同三一二)

⑤ (被告日鉄)

別表二の五二「時効関係一覧表③」記載の原告のうち、亡池田秀夫(原告番号一三〇)、同岡田喜一郎(同一四二)、原告西村武雄(同一四七)

三 時効中断について

証拠によると、亡平田仙造は、昭和五〇年八月一三日、管理区分四の行政決定を受け、昭和五七年九月二八日死亡したこと、同人の相続人である原告番号一二九番の原告らは、被告三井鉱山に対し、昭和六〇年八月五日付け内容証明郵便で損害賠償債務の履行を催告し(右書面はその頃右被告に到達した。)、同年一二月二六日、本件一次訴訟を提起したことが認められ、右事実によると、右原告らの本件損害賠償請求権の消滅時効は中断し、消滅時効期間はまだ満了しないことになる。

四 権利濫用について

消滅時効を援用する権利も信義則に則り行使されるべきであって、これが権利の濫用にわたるときは、右権利を行使できないことは明らかであるが、権利濫用というためには、債務者において、債権者が訴訟提起などの権利行使行為や消滅時効の中断などの権利保全行為に出ようとするのを妨害したなど、債務者に健全な社会観念に照らして背信的と目すべき権利妨害行為ないしそれに準じる事由があり、その結果、債権者の権利行使が遅れ、消滅時効が完成したという事情がなければならないと解すべきである。

原告らは、本件じん肺被害の重大性のほか、本件従業員らの権利行使が困難な種々の事由があったとして、被告六社の消滅時効の援用が権利濫用であると主張するが、前記のとおり、けい特法が制定されたのは昭和三〇年七月であり、昭和三〇年代にはじん肺法制の整備が一段と進み、それに応じて国民世論やじん肺についての社会的認識も高まってる上、じん肺管理区分の決定を受けたときは、本人にも自己がじん肺に罹患していることはもちろん、たとえ概括的であっても、その原因や加害企業について、これを推知する手掛かりが与えられたというべきであるから、それから一〇年(その後、より重い管理区分の決定を受けたときは、さらにその時から一〇年)という期間は、原告ら主張の事由を考慮しても、本件従業員らが訴訟提起などの権利行使を行うための期間として不当に短いとはいえない。

本件証拠上、他に被告六社の消滅時効の援用が権利濫用であると判断すべき事由を認めるに足りる証拠はない。

第三  除斥期間について

次に、被告六社は、民法七二四条後段の除斥期間の経過を主張する。

しかしながら、消滅時効の起算点については、前記説示したとおり、同条を類推適用すべきではなく、債務不履行に関する民法一六六条一項によるべきであり、また、退職時から除斥期間が進行するということになると、じん肺の前記特質からは、法律上権利行使が不可能な間に除斥期間が経過してしまうという結果を招くことにもなり、法律上は権利行使可能な債権について定めた同法七二四条後段の趣旨にも合致しないこととなる。

そうすると、被告六社が民法七二四条後段の適用を前提として、別表二の四八ないし五二「時効関係一覧表」でそれぞれ主張する除斥期間は経過していないというべきである。

したがって、被告六社の右主張は採用することができない。

第四  過失相殺について

被告住友、同日鉄は、使用者が雇用契約上の安全配慮義務を負っている場合でも、労働者は、自己の安全を守るための基本的な注意義務を免れるものではないから、使用者の安全配慮義務不履行により生じた損害に関し、労働者にも過失があると認められる場合には、損害賠償額の算定において、右過失を考慮すべきであると主張し、具体的には、被告住友については、別冊「個別主張・認定綴り」のとおり、また、被告日鉄については、別表二の五五「過失相殺一覧表(被告日鉄)」のとおり、いずれも防じんマスクの不着用及び喫煙等を指摘するので、被告らの主張する個々の過失相殺事由につき、本件従業員の過失の有無及び過失相殺の程度について検討する。

ところで、労務提供の過程で生じる労働者の過誤又は不注意は、労働者の能力及び意欲等、個人的資質にその原因があるとともに、労働時間、作業条件又は作業環境・設備等の客観的要因に起因すると考えられ、また、疲労や慣れ、軽過失等による人為的な過誤は避け難い面があるから、使用者は、企業活動に伴う労働災害や職業病の防止のために、これらの要素を考慮し、労働災害等の危険の有無、程度、種類等につき、充分配慮した上、労働安全衛生基準を守るのはもちろん、作業環境・設備の改善に努めるとともに安全衛生教育等必要な措置を講じることが期待されるところである。

一 防じんマスクの不着用

第五章第二の七説示のとおり、本件従業員が被告らの貸与した防じんマスクを着用せずに粉じん作業をしていたことがあったことは否定し難いが、被告らは従業員に対して、じん肺の病理や防じんマスクによるじん肺罹患の防止効果を十分教育せずに、これを怠り、そのため本件従業員が防じんマスク着用の必要性を十分認識することができなかったのであり、また、被告が粉じん作業による発じんを防止するために適切な措置をとらず、かつ適切な防じんマスクの貸与を怠ったため、すぐ目詰まりを生じ、息苦しさのためこれを外すというのは責められることではなく、その結果、防じんマスクを常時着用することが困難な状況であったというほかないから、本件従業員がこれらの理由から防じんマスクを着用しなかったからといって、本件従業員の過失であるということはできない。

二 喫煙

喫煙がじん肺の発症及びその増悪にどのような影響を及ぼすものか確たる資料はないが、痰、咳などの呼吸器症状のほか、慢性的な影響として気管支炎、肺気腫との関係が指摘されているところからすると、喫煙がじん肺ないし合併症の症状に悪影響を及ぼすであろうことは窺われる。

しかしながら、本件従業員の中にはじん肺罹患を知った直後に喫煙を止めた者も相当数いるが、喫煙の習慣に抗しきれずに、症状の程度、その日の体調により、本数を減らしながら喫煙し、最終的には喫煙を全面的に止めるに至った者、未だに止め切れずに相当本数を減らして喫煙している者も認められるが、これらは各人の症状の経過、個人の性向、体質といった素因にもよるところであり、いずれも禁煙あるいは節煙の努力をしていることが認められるのであるから、症状を顧慮せず、喫煙を止める努力を全くしないなどの事情が認められない限り、過失相殺の対象とするのは相当でない。そして、本件全証拠によるも、本件従業員に右の特別の態様の喫煙をした者は見当たらない。よって、本件従業員の喫煙は、過失相殺の対象としない。

第五  損益相殺

被告六社は、労災保険法及び厚生年金法に基づき、いずれも本件従業員又は遺族原告が、本件口頭弁論終結時までに受給した休業補償給付、傷病補償年金、遺族補償給付等の保険給付及び将来受給すべき右保険給付等を原告らの損害額から損益相殺として控除すべきであると主張する(その詳細は、被告日鉄については、別表二の五七「労働災害保険・厚生年金保険―個人別受領額計算表(被告日鉄)」記載のとおり、また、その余の被告五社については、別冊「個別主張・認定綴り」記載のとおりである。)。

一  労災保険法による保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行なうものであるが、右保険給付の原因となる事由が使用者の行為によって惹起され、使用者が右行為によって生じた損害につき損害賠償責任を負うべき場合において、政府が被害者に対し労災保険法に基づく保険給付をしたときは、被害者が使用者に対し取得した損害賠償請求権は、右保険給付と同一の事由(労働基準法八四条二項、労災保険法附則六四条)については損害の填補がされたものとして、その給付の価値の限度において減縮するものと解されるところ(最高裁昭和五〇年オ第二六一号同五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁参照)、右にいう保険給付と損害賠償とは「同一の事由」の関係にあるとは、保険給付の趣旨、目的と民事上の損害賠償とのそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償とは同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうものと解するのが相当であって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。そして、前示の同一の事由の関係にあることを肯定することができるのは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、労災保険法による休業補償給付、傷病補償年金、遺族補償年金が対象とする損害と同性質である財産的(物質的)損害のうちの消極損害(いわゆる逸失利益)のみであって、財産的損害のうちの積極損害及び精神的損害(慰謝料)は右の保険給付が対象とする損害とは同性質とはいえないものということができる(最高裁昭和五八年オ第一二八号同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。

本件において原告らが賠償を請求する損害は、前記のとおり、精神的損害(慰謝料)であると解されるから、原告ら本件従業員又は遺族原告がすでに受領し、又は将来受領すべき前記労災保険給付等を右損害から控除することは許されない。

二  次に、厚生年金保険法に基づく保険制度は、労働者の老齢、障害又は死亡の事由があるときに保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであって、そのうち障害年金、遺族年金については、損害填補の性質をも有することは否定できないが、填補の対象は財産上の損害中の消極的損害に限られ、財産上の損害中の積極的損害又は精神的損害には及ばないから、原告ら本件従業員又は遺族原告がすでに受領し、又は将来受領すべき前記労災保険給付等を右損害から控除することは許されない。

第九章  相続

本件従業員らの相続関係(相続分の譲渡を含む。)は、別表一の五「原告ら相続関係一覧表」記載のとおりである(戸籍謄本その他の相続関係資料、弁論の全趣旨)。

したがって、本件従業員を相続した原告らはその相続分(相続分の譲渡を受けた原告らはさらに譲渡を受けた相続分)の割合に応じて本件慰謝料請求権を相続したことになる。

第一〇章  結論

以上によれば、別表一の一の「認容金額一覧表」記載の原告らの請求は、同表の「被告名」欄に棄却と記載されている被告を除く被告に対し、単独で(同表記載の被告が単独の場合)若しくは連帯して(同表記載の被告が複数の場合)、「認容金額」欄の「合計」欄記載の金員及びこれに対する原告らが提訴した各事件(第一次ないし第五次事件)毎の訴状のうち最終送達の翌日であることが記録上明らかである別表一の二「遅延損害金起算日一覧表」記載の日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める程度で理由があるから認容し(一円未満切捨て)、その余の請求及びその余の被告ら対する請求並びに別表一の三「請求棄却原告一覧表」記載の各原告らの被告らに対する請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して(なお仮執行免脱宣言については、被害救済の必要性が大きく、損害発生からの期間の経過が長期に及んでいることなどを考慮すると、相当でないので却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川畑耕平 裁判官古川順一 裁判官若宮利信)

凡例

1 当事者

原告番号の若い順に、原告番号・原告・死亡従業員名を略記する。

原告番号の百位の数字は、提訴次を示す。

例 一〇一 提訴は一次

2 炭鉱就労歴

就労期間・企業名・鉱業所ないし炭鉱名・職種を示す。

「下請」とあるのは下請企業であり、当該従業員は同企業に雇用されていたことを示す。それ以外は本工である。

3 じん肺(健康)管理区分・合併症の行政決定

じん肺(健康)管理区分・合併症に関する行政決定に変更があるときは、当該従業員につき最初になされた決定と最も重い内容の現在又は死亡時の決定を掲記する。ただし、場合により中間の決定も示す。

4 被告の主張

個別主張であっても、本文に摘示した主張については、原則として個別主張・認定綴りに摘示することは省略する。この点は原告の主張についても同様である。

5 当裁判所の判断

消滅時効・除斥期間・寄与率、損益相殺、過失相殺の各主張については、本文の第五章第四 被告各社の損害賠償責任の範囲及び相互関係、第八章抗弁、再抗弁において判示したとおりであるので、これと異なる判断をしたり、個別的に付加するなどの特別の必要がある場合を除き、個別主張・認定綴りにおいて判示することはしない。

したがって、当裁判所の判断欄に、右各主張についての説示がない場合は当該従業員に関するその点についての当裁判所の判断は、本文(その説示箇所は前記のとおり)に説示したとおりであることを示している。

原告番号一〇一 竹本良行

第一 原告の主張

一 炭鉱就労歴

1 被告三井鉱山の関係

昭二二・ 四~三八・ 九 山野炭鉱 採炭・充填

(この点は被告三井鉱山との間で争いがない。)

2 被告六社以外の関係

昭三八・ 一〇~三九・ 一 山野鉱業(株) 山野炭鉱 採炭

昭四〇・ 二~四八・ 三 (株)漆生鉱業所 第一漆生炭鉱 採炭・充填

((株)漆生鉱業所に在籍したことは、被告国との間で争いがない。)

二 身体被害

1 じん肺の発症の管理区分の認定

大正一〇年二月一八日生。原告は、若い時は頑健で、体力があり、残業もよくこなした。炭鉱離職後せきやたんが出るようになり、昭和五三年からは階段を上がるにも息切れがし、それが次第にひどくなり、当時従事していた地下鉄工事が続けられなくなって、退職した。

昭和五六年三月七日、じん肺管理区分三ロの決定を受け、更に昭和五七年五月一二日、管理三ロ、エックス線写真像PR3、肺機能障害F(−)、合併症続発性気管支炎、要療養の決定を受けた(決定の日及びその内については争いがない。)。

2 現在の症状

身の回りのことは自分で出来るが、歩く速さは通常人の半分程度、坂道を歩くのは辛い。平地でも四、五十メートル歩くと息切れがひどい。夜はせきのため上を向いて眠れない。

第二 被告三井炭鉱の主張

一 原告の疾病の内容及び程度について

昭和五七年四月二日付けじん肺健康診断結果証明書には、昭和五六年三月の肺機能検査の結果がF(−)であったとの記載があり、平成三年五月二四日付け労災保険診断書でも肺機能検査はF(−)であるから、肺機能障害は極めて軽い。

肺活量は、昭和五七年四月二日付けの診断書の肺機能検査で二二〇〇ml、%肺活量は七〇%、平成三年五月二四日付けの同検査で二五六〇ml、%肺活量は八一%となっており、肺機能は好転し、合併症も治癒している。

一秒率も正常であり、・V二五/身長は限界値の設定自体に問題があり参考とならない。

じん肺のエックス線写真像は左右対象になるのが通常であるが、平成三年五月二四日付けの診断書のエックス線写真像は左右対象でなく、じん肺のそれとはいえない。

二 寄与率

原告は、地下鉄工事の粉じん作業に従事した職歴があり、全粉じん職歴は約二六年、うち炭鉱坑内職歴は二五年、被告三井鉱山における坑内職歴は一六年六月であるから、損害賠償額の算定に当たっては、右の寄与率に従い、減額をするべきである。

三 保険給付

年額二三七万一〇〇〇円の厚生年金保険(老齢)と年額三〇三万六〇〇〇円の労災保険(傷病)が支給されているので、損害賠償額の算定に当たっては、損益相殺をするか少なくとも右の点を考慮に入れるべきである。

第三 当裁判所の判断

一 炭鉱就労歴

証拠によれば、原告主張のとおり認められる。

二 身体被害

1 証拠によれば、①じん肺の発症、②現在の症状については、原告主張のとおり認められる。

2 被告三井鉱山の主張について

証拠によれば、原告の肺機能検査の結果は次のとおりであることが認められる。

① 昭和五七年四月二日付けじん肺健康診断結果証明書(診断時六一歳)

第一次検査

%肺活量 七〇

一秒率 五三(限界値47.47)

・V二五/身長 1.1(限界値0.53)

呼吸困難の程度 Ⅲ度

判定 F(−)

② 平成三年五月二四日付け労災保険診断書(診断時七〇歳)

第一次検査

%肺活量 81.2

一秒率 80.9(限界値44.11)

・V二五/身長 0.45(限界値0.44)

呼吸困難の程度 Ⅲ度

判定 F(−)

疾病名 じん肺、続発性気管支炎

③ 平成四年四月二三日付け労災保険診断書(診断時七一歳)

第一次検査

%肺活量 74.1

一秒率 79.6(限界値43.74)

・V二五/身長 0.46(限界値0.43)

呼吸困難の程度 Ⅲ度

判定 F(+)

疾病名 じん肺、続発性気管支炎

右の認定事実によれば、原告は、①②の診断で肺機能障害がF(−)と判定されたが、③ではF(+)すなわち、じん肺による肺機能障害があるとの判定に変ったこと、また③の診断でも引き続き続発性気管支炎と診断されていることが認められ、じん肺の病像・特質、右各診断書に記載された原告のエックス線写真像(①粒状影三/三型、タイプq②大陰影C③大陰影B~C)、自覚症状の内容・程度、呼吸困難の程度等、諸般の事情を合わせ考慮すれば、被告三井鉱山の主張するような事由のみで原告の続発性気管支炎が既に治癒したとは認め難い。

次に、被告三井鉱山は、原告のエックス線検査について、じん肺の通常の型とは異なる旨疑問を提示するが、原告は昭和五七年五月一二日のじん肺管理区分決定以来、健診の都度エックス線検査を含め各種の検査を受けたが一貫してじん肺であるとの診断を受けたものであって、原告がじん肺に罹患しているとの専門医師の診断はもはや動かし難いというべきであるから、被告三井鉱山の主張は採用し難い。

このように原告がじん肺と続発性気管支炎に罹患していることは明らかであるから、その管理区分に応じた病変や症状があることを否定することはできない。

三 結論(慰謝料額)

以上によれば、原告については、格別慰謝料を増減すべき事由もないので、被告三井鉱山に請求し得べき慰謝料額は、基準額のとおり一八〇〇万円とするのが相当である。

原告番号一〇二~一一八<省略>

原告番号一一九の一、二 高木アキ子外一名(死亡従業員 高木佐一)

第一 原告らの主張

一 炭鉱の就労歴

1 被告日鉄

昭一六・ 四~二〇・一二 二瀬(二瀬技能者養成所 雑夫・傭夫直方石炭技術養成所 保安係)

2 被告三菱

昭二二・ 五~二七・ 九 飯塚 採炭

3 被告住友

昭四〇・ 三~四六・一〇 奔別 採炭

4 被告企業以外

昭三三・一二~三六・ 六 梅田鉱業株式会社 九郎丸 採炭

昭三六・ 七~四〇・ 三 幸袋鉱業株式会社 加賀 掘進

二 身体被害

1 じん肺の発症と管理区分の認定

亡高木佐一(大正一五年五月一二日生)は、昭和四一、二年頃から身体の不調を訴え、咳、息切れが出て仕事も休みがちになり、その後医師からけい肺と診断された。炭鉱離職後、昭和五七年二月まで、被告住友本社で用務員として勤務したが、慶応義塾大学病院で受診したところ、昭和五〇年一一月一五日、管理三の決定を受けて約四ヶ月入院し、さらに、昭和五六年一一月一六日、管理四、肺結核の合併症で要療養の決定を受けた。

2 症状の経過及び死亡

管理四の認定を受けた後、帰郷し、直ちに嘉穂病院に入院し、以後も入、退院を繰り返したが、昭和六二年八月二二日、じん肺による呼吸不全のため死亡した(当時六一歳)。

第二 被告らの主張

一 被告日鉄

1 原告ら主張の炭鉱就労歴は認める。

2 亡佐一は、被告日鉄における就労期間中、殆ど粉じん作業に従事しなかったから、同被告に責任はない。

二 被告三菱

1 原告ら主張の炭鉱就労歴は、職種を除き認める。職種は否認する。

2 亡佐一が死亡する半年前の労災保険診断書でも、肺胞気動脈血酸素分圧較差は30.30TORRと良好な数値を示しており、重篤な健康被害があったか疑わしく、肺結核の既往症の影響が考えられる。

3 他粉じん職歴による限定責任

亡佐一は、被告三菱経営の炭鉱以外の炭鉱でも長期間稼働し、粉じん作業に従事したことを自認しているところ、右稼働期間約一八年のうち被告三菱における稼働期間は約四年五ケ月に過ぎないから、同人のじん肺の発症及び病状については、同被告以外の炭鉱における粉じん暴露も因果関係があるものというべきであり、損害賠償額の算定に当たっては、右寄与率に従い、相当な割合の減額をするべきである。

4 損益相殺

亡佐一は、昭和五二年九月から障害厚生年金給付を受けたほか、昭和五一年一〇月頃から多額の休業補償、傷病補償年金等の労災保険金を受領しているはずであるし、また原告アキ子には亡佐一死亡に伴う遺族補償金が支払われているはずであるので、損害賠償額の算定に当たっては、損益相殺をするか、少なくとも右の点を考慮に入れるべきである。

三 被告住友

1 原告ら主張の炭鉱就労歴は認める。

2 他粉じん職歴による限定責任

亡佐一は、被告住友経営の炭鉱以外の炭鉱でも長期間稼働し、粉じん作業に従事したことを自認しているところ、右稼働期間約二三年八月のうち被告住友における稼働期間は約六年七ケ月に過ぎないから、同人のじん肺の発症及び病状については、同被告以外の炭鉱における粉じん暴露も因果関係があるものというべきであり、損害賠償額の算定に当たっては、右寄与率に従い、相当な割合の減額をするべきである。

3 過失相殺

亡佐一は、自ら健康管理に努め、じん肺に罹患しないように、また、これが増悪しないように注意すべきであったにもかかわらず、じん肺の症状が出ているのを秘して、退職金を得るために、昭和四六年一〇月、被告住友を退職するまで約三ケ月間働くなどして、これを怠ったものであるから、損害賠償額の算定に当たっては、相当な割合の過失相殺をすべきである。

4 損益相殺

被告三菱の損益相殺に関する主張と同旨。

四 被告国

原告ら主張の炭鉱就労歴について、被告日鉄、同住友の各炭鉱就労歴及び同三菱の在籍及び就労炭鉱は認め、その余は不知。

第三 当裁判所の判断

一 炭鉱就労歴

証拠によれば、亡佐一の在籍、就労炭鉱、職種は原告主張のとおりであることが認められる(被告日鉄、同住友の各炭鉱就労歴については、各被告との間に争いはなく、同三菱について、在籍、就労炭鉱は同被告との間に争いはない。)。

被告日鉄の二瀬炭鉱については、右各証拠によると、亡佐一の職種は石炭分析、ガス測定(坑内ガス)と認められるところ、証拠によると、亡佐一は、昭和一六年四月から同一八年三月まで二瀬技能者養成所で研修を受け、そのうち坑内実習が約九カ月であったこと、また、同年四月から同一九年四月まで鉱務課に属し、雑夫・傭夫として就労し、同月から約四カ月直方石炭技術養成所で研修を受け、同年八月から同二〇年一二月まで保安係員として石炭分析、ガス測定(坑内ガス)に従事したが、坑内における測定等の作業は月に数回程度に過ぎなかったことが認められるから、前記(第五章の第四)説示のとおり、被告日鉄の債務不履行と亡佐一のじん肺罹患との間の因果関係を否定するのが相当である。

よって、被告日鉄に対する請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。

二 証拠によれば、①じん肺の発症と管理区分の認定、②症状の経過及び死亡は、いずれも原告らの主張のとおり認められる。

なお、証拠によると、亡佐一の昭和六一年一二月の労災保険健康診断時には、%肺活量56.7%、一秒率40.5%と著しい肺機能障害があると認められる数値を示し、エックス線写真の像に大陰影Cが認められるのであるから、管理四に相当する症状があったことを否定することはできない。

三 被告らの主張について

1 自己健康管理義務違反による過失相殺については、本件全証拠によるも、亡佐一において、退職金を得るために、じん肺の症状が出ているのを秘してあえて働き続けたような事実を認めることができない上、多少の身体の不調を耐えつつ稼働したからといって、他に生計の手段のない労働者としてはやむを得ないことであり、右のような事由を理由に過失相殺を行うことを認めれば一方当事者に極めて酷な結果になるから、過失と評価すべきものではない。

2 他粉じん職歴による限定責任については、前記第五章第四の説示のとおり。

3 損益相殺については、前記第八章第五の説示のとおり。

四 結論(慰謝料額)

以上によれば、原告らについては、格別慰謝料を増減すべき事由もないので、原告らが被告三菱、同住友に対し、慰謝料として請求し得べき金額は、本件基準慰謝料額のとおり、二二〇〇万円とするのが相当である。

原告番号一二〇~一四三(省略)

原告番号一四四の一ないし五 松岡キミコ外四名(死亡従業員 松岡利國)

第一 原告らの主張

炭鉱の就労歴

1 被告古河

昭二四・ 九~二七・ 八 下山田掘進

昭四一・ 六~四四・一一 下山田軌条大工(下請 白石組)

昭四四・一一~四五・ 一 下山田軌条大工

2 被告六社以外

昭二二・ 六~二二・一〇 日本炭鉱株式会社 山田 採炭

昭三一  ~三二 三友鉱業株式会社 三友 採炭(下請入江組)

昭三四・ 五~三四・ 九 久恒鉱業株式会社 漆生 掘進(下請武田組)

昭三八・ 五~三八・ 八 株式会社第二日吉炭鉱 日吉 掘進

昭三八・ 八~三九・一〇 共同石炭鉱業株式会社 日吉 掘進

二 身体被害

1 じん肺の発症と管理区分の認定

亡松岡利國(明治四二年七月一七日生)は、炭鉱離職後、日雇や建築業下請をしていたが、昭和五六年二月頃からひどい咳が出るようになり、昭和五七年一月頃、嘉穂病院で珪肺、結核の診断を受けて約六ケ月ほど入院し、昭和五八年二月二四日、管理二、肺結核の合併症により要療養の決定を受けた。

2 症状の経過及び死亡

亡利國は、その後、昭和五九年四月から約三ケ月ほど入院し、退院後は定期的に通院治療を受けながら自宅で療養していたが、平成二年、発作を起こして入院し、平成四年七月二三日、心筋梗塞により死亡した(当時八三歳)。

第二 被告らの主張

一 被告古河

1 原告主張の炭鉱就労歴のうち、亡利國が昭和二四年九月から同二七年八月まで下山田炭鉱で就労したことは認めるが、職種は否認する。また、昭和四四年一一月から同四五年一月まで軌条大工として下山田炭鉱で就労したことは認める。下請の白石組での就労は否認する。

2 損益相殺

亡利國は、昭和五七年一月から労災保険給付を受け、平成三年当時毎月約一七万円の労災保険と約一〇万円の厚生年金保険の給付を受けていたので、損害賠償額の算定に当たっては、損益相殺をするか、少なくとも右の点を考慮に入れるべきである。

二 被告国

被告古河に在籍し、下山田炭鉱で就労していたことは認めるが、その余の在籍関係は不知。

第三 当裁判所の判断

一 炭鉱就労歴

証拠によれば、亡利國の炭鉱就労歴は原告ら主張のとおりであることが認められる(被告古河の炭鉱就労歴については、亡利國が昭和二四年九月から同二七年八月まで下山田炭鉱で就労したこと及び昭和四四年一一月から同四五年一月まで軌条大工として下山田炭鉱で就労したことは同被告との間に争いはない。)。

二 身体被害

1 証拠によれば、①じん肺の発症と管理区分の認定、②症状の経過及び死亡については、原告らの主張のとおりであることが認められる。

2 しかしながら、その死亡原因である心筋梗塞については、これをじん肺と因果関係のあるものと認めることは困難であり、同人の死亡がじん肺に起因するものと認めることはできない。

三 結論(慰謝料額)

以上によれば、原告らについては、格別慰謝料を増減すべき事由も認められないから、原告らが被告古河に対し、慰謝料として請求し得べき金額は、本件基準慰謝料額のとおり、一二〇〇万円とするのが相当である。

原告番号一四五~一六二(省略)

原告番号一六三 神崎光十郎

第一 原告の主張

一 炭鉱就労歴

1 被告三井鉱山の関係

昭一五・三~三八・七 田川炭鉱 採炭

(ただし、昭和一九年五月から同二〇年一二月まで兵役。以上は職種を除き被告三井鉱山との間で争いがない。)

2 被告六社以外の関係

昭三九・四~四四・五 田川鉱業(株)田川炭鉱 採炭

昭四四・七~四八・三 山野鉱業(株)山野炭鉱 採炭

(山野鉱業(株)に在籍したことは、被告国との間で争いがない。)

二 身体被害

1 じん肺の発症と管理区分の認定

大正一二年三月一日生。若い頃は体力には自信があり、残業も他人に負けないぐらいして働いた。昭和四八年三月に炭鉱を辞めてからは、身体がだるく、風邪を引きやすく、息切れがして、せきも出るようになった。昭和五二年検査を受けたところ、じん肺と診断され、昭和五二年六月二四日、じん肺管理区分三イの、昭和五三年一二月二七日、管理三ロの決定をそれぞれ受けたが、更に昭和五五年七月二一日にじん肺管理区分三ロ、エックス線写真像PR3、合併症結核性胸膜炎、要療養の決定を受けた(決定の日及びその内容については争いがない。)。その後約一年半で合併症は治癒したとして、その部分の認定は取り消された。

2 現在の症状

少し歩くと疲れ、ちょっとした坂道でも息切れがし、顔が真っ白になる。夜寝る時と朝方によくせきが出、止まらないことがある。寝ていて呼吸困難になり、入院したこともある。

第二 被告三井鉱山の主張

一 原告の疾病の内容及び程度について

原告の場合、昭和五五年六月三〇日付けじん肺健康診断個人票によれば、肺機能検査はF(+)であり、昭和六〇年九月六日付けじん肺健康診断結果証明書によると、肺機能検査はF(−)であり、健康管理手帳でも平成三年五月二七日付け判定はF(−)である。したがって、同原告の肺機能障害は極めて軽度である。

じん肺の場合エックス線写真における陰影は基本的に左右対象となるが、原告の前記各診断書によれば、エックス線写真の陰影が左右対象でなく、じん肺とは判断し難い。

原告には狭心症があるから、歩くと胸が締めつけられるなどの症状は、これによるものである。

二 寄与率

原告は、炭鉱坑内職歴は三四年一月、被告三井鉱山における坑内職歴は二三年五月であるから、損害賠償額の算定に当たっては、右の寄与率に従い、減額をするべきである。

第三 当裁判所の判断

一 炭鉱就労歴

証拠によれば、原告主張のとおり認められる。

二 身体被害

1 証拠によれば、①じん肺の発症②現在の症状については、原告主張のとおり認められる。

2 被告三井鉱山の主張について

じん肺健康診断書によれば、原告の肺機能検査の結果は次のとおりであることが認められる。

① 昭和五五年六月三〇日付けじん肺健康診断個人票(診断時五七歳)

第一次検査

%肺活量 82.3

一秒率 50.0(限界値48.96)

・V二五/身長 0.43(限界値0.57)

呼吸困難の程度 Ⅳ度

判定 F(+)

疾病名 じん肺、胸膜炎

②昭和六〇年九月六日付けじん肺健康診断結果証明書(診断時六二歳)

第一次検査

%肺活量 一一二

一秒率 八七(限界値47.09)

・V二五/身長 0.163(限界値0.52)

呼吸困難の程度 Ⅱ度

判定 F(−)

右の認定事実によれば、原告は②の診断で肺機能障害が①の診断時のF(+)からF(−)に好転していることが認められる。

一方、原告の健康管理手帳をみると、昭和五五年六月及び同五七年七月の検査では肺機能障害はF(+)であるが、昭和五八年六月以降F(−)に転じ、平成三年五月まで同じである。しかし、エックス線写真像は、右全期間を通じ二ないし三型で、大陰影(A)の像が出た年もあり、呼吸困難の程度は殆どがⅢ度で、稀にⅣ度もある。

これらを総合して考えると、原告にじん肺による著しい肺機能障害があるとは認められないものの、肺機能障害が全くないとはいえず、軽度ながらもこれが存在し、身体の諸条件次第でこれが顕在化する虞がある状態にあるものというべきである。

次に、被告三井鉱山は、原告のエックス線写真像について、じん肺の通常の型とは異なる旨疑問を提示するが、原告は昭和五二年六月二四日のじん肺管理区分決定以来、健診の都度エックス線検査を含め各種の検査を受けたが一貫してじん肺であるとの診断を受けたものであって、原告がじん肺に罹患しているとの専門医師の診断はもはや動かし難いというべきであるから、被告三井鉱山の主張は採用し難い。

このように、原告がじん肺症に罹患していることは明らかであるから、その管理区分に応じた病変や症状があることを否定することはできない。

なお、原告には狭心症の疾患があるとしても、同人の症状すべてをそれだけで説明できるものでもない。

三 結論(慰謝料額)

以上によれば、原告については、格別慰謝料を増減すべき事由もないので、同人が慰謝料として被告三井鉱山に請求し得べき金額は、基準額のとおり一五〇〇万円とするのが相当である。

原告番号一六四~三〇六(省略)

原告番号三〇八 山崎富夫

第一 原告の主張

一 炭鉱の就労歴

1 被告日鉄

昭三九・ 四~三九・ 六 嘉穂 採炭

2 被告三菱

昭三九・ 六~四四・ 九 高島 採炭

昭四四・ 九~四八・一二 三菱高島炭鉱(株) 高島 採炭

昭四八・一二~五五・一〇 三菱石炭鉱業(株) 高島 採炭

3 被告企業以外

昭二八・一一~二九・ 七 日本炭鉱(株) 相浦 掘進

昭三〇・ 九~三七・ 五 長尾炭鉱(株) 日野 採炭

昭三七・ 八~三八・ 九 中興鉱業(株) 江口 採炭

昭三八・ 九~三九・ 二 長尾鉱業(株) 日野 採炭

二 身体被害

1 じん肺の発症と管理区分の認定

昭和五四年頃から、坂道を歩くとすぐに息切れするようになり、佐世保労災病院で受診したところ、じん肺の管理区分決定の申請を薦められ、申請したところ、同年一二月二八日、管理四と決定されたが、会社の労務課に強く促され、再検査を受けることになり、昭和五五年一二月一五日、審査請求の裁決により管理一となった。その後も労災病院で治療を受けていたが、同病院医師にじん肺が悪くなっているから、申請するように言われ、申請したところ、昭和五七年二月一九日、管理四の決定をうけた。

2 症状の経過及び現在の症状

その後も痰や咳に悩まされ、動いたときの息切れと動悸が年々ひどくなり、歩ける距離が短くなった。

第二 被告らの主張

一 被告三菱

1 原告が昭和三九年六月から昭和四四年九月まで被告三菱に在籍し、高島炭鉱で採炭に従事していたことは認める。被告三菱は、昭和四四年九月、高島炭鉱の鉱業権を三菱高島炭鉱株式会社に譲渡し、高島炭鉱は以後同社が、昭和四八年一二月以降は三菱石炭鉱業株式会社が採掘していた。両社とも被告三菱とは別法人であり、被告三菱と右両社の従業員との間には雇用関係はもとより何らの指揮命令関係もない。

2 昭和五六年九月の診断では・V二五/身長以外の各検査値とも著しい肺機能障害の有無判定の限界値を上回っており、昭和五七年二月の管理四の決定は疑わしく、その後の検査値からも軽症化していることが窺われる。

3 寄与率、過失相殺及び損益相殺について

(一) 原告の主張によれば、原告の炭鉱職歴は、合計二五年四月に及び、そのうち被告三菱での在籍年数は五年三月で、全炭鉱職歴の20.7%に過ぎない。したがって、仮に原告主張の健康被害があり、かつ被告三菱の安全配慮義務違反が認められるとしても、被告三菱の責任に係わる損害は全損害中の右割合を越えることはない。

(二) 原告は、自ら健康管理に努め、じん肺に罹患しないように注意すべきであったにも拘わらず、一日一〇本の喫煙を続けるなどしてこれを怠ったものであるから、損害賠償額の算定に当たっては、相当な割合の減額をすべきである。

(三) 原告は、昭和六一年当時年額三一七万六四〇〇円の労災保険金を受給し、平成四年には年額三〇二万五〇〇〇円を受給している。そこで右の平均年額三一〇万〇七〇〇円を基に、管理四の認定を受けた昭和五七年二月から現在まで一一年間の既受給額を推計すると、その総額は三四一一万円余となるので、損害賠償を算定するに当たっては、損益相殺するか、少なくとも右の点を考慮に入れるべきである。

二 被告日鉄

1 原告の炭鉱職歴は、いずれも認める。

2 平成三年の診断では、一秒率、%肺活量の数値も良好であり、管理四に相当する症状はない。

三 被告国

原告の炭鉱職歴についてはいずれも不知。

第三 当裁判所の判断

一 炭鉱就労歴

証拠によれば、原告の在籍、就労炭鉱、職種は原告主張のとおりであることが認められる(被告日鉄関係部分はすべて同被告との間に争いがなく、昭和四四年九月までの被告三菱における在籍、就労炭鉱は同被告との間に争いはない。)。

被告日鉄での炭鉱就労期間自体は、二か月余りと短く、かつ原告の全炭鉱就労歴と比較して一パーセント未満と極端に少ないから、第五章第五の説示のとおり、同被告の安全配慮義務違反と原告のじん肺罹患との因果関係はないと判断する。

二 身体被害

1 証拠によれば、①じん肺の発症と管理区分の認定、②症状の経過及び現在の症状については、原告の主張のとおり認められる。

2 被告三菱、同日鉄の主張について

証拠によれば、原告のじん肺健康診断の結果等は次のとおりであることが認められる。

①昭和五六年九月一四日付けじん肺健康診断結果証明書(診断時五六歳)

第一次検査

%肺活量 100.9%

一秒率 79.6%(限界値49.33)

・V二五/身長 0.38(限界値0.59)

第二次検査

肺胞気動脈血酸素分圧較差 30.87(限界値35.56)

判定 ()

エックス線写真

粒状影 2/2

呼吸困難の程度 Ⅲ度

痰の量 二ml 性状 M1

なお、医師の意見欄に、呼吸困難Ⅲ。・V二五/身長F()であるので総合的にみてF()とした旨の記載がある。

②平成三年四月二日付け労災保険診断書(診断時六六歳)

第一次検査

%肺活量 77.5%

一秒率 68.8%(限界値45.6)

・V二五/身長 0.33(限界値0.48)

判定 (+)

呼吸困難の程度 Ⅳ度

エックス線写真

粒状影 2/1

不整形陰影 1/1

付加記載事項 em(著名な肺気腫)

合併症に関する検査

痰の量 五ml 性状 P2

判定 要療養

なお、疾病名の欄にF()の記載

③平成四年四月一一日付け労災保険診断書(診断時六七歳)

第一次検査

%肺活量 63.9%

一秒率 70.1%(限界値45.23)

・V二五/身長 0.27(限界値0.47)

判定 (+)

呼吸困難の程度 Ⅳ度

エックス線写真

粒状影 1/1

不整形陰影 2/1

付加記載事項 em(著名な肺気腫)

合併症に関する検査

痰の量 五ml 性状P2

判定 続発性気管支炎 要療養

前記認定の昭和五六年九月の診断結果によると、・V二五/身長が限界値未満であり、呼吸困難の程度がⅢ度であるから、一般的にF()と判定する基準を充足しておるものの、二次検査の肺胞気動脈血酸素分圧較差が限界値を超えず、F()と判定する基準に達していないことが認められるが、二次検査の結果の方をより重視すべきであるともいえず、むしろ労働省安全衛生部労働衛生課編「じん肺診査ハンドブック」によると、検査結果の判定に当たっては、判定の基準値に機械的に当てはめるのではなく、エックス線写真像、既往歴及び過去の健康診断の結果、自覚症状及び臨床所見等を含めて総合的に判断すべきものとされていることからすると、F()とした判定に格別不合理な点は見だせない。

また、その後の平成三年及び同四年の診断結果によると、%肺活量・V二五/身長、呼吸困難の程度等の数値がいずれも前回より確実に悪化しており、また右各診断時には合併症である続発性気管支炎が要療養とされていることなどを考えると、原告の病状は昭和五六年当時より全体として重くなっているというべきである。

三 過失相殺等の主張について

1 原告は、以前は四〇本喫煙していたが、医師に注意され、自身でも喫煙後苦しくなるにも拘わらず、禁煙することができずに、現在でも一日一〇本程度喫煙していることが認められるところ、第八章、第四で説示したとおり、過失相殺の対象とまではし難い。

2 寄与率及び損益相殺の主張については、第五章第五及び第八章第五で説示したとおり。

四 結論(慰謝料額)

以上によれば原告については、格別慰謝料増減の事由もないので、原告が被告三菱に対し、慰謝料として請求し得べき金額は、本件基準額のとおり、二〇〇〇万円とするのが相当である。

原告番号三〇九~四一八(省略)

目録二 原告ら代理人目録

原告ら代理人弁護士 角銅立身

同 出雲敏夫

同 馬奈木昭雄

同 安部千春

同 諫山博

同 多加喜悦男

同 安部尚志

同 椛島敏雄

同 松岡肇

同 荒牧啓一

同 山本一行

同 橋本千尋

同 稲村晴夫

同 三浦邦俊

同 上田国広

同 岩本洋一

同 小宮学

同 本多俊之

同 内田省司

同 原田直子

同 安永一郎

同 小澤清實

同 藤尾順司

同 井手豊継

同 登野城安俊

同 前田豊

同 宮原貞喜

同 河西龍太郎

同 三溝直喜

同 吉村拓

同 川副正敏

同 岩城邦治

同 塩塚節夫

同 桑原善郎

同 住田定夫

同 村井正昭

同 田中利美

同 前野宗俊

同 横山茂樹

同 八尋光秀

同 島内正人

同 吉野高幸

同 吉田孝美

同 配川壽好

同 鍬田万喜雄

同 小野寺利孝

同 林健一郎

同 永尾廣久

同 池永満

同 尾崎英弥

同 江上武幸

同 中村尚達

同 辻本章

同 堀良一

同 内田茂雄

同 木上勝征

同 木梨芳繁

同 辻本育子

同 小林清隆

同 白垣政幸

同 小泉幸雄

同 庄野孝利

同 矢野正彦

同 八尋八郎

同 渡邊和也

同 原正己

同 中尾晴一

同 小島肇

同 立木豊地

同 福崎博孝

同 山元昭則

同 田邊匡彦

同 津田聡夫

同 下東信三

同 江越和信

同 小野正章

同 田中久敏

同 高木健康

同 林田賢一

同 名和田茂生

同 石井精二

同 小西武夫

同 小堀清直

同 河邉真史

同 増永弘

同 小宮和彦

同 幸田雅弘

同 高尾實

同 千場茂勝

同 野林豊治

同 有馬毅

同 宇都宮英人

同 塘岡琢磨

同 吉田雄策

同 安田寿朗

同 猪狩康代

同 肘井博行

同 山本高行

同 長野順一

同 宇治野みさえ

同 前田憲徳

同 矢野正剛

同 伊黒忠昭

同 久保井摂

同 石田明義

同 藤本明

同 亀田成春

同 岩田務

同 山下登司夫

同 田中貴文

同 渡辺正之

同 齋藤拓生

以上

目録三 被告(指定)代理人目録

被告国代理人弁護士 中野昌治

被告国指定代理人 笹川靖雄

外二四名

被告三井鉱山株式会社・同三井石炭鉱業株式会社代理人弁護士 松崎正躬

同 平岩新吾

同 徳永賢一

同 山本紀夫

被告三菱マテリアル株式会社代理人弁護士 石田市郎

同 渡辺修

同 吉沢貞男

同 冨田武夫

同 山西克彦

同 伊藤昌毅

同 渡辺修

同 和智公一

被告住友石炭鉱業株式会社代理人弁護士 成冨安信

同 高見之雄

同 安西愈

同 外井浩志

被告住友石炭鉱業株式会社復代理人弁護士 込田晶代

被告古河機械金属株式会社代理人弁護士 長尾憲治

被告日鉄鉱業株式会社代理人弁護士 松崎隆

同 山口定男

同 関孝友

同 三浦啓作

同 伊達健太郎

表一の一  認容金額一覧表

事件・原告番号

原告名

被告名

認容金額(単位 円)

事件

原告番号

慰謝料

弁護士費用

合計

一〇一

竹本良行

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

一〇二―一

畝山利子

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

古河

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

畝山修一

国 (棄却)

三井鉱山

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

古河

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

畝山祐二

国 (棄却)

三井鉱山

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

古河

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

一〇三―一

髙橋コ才キ

国 (棄却)

三井砿山

七三三万三三三三

七三万三三三三

八〇六万六六六六

―二

堀アキ子

国 (棄却)

三井鉱山

四八八万八八八八

四八万八八八八

五三七万七七七六

―三

市川ヨシ子

国 (棄却)

三井鉱山

四八八万八八八八

四八万八八八八

五三七万七七七六

―四

髙橋実

国 (棄却)

三井鉱山

四八八万八八八八

四八万八八八八

五三七万七七七六

一〇七

宮崎昭市

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一〇八―一

若松フミ

国 (棄却)

三井石炭

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

今永睦美

国 (棄却)

三井石炭

五〇〇万

五〇万

五五〇万

―三

高橋けい子

国 (棄却)

三井石炭

五〇〇万

五〇万

五五〇万

一一〇―一

井上ミサコ

国 (棄却)

住友

八〇〇万

八〇万

八八〇万

日鉄 (棄却)

―二

井上昭

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

日鉄 (棄却)

―三

井上豊

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

日鉄 (棄却)

一四四

城利彦

国 (棄却)

三井石炭

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

一一九―一

高木秋子

国 (棄却)

三菱

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

住友

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

日鉄 (棄却)

―二

吉岡一美

国 (棄却)

三菱

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

住友

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

日鉄 (棄却)

一二〇

貞本裕

国 (棄却)

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一二一―一

川﨑ヒサ子

国 (棄却)

三井鉱山

九〇〇万

九〇万

九九〇万

三菱

九〇〇万

九〇万

九九〇万

古河

九〇〇万

九〇万

九九〇万

一二一―二

神山継吉

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇万

一八万

一九八万

三菱

一八〇万

一八万

一九八万

古河

一八〇万

一八万

一九八万

―三

西田久美子

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇万

一八万

一九八万

三菱

一八〇万

一八万

一九八万

古河

一八〇万

一八万

一九八万

―四

川﨑幸宏

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇万

一八万

一九八万

三菱

一八〇万

一八万

一九八万

古河

一八〇万

一八万

一九八万

―五

小島幸子

国 (棄却)

三井砿山

一八〇万

一八万

一九八万

三菱

一八〇万

一八万

一九八万

古河

一八〇万

一八万

一九八万

一二一―六

村田伸子

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇万

一八万

一九八万

三菱

一八〇万

一八万

一九八万

古河

一八〇万

一八万

一九八万

一二二

田中実

国 (棄却)

三菱

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一二三

一井武義

国 (棄却)

三菱

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

一二四―一

河合キミ子

国 (棄却)

三菱

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

河合辰行

国 (棄却)

三菱

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―三

宮本幹子

国 (棄却)

三菱

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―四

岡田素子

国 (棄却)

三菱

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―五

河合利世

国 (棄却)

三菱

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―六

河合孝義

国 (棄却)

三菱

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

一二六

岡留今朝吉

国 (棄却)

三井鉱山

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

一二七―一

添谷澄江

国 (棄却)

三井鉱山

五〇〇万

五〇万

五五〇万

―二

添谷祥三

国 (棄却)

三井鉱山

二五〇万

二五万

二七五万

―三

大場眞弓

国 (棄却)

三井鉱山

二五〇万

二五万

二七五万

一二八

杉本常雄

国 (棄却)

三井鉱山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

一二九―一

平田カヲリ

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

平田茂信

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

一三一―一

松薗ノブ

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

松薗勇

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―三

堀直子

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―四

長尾幸子

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

一三二

福本篤

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

一三三

布施春義

国 (棄却)

三井石炭

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一三四

藤谷眞一

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

三井石炭

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一三五

北原末市

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一三七

松岡繁喜

国 (棄却)

三菱

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

一三九―一

中尾カヅ子

国 (棄却)

三菱

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

中尾利明

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

中尾和正

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―四

田中民子

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

一四〇―一

柚木ウメ

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

柚木健児

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―三

柚木勝

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―五

佐々野サチ子

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―六

今田藤昭

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇万

一一万

一二一万

―七

仲谷由香理

国 (棄却)

三井鉱山

五五万

五万五〇〇〇

六〇万五〇〇〇

一四〇―八

今田浩二

国 (棄却)

三井鉱山

五五万

五万五〇〇〇

六〇万五〇〇〇

一四三

種木利則

国 (棄却)

住友

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一四四―一

松岡キミコ

国 (棄却)

古河

六〇〇万

六〇万

六六〇万

―二

松岡正武

国 (棄却)

古河

一五〇万

一五万

一六五万

―三

日沖勝子

国 (棄却)

古河

一五〇万

一五万

一六五万

―四

松岡信幸

国 (棄却)

古河

一五〇万

一五万

一六五万

―五

松岡力

国 (棄却)

古河

一五〇万

一五万

一六五万

一四五―一

大丸タツノ

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

大丸陽一

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―三

鎌田弘子

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―四

大丸修司

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―五

安藤信之

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―六

大丸恭子

国 (棄却)

三菱

一〇〇万

一〇万

一一〇万

―七

大丸綾香

国 (棄却)

三菱

五〇万

五万

五五万

―八

大丸順子

国 (棄却)

三菱

五〇万

五万

五五万

一四八

福成英和

国 (棄却)

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

日鉄

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一五〇―一

浦田ハギノ

国 (棄却)

日鉄

六〇〇万

六〇万

六六〇万

―二

花石トモ子

国 (棄却)

日鉄

一二〇万

一二万

一三二万

―三

末吉靖子

国 (棄却)

日鉄

一二〇万

一二万

一三二万

―四

堤久子

国 (棄却)

日鉄

一二〇万

一二万

一三二万

―五

浦田能之

国 (棄却)

日鉄

一二〇万

一二万

一三二万

―六

溝口孝子

国 (棄却)

日鉄

一二〇万

一二万

一三二万

一五一―一

川口茂

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

川口茂明

国 (棄却)

三井鉱山

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

川口泰代

国 (棄却)

三井鉱山

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―四

目戸政宗

国 (棄却)

三井鉱山

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

一五二―一

市村セタ子

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

市村祐子

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―三

市村哲雄

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―四

市村修

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

一五四

遊長進

国 (棄却)

三井鉱山

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一五六

古賀義信

国 (棄却)

三菱

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一五七―一

矢野暢一

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

―二

尼崎栄子

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

―三

矢野義春

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

―四

矢野静子

国 (棄却)

住友

四〇〇万

四〇万

四四〇万

一五八

宮崎國満

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一六〇―一

髙橋睦子

国 (棄却)

三井鉱山

八〇〇万

八〇万

八八〇万

―二

髙橋正剛

国 (棄却)

三井鉱山

四〇〇万

四〇万

四四〇万

―三

原妙子

国 (棄却)

三井鉱山

四〇〇万

四〇万

四四〇万

一六二

山田照子

国 (棄却)

日鉄

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

一六三

神崎光十郎

国 (棄却)

三井鉱山

一五〇〇万

一五〇万

一六五〇万

一六七

川村ハマ

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

一六八―一

佐穂京一

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―二

佐穂忠臣

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―三

佐穂君子

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

一六九

新徳新太郎

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

一七一―一

山口勝正

国 (棄却)

三井鉱山

六六六万六六六六

六六万六六六六

七三三万三三三二

―二

佐穂景子

国 (棄却)

三井鉱山

六六六万六六六六

六六万六六六六

七三三万三三三二

―三

西岡まり子

国 (棄却)

三井鉱山

六六六万六六六六

六六万六六六六

七三三万三三三二

一七三

井上夘一郎

国 (棄却)

三井砿山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

一七四

松本重信

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一七六―一

戸田藤馬

国 (棄却)

三井鉱山

四四〇万

四四万

四八四万

―二

鎌田松江

国 (棄却)

三井鉱山

四四〇万

四四万

四八四万

―三

瀬崎鉄男

国 (棄却)

三井鉱山

四四〇万

四四万

四八四万

―四

西田美佐江

国 (棄却)

三井鉱山

四四〇万

四四万

四八四万

―五

瀬崎末男

国 (棄却)

三井鉱山

四四〇万

四四万

四八四万

一七九

矢野憲男

国 (棄却)

三井鉱山

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

三井石炭

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

一八〇

山本春雄

国 (棄却)

三井石炭

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

一八一―一

中川初美

国 (棄却)

三菱

五五〇万

五五万

六〇五万

古河 (棄却)

―二

矢野久野

国 (棄却)

三菱

五五〇万

五五万

六〇五万

古河 (棄却)

―三

武田典子

国 (棄却)

三菱

五五〇万

五五万

六〇五万

古河 (棄却)

―四

木原やえの

国 (棄却)

三菱

五五〇万

五五万

六〇五万

古河 (棄却)

一八二―一

轟木ミツエ

国 (棄却)

三井石炭

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

轟木功

国 (棄却)

三井石炭

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

轟木昭一

国 (棄却)

三井石炭

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―四

轟木秀秋

国 (棄却)

三井石炭

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

一八五―一

安藤ミツヨ

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

三菱 (棄却)

一八五―二

安藤カヨ子

国 (棄却)

三井鉱山

五五〇万

五五万

六〇五万

三菱 (棄却)

―三

安藤亮子

国 (棄却)

三井鉱山

五五〇万

五五万

六〇五万

三菱 (棄却)

一八六―一

佐々木マスミ

国 (棄却)

三井鉱山

六五〇万

六五万

七一五万

―二

佐々木力蔵

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

―三

佐々木一彦

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

―四

西村マサコ

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

―五

藤本三枝子

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

―六

黒土加代子

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

―七

佐々木由起子

国 (棄却)

三井鉱山

一〇八万三三三三

一〇万八三三三

一一九万一六六六

一八七―一

池上シズエ

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

池上誠

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―三

池上満

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―四

池上三夫

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―五

田上純子

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―六

林田ツル子

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

―七

菅原芳美

国 (棄却)

三井鉱山

一八三万三三三三

一八万三三三三

二〇一万六六六六

一八八

大江由紀満

国 (棄却)

三井鉱山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

一九〇―一

西村照子

国 (棄却)

日鉄

六〇〇万

六〇万

六六〇万

―二

西村裕子

国 (棄却)

日鉄

六〇〇万

六〇万

六六〇万

一九一

村本泉

国 (棄却)

三菱 (棄却)

住友 (棄却)

日鉄

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一・五

一九二―一

土橋フク

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

三菱(第五次事件)

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

土橋龍男

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

三菱(第五次事件)

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―三

石田久子

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

三菱(第五次事件)

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―四

武田弘子

国 (棄却)

三井鉱山

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

三菱(第五次事件)

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

一九三

藤田武志

国 (棄却)

三井鉱山

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

一九四―二

宮長秀子

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

二〇一

尾崎精太郎

国 (棄却)

古河

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

二〇二

大塚久

国 (棄却)

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

二・五

二〇三

北原清二

国 (棄却)

三井鉱山(第五次事件)

二二〇〇万

二二〇万

二四二〇万

二〇四

春山淳一

国 (棄却)

古河

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

二〇五

渡部幸一

国 (棄却)

三井鉱山

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

二〇七

小日向和徳

国 (棄却)

三菱

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

三井石炭

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

二〇八―一

白橋サツキ

国 (棄却)

三井鉱山

八〇〇万

八〇万

八八〇万

古河 (棄却)

日鉄

八〇〇万

八〇万

八八〇万

三井石炭

八〇〇万

八〇万

八八〇万

―二

白橋博美

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

古河 (棄却)

日鉄

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三井石炭

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―三

川﨑洋子

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

古河 (棄却)

日鉄

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三井石炭

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―四

白橋保彦

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

古河 (棄却)

日鉄

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三井石炭

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―五

河野千津子

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

古河 (棄却)

日鉄

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三井石炭

二〇〇万

二〇万

二二〇万

二〇九―一

北村澄子

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

北村駿佶

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―三

北村誠悟

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

―四

宮瀬朋子

国 (棄却)

三菱

三三三万三三三三

三三万三三三三

三六六万六六六六

二一〇―一

藤川絹子

国 (棄却)

日鉄

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

藤川勇

国 (棄却)

日鉄

五五〇万

五五万

六〇五万

―三

藤川豊

国 (棄却)

日鉄

五五〇万

五五万

六〇五万

二・五

二一一―一

竹内志津江

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

竹内秀夫

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―三

佐保江理子

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―四

吉永徳子

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―五

竹内實枝子

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

二二〇

近藤光義

国 (棄却)

三井鉱山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

二二一

武本嘉八

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

二二二

永冨保

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

二二三―二

上田美智子

国 (棄却)

三井鉱山

七七〇万

七七万

八四七万

―三

森脇麗子

国 (棄却)

三井砿山

七七〇万

七七万

八四七万

―四

高田正勝

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―五

高田光

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―六

谷カツ子

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

二二五

角町實

国 (棄却)

三菱

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

日鉄

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

三井石炭

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

三〇一―一

福盛節子

国 (棄却)

三菱

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

日鉄

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

福盛俊明

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

藤川英子

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―四

福盛俊樹

国 (棄却)

三菱

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

三〇二

松田一

国 (棄却)

古河

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

三〇三

縄田義美

国 (棄却)

住友

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

三〇四

麻生熊次郎

国 (棄却)

三井鉱山 (棄却)

古河

一二〇〇万

一二〇万

一三二〇万

日鉄 (棄却)

三〇五―一

大畑ツヤ子

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

大畑貢

国 (棄却)

三井鉱山 二二〇

二二〇万

二二万

二四二万

―三

大畑弘

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―四

米田美恵子

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―五

大畑正

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

―六

大畑千代子

国 (棄却)

三井鉱山

二二〇万

二二万

二四二万

三〇八

山崎冨夫

国 (棄却)

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

日鉄 (棄却)

三〇九―一

野﨑ツル子

国 (棄却)

三井鉱山

八〇〇万

八〇万

八八〇万

―二

野崎伊津雄

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―三

野﨑昌法

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―四

野崎広巳

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―五

野﨑重信

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三一〇

岩川光秀

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

三一一―一

下原アサノ

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

下原利満

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

―三

下原重雄

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

―四

内野桂子

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

―五

下原一美

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

―六

森山英子

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

―七

下原正男

国 (棄却)

三菱

一六六万六六六六

一六万六六六六

一八三万三三三二

三一五

財津幸一郎

国 (棄却)

三井鉱山

一八〇〇万

一八〇万

一九八〇万

三一七

手島武

国 (棄却)

日鉄

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

三・五

三一八

曽我部等

国 (棄却)

三井鉱山(五次事件)

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

三二〇―一

粟根力子

国 (棄却)

三井鉱山

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

粟根至

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―三

粟根光

国 (棄却)

三井砿山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―四

粟根章

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―五

粟根義信

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―六

粟根博

国 (棄却)

三井鉱山

二〇〇万

二〇万

二二〇万

三一一―一

大塚トシ子

国 (棄却)

住友

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

高橋ひとみ

国 (棄却)

住友

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

三二三―一

石田サダミ

国 (棄却)

日鉄

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

石田伸一

国 (棄却)

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

三二五―一

松浦スミエ

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

松浦誠

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

―三

松浦光男

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

―四

松浦修一

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

―五

和田マツエ

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

三二六―一

中村志保

国 (棄却)

三菱

五〇〇万

五〇万

五五〇万

―二

中村太

国 (棄却)

三菱

五〇〇万

五〇万

五五〇万

三二七―一

吉川芳子

国 (棄却)

古河

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

吉川慎太郎

国 (棄却)

古河

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―三

吉川和子

国 (棄却)

古河

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―四

高橋富士子

国 (棄却)

古河

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―五

北川千鶴子

国 (棄却)

古河

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

三三〇―一

工藤モヽヨ

国 (棄却)

古河

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

工藤国臣

国 (棄却)

古河

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

橋本裕子

国 (棄却)

古河

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

三三一―一

原シズ子

国 (棄却)

三井鉱山

一一〇〇万

一一〇万

一二一〇万

―二

山方カツエ

国 (棄却)

三井鉱山

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―三

楠田敏枝

国 (棄却)

三井砿山

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

―四

野村秀子

国 (棄却)

三井鉱山

二七五万

二七万五〇〇〇

三〇二万五〇〇〇

三三三―一

山田秀敏

国 (棄却)

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―二

中村清美

国 (棄却)

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

―三

松井美智子

国 (棄却)

日鉄

三六六万六六六六

三六万六六六六

四〇三万三三三二

四〇一

元木傅吉

国 (棄却)

三菱

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

四〇二

和智千年

国 (棄却)

三井鉱山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

四・五

四〇四

吉岡秀雄

国 (棄却)

三井石炭(五次事件)

一三〇〇万

一三〇万

一四三〇万

四〇五―一

桑原シゲノ

国 (棄却)

三菱

七五〇万

七五万

八二五万

―二

中西恵子

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

―三

坂本信子

国 (棄却)

三菱

二五〇万

二五万

二七五万

四〇七

大谷太次郎

国 (棄却)

三井鉱山

一六〇〇万

一六〇万

一七六〇万

四〇八―一

原ハツ子

国 (棄却)

日鉄

九〇〇万

九〇万

九九〇万

―二

瀧本一子

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一

一二万八五七一四

一四一万四二八五

―三

原一市

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

―四

原ケイ子

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

―五

原國子

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

―六

井口國枝

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

―七

原よし江

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

―八

原宗人

国 (棄却)

日鉄

一二八万五七一四

一二万八五七一

一四一万四二八五

四〇九―一

山内智恵子

国 (棄却)

三井鉱山

五〇〇万

五〇万

五五〇万

―二

山内啓子

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―三

山内教示

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―四

篠田小夜子

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―五

山内尋

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―六

新里清子

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―七

伊部鈴子

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

―八

山内芳男

国 (棄却)

三井鉱山

七一万四二八五

七万一四二八

七八万五七一三

四一〇―一

清竹ミヨ子

国 (棄却)

三菱

一〇〇〇万

一〇〇万

一一〇〇万

―二

清竹俊夫

国 (棄却)

三菱

五〇〇万

五〇万

五五〇万

―三

西山なる美

国 (棄却)

三菱

五〇〇万

五〇万

五五〇万

四一一―一

松田イト

国 (棄却)

三菱

八〇〇万

八〇万

八八〇万

―二

南満子

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―三

藤本カツ子

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―四

松田實

国 (棄却)

三菱

二〇〇万

二〇万

二二〇万

―五

松田進

国 (棄却)

三菱

一〇〇万

一〇万

一一〇万

四〇九―六

松田政夫

国 (棄却)

三菱

一〇〇万

一〇万

一一〇万

四一二

高田七郎

国 (棄却)

三菱

二〇〇〇万

二〇〇万

二二〇〇万

表2の48 時効関係一覧表(被告三井両社)①―1 鉱山社

原告

番号

氏名

最初の行政上の決定を受けた日

または有所見の診断を受けた日

及びその決定内容

最も重い行駐上の決定を受けた日

または合併症の認定を受けた日

及びその決定内容

退職日

死亡日

基準局

回答期日

及び内容

(H4.4.17付

調査嘱託回答)

当方調査

内容等

時効

成立

基準局

回答期日

及び内容

(H4.4.17付調査嘱託回答)

基準局

回答期日

及び内容

(H4.4.17付

調査嘱託回答)

時効

成立

時効

成立

除斥

時効

成立

五年

十年

五年

十年

五年

十年

二十年

五年

十年

101

竹本良行

S56.3.7

管理3ロ

×

×

同左

S57.5

続発性

気管支炎

×

×

S38.9.29

S . .

102

畝山敬市

S57.3.31

管理2

×

×

S58.12.19

管理3イ

S58.12

続発性

気管支炎

×

×

S34.6.8

S62.2.21

×

×

103

高橋善一

S51.5.11

管理4

×

同左

×

S34.10.16

S53.12.20

×

107

宮崎昭市

S51.2.10

管理2

×

S57.11.25

管理4

×

S38.4.1

S . .

121

川崎太一

S56.7.6

管理3イ

×

×

S60.9.25

管理3ロ

S60.9

続発性

気管支炎

×

×

S . .

H3.2.19

×

×

125

山戸達夫

S50.5.14

管理4

同左

S38.9.20

H2.12.30

×

×

126

岡留今朝吉

S55.2.18

管理3イ

×

同左

×

S38.9.20

S . .

127

添谷利夫

S58.11.4

管理2

×

×

同左

×

×

S28.8.28

H3.10.14

×

×

128

杉本常雄

S60.7.22

管理3イ

×

×

同左

H1.5.

続発性

気管支炎

×

×

S23.7.1

S . .

129

平田仙造

S50.8.13

管理4

同左

S29.11.3

S57.9.28

×

×

132

福本篤

S56.3.25

管理3ロ

×

×

同左

S58.2

続発性

気管支炎

×

×

S37.10.1

S . .

134

藤谷眞一

S48.12.21

管理3

S59.2.10

管理4

×

×

S38.9.20

S . .

135

北原末市

S52.11.14

管理4

×

同左

×

S36.1.8

S . .

138

堀江健児

S60.7.22

管理3イ

×

×

同左

S60.7

肺結核

×

×

S . .

S . .

140

柚木実雄

S53.8.4

管理4

×

同左

×

S37.5.20

S61.1.13

×

×

151

伊藤栄之助

S58.6.16

管理4

×

×

同左

×

×

S34.6.30

S63.1.22

×

×

152

市村作

S59.9.28

管理2

×

×

同左

S59.9

肺結核

×

×

S38.9.20

S62.10.18

×

×

154

遊長進

S56.12.2

管理2

×

×

同左

S59.11

続発性

気管支炎

×

×

S38.6.28

S . .

158

宮崎国満

S54.2.27

管理3ロ

×

S56.10.26

管理4

×

×

S31.7.18

S . .

160

高橋芳人

S50.4.1

管理3

S59.8.27

管理3イ

S59.8

肺結核

×

×

S36.1.7

H1.1.25

×

×

163

神崎光十郎

S53.12.27

管理3ロ

S52.6

管理3-イ

×

S53.12.27

管理3ロ

S55.7

結核性

胸膜炎

×

S38.7.30

S . .

164

伊藤一男

S50.10.16

管理4

同左

S38.7.22

S56.10.6

×

×

167

川村重夫

S58.8.29

管理4

×

×

同左

×

×

S34.10.3

S62.6.17

×

×

168

佐穂堅次

S55.7.9

管理2

S53.

管理2

×

S55.7.9

管理2

×

S39.3.20

H3.1.10

×

×

169

新徳新太郎

S51.8.2

管理3

×

H3.10.1

管理3ロ

H3.10.10

続発性

気管支炎

×

×

S25.12.25

S . .

171

山口茂

S60.12.6

管理4

×

×

同左

×

×

S38.7.30

H2.4.7

×

×

173

井上夘一郎

S60.12.28

管理3イ

S52.

管理2

×

S60.12.28

管理3イ

S60.12.

続発性

気管支炎

×

×

S39.3.20

S . .

174

松本重信

S54.12.28

管理4

×

同左

×

S . .

S . .

176

瀬崎政好

S55.4.18

管理3ロ

×

同左

S55.4.18

肺結核

×

S38.9.30

S61.3.6

×

×

178

田畑正春

S39.1.7

管理4

同左

S38.9.29

H2.11.15

×

×

表2の54 限定責任一覧表(被告日鉄)①―一

番号

原告又は

被相続人氏名

被告日鉄鉱業以外の粉じん職歴及び稼働期間

被告日鉄鉱業が負担する

賠償額の限度割合

110

井上弘

①仁保鉱業(仁保)[送炭]

昭和二八・一~昭和三二・一二

②原口鉱業(仁保)[送炭]

昭和三二・一二~昭和三六・一〇

③住友石炭鉱業(忠隈)[掘進・採炭]

昭和三八・一二~昭和三九・一〇

④漆生鉱業所(第一漆生)[掘進・採炭]

昭和三九・一〇~昭和四八・三

⑤三井堅坑トンネル掘鑿

昭和四八・八~昭和四八・一〇

六分の一

118

豊田武人

①明治鉱業(平山)[採炭]

昭和八~昭和一六

②杵島炭鉱(北方)[採炭]

昭和一六・一一~昭和二二・一一

(うち一年一〇月は除く)

③田篭鉱業(昭嘉)[掘進]

昭和二四~昭和二八

④原口鉱業(平恒)[採炭]

昭和二八~昭和三八・九

⑤麻生産業(吉隈)[採炭仕繰]

昭和三八・九~昭和四四・七

六分の一

119

高木佐一

①三菱鉱業(飯塚)[採炭]

昭和二二・五~昭和二七・九

②梅田鉱業(九郎丸)[採炭]

昭和三三・一二~昭和三六・六

③幸袋鉱業(加賀)[掘進]

昭和三六・七~昭和四〇・三

④住友石炭鉱業(奔別)[採炭]

昭和四〇・三~昭和四六・一〇

五分の一

142

岡田喜一郎

①八幡製鉄{日本製鉄}(二瀬)[掘進]

昭和八・九~昭和九・五

②明治鉱業(平山)[掘進]

昭和九・五~昭和一〇・一

昭和一一・一二~昭和一三・九

③満州鉄道(満州)[坑内保安主任]

昭和一三・一〇~昭和一五・五

④久恒鉱業(漆生)[坑内保安主任]

昭和一五・五~昭和一六・一〇

昭和二一・一一~昭和二八・九

⑤原口鉱業(天道)[坑内保安主任]

昭和二九・六~昭和二九・八

⑥三菱鉱業(飯塚)[坑内保安主任]

昭和二九・八~昭和三〇・一〇

(上山田)[坑内保安主任]

昭和三〇・一一~昭和三二・一

(鯰田)[坑内保安主任]

昭和三五・九~昭和三六・一二

(高島)

[所長兼坑内保安主任等]

昭和四〇・八~昭和四一・四

(高島)

[所長兼坑内保安主任等]

昭和四一・九~昭和四三・四

(端島)

[所長兼坑内保安主任〕」

昭和四三・一二~昭和四四・二

⑦樋口鉱業(金田)[坑内保安主任]

昭和三四・九~昭和三五・三

一一分の一

表2の57―1 労働災害保険・厚生年金保険一個人別受給額計算表(被告日鉄)

原告番号

110

118

119

130

142

147

原告又は被相続人名

井上弘

豊田武人

高木佐一

池田秀夫

岡田喜一郎

西村武雄

要療養決定年月日

S56.3.28

S53.3.30

S56.11.16

S49.9.30

S50.4.1

S39.12.9

本人

生年月日

S3.11.18

T2.2.5

T15.5.12

T15.1.31

T3.3.3

T8.4.28

現在年齢*②

74歳

平均余命*③

13

死亡年月日

H4.9.18(63歳)

H2.7.17(77歳)

S62.8.22(61歳)

S50.2.20(49歳)

S63.6.4(74歳)

遺族*①

生年月日

T4.3.6

S7.10.5

現在年齢*②

78歳

61歳

平均余命*③

9

25

既受給額*④

労災保険給付

休業補償

期間

S56.3~S57.8

S53.3~S54.8

S56.11~S58.4

S49.9~S50.2

S50.4~S53.3

S39.12~S42.11

金額

¥3,455,820

¥1,165,956

¥3,344,130

¥27,693

¥3,353,328

¥48,180

傷病補償

期間

S57.9~H4.9

S54.9~H2.7

S58.5~S62.8

S53.4~S63.6

S42.12~H5.12

金額

¥22,887,700

¥11,300,900

¥11,394,100

15,266,600

¥38,634,100

遺族補償

期間

S62.9~H5.12

S50.3~H5.12

金額

¥11,979,400

¥32,479,000

小計

¥26,343,520

¥12,466,856

¥26,717,630

¥32,506,693

¥18,619,928

¥38,682,280

厚生年金給付

障害年金

期間

S52.9~S59.4

S42.7~H5.11

金額

¥6,117,200

¥10,846,400

遺族年金

期間

S50.3~H5.12

金額

¥5,508,800

小計

¥6,117,200

¥5,508,800

¥10,846,400

既受給額合計

¥26,343,520

¥12,466,856

¥32,834,830

¥38,015,493

¥18,619,928

¥49,528,680

将来受給額*⑤

労災保険給付

休業補償

期間

金額

傷病補償

期間

H6.1~H18.12

金額

¥33,686,900

遺族補償

期間

H6.1~H14.12

H6.1~H30.12

金額

¥13,971,600

¥54,647,500

小計

¥13,971,600

¥54,647,500

¥33,686,900

厚生年金給付

障害年金

期間

金額

遺族年金

期間

H6.1~H9.10

金額

¥1,367,700

小計

¥1,367,700

将来受給額合計

¥13,971,600

¥56,015,200

¥33,686,900

既受給・将来受給額合計

¥26,343,520

¥12,466,856

¥46,806,430

¥94,030,693

¥18,619,928

¥83,215,580

☆[別表]中の*印について。

*①「遺族」とは、労災保険・厚生年金の遺族年金受給権者のことである。

*②「現在年齢」とは、平成5年12月末日における満年齢である。

*③「平均余命」とは、上記「現在年齢」に基づき、「厚生省統計情報部・平成3年簡易生命表」により求めたものである。

*④「既受給額」とは、給付開始より平成5年12月末日までの受給額のことである。

*⑤「将来受給額」とは、平成6年1月より平均余命又は65到達時(厚生年金の場合)までの受給額のことである。

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