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福岡地方裁判所柳川支部 昭和35年(タ)1号 判決 1962年8月08日

原告(反訴被告) 山下克己(仮名)

被告(反訴原告) 山下カヨ子(仮名)

主文

原告(反訴被告、以下単に原告という)の請求により原告と被告(反訴原告、以下単に被告という)とを離婚する。

被告は原告に対し金一一万円を支払え。

原告のその余の請求及び被告の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じこれを五分し、その一を原告その余を被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

原被告が昭和三四年四月一〇日婚姻の予約をし、同年五月一五日事実上の婚姻をなして同月二一日その旨の届出を了した夫婦であること、被告が同年八月二九日実家に帰つたまま現在まで原告の許に復帰しないことはいづれも当事者間に争がなく、証人山下次郎の証言(第一、二回)と原告本人尋問の結果によると、被告は原告と事実上の婚姻をした後右日時実家に帰るまでの間も通算約二〇日位原告と同居しただけで、他は専ら実家で過していたことが認められる。

原告は被告の右のような態度は、原告を悪意で遺棄したことになると主張するのに対し、被告はこれを争い婚姻後被告が専ら実家で過していたのは、結婚に当り原被告間に、被告は婚姻後二、三年間は実家から勤務先の柳城中学校に通勤し、その間土曜から日曜にかけてのみ原告方に行く旨の合意がなされていたためであつて、何ら不都合の廉はないし、また被告が昭和三四年八月二九日以降原告と同居しないようになつたのは、原告側に前記のとおり被告が別居したことを正当ならしめると共に、婚姻を継続し難い重大な事由に該当する事実があつたからであると反論するので、以下原被告のいづれに離婚原因があるかを判断する。先づ原被告間に右のような合意がなされていたとの被告の主張につき考えてみるに、証人大田栄作(第一、二回)と被告本人は右主張に副う証言及び供述をしているけれども、それは証人山下次郎、同堤境、同堤トシの各証言各(第一、二回)に照して容易に信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はないから、被告はいわれなく再三実家に帰つていたものという外はない。次に被告が昭和三四年八月二九日原告の許を去つた理由を考察してみると、原告が嘗て柳川商業高等学校に在学中人を殺したことは原告の認めて争わないところであつて、証人大田栄作の証言(第一回)と被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和三四年八月初旬頃原告から右事実を聞いて甚だしく畏怖し、そのため原告の許を去つたもので、成立に争のない甲第一号証によつて明らかなとおり、その後原告から被告を相手方として福岡家庭裁判所柳川支部に提起された同居を求める調停においても、被告は全く原告と同居する意思を示さず、むしろ離婚を希望していた点よりすると、被告が原告の許を立去つたのは、その時を以て夫婦関係を断絶し、もはや復帰しない考えの下にとつた行為であるものと認められる。そこで被告の(一)ないし(四)の主張につき順次検討を加えることとする。

(一)の夫婦間の協力扶助義務違反の主張について。

証人中村安雄、同大田栄作(第一回)の各証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第一、二号証に右両証人の証言並びに被告本人尋問の結果をそう合すると、被告が左附属器炎兼卯巣性出血のため昭和三四年六月四日より同月一五日まで中村安雄医師によつて治寮を受け、その後更に重症流行性角結膜炎に罹患して同月二四日より約五〇日位阿久津実医師の治療を受けたことがあり、その間原告が特に被告を見舞つていない事実及び右治療に要した費用もこれを被告側において負担したことは認められるけれども、証人山下次郎の証言(第二回)及び原告本人尋問の結果によると、被告は実家に帰つているとき発病し、その後原告が被告を迎えに赴いた折初めて被告の母より右発病の事実を聞き知つたもので、それまでの間被告側から原告に対し実家で療養するについて何らの諒解をも求めていないこと、被告は自己の給料を結婚生活のため支出したことは一度もないことが認められるから、前記の程度の原告の態度を以て協力扶助義務に違反したものということはできず、証人大田栄作の証言(第一、二回)及び被告本人の供述中右認定に反する部分はた易く信用できない。

(二)の詐欺による婚姻の主張について。

被告が前示原告の殺人事件を知つたのが婚姻後の昭和三四年八月頃であることは前認定のとおりであるが、証人山下ナミの証言によると、原被告が婚姻する前の同年二月頃被告の母が原告の身許調査のため訴外山下ナミ方を訪れた際、同人から原告の右事件を聞いていたが、被告には知らせるまでもないと思つて黙していたもので、原告において事更右事件を被告側に秘していたわけではないものと認められるし、この事件自体原告の少年時代における、いわばその場の過ちともいうべきもので、さ程悪質なものではなかつたことが、原告本人の供述によつて窺われるから、原告が被告を欺いて婚姻したものと言い難いのはもちろん、過去における右の程度の出来事を以て現在の婚姻関係を継続し難い一事由ということもできない。

(三)の個人の尊厳と平等侵害の主張について。

証人大田栄作の証言(第一回)及び被告本人の供述によれば、原告が被告とその父に対し、被告主張のような言動をしたことはこれを窺うに難くないが、右各証拠と原告本人の供述をそう合すると、原告としては実家に再三帰つていた被告を迎えに行つたところ、これを拒絶されたので、その場の行きがかり上粗暴な言動に出たもので、他にこのようなことはなかつたものと推認できるから、偶々なされた右の言動をとらえて婚姻関係を継続し難い程被告とその父の尊厳と平等を侵害したものとは到底認められない。

(四)の原告の不貞行為の主張について。

原告が昭和三五年一〇月一二日以降訴外森村ミツ子と事実上の夫婦生活を営んでいることは原告の認めて争わないところである。しかしながらこれより先被告は前認定のとおり既に原告と別れるつもりで自ら原告の許を去つていたもので、原告の右のような行為のため婚姻関係に破綻を来したものではない。もつとも原告としてはこのような場合でも、被告と正式に離婚した上で右ミツ子を迎え入れるのが望ましいことはいうまでもないが、さればといつて、被告に復縁の意思が全くなく、婚姻共同生活の実質の既に失われている本件において、原告の右行為を目して被告側から不貞行為であると主張するのは許されないものというべきである。従つて被告が原告の許を去つたのは、前認定のとおり原告の過去における刑事々件を知つたこと以外に別段動機はなく、しかもそれだけでは被告の離去を正当化することができないから、原告には婚姻を継続し難い重大な事由はなく、かえつて被告は原告を悪意で遺棄したものといわねばならない。そうだとすると、原告の離婚の請求は理由があるのに反し、被告から原告に対し離婚並びに慰藉料の支払を求める反訴請求は理由がないものというほかはない。

よつて進んで原告の結納金の返還及び慰藉料請求につき考える。

思うに結納は、特殊の場合は別として、本件のように普通の場合は他日婚姻の成立すべきことを予想し、その縁結びの印としてなされる一種の贈与であるから、一旦婚姻が成立した以上原則としてこれが返還を求めることはできないけれども、たとえ形式上婚姻が成立しても、夫婦生活の期間が短かく、事実上の夫婦協同体が成立していない場合は、婚姻予約不履行に準じて結納の返還義務を認めるのを相当とするところ、本件において被告は、先に認定したとおり最後に原告の許を去るまでの間も通算二〇日位原告と同棲したのに過ぎず、他は殆んど実家に在つたのであつて、そのうちの病気治療期間も特に原告と協議して実家で療養することにしたわけではないから、原被告間には未だ夫婦協同体は成立していなかつたものというべきであり、被告は原告に対し本件結納金一〇万円を返還すべき義務がある。

次に被告は前記悪意の遺棄により原告に精神上の苦痛を与えたことが容易に窺われるので、これによつて原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があり、その額は原被告間の夫婦生活の期間等諸般の事情を考え合せ金二万円を相当とする。

以上の次第で原告の本訴請求は、被告との離婚並びに被告に対し前記結納金一〇万円の返還と慰藉料のうち金二万円の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余を棄却することとし、被告が原告との離婚並びに原告に対し慰藉料金三〇万円の支払を求める反訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森永龍彦)

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