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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)776号 判決 1971年5月26日

原告 朝日物産株式会社

右訴訟代理人弁護士 山口定男

被告 力丸治代

右訴訟代理人弁護士 立川康彦

主文

一、被告は原告に対し金七万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年五月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四、第一項に限り、原告において金三万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

一、原告会社が関門商品取引所市場における農産物及び砂糖の売買取引の受託を取扱う仲買人で、同取引所の会員であること、原告主張の各取引時期における同取引所で成立した五月限精糖売買取引の約定値段及び所定の売買委託手数料額が原告主張の金額であることは当事者間に争いがない。

二、<証拠>によれば、原告は、被告の委託に基くものとして、同取引所市場において、(1)昭和四一年一二月九日精糖五月限一〇枚(三万瓩)を、争いのない約定値段一瓩当り一〇一円七〇銭で買付け、(2)同月一二日精糖五月限五〇枚(一五万瓩)を、争いのない約定値段一瓩当り一〇一円八〇銭で買付けたこと、右各買建玉は、手仕舞として同月二八日、争いのない約定値段一瓩当り一〇一円一〇銭で売付処分されたことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右各取引の結果、(1)の取引につき金一万八、〇〇〇円、(2)の取引につき金一〇万五、〇〇〇円の各売買差損を生じたこと、及び争いのない手数料割合による委託手数料の金額が(1)の取引(売買とも)につき計金二万円、(2)の取引(前同)につき計金一〇万円となることは計算上明らかである。

三、そこで、右二回にわたる買建て取引についての被告の委託の有無につき判断する。

<証拠>及び前認定の取引の事実を総合すると、昭和四一年一二月九日被告は、原告会社勤務の取引勧誘担当外務員別府政秀の勧誘に応じ、原告会社との初めての委託契約として、関門商品取引所の受託契約準則(その内容が甲第五号証の二記載のとおりであることは当事者間に争いがない。)に従って先物売買取引をすることを原告に委託する取引の関係に入ることを約束し、同時に即日精糖五月限一〇枚を指値なしの成行き値段で買建てする取引を委託し、所定の委託証拠金一五万円を他から借入れ調達のうえ三、四日後に差入れる旨約したこと、さらに同月一二日被告は、別府の勧誘に応じ、即日精糖五月限五〇枚を成り行き値段で買建てする取引を委託し、その際請求された前記委託証拠金及び右二度目の取引委託についての所定の委託証拠金七五万円の預託について猶予を求めたこと、右各委託に基き前認定の各買付け取引がなされたものであること、以上の事実を認めることができ、被告本人尋問の各結果中、右認定に反する部分は、勘要の部分につき記憶していない旨答えるなど、きわめてあいまいであり信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、被告は本件買付注文の委託が未成立であると主張するけれども、原被告間において取引委託関係に入る旨の契約が成立し、かつこれに基く各買付委託が現実に被告よりなされ、原告が右委託の趣旨に従い本件各取引をなしたものであることは、前認定のとおりであり、その際前示のとおり右各買付委託の内容において要件が特定されていたものである以上、取引の目的物を欠くものということはできず、委託自体の成立は明らかである。(また、前示第一回目の買付注文の委託に当り、被告は別府より商品先物取引についての説明を受けたことは後記認定のとおりである。)

また、被告主張の包括委任禁止の準則規定違背の主張も、すでにその事実上の前提を欠くものであるから、採用の限りではない。

五、本件各買付注文の委託に当り、いずれも被告より原告に対し委託証拠金の交付がなされなかったことについては、その旨の被告主張を明らかに原告において争わないところであり、成立に争いのない甲第五号証の二によると、関門商品取引所の受託契約準則においては、商品仲買人は売買取引の委託を受けるときに委託者から委託証拠金(委託本証拠金)を徴しなければならない旨の定めがあることが認められる。

しかしながら、委託証拠金の徴収は、商品仲買人の委託者に対する委託契約上の債権の担保を目的とするものであることは、同号証により認めることのできる受託契約準則の内容及び商品取引所法の規定に照らし明らかであり、委託者の委託契約上の債務不履行により受託者たる商品仲買人が不測の損害を被って資産状態が悪化し、その所属する商品取引所における商品市場に混乱を生ずることを防止する趣旨に出たものと解せられ、この制度の存する結果として、過当投機が抑制される効果を生ずるとしても、それは反射的な事実上の効果であって、制度の前示目的及び趣旨に徴すれば、個々の委託契約に当り偶々委託証拠金の授受がなされなかったからといって、委託契約そのものが不成立または無効となるものではない。

六、被告は、本件各買付注文の委託に当り、委託証拠金の預託を要する旨の説明を受けなかったため、法律行為の要素に錯誤がある旨主張するけれども、前掲別府証人の証言によると、右委託に先立ち、被告は別府より委託証拠金の点を含めて商品先物取引概要について説明を受けるとともに、各委託の都度、具体的に委託証拠金の授受について別府と話し合ったことが認められ(この点に関する被告本人尋問結果中、右認定に反する供述は、あいまいで信用できない)。従って、被告の右主張は事実上の前提を欠くものであるから採用できない。

また、叙上の事実関係のもとにおいては、被告主張の公序良俗違反の主張も、その事実上の前提を欠くものであり、他に本件取引を公序良俗に反するものとなすべき事情は証拠上認め難い。

七、さらに、被告は右買付委託の意思表示を詐欺によるものとしてその取消を主張するけれども、その主張自体においても、詐欺の内容は具体的でなく、また詐欺の事実を認めるに足りる証拠もない。従って、右意思表示に対する本訴における被告の取消の意思表示も、その効果を生ずるものではない。

八、そこで、前認定の手仕舞の指示としての売付委託の有無につき判断する。

<証拠>を綜合すると、本件取引当時実施されていた関門商品取引所制定に係る受託契約準則においては、取引の受託に当り預託を受けなければならない委託証拠金(委託本証拠金)を仲買人が委託者から徴収すべき時期については、継続的な取引関係にある場合に仲買人において必要と認めたときに限り当該委託に係る売買取引成立の日の翌営業日正午までとするほかは、委託を受けるときに徴すべきものと定められているにもかかわらず、原被告間の初めての取引である本件各買付委託については、二度とも委託と同時に委託証拠金の授受がなされなかったのみならず、その後も、家庭の主婦で資力のない被告よりその交付を受けることができなかったため、原告は営業担当者三島正夫を派遣して受託後同月二七日までの間数回にわたり、被告の夫力丸文雄及び文雄の父力丸一郎と折衝に努め、委託証拠金を被告のため調達して原告に対し預託を得させるよう要請したが、文雄及び一郎は、サラリーマン家庭の主婦である被告を勧誘して軽卒に取引をなさしめた点を非難し、あるいは委託証拠金未交付により委託不成立とする態度に出て、いずれも右要請に応じなかったこと、その間本件各買建玉は次第に値下りする傾向となり、原告は同月二八日その手仕舞として前示売付処分をしたものであることを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。原告は、右手仕舞をもって被告の委託によるものと主張し、三島証人の証言中には右主張に副う同月二七日口頭により手仕舞の委託を受けた旨の供述がある。

しかしながら、右証言は前記買付受託の際には、いずれも被告より原告会社所定の用紙による商品先物取引申込書(甲第二、三号証)を徴して取引委託の指示を受けながら、前認定のようにその後紛議を生じた関係上当然確実性を要求されて然るべきであるのに、その手仕舞のための売付処分の委託については、たまたま用紙を所持していなかったというだけの理由で取引申込書またはこれに代るべき文書を徴しなかったというものであり、それ自体不合理な面なしといえず、また、前掲甲第五号証の二によれば、前記受託契約準則においては、その第一三条として、委託証拠金不納付のときは、仲買人は委託者の指示なくして建玉を処分し得る旨の定めがあることが認められ、右規定あることにより、三島が処分委託の有無確認を怠り安易、杜撰な処理をなしたものと推測できないものでもなく、委託の事実につき他に裏付けとなる資料のない本件においては、被告本人尋問の結果及び証人力丸文雄の証言に照し、前示三島証人の証言部分は俄かに措信できず、他に手仕舞の委託のなされた事実を認めるに足りる証拠はない。従って、本件各買建玉につき原告のなした前示売付処分の取引は被告の委託に基かないものというべきである。

九、原告は本訴において、被告の委託により関門商品取引所商品市場において仲買人たる原告が行った先物売買取引の結果生じた差損金及び委託手数料を併せて売買損金と称し、被告にその支払義務あるものとしてその履行を請求するものである。

ところで商品取引所商品市場において委託を受けて売買取引をなす仲買人の営業は、商法上の問屋営業であって、その際の委託者と仲買人との関係は民法上の委任契約関係にほかならず、民法上は、取引の結果生じた売買差損金は委任事務を処理するため受任者たる仲買人の支出した費用としての性質を有するものであり、委託手数料は受任者の報酬に該るものである。

従って、本訴請求は委任契約に基く委任事務処理費用及び委任報酬の支払を求めるものと解すべきであり、受任者たる原告は、委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理すべく、その処理に当り支出した費用は、必要と認むべき限度において、委任者たる被告に対し償還を求めることができ、また右事務処理に対し特約による報酬を請求することができるものというべきである。

そして原被告間の本件委任契約の内容は、前認定のとおり関門商品取引所制定の受託契約準則に従い取引委託をなすべく合意されたのであるから、右準則により定まるものということができ、前認定の委託証拠金の預託及びその時期の規定ならびに不納付の場合の建玉処分の規定は、委任契約の内容の一部となるものであり、また、前掲甲第五号証の二によると、右受託契約準則において、仲買人は委託を受けた売買取引を転売または買戻により決済(右証拠金不納付の場合の建玉処分を含む)したときは約定値段により差損益金を計算し委託者と受け払いをすること、また、そのときに委託者から同取引所所定の委託手数料を徴するものと定められていることが認められるから、右各規定により、委任事務処理費用として委託者より支払うべき買付代金と受任者たる仲買人より引渡すべき金銭としての売却代金との両者の決済の時期、方法が定められ、また委任報酬の支払に関する特約がなされているものということができる。

一〇  ところが、本件買建玉の売却処分については、被告の委託なくしてこれがなされたものであることは前示のとおりであり、三島証人の証言によれば、右売却処分は前記準則第一三条の処分としてする趣旨でなされたものではない旨の供述があり、原告が同条の処分権限を行使する意図のもとに右手仕舞の処分をしたものであることを確認するに足りる証拠はない。

しかし、右建玉処分は、所定の委託証拠金の預託がなされなかったことに起因し、その結果としてなされたものであることは前認定の処分に至る経緯により明らかであり、これをなすにつき同準則第一三条の定める客観的要件を備えるものであるから、原告の主観的な意図の如何に係らず、同条による処分として原被告間の委託契約の関係においても有効と解すべきである。

従って、右売却処分の結果生じた前認定の売買差損金は、受任者たる原告が委任事務を処理するにつき支出した費用となるものと認めるに妨げないものである。

一一、そこで、右費用が委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもってなすべき事務処理に必要と認むべきものか否かの点及びその限度につき次に判断する。

昭和四一年一二月九日本件第一回の買付委託に基き即日なされ成立した取引の一瓩当り約定値段が一〇一円七〇銭、その三日後の同月一二日本件第二回のそれが一〇一円八〇銭であることは前示のとおりであり、前掲乙第一号証及び同第二号証の二によると、その後の同取引所商品市場で成立した取引の約定値段は、翌一三日の前場一、二節で一〇一円六〇銭と低下し、同日後場一、二節で一〇一円七〇銭に回復したものの、翌一四日には前場一節一〇一円六〇銭、同二節一〇一円五〇銭、後場一、二節一〇一円三〇銭と次第に低下し、以後約定値段は僅かに上下しながら値下がりの傾向を辿り、同月二八日には一〇一円一〇銭となり、年が変り翌月に入ってもさらに低落を続けたものであることが認められる。

右認定のような約定値段の推移の状況にあったところ、右第一回の買付委託に当り約束された委託証拠金の預託がなされないまま右第二回の買付委託を受け、さらにこれについても委託証拠金の預託を受けられなかったのであるから、原則として受託と同時に所定の委託証拠金の預託を受けるべく、例外的に(継続的委託取引の過程において一時的に右原則を遵守し得ない事情があって特に猶予の必要が認められるときでも)受託に係る取引成立の翌営業日正午までに預託を受けるべきものとする前記受託契約準則及びこれに準拠する本件委託契約の趣旨に照らすときは、証拠上原被告間において預託をなすべき確定的期限につきなんらかの取り決めがなされた事実も認められず、右第二回の買付取引の翌営業日当時において近い後日の確実な値上りを予想しなければならない事情の存在したことを認めるに足りる証拠もない本件においては、原告において、本件委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもって本件買建玉の売却処分をなすとすれば、原告は、おそくとも第二回の買付取引成立の翌営業日たる昭和四一年一二月一三日の正午までに被告からの委託証拠金不納付を確認したうえ、同日後場一節または二節の市場において売却処分をなすべきものであったというべきである。

従って、原告が右のように委任の本旨に従い注意義務を尽して処分を行ったならば、各買建玉は、同日後場一、二節で成立した取引の約定値段一〇一円七〇銭で、売却取引が成立したものと推認されるところであり、そうすれば、第一回買付分精糖については売買差損益の勘定は零となり、第二回買付分精糖については一瓩当り一〇銭(五〇枚計金一万五、〇〇〇円)の差損勘定となるべきところであった。

しかるに、原告は前示時期を徒過し同月二八日に至って初めて本件買建玉の売却処分をした結果、その約定値段は一〇一円一〇銭となり、委任事務処理費用として支出した買付代金と差引決済すべき売付代金の額は一瓩当り六〇銭の割合により減少したのであるから、右減少に伴い計算上生ずる費用清算残額(差損金額)の同割合による増加部分(一〇万八、〇〇〇円)は、委任の本旨に反し善良なる管理者の注意義務を尽さなかった原告の過失により生じた不必要の費用というべきであり、前記売却処分をなすべきであった時期において、処分を実行した場合に生ずべかりし差損金額一万五、〇〇〇円を超える部分は、原告において償還を請求し得ず、被告においてその支払義務を負わないものというべきである。

そこで、本件売買差損金計金一二万三、〇〇〇円については、右金一万五、〇〇〇円の限度において、被告はこれを原告に対し支払うべき義務がある。

被告は、委託証拠金預託の期限につき約定のなかった本件においては、原告は被告に損害を生じない時期まで売却処分を待つべきであったとの趣旨を含む主張をするものであるが、前示認定の事実関係のもとにおいては、(なお、所定の買付及び売付の取引手数料額を控除して被告に損金勘定の残らないようにするためには、一瓩当り約定値段一〇二円五〇銭にまで初めて値上りしたことが前掲乙第二号証の二により認められる昭和四二年一月三一日前場一節まで売却処分を控えなければならないことになる。)前記本件委任契約の趣旨に徴し、原告に被告主張の義務あるものとは認め難い。

一二、次に委託手数料の支払義務の有無及びその限度につき判断する。

関門商品取引所所定額であること当事者間に争いのない一枚当り金一、〇〇〇円の割合による委託手数料が、受任者たる仲買人の受領すべき委任報酬であることは、前示のとおりであるところ、本件二回にわたる買付委託に対する手数料計金六万円については、原告が委託の趣旨に従い同取引所商品市場において買付取引を実行したものである以上、前示受託契約準則に準拠する本件委任契約における特約による委任報酬として被告は原告に対し右金額を支払うべき義務を負うものであるが、その各買建玉の前示売却処分については、これが委任の本旨及び善良なる管理者の注意義務に違背する内容の行為であることは前記のとおりであるから、右違背の程度及び内容に徴し、原告はこれに対する右特約による委任報酬も、また商法五一二条所定の報酬も、いずれもその支払を請求し得ないものと解するのが相当である。

一三、そうすれば、原告の本訴請求は、前記売買差損金中金一万五、〇〇〇円及び買付委託手数料金六万円の合計金七万五、〇〇〇円の限度において理由があるから、右金七万五、〇〇〇円及びこれに対する本件支払命令送達の翌日たること記録上明らかな昭和四三年五月二四日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り、正当としてこれを認容すべくその余を失当として棄却すべきものとし、民訴法九二条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

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