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福岡地方裁判所 昭和31年(行)17号 判決 1958年6月26日

原告 高松定省

被告 国

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「福岡県知事が別紙目録記載の農地につき、昭和二十二年十月二日を買収の時期としてなした買収処分の無効であることを確認する。予備的請求として被告は原告に対し、金百万円及びこれに対する昭和三十一年六月十二日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに金員支払の部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、八幡市農地委員会は、昭和二十二年九月五日、原告所有にかかる別紙目録記載の農地(以下「本件農地」という)につき、同年十月二日を買収の時期とする農地買収計画を樹立し、福岡県知事は、その頃右買収計画により、原告に対し買収令書を交付して、本件農地を買収する旨の処分をなした。

二、しかしながら、右買収処分には、次のような重大且つ明白な違法があるから無効である。

(一)  本件買収処分には、その根拠法条が明確でない違法がある。

およそ、法治国家にあつては、国民の権利を侵害するような行政処分はその根拠法条を明確にしてなされなければならないのであつて、根拠法条が明確でない行政処分は当然無効であると解すべきところ、前記買収計画樹立の際の八幡市農地委員会の際の八幡市農地委員会の議事録には、同委員会は、本件農地を旧自作創設特別措置法(以下「自創法」という)第三条第一項第二号に該当する小作地として、買収計画を樹立した旨記載されているが、これに反し、同委員会備付の審議表には、本件農地は同第三号に該当する小作地として、買収計画を樹立すべく審議されたことが記載されている。なおまた、原告の昭和三十年五月四日付の陳情にもとづいて、八幡市農業委員会事務局長が原告に交付した同年九月十日付の「回答書」には、本件農地は同法第三条第一項第二号に該当する小作地として、買収計画を樹立されたものであるかのような趣旨の記載がある。それ故、八幡市農地委員会は、本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収計画を樹立したのか、或いはまた同法第三条第一項第三号に該当する小作地として買収計画を樹立したのか、全く不明である。

従つて、右買収計画にもとづいてなされた本件買収処分は、その根拠法条が明確でない違法があり無効である。

なお、仮に、本件農地が前記議事録記載のように自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収されたものであるとすれば、本件農地は同号所定の小作地に該当しないし、また、審議表記載のように同第三号に該当する小作地として買収されたものであるとしても、議事録によれば八幡市農地委員会は本件農地を同号に該当する小作地としては買収計画を樹立していないのであるから、いずれにしても本件買収処分が違法たることに変りなく、その違法は重大且つ明白であるので、右処分は無効であるといわなければならない。

(二)  本件買収処分には、買収すべからざる農地を買収した違法がある。

本件農地のうち別紙目録記載の第二乃至第五の各農地(以下単に「第二乃至第五の農地」という)は、もともと原告がその家族とともに自作していたのであつたが、原告が昭和十七年四月十八日応召し、原告方は手不足となつて自作を継続することができなくなつたため、原告の妻ハル子は、やむをえず昭和十九年稲作より原告の復員するまでの間という条件で、次表のとおり右各農地を一時他に小作せしめるに至つたのである。

農地の表示

買収当時の小作人とされた者

小作地となつた経過

第二の農地

岩田武雄

昭和十九年稲作より石松兵太郎に小作させていたものである。

第三、四の農地

高松治喜

昭和十九年稲作より朝鮮人完山昌那に小作させたが、終戦後同人が帰国したので、木村某に昭和二十一年から昭和二十二年まで小作させ、買収当時には高松治喜に小作させていたものである。

第五の農地

白石敏美

昭和十九年稲作より朝鮮人完山昌那に小作させたが、終戦後同人が帰国に際し無断で白石敏実に耕作させたのを原告の妻が承認し、右白石に昭和二十一年から小作させていたものである。

ところで原告は、昭和二十一年三月二十八日復員したのであるが、当時右各農地についてはその小作人らにおいて既に作付の準備を完了していたので、約旨に従つて直ちにその返還をうけるのも酷にすぎると考え、且つまた、原告自身も戦傷戦病のため暫時休養を要する状態であつたので、右各農地の返還を一時猶予していたところ、本件農地買収が実施されることとなつたのである。

このように、第二乃至第五の農地は、原告の応召というやむをえない事由によつて、原告が自ら耕作することができなかつたため一時他人に小作せしめたのであり、また原告が復員後直ちに右各農地の返還をうけて自作しなかつたのは原告の疾病等というやむをえない事由によるものであつて、原告は、買収計画樹立当時、右各農地を耕作する意思を放棄していたものではなく、原告の健康が回復次第自作する心算であつたのである。即ち、右各農地は、自創法第五条第六号のいわゆる一時賃貸の小作地であつて、しかも原告が近く自作するものと認められ、且つその自作を相当と認められる事情の下にあつたのである。それ故、八幡市農地委員会は、本件農地のうち第二乃至第五の農地については自創法第五条第六号の一時賃貸の小作地で且つ買収より除外すべき農地に該当すると解して、本件買収より除外すべきであつたにも拘らず、同委員会は、これに反して買収計画を樹立したのであるから、右計画樹立にはいわゆる法規裁量を誤つた違法があるといわなければならない。

従つて、右違法な買収計画にもとづく本件買収処分も当然違法なものというべく、その違法は重大且つ明白であるから、右処分は当然無効がある。

(三)  本件買収処分には、原告の不服申立の機会と手段とを奪つてその手続がなされた違法である。

八幡市農地委員会委員池田栄蔵及び同補助員岩田武雄の両名は、買収計画樹立直前、同委員会の申合せ乃至はその指示にもとずいて、原告居住部落内の農地買収関係者を同部落内の一民家に集め農地買収についての説明会を開催したが、その席上、池田委員は、「自作地と雖も二町五反の保有しか認められず、それを超過すれば県令によつて当然買収される。」旨誤つた説明をなした。そのため原告は、前記第二乃至第五の農地は一時賃貸の小作地であると考えながらも、買収計画で原告の保有する自作地及び一時賃貸の小作地の合計が二町五反となつている以上、不服申立をなす実益はないものと誤信し、買収計画に対する異議の申立、訴願をしなかつた。勿論本件買収処分についても、出訴期間内にその取消訴訟等を提起しなかつた。

これは明らかに、八幡市農地委員会若しくは同委員会委員池田栄蔵が故意又は過失にもとづいて、原告より、買収計画及び買収処分に対する不服申立の機会と手段を奪つたものというべく、このような経緯のもとになされた本件買収処分は違法で、その違法は重大且つ明白であるから、右処分は当然無効である。

(四)  以上、いずれの点よりするも、本件買収処分は無効であるから、原告は被告に対し右処分の無効であることの確認を求める。

三、仮に、本件買収処分の無効確認請求が理由がないとするならば、原告は被告に対し国家賠償法にもとづいて損害賠償の請求をする。

(一)  前記二において主張したような違法は、たとえ本件買収処分を当然無効ならしめる瑕疵に該当しないとしても、右処分を取消しうべき瑕疵には該当するというべきところ、本件買収処分については既に取消訴訟の出訴期間を経過しているため、その取消を求めることはできないのであるが、このことは右処分の違法性までも治癒するものではない。

ところで、前記二の(三)において主張したように、八幡市農地委員会委員池田栄蔵は、農地買収に関する説明会の席上、関係法令の正しい説明をなすべき職務上の義務があつたのに拘らず、誤つた説明をなし、以つて、政府をして本件農地を違法に買収せしめるとともに、原告より本件買収処分に対する不服申立の機会と手段を奪つて取消訴訟の出訴期間を徒過せしめ、原告が前記二の(二)の違法を理由として本件買収処分の取消を求めうることを不可能ならしめたのである。

(二)  かくて原告は、次のような損害を蒙つたことになる。

即ち、違法な本件買収処分がなされなかつたならば(或いは取消されたならば)、原告は現在なお本件農地の所有権者たりうるのであるから、(1)現在本件農地を所有していないことによる損害として、現在における本件農地の素地価格(純粋な所有権価格)相当額の少くとも金六十万円(素地価格は、農地の時価の三分の一の価格を下ることはないところ、本件農地の時価は坪当り金一千円で合計金百九十八万円である)(2)本件買収処分後現在に至るまで約八年間、原告が本件農地を耕作できなかつたことによる損害として、その間の離作保償金相当額として金百三十七万二千八百円(現在本件農地の近傍の農地一反歩に対する一年間の離作補償金は二万六千円であるから、本件農地約六反六畝に対する八年間の補償金分)の合計金二百三万二千八百円を下らない損害を蒙つたことになる。

(三)  結局、これらの損害は、被告国の公務員である八幡市農地委員会委員池田栄蔵がその職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に原告に加えた損害であるというべきである。なおまた、これらの損害は、右池田委員の誤つた説明によつて原告の不服申立の機会と手段を奪つたまま、八幡市農地委員会が違法に買収計画を樹立し、政府をして本件農地を違法に買収せしめたことによるものともいえるから、同委員会自体がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に原告に加えた損害ともいうべきである。しかも、違法な買収処分によつて当然生ずべきことが予見されていた損害であるから、原告はいわゆる特別損害としての賠償を求めうるものである。

(四)  よつて、原告は、国家賠償法にもとづいて被告国に対し、前記損害金の内金として金百万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十一年六月十二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の過失相殺の抗弁を否認した。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因一の事実を認める。

二、(一)(1) 請求原因二の(一)の事実のうち、買収計画樹立の際の八幡市農地委員会の議事録及び同委員会備付の審議表に原告主張のような記載があること、八幡市農業委員会事務局長が原告に対し、昭和三十年九月十日付の「回答書」を交付したことは認めるが、その回答書に原告主張のような趣旨の記載があることを否認する。

(2) 本件農地は、自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として買収されたもので、本件買収処分につきその根拠法条が明確でないということはない。即ち、原告は、本件買収計画樹立当時、自作地二町三反二十八歩及び小作地八反一畝二十三歩計三町一反二畝二十一歩を所有していたので、八幡市農地委員会は、右小作地のうち六反二畝二十一歩(原告所有の農地三町一反二畝二十一歩から福岡県における所定の保有面積である二町五反を控除した面積の小作地)を自創法第三条第一項第三号により買収すべきものとして買収計画を樹立し、福岡県知事は右買収計画にもとづいて本件買収処分をなしたのである。

もつとも、買収計画樹立の際の八幡市農地委員会の議事録には、前記のように同委員会は本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収計画を樹立したかのように記載されているが、これは審議の過程を如実に反映するものではなく、議事録作成者が誤記したものである。このことは、同委員会が本件農地を同法第三条第一項第三号に該当する小作地として審議表(買収計画樹立に先立ち同委員会において自創法運営のために必要な事実を調査し、買収計画樹立の便益に供するために作成される書類)を作成しており、また福岡県における同法第三条第一項第二号所定の保有面積は八反であるが、本件買収計画では前記のとおり同第三号所定の保有面積である二町五反を超える部分を被買収地としていること、及び原告と同様に同第三号に該当するとして買収されている者も、右議事録には同第二号に該当する小作地の所有者として記載されていることに徴しても明らかである。

即ち、右のような議事録における誤記は、単に行政庁内部の備付書類の記載に瑕疵があるというに止まり、本件買収計画ひいて買収処分自体の無効を招くものではない。

なお買収計画を定めたときには、遅滞なく公告し、且つ買収すべき農地の所有者の氏名又は名称及び、住所、買収すべき農地の所在、地番、地目及び面積、また対価、買収の時期を所定の期間縦覧に供すれば足りるのであつて(自創法第六条第五項)、特に買収が自創法のいかなる法条によつてなされたかを明示する特段の定めはないのである。

(二)(1) 請求原因二の(二)の事実のうち、原告がその主張の日に応召したことは認めるが、復員の日は不知、その余の事実はすべて否認する。

(2) 本件農地のうち第二乃至第五の農地も、次表のとおり原告の応召以前からの小作地であつて一時賃貸の小作地ではないから、自創法第五条第六号を適用すべきものではない。

農地の表示

小作地となつた経過

第二の農地

昭和十二、三年頃から買収当時まで石松某が小作していたものである。

第三、四の農地

昭和十年頃から昭和二十年十一月まで山田某が、その後買収当時まで高松治喜が小作していたものである。

第五の農地

昭和十二、三年頃から昭和二十年十一月まで金山某が、その後買収当時まで白石敏実が小作していたものである。

仮に、右第二乃至第五の農地が原告主張のように一時賃貸の小作地であり、八幡市農地委員会が自創法第五条第六号に違反して買収計画を樹立した違法があるとしても、農地が一時賃貸の小作地であるか否かは外観上明白でないから、右の違法は買収計画の無効原因とはなりえず、従つて本件買収処分も当然無効とはいえない。

(三) 請求原因二の(三)の事実のうち、池田栄蔵が八幡市農地委員会の委員であつたこと、及び原告が本件買収処分について訴願しなかつたことは認めるが、岩田武雄が同委員会の補助員であつたこと、及び本件買収計画樹立前に原告主張のような説明会がありその席上で右池田委員が原告主張のような説明をしたことは不知、八幡市農地委員会若しくは同委員会委員池田栄蔵が原告より本件買収計画及び買収処分に対する不服申立の機会と手段を奪つたとの主張を否認する。

仮に、買収計画樹立前に右池田委員が原告主張のような説明をしたとしても、買収計画または買収処分の有効無効は処分自体に重大且つ明白な瑕疵があるかどうかによつて決すべきものであつて、一農地委員の言動の如何によつてその効力が左右されうるものではないから、本件買収処分が直ちに当然無効となるいわれはない。

三、(一) 請求原因三の各事実を否認する。

(二) 本件買収計画、ひいて買収処分には原告主張のような違法はなく、また八幡市農地委員会委員池田栄蔵が原告主張のような誤つた説明をなした事実はないから、被告に原告主張のような損害賠償義務はない。仮に、本件買収処分が違法で且つ池田委員が原告主張のような説明をなし、本件買収処分に対する原告の不服申立の機会と手段を失わしめたとしても、本件買収計画樹立直前に八幡市農地委員会自体が農地買収についての説明会を開催したことはないから、右池田の行為は農地委員の職務の執行についてなされたものとはいいがたい。

仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、その賠償額を争う。即ち、被告の賠償額は、原告がその所有権を喪失するに至つた本件買収処分当時における本件農地の時価(交換価値)相当額であつて、しかも、買収処分当時における時価は本件農地の将来生ずべき通常の使用収益の利益をも包含しているものであるから、これ以上に出でないものである。

(三) なお、過失相殺を主張する。即ち、本件買収処分が違法であるならば、原告は訴願或いは訴訟手続により容易にその取消を求めえたに拘らず、漫然とこれを放置し、その救済の機会を失つたのは原告の過失によるものであるから、その賠償額の算定にはこれを斟酌すべきである。

と述べた。

(立証省略)

理由

一、八幡市農地委員会が昭和二十二年九月五日、原告所有の本件農地につき、同年十月二日を買収の時期とする農地買収計画を樹立し、福岡県知事がその頃右買収計画により原告に買収令書を交付して、本件農地を買収する旨の処分をなしたことについては当事者間に争がない。

二、ところで、原告は右買収処分は無効であると主張するので、以下判断する。

(一)  まず、原告は無効理由として、「本件買収処分にはその根拠法条が明確でない違法がある。」と主張するので考えてみる。

前記買収計画樹立の際の八幡市農地委員会の議事録に、同委員会は本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収計画を樹立した旨の記載があること、他方、同委員会備付の審議表には、本件農地は同第三号に該当する小作地として買収計画を樹立すべく審議されたことが記載されていることについては当事者間に争がないから、八幡市農地委員会は本件農地を自創法のどの条項に該当する小作地として買収計画を樹立したのか、一見不明確であるといわなければならない(なお、八幡市農業委員会事務局長が原告に対し昭和三十年九月十日付の「回答書」を交付したことは当事者間に争がないのであるが、成立に争のない甲第二号証の一、二によると、同回答書の記載中に原告主張のごとく本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収したとの趣旨を含んでいるとは認め難いのである)。

しかしながら、成立に争のない乙第一、二号証の各一、二及び同第七号証、証人矢野弘の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件買収計画樹立当時、原告はその住所のある八幡市の区域内において、自作地二町三反二十八歩、小作地八反一畝二十三歩合計三町一反二畝二十一歩を所有していたこと、従つて原告所有の小作地が自創法により買収されるとするならば、在村地主が自作地と小作地とを併有している場合として、当然同法第三条第一項第三号の規定により買収されるべき筋合であつたというべきところ、八幡市農地委員会は、本件買収計画樹立に先立ち、買収事務の運営を円滑ならしめるために必要な事項を調査したうえ審議表を作成した際、本件農地を同号に該当する小作地として買収計画を樹立すべきものとしていること、本件買収計画によつて、原告はその所有小作地のうち一反九畝二歩の保有を認められ、六反二畝二十一歩(本件農地の合計面積)を買収されることに定められたのであるが、これは原告の所有農地三町一反二畝二十一歩から二町五反を控除した面積の小作地に該当すること、そして、この二町五反というのは福岡県における自創法第三条第一項第三号所定の保有面積に相当すること、などの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠は存しない。

これらの認定事実によると、八幡市農地委員会は本件農地を自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として買収計画を樹立したものであることは明瞭であるといわねばならない。

もつとも、前記のように、買収計画樹立の際の八幡市農地委員会の議事録には、同委員会が本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収計画を樹立したかのように記載されているのであるが、成立に争のない乙第三、四号証によると、前記議事録には自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として買収計画が樹立された農地に関しては全く記載がなく、また原告と同様に、前記審議表においては同号に該当する小作地として買収計画を樹立すべきものとされているものも、議事録には同第二号に該当する小作地の所有者として記載されているなど、議事録には不備な点があることが認められるし、これらの事実に徴するとき、議事録に自創法第三条第一項第二号に該当する農地として買収計画を樹立するとあるのは、同第三号に該当する農地のそれの誤記であるものと解すべきである。

それ故、前記議事録の記載をもつて、八幡市農地委員会は本件農地を自創法第三条第一項第二号に該当する小作地として買収計画を樹立したものであるということはできない。

以上要するに、八幡市農地委員会は、本件農地を自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として買収計画を樹立したことが明らかであるから、原告主張のように本件農地を同法のどの条項に該当する小作地として買収計画を樹立したのか不明であるということはできない。

従つて、右買収計画にもとづいてなされた本件買収処分に、その根拠法条が明確でないという違法は存しないから、原告の主張は理由がない(なお議事録に前記のような不備な点があるとしても、その不備は議事録自体の瑕疵というべく、買収計画ひいて買収処分自体の効力に影響を及ぼすものとは解し難い)。

(二)  次に、「本件買収処分には、買収すべからざる農地を買収した違法がある。」との原告の主張について考えてみる。

(1)  原告が昭和十七年四月十八日応召したことは当事者間に争がなく、この事実に加えて、証人石松コイシの証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証及び証人高松ハル子の証言によつて真正に成立したと認められる同第七号証の一、二、証人岡本芳雄、同高松ハル子、同石松コイシ、同木村つや子、同高松治喜、同岩田武雄及び同白石敏実の各証言(但し証人岩田武雄、同白石敏実の証言については後記信用しない部分を除く)、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、もともと原告は、その家族とともに雇人をも使用して本件農地のうち第二乃至第五の農地を含む約二町三反の農地を自作していたが、原告が昭和十七年四月十八日応召し、原告方は手不足となつたため右農地の自作を継続することが困難になつたこと、そこで原告の妻ハル子は、やむをえず約八反のみを自作地として残したほかはすべて他人に小作せしめることとし、第二乃至第五の農地も昭和十九年の稲作より原告が復員するまでの間という条件で次表のとおり他に賃貸したこと、かくて右第二乃至第五の農地は自作地より小作地となつたのであるが、その後同表のとおり小作人に変更があつたとはいえ、昭和二十二年九月五日の本件買収計画樹立当時も引続き小作地のままであつたこと、なお原告は、昭和二十一年三月二十八日に復員していたのであるから、本件買収計画樹立当時における右第三、四の農地の小作人であつた高松治喜原告の叔父は、原告の復員後に小作人となつたのであるが、これは原告が買収計画樹立直前に買収されることを見越して特に原告の親戚たる治喜に小作せしめたものであることが認められ、右認定に反する証人矢野弘、同岩田武雄及び白石敏実の各証言は信用し難く、他にこれを覆すに足りる証拠は存しない。

農地の表示

小作地となつた経過

第二の農地

昭和十九年稲作より石松勲方(湧本兵吾)に小作させ、同人方が買収計画樹立当時まで引続き耕作していた。

第三、四の農地

昭和十九年稲作より朝鮮人完山昌那に小作させていたところ終戦後同人が帰国したので、昭和二十年麦作よりは木村東吉に小作させたが、その後買収計画樹立直前に至つて同人より返還をうけたうえ高松治喜に小作させ、当時同人が耕作していた。

第五の農地

昭和十九年稲作より朝鮮人完山昌那に小作させていたところ終戦後同人が帰国したので、昭和二十年麦作より白石敏実に小作させ、同人が買収計画樹立当時まで引続き耕作していた。

以上の認定事実によると、本件農地のうち第二乃至第五の農地は少くとも当初は、原告の応召というやむをえない事由によつて原告が自ら耕作することができなかつたため、一時他人に賃貸耕作せしめた、自創法第五条第六号のいわゆる一時賃貸の小作地であつたと解するのが相当である。

(2)  ところで、市町村農地委員会が自創法第五条第六号のいわゆる一時賃貸の小作地を除外しないで買収計画を樹立したことが違法であるというためには、当該小作地について賃貸人が近い将来自作農となるものと認められ且つその自作化が相当とされる事情の認められることが必要であると解されるから、以下前記第二乃至第五の農地についてはこの点を検討してみる。

成立に争のない甲第一号証の一乃至三に証人高松ハル子の証言並びに原告本人尋問の結果を併せ考えると、原告は、前記のように昭和二十一年三月二十八日復員したのであるが、応召中に湿性胸膜炎、坐骨神経痛等に罹患したため、復員直後は未だ健康を充分に回復していなかつたことが認められるので、原告が復員後第二乃至第五の農地を小作人より返還をうけて自作しなかつたのは、原告の疾病というやむをえない事由によつて自ら耕作することができない状態にあつたためではないか、他面原告としては近く自作する意思を有していたのではないか、と一応いえないではない。

しかしながら、前記(1)に掲げた各証拠(証人高松ハル子の証言及び原告本人尋問の結果については後記信用しない部分を除く)並びに検証の結果を綜合すると、原告の復員後本件買収計画樹立までには約一年六ケ月の期間が経過していて、原告の健康状態も回復し、買収計画樹立当時原告は居住地区の農事実行組合長をも勤めていたこと、原告の応召中原告方において自作していた農地は約八反であつたが、原告の復員後小作地の返還をうけて買収計画樹立当時には、自作地が二町三反二十八歩、小作地が本件農地を含めて八反一畝二十三歩となつていたこと、そして、右自作面積は、原告の応召前の自作面積とほぼ一致し、福岡県における自作農の耕作面積として少いとはいえないこと、原告は右のように復員後買収計画樹立当時までの間に小作地の返還をうけて自作地の増加を図つたのに拘らず、本件農地については何ら小作人らにその返還を要求したことなく、また原告の健康回復後も直ちに返還してくれるよう要求したこともなく、かえつて小作人らに引続き耕作させていること、もつとも第三、四の農地については、原告は小作人の木村東吉より返還をうけたのであるが、これは買収されることがほぼ内定していた買収計画樹立直前のことであつて、しかも原告は直ちにまた叔父の高松治喜に小作させていること、従つて買収計画樹立当時、原告において第二乃至第五の農地を自作する意思があつたとは認め難いこと、なお原告は応召前もその所有農地全部を自作していたわけではなく、一部を小作地として他人に耕作させていたこと、などの事実が認められ、以上の認定に反する証人高松ハル子の証言及び原告本人尋問の結果はにわかに信用し難く、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

これらの事情を考慮すると、前記のように当初本件農地のうち第二乃至第五の農地が自創法第五条第六号のいわゆる一時賃貸の小作地であつたとしても、本件買収計画樹立当時原告がこれらの農地を小作人らに耕作させていたのは、その主張のごとく原告の疾病というやむをえない理由によるものではなく、また小作人らが耕作の準備をしていたのでその返還を一時猶予していたためとも解し難いのみならず、なお、当時においては、原告がこれらの農地を近く自作するものと認めるのを相当とするような事情下にはなかつたといわなければならない。

それ故、八幡市農地委員会が第二乃至第五の農地を一時賃貸の小作地として除外せずに買収計画を樹立した場合、右につき自創法第五条第六号の法規裁量を誤つた違法はないといわなければならない。

従つて、右買収計画にもとづいてなされた本件買収処分に、買収すべからざる農地を買収した違法は存しないから、原告の前記主張は理由がない。

(三)  次に、「本件買収処分には原告の不服申立の機会と手段とを奪つてその手続がなされた違法がある。」との原告の主張について考えてみる。

(1)  成立に争のない甲第八号証に証人池田栄蔵、同菊原巖及び同岩田武雄の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、八幡市農地委員会は、本件買収計画樹立にあたり買収手続の円滑な運営を図るため、各農地委員が担当地区毎に説明会を開催して買収関係者に指導する方針をとつていたこと、原告居住部落の担当農地委員は池田栄蔵(同人が八幡市農地委員会の委員であつたことについては当事者間に争がない)、同補助員は岩田武雄であつて、同人らは同部落の買収関係者に対しては説明会を開催せず個々に指導したのであつたが、右池田委員は、原告の「応召による一時賃貸の小作地は買収除外例に該当するのではないか」という趣旨の質問に対し、「県令によつて自作地と雖も二町五反の保有しか認められず、それを超過すれば当然買収される」旨を説明したこと、そこで原告は、自己の所有地が二町五反を超過する以上買収されるのもやむをえないとして、買収計画に対する異議の申立、訴願をせず、また出訴期間内に本件買収処分の取消訴訟等も提起しなかつた(原告が訴願をしなかつたことについては当事者間に争がない)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

ところで、福岡県における自創法第三条第一項第三号所定の保有面積が二町五反であることは、前にも認定したとおりであるが、この二町五反というのは、同号即ち在村地主が自作地と小作地とを併有する場合における保有面積であつて、耕作の適正な自作農の自作地についてはその制限をうけるものではない。また、同法第五条各号に該当する農地、即ち自作農が一時賃貸の小作地を有する場合で市町村農地委員会が近く自作するものと認め且つその自作を相当と認める農地などについては、政府は買収をしないのであるから、その結果同法第三条第一項第三号所定の農地の所有者でも二町五反以上の農地を保有するに至ることがありうることも、同法の規定上明らかである。

従つて、八幡市農地委員会委員池田栄蔵の原告に対する前記説明は、(これは八幡市農地委員会自体のなした行為とは解し難い)自創法及びその関係法令の誤解にもとづくものというべく、これによつて原告は買収計画に対する異議の申立訴願、買収処分に対する取消訴訟の提起など不服の申立をしなかつたものといわなければならない。

(2)  しかしながら、原告が右のように何らの不服申立もしなかつたというのは、事実上不服申立権を行使しなかつたというにすぎず、原告が不服申立をなすことを禁止されていなかつたことは、原告の主張自体に徴し明らかなところである。しかも、前記(一)(二)における判断で明らかなように、本件農地は、元来自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として当然買収されるべき農地に該当し、同法第五条第六号によつて買収を免れる農地には該当しないのであつて、買収計画は前記池田委員の誤つた説明乃至見解とは全く関係なく、自創法の正当な解釈のもとに樹立され、これにもとづいて本件買収処分はなされたのである。従つて、仮に、池田委員が誤つた説明をせず、原告において本件買収処分に対する取消訴訟を提起していたとしても、右処分に何ら違法な点はないのであるから、右処分が取消又は変更されるようなことはありえなかつたであらうといえるのである。

これらのことを考え合せると、前記のように、池田委員の誤つた説明のために原告が事実上不服申立をしなかつたからといつて、本件買収処分に原告の不服申立の機会と手段とを奪つてその手続がなされた違法があると解するのは相当でなく、また本件におけるごとき買収計画樹立前における一農地委員の説明の誤りが直ちに買収手続における瑕疵とはいい難いから、本件買収処分の効力に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。

従つて、原告の前記主張も理由がない。

(四)  以上要するに、本件買収処分には原告主張のような違法の点はないから、原告の本件買収処分の違法を主張してその無効確認を求める請求は理由がないといわなければならない。

三、そこで、進んで原告の損害賠償請求について判断する。

原告の本件損害賠償請求は、(1)八幡市農地委員会委員池田栄蔵が誤つた説明をなして原告の本件買収計画乃至買収処分に対する不服申立の機会と手段を奪い、更には不服申立の機会と手段を奪つたまま同委員会が買収計画を樹立し、政府をして本件農地を違法に買収せしめたこと、(2)本件買収処分に買収すべからざる農地を買収した違法があり、その違法が少くとも取消しうべき瑕疵に該当すること、を前提としていることは、その主張自体に徴し明らかなところ、既に前記二の(二)(三)において判断したとおり、本件買収処分は原告の不服申立の機会と手段とを奪つてその手続がなされた違法なものであるとは解し難く、また本件買収処分には買収すべからざる農地を買収した違法もないのである。

従つて、原告の本件損害賠償請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく理由がないといわなければならない。

四、よつて、原告の本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野謙次郎 藤野英一 竪山真一)

(別紙目録省略)

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