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福岡地方裁判所 昭和36年(ワ)773号 判決 1964年12月14日

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告は、「原告が被告に対し雇傭契約上の地位を有することを確認する。被告は原告に対し金一、五四六、三九五円及び昭和三九年七月以降毎月末日までに金三〇、三八四円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との裁判を求め、被告は、主文と同旨の裁判を求めた。

第二、原告の請求原因

一、被告は肩書地に本店を有し、陸上運輸等を営んでいる株式会社である。原告は被告会社に雇傭されている従業員であり、被告会社に勤務している従業員で組織された西日本鉄道労働組合(以下単に組合という)の組合員であつた。そして後記二の出勤禁止及び懲戒解雇の各通告受領当時の原告の職種は、被告会社の到津電車営業所所属の電車運転士であつた。

二、被告は原告に対し、昭和三五年三月一七日付で懲戒を前提とする出勤禁止の通告をし、次いで同年七月二一日付で懲戒解雇の通告をなし、右各通告はそれぞれ右各日付の日に原告に到達した。

右各処分はいずれも、原告が同年三月一一日午後一一時二〇分頃前記到津電車営業所補導室において行なわれた被告会社乗客係河内孝徳の所持品検査に際し、靴を脱ぐことを拒否したということを理由としてなされたものである。しかして、右懲戒解雇については、右通告によると、原告の右所為が被告会社の就業規則第八条の「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」という条項に違反し、同第五八条第三号の「職務上の指示に不当に反抗し又は越権専断の行為をなし職場の秩序を紊したとき。」という場合に該当するということであつたが、その後同三六年二月二四日付内容証明郵便で、就業規則第五八条第一〇号「前条第四号乃至第一四号の一つに該当しその情状が重いとき。」、同第五七条第四号「正当な理由なく会社の指示に従わず又は濫りに職場を離れたとき。」、同第一四号「その他前各号に準ずる行為のあつたとき又は服務規律に違反する行為のあつたとき。」にも該当する旨が通告された。又右出勤禁止の根拠は、原告の右所為が労働協約第四七条に基づく出勤禁止に該当する事由に当たるからというのであつた。

三、ところで原告が右各処分の理由とされたとおりの脱靴拒否の行為に及んだことは事実であるが、右各処分は、次の(一)、(二)のような理由でいずれも無効のものである。

(一)  懲戒解雇について

(1) 雇傭契約は、法的にはそれぞれ独立且つ対等の当事者間においてなされる労働力の単なる売買に過ぎない。してみれば、使用者は買入れた労働力を雇傭目的に応じて自由に処分することができるに過ぎず、それを越えて使用者が労働者に対し屈辱的な行為を強制するというようなことはできないといわねばならない。

ところで、被告会社が、従業員に対する所持品検査に際しその意に反してまで靴を脱ぐことを命ずるならば、それは従業員を泥棒扱いし、屈辱的な行為を強制するものというべきであつて、そのような業務命令を出す権限は雇傭契約関係からは生じ得ない。従つて、原告の右脱靴拒否の行為は被告会社の就業規則第八条に違反するものとはいえないから、本件懲戒解雇は、その根拠規定の一つである同条の解釈、適用を誤つてなされたものであり、この点においてすでに無効のものである。

(2) 原告の右脱靴拒否の行為が仮に就業規則第八条に違反するとしても、それは同第五八条第三号には該当しない。

就業規則中の服務規律に関する条項を大別すると、

(Ⅰ)労働者の就労義務の正常な履行を確保するための規律、(Ⅱ)経営に関する財産を確保するための規律、(Ⅲ)政治活動の制限に関する規律に分類することができ、各懲戒事由はそれぞれこれらの服務規律違背に対応するものとして位置づけることができる。被告会社の就業規則第五八条第三号は、その文言、趣旨からみると、右(Ⅰ)の就労義務の正常な履行を確保するための服務規律のうち、特に重要な「職務を行なうに当り上長の職務上の指示に従い、職責を重んずべき義務」(第四条)、即ち職務秩序に対する違背を特に重要な義務違反として懲戒事由としたものと解される。このことは、第八条の所持品検査に応ずべき義務は第六条の第六号ないし第一〇号等と同様右(Ⅱ)の経営に属する財産を確保するための服務規律に属すること、特に第五七条第四号、第一四号後段、第五八条第一〇号の規定の存することによつても明らかである。従つて、第五八条第三号は第八条違反に対する制裁として規定されているものではないと考えざるを得ない。つまり、以上のような考え方によれば、第八条による「所持品検査を求める指示」は第五八条第三号にいう「職務上の指示」に該当するものとするを得ないことになる。仮に一歩譲つて、右「職務上の指示」に該当するものとしても、かかる検査を拒否することが、同条所定の「越権専断の行為」に該当しないことは明らかであるし、又「不当に反抗して職場の秩序を紊し」たものとも言い難い。原告の右脱靴拒否の行為は、又就業規則第五八条第一〇号、同第五七条第四号第一四号にも該当しない。即ち、右脱靴拒否の行為は、右第五七条第四号の「会社の指示に従わず」にも「濫りに職場を離れたとき」にも該当しない。仮に該当するとしても、右第五八条第一〇号の「その情状が重いとき」には当たらないこと明らかである。

従つて、本件懲戒解雇は、その根拠とされた就業規則第五八条、第五七条の右各号の解釈、適用を誤つてなされたものというべきであるが、仮に原告の脱靴拒否行為が右各号に当たるとしても、その就業規則違反の程度は極めて軽微であるから、これをとらえて被告会社が労働者にとって死刑の宣告にも等しい懲戒解雇を言渡したのは、右第五八条但書の「但し情状により出勤停止に止めることがある。」という規定の解釈、適用を認つたものであつて、いずれにしても本件懲戒解雇は無効のものである。

(3) 本件懲戒解雇は、又懲戒権を濫用(裁量の誤り)したものとしても無効のものである。その理由は、前記(2)において就業規則第五八条但書の解釈について述べたものと同じである。

(二)  出勤禁止について

前記出勤禁止処分は、原告に「懲戒処分に該当する事由があつた」ことが原因になつている。しかし、前記(一)の(1)ないし(3)のとおり、原告には「懲戒処分に該当する事由」はなかつたのであるから、原告に対する右出勤禁止処分は、その前提を欠くものとして無効のものである。

四、被告主張の予備的解雇についての原告の答弁と主張

(一)  答弁

昭和三七年九月二五日、福岡高等裁判所が、同庁昭和三六年(ネ)第八一六号事件につき、原告が被告会社の従業員たることを仮に定める旨の仮処分判決をしたこと、右判決において、本件で問題となつている前記懲戒解雇は無効であつて原告に対しては出勤停止処分に止めるのが相当であるとの判断がなされたこと、そこで被告会社が、原、被告間のそれまでの解雇問題を全面的に解決するため同年一〇月二〇日原告の来社を求め、組合側役員の立会の下に話し合いをしたこと、その席上被告会社が原告に対し就業規則所定の始末書の提出を求めたこと、原告がその場では始末書を提出しなかつたこと、被告会社が同年一一月二九日、原告を労働協約第三二条第五号、就業規則第四六条第五号により解雇すべく労使協議会の付議事項として組合に提案し、同年一二月一日その承認を得た上同日内容証明郵便をもつて原告に対する解雇(予備的解雇)通告をしたこと、右通告が同月三日中には原告に到達していたこと、以上の事実はいずれも認める。しかし、被告会社が右高裁判決後原告に対し来社を求めた趣旨が、原告を被告会社に復帰させるためであつたかどうかは知らない。又原告が被告会社の始末書提出要求に応じなかつた経過についての被告の主張、特に、原告が始末書を提出しなかつたのは被告会社の平和的解決の申出を拒否したことになるとの点及び原告のそのときの態度が脱靴拒否の反抗精神と軌を一にし、被告会社の就業規則を無視するものであるとの点は、争う。

要するに、原告の行為は、労働協約第三二条第五号、就業規則第四六条第五号には、該当しないから、右予備的解雇は、右各規定の解釈、適用を誤つた無効のものである。

(二)  主張

右予備的解雇は、又次の(1)ないし(5)の理由によつても無効のものである。

(1) 使用者は、労働者に対して謝罪の意思の表明を含む文書である始末書の不提出を理由として労働者に不利益処分をすることはできない。この点について、大阪地方裁判所昭和三八年二月二二日の判決には、「そもそも謝罪を会社は従業員に求め得るか否かが問題となる。勿論従業員が任意にこれを提出することは妨げないとしても、不提出の場合に何らかの制裁を加えて間接的に強制してまでこれの提出を求め得るかは疑わしい。何故ならば、いうまでもなく雇傭契約は労働力の売買であつて、その労働者の意思、感情までもその取引の対象としている訳ではなく労働者にはその雇傭されている企業に対する債務の本旨に従う労務提供義務こそあれ、雇傭契約に基く拘束を越えて全人格的服従義務、いわば封建制下の忠誠義務のようなものはないのである。だとすると始末書の不提出自体を不都合な行為として懲戒解職(あるいは他の懲戒処分)の事由とすることは、これを間接強制する結果になるから許されないものというべきである。被申請人は始末書提出が会社設立以来行なわれてきた慣行で、それまで上司の提出命令に従わなかつた者はなかつたというが、若しこれがその背後に何らかの強制的契機を有しつつ実施されてきた慣行であるならば法的に許し得ないものというべく、許し得ない慣行はいくら長期間積み重ねても適法と化すべきいわれはない。」と判示されている(労民集一四巻一号三五〇頁)。右は労使関係の本質についての正しい理解に基づくものであり、原告の始末書不提出を理由とする本件予備的解雇もこれと全く同様の論拠により無効のものというべきである。

(2) 右(1)の主張が理由なしとしても、労働協約第三七条第三号の始末書提出義務は、出勤停止処分の効果として発生するものであり、右処分の発令が未定の段階で生ずるものではない。しかして、本件において、原告には始末書提出の意思が認められなかつたとして、被告が原告を非難している時期には、出勤停止を決定するための支部労働協議会は開かれておらず、まして、出勤停止処分が発令されていたわけではなかった。従つて、この時期には未だ原告において始末書を提出すべき義務は発生していなかつたというべきであつて、この時期における原告の発言をとらえて、原告が「就業規則に定められた手続を履践する意思のないことを明らかにした」(解雇通告書記載)というのは誤りである。何となれば、原告に就業規則所定の始末書提出の意思があるかどうかは、正規の手続きを続て出勤停止処分がとられ、右処分の効果として始末書提出義務が発生した後初めて問題となり得ることだからである。これを要するに、原告には就業規則を無視するような行為は全然なかつたというべきであつて、右予備的解雇はその根拠規定の解釈、適用を誤つた無効のものである。

(3) 仮に、原告に被告主張のような非違があつたとしても、被告が原告に対してなした数々の不当な行為を考慮に入れるならば、被告が原告を責めるのはいわゆるクリーン・ハンドの原則に反する不当なものである。被告は、原告が福岡高等裁判所の判決を尊重しなかつたといつて責めているが、自分でも福岡地方裁判所の最初の仮処分決定を全く尊重しなかつた。即ち、被告は、右仮処分決定で勝訴した原告を就労させず、賃金も六割程度しか支払わなかつた。又福岡高等裁判所の判決を基にした話し合いのときには、被告は、原告の責任を追求しようとするばかりで、自ら解雇権を濫用し誤つて原告を苦しめたことについては一点の反省も示さず、原告に陳謝することもしなかつた。裁判に負けた被告が勝つた原告を一方的に責めていたのである。これは極めて非道なことであつて、自らかかる非道な所為に及んでおきながらなお原告の責任を追及するということは、クリーン・ハンドの原則からいつてとうてい許されないものというべきである。

(4) 大阪地方裁判所の昭和三七年四月一九日の判決には、懲戒解雇と普通解雇の関係について、「就業規則第六五条によれば、懲戒の種類としては懲戒解雇の外にこれより軽い譴責、減給、出勤停止の各処分が定められているところ、普通解雇と雖も従業員を終局的に企業から排除するものである以上、就業規則所定の普通解雇事由の解釈に当たつても右懲戒の段階性を無視することはできず、さすれば、就業規則第三八条第四号にいう会社の経営方針に背反する行為をしたるとき、又は誠実義務に違反すると認めたとき、第七号にいう直接又は間接に社業をみだし、又はそのおそれのある者で従業員としてその適格を欠くと認めたときという文言は極めて抽象的で漠然としているとはいえ、いずれも、企業経営秩序の維持上社会観念に照らし従業員を企業から排除するのを相当と認める程度にその行為情状の重い場合をいうものと解しなければならない(換言すれば、譴責、減給出勤停止に当る程度の事由では足りない)。」と判示されている(労民集一三巻二号、四八五頁)。右判決の批評の中で有泉教授は、「解雇はそれ自体制裁としての機能をもつものである。わが国に広く行なわれているように、退職金の支給をしないという効果を伴う懲戒解雇は、一種独特のものであつて、通常の制裁プラス・アルファである。そこで通常解雇も、それが労働者に存する不当の行為を理由とするものである限り、制裁である。そうだとすると、懲戒は譴責、減給、出勤停止、通常解雇、懲戒解雇という一つの系列をなすことになる。そして本来譴責にしか相当しない行為をとがめて懲戒解雇をすればその解雇は無効であるのと同様に、通常解雇をしてもやはり重きに失して無効であるということになる。」として、これに賛意を表している(ジユリスト二九四号九一頁)。

本件についてみると、右予備的解雇は、「それ自体として制裁としての機能をもつもの」であり、「労働者に存する不当の行為を理由とするもの」である。そして、被告会社の就業規則第五七条には、解雇以外の各種の懲戒処分が定められており、同第五八条には、論旨解雇又は懲戒解雇に当たる事由が列挙されている。労働者側の不当をとりあげて普通解雇にしようとするなら、就業規則第五七条に記載してある各事実よりも悪質な行為を理由としなければならないはずである。しかし、右予備的解雇の理由とされている事実は、そのように悪質なものとはとうてい考えられない。この点からみて、右予備的解雇は、解雇しなければならないような「已むを得ない必要」(労働協約第三二条第五号)があつてなされたものとはいえず、結局労働協約第二三条に違反し、且つ解雇権を濫用したものとして無効のものである。

(5) 右予備的解雇は、原告が熱心な組合活動家なるが故になされたものであるから、いわゆる不当労働行為としても無効のものである。

五、賃金について

(一)  前記出勤禁止等の各処分は、前段までに記載のとおり、いずれも無効のものであるから、原告は、右各処分後も、被告に対しそれらの処分がなかつた場合と同様の賃金支払請求権を有しているというべきである。しかして、その額は右出勤禁止通告前三ケ月間、即ち昭和三五年一月から三月までの賃金の平均額を基にして算出するのが相当である。ところで、原告の賃金は、当時毎月二三日に前月の一一日から当月の一〇日までの分について支払われることになつており、右期間内に支払われた分の平均月額は、金二五、八一四円であつたが、被告会社では同年四月及び同三六年四月に全従業員に対する定期昇給が行なわれ、原告は同三五年四月一日以降毎月金一、四六〇円、同三六年四月一日以降は毎月金三、一一〇円の昇給となるはずであつたので、同三五年四月以降原告の受くべかりし賃金は、右平均月額に同月以降の昇給分を加えた金二七、二七四円、同三六年四月以降原告の受くべかりし賃金は、同じく右平均額に同月以降の昇給分を加えた金三〇、三八四円でなければならない。なお、被告会社では、毎年年二回全従業員に年間臨時給与が支給されることになつているが、原告の受くべかりし額は、同三五年八月一日及び同年一二月一日支給分計金五八、七五四円、同三六年八月三日支給分金三一、七八三円、合計金九〇、五三七円である。

ところが右出勤禁止処分後原告の受領した賃金は、同三五年四月分として金四、九七六円、同年五月分として金一五、〇八五円、同年六月分として金一五、八三〇円、同年七月分として金一五、四〇八円、同年八月分として金五、一〇七円、以上であつてその後は一切支払われていない(但し、賃金支払仮処分命令に基づく仮払いはなされている)。従つて、原告が被告に対して現在支払請求権を有する賃金額は、右受領額を除いた残余の額、即ち、同年四月分金二二、二九八円、同年五月分金一二、一八九円、同年六月分金一一、四四四円、同年七月分金一一、八六六円、同年八月分金二二、一六七円、同年九月分以降同三六年三月分まで毎月各金二七、二七四円、同年四月分以降同三九年六月分まで毎月各金三〇、三八四円及び右年間臨時給与金九〇、五三七円、以上合計金一、五四六、三九五円である。又同年七月以降も引続き毎月各金三〇、三八四円の賃金支払請求権を有する。

なお、仮に、右の賃金昇給分については被告の原告に対する昇給の意思表示がなければ賃金請求権が発生しないものとしても、被告が昇給の意思表示をしなかつたのは、原告がかねてから活発な組合運動をしているのを嫌つて故意にしなかつたか、あるいは昇給資格のある者として当然昇給させねばならないのに過失によつてそのように取扱わなかつたものであるから、原告は、被告の右のような不法行為によつて昇給分相当額の損害を被つたものというべきである。よつて、原告は、被告に対し右の額の損害賠償請求権がある。

(二)  被告の主張に対する答弁と主張

(1) 賃金支払状況について

被告主張の支払額はすべて認めるが、その内容については争う。ただ、原告が、出勤禁止処分前は月給者として労働協約第一二七条及び第一二八条に基づき毎月二三日にその月分の基準賃金(基本給及び家族給)と前月一一日からその月の一〇日までの分の基準外賃金(時間外労働手当、休日労働手当、深夜業手当等)の支払いを受けていたこと、被告会社においては同第四七条による出勤禁止者に対しては同第一五八条によつて平均賃金の一〇〇分の六を保障することになつているが、その支払日及び計算期間については明文の規定がないので、この点は同第一二八条第一号後段の「日額で定められている者」についての規定を準用するのが従来の慣行であつたこと、しかして、出勤禁止処分後は原告に対し右のような場合に該当するとして賃金の支払いがなされたことは、いずれも認める。

(2) 賃金請求権について

<イ> 民法第五三六条第一項の主張(第三、四、(二)、(2)、<ロ>記載)は否認する。

<ロ> 原告が本件懲戒解雇後他に就職して被告主張のとおりの収入を得たことは認める。しかし、解雇された労働者は、何らかの仕事をして収入を得ない限り、生存することも解雇反対闘争を続けることもできない。本件の如く、右翼社会民主々義者によつて指導されている労働組合が解雇を承認し、原告に対して何らの援助もしないような場合にはなお更のことである。原告は、このような条件下で自己の生存を維持し、解雇反対闘争を続けるための賃金を得ようとして、極く短期間だけ被告会社以外で働いたものである。このようにして得た収入は、民法第五三六条第二項但書による償還の対象とならない。

<ハ> 定期昇給の算入について

原告が算入すべきであると主張している定期昇給は、在籍者にして且つ本採用者たる身分の従業員に対しては、例外なく且つ当然に行なわれることになつている。被告は、昇給は会社が当該労働者に対してなす賃金増額の意思表示をまつて初めて実現するものであると主張するが、この点は否認する。昇給の通知がなされることが普通であるが、これはすでに昇給している者に対し、昇給額を知らせる趣旨のものに過ぎない。なお、原告に支払われるべき賃金は、本件懲戒解雇等の処分が一切なかつた場合の原告の得べかりし賃金でなければならない。右処分が一切なかつたとすれば、原告は当然右定期昇給を受けていたのであるから、この点を加味した賃金の請求は正当である。

六、以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、雇傭契約上の地位の確認並びに前記未払金一、五四六、三九五円及び昭和三九年七月以降毎月金三〇、三八四円の賃金の支払いを求めて本訴に及んだ。

第三、請求の原因に対する被告の答弁と主張

一、請求の原因一の事実中原告が現在も被告会社の従業員であるとの点は否認し、同項その余の事実及び請求の原因二の事実はすべて認める。

二、請求の原因三の冒頭の脱靴拒否の行為のあつた点は認めるが、その(一)、(二)の主張はすべて否認する。なお、これに対応する被告の主張は次の(一)ないし(七)のとおりである。

(一)  原告の右脱靴拒否に至るまでの被告会社の乗務員に対する所持品検査について

被告会社は、従来その就業規則第八条の「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」との規定に基づき、電車、自動車の乗務員による乗車賃等の不正隠匿及び領得行為の防止ないし摘発のため、随時所持品検査を実施してきた。

右所持品検査の方法については、被告会社は、人権の侵害にならない限り、検査を受ける者の身につけている物は一応全部調べることとし、いわゆる治外法権的安全地帯を作らないという方針をとつてきた。ところが、昭和三三年八月頃被告会社北九州営業局砂津電車営業所で、一部従業員から検査の際脱靴することの当否について疑義が提出されたので、被告会社は、組合の北九州地区支部との間で同年九月下旬頃から一〇月下旬頃までの間前後三回にわたり運輸小委員会を開いて協議した。その結果、被告会社の右従来の方針は勿論、乗務員が所持品検査の際脱靴を求められればこれに応じなければならないことが確認された。しかし、脱靴による靴の中の検査は、従来も又その後も検査員の個人差により必ずしも画一的に励行されていなかつた。そこで、その後同三五年三月四日被告会社は、組合の北九州地区支部に対し、脱靴の指示及び靴の中の検査について検査員と検査を受ける者の間に生ずる感情の摩擦をやわらげ、しかもこれを画一的に励行するために、従来所持品検査場として使用されてきた補導室を板張りにし、所持品検査はその板張りの上で行なうこととする旨提案した。そして、同日被告会社が右提案の内容及び趣旨について説明したところ、右支部はこれを了承し、右提案を確認した。なおその際、右支部の甲し入れにより組合員に対する周知のための猶予期間を置くこととし、同年三月七日から右方法による所持品検査を実施することに定められた。そして右支部は、同月四日付の「支部報」に右確認事項を掲載し、原告を含むその所属組合員に対し、被告会社の提案指示による右検査方法が同月七日から実施される旨を周知徹底させた。このことは原告も熟知しているところである。

これより先の同年二月頃、被告会社は、所持品検査場の改造に着手し、前記到津電車営業所においてはとりあえず補導室のコンクリート床上に縦約一、五メートル、横約〇、七五メートル、高さ約七センチメートルの踏板を敷き並べ、入口の部分若干面積を除き同室を板張りのように改造し、その板張りの上に机を置き、そこで靴以外の所持品検査を行なうように設備を整えた。これによつて、検査を受ける者は、右板張りの上に上ろうとすれば自然脱靴せざるを得ず、検査員は改めて一々その場で脱靴の指示をしなくても、脱靴された靴の中まで検査することができるようになつた。

(二)  原告の右脱靴拒否の前後の状況

このようにして、右到津電車営業所においては、被告会社によつて指示された右方法による所持品検査が昭和三五年三月七日、先ず乗務員約四〇名に対して行なわれ、次いで同月一一日二二時から二四時三〇分までの間乗務勤務を終えた原告を含む乗務員四六名に対して行なわれた。原告は、同日二三時二〇分頃乗務勤務を終えた直後上司である乗客掛河津三十郎より右方法により所持品検査を受けるよう指示を受けて補導室に入つてきたが、入口のコンクリート床上に立つたまま上司である当時の検査員河内孝徳に対しいきなり、「靴を脱ぐのは断わります。」と言つて踏板の上に上らず、脱靴して検査を受けることを拒否した。そこで同検査員は、原告に対し、脱靴して板張りの上で検査を受けることはすでに組合の方でも確認されているし他の者もすべて脱靴している(事実それまでの所持品検査において原告の如く脱靴を拒否した事例は一つもなかつた)旨説明し、被告会社の指示する前記方法による所持品検査に応ずるよう説得に努めたが、原告は、靴は私物ではない、本人の承諾がなければ靴の検査はできない筈だ、検査員がいくら脱がせようとしても脱靴しない、部長、課長又は所長、主任が言おうと脱靴しない旨答え、ただ踏板の上に帽子及びポケツト内の携帯品を差出しただけで頑強に脱靴を拒否した。同検査員は、やむを得ず補導室入口で原告の差出した物件を調べ且つ原告の着衣を外部から両手で触れて検査した。そのとき他の乗務員が検査を受けに補導室に入つて来たので、同検査員がその方の検査に着手したところ、原告は補導室から退去した。やがて同検査員は再び原告を呼び、補導室あるいはその付近で再三脱靴して靴の中の検査を受けるよう説得に努めたが、原告の応ずるところとならなかつた。

このようにして原告は、被告会社及び検査員の脱靴及び靴の中の検査に関する指示に頑強に反対し、あくまで靴の中の検査を拒否したのである。

又原告は、前記行為後同月一二日、到津電車営業所営業主任稲用正雄に呼ばれて事情を聴取された際にも、相変らず所持品検査には脱靴しないという態度を固執し続け、更に同月一五日、被告会社北九州営業局労務課及び電車運輸課の合同事情調査の際にも誠実に調査に応ぜず、反抗的態度を持ち続け、反省の色がなかつた。

(三)  原告に対する被告会社の処分と組合の態度について

前記のような事情であるから、被告会社としては原告の前記脱靴拒否の行為を単なる軽微な就業規則違反として看過することはできない。

そこで被告会社は、原告の前記行為につき昭和三五年三月一七日懲戒を前提とする出勤禁止処分を通告し、次いで同年三月二三日原告に対する懲戒解雇処分を労使協議会の議に付するよう組合に提案した。組合はその後同年七月二一日原告に対する懲戒解雇を承認する旨被告会社に回答した。これは組合においても原告の前記行為を軽微な就業規則違反として看過し得ないことを認識したためである。よつて、被告会社は、原告の前記行為が就業規則第五八条第三号に該当するものとして原告を懲戒解雇処分に付したのである。

なお、福岡地方裁判所昭和三五年(ヨ)第三六〇号仮処分事件の決定においては、就業規則第八条違反は同第五八条第三号に該当しないとされた。しかし、仮に原告の前記行為が同条号に該当しないとしても、同条第一〇号、第五七条第四号第一四号に該当するので、同三六年二月二四日付で右各条号を懲戒解雇の根拠規定として追加適用し、その旨原告に通告したのである。

(四)  就業規則第八条について

就業規則第八条に基づく所持品検査の目的は、被告会社の電車及び自動車の乗務員による乗車賃等の不正隠匿及び領得行為を防止ないしは摘発するにある。ところで、被告会社のように電車、自動車等による陸上運輸業を営む者にとつては、乗車賃がその収入の根幹をなすものであることは公知の事実であるが、昭和二六年度から同三四年度までの間に乗車賃等の不正隠匿及び領得行為により懲戒解雇処分を受けた者がその間の懲戒解雇処分を受けた者の合計四〇七名の過半数を占める多数に上り、しかも右不正行為件数の約半数が所持品検査の結果摘発されており、乗車賃等の隠匿場所も着衣、靴等の中というのが相当件数に上るという実情にある。このような被告会社の業態と所持品検査の果たしている役割からみて乗務員に対する所持品検査は被告会社にとつて必要欠くべからざるものである。しかも前記のような経緯により組合の北九州地区支部によつて確認された検査方法による前記所持品検査は不当に原告の自由ないしは権利を侵害するものではない。

そうすると、原告は、前記所持品検査に当たり脱靴して靴の中まで検査を受けなければならない義務があつたものといわなければならず、これを拒否した原告の前記行為は明らかに就業規則第八条の規定に違反したものである。

(五)  就業規則第五八条第三号の適用について

就業規則第五八条第三号(懲戒事由)は、その文言内容からみて被告会社の業務の正常な秩序維持のための服務規律違反即ち職場秩序違反を対象としていることは明らかであり、右職場秩序違反のうち「職務上の指示に不当に反抗し又は越権専断の行為をなし」たものを特に重視し、これを独立の構成要件として定めたものである。

原告の前記行為は、前記の如く就業規則第八条の服務規律の規定に違反するものであるが、右規定は、一方経済的には前記の如く乗務員の乗車賃等の不正隠匿及び領得行為の防止、ないしは摘発を目的とし、他方この目的及び前記必要性に鑑み被告会社がその業務の一つである所持品検査を秩序正しく遂行するため乗務員に対し右検査に服すべき業務上の義務を負わしめたものである。言い換えると、この規定は、右の如き不正行為の防止及び摘発の目的も然るところながら、被告会社における職場秩序維持に関する服務規律を定めたものに外ならない。この規定によつて乗務員が所持品検査を受けるということは、その乗務員の本来の職務執行々為ではないが、前記の如く乗務員がこれを受けなければならない義務がある以上それは本来の職務執行々為と極めて密接な関係にあるのである。

従つて、乗務員に対する右所持品検査についての上司の指示は、乗務員の本来の職務執行々為と密接な関係のある上司の指示として、まさに前記「職務上の指示」に該当し、これに不当に反抗し職場秩序を乱した場合には、就業規則第五八条第三号の要件を充足するものといわなければならない。

就業規則中第二章服務規律の各規定と第六章の懲戒事由の各規定とを比較対照してみると、懲戒事由の各規定は概して服務規律違反に対する制裁として位置づけられているが、第五八条第三号の規定が、第八条の規定による服務規律違反を全然予想していないとか又乗務員が所持品検査について前記上司の職務上の指示に不当に反抗した場合を除外するものでないことは勿論である。ただ、第八条の服務規律に違反した場合あるいは第五七条第一四号、第五八条第一〇号の各懲戒事由に該当することが予想されることもあり得るけれども、だからといつて第五八条第三号の要件を充足する場合この規定の適用を除外しなければならないという理由にはならない。服務規律違反の行為の態様、情状の軽重によりそれに対応して別々に懲戒事由の規定が設けられれば、その要件を充足する限りそれぞれの規定によるべきことは当然のことだからである。

次に、原告の前記行為は、前記所持品検査を受けるに当たり、上司である検査員の職務上の指示に従わなかつたばかりでなく何ら合理的な理由がないのにいたずらに自己独自の見解を固執し、右上司の再三にわたる説得に拘らず右職務上の指示に反抗し、もつて被告会社の業務の正常な秩序を乱したものである。

従つて、原告の前記行為は、就業規則第五八条第三号に規定する懲戒事由に該当し、右規定の適用に誤りがあるとする原告の主張は失当である。

(六)  懲戒権濫用等の主張について

原告は、仮に原告の前記行為が被告主張の就業規則の懲戒解雇事由に該当するとしても、就業規則違反の程度は極めて軽微であるから、これをとらえて原告を懲戒解雇に処したのは、就業規則第五八条但書の解釈、適用を誤り、且つ懲戒権を濫用(裁量の誤り)したものとして無効であると主張するので、この点について反論する。

昭和二六年度から同三四年度までの間に所持品検査の結果相当数の不正行為が摘発されていること及びそれらのうち着衣、靴等の中に乗車賃等隠匿していた例がかなりあつたことは前記のとおりである。このような事実に照らすと、乗車賃を収入の根幹とする被告会社にとつては右の如き不正行為の防止ないしは摘発を目的とする所持品検査の役割が如何に重要なものであるか自ら明らかである。原告主張のように、原告の前記脱靴拒否行為が許容されるべきであるとするならば、靴の中は所持品検査に対するいわゆる治外法権的安全地帯となり、靴以外の所持品について如何に厳格な検査をしようとも所持品検査は有名無実化してしまう。しかも、このことは単に原告だけに止まらず他の乗務員にも類を及ぼし、更には靴だけでなく着衣についてまでも検査拒否の事態が生ずる虞れがある。組合の北九州地区支部が被告会社の提案した前記所持品検査の方法を確認したのも、右の如き事情を考慮した結果に外ならないのである。又前記のとおり、原告は前記行為の後同三五年三月一二日到津電車営業所営業主任稲用正雄に呼ばれて事情を聴取された際にも、相変らず所持品検査の際脱靴しないという態度を固執し続け、更に同月一五日、被告会社の事情調査の際も誠実に調査に応ぜず反抗的態度をとり続け、反省の色が全く見受けられなかつた。その他、これまで原告の前記行為と同様の行為に出た者が他になかつたこと等総合して判断すると、原告の前記行為は使用者たる被告会社に対する関係においてこれを軽視することはできず、その情状は極めて重く、就業規則第五八条所定の懲戒処分中懲戒解雇に値するものといわなければならない。

従つて、原告に対する懲戒解雇は就業規則第五八条但書の解釈、適用あるいは懲戒の裁量を誤つてなされたものであるとの原告の主張は失当である。

(七)  出勤禁止について

原告は、原告には「懲戒処分に該当する事由」はなかつたのであるから、懲戒を前提とする被告会社の原告に対する昭和三五年三月一七日付出勤禁止処分は、その前提を欠き無効のものであると主張する。これに対する反論は次のとおりである。被告会社の原告に対する懲戒解雇の正当なことは、前段までに記したとおりである。従つて、正当な懲戒処分の前提措置としてなされた右出勤禁止処分が有効であることは論ずるまでもない。

しかしながら、懲戒解雇が無効であれば出勤禁止処分も無効であるとの原告の主張はそもそも間違つている。被告会社においては社員が就業規則所定の服務規律に違反した場合は直ちにその社員の出勤を禁止し、然る後服務規律違反に対し如何なる懲戒処分をするか、即ち処罰の程度につき決定がなされていた。しかして、その社員が労働組合員である場合は、労働協約第三三条第一項、同第三八条に基づき、労使協議会の議を経て最終的に懲戒処分を決定するという手続がとられている。服務規律違反に対する出勤禁止の趣旨は、たとえ懲戒処分未確定であつても重大な服務規律違反のあつた社員を処分決定するまで従来どおり就業させることは、他の社員に及ぼす影響等被告会社の業務に支障を来たすので、これを防止するという点にあるのである。従つて、出勤禁止は、懲戒処分の一種たる出勤停止(労働協約第三七条第三号)とは別個のものであり、懲戒処分が労使協議会に付議されている期間中における当該組合員の身分の取扱い方法の一つであつて、労働基準法第二六条にいわゆる「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当たるのである。右の次第であるから、一旦出勤禁止処分とした後労使協議会において懲戒処分を撤回した場合といえども出勤禁止自体の効力は何ら変らないということになるし、出勤禁止期間中は、労働基準法第二六条及び労働協約第一五八条の規定に基づいて平均賃金の一〇〇分の六〇の休業手当を支払うのである。要するに、本件懲戒解雇の効力如何に拘らず原告に対する出勤禁止処分は有効である。

三、予備的解雇の主張

(一)  被告の原告に対する本件懲戒解雇が無効であるとしても、被告は、予備的に、原告に対し昭和三七年一二月一日内容証明郵便をもつて、就業規則第四六条第五号により解雇(予備的解雇と略称する)通告を発し、右通告は遅くとも同月三日中には原告に到達したので、同月四日以降原、被告間には雇傭契約関係は存在しない。右予備的解雇の経緯及び理由は次のとおりである。

昭和三七年九月二五日、福岡高等裁判所は、同庁昭和三六年第八一六号事件について、原告が被告会社の従業員であることを仮に定める旨の仮処分判決をなしたが、右判決において、本件で問題となつている前記懲戒解雇は無効であつて、原告に対しては出勤停止処分に止めるのが相当であるとの判断が示された。そこで、被告会社は、右判決の趣旨に従つて原告を被告会社に復帰させ、でき得れば原、被告間の解雇問題を全面的に解決するため、同年一〇月二〇日、原告の来社を求め、組合側役員の立会の下に話し合いをした。その席上被告会社は、原告に対し、右判決に従い原告を被告会社に復帰させることとする。ついては右判決に示されたように懲戒解雇処分を取消し、改めて情状酌量の上原告に対し一〇日の出勤停止処分に付することとしたいが、就業規則所定の始末書を提出して貰えるかと申し向けた。ところが、原告は、右判決には出勤停止処分が相当とはあるが出勤停止一〇日とは書いてない、始末書を書く理由はない等と答えて、被告会社の平和的解決の申出を拒否した。

かかる原告の態度は、前記所持品検査における脱靴拒否の反抗精神と軌を一にし、被告会社の就業規則を無視するものといわざるを得ず、このような人物を引続き従業員として雇傭することは経営秩序の上からも容認できないことである。そこで、被告会社は、同年一一月二九日、原告を労働協約第三二条第五号、就業規則第四六条第五号により解雇すべく、労使協議会の付議事項として組合に提案し、同年一二月一日その承認を得た上、同日内容証明郵便をもつて前記解雇通告をしたものである。なお就業規則第四六条は、「会社は社員が次の各号の一つに該当するときは解雇する。一、業務上の傷病により療養を開始して三年経過後に長期傷病者補償を行なつたとき。二、精神又は身体の障害があるか、若しくは虚弱、老衰、疾病のため業務に堪えないと認められたとき。三、勤務状態が著しく不良なとき。四、論旨解雇又は懲戒解雇を受けたとき。五、前各号の外、已むを得ない必要があるとき。」となつている。

(二)  原告の主張に対する答弁と主張

(1) 始末書の性質について

被告会社における始末書は、原告が主張するような労働者の謝罪を求める趣旨のものではなく、いわんや、「雇傭契約に基づく拘束を超えて全人格的服従義務、いわば封建制下の忠誠義務のようなもの」を要求する趣旨のものではない。即ち、労働契約は、労働者が使用者のために労働し、使用がその労働する過程を組織的に指揮、管理し、その労働に対して報酬を支払うことを約する契約であることは、改めて述べるまでもないことであるが、労働者は、労働基準法、就業規則、労働協約等によつて定められる企業秩序の下で使用者の指揮命令に服することを約しているといい得べく、右秩序に適合する使用者の指揮命令には服従する義務を負うものといわねばならない。従つて、その義務に違反した労働者が所定の懲戒又は解約告知を受けることがあるのは当然のことである。

ところで、労働者の義務違反に対する使用者の制裁としての懲戒は、違反の程度によつて、労働者を企業外に排除する解雇処分(懲戒解雇、論旨解雇)と、労働者に反省の機会を与え、企業内に止める解雇以外の処分(出勤停止、減給、譴責)とに分類される。しかして、義務違反のあつた労働者に対し解雇以外の処分をすること、即ちこれを企業内に止め置しためには、当該労働者に、義務に違反したという認識と、爾後義務に服する意思とがあることが前提である。この義務違反の認識及び爾後の義務履行の意思表示とを書面化したものが、被告会社における始末書に外ならないのである。福岡高等裁判所も、「控訴人(原告)は原審以来本件脱靴拒否の行動を反省し、本件判決による有権的解釈に従う旨を誓つており、再び本件の如き行動に出る虞れのない」ことを認定した上で、「出勤停止処分に止めるのが相当である」と判断しているのである。しかるに、原告は、被告会社における始末書の何たるかを充分知悉しながら言を左右にしてその提出をあくまで拒絶したのである。

そもそも、本件のように懲戒解雇の効力について裁判所の見解すら二転、三転する事件においては、被告会社が福岡高等裁判所の判決に従い、原告に対する懲戒解雇を撤回しこれを出勤停止処分に付するに際し、爾後就業規則に従う旨の原告の意思表示を内容とする始末書の提出を求めることは、けだし当然のことである。のみならず、原告の脱靴拒否及びこれに伴う懲戒処分問題は、被告会社の従業員にとつて多大の関心事であつたから、原告をして爾後は靴を脱いで所持品検査を受ける旨の意思表示を内容とする始末書を提出せしめることは、被告会社の労務管理上特に必要なことであつたのである。しかも、このような始末書の提出義務は、労働協約、就業規則に明文の規定がある上、永年の慣行として従業員周知のことでもある。

なお、原告が引用している大阪地方裁判所の昭和三八年二月二二日の判決は、二重の懲戒処分が問題となつた事件であり、又始末書提出義務が就業規則に明記されていず、単なる慣行にすぎない場合のことであることが判文上窺知できるので、本件とは事情を異にする事案であつて、参考とすべきでない。

(2) 始末書提出義務の発生時期について

始末書提出義務は出勤停止処分の効果として発生するものであるとの原告の主張は否認する。被告会社における始末書の性質は、前段のとおりであるから、始末書提出の時期は必らずしも画一でないとしても、始末書提出の意思表示自体は出勤停止処分確定前になされなければならない。

(3) クリーンハンドの原則違反の主張について

この点に関する原告の主張はすべて否認する。

原告は、被告は福岡地方裁判所の最初の仮処分決定を全く尊重せず、右決定で勝訴しても原告は被告会社で就労することができなかつたと主張するが、右福岡地方裁判所の仮処分決定(昭和三五年(ヨ)第三六〇号)により原告の被告会社の従業員たる仮の地位が定められたものの、これによつて必ずしも当然に原告が被告に対し、就業請求権を得たわけではないのである。しかも、右仮処分決定の内容は、被告会社が原告の懲戒解雇について適用した就業規則の条項(第五八条第三号)とは別個の条項(第五七条第四号第一四号、第五八条第一〇号)を適用すれば、正当な懲戒解雇ができると解釈されるものであつたので、被告は右の別個の条項を追加適用し、原告に対しては会社都合による休業の取扱いをして、所定の休業手当を右仮処分決定に対する異議事件の判決まで支払つたのである。原告は、右休業手当の支払いを不服とし昭和三六年二月二七日原告計算の額の賃金支払仮処分命令を申請したが(福岡地方裁判所昭和三六年(ヨ)第六三号)同年七月三一日右申請は全部却下されたのである。

右の次第であるから、原告が、就労できなかつたことをとらえて、被告は福岡地方裁判所の最初の仮処分決定を全く尊重しなかつたと主張するのは失当である。

(4) 解雇権の濫用の主張について

右予備的解雇は労働協約第二三条に違反し、且つ解雇権を濫用した無効のものであるとの原告の主張は否認する。

労働者の義務違反に対する使用者の処遇には、就業規則に基づく懲戒処分と解約告知との二種の方法がある。しかして、前者は、労働者の義務違反が、就業規則所定の懲戒事由に該当する場合に行なわれる制裁としての処分である。これに対し、後者は、原則として使用者の自由に委ねられているところのいわゆる一般解雇であつて、多くの裁判例や有力な学説において承認されているとおり、労働基準法、労働組合法、労働協約あるいは就業規則所定の解雇制限規定に牴触せず、又解雇権の濫用にわたらないことが要求されるのみで、特に正当な理由を必要とするわけのものではない。被告が原告に対してなした昭和三五年七月二一日付懲戒解雇は、就業規則に基づく制裁としての処分であるのに対し、右予備的解雇は、右の一般解雇であつて、制裁としての解雇処分とは別個のものである。ところで、右予備的解雇が解雇権の濫用に当たるかどうかであるが、前記のような予備的解雇に至る経緯に鑑みれば、も早原、被告間には雇傭関係の前提となる信頼関係は全く存在しないものというべきであつて、右予備的解雇は、被告会社の経営秩序維持の上から已むを得ない必要があつてなされたものというべく、解雇権の濫用には当たらない。だからこそ、組合も右予備的解雇を承認しているのである。

なお、以上の説明で明らかなとおり、右予備的解雇は、労働協約第三二条第五号、就業規則第四六条第五号に正当に則つてなされたものといえるから、解雇制限規定たる労働協約第二三条に違反したものではなく、その他これを無効とすべき事由はない。

(5) 右予備的解雇が不当労働行為に当たるとの原告の主張は否認する。

四、賃金について

(一)  原告の主張に対する答弁

請求の原因五の(一)の事実中、被告会社が原告に対し昭和三五年四月以降同年八月までの間に支払つた賃金額が原告主張のとおりであること、同三七年六月以前の被告会社の賃金支払日が毎月二三日(但し、その日が休日に当る場合はその直前の非休日とされていたが)であつたことは認めるが、同項その余の主張事実はすべて否認する。

(二)  被告の主張

(1) 被告会社の原告に対する賃金支払状況

<イ> 昭和三五年一月度から同年三月度までの支払額

労働協約第一二七条及び第一二八条に基づき、月給者として毎月二三日にその月分の基準賃金(基本給及び家族給)と前月一一日からその月一〇日までの分の基準外賃金(時間外労働手当、休日労働手当、深夜業手当等)が支払われた。その額は次のとおりである。

一月度

基準賃金(一月一日から同月三一日までの分)                 金一八、八〇〇円

基準外賃金(昭和三四年一二月一一日から同三五年一月一〇日までの分)     金 九、〇三八円

計                                     金二七、八三八円

二月度

基準賃金(二月一日から同月二九日までの分)                 金一八、八〇〇円

基準外賃金(一月一一日から二月一〇日までの分)               金 七、四二五円

計                                     金二六、二二五円

三月度

基準賃金(三月一日から同月三一日までの分)                 金一八、八〇〇円

基準外賃金(二月一一日から三月一〇日までの分)               金 四、五七九円

計                                     金二三、三七九円

なお、原告は三月一七日以降出勤禁止の処分を受けているから、同日以降の賃金額は当然変更となるのであるが、被告会社においては毎月二三日の賃金支払日に備えて毎月一一日以降賃金計算事務を行なつており、右三月一七日には原告の同月分賃金額は平常どおり支払うべきものとしてすでに計算が終つていたため、同月分は一応その計算額どおりを仮払いし、翌四月度に過払分につき減額して精算をした(次の<ロ>参照)。

<ロ> 出勤禁止期間中(昭和三五年四月度から同年八月度まで)の支払額

原告のように労働協約第四七条による出勤禁止処分を受けた者に対しては、同第一五八条によつて平均賃金の一〇〇分の六〇を保障することになつているが、その支払日及び計算期間については明文の規定がなく、この点については同第一二八条第一号後段の「日額で定められている者」についての規定を準用するのが、従来の慣行であつた。原告に対しても同様の取扱いがなされたが、右平均賃金日額は、昭和三五年一月から同年三月までの三ケ月間に支払われた前記<イ>の合計金額金七七、四四二円(社会保険料所得税込み)を右期間の総日数で除した金八五一円二銭とした。平均賃金の一〇〇分の六〇の割合の日額は金五一〇円六二銭となる。右の計算に基づいて支払つた額は次のとおりである。

四月度

平均賃金の一〇〇分の六〇(三月一七日から四月一〇日までの分)        金一二、七六六円

基準外賃金(三月一一日から三月一六日までの分)               金   九八三円

基準賃金前月度過払額(三月一七日から同月三一日までの分)          金 八、七七三円

差引支給額                                 金 四、九七六円

五月度

平均賃金の一〇〇分の六〇(四月一一日から五月一〇日までの分)        金一五、三一九円

遅刻、早退減額分(昭和三四年一〇月一一日から同三五年四月一〇日までの分)  金   二三四円

差引支給額                                 金一五、〇八五円

六月度

平均賃金の一〇〇分の六〇(五月一一日から六月一〇日までの分)        金一五、八三〇円

七月度

平均賃金の一〇〇分の六〇(六月一一日から七月一〇日までの分)        金一五、三一九円

昇給差額                                  金    八九円

計                                     金一五、四〇八円

八月度

平均賃金の一〇〇分の六〇(七月一一日から七月二〇日までの分)        金 五、一〇七円

なお、右七月度の昇給差額金八九円の説明は次のとおりである。

被告会社においては、昇給は毎年四月度から実施している。しかして、被告会社は、組合と被告会社との昭和三五年四月度以降の賃金協定を原告に適用し、同三四年三月一一日から同三五年三月一〇日までの一年間における原告の勤務成績等を基に同年四月度以降の原告の基本給につき金一、四五〇円の増額を行なつた。ところで、基本給の増額は、基準外賃金のうち基本給に定率を乗じて算出する時間外労働手当、休日労働手当、深夜業手当(労働協約第一四五条ないし第一四七条)の増額をもたらすが、原告に対し四月度に支払つた基準外賃金九八三円は、昇給金額未定のため昇給前の基本給を基にして算出した金額であつた。右のとおり四月度以降は原告の基本給が増額されることになつたが、被告会社は、この昇給によつて生ずる原告の四月度基準外賃金の増額分金八九円を、昇給差額という名目で七月度において支払つたものである。

<ハ> 福岡地方裁判所昭和三五年(ヨ)第三六〇号解雇処分効力停止仮処分申請事件についての決定後の支払額(昭和三六年二月度から同年一〇月度まで)

右決定は昭和三六年二月一五日になされ、それによつて原告が被告会社に対し雇傭契約上の権利を有する仮の地位が定められたが、同月分以降右決定が同年一〇月二四日の同地裁の判決によつて取消されるまでの間被告会社が原告に支払つた額は次のとおりである。

二月分

平均賃金の一〇〇分の六〇(二月一五日から二月二八日までの分)        金 六、一二八円

三月分以降一〇月分まで

毎月平均賃金の一〇〇分の六〇                    各月金一五、三二〇円づつ

昭和三六年度臨時給与夏季分                         金 三、〇〇〇円

<ニ> 福岡地方裁判所昭和三七年(ヨ)第四四三号賃金仮処分申請事件についての決定後の支払額

仮処分決定により直ちに                           金七〇、〇〇〇円

昭和三八年二月度以降同三九年六月度まで               毎月金一七、五〇〇円づつ

(2) 原告の賃金請求権について

<イ> 被告会社の原告に対する昭和三五年三月一七日付出勤禁止及び同年七月二一日付懲戒解雇の各処分は、いずれも適法且つ有効になされたものであるから、原告はその主張のような賃金請求権を有しない。即ち、出勤禁止期間中の原告の賃金請求権は、前記(1)の<ロ>の支払額のとおりであり、右懲戒解雇処分後は、原告は一切賃金請求権を有しない。

<ロ> 仮に、原告主張のように右懲戒解雇が無効のものであるとしても、被告会社は、昭和三七年一二月一日付で原告に対し予備的解雇処分をしているので、遅くとも同日以降原告の賃金請求権はなくなつたというべきである。しかも、右懲戒解雇処分が無効だと仮定しても、その故に直ちに右処分以降右予備的解雇までの間原告が賃金請求権を有するというわけにはいかない。

被告会社は、原告が同三五年三月一一日に行なわれた所持品検査の際靴の中の検査を頑強に拒否し、更に同月一二日及び一五日に被告会社の行なつた事情調査の際にも誠実に調査に応ぜず反抗的態度をとり続けたことを理由として、原告に対する懲戒解雇処分につき同月二三日労使協議会の議に付し組合側の同意を得た上、同年七月二一日付で原告を懲戒解雇したものである。原告の右脱靴拒否の行為が被告会社就業規則第五八条第三号に該当することは、福岡地方裁判所昭和三六年(モ)第三三六号事件の判決及び福岡高等裁判所昭和三六年(ネ)第八一六号事件の判決においていずれも認定されている。しかして、福岡地方裁判所の右判決では、被告会社の原告に対する右懲戒解雇処分が有効と認定され、福岡高等裁判所の右判決においては、原告の右脱靴拒否の行為が就業規則の右条項に該当するとしつつ、それに対する処分は、「会社としては情状酌量の上出勤停止処分に止めるのが相当である」との判断がなされた。又原告所属の組合も、原告の右行為が懲戒解雇の基準に該当することを認め、且つ懲戒解雇処分に同意しているのである。こういつた事情からみると、被告が右懲戒解雇を有効であると信ずるについては相当の理由があつたものといわなければならない。ところで、特定物に対する物権の設定又は移転以外の事項を目的とする双務契約においては、その履行不能が債権者の責に帰すべき事由によつて生じたときは民法第五三六条第二項により債務者は反対給付を請求する権利を失わない。しかして、本件の場合、被告がなした無効な懲戒解雇処分のため原告が就労できなかつたのであるから、被告の責に帰すべき事由があつたものと一応推定される。

しかし、被告が右懲戒解雇を有効と信ずるについて相当の理由があるときは、被告の就労拒否はその責に帰すべからざるものと解するのが相当であり、右の相当の理由があることは前記のとおりであるので、結局右懲戒解雇が無効であるとしても、右解雇の故に就労を拒否されたとて、原告は反対給付としての賃金請求権を有しないものというべきである。

<ハ> 右の場合、仮に被告の原告に対する就労拒否が民法第五三六条第二項本文に該当するとしても、原告は右懲役解雇後他に就職して賃金を得ているから、右解雇期間中平均賃金全額について支払請求権を有するわけではない。即ち、原告が他に就職して得た賃金額は、同三六年九月から同三七年八月までに合計約一六万円、同三八年一月及び二月に合計金三五、二〇〇円であるが、一般に、不当解雇の被解雇者が労務の受領拒否により給付を免れた労働力を他に転用して得た収入は、副業として得たものを除き民法第五三六条第二項但書にいわゆる「自己の債務を免れたことにより得た利益」としてこれを債権者たる使用者に償還すべきである。しかして、この場合償還するというのは労働者の受くべき反対給付たる賃金額からこれを控除することであり、右控除の限度は平均賃金の四割と解されているので、結局少くとも同三六年九月以降は、原告は平均賃金の六割の支払いを請求し得るに止まるのである。

<ニ> 平均賃金について

原告は、昭和三五年四月一日以降及び同三六年四月一日以降の原告の賃金額としての平均賃金は右各年度において被告会社で行なわれた定期昇給を加味して算出すべきものと主張しているが、これに関連する被告の主張は次のとおりである。

仮に、原告がその主張のとおり前記の出勤禁止、懲戒解雇ないしは予備的解雇のなかつた場合と同様の賃金請求権を有するとしても、その額は労働基準法第一二条所定の平均賃金によるべきものであるところ、同条にいう平均賃金とは、「これを算定すべき事由の発生した日以前三ケ月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額」であつて、右三ケ月の期間以後に昇給がなされてもその昇給が右三ケ月の期間に遡つて適用される場合を除いては、右昇給は平均賃金算定に何ら影響を及ぼさないのである。しかも、被告会社における昇給は、会社が当該労働者に対してなす賃金増額の意思表示をまつて初めて実現するものであるから、右意思表示のない昭和三六年四月以降においては、この点からも昇給したものとして扱うべきものではない。

第五、証拠関係(省略)

理由

第一、懲戒解雇について

一、判断の基礎となる事実

(一)  当事者間に争いのない事実

被告は肩書地に本店を有し、陸上運輸等を営んでいる株式会社であること、原告は被告会社に雇傭されていた従業員であつて、被告会社の従業員で組織された組合の組合員であつたこと、被告が原告に対し、昭和三五年七月二一日付で懲戒解雇の通告をなし、右通告は同日原告に到達したこと、右処分は、原告が同年三月一一日午後一一時二〇分頃被告会社の到津電車営業所補導室において行なわれた被告会社乗客係河内孝徳の所持品検査に際し、靴を脱ぐことを拒否したという行為に対し、これが被告会社の就業規則第八条の「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」という条項に違反し、懲戒事由を規定する同第五八条第三号の「職務上の指示に不当に反抗し又は越権専断の行為をなし職場の秩序を紊したとき。」という場合に当たるとしてなされたものであること、その後被告は、同三六年二月二四日付内容証明郵便でもつて、右行為は懲戒事由を規定する就業規則第五八条第一〇号「前条第四号乃至第一四号の一つに該当しその情状が重いとき。」、同第五七条第四号「正当な理由なく会社の指示に従わず又は濫りに職場を離れたとき。」、同第一四号「その他前各号に準ずる行為のあつたとき又は服務規律に違反する行為のあつたとき。」にも該当する旨原告に通告したこと、右懲戒解雇通告当時の原告の職種は右到津電車営業所所属の電車運転士であり、原告が実際に右脱靴拒否の行為に及んだことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  右脱靴拒否に至る経緯

成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、第八号証の一、二、第一五号証ないし第二一号証、原本の存在及びその成立に争いのない乙第三号証及び右乙第一九号証によつて原本の存在及びその成立を認め得る乙第二号証並びに証人坂本克己、同木村健俊及び同西谷清美の各証言を総合して考えると、次の(1)ないし(5)の事実を認めることができる。

(1) 被告会社の就業規則第八条には、「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と定められているが、被告会社は、従来から右規定に基づいて、電車、自動車の乗務員による乗車賃等の不正隠匿や領得行為の防止ないしは摘発のための所持品検査を実施してきた。しかして、右所持品検査については、原則として被検査者の身につけている物や所持品のすべてについて調べるという方針がとられてきた。靴の中を調べることも右原則の例外ではなかつた。

(2) ところが、昭和三三年八月頃、被告会社北九州営業局砂津電車営業所において、所持品検査の際の一検査員の態度が問題となつたことに端を発し、被告会社と組合の北九州支部との間で同年九月下旬頃から一〇月下旬頃までの間三回にわたり、所持品検査についての話し合いが行なわれ、その席上で検査の際被検査者に脱靴させることの当否も問題とされた。右話し合いの結果、所持品検査についての右従来の方針を相互に是認し、検査の際被検査者が脱靴すべきことも同時に確認された。しかし、検査の際実際に被検査者に脱靴させて靴の中の検査を実施するかどうかは、それまでも又その後も検査員による個人差があり、又場合によつて差異があり、画一的でなかつた。

(3) そこで、被告会社は、これを画一的に実施しようと企て、ついては検査場の施設面にも考慮の余地があるとして、昭和三五年三月四日、組合の北九州支部に対し、従来から所持品検査場として使用してきた各営業所の補導室を板張りにし、所持品検査はその板張りの上で行なうことにし、もつて被検査者が検査を受ける際特に指示をされなくても自然に脱靴するような仕組みにして検査員との間の感情の摩擦を和らげ、同時に所持品検査の際の脱靴並びに靴の中の検査を画一的に実施したい旨提案して、その了承と協力を求めた。右支部は同日右の提案を了承したが、その際、右支部と被告会社間で、右の提案を組合員に周知させるため猶予期間を置くこととし、同月七日から右提案のとおりの所持品検査を実施すること、会社は人権を尊重し感情に走らないようにするとともに監督者の教育は充分に行なうこと、人権問題が生じたときは労使協議会で話し合うこと等の確認がなされた。しかして、右支部は、同月四日付の機関紙「支部報」に、右了承及び確認事項を掲載し原告を含むその所属組合員にこれを周知徹底させることを図つたが、原告も当時これを了知した。

(4) 被告会社は、右の提案に先んじて、昭和三五年二月頃から所持品検査場を右提案の趣旨に沿つて改造することに着手していたが、原告所属の前記到津電車営業所においては、とりあえず同月二二日頃、検査場たる補導室のコンクリート床上に踏板三枚を敷き並べ、入口の部分若干面積を除き同室を板張りのようにし、被検査者はその板張りの上に上つて所持品検査を受けるように設備を整えた。被検査者は右板張りの上に上るときは自然脱靴せざるを得ず、検査員はその場で特に脱靴の指示をしなくても、靴の中の検査を行なうことができるようになつた。しかして、原告が本件脱靴拒否をなしたときも右の状態であつたが、踏板といえどもその効用は板張りと差異のないものであつた。

(5) かくして、右到津営業所においては、被告会社提案になる前記方法による所持品検査が、先ず昭和三五年三月七日約四〇名の乗務員に対して実施され、次いで、同月二一日の二二時から二四時三〇分までの間乗車勤務終了に引続き順次原告ら四六名の乗務員に対して行なわれた。

原告は、同日二三時二〇分過頃乗車勤務終了直後、上司たる同営業所乗客係河津三十郎から右方法による所持品検査を受けるよう指示を受け右補導室に入つたが、ドアを開くなり、同室内にいたそのときの検査員で上司たる河内孝徳に対し、「河内さん、私は靴を脱がんけんな。」と言つた踏板の上に上らず、脱靴して検査を受けることを拒否した。そこで、河内検査員は、原告に対し、会社と組合でとりきめたことであり、他の者も皆脱靴している旨告げて、脱靴して検査に応ずるよう指示すると同時に説得に努めたが、原告は、靴は私物で所持品ではない、本人の承諾なしに靴の検査はできない筈だ、検査員がいくら脱がせようとしても脱靴しない、部長、課長あるいは所長、主任が指示しても脱靴しない旨答え、ただ踏板の上に帽子とポケット内の携帯品を差出しただけで、頑強に脱靴を拒否した。河内検査員は、やむなく右補導室の入口で原告の差出した物件を検査し且つ原告の着衣を外部から両手で押さえて調べたが、そのときにはもう次の被検査者が同室に入つて来たので、原告の方の検査及び説得を一応中止して、その方の検査にとりかかつたところ、原告は同室を退去してしまつた。河内検査員は、その後再び申請人を同室に呼び入れ、同室あるいはその付近で再三脱靴して靴の中の検査を受けるように指示ないしは説得に努めたが、最初のとき同様のやりとりがくり返されるのみで、原告の応ずるところとならなかつた。なお、それまでの所持品検査において原告のように脱靴を拒否した事例はなかつた。

甲第一号証、第三号証及び前掲乙第一七号証中以上の認定に反する記載部分は採用できず、他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

懲戒解雇の効力についての判断

(一)  就業規則第八条の適用の問題

前記の如く、本件懲戒解雇は、原告の前記脱靴拒否行為が被告会社の就業規則第八条、即ち「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」との規定に違反するものとしてなされたものであるが、原告は、これに対し、凡そ雇傭契約というのは実質的には労働力の売買であるに過ぎないから、使用者は買入れた労働力を雇傭契約の目的に応じて処分することはできても、それを越えて労働者に対しその意に反してまで靴を脱がせ、所持品検査を受けさせるというような屈辱的行為を強制する権利はない、原告に対する本件脱靴の指示はまさに右のような行為を強制せんとするものであるから、結局これを拒否したとて右就業規則第八条に基づいてその責を問われる筋合はない旨主張するので、この点について判断する。

原、被告間の関係が雇傭契約関係であつたことは前記のように当事者間に争いのないところであり、雇傭契約というものが実質的には商品たる労働力の売買であるという見方もできないわけではない。しかしながら、仮にそうだとしても、労働力というものは労働者という人間と不可分のものであつて、雇傭契約を物品たる商品の売買と完全に同一視し得ないことは当然のことである。即ち、使用者は雇傭契約関係を円滑に維持するためには職場秩序の維持を計らねばならず、そのためには労働者に対し一定の行為を命じあるいは特定の行為を禁ずることが必要となるのである。近代的企業にあつては雇傭契約関係も集団的となり、職場秩序の維持の必要は特に大である。しかして、職場秩序維持のためとして使用者が労働者に対してなす種々の指示ないしは命令は、それが合理的な理由を有し、且つ不当に労働者の人権を侵害しない限り、労働者において服従すべき義務があるとするのが雇傭契約の正当な解釈に適するものといわねばならない。

ところで、被告会社が集団的雇傭契約関係に支えられた近代的企業であることは弁論の全趣旨に徴し明らかなところである。そこで先ず、右就業規則第八条の規定が合理的な理由を有するかどうかについて考えてみる。被告会社のように電車、自動車等による陸上運輸業を営む企業においては、乗車賃がその収入の根幹をなすものであることは公知の事実であるが、成立に争いのない乙第一八号証によれば、右就業規則第八条の規定に基づく所持品検査の目的は、電車及び自動車の乗務員らによる乗車賃等の不正隠匿及び領得行為を防止ないしは摘発するにあることが認められ、又成立に争いのない乙第二一号証によりその原本の存在及び成立を認め得る乙第五号証の一ないし一一によると、昭和二六年度から同三四年度までの間に被告会社において発見された乗務員らによる乗車賃等の不正隠匿ないしは領得行為の件数は計一四九件であるが、そのうち七〇件が所持品検査によつて摘発されたこと、隠匿場所は着衣、鞄、靴等の中が目立つて多いこと、右期間中に被告会社において懲戒解雇処分を受けた人員は計四〇七名であるが、そのうち乗車賃等の不正隠匿ないしは領得行為を理由とするものは二三八名に上つたことが認められ、以上の各認定に反する証拠はない。このような被告会社の業種及び所持品検査の果たしている役割からみて、乗務員らに対する所持品検査は、被告会社にとつて不可欠のものであることが窺知できるので、これを拒んではならないとする右就業規則の定めは合理的な理由があるものというべきである。次に、このような所持品検査が不当に労働者の人権を侵害するものかどうかであるが、この点は当該検査の方法、実施時刻及び場所等について具体的に検討して決すべき問題であるところ、本件で問題となつた昭和三五年三月一一日実施の脱靴による靴の中の検査についてみると、前記認定のとおり、(Ⅰ)予め所持品検査場として定められていた補導室において、乗車勤務終了直後の原告ら乗務員に対し実施されたものである。(Ⅱ)同室を板敷きとしてその上で検査を行ない、被検査者がその上に上るときは自然に脱靴せざるを得ず、検査員がその場で一々脱靴の指示をしなくても靴の中の検査を行なうことができるような方法で行なわれた。(Ⅲ)右方法は被告会社が被検査者の人権や感情の問題を慮つて考え出したものであるが、これについて被告会社は、事前に原告ら所属の組合の北九州支部との間で話し合いをしその実施について了解を得ていた。しかして、右支部は右方法による所持品検査の実施について機関紙をもつて所属組合員に周知させたが、原告も右検査当時これを了知していた。右(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の点に加え、前掲乙第一五号証によれば、同日の検査員たる前記河内孝徳は、右検査直前に上司から靴の中の検査も実施するよう指示されると同時に行き過ぎや被検査者に対する感情刺激のないよう特に注意されたこと、しかして、右検査の際原告の感情を刺激しないように努めたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。以上の諸点からみれば、右の脱靴による靴の中の検査は、不当に原告の人権を侵害するものとはいえない。

そうすると、原告は右所持品検査に当たり脱靴して靴の中の検査を受けるべき義務があつたものといわなければならず、これをあくまで拒否した原告の前記行為は、明らかに就業規則第八条に違反するものとして違反たるを免れず、原告の前記主張は採用できない。

(二)  就業規則第五八条第三号該当性

前掲乙第一号証によれば、被告会社の就業規則第五八条には、「社員が次の各号の一つに該当するときは諭旨解雇又は懲戒解雇に処する。但し情状により出勤停止に止めることがある。」としてその第三号には、「職務上の指示に不当に反抗し又は越権専断の行為をなし職場の秩序を紊したとき。」と定められていることを認めることができ、同条号が本件懲戒解雇の根拠規定の一つとされたことは前記のとおりである。しかして、原告は、前記脱靴拒否の行為は同条号には該当しないと主張するので、この点について判断する。

先ず、同号の「職務上の指示」があつたかどうかについて考えてみる。前項で認定したように、被告会社の従業員たる者は、就業規則第八条に則つて実施される所持品検査については不当に人権を侵害するような場合でない限り受忍の義務があるのであるから、右受忍義務ある場合の従業員に対する会社の指示は、とりもなおさず右「職務上の指示」に該当するものということができる。ところで、前記脱靴拒否行為の際原告には右第八条により脱靴すべき義務があつたことは前項認定のとおりであり、その際上司から脱靴について指示があつたことも前記認定の脱靴拒否に至る経緯で明らかなところである。してみれば、前記脱靴拒否に際し、原告に対する右就業規則第五八条第三号にいわゆる「職務上の指示」はあつたものということができる。なお、原告は、この点に関し右第五八条第三号は、その文言、趣旨からみて就労義務の正常な履行を確保するための服務規律のうち特に重要な職務秩序の違背に対する制裁を規定したものであつて、経営所属の財産確保のための服務規律たる右第八条違背の場合の制裁規定ではないから、同条による指示は右「職務上の指示」に該当しないと主張するが、右五八条第三号が右第八条違背の場合を除外するものであると解すべき合理的根拠はないので、右主張は採用しない。

しかして、前項までに認定した事実に徴すれば、原告の前記脱靴拒否行為は、右第五八条第三号のその余の要件たる職務上の指示に「不当に反抗し職場の秩序を紊した」場合に当たると解するのが相当である。

従つて、原告の右行為は、就業規則第五八条第三号に規定する懲戒事由に該当するので、これを否定する原告の前記主張は採用できない。

(三)  懲戒解雇処分の当否について

前項認定のとおり、就業規則第五八条には、「但し情状により出勤停止に止めることがある。」と定められているが、原告は、原告の前記脱靴拒否行為の就業規則違反の程度は極めて軽微であるのに、これをとらえて労働者にとつての極刑たる懲戒解雇の処分をしたのは右但書の解釈、適用態度は、検査員の度重なる説得にも拘らず極めて強固なものであつたのみならず、前掲乙第一八号証ないし第二〇号証、成立に争いのない乙第二二号証、第二三号証の一、二によれば、原告は、右行為の翌日である昭和三五年三月一二日に行なわれた到津電車営業所営業主任稲用正雄による事情聴取の際にも、靴は所持品ではない、靴まで検査することは基本的人権の侵害であるから労使協議会で決められたことであろうと労働協約に規定されていようと脱靴は拒否する、所持品検査に関する就業規則は知らない、今後も脱靴は拒否する等の趣旨のことを述べ、同主任の三時間余にわたる説得にもかかわらず、相変らず脱靴しないという態度を固執し続け、更に同月一五日行なわれた被告会社の事情調査に対しても誠実に調査に応じようとせず、終始反抗的態度を持ち続け反省の色がなかつたことが認められ、右認定に反する根拠はない。(Ⅳ)ところで一方、右に掲げた乙第二二号証、第二三号証の一、二と証人西谷清美の証言を総合して考えると、右三月一五日の被告会社の調査は、会社側代表五人が原告一人に対して尋問をするという形で行なわれたものであるが、原告としては、その席上に組合の代表者を参加させなかつたことに不満を感じたことも一つの原因となつて前記反抗的態度に出たものであること、組合の代表者を参加させなかつたのは、被告会社の参加要請にも拘らずこれが右代表者らによつて拒否されたためであるが、原告には右拒否の事実は告げられなかつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。しかして、右拒否の事実は当然原告に告知さるべきものであつて、この点を誤つたものであり、又懲戒権の濫用(裁量の誤り)でもあると主張するので、この点について考える。

原告の前記脱靴拒否行為の情状についてみると、(Ⅰ)これまでに認定した事実関係によれば、原告の右行為は被告会社にとつて看過することのできない重大な秩序違反であることが窺知できる。即ち、被告会社の収入の根幹をなす乗車賃等について、乗務員らによる不正領得等の件数がかなり多く、その発見方法としては所持品検査が最も有効であるのに、原告の右行為を看過すれば、原告に対する所持品検査は有名無実と化してしまうのみならず、ひいては他の従業員にも累を及ぼし更には靴のみならずその余の所持品についてまで検査拒否の事態が生ずる虞れがあるのである。かくては被告会社の企業の維持は重大な支障を来たすこととなる。(Ⅱ)前記のとおり、当日の脱靴による検査方法については、原告所属の組合の北九州支部で予め承認されており、原告も右方法による所持品検査が行なわれることやこれを右支部で承認していたことを知悉していたのみならず、証人坂本克己及び同木村健俊の各証言によれば、右検査の四、五日前に開かれた原告ら右支部所属の一部組合員で構成しているグループの会合において、右方法による所持品検査について討議が行なわれたが、その結果一応会社の指示に従つて脱靴することに話し合いができたことを認めることができ右認定に反する証拠はない。このような状況下において、あえて原告一人だけが前記のような言動で脱靴拒否に及んだことは、職場の規律を完全に無視したものというべきである。(Ⅲ)前記認定のとおり、原告の脱靴拒否の点において、被告会社にも原告の右反抗的態度についての一部の責任があつたものというべきである。

以上の外には情状として考慮に値するような事情の立証はない。ところで、右のうち(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の事情を合わせ考えると、右(Ⅳ)のような点を考慮に入れても、原告の右脱靴拒否行為の情状は相当悪質といわねばならず、右行為に対してなされた本件懲戒解雇処分を不当ということはできない。してみれば、本件懲戒解雇処分は前記但書の適用を誤つたものであり、懲戒権を濫用したものでもあるとの原告の前記主張は採用することができない。

(四)  結論

以上の検討によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は有効であつて、原告は、右懲戒解雇の通告が原告に到達した昭和三五年七月二一日以降被告会社の従業員たる地位を失つたものといわねばならない。

第二、出勤禁止の効力について

被告が原告に対し、前記脱靴拒否行為を理由として昭和三五年三月一七日付で懲戒を前提とする出勤禁止の通告をし、右通告が同日原告に到達したこと、右出勤禁止処分は、右脱靴拒否の行為が労働協約第四七条に基づく出勤禁止に該当する事由に当たるとしてなされたものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、原本の存在及び、成立に争いのない乙第一四号証によれば、被告会社と組合間の労働協約第四七条第二項には、「懲戒を前提とした出勤禁止を行なつたときは、その日から二十日以内に組合に提案する。」と定められていることを認め得るが、又一方同号証によると、右労働協約第三二条には、「会社は、組合員が左の各号の一に該当するときは解雇する。一、業務上の傷病により休業する者に打切り補償を行なつたとき。二、精神または身体の障害があるか、若しくは虚弱、老衰、疾病のため業務に耐えないと認められたとき。三、勤務状態が著しく不良なとき。四、論旨解雇また懲戒解雇処分を受けたとき。五、前各号の他、已むを得ない必要があるとき。」と、同第三三条には、「前条第一号から第四号までの解雇は、労使協議会で決定する。但し、提案された日から四カ月を経過しても解決しないときは、会社は、これを解雇することができる。前項の期間内に組合が地方労働委員会または地方裁判所に提訴したときは、その期間中、従業員としての身分を保障する。前条第五号の解雇は、前二項の規定にかかわらず組合と協議決定する。」と、同第三七条には、「懲戒は、左の五種とする。一、譴責 始末書を提出させ将来を戒める。二、減給 始末書を提出させ減給する。但し、一回の額が基本給の一日分の半額以内で、総額が一賃金支払期間の基本給総額の十分の一以内とする。三、出勤停止 始末書を提出させ十日以内出勤を停止し、その期間に対しては賃金を支払わない。四、論旨解雇 依願解雇扱いとし、退職金相当額を支払う。五、懲戒解雇」と、同第三八条には、「前条第一号から第三号までの懲戒処分は、支部労使協議会で決定する。第四号及び第五号の懲戒処分は、第三三条による。」とそれぞれ定められていることを認めることができる。右第三二条、第三三条、第三七条及び第三八条の各規定の趣旨を合わせ考えると、右第四七条第二項の規定は、懲戒処分の対象となる疑のある事由が発生した場合、所定の手続を経て懲戒処分の決定があるまで、当該従業員の出勤を禁じ得ることをも定めた趣旨のものと解釈することができ、右解釈を左右するような証拠はない。しかして、原告の右脱靴拒否行為は、前段までの判示によれば、明らかに懲戒処分の対象となる事由であるから、これを理由とし右労働協約の条項に則つてなされた本件出勤禁止処分は、有効なものということができる。

第三、賃金について

前段までに検討のとおり、本件懲戒解雇及びそれに先立つ出勤禁止の各処分は、いずれも有効なものである。従つて、右解雇が効力を生じた昭和三五年七月二一日以降においては、原告は、被告会社の従業員たる地位を失うと同時に当然賃金請求権も失うこととなるが、右出勤禁止処分がなされた同年三月一七日から右解雇の効力発生の日まで、即ち出勤禁止期間中の賃金請求権の有無及び額については、若干の検討を必要とするので、次にこの点について考察する。

一、出勤禁止期間中の賃金について

(一)  被告会社においては、原告のように労働協約第四七条に則つて出勤禁止処分を受けた者に対してはその期間中同第一五八条によつて平均賃金の一〇〇分の六〇を保障されることになつていること、その支払日及び計算期間については明文の定めがないので、この点は同第一二八条第一号後段の「日額で定められている者」についての規定を準用するのが従来からの慣行であつたことは、当事者間に争いがない。しかして、前掲乙第一四号証によれば、右労働協約第一五八条には、「会社が第四七条にもとづいて組合員の出勤または就業禁止をしたときは、その期間中、平均賃金の百分の六十を保障する。」と定められていること、又同第一二八条には、「賃金の計算期間及び支払日は、左の通りとする。但し、支払日が休日に当る場合は、その前日とする。」とあり、その第一号には基準賃金について、「基本給が月額で定められている者は、その月分を日額で定められている者は、前月十一日からその月十日までの分を毎月二十三日に支払う。」と規定されていることを、それぞれ認めることができる。ところで、右にいわゆる平均賃金の意義は、労働基準法第一二条所定の平均賃金を指すものと解釈するのが相当である。

(二)  そこで次に、右の原則に基づいて原告の平均賃金を算定してみる。

(1) 労働基準法第一二条第一項所定の、「算定すべき事由の発生した日」とは、前記の昭和三五年三月一七日である。しかして、右日以前原告が月給者として労働協約第一二七条及び第一二八条に基づき毎月二三日にその月分の基準賃金即ち基本給及び家族給と前月一一日からその月の一〇日までの分の基準外賃金即ち時間外労働手当、休日労働手当、深夜業手当等の支払いを受けていたことは、当事者に争いがなく、なお、前掲乙第一四号証によると、右の労働協約第一二七条には、「賃金体系は左の通りとする。」として、右のような内容の基準賃金及び基準外賃金を列記していること、同第一二八条第一号は前記のとおりであるが、同第二号には基準外賃金について、「前月十一日からその月十日までの分を毎月二十三日に支払う。」と規定してあることを認め得る。

してみれば、本件は、労働基準法第一二条第二項の「賃金締切日」がある場合に該当するところ、同項所定の「直前の賃金締切日」は、右の事実関係に徴すれば、基準賃金については同年二月末日、基準外賃金については同年三月一〇日ということになる。

(2) 右のように、賃金の種類によつて締切日を異にする場合には、締切日を同じくする賃金毎にそれぞれ別個に労働基準法第一二条所定の算出を行ない、その合算額をもつて同条の平均賃金とするのを相当と解する。

ところで、前記基準賃金についての同条所定の三ケ月の期間は、昭和三四年一二月一日から同三五年二月末日までとなり、右期間の総日数は九一日(同三五年は閏年)である。しかして、成立に争いのない乙第三〇号証の一と証人橋本尚行の証言によれば、右期間内に支払われた基準賃金月額は金一八、八〇〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はないので、右期間に原告に支払われた基準賃金総額は右金額に三を乗じた金五六、四〇〇円である。そうすると、基準賃金についての同条所定の平均賃金は、右金五六、四〇〇円を九一で除した金六一九円七八銭となる。

又前記基準外賃金についての同条所定の三ケ月の期間は、同三四年一二月一一日から同三五年三月一〇日までとなり、右期間の総日数は九一日である。しかして、右に掲げた各証拠によると、右期間に支払われた基準外賃金は、同三四年一二月一一日から同三五年一月一〇日までの分金九、〇三八円、同月一一日から同年二月一〇日までの分金七、四二五円、同月一一日から同年三月一〇日までの分金四、五七九円、総額金二一、〇四二円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうとすれば、基準外賃金についての同条所定の平均賃金は、右金二一、〇四二円を九一で除した金二三一円二三銭となる。

よつて、原告の同条による平均賃金は、右各賃金についての平均賃金の合算額である金八五一円一銭である。

(3) なお、原告は、昭和三五年四月に被告会社の全従業員に対する定期昇給が行なわれたから、右昇給分を平均賃金に算入すべきであると主張する。しかしながら、成立に争いのない乙第三一号証と証人橋本尚行の証言を合わせ考えると、原告主張の頃その主張のような昇給が行なわれたことは事実であるが、右昇給の時期については、月給者は同年四月一日、日給者は同年三月一一日発令とされていることが認められ右認定に反する証拠はないので、この点においてすでに右昇給は原告の平均賃金の算出に影響なきものというべきである。何となれば、もともと労働基準法所定の平均賃金は、算定事由の発生した日ないしはその直前の賃金締切日以前三ケ月間に当該労働者に対し現実に支払われ又は支払われることが確定した賃金に基づいて算定さるべきものであり、右期間後に昇給があつても、それが右期間に遡つて適用される場合でない限り影響を及ぼすべきものではないところ、右発令の時期は原告の平均賃金算定についての前期基準期間に遡らないからである。従つて、原告の右主張は採用しない。

(三)  右平均賃金の一〇〇分の六〇は、金五一〇円六〇銭となるので、結局出勤禁止期間中原告は、毎月二三日に右金額に前月の一一日から当月の一〇日までの日数を乗じた金額の支払いを受ける権利があつたものということができる。

二、被告会社の支払額の検討

被告会社が、原告に対し、前記出勤禁止期間中、出勤禁止者に対する被告会社の前記のような一般的取扱い例に従つて、平均賃金の六〇%を保障するという取扱い方をしたことは、当事者間に争いがなく、前掲乙第三〇号証の一と証人橋本尚行の証言によれば、右の平均賃金の六〇%は、日額金五一〇円六二銭の割合で、右期間中毎月所定の日に原告に支払われたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  結論

以上の検討によれば、出勤禁止期間中原告に対して支払わるべき金額はすべて支払済みであるということができるので結局原告の被告に対する賃金支払請求権は全然存在しないことになる。

第四、結語

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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