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福岡地方裁判所 昭和61年(行ウ)7号 判決 1991年6月18日

昭和六一年(行ウ)第七号、第八号各事件原告

入交商事株式会社

右代表者代表取締役

入交太一

右訴訟代理人弁護士

石田市郎

昭和六一年(行ウ)第七号事件被告

村上静馬

昭和六一年(行ウ)第八号事件被告

福住ミツコ

同事件被告

田中伊太郎

同三名訴訟代理人弁護士

角銅立身

同訴訟復代理人弁護士

松岡肇

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

(昭和六一年(行ウ)第七号事件)

原告と被告村上静馬(被告村上)との間において別紙物件目録一記載の物件(本件一の物件)につき鉱害賠償債務が存在しないことを確認する。

(昭和六一年(行ウ)第八号事件)

原告と被告福住ミツコ(被告福住)及び同田中伊太郎(被告田中)との間においてそれぞれ別紙物件目録二及び三記載の各物件(本件二及び三の各物件)につき鉱害賠償債務が存在しないことを確認する。

第二事案の概要(昭和六一年(行ウ)第七号、第八号事件に共通)

一争いのない事実等

1  九州地方鉱業協議会第二六一裁定委員会は、昭和六一年一月二四日、被告村上と原告との間の、石炭鉱害賠償等臨時措置法一一条の二以下に規定する鉱害賠償に関する裁定申請事件について、同法一一条の五に基づき、原告は被告村上に対し、本件一の物件について鉱害賠償責任を有することを確認する旨の裁定をした。(当事者間に争いがない)

2  九州地方鉱業協議会第二四八裁定委員会は、昭和六〇年一二月二五日、被告福住及び同田中と原告との間の、石炭鉱害賠償等臨時措置法一一条の二以下に規定する鉱害賠償に関する裁定申請事件について、同法一一条の五に基づき、原告は被告福住及び同田中に対し、本件二及び三の各物件について鉱害賠償責任を有することを確認する旨の裁定をした。(当事者間に争いがない)

3(一)  本件一ないし三の各物件(本件各物件)は、いずれももと共同石炭鉱業株式会社(共同石炭)の所有であった。(当事者間に争いがない)

(二)  共同石炭は、それぞれ、昭和四四年二月一日に被告村上に本件一の物件を贈与し、昭和四三年五月一日に代金六万六〇〇〇円で同福住に本件二の物件(持分二分の一)を売却し、右同日に代金一〇万七二五〇円で同田中に本件三の物件を売却した。(<証拠>)

4  原告の採掘関係

本件各物件の直下及びその周辺は、福岡県採掘登録第二五六一号鉱区内にあり、共同石炭により、大正時代に竹谷五尺層が地表下深度約三〇メートル以深で、昭和六年から同八年にかけて竹谷尺無層が地表下深度六五メートル以深で、昭和二六年から同二七年にかけて三五尺層中の田川三尺層が地表下深度約九〇メートル以深で、それぞれ採掘された。(当事者間に争いがない)

5  共同石炭は、昭和四七年三月一日、原告に吸収合併された。(当事者間に争いがない)

6  裁定に示された理由の要旨

前記1、2記載の裁定の理由は、大要、共同石炭が大正時代に島廻炭鉱第一坑から竹谷五尺層の石炭層を採掘した際、本件物件の直下浅所部を掘採したため、浅所陥没の発生があり、被告らが本件物件を取得した昭和四三年以降に本件物件に見受けられる陥没現象は、右掘採に起因するものであると判断し、原告の被告らに対する鉱害賠償債務を認めるというにあった。(当事者間に争いがない)

二当事者の主張する争点

1  被告らは、まず、次のように主張した。

本件各物件については、その地盤が石炭採掘によって陥没沈下する等鉱害が発生しており、それによる損害を被っている。

2  原告は、被告らの主張に対し、次のように主張した。

(一) 予定賠償契約

(1) 共同石炭は、昭和四五年八月三〇日、被告村上との間において、本件一の物件に対し同社の石炭採掘により右現在時既に発生している損害及び将来発生することあるべき損害のすべてにつき鉱業法一一四条に規定する予定賠償契約を締結し、同被告に対し、予定賠償金の支払をした。

(2) 共同石炭は、昭和四三年五月一日、それぞれ本件二及び三の各物件に対し同社の石炭採掘により右現在時既に発生している損害及び将来発生することあるべき損害のすべてにつき、被告福住及び被告田中との間で鉱業法一一四条に規定する予定賠償契約をそれぞれ締結し、いずれも予定賠償金の支払をした。

(二) 時効消滅

前記一6記載の裁定理由によれば、浅所陥没は昭和四三年以降発生したものとされているが、仮にこれが三年間継続したとしても、遅くとも昭和四六年一二月三一日までにはその発生が終息しているはずであるから、昭和四九年一二月三一日が経過した時点(鉱業法一一五条一項)で、被告らに対する各鉱害賠償債務は時効消滅した。

3  被告らは、また、原告の主張に対し、次のとおり主張した。

(一) 浅所陥没(原告の(一)の主張に対して)

(1) 浅所陥没による損害の発生

本件各物件に生じた鉱害及び損害は、いずれも浅所陥没により発生したものである。

(2) 浅所陥没は、発生するか否か、また、発生するとしてもいつ発生するか、予定賠償契約当時において予測できないものであるから、予定賠償契約による鉱害賠償の範囲内には、浅所陥没により発生する損害は含まれない。

(二) 裁定の申立(原告の(二)の主張に対して)

被告らは、昭和五六年ころ、九州地方鉱業協議会に対して、本件各物件につき原告との間の鉱害賠償に関する裁定を申し立てた。

第三争点に対する判断

一石炭採掘による鉱害および損害の発生の有無について

1  鉱害及び損害の発生状況について

本件各物件については、柱・敷居の傾斜等の損傷があるほか、本件一の物件及びその周辺については、まず、昭和四六年、炊事場と土間の床下に二〇センチメートル大の亀裂が発生し、被告村上は、中栗石を詰め込み、コンクリート打ちするなどして、約八〇万円かけて全面的な家屋の補修をした。また、昭和五四年ころ、居間の四畳半の床下に、直径1.3メートル、深さ七〇ないし八〇センチメートルの円筒形の床下陥没が発生し、床板を支えるつか柱が宙に浮いていた。昭和五五年ころ、本件一の物件付近の泉水や井戸が突然枯渇した。

本件二の物件及びその周辺については、昭和五六年ころ、隣近所の家屋が夜半中バリバリと音を立てて沈むような状態が続いていたほか、本件二の物件の六畳間の床下に摺鉢型の直径約一メートル、深さ三〇センチメートル程度の床下陥没が発生していた。昭和五九年ころに玄関から次の部屋にかけて二〇ないし一〇センチメートル地上げしたものが、その二年後には約一〇センチメートル程度沈下し、玄関の開閉戸が開かなくなった。そのため、サッシのドアに交換したが、現在では右ドアは全く動かなくなっている。なおも家屋全体につき南東への傾斜が進行している状態で、押入れの襖などが動かなくなり、カーテンに代えた部分もある。

本件三の物件については、昭和五四年ころ、座敷の床下に直径一メートル、深さ一〇センチメートルの陥没があり、亀裂も発生していた。そのころ以前から、戸や障子、襖が動かなくなり、柱が鴨居付近で一〇センチメートルも傾斜したので、傾き直しを一度し、また、ジャッキで床を煉瓦一枚分上げたこともあった。(<証拠>)

2  石炭採掘状況及び地盤の状況について

(一)(1) 本件各物件の存在する地域は、新大峰炭鉱株式会社(新大峰炭鉱)が保有していた福岡県採掘登録第三六三号鉱区(第三六三号鉱区)及び共同石炭が保有していた同登録第二五六一号鉱区(第二五六一号鉱区)との重複鉱区内に位置している。

(2) 石炭採掘状況については、第三六三号鉱区において、蔵内鉱業株式会社及び共同石炭により、大正時代に、本件二及び三の物件の直下及び周辺にて三五尺中の田川八尺層が地表下深度約一〇〇メートル以深で採掘された。新大峰炭鉱により、昭和四一年から同四三年にかけて、三五尺層中の田川四尺層が、本件一の物件の東約三五〇メートル以遠にて、地表下深度約二七〇メートル以深で採掘された。

第二五六一号鉱区においては、共同石炭により、大正時代に、竹谷層中の竹谷五尺層が、本件一の物件の直下及びその周辺にて地表下深度約三〇メートル以深で、同じく本件二及び三の物件の直下及びその周辺にて地表下深度約二九メートル以深で採掘された。また、同社により、昭和六年から同八年にかけて、竹谷層中の竹谷尺無層が、本件各物件の直下及びその周辺にて地表下深度約六五メートル以深で採掘された。さらに、同社により、昭和二五年から二七年にかけて、三五尺層中の田川三尺層が、地表下深度約九〇メートル以深あるいは約一五〇メートル以深で、昭和三五年から同三七年にかけて、竹谷層中の竹谷五尺層を地表下深度約六〇メートル以浅で、昭和三五年から同三九年にかけて竹谷層中の竹谷尺無層を地表下深度約四五メートル以浅で採掘された。(<証拠>)

(二) 試錐調査並びに精密測定実測調査の結果

本件各物件の直下及びその周辺における竹谷層中の竹谷五尺層の採掘炭層確認のため、昭和五九年二月に石炭鉱害事業団九州支部により試錐調査が行われ、また、昭和五九年一一月から同年一二月にかけて福岡通商産業局により鉱害認否精密測定実測調査が行われた。

(1) 試錐調査結果

本件三の物件の西南約一五メートルの地点で実施された試錐により、地表下深度15.70メートルから17.60メートルにかけて竹谷層中の竹谷五尺層の採掘古洞が確認された。

(2) 精密調査結果

イ 本件一の物件の東南約一五〇メートル、本件三の物件の南約五メートルの地点で実施された試錐により、地表下深度27.45メートルから29.00メートルにかけて竹谷層中の竹谷五尺層の採掘古洞が確認された。

ロ 本件一の物件の東南約二五メートル、本件三の物件の北西約一四〇メートルの地点で実施された試錐により、地表下深度25.80メートルから27.50メートルにかけて竹谷層中の竹谷五尺層の未採掘炭層が確認された。

(3) 地質柱状図調査結果

右(2)ロの試錐による竹谷五尺層の上部岩層については、地表下深度17.95メートルから25.45メートルにかけて地盤の風化を示す赤水に汚染された縦方向のクラックが処々にあり、25.20メートルから26.00メートルには開口の大きい亀裂があるなど、激しいコア(試錐芯)の乱れが確認された。(<証拠>)

3  前示1で認定の本件各物件の鉱害及び損害と前示2で認定の石炭採掘との因果関係の有無について判断する。

(一)(1) 一般的な地表沈下の発生時期及び終息時期について

本件各物件については、その直下及びその周辺において石炭採掘が行われており、石炭採掘により生ずる鉱害影響範囲内にある。

地下採掘による地表沈下発生時期については、採掘深度、地質、岩石層序の種類、採炭方式、採掘切羽の進行速度、採炭区域の面積等により差異はあるものの、地表沈下は、採炭開始から数週間ないし数か月後に発生する。

また、地表沈下の終息時期については、地盤沈下の安定には、採掘の深度が深くなるほど長期間を要し、安定時期に関しては、石炭鉱害賠償等臨時措置法四条四項及び五項に基づき通商産業大臣が定めた「鉱害賠償積立金算定基準(昭和三八年七月五日付三八石第八五七号)」による鉱害算定要領の「鉱害の範囲及び安定の時期」(安定基準)があり、それによれば、採掘深度一〇〇メートル未満の場合は六か月以上一年未満、一〇〇メートル以上三〇〇メートル未満の場合は一年以上一年六か月未満、三〇〇メートル以上五〇〇メートル未満の場合は一年六か月以上二年未満、五〇〇メートル以上の場合は二年以上二年六か月未満で地表沈下が終息し、地盤移動は安定するとされている。

(2) 浅所陥没現象

しかし、右安定基準による終息時期とは無関係に、地下採掘による地盤移動、いわゆる浅所陥没が発生する場合があるとされる。

すなわち、地表下深度数一〇メートルの浅所部(通常は、地表下深度約三〇メートル以浅。ごく希に、約五〇メートル以浅)において、部分採掘(坑道採掘、狸掘あるいは残柱式採掘)が行われた場合、これらの浅所採掘部は、深度が浅く地圧の影響が少ないこと、また、採掘空間が小規模であることなどから、採掘空洞が維持され、地表面に沈下等の鉱害現象が発生しないことがある。しかし、長期間の経過につれて、採掘空洞内部において、滴水、多湿化、通気不良等による風化現象が発生し、右空洞を支持する支保の腐食や周壁の剥落が生じ、天盤の支持力が低下するのに伴い、天盤岩石層の撓みや亀裂が発生し、天盤の一部が崩落する。これらの一連の現象が長期間繰り返されることにより、亀裂の発生が次第に地表面付近に達し、さらにその亀裂に浸透する雨水などの量が増大するなどして、浅所採掘部の直上部岩石層が徐々に弱体化すると、一挙に天盤が崩落し、その直上地表面において、採掘年次に関係なく、全く突然に局部的に地盤が陥没沈下する浅所陥没現象が発生することがあるとされる。

その陥没の態様は、一般的な地表沈下が採掘空洞から緩い角度でロート状に落下するのに対して、採掘空洞直上部の地表面が、右空洞の幅に限定された狭い範囲内で、局所的に急激に変化して落下するものである。(<証拠>)

(二) これを本件についてみるに、三五尺層中の田川八尺層、田川四尺層及び田川三尺層並びに竹谷層中の竹谷尺無層の石炭採掘は、右3(一)(1)の安定基準に照らして、前示1で認定の鉱害及び損害とは因果関係がないものと判断される。

しかしながら、本件各物件の存在する地域において最も新しい石炭採掘は、昭和四一年から同四三年にかけての第三六三号鉱区の三五尺層中の田川四尺層の採掘であって、右安定基準に照らし、昭和四四年以降に本件各物件に対して鉱害による損害を与えるような新しい石炭採掘が行われていないこと、採掘年次とは関係なく地盤が陥没沈下するいわゆる浅所陥没なる鉱害現象が存在すること、本件各物件の直下及びその周辺において竹谷層中の竹谷五尺層が地表下深度約三〇メートル以深で採掘されており、試錐調査等の結果によっても、本件各物件の直下において竹谷五尺層が採掘されていると推認することができること、竹谷五尺層の上部岩層には浅所陥没の原因として特徴的な地盤の風化が窺われ縦方向のクラックや亀裂が処々にあること、本件各物件の床下の地表面には沈下陥没が見受けられること、右の沈下陥没はいずれも突然に、また、局所的に発生したものであることなどの事実を総合的に判断すると、本件各物件方に発生した地盤の沈下陥没は、浅所陥没であると推認することができる。そして、本件各物件の損害は、いずれも地盤の沈下陥没すなわち浅所陥没により発生したものということができる。とすれば、右安定基準にもかかわらず、竹谷層中の竹谷五尺層の石炭採掘と本件各物件の損害との間には相当因果関係があると認めることができる。

二予定賠償契約締結の有無について

共同石炭は、それぞれ、昭和四五年八月三一日、被告村上との間において、本件一の物件につき賠償金額四〇万円にて、また、昭和四三年五月一日、被告福住との間において、本件二の物件につき賠償金額四万八〇〇〇円にて、さらに、右同日、被告田中との間において、本件三の物件につき賠償金額七万四二五〇円にて、損害の原因、内容及び範囲につき左記の約定により予定賠償契約(本件各予定賠償契約)を締結し、それぞれ各契約締結日のころ右各予定賠償金を支払い、それぞれその旨の鉱害賠償登録がされた。

(一)  損害の原因 鉱物の採掘のための土地の掘さく、坑水若しくは排水の放流、捨石若しくは鉱滓の堆積又は鉱煙の排出等石炭の採掘に因る一切の原因

(二)  損害の内容 右原因により右物件に及ぼす一切の損害

(三)  損害の範囲 現在及び将来に於ける総ての損害の賠償(<証拠>)

三本件各予定賠償契約による鉱害賠償の範囲内に浅所陥没による損害が含まれないか否かについて

鉱害は、石炭採掘等の継続的、反覆的な原因行為に基づく損害であり、その損害の発生まで原因行為がされてから相当の期間を要し、また、損害の範囲は、多種多様かつ広範に及ぶものである。しかも、それらの損害は、さまざまな態様、経路をたどり相当期間後に確定損害へと至るのが通常である。このように損害発生後確定損害に至るまで相当期間を要し、あるいは、一定期間の継続的、反覆的損害となる場合には、現に生じている損害のほかに、将来生じるであろう損害についての賠償の処理が問題となり、損害が発生するたびに賠償について交渉し決定する繁雑を避けるため、賠償義務者と被害者との間において鉱害賠償について協議して予定賠償契約を締結することができる。

なるほど、一般に契約には常にある程度の危険がつきものであり、私的自治の原則からは、当事者間で契約が成立した以上は双方ともこれに拘束されるべきところ、原告と被告らは、それぞれ、石炭採掘による一切の原因に基づく本件各物件に及ぼす一切の現在及び将来における総ての損害を対象とする旨を約して、予定賠償契約を締結し予定賠償金を受領したのであるから、そのことによって、原告の被告らに対する各鉱害賠償債務は、右契約後に発生すべき損害を含めてすべて消滅したものとも考えられる。

しかし、鉱害のように原因行為から相当期間経過後に損害が発生し、しかも損害の態様が多種多様で損害の予測が極めて困難な場合に、予定賠償契約において、被害者が、石炭採掘による一切の原因に基づく本件各物件に及ぼす一切の現在及び将来における総ての損害を対象とする旨約定したことのみをもって、将来どのような事態が発生しようとも被害者は契約文言に拘束され、以後何らの請求もできないと解することは、信義則に照らし、また、公平の観点から相当ではない。

この点、石炭採掘事業を含む鉱業が、国民経済上重要な産業であるとともに、他方において、その事業経営は他人の生命・財産を侵害し社会に少なからぬ不利益を必然的にもたらすという各種の危険行為を通じて自己の利益を上げる存在であること、また、鉱業法一一四条一項が予定賠償額の増減請求権を認めて予定賠償契約の拘束力を緩和していること、さらに、被害者の保護並びに国土の有効利用・保全を図り、あわせて石炭鉱業等の健全な発達を図るという目的を、できるだけ関係者の公平な費用分担により実現するために、臨時石炭鉱害復旧法や石炭鉱害賠償等臨時措置法等の特別法が設けられていることなどの諸般の事情に鑑みると、予定賠償契約後信義則上看過することのできない損害が生じた場合には、公平の観点から、右契約上の危険を契約当事者の一方である被害者に引き受けさせるべきではなく、そのような事態は、特段の事情がない限り、契約当時、契約当事者の予想外としたところであって、契約の対象事項中に包含されず、したがって、右損害と原因行為との間に因果関係の認められる限り、被害者は予定賠償契約後の損害についても賠償義務者に対しその賠償を請求し得るものと解するのが相当である。また、このように解しても、予定賠償契約当時に予測された損害については、賠償の目的となる損害の原因及び内容並びに賠償の範囲及び金額について鉱業法一一四条二項に基づく鉱害賠償登録がされている場合には、賠償義務者が同一損害につき二重に賠償するといった不当な結果は回避することができる。

これを本件についてみるに、前示の一2(一)、同3(一)で認定の事実に照らすと、浅所陥没は、発生するか否か、また、発生するとしてもいつ発生するかおよそ予測できないものであって、第三六三号鉱区における最終の石炭採掘が昭和四一年から同四三年にかけての三五尺層中の田川四尺層の採掘であり、第二五六一号鉱区におけるそれが昭和三五年から同三九年にかけての竹谷層中の竹谷尺無層の採掘であることを併せ考え、安定基準に照らしても、原告及び被告らは、本件各予定賠償契約締結当時、その一〇余年後に石炭採掘による鉱害の被害を受け、なおも確定損害には至らないというような信義則上看過することのできない異常な事態に直面することは考慮の外において本件各予定賠償契約を締結したものであると解すべきである。

なお、<証拠>によれば、浅所陥没現象は、筑豊地方で古くから発生していたものであることが認められるが、このことから直ちに本件各予定賠償契約の当事者が本件各物件に対して浅所陥没が発生することを予測していたと推認することはできず、また、右当事者が浅所陥没の発生を予測して本件各予定賠償契約を締結したと認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件各予定賠償契約の鉱害賠償の範囲に浅所陥没により発生した本件各物件の損害は含まれず、各鉱害賠償債務が本件各予定賠償契約により消滅したものということはできない。

四各鉱害賠償債務の時効消滅の有無について

鉱害による損害賠償請求権は、鉱業法一一五条により、被害者が損害及び賠償義務者を知った時から三年の時効により消滅する旨定められ、また右時効期間は、進行中の損害については、その進行のやんだ時から起算するとされている。

この点、原告は、裁定の理由に浅所陥没が昭和四三年以降に発生したものとあることから、仮に右浅所陥没が三年間継続したとしても、遅くとも昭和四六年一二月三一日までにその発生が終息し、右鉱害の終息時から三年間経過した昭和四九年一二月三一日をもって各鉱害賠償債務が時効消滅したものと主張する。

しかしながら、昭和四六年一二月三一日までに浅所陥没の発生が終息したと認めうる証拠はなく、かえって、前記一1で検討したとおり、本件各物件については、鉱害による損害が昭和五四年以降にも発生しているのであって、昭和四六年一二月三一日までに鉱害の発生が終息しておらず、他に時効消滅に関する主張立証がない本件においては、その余の点について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がなく、本件各物件に対する鉱害賠償債務が時効により消滅したものということはできない。

五以上のとおりであって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官寒竹剛 裁判官加藤亮 裁判官五十嵐常之は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官寒竹剛)

別紙<省略>

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