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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和33年(む)284号 判決 1958年8月22日

被疑者 岩熊誠 外四名

決  定

(被疑者氏名略)

右の者等に対する地方公務員法違反被疑事件について、昭和三十三年八月二十日福岡地方裁判所飯塚支部裁判官岡田安雄が為した勾留の裁判に対し、右被疑者等の弁護人内田博より適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

前記被疑者等に対し、昭和三十三年八月二十日前記裁判官が為した勾留の裁判は、いずれも之を取消す。

前記被疑者等に対する福岡地方検察庁飯塚支部検察官の勾留請求は、いずれも之を却下する。

理由

第一、本件準抗告の理由

末尾添付の弁護人の準抗告申立の理由書記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

被疑者等に対する地方公務員法違反被疑事件について、福岡地方検察庁飯塚支部検察官が、福岡地方裁判所飯塚支部裁判官に対し、勾留を請求し、同裁判所裁判官が勾留の裁判を為したことは、当該各勾留状その他の関係書類によつて明かである。本件勾留請求の理由とされている被疑者等が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることは、一件資料によつて一応は認められるところ、被疑者等に対し、夫々勾留の要件が存在するかどうかの点に付審究してみると、一件資料に依れば

(イ)  被疑者等はいずれも地方公務員たる教職員であつて、一定の住居を有し、家族と共に生活して居ること。従つて逃亡し又逃亡すると疑うに足りる相当な理由は存在しないことの疏明十分である。

(ロ)  被疑者等が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の有無は相当問題である。本件資料を仔細に研討すると、被疑者等所属の福岡県教職員組合が、勤務評定制度反対の為の統一行動として、昭和三十三年五月七日を期し所属組合員たる県下教職員の一斉休暇闘争を敢行したことは公知の事実であり、捜査当局が右一斉休暇行為を以て地方公務員の争議行為と目し、地方公務員法違反被疑事件として捜査に着手し、押収捜索、人証の取調べを進めるに及び、組合は不当弾圧対策委員会を設定し、組合の統制力を利用し、所属組合員に対し関係書類の焼却又は隠匿を指示し、関係人に対する捜査当局の呼出に対しては極力之が出頭を拒否せしめ、強制力による取調べに対しては供述拒否、或は黙秘の態度で臨ましめるなどの対抗策を徹底せしめていることが窺われ、又被疑者等の右組合における地位、並に被疑者等の捜査当局に対する供述態度等を併せ考えると被疑者等は罪証を隠滅する虞れは全然ないものとは断定し難い。従つて原裁判が被疑者等に逃走の虞れありと認めたのは、前記(イ)の説示に照し当を得ないが、罪証隠滅の虞れありと認めたのは必ずしも失当であるとは謂えない。然しながら他面、本件資料により更に考察すれば捜査当局が、本件被疑事件につき、捜査を開始して以来三箇月余を経過し、被疑者等の自宅、組合事務所等県下約二百数十個所が捜索され、多数の関係書類が押収され、又多数の参考人の取調べも終了していることが看取されるのみならず、本件準抗告申立後たる昭和三十三年八月二十一日早朝、捜査当局は福岡県教職員組合(本部)執行委員長小野明他十名の中央執行委員を逮捕し(同日、新聞ラジオにより大々的に報道されて公知の事実。)同組合関係の地方公務員法違反被疑事件の大掛りな捜査は一応完了の段階に達し原裁判時と事情を異にするものと思料されるので現在においては、被疑者等につきその勾留を必要とするだけの罪証隠滅の虞ありと疑うに足りる相当な理由があるとは認め難い。

然らば、原裁判が被疑者等に対し、逃走並に罪証隠滅の虞れありとして為した勾留は結局失当であるから之を取消し、既に、勾留要件の存しない被疑者等に対する検察官の本件勾留請求は理由がないから、いずれも之を却下すべく、本件準抗告は理由があるので刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 桜木繁次 藤原千尋 岡崎永年)

準抗告申立の理由書

(被疑者氏名略)

右の者に対する裁判官岡田安雄がなした勾留決定の裁判に対し昭和三十三年八月二十日準抗告の申立をなしたがその理由を追加する。

所謂福教組事件の捜査には捜査権の濫用がある。

(一) 捜査当局の捜査方針

検察庁及び警察は福教組の組合員が福岡県公立学校職員の勤務成績の評定に関する規則及び同実施要領の取消、変更を求めて、福岡県人事委員会に地方公務員法第四十六条に基く行政措置の要求を提起したことを目して争議行為となし、福教組本部執行委員及支部長をもつて構成する同組合戦術委員会がこれが指令を決定し被疑者を含む支部長が右指令を分会役員等を介して支部傘下組合員に伝達したほか分会役員等に対し全員集会に参加せよと激励したものとしこれ等指令の伝達、激励行為をもつて争議行為の遂行をあおつたものとしているそしてその指令の決定状況及び指令の傘下組合員えの伝達状況を明らかにするためと称し県下各学校の校長、教職員を取調べ次いで被疑者を含む各支部長、書記長を逮捕したことは新聞紙上で明らかなことである。

この捜査のため実に五百人に及ぶ教職員(校長を含む)があるいは警察、検察庁えの呼出しを受け、あるいは学校において授業中学校長室等において取調べを受け、又は自宅に警察官の来訪をうけて事情を聴取された。その取調は執拗を極め、参考人として取調に応じたくない旨表明しているものに対して何回となく呼出しを求め、学校にきたり、自宅にきたりしてうるさくつきまとい出頭しないとためにならないぞ警察にも考えがあると逮捕をほのめかしておどしたり、又任意出頭に応じたものに対しては根ほり葉ほり組合の組織、運営状況をきき、これ等の組織的大量的取調は県下全教職員に深刻な精神的不安、不快感を与え、私生活の平安を害しひいては教育への著しい阻害となつている。又二百数十ヶ所に亘つて行われた押収捜査令状の執行も大げさなものであつた被疑事実の証明に関係のまつたくない組合の会計帳簿や業務日誌それも前年度のものや勤務評定という言葉の入つたおよそ一切の文書を持つていつた。教職員に対する勤務評定が問題になり始めたのは一昨年の十月ごろからで勤評問題といつても被疑事実に間接的にでも関連を有するものはそのごく一部にすぎない甚だしきは公に刊行されていて労働法関係学術雑誌として権威ある労働法律旬報がたまたま勤務評定に関する法律問題の論を掲載していたというのでこういうものさえ押収しているのである。

(二) このような捜査は事案を明らかにするため不可欠のものであつたか。

ところで元来このような大規模且徹底した捜査は必要のなかつたものである。五月七日県下殆んどすべての学校において教職員が休んだことは既に顕著な事実でありこれに関連して日教組委員長小林武名で日教組指令第十七号県教組委員長小野明名で指令一号が発出されたことは、当時の新聞紙上に報道されてまことに明らかなところである又組合においては如何なる機関がどのようにして組合の意思を決定しその意思決定はどのようにしてどのような機関により執行されるか指令の伝達方法はどうかは組合規約上明確である。本質的な争点は意思決定がどのように行われたかそれはどのようにして伝達されたかにあるのではなく一人一人にとつて勿論適法な権利行使でありその権利行使によつて職務専念の業務が阻却される地公法四十六条の措置要求が同じ日に全職員によつて行われることによつて権利の濫用となるかどうか同じように一人一人には権利であつて労働基準法三十九条によつて請求した日に与えられねばならない有給休暇を全員一齊にとることが権利の濫用となるか否か元来特定の日にどう授業を行うかときめるのは教員の固有の権利であるのに教員がこの権利に基いて特定の日にどう授業を行わなかつたからといつて教育の正常な遂行が阻害されたといえるか、より根本的には地公法第三七条、第六一条は憲法に適合するや否や等の法律問題を法廷の問題とするためには捜査当局が今回の捜査で行つたようなことは何等必要ない。

(三) 捜査当局は何故不必要な大捜査をなそうとしたか。

福教組事件に対する今回の捜査は、犯罪の捜査に籍口しているがその真の意図はもつと別なところにある。それは、政治権力による組合運動の強圧である。検察警察力による組合に対する介入は一昨年までは組合の団結そのもの、団体行動そのものに対して概して発動されなかつた。一昨年までは組合が団体行動を行つた場合に、それ自体は刑事処罰の対象とならなかつたが、それに関連して暴行、脅迫が行われた場合、あるいは団体行動の過程で警察が一定の公務を執行しようとしてこれが妨害された場合等に検挙捜査、起訴が行われた。勿論この場合でも警察がその必要がないのに不当に実力で労働者の団体行動に介入し、その不当を指摘する者を公務執行妨害なりとし、あるいは、ことさらに労働者を挑発して有形力を行使させこれを理由に弾圧するということが多く遺憾なものがあつた。にも拘らず、こういう場合でも当該組合、当該団体行動の全体が犯罪団体であり犯罪行為であるとされたわけではなかつたのである。ところが昨年二月佐賀県教職員組合組合員の三割、三割、四割が三日間のうちに措置要求を行つた事件では、地公法三七条、六一条で起訴された者は最高幹部四名であつたが公訴事実を分析してみると、県教組本部、支部、分会の全役員が犯人と考えられたことが明らかであり、国鉄労働組合新潟地方本部傘下組合員が昨年六月行つた職場大会については、当該職場大会参加者だけでなく、同地方本部全体が鉄道営業法違反を共謀したものと考えられ、又機関車労働組合長崎支部組合員によつて行われた運転保安規整運動については、同組合門司地方本部全体が威力業務妨害を企図、実行したものと考えられ、今年の全逓信従業員組合の傘下組合員の職場大会については、同組合全体が郵便法違反行為を企図実行したものとされ、このようにして大量の組合員を呼出して組合が全体として犯罪者の集団であるような印象を組合員や第三者に与えて組合員を動揺させ、全幹部を逮捕して組合の業務執行を一時まひさせ、これによつて労働者の団結を破壊し団体行動を鎮圧するという捜査方式が一般化したのである。これは憲法が保証している勤労者の基本的権利を真向から否定するもので著しく不法、不当なものである。このような捜査方式は第一岸内閣の成立以来とみに積極化した保守党の労働政策―石田、倉石労政―を反映している。このことは労働者の団結が保守党及びその政府の憲法改正意図に対し根強い批判勢力であることに鑑み、これを弱め、破壊しようとする意図に基く、犯罪捜査に名をかる弾圧であつて、今回の福教組事件の捜査も賃金カツト交渉の最重要段階である八月十七日及び参議院選挙をむかえた目前にこれを有利にみちびくためその必要のないのにことさらに大規模な捜査を行つたもので捜査権の濫用であるといえる。

(四) (被疑者等には証拠隠滅のおそれはない)

(1) 被疑者を含む組合幹部が組合員に対する統制力を利用し関係書類の焼却を指示し、参考人として呼出された場合の出頭拒否を組合員に強制している事実はない。

前述のように労働者の団体行動を捜査官憲が違法視し、これに対する捜査に名をかり、組合員の生活の平安を害してこれを動揺させ、組合の組織、運営を混乱させている現状にかんがみ、殊に最近における全逓信従業員組合員に対する捜査官憲の捜査の実状から福教組組合員に対する捜査も大規模、執拗、徹底的なものになると予想された。そこでこのような捜査による組合員の不安を除去し、教員の混乱をさけるため福教組本部は不当弾圧対策委員会を設定し顧問弁護団の協力を得て刑事手続における被疑者及び関係人の権利を組合員に周知させる措置をとつた。

これらは弾圧対策委員会の議を経て決定された弾圧に対する組合の考え方を示したものであつてこれをして証拠の焼却出頭拒否を指示した事実はない。

(2) 逮捕をうけたものがすべて黙秘権を行使したからといつてこれをもつて組合が組織的に証拠隠滅をはかつている証査となすを得ない。被疑者を始め福教組事件で逮捕され勾留請求をうけた四十一名はすべて黙秘権を行使した黙秘権は被疑者の基本的権利であつて黙秘権行使と証拠隠滅とはまつたく関係がない。殊に逮捕されたものはいずれも支部長、書記長の地位にあるもので、自己が逮捕される理由がないと確信している人々であるのでこの行動に出たのは当然であつてこれは組合の指示や統制に基いたものではない。

(3) 参考人として取調のため出頭の要求をうけこれを拒否したものがあつてもこれは組合がその統制を用いたことの結果ではない。

前述のように約半数の者が取調のため出頭の要求をうけこれを拒否したと考えられるが組合員が出頭要求を拒否し又は供述署名捺印を拒否するについてはそれぞれまことにやむを得ない十分の理由があつて組合がその統制力を行使した結果ではない。

参考人の取調は本来任意自発的に捜査に協力することによつて犯罪証明の資料を得ようとするものであるから協力を得られる場合もあり得られない場合もあるのはあたり前であり何等異とするに足りない。ことに福教組組合員は殆んどが教員であつて、日々教育の職務に従事する他校務を分掌している勤務外でも翌日の授業の準備研習等で多忙を極めておりでき得れば警察署や検察庁えの出頭を免れ自らの本務である教育に没頭したいところであるのみならず組合員のうち呼出をうけたものは分会(学校毎に設けられている)闘争委員長分会委員、分会青年婦人部長等組合の末端役員であつてこれ等のものから捜査当局が取調べたい事項は検察官のいわゆる争議行為の指令をいつどこで誰からうけとりこれを如何ように末端組合員に伝達したかであることは検察官の主張自体から明らかである。ところで捜査当局は指令伝達行為をもつて争議行為をあおる行為であると考えていることも検察官の主張によつて明らかだからこれら分会役員を参考人として呼び出してはいるがこれ等のものが出頭して取り調べに応じるとその供述は自己に指令を伝達した組合支部幹部の犯罪の証拠となるとともに自己自身の犯罪を自供することになるのである自己自身が刑事訴追をうけるおそれのある供述を拒否し得るのは当然の権利であるしまして自分では正当であると確信して行動した人達であるからこれ等の人達が自己えの訴追のおそれある供述を拒否したいと考え又自分の供述によつて不当弾圧に協力したくないと考えたとしても極めて自然であつてこれを被疑者等組合幹部が組合の統制力を利用しその自由意思を抑圧して拒否せしめた結果であるとするのは組合が組合員の自然的団結心にささえられてなりたつている実状を無視すること甚だしいものである。

(五) 被疑事実の構造と勾留の必要性の有無

本被疑者等については、支部長及び支部幹部が共謀の上分会代表者の会合において一齊休暇の必要性を説いていること、指令の伝達を分会代表者に依頼していることを推定し、これ等の行為がいずれもあおり行為に該当するものとしてその具体的経過を明にしようとしていることが察せられる。

ところで、被疑者は支部長、書記長等支部役員であるので、被疑者が支部傘下の分会役員に対してしたとされるあおり行為については共謀関係にある同支部の他の役員乃至は被煽動者たる分会役員と同時に逮捕勾留するなら格別、支部長たる被疑者だけを勾留しても共犯者相互を隔離して証拠隠滅を防止することにはならない。(分斗長の証人調べで明らかである)一緒に逮捕されたのは他の支部長等であつてこれ等のものとの間には被疑者の被疑事実について何等共犯関係はないのである。

又本部役員の指令決定、計画等に関する供述は福教組幹部のあおり行為の被疑事実の証拠となつても被疑者の被疑事実とは関係がないので、これ等のことを明らかにするため被疑者を勾留するのは不当である。結局前述の捜査方針からすれば、被疑者を勾留することは、罪証隠滅を防ぐ上に全然実益のないことであつて、捜査当局が被疑者の勾留を強く望むとすれば被疑者が身体の拘束という苦痛によつて自白することあるを期待し、又幹部が勾留されたという心理的効果によつて傘下組合員の供述を促進することに他ならずそして傘下組合員の供述も前述のとおりその者にとつて自己の行為の自白であるからいずれにしても勾留による威嚇によつて自白を強いることを目的としていると考える外ない。これが不当なることは論をまたない。結局被疑者については、既に捜査は大綱的に終つているのであるから、もはや証拠隠滅は不可能であり、そのおそれはなしと言わねばならない。

(六) 被疑者の組合における地位と勾留の必要性の有無

福教組事件の捜査が前述のように不当なものである以上、組合が刑事手続関係人の正当な権利として認められる範囲で、種々対策を進めていることは事実であるが、前述のとおり、右は弁護士を含む不当弾圧対策委員会の議を経て組合の組織を通じて行われているのであつて、被疑者自身はこれ等につき、何等主導的、中心的役割はない。東京都教職員組合の中川千里についての準抗告事件につき、東京地裁刑事一部がした決定に「本件被疑者自身の具体的関与事実に関する限りにおいては、事件発生以来今日に至る迄の捜査当局の資料蒐集の方向、範囲、結果の被疑者所属の組織陣営の側でこれに対して対抗的に考慮実行したことのできる諸手段等とを比較綜合して(中略)これらの手段は前記組織内における被疑者の地位にかんがみ今更被疑者自身ではどうすることもできない過去の問題であるが被疑者自身には手の及ばない彼方の問題であると考えられる」とあるは卒ね正当である。よつて被疑者の勾留は証拠隠滅を防ぐ何等の実益がない。

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