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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(むの3)124号 命令 1971年5月01日

主文

本件請求はいずれもこれを却下する。

理由

一、本件捜索差押許可請求の要旨は、被疑者は別紙一記載の如き犯罪事実を犯した疑いがありその捜査について必要であるので、同二記載の物件を差押えるため、同三記載の各個所を捜索し又は検証することの許可を求めるというにある。

二、よつて一件記録を検討するに、本件の場合、昭和四四年、同四五年の二年間に亘つて、北九州市小倉区浅野町二番地所在の小倉郵便局取扱いの郵便物の不着事故がその取扱い量に比較して計一五五件と高率を示し、その内容も現金封入ないしこれに類似した郵便物の事故が多かつたことから同郵便局の職員中に容疑者がいることが疑われ、熊本郵政監察局福岡支局において右事件の捜査を開始したこと、捜査官たる郵政監察官は試験郵便なる名目の下に日常一般の郵便物中に小倉郵便便局区内の居住者の中から了解を得た特定の住民を対象として名宛人とし、郵政監察官又はその家族に了解を得た上で差出人を選定し、従来の不着郵便物に外形を類似させるため便箋のほか現金五〇〇円ないし二、〇〇〇円を封入した試験郵便物合計三六一通を普通速達通常郵便物中に混入して昭和四六年四月九日から同年五月一日まで一九回に亘つて配達を実施したこと、右配達実施分について配達終了後各名宛人について配達の有無を確認したところ、そのうち別紙一記載の合計六通の郵便物が不着となり、かつ同局に持戻された形跡もないところから盗難にかかつたものと認められたこと、被疑者は郵政事務官として右不着郵便物の配達作業日のすべてに作業の応援を行つていたことから同監察局は被疑者の右窃盗容疑が濃厚であるとし、右六件を窃盗事件として立件し、被疑者について前記の如き捜索差押の許可を求めてきたことが認められる。

三、右事実によれば、本件はすべて郵政監察官の作成した試験郵便物の窃盗にかかわる事案であつてそれ以前の不着事故とかかわりのある事案とは認められない。そこで本件について考察するに、もともと、司法警察職員は犯罪を予防し鎮圧する責務を有するものであるから、たとい犯罪捜査のためとはいえ意識的に新たに他人に対し犯罪を誘発しやすい状況を設定して提供することは相当でないと思料されるし、又予期したとおり犯罪が発生した場合に更にこれを捜査するために右状況の被提供者に対し身体若しくは住居等の捜索或いは差押等の強制捜査を行なうことは、当該犯罪が重大である等の理由から特に必要が認められる場合以外は極力さけることが訴訟法上の信義則に合致するものと思料する。即ち、刑事訴訟法第一条は同法の目的の一つを公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とに置き、これを受けて同規則第一条は訴訟上の権利は誠実にこれを行使し濫用してはならないと規定しているが、本件のような捜査方法は公共の福祉の名のもとに個人の基本的人権を侵害する虞れが多いと考えられるし、訴訟上の権利の誠実な行使の理念にももとり、国家とこれを構成する個人との間の信義則を破るもといにもなりかねない不適法な捜査と解するのが相当である。本件は既に行なわれた犯罪を犯人自ら暴露させるような方法で用いられる形式の捜査とは本質的に異るものがあり、これがいわゆるおとり捜査になるか否かはともかくとしてこれに準ずるものとして理解するのが相当であり、従つて、いわゆるおとり捜査の方法により犯罪を実行し、その実行を証明された者が犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却されず、公訴を提起された場合に右捜査手続きの違法性のみをもつてしては有罪の判決を受けることを免れないことは明らかである(最高裁判所昭和二八年三月五日決定、最高裁判所刑事判例集七巻三号四八一頁)としても、前記のような捜査に続く強制搜査自体を適法なものとして容認することは社会通念上相当でなく、結局本件請求は他にこれを認めるに足る特別の事情もないから同法第一条に照らし不適法なものと認定する。

四、以上の次第により、本件捜索差押許可請求は不適法であるのでこれを却下することとし、主文のとおり命令する。(石井恒)

<別紙一>

犯罪事実

被疑者は北九州市小倉区浅野町二番地所在の小倉郵便局に郵政事務官として勤務し、郵便物の配達作業等に従事したものであるが、昭和四六年四月九日午後四時ごろ同局集配課事務室において普通速達通常郵便物の道順の組立作業に従事中、事局長板倉静雄の管理にかかる

差出人

東京都渋谷区二―○―○

受取人

北九州市小倉区足原一丁目○―○

あての普通速達通常郵便物(在中現金八〇〇円)一通を窃取したのをはじめ、昭和四六年四月二九日までの間に前記の手段方法により前後四回にわたり、別紙犯罪一覧表のとおり配達にかかる普通速達通常郵便物合計六通(在中現金六、七〇〇円)を窃取したものである。

<別紙二>

被害郵便物六通(在中現金六、七〇〇円)<中略>

<別紙三>

一、北九州市小倉区浅野町二番地 小倉郵便局○○課に配置されている同課員甲使用の被服箱および机

二、北九州市小倉区○○町○の○の○○甲方居宅および附属建物

三、右同所甲の着衣および所持品

四、右甲使用の軽四輪乗用車<車両番号略>

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