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福岡地方裁判所小倉支部 昭和39年(ワ)865号 判決 1970年2月09日

原告

月脚昭司

代理人

山口伊左衛門

外二名

被告

朝日タクシー株式会社

代理人

木下重範

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告の勤務

原告が、タクシー営業を目的とする被告会社に雇傭され、国鉄門司駅構内、同門司港駅構内の各営業所に、自動車運転手として勤務していたことは、当事者間に争いがない。

第二労働契約の内容

別表(一)「勤務年月」欄記載の昭和三七年一一月より昭和三九年七月までの間の、被告会社運転手の勤務時間が、請求原因第五項(一)の(1)、(2)のとおりの契約であつたこと、右期間内における原告の賃金日額が、昭和三八年一二月分を除き、別表(一)「賃金日額」欄記載どおりの額の契約であつたこと、および原告が右期間、同表(一)「勤務日数」欄記載の日数、「当月基準内労働時間数」欄記載の基準内労働と「残業時間数」欄記載の時間外労働とをし、右時間外労働のうちには、同表(一)「深夜業時間数」欄記載の深夜労働時間が含まれていることは、当事者間に争いがなく、右期間内における原告の一カ月の勤務時間数が、別表(一)「勤務時間数」欄記載のとおりであることは、右争いがない「当月基準内労働時間数」と「残業時間数」とを合計すれば、計数上明らかである。

しかして、被告会社が昭和三九年七月一八日成立し、同月二六日より実施すべき賃金協定以前の労基法第三六条所定の時間外労働に関する協定を労働基準監督署に届出をしていなかつたことは、被告会社の自認するところである。

第三、原告の割増賃金請求権の存否

一、<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告会社においては、昭和三〇年七月一五日と昭和三五年七月一五日の二回に亘り、従業員の代表者未益和正との間に、時間外労働に関する協定が締結され、これに基き時間外および深夜労働が行なわれてきたものであり、昭和三五年一二月までは、被告会社が雇傭する運転に対する右協定に基く時間外および深夜労働に対する割増賃金は、基本給に労基法所定の割増率を乗じて算出していたが、同年一二月二一日被告会社に従業員をもつて組織する労働組合が結成されたのを機に、従前の賃金を改訂することとなつた際、被告会社と労働組合との間に、それまでの基本給ベースアップを施したうえ、それに前記勤務時間における時間外、および深夜労働時間に対する法定の割増賃金を加えた賃金が協定され、過去一年間における満勤者の平均賃金を基本給とし、同年間の平均残業、深夜業時間に応じた法定の割増賃金を算出したうえ、各運転手別の勤務年数に応じた賃金日額を定め、右協定は翌昭和三六年一月から実施されたが、この協定による賃金は、従前に比し、運転手側にとつてかなり有利となつた。

(二)  昭和三七年五月七日原告所属の労働組合と被告会社との団体交渉において、前項の協定に基く時間外および深夜割増賃金を含む賃金を一〇〇円増額し、かつ、それまで実際の勤務日数により計算支給されていた、月額賃金は、実勤務日数によることなく、一カ月皆勤(勤務番により二五日または二四日)した場合には、暦日数で計算し、大の月は三一日分、小の月は三〇日分を支給することとし、欠勤した場合は、その日数を暦日数より差引いた日数の分を支給する旨の協定が成立した。

(三)  更に、原告所属の労働組合との間には、その後昭和三九年七月一八日と同年一二月二三日に賃金協定が締結され、その内容は協定書(甲第一〇号証、乙第一七号証、甲第一四号証)に記載されたが、これら協定による賃金も、すべて残業、深夜手当を含むものとして協定され、右各協定書にその旨明記された。

(四)  被告会社所属の運転手は、本訴提起に至るまで、誰一人被告会社に対し、前記のとおり時間外および深夜割増賃金を含むものとして定められた賃金に、右割増賃金は含まれていないと主張し、これが支払いを求めた者はいなかつた。

<証拠判断省略>。

以上認定の事実によると、別表(一)「賃金日額」欄記載の賃金は、時間外および深夜の割増賃金を含むものと認められる。

原告は、右賃金には時間外および深夜の割増賃金は含まれておらず、右は割増賃金算定の基礎となる法定労働時間(一日八時間)に対する賃金であると主張し、<証拠判断省略>他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

二、ところで、被告は、時間外および深夜の割増賃金を含む賃金において、割増賃金を除いた基本給部分の一時間当り金額は、被告の抗弁第六項記載のとおりの逆算方式により算出できる旨主張するので考えてみるに、なるほど右逆算方式によれば、実際の勤務時間数の多少により毎月の金額に変動を生ずるけれども、計数上は残業、深夜割増賃金を除いた一時間当り賃金の算出は可能であり、従つて、使用者と被傭者双方が、右の方式によつて算出された金額をもつて基本給とする旨の合意をした場合には、これを目して違法と断ずることはできない。

しかしながら、本件において、原告所属の労働組合と被告会社との間に成立した前記各協定は、前認定のとおり時間外および深夜割増賃金を含む賃金を定めたのに過ぎず、そのうちの基本給部分を右の逆算方式によつて算出された額とする旨の合意がなされたことを認めるべき証拠はない。

そうだとすれば、原告所属の労働組合と被告会社との間の合意による基本給(時間外および深夜割増賃金を除いたもの)の額は、不明というほかないから、原告のなした、時間外および深夜労働時間に対する法定の割増賃金額はこれを算定することができない。

もつとも、前記逆算方式により算出された、時間外および深夜割増賃金を除いた基本給相当部分の金額が、他の同種、同程度の企業における右割増賃金を除いた基本給と比較して、甚だしく低額で、著しく均衡を失しており、むしろ右のような他企業の割増賃金を除いた基本給と、被告会社における割増賃金を含む賃金とが大差ない金額である等特段の事情がある場合には、被告会社の時間外および深夜割増賃金を含むものとして定められた基本給は、実質的には、右割賃金を除いた純粋の基本給と解する余地がないでもないが、右のような事情の存在を認めるべき証拠はなく、かえつて、<証拠>によると、原告所属の労働時間と被告会社との間に協定された、時間外および深夜割増賃金を含む賃金は、他の一般タクシー業界に較べて低劣ではなく、むしろ実勤務時間に対する賃金としては、かなり良い方であつたものと認められるから、右のように解することはできない。

次に、仮に原告所属の労働組合と被告会社との間の協定による基本給が、時間外および深夜割増賃金を含むものでなく、単に請求原因第五項(一)の(1)、(2)の勤務時間に対する基本給であるとすれば、右勤務時間のうち、労基法所定の基準労働時間八時間を超える部分の時間外労働に関する協定を、被告会社が労働基準監督署に届出をしていなかつたことは、前記のとおりであるから、右勤務時間の協定のうち、時間外労働に関する部分は無効というべきであるが、基本給の約定自体は、無効事由がないので有効というほかない。従つて、右基本給は基準労働時間八時間に対するものと解することができるけれども、本件における基本給は、前認定のとおりそれに時間外および深夜労働に対する割増賃金を含むものとして協定されている以上、これをもつて基準労働時間に対する基本給のみと解する余地はない。

第四、結論

以上の次第で、原告主張の割増賃金請求権の存在は、これを認められないので、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(森永龍彦)

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