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福岡地方裁判所 昭和53年(ワ)401号 判決 1980年4月14日

原告 橋口久子

<ほか三名>

原告ら訴訟代理人弁護士 立木豊地

被告 文化タクシー株式会社

右代表者代表取締役 副田知規

右訴訟代理人弁護士 木上勝征

被告 仁束美佐夫

主文

被告らは各自原告橋口久子に対し金四五五万九〇九二円、原告橋口友亮、同中野廣亮、同橋口一男に対し各金一一九万九三九六円及びこれらに対する昭和五二年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

但し、被告文化タクシー株式会社が、原告橋口久子については金一一五万円の担保を、その余の原告らについては各金三〇万円の担保を、それぞれ供するときは、その原告による右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告橋口久子に対し金六七一万円、その余の原告三名に対し各金二五八万円及びこれらに対する昭和五二年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告会社)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱宣言

(被告仁束)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告仁束は、昭和五二年三月二四日午前六時二五分ころ普通乗用自動車(福岡五六ま一七一〇号、以下「加害車両」という。)を運転し、福岡市博多区下月隈正手一二七番地先の道路を宝満尾方面から志免町方面に向って時速約五〇キロメートルで進行中、一瞬仮眠状態に陥り、自車を道路の右側部分に暴走させて、道路端に設置されたバス停留所の支柱や電柱に衝突させ、さらに自車を前方に逸走させて、折から右前方から対面して歩いてきた訴外亡橋口康治(以下「康治」と略称する。)に自車の前部を衝突させた。その結果、康治は頭蓋骨折等の傷害を負い、同日午前八時二分ころ、岡崎外科医院で右傷害による頭内出血により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

被告会社は、次の理由により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

(1) 自賠法三条の責任

被告会社は、加害車両を自己のために運行の用に供していた。

(2) 民法七一五条一項の責任

被告会社は、後記のとおり被告仁束を使用し、本件事故は、同被告が被告会社の業務を執行中、居眠り運転の過失によって発生させたものである。

(3) 民法七〇九条の責任

被告仁束は、大工として稼働するかたわら、被告会社のアルバイト運転手としてタクシーの運転業務に従事していたものであり、本件事故は、被告仁束が、その前日である昭和五二年三月二三日午前八時から午後五時三〇分ころまで大工として働き、午後七時四〇分ころから翌二四日午前三時三〇分ころまで被告会社の右業務に従事した後、自己所有の加害車両を運転して帰宅する途中居眠りをして起した事故である。

ところで、タクシー業者がアルバイト運転手を使用することは、法の禁止するところであり(自動車運送事業等運輸規則第二五条の七第一項第一号)、被告会社は、これに違反するのみならず、被告仁束の過労による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、右は、被告会社の業務執行中のみならず、帰宅中の運転行為にも及ぶところ、右注意義務を怠った。

(二) 被告仁束の責任

被告仁束は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 逸失利益

康治は、事故当時五一才(大正一四年四月一八日生)の男性であり、昭和鉄工株式会社に勤務し、年間二一四万五八五三円の給与を得ていた。

そこで、同人の稼働可能年数を六七才までの一六年、生活費を年収の三割とし、年五分の割合による中間利息の控除について年別ホフマン方式を用いて、同人の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり一七三二万八一九二円と算定される。

2,145,853円×0.7×11.536=17,328,192円

(二) 相続

原告久子は康治の妻、原告友亮、同廣亮は同人の養子、原告一男は同人の実子であり、同人の死亡による損害賠償請求権を法定の相続分に従って承継した。

(三) 葬儀費用等

原告らは、康治の死亡に伴い葬儀費用等として八五万九〇一七円を支出し、同額の損害を受けたので、各自法定相続分と同一の割合に従ってこれを負担することとした。

(四) 慰藉料

康治の死亡によって受けた精神的苦痛を慰藉すべき額は、原告久子につき五〇〇万円、その余の原告三名につき各一六六万円が相当である。

(五) 損害の填補

原告らは、本件事故による損害の填補として強制保険金一五〇〇万円を受領したので、これを右(一)の逸失利益に充当する。

(六) 弁護士費用

原告らは本件原告ら訴訟代理人に対し、本訴の弁護士費用として一三〇万円を支払う約定したので、原告久子において六五万円、その余の原告三名において各二一万六〇〇〇円をそれぞれ負担して支払うこととした。

4  結論

よって、本件事故による損害賠償の履行として、被告ら各自に対し、原告久子は六七一万円(万円未満切捨て、以下同じ。)、その余の原告三名は各二五八万円及びこれらに対する康治死亡の日の翌日である昭和五二年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

1 (事故の発生)は認める。

2 (責任原因)の(一)の(1)、(2)、(3)はいずれも否認する。

本件事故は、被告仁束が被告会社を退社後に自己所有の加害車両で発生させたものであり、これを運行の用に供していたのは被告仁束であって、被告会社は、加害車両の運行を支配していなかったのであるから、自賠法三条の責任を負う理由はない。

また、被告仁束は、原告ら指摘のとおりアルバイト運転手であるが、法がアルバイト運転手の選任を禁止した趣旨は、過労運転による事故発生の蓋然性が高いからではなく、乗客に対し適切な運行を確保するためであって、現にアルバイト運転手が一般に過労運転をしている事実はなく、まして過労運転による事故発生の可能性が高いという事実はない。アルバイト運転手は、勤務時間の拘束がなく、いつでも自由に乗務を中止することができるし、被告会社としても、アルバイト運転手を乗務させる際には、健康状態、疲労の有無を確認し、安全運転を指示するなど過労運転の防止に努めており、乗務終了後睡眠をとるための仮眠室も設けている。

被告仁束は、事故前日の午後七時五五分から当日午前三時三〇分まで乗務した後、同日午前四時過ぎに加害車両を運転して退社したが、元来なら一〇分足らずで自宅に帰りつくところを途中寄り道したため、退社後二時間以上も経過し、かつ、通常の通勤路と異る場所で本件事故を発生させたものであり、被告会社としては、右事故が発生するかもしれないことを認識することは不可能であるから、民法七〇九条ないし七一五条の責任を負うべき理由もない。

3 (損害)はいずれも不知。

(被告仁束)

1 (事故の発生)は認める。

2 (責任原因)の(二)は認める。

3 (損害)はいずれも不知。

三  抗弁(被告両名)

被告仁束は原告らに対し、葬儀費用三〇万円を支払った。

四  抗弁に対する認否

認める。

第三証拠関係《省略》

理由

一  事故の発生

請求原因1記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  被告会社の責任

(一)  自賠法三条の責任

本件事故当時、被告会社が加害車両を自己のために運行の用に供していたことは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

よって、原告ら主張の請求原因2の(一)の(1)は理由がない。

(二)  民法七一五条一項の責任

本件事故当時、被告仁束が被告会社の業務を執行中であったことは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

よって、原告ら主張の請求原因2の(一)の(2)は、その余を判断するまでもなく、理由がない。

(三)  民法七〇九条の責任

《証拠省略》によると、被告会社は、自動車運送事業を営むものであり、被告仁束は、大工職を本業とするかたわら、昭和五一年七月からアルバイトとして被告会社でタクシーの運転業務に従事していたこと、その勤務状況は、大工の仕事が通常平日の午前八時から午後五時三〇分までなので、主として日曜日を選び、多い月で五回、少ない月で一回程度乗務するのが前例であったが、本件事故が発生したのは木曜日であり、被告仁束は、その前日(三月二三日)、通常の大工仕事を終えたあと、被告会社から「空車がある。」旨の連絡を受け、これに応じて、午後七時四〇分ころから翌二四日午前三時三〇分ころまで乗務したこと、そして、同日午前四時ころ、自己所有の加害車両を運転して帰途につき、途中コインスナックで軽い食事をしたあと、加害車両の中で午前四時三〇分ころから午前六時二〇分ころまで仮眠し、当日はいつもどおりの大工仕事がひかえていたので、目を覚して直ぐ帰路についたところ、二キロメートルも進行しないうちに、前記のとおり、一時仮眠状態に陥り、本件事故を発生させるに至ったこと、被告仁束は、弟の死亡に伴う葬儀費用等の負債を返済するため、右アルバイトを始めたものであるが、事故の前前日(三月二二日)も午前二時三〇分ころまでタクシーに乗務し、その間連日大工仕事に出かけていたものであって、事故当時過労の状態にあったこと、被告会社のアルバイト運転手は、乗務回数、時間等について何らの拘束もなく、乗務の勧誘があっても断るのは自由であり、乗務時間も自主的判断によって決定することができたこと、但し、アルバイト運転手がその意思により乗務することを決めた以上は、同人の健康状態等を積極的に確認することは一切せず、無理をしないで乗務するよう注意する程度の指示指導しかしていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によると、本件事故は、被告仁束の過労による居眠り運転によって発生したものであり、過労の一因が前夜来のタクシー乗務にあることは、否定できない。

ところで、被告会社は、自動車運送事業等運輸規則第二五条の七第一項第一号に違反し、被告仁束をアルバイト運転手(日日雇い入れられる者)として使用していたものであるが、右法規違反の点はともかくとして、アルバイト運転手の場合には、正規の運転手と異なり、一般的な労働条件を定める中でその健康管理を総体的に図るということができないのみならず、本業との関係で過労になる危険が少なくないから、自動車運送事業を営む者としては、アルバイト運転手が乗務する都度、その健康状態に注意を払い、乗務に適した状態にあるかどうかを確認したうえ、具体的に勤務時間その他の勤務条件を指示し、もって運転手の過労による事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきである。

被告会社は、被告仁束が昼間正業についていることや、被告会社における従前の勤務状況等を熟知しており、当時同被告がかなり疲労していることは容易に推測することができたのであるから、当日タクシーに乗務させるにしても、短時間の乗務にとどめ、その日のうちに帰宅することができるよう勤務時間を具体的に指定してなすべきであったものと認められ、これに反し、単に抽象的な注意を与えたのみで、乗務時間の選定を慢然被告仁束――債務の返済のためより多額の収入を願望する同被告――の自主的判断に委ねたことは、被告会社の過失にほかならず、右過失と本件事故の発生との間には、相当因果関係があるものと認められる。

被告会社は、右相当因果関係の存否について、被告会社から被告仁束の住所地までは車で約一〇分程度の距離にあり、本件事故は、退社後約二時間を経過して、しかも通常の帰宅コースと異る道路で発生したのであるから、相当因果関係はない旨主張するが、《証拠省略》によると、被告会社から被告仁束の住居地までは、最短コースを車で走った場合、約一〇分程度の距離であるが、本件のコースもこれと大差がないことが認められ、事故の発生が、深夜に及ぶ労働に従事した者の行動として通常予想されるところの、軽い食事と仮眠後の帰宅途上の出来事である以上、相当因果関係の存在は、否定することができないものというべきである。

よって、被告会社は、民法七〇九条により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告仁束の責任

請求原因2の(二)記載の事実は、原告らと被告仁束との間で争いがない。

よって、被告仁束は、自賠法三条により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  逸失利益

《証拠省略》によると、康治は、事故当時五一才(大正一四年四月一八日生)の健康な男性であり、昭和鉄工株式会社に勤務し、年間二一四万五八五三円の給与を得ていたこと、原告久子は康治の妻であり、原告友亮、同廣亮は原告久子と前夫との間の子で康治の養子であり、原告一男は原告久子と康治との間の実子であるが、事故当時原告久子を除くその余の原告三名は、いずれも独立して生計を営んでいたことが認められる。

そうすると、康治の死亡による逸失利益は、収入を年間二一四万五八五三円、稼働可能期間を一六年間、控除すべき生活費の額を右収入の五割とし、年五分の割合による中間利益の控除について年別ホフマン式計算法を用いて算定するのが相当であり、これによると、右逸失利益は次のとおり一二三七万七二八〇円と認められる。

二一四万五八五三円×〇・五×一一・五三六=一二三七万七二八〇円

2  葬儀費用等

《証拠省略》によると、原告らは、康治の死亡に伴い葬儀費用等として四〇万円を超える支出をしたことが認められる。

よって、諸般の事情に鑑み、右支出額のうち四〇万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

3  慰藉料

原告らと康治との間の身分関係は前記のとおりであり、同人が死亡したことによる原告らの精神的苦痛を慰藉すべき額は、諸般の事情に鑑み、原告久子につき五〇〇万円、その余の原告三名につき各一六六万円と認めるのが相当である。

4  損害の填補(弁済の抗弁を含む。)

原告らが康治の死亡に伴う強制保険金一五〇〇万円を受領したことは、弁論の全趣旨により明らかであり、かつ、被告ら主張の抗弁事実は、当事者間に争いがない。

そこで、右任意弁済金三〇万円はこれに対応する前記2の損害に充当し、強制保険金一五〇〇万円は、右損害の残余と前記1の損害にまず充当し、残りの二五二万二七二〇円については、法定の相続分に従い、原告久子がうち八四万〇九〇八円を、その余の原告三名が各五六万〇六〇四円をそれぞれ取得したものとみなし、前記3の各慰藉料からこれを差引く。

5  弁護士費用

以上の理由により、被告らに対し、原告久子は四一五万九〇九二円を、その余の原告らは各一〇九万九三九六円をそれぞれ請求しうべきところ、原告らが弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起、追行を委任したことは、記録上明白である。

そこで、右弁護士費用のうち被告らにおいて負担すべき額は、諸般の事情に鑑み、原告久子につき四〇万円、その余の原告三名につき各一〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上のとおりであって、被告らは、本件事故による損害賠償の履行として、原告久子に対し四五五万九〇九二円、その余の原告三名に対し各一一九万九三九六円及びこれらに対する康治死亡の日の翌日である昭和五二年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの被告らに対する請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行及びその免脱の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小長光馨一)

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