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福岡地方裁判所 昭和43年(行ク)5号 決定 1968年10月15日

申請人

小柏美己

成大植

右両名代理人

三浦久

ほか一四名

被申請人

北九州市長

谷伍平

右代理人

苑田美穀

ほか一一名

主文

被申請人が昭和四三年一月二七日申請人小柏美己に対してした分限免職処分の効力を福岡地方裁判所昭和四三年(行ウ)第六号分限免職処分取消請求事件の判決確定に至るまで停止する。申請人成大植の申請を却下する。

申請費用は申請人小柏と被申請人との間に生じた分は被申請人の、申請人成と被申請人との間に生じた分は申請人成の負担とする。

理由

<前略>

第三疎明によつて認められる事実

一、北九州市の財政事情と市職員の年齢構成

1  北九州市は、昭和三八年二月一〇日旧門司、小倉、八幡、戸畑、若松各市が合併して新市となつたものであるが、合併に伴う幾多の困難な諸問題を抱え市税収入の伸長率は予想を下まわり、各種支出は増大し、収支の均衡が乱れ各年相当多額の赤字を計上するようになり(普通会計の実質的収支不足額は昭和三八年度一二億二、八〇〇万円、同三九年度一三億一、六〇〇万円、同四〇年度一三億八、一〇〇万円、同四一年度一六億七、九〇〇万円)、市行政、会計担当者らはその対策に苦慮していたが、被申請人は昭和四二年三月一日市長就任以来これら財政状況の再建のため、相当な欠損を計上していた水道、交通、病院事業等の公営企業の再建(病院について計二六六名の給食員等単純労務職員を退職させまたは分限免職すると云う措置もとつた。)をはじめ一連の施策を実施し、あわせて職員の服務規律を厳にし、市行政の能率向上の強い方針を示した。

右施策方針に対しては市職員等地方公務員によつて組織される団体および一部市民が激しく反対、抵抗したが、他方八幡製鉄労組等同市内に工場、事業所を有する民間企業の従業員で組織される相当数の労働組合および一部市民は市の財政状況を建て直し、公務の非能率を排して市民サービスを向上するためには当然またはやむを得ないものとしてこれを積極的に支持または認容する態度をとつた。

2  北九州市全職員中に占める六〇歳以上の高齢職員の割合は、他の六大都市のそれと比して相当に高率であつて(昭和四二年四月一日現在自治省の調査によれば横浜市1.52%、名古屋市1.02%、京都市1.84%、大阪市0.66%、神戸市0.90%、北九州市3.79%、同年一二月二一日現在五八歳以上の職員が七〇六人(全職員数は一二、七六五人)いておおむね相当の高額の給与の支給を受けており(なお市税収入に対する人件費の割合は横浜市54.5%、名古屋市47.5%、京都市72.1%、大阪市55.0%、神戸市67.4%、北九州市78.8%)、高年齢職員が多数で合併後新規採用された若年職員数は比較的少なく、将来の職員の年齢構成がいびつとなることが予測され、また高年齢者は通常肉体、精神力とも次第に衰え、事務能率は漸時低下してゆくことは経験則上明らかであるから、市の財政上および事務能率ならびに人事管理上の見地からすれば北九州市職員の年齢構成は必らずしも好ましい状態にはなかつたものと云え、すでに昭和四〇年一〇月自治省による北九州市行財政調査の結果に基づき高齢職員の退職を促進して年齢構成の適正化を図るべき旨の勧告が同省からなされていた。

二、北九州市における勤務評定制度等

北九州市では合併から派生する諸事情や職員団体の反対から地方公務員法四〇条に規定する定期的勤務成績評定を全く実施しておらず、昇給、任用等につき必要のあるときは、その都度所属長の意見を徴して評定の基礎とすると云う方法をとり、前認定の自治省により行なわれた市行財政調査の結果中には職員の規律が厳正と云い難く、吏員昇任が採用後一定期間後に一斉に行なわれている等人事管理面で不合理な点のあることも指摘されていた。

三、高齢職員の分限免職に関する経緯

1  被請申人は前項一、1に認定した施策、方針の一として五八歳以上の高齢職員を可及的に退職せしめる姿勢を示し、退職勧奨に努力したが所期の目的を達せず、遂に昭和四二年一二月七日、六八歳以上の高齢職員については勤務実態を調査し、成績不良者は翌四三年一月二〇日付で分限免職する旨を発表した。

右に対する各種労働団体および市民の反応は前項一、1に認定したところと同様である。

なお昭和四二年一二月現在六八歳以上の高齢職員は六八名であつた。

2  市はこれら高齢職員中休職者および重病者を除く六二名に対しすでに昭和四二年一月一日から同年一一月三〇日までの間を評定期間とし、当該職員の所属長を第一次評定者とし、部長、局次長を第二次評定者とする勤務成績の評定を行なつた。

評定は執務態度、積極性、確実性、責任感、敏速性、整理整頓、協調性、体力について行なわれ、その他に行政職員について独創性、企画性、知識技術、公平性の各点、単純労務職員については注意力、熟練度奉仕観念の各点につき行なわれ、評点は執務態度、整理整頓各五点その他の項目を各一〇点、総計一〇〇点満点とし、五〇点未満の者を分限免職することとした。なお現実には第一次および第二次評定ではAないしEの五段階の査定をしてこれを勤務実績報告書に記載して報告させ最終段階でA一〇点、B八点C六点、D四点、E二点(五点満点の項目について点数はその半分)の配点を行ないこれを総計する方法をとつた。右評定の結果、五〇点以下と評定された四〇名中市側の退職勧奨に応じて自ら退職を申し出て受理された者および病気療養中の者一名を除く七名について昭和四三年一月二七日前認定の勤務評定の結果勤務実績が不良であるものとして分限免職がされた(なお右評定の結果五〇点以上と評定された高齢者もその後休職中のもの一名を除きすべて退職勧告に応じて退職した。)。

申請人小柏は四八点、同成は四六点と評定されいずれも五〇点以下の分限免職対象者とされたが、退職勧奨に応じなかつたの前記のとおりで分限免職されたものである。

四、申請人小柏について

1  申請人小柏は明治二九年三月一〇日生(免職当時満七一年一〇月)で職工、下駄製造販売、港湾荷役等の作業をしたが、昭昭二九年八月失業者として失業者対策事業で日雇人夫として稼働し、同三五年四月一日福岡県小倉土木事務所に採用され、副監督員となり、後右事業の北九州市への移譲とともに北九州市職員となり、引き続き副監督員として同市建設局東部土木事務所失対事業恒見現場等で稼働した。

申請人小柏の支給を受けていた給与は諸手当を含め九万三〇〇〇円余、手取金額は約七万三、〇〇〇円で妻タツ子、養女タエ子を扶養しタエ子の教育費には一月約一万七〇〇〇円を費していた(同女は洋裁学校に学び昭和四四年四月修業の予定)。

2  失業対策事業による工事内容は第一種ないし第三種に大別され、第一種工事は道路の簡易舗装、側溝コンクリート工事、コンクリート、石積、ブロック積の護岸工事等を、第二種工事は道路不陸直し(凸凹を平均すること)、砂利撒布、除草等を、第三種工事は学校用務員の補助、施設の物品監視、洗濯等の屋内作業等をするものに大別されるが、申請人小柏の稼働していた恒見浦中付近の作業現場の作業内容はすべて第二種工事に属するものである。

3  副監督員の業務内容は就労者の面着(当日作業のため出頭した失業者と失業者就労事業紹介対象者手帳等三種の手帳とを照合して本人であることを確認すること)、作業付与と賃金格付(作業内容に応じ支給すべき賃金基準を定めること)、就労者の点呼と作業現場への誘導、作業現場での作業指示、人員の掌握、作業の監督、工事資材の配置、賃金支払い、現場における災害発生の防止、報告作業終了後の整理、就労者の現場詰所までの引率等であり、失業対策事業に対する国庫補助金交付につき労働省の定めた基準によれば、就労者二五名に対し一名の割合の副監督員を置くことが認められているが、申請人小柏が現実に指揮する失業対策事業就労者は平均六五名程度であつた(同申請人の所属していたのは東部土木事務所丸山現場事務所で前記恒見現場詰所は丸山事務所の出先)。

また失業対策事業就労者中から全日自労の推薦に基づいて班長と称される就労者の世話人が選ばれ、従来はこれが事実上殆んど制度的なものとなつて副監督員の業務をある程度補助する役割を果しており、失業対策事業の管理者も右のようなあり方を是認または黙視する態度をとつてきた。

4  申請人小柏の直属上司である東部土木事務所工務課業務係長兼管理係長進藤正己らの観察したところによれば申請人小柏は、(1)就労者の面着に際し班長に不就労者の人名を点検させ、班長から受けた報告を丸山現場事務所に電話連絡すると云う方法をとり、(2)作業付与、賃金格付、就労者の点呼、作業現場への誘導等の作業を相当大幅に班長にまかせ、(3)賃金の支払作業日誌の記載は他の事務員、技術係員がする状態で、(4)同申請人の現実にしていた業務は主とした現場の見廻り監督(同申請人が一周七キロメートルの距離に点在する作業現場を連日二回、多い日は三ないし四回も徒歩で見廻つたとは考えられず、市から給付される回数券を使用しバスを利用して巡回していた。)で、しかも(5)工事の進行状況の報告が長すぎて筋道がわかりにくく、(6)公傷が発生した際の報告が要領を得ず同係長が二度程注意を与えたことがあるが改善された風もなく(7)動作も緩慢でまた就労者の管理が不行届があり就労者稲生久馬が組合運動等で職場を離脱するのを黙認して上司に報告もせず、これに対して正常に就労した者と同様の賃金を支払う手続をとり、(9)恒見現場で作業終了後、就労者がスコップ等の道具をかくして返納しなかつた事実を報告せず、右事実は丸山現場の一柳治雄副監督員から進藤係長に報告され一柳からは恒見現場で今後不測の事態が起きると全日自労との関係でもまずいから恒見現場に副監督員を増員するか丸山現場の玉沢芳樹と申請人小柏とを配置換してはどうかとの進言もあり、(10)その後申請人小柏は丸山現場に配置換された。

進藤正己の申請人小柏の勤務態度に対する観察は大要右のとおりである。

また(11)同申請人は第二種工事の経験以外の工事経験が殆んどないためにその作業内容が第二種工事のみである恒見現場に所属せしめられていたもので、(12)いずれも軽度ではあるが白内障症、低血圧症状もあつた。

もつとも同申請人は出勤率は優良で無断欠勤、早退、遅刻等がないのは勿論、日曜等の出勤も多く、有給休暇すら殆んどとらない状況で(但し出勤状態について副監督員らは概して精勤で申請人小柏が他の者に比し特段にすぐれていたわけではない。)、また就労者らからの同申請人に対する不満も特に聞かれなかつた。

5  申請人小柏の第一次勤務評定者大保義光(東部土木事務所工務課長)は右進藤らから観察結果の報告を受け(大保は多忙なため同申請人の勤務状態を直接観察は殆んどしてない。)、執務態度C、積極性D、確実性C、責任感C、敏速性E、注意力D、熟練性C、整理整頓C、奉仕観念D、協調整C、体力Dと評価し右評価の理由を多少説明し(労務者になめられる等)、能率度は普通の三分の二程度で、適性としてスロモーで労務管理が徹底しない、将来性はないと記載し指導記録として事故報告が遅く注意をしても改まらない、所見として高齢のためスロモーで労務管理の面からも適性を欠き現職の正常な遂行は望めないと記載して報告書を提出し、第二次評定者東部土木事務所長早田房治ほか一名もこれをそのまま是認し、申請人小柏は総評点四八点と計算されて免職対象者とされた。

6  被申請人は昭和四三年二月九日申請人小柏に対し北九州市退職手当支給条例六条、九条の規定により三五万五、四三七円の予告手当を含む退職手当を支給するので同人事局給与計算課まで印鑑持参の上受領するよう通知し、申請人小柏がこれを受領しなかつたので、同月二一日再度同旨の通知をし、同月二九日までに右手当を受領すべき旨および受領しないときはこれを供託する旨を通告した。

申請人小柏は本件分限免職処分が有効とされた場合は退職地方公務員として年金の支給を受ける権利をまだ取得していない。

なお北九州市職員退職手当支給条例九条には「職員の退職が労働基準法(昭和二二年法律第四九号)第二〇条および第二一条または船員法(昭和二二年法律第百号)第四六条の規定に該当する場合におけるこれらの規定による給付は一般の退職手当に含まれるものとする。ただし一般の退職手当の額がこれらの規定による給付の額に満たないときは一般の退職手当のほか、その差額に相当する額を退職手当として支給する。」との規定があり、また北九州市給与に関する条例九条は「給料は月の初日から来日までを給与期間とし、人事委員会規則で定める期日に支給する。」旨を、北九州市職員の給与に関する条例施行規則(人事委員会規則)二条は「条例第九条に規定する給与期間の給料の支給日はその給与期間内の二〇日とする。」旨をそれぞれ規定している。

7  前4に認定した申請人小柏の勤務態度に対する前記進藤らの観察、従つてこれを殆んどそのまま受け容れた大保の成績評定は大体の一般的傾向としては事実に合致しているものと思われ(但し(1)ないし(3)、(8)の点において、勤務実績不良と断じ得ないことは後記のとおり。)、同申請人の仕事に対する主観的誠実性(同申請人が主観的には責任観念をもち、人物も悪くないことは右勤務実績報告書中にも記載されている。)にも拘らず同申請人の勤務実績は他のより若年の副監督員のそれと比し、やや劣つていた事実を推認することができ、同申請人が、健康、体力に驚く程恵まれていたり、就労者の労務管理を特に厳格にしていたり、通路拡張工事に際し顕著な貢献をしたりした事実は認めるに由ないけれども、副監督員の前記業務内容に徴すれば、その勤務実績につきどのような好ましくない事実が発生したかを具体的に調査、挙示して、勤務実績不良の程度を推知せしめることはしかく難事ではないと考えられるのに前記4に認定した進藤の観察中(5)ないし(7)(9)の観察内容は相当に抽象的で、一般的傾向の観察としては正しいと考えられても、具体的徴表事実の疎明がないためその程度を推知することができず((9)の事実についても同申請人の故意、過失、一柳が道具不返納の事実を知り得た経緯、全日自労からいかなる理由で労務管理の不手際を指摘されるおそれがあるのかも不詳)、(12)の身体障害もどの程度勤務に支障を与えていたのか明らかでなく(1)ないし(3)、(8)の点について当時就労者の労務管理は申請人小柏の場合にかぎらず一般に厳格に行なわれてはおらず、班長は相当程度副監督員の業務を補助し(申請人小柏は恒見現場詰所で二ないし三ケ所の作業現場の監督を担当し、復数の場所に同時に労務者を引率してゆくことはできないからそのうちすくなくとも一ないし二個所は班長に引率の任をまかせざるを得ない。)、全日自労の末端指導者の職場離脱等に対しても一般的に必らずしも厳格な賃金カットは断行されておらず、副監督員らの上司が右労務管理を厳にするよう指導、注意していたような事実の疎明もなく、失対事業就労者に対する労務管理が市の方針として相当厳格になつたのは昭和四三年五月下旬以降(北九州市失業対策事業運営管理規則の完全実施による。)であるので申請人小柏の管理態度と他の副監督員のそれとを比較する資料につきなんの疎明もない本件では右の各点に関するかぎり特に申請人小柏の勤務実績が不良であつたとも或いはその他その職に必要な適格性を欠いでいたともにわかに断定できず、結局申請人小柏については前認定の進藤らの観察事実の中(5)ないし(7)、(9)ないし(12)の各点から勤務成績が他の副監督員に比し不良であるとの一般的事実を推認し得るのみで本件分限免職の事由としてのその具体的な程度を推知するには不充分がある。

五、申請人成について

1  申請人成は明治二八年一二月八日生(免職当時七二年一月)で農業、土工、石炭仲仕等の作業をし、昭和二四年四月一日門司市役所清掃課にごみ集め労働者として採用され、五市合併により北九州市職員の身分を取得し、引き続き昭和三九年まで清掃作業員として門司区内のゴミ収集作業に従事してきたが、その後は後記伊川ごみ捨場のかきならし作業に配転させられ同所で稼働してきた。

申請人成の給与は本俸六万円、諸手当を含めた給与は七万三〇〇〇円弱(月により七万三〇〇〇円を越える月もある。)で公租、社会保険料等を控除した手当金は約六万四、〇〇〇円があり、妻李正順、三女成文子(中学二年生)、四女成良子(小学五年生)を扶養しており、長男成昌煥(二九歳)は自営し、次男成景煥(二六歳)は北九州市清掃事業局門司清掃事務所に勤務し、年収約七〇万円の給与の支給を受けている。

2  門司清掃事務所でのごみ処理の態様は(1)ポリ容器より収集 (2)普通のごみ箱からかき出す方法による収集 (3)かつぎ収集方法、(4)ダストボックスによる収集の四種に大別され、(1)は主として機械車を使用し車両後部約一メートルの高さにあるごみ投入口にポリ容器中のごみを投入する方法により収集し、ごみ入りのポリ容器の重量は八キログラムから一〇キログラム程度が普通で一人一日の平均処理量は容器約二五〇個程度で、二名(小型車の場合)または三、四名(中型車の場合)の作業員が車両に乗務して行なつている。(2)の方法は主としてダンプ車を使用し、ごみ箱中のごみを清掃かご中にかき出し、これを作業車(普通ごみ箱から一メートルないし一、五メートルの距離の地点に停止)後部荷台(高さ約一、五メートル)上の上乗作業員に渡し、上乗作業員がこれを車両荷台内に積みあげ、ごみが散乱した場合はその後始末をする方法により、一人一日の清掃かご処理量は約一〇〇個でその重量は普通一かご一五キログラム程度である。(3)の方法は門司区内でのみ行なわれているもので(2)と大体同一作業内容であるが、かご二個一組として天秤棒で担ぎ、作業車には上乗作業員は配してなく、作業車後部から路上にかけてある歩み板約五メートルを登つてごみの処理をすると云う点が異つており、特に門司区の道路事情から担ぎ運搬の距離が一〇〇メートルないし二〇〇メートルにもおよぶ場所もあり、重量は一荷(二かご)で四〇キログラム程度が普通で一人一日の作業量は約二〇荷程度である。(4)の方法は主として八幡区アパート住宅地区で行なわれクレーン車を使用しそのフックをダストホックスにかけ機械力によつて車両に積むものでボックスの重量は一〇〇キログラムないし一五〇キログラムごみともである。

3  右の方法で収集されたごみは一日約七〇トンに達し門司区伊川所在の門司清掃工場で焼却処理がされるが、同工場の焼却能力は一日四〇ないし五〇トン程度に過ぎないので、残余のごみは同地区の山の谷あい(以下ごみ捨場と略称)に投棄して処理している。右のほかごみ捨場には一般市民中にもごみ捨てに来る者があり投棄総量は一日三〇トンまたはこれを多少越える程度と思われる。

ところで右投棄のためには自動車を谷あいの傾斜地の直近まで誘導する必要がありまた投棄したごみの一部が台地に残留して次第に山状に高くなると投棄車は谷あい傾斜地の直近まで進入することができず、遂にはごみの投棄が不能となるため台地上に残存したごみの凹凸をかきならして平担とし、傾斜地直近の台地に落ち残つたごみを谷間にかき落すことが必要である。

右の車両進入の誘導およびかきならし作業が、伊川ごみ捨場の清掃作業員の作業内容であつて、申請人成の免職時までは、作業員四名が配されていたがその作業量、作業内容からして四名を配属しておくことは不要で、申請人成の補充はされておらず、残りの三名のうち一名は他の部署に応援に配せられ、現在は二名のみで従前と同様の作業を行なつており、また四名で作業したにしても人力にのみによるときはごみが台地に残留して次第に積みあがるのを完全に防止することは困難で、一年に何度かはブルトーザーにより完全にかきならし整地する必要がある。ごみ捨場は、その性質上はえが多数発生し、昼食時には食物に群がつたりして非衛生的であり、また付近で燃焼するごみ煙のためのど、気管等の呼吸器に苦痛を感ずることがある等不健康な面があるが、かきならし作業は清掃作業として最も軽作業であり、しかく労力、熟練も必要とせず、門司清掃事務所でもごみ捨場作業員は原則として労働能力が低下しごみ収集作業には不向な者を配する方針をとつており、自動車運転手で追突事故を起こしたことから運転に恐怖を感じノイローゼ症に罹患し運転業務を行なわせることが不能となつた者も配属されていた。

4 申請人成は、昭和三九年ごろまで門司区でごみ収集作業に従事していたが、性格がへんこう(門司区付近の方言でへそまがり、または頑固と云つたような意味)で協調性に欠ける面があり、一時自宅で豚を飼育していて、その餌をごみ中から捨い集めて自宅前で車台から落す行為があつて同僚から体裁も悪く、能率があがらないとして苦情が出たこともあり、昭和三九年ごろ胃疾患(胃潰瘍と思われるが詳細は不明)に罹患して入院し、医師から開腹手術の必要を説明されたが拒否して内科的治療を続けるうち次第に回復して退院し暫時の通院治療により治癒したが、当時すでに高齢でごみ収集作業には体力的に無理があり、動作も緩慢で自動車の乗降にも危険があると判断されてごみ捨場に配転され、その後門司清掃事務業務第二係長稲井進らも成にはごみ収集作業は無理と判断して他に再配転等を行なうことなく免職に至るまでごみ捨場に配置されていた。その間申請人成は、昭和四二年四、五月ごろ清掃事務局長により公務員の品位を落とし、事故の原因ともなるとして禁止されていた余禄さがし(ごみ中の有価物を拾集して売却または持ち帰ること)を行ない。昭和四〇年九月一七日から同四二年四月九日までの間門司清掃工場作業係長等の職にあつた大木義人から特に民間車両の誘導が当を得ず後車輪を重量により容易に陥没するごみ部分の上を通過せしめて凹部に陥没させることが度々あつて勤務成績は好ましくないと観察評価されており、昭和四二年八月二九日から清掃事務所次長となつた井口勝(同人は第一次評定者で申請人成在職中一ケ月に四回程度ごみ捨場に赴いて成の行動を直接個別的に観察し、自からもかきならし作業を試に行なうこともあつた。)も申請人成の行動は相当度に緩慢であり、作業能率が劣るものと評価した。

右井口はかようにして自己の直接の観察と、その着任以前の事実については門司清掃事務所長林志郎の意見を聞き、前記申請人成のごみ捨場配転の事実をも聞き知つて成の勤務成績を執務態度C、積極性D、確実性D、責任感C、敏速性D注意力D、熟練性C、整理整頓C、奉仕観念C、協調性D、体力Eと評価し、これに若干の説明を加えて報告書を作成して提出し、第二次評定者門司清掃事務所長村上武俊他一名も右井口の評定をそのまま是認してその結果申請人成の総評点は四六点と算出され、分限免職の対象者となつた。

なお申請人成は分限免職後、特に稼働もせずに二、三日間家にいれば、身体を動かして労働することは相当困難に感ずる状態となることも認められ、右の点からも前示井口らの申請人成の勤務実績に対する観察評価は大体については同申請人の勤務の実態を示すものと考えられ、仮に申請人成に一〇〇キログラムに近い重量のごみを十数秒間程度天秤棒で担ぎあげる体力が残つているとしても、持続性の面までも壮者をしのぐ体力が備わつているものとは到底考えられないから、井口らの観察が不当であつたとも云えない。

もつとも申請人成の出勤率は良好で胃疾患からの健康同復後は欠勤、遅刻、早退等のないのは勿論、有給休暇すらあまりとらず、出勤は定時より相当早くしている状態である。ただし出勤状態については清掃作業員は申請人成以外の者も概して精勤で同申請人が他の者に比し特段にすぐれていたわけでもない。

5  申請人成に対する退職金の提供の関係は前項に認定した申請人小柏に対する場合と同様である(但し退職金額は一三〇万一、五〇〇円)。

なお申請人成は本件分限免職処分が有効となされた場合は退職地方公務員として年金の支給を受ける権利がある。

6  ところで申請人成の前示かきならし作業の内容は申請人小柏の場合と異り、最も単純で軽易な肉体労務であるため、勤務実績不良あるは適格性の劣るその程度を示す具体的徴表事実の挙示は理論的には思考し得ても(たとえばごみ捨場に専任の監督者を置いて相当期間に亘り余禄集めに従事した時間を測定し、収拾した有価物の内容を検証し、かきならし場所を分割して各作業員に割り当て、相当期間毎に割当場所を変更して成績を比較し、自動車を凹地に落輪せしめた回数を各作業員別に数えて記録し、動作のかんまん度、作業時の風体等を記録するため相当長時間八ミリ撮映機で録画し、運動能力、持続性を測定するため体力医学的検査を実施する等)、社会的には勤務実績評定の方法として実践不能に近く、換言すればごみ捨場のかきならし作業はしかく単純軽易であつたものと云え(清掃作業員らは一般にごみ捨場に配属されることを嫌忌する傾向があつたが、これは右作業が低価値であるものと観念していた点にも原因があると思われる)。従つて右作業に従事してしかも前示のような評価を受け、配転の可能性も考えられない(申請人成のような高齢者に前示のようなごみ収集作業をなさしめることはそれ自体が苛酷である上、振動の多い自動車に乗務せしめることは保安上の危険もあることは明らかである。)以上申請人成の勤務実績が清掃作業員中の最劣等の部分に位置していたことは優に推認できる。

第四当裁判所の判断

一  労働基準法二〇条等の関係

1 申請人らの分限免職をその三〇日前に予告した事実についての疎明はなく、退職金支払の通知を二月九日にしたことは前項第三、四、6および五、5に認定したとおりである。

2  労働基準法二〇条は稼得した賃金で生活をする労働者が突如解雇され次の雇用の場を得るまでの間直ちに生活の困窮を来たすことのないよう少なくとも三〇日前に解雇の予告をし、または即時解雇をする場合は少なくとも三〇日分の平均賃金を支払わしめて次の職場を得るための一定の準備期間中生治のある程度の保障を与えようとするものであるから右予告手当を支払わずにする即時解雇は原則としてその効力を生ずるに由ないものと解されるけれども、本件の場合、前認定のとおり予告手当を含む退職手当の支給が条例であらかじめ明確にされ、かつ本件免職処分後一三日目に現実の提供がなされたこと、ならびに右提供の日は右処分直後に到来する賃金支払期日以前であつたこと(労働者に対する賃金の支払が本件の如く毎月一回または数回に一定の日に支払われる場合には、労働者は前回支払いを受けた賃金により次回の賃金支払日までの生活をなすのが普通で原則としてその間の生活には特に困窮することはない。)などの諸事情に徴すればたとえ予告手当を含む退職手当の提供が免職処分後一三日目になされたとしても特にその被免職者たる申請人らに生活上の脅威を与えることも認められないから予告手当を支払わずにした本件免職処分の瑕疵は右処分後一三日目の予告手当を含む退職手当の提供により治癒されたものと云うべきであり、また、前説示の労働基準法二〇条の趣旨に徴すれば、退職手当支給条例において退職手当中に労働基準法第二〇条の予告手当も包含される旨規定することはなんら同条に牴触せず地公法一三条にも違反しないものと云うべきである。(国家公務員等退職手当法第九条もこのことを明文をもつて規定している。)

3  北九州市において労働基準法二〇条所定の解雇予告手当を遅くとも分限免職と同時に支払う旨の慣習法、または慣行が存在していた事実の疎明はなく、仮に過去何回かなされた分限免職処分の際同時に退職手当が支払われた事実があつたとしてもそれだけでは本件分限免職処分に取り消すべき瑕疵があるものとは云えない。

以上の次第で本件分限免職処分が労働基準法二〇条または北九州市における慣習法、慣行に違反し、無効ないし、取り消さるべき瑕疵がある旨の申請人らの主張は採用するに由ない。

二、前項第三、一ないし三に認定した事実に徴すれば北九州市長谷伍平の市政の合理化、公務能率の向上のための諸施策、処分はすべて自治体住民および市職員の利益の犠牲において独占資本のために奉仕するものであるから一切不当、違法であり、その一環としてなされた本件分限免職処分(本件分限免職処分が市政合理化のための一施策としてなされたことは前記認定の事実から優に推認できる。)がその内容を具体的に検討するまでもなく違法であるなどと云えないこと勿論であり、また地方公務員はその地位、職務、責任に応ずる給与を受くべきもの(地公法二三条一項)である反面、その地位、職務給与に相応する価値ある勤務、給付をなし、またなし得べき能力、適格を有することを要請される(右要請を明定した地公法の規定はないが、地公法六節の服務に関する諸規定、同法三九条一項、四〇条一項等はこれを当然の前提としているもの。)と解されるものであるところ、一般に勤労者が老年期に入つた後は(個人によつて相当な差があり、また肉体労働と精神的事務労働等作業の種類、性質を異にするによりかなりの差はあるが)その心身の能力が遂次衰え、作業能率の低下を来たす傾向のあることは経験則上明らかで、また我国の公務員制度上現在では給与がいわゆる年功序列的形態をとつていることも公知の事実で、公務員が老齢となり、気力、体力が漸時衰えて来てこれが一定の限度を越えた後はその公務員のなし得る給付と地位、職務および給与との間に不均衡を生ずることのあり勝ちなこともまた経験則上明らかであるから、前項第三、一ないし三に認定した事情下で満六八歳以上の高齢職員についてのみ勤務評定を実施し、そのうちの勤務成績の相当に不良、または適格性のない者を分限免職する方針は公務員を年齢によつて不合理に差別する不公正な手続であつて直ちに地公法一三条、二七条一項、二項前段に違反し実質的に地方公務員に対し定年制を実施するものとは必らずしも云えない。従つて右の点に関する申請人らの主張も採用するに由ない。

三  地方公務員の分限事由を規定した地公法二八条一項各号のうち一号の勤務実績が良くない場合とは公務員が給付した内容の客観的結果に対する評価であるに対し、三号のその職に必要な適格性を欠く場合とは当該公務員の能力、性格等個人的特性に著目した評価であつて両者はおのずからその視点を異にするものではあるが、現実には公務員がその職に必要な適格性を欠くことによりその給付の結果が不良であるに至る場合ないし両者が相当程度密接な関係を有する場合が多いと考えられ、このような場合には右一号と三号とは基本的には同一の社会的事象に対する評価の関心方向を異にするにすぎないものと云え、任免権者が分限免職時に右一号を理由とする旨記載した免職辞令を交付しておきながら、後に免職の根拠として三号該当性を主張したからと云つて右分限免職処分を受けた者に不当な不利益を強いるものとは考えられず、従つて右のような分限免職の根拠法条を裁判手続で追加または変更することが許されないと解する根拠はなく、また右主張の追加が特に手続を遅延せしめたものとも考えられないので、これらの点に関する申請人らの主張も採用するに由ない。

四  分限免職理由の存否

1 地方公務員を「勤務実績不良」を原因として分限免職するためにはその不良の程度が相当顕著であることを必要とすると解されるところ、申請人小柏の勤務実績は前項第三、四、5、7に認定、説示したとおり、一般的傾向としては不良であつたと認めざるを得ないにしても、その不良性の程度を推認することができない以上分限免職の理由となる「勤務実績不良」の事実の存在を認めるに由なく、また主観的には責任観念をもち、誠実に業務を遂行しようとしている同申請人が、第一種工事に必要とされる知識、経験に欠けているからと云う事実だけで直ちに「その職に必要な適格性」を欠いているものとは云えないから、本件の場合同申請人の分限免職の取消請求が本案につき理由がないと見えるとは到底云えない。

2 前項第三、四、1に認定した事実によれば、本件分限の免職処分により養女タエ子の勉学の継続、修了のみならず、同申請人夫婦の生活自体が直ちに脅かされることは明らかで、本件分限免職処分により生ずる回復困難な損害を避けるための緊急の必要はあると云え、しかも右処分の効力を停止することにより特に公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがあるとも認められない。

3 前項第三、五4、6に認定したところによれば申請人成は高齢のためごみ収集作業に従事させることは全くできず、性格もへんこうである期間余禄集め等もなした上単純な肉体作業でしかも最も軽易な前認定のごみ捨場のかきならし作業もその動作がかんまんで十分な作業ができないものと観察されしかもその不十分の度合を具体的事実により示すことが殆んど不能である以上すでに諸手当をも含め月額七万円余の給与の支給を受ける清掃作業員としては地公法二八条一項三号に定めるその職に必要な適格性(主として持続性のある体力と運動能力)を欠くに至つたものと評するほかはなく同申請人の分限免職処分取消請求はその本案につき理由がないと見えると云うべきである。

以上のとおりであるから申請人小柏の本件分限免職処分取消請求事件(当庁昭和四三年(行ウ)第六号)の本案判決権定に至るまで右処分の効力の停止を求める申請は理由があるのでこれを認容し、申請人成の同旨の申請はその余の主張、立証につき判断するまでもなく理由がないから却下する。<後略>

(松村利智 石川哲男 安井正弘)

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