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福岡地方裁判所 昭和29年(行)18号 判決 1956年3月14日

原告 前田幸作

被告 小西春雄 外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は福岡市議会議長、副議長及び議員に対し福岡市報酬及び費用弁償条例第七条に基き期末手当を支給してはならない。被告等は連帯して福岡市に対し金三百四十万四千百二十五円及びこれに対する昭和二十九年八月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

「被告小西は昭和二十六年四月から福岡市長の職にある者、被告藤田は昭和二十七年二月から福岡市収入役の職にある者であるところ、被告小西は昭和二十八年十二月二十二日福岡市報酬及び費用弁償条例第七条の『夏期及び年末において市長が定める日に在職する市議会議長、副議長及び議員並びに教育委員会委員長、副委員長及び委員に対しては予算の範囲内において市長が定める額を期末手当として支給する。』との規定に基ずき市議会議長、副議長及び議員に対する同年の年末手当を支給するため同年度福岡市歳出補正予算中から金二百十二万四千二十五円の支出を命令し、被告藤田は右命令に基ずき同月二十八日までの間に右金額を支出した。更に被告小西は昭和二十九年七月中右条例第七条の規定に基ずき市議会議長、副議長及び議員に対する同年の夏期手当を支給するため同年度福岡市歳出予算中から金百二十八万円の支出を命令し、被告藤田は右命令に基ずき同月中に右金額を支出した。

ところで地方自治法第二百三条には「普通地方公共団体はその議会の議員等に対し報酬を支給しなければならない。右議員等は職務を行うために要する費用の弁償を受けることができる。」旨及び「報酬及び費用弁償の額並びにその支給方法は条例でこれを定めなければならない。」旨の規定があり、この立法趣旨は条例の議決権、予算決算の審議権等強大な権限を有する普通地方公共団体の議会の議員等が受ける給与その他の給付はこれを条例中に明確かつ詳細に規定して当該普通地方公共団体の住民がその内容を容易に知りうる状態におき、以つて右議員等がその権限を濫用し、うやむやのうちにいわゆるお手盛りの給付を受けるのを禁止することにあるから、右規定はこれを厳格に解すべく、(一)議員等の労務の対価たる性質を有する給与は報酬の名目においてのみ支給すべく期末手当、研究費等の不明確な名目による支給は許されず、(二)仮りにそれが許されるとしても各議員等に対する期末手当の支給額の決定を普通地方公共団体の長に委任することは許されないものと解しなければならない。

従つて前記の福岡市報酬及び費用弁償条例第七条の規定は右(一)(二)のいずれの理由によるも地方自治法第二百三条の規定に違反し無効のものと云うべきであるから、同条例第七条に基ずき被告等が福岡市議会議長、副議長及び議員に対してなした前記の期末手当の支出はいずれも地方自治法の右規定に違反する違法の支出と云わなければならない。

そこで、福岡市の住民である原告は昭和二十九年八月二十五日福岡市監査委員に対し地方自治法第二百四十三条の二第一項の規定に従い被告等が前記のごとく昭和二十八年年末及び同二十九年夏期の二回にわたつてなした合計金三百四十万四千百二十五円の違法な支出の監査及び同二十九年の年末手当の支給に当てらるべき同年度福岡市歳出予算中金二百十一万八千六百円の支出禁止の措置を請求したが、監査委員はその監査の結果同条の二第二項により同年九月十三日原告に対し被告等がなした前記支出は公金の違法若しくは不当な支出に該当しない旨を通知した。

しかしながら原告は監査委員がなした右監査の結果に不服であるから同条の二第四項により被告等が将来福岡市議会議長、副議長及び議員に対し前記条例の無効の規定にもとづき違法な期末手当を支給することの禁止並びに被告等の前記違法支出により福岡市が蒙つた損害額金三百四十万四千百二十五円及びこれに対する右支出後である昭和二十九年八月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の補てんを求める。」(立証省略)

被告等訴訟代理人は先ず「主文同旨」の判決を求め、本案前の抗弁として次のとおり述べた。

「(一) 地方自治法第二百四十三条の二の訴においても民事訴訟法の一般原則に従い、その訴の被告たるべき者は訴訟の目的に利害関係を有し、その判決により直接に権利に影響を受ける者又は争の完全な解決のためその関与が必要と認められる者でなければならない。しかして同法第二百三条によれば普通地方公共団体の議会の議員等に対し報酬等を支給するのは当該普通地方公共団体であるから、右訴に対する判決により直接に権利に影響を受ける者は当該普通地方公共団体又はそれを代表してその事務を執行するその長たる者でなければならないと解するのを相当とする。しかるに本件訴は福岡市又は同市長を被告とすることなく、右判決によりその権利に直接の影響を受けない小西及び藤田個人を各被告としたものであつて不適法な訴と云うべきである。

(二) 地方自治法第二百四十三条の二の訴は普通地方公共団体の職員の腐敗行為等を防止又は匡正するため同条により始めて認められた特殊の訴であつて同条に規定する訴の要件に該当する場合にのみその提起が許されるのである。しかして右訴は監査委員に対する監査の請求をその訴提起の前置手続としているから、その訴の対象となりうる普通地方公共団体の長、収入役等の違法行為とは監査委員の監査の対象となりうべき違法行為であり、又監査委員の請求により長がその是正措置を講じうべき違法行為でなければならないと解すべきところ、同法第百九十九条第一項等によれば監査委員の監査の権限は普通地方公共団体の長、収入役等の出納その他の事務執行行為自体の適法性又は妥当性の監査に限られ、適法な手続により成立した法令又は条例の効力、又はそれらの無効を理由とする執行行為の不適法の判断には及ばず、又同法第十六条第二項等によれば普通地方公共団体の長は条例が適法な手続により成立した場合にはそれを公布し、執行すべき義務があり、当該条例の効力の有無を判断し、これを執行すべきか否かを決定する権限を有しないと解しなければならない。しかるに本件訴は福岡市条例の規定が地方自治法の規定に違反し無効であることを理由として同条例にもとづく執行行為が違法であるとなし、その執行行為の禁止又はその執行行為による普通地方公共団体の損害の補てんを求めるものであつて、右訴はその前置手続たる監査の対象となりえない事項に関する裁判を求めるものであるから地方自治法第二百四十三条の二に基く訴の要件に該当しない不適法な訴と云うべきである。」

次に「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案に対する答弁として次のとおり述べた。「原告の主張事実は福岡市報酬及び費用弁償条例第七条が無効であるとの点、及びそれに基ずく期末手当の支給が違法であるとの点を争うほかすべてこれを認めるが、次の(一)に述べるごとく、福岡市報酬及び費用弁償条例第七条の規定は何ら地方自治法第二百三条の規定に違反せず、従つて同条例第七条に基ずき被告等が福岡市議会議長、副議長及び議員に対してなした期末手当の支出は適法であり、仮りに右条例第七条が地方自治法の規定に違反し無効であるとしても、次の(二)、(三)に述べる理由から原告の被告等に対する本訴請求の全部又は一部はその理由なき失当のものと云うべきである。

(一)  先ず右条例第七条における期末手当とは福岡市議会議長等に対し毎月支給される報酬額を補充するための金員であつてその法律的性質は報酬であると解すべきであるから、仮りに地方自治法第二百三条が報酬及び費用弁償以外の名目による給与その他の給付の支給を禁止しているとしても右条例の規定は何ら地方自治法の右条文に違反するものではない。次に地方自治法第二百三条の「報酬及び費用弁償の額は条例でこれを定めなければならない。」との規定はそれらの総額の範囲を条例で定めれば足り各議員等に対するその具体的金額までも条例を以て規定すべきことを要求するものとは解し難く、かつ前記条例第七条によれば議員等に対し支給する期末手当の総額の範囲は議会により議決せられる予算により限定せられ、その総額の範囲内でただ各議員等に支給すべき具体的金額の決定のみを市長に委任しているにすぎないのであるから、その点に関しても右条例の規定は何ら地方自治法の右条文に違反しない。しかして被告等が福岡市議会議長等に対してなした期末手当の支出は適法な右条例の規定に基ずくものであつてそれは何ら地方自治法第二百四十三条の二の公金の違法な支出に該当するものではない。従つて原告の被告等に対する期末手当の支給禁止並びに福岡市の損害の補てんの請求はいずれもその理由なきものである。

(二)  次に仮りに右条例第七条が無効であるとしても地方自治法第二百四十三条の二にいわゆる普通地方公共団体の損害の補てん責任とは不法行為による損害賠償責任と同一であると解すべきであるからその責任を問うためには当該行為者に故意又は過失の存したことが必要である。ところが被告等は福岡市議会議長等に期末手当を支出するに当り前記条例第七条が適法であると確信していたのであるからその支出が違法であることにつき故意の存しなかつたのは云うまでもなく、仮りに右条例が実質的に無効であるとしてもそれが形式的に適法に成立したものである以上、被告等にはその効力の有無につき判断する権限がなく、更にそれを公布、執行すべき義務があるのであるから、その条例にもとづく支出が違法であることの認識を欠いた点に過失の存しなかつたことも明かである。よつて被告等に右支出による損害補てんの責任は存しない。

(三)  更に被告等に右損害補てんの責任があるとしても地方自治法の右条文にいう損害の補てんとは、当該普通地方公共団体がその職員の違法な行為等により失つた財産を、その行為がなかつた以前の状態に回復することを云うのであるから先ず受益者に対して原状回復を請求すべくそれによつても損害が完全に補てんせられない場合にのみはじめて当該職員に対しその補てんを請求することができるものと解するのが相当であるから本件においては原告は先ず福岡市議会議員全員を被告として損害の補てんを請求すべきにかかわらずそのような請求をなさずして直ちに被告等に対しその請求をなしているのであるから、この点において右請求は失当と云わなければならない。」(立証省略)

理由

先ず被告等が主張する本案前の抗弁(一)につき判断する。地方自治法第二百四十三条の二第四項は「第一項の規定による請求人は最高裁判所の定めるところにより裁判所に対し当該職員の違法又は権限を超える当該行為の制限若しくは禁止又は取消若しくは無効若しくはこれに伴う当該普通地方公共団体の損害の補てんに関する裁判を求めることができる。」と規定しているが、その裁判において右職員を普通地方公共団体の機関の資格で被告とすべきか、又は個人の資格で被告とすべきかにつき明確にせず、更に右規定に基ずき制定された昭和二十三年最高裁判所規則第二十八号にもこの点につき特に規定するところがない。従つて地方自治法の前記規定はこれを民事訴訟法の一般原則に従つて解釈するのほかなく、その各請求の内容に応じ何人を被告として判決することが当該事件を完全に解決することになるかを決定しなければならない。そこで原告の各請求につきこれを考察する。

(一)  先ず期末手当支給禁止の請求についてみるに原告の右請求部分は福岡市議会議長、副議長及び議員に対し福岡市報酬及び費用弁償条例第七条に基ずき期末手当の支給禁止を求めるものであつて給付請求の一種というべきであり、しかして普通地方公共団体の期末手当の支給手続を細分すれば当該普通地方公共団体の長の歳出予算の提出、同議会の予算の議決、同長の予算の報告、告示同長の支出命令及び同出納長又は収入役の支出行為等の各行為に分かたれうるところ、原告は右のうち最後の二段階である長の支出命令及び収入役の支出行為の禁止を求めんとするものである。ところで右の支出命令及び支出行為は地方自治法第百四十九条第四号、第百七十条第一項、第二百三十二条等に基ずく長又は収入役の職務執行行為であるから、それらの長又は収入役がその資格において右の各行為をなす場合においてのみ始めてそれが支出命令又は支出行為としての成立要件を具備するものと解しなければならない。従つてこれらの行為の禁止を求めるためには右の長又は収入役をそれぞれその資格において被告とすべきものと解するのが相当である。しかるに原告は本請求において福岡市長並びに福岡市収入役でなくその各構成員たる小西春雄並びに藤田信次をそれぞれ個人の資格において被告としているのであるから原告の期末手当支給禁止の請求部分はその余の点を判断するまでもなく右の点においてすでに不適法な訴であつて却下を免れないものと云うべきである。

(二)  次に原告の損害補てんの請求部分について考えてみるに、地方自治法第二百四十三条の二第四項にいわゆる普通地方公共団体の損害の補てんに関する裁判とは当該職員の違法若しくは権限を超えた行為により移転せられた普通地方公共団体の財産の返還やその行為により普通地方公共団体が蒙つた損害の賠償を命ずる裁判であつて、右のうち普通地方公共団体に生じた損害の賠償を命ずべき請求についてはその損害を生ぜしめた当該職員個人がその賠償の責任を負うべきものというべく、従つてその請求においては右職員個人を被告とすべきものと解するのが相当である。ところで原告は福岡市長の職にある小西並びに同市収入役の職にある藤田をそれぞれ個人の資格において右請求の被告としているのであるから、この点においては何等の違法もなく被告等主張の抗弁は理由がないと云うべきである。

そこで次に被告等が主張する本案前の抗弁(二)につき判断する。そもそも地方自治法第二百四十三条の二の訴は普通地方公共団体の執行機関を構成する職員が法令や条例の規定に違反し、又はその権限を超えて当該普通地方公共団体の公金、財産又は営造物等の使用管理又は処分等をする場合に、これを防止或は匡正するために設けられたいわば法規維持を目的とする特殊の訴訟であつていわゆる法律上の争訟の解決を目的とする通常の民事訴訟又は通常の行政訴訟とは異り、本条の規定によつて始めてその訴権が認られるものと解すべく本案に規定する要件を充足しない訴は不適法として却下を免れないものと解するのが相当である。よつて原告が主張するような普通地方公共団体の条例が法律に違反し、従つてその条例に基いてなされた行為が違法となる場合に、これを理由として当該普通地方公共団体の損害の補てんを求める訴が本条によつて許されるか否か、換言すれば右のごとき請求が本条に云う職員の違法行為に伴う普通地方公共団体の損害の補てんの請求に該当するか否かを考察しなければならない。そこで按ずるに(イ)前にも述べたように地方自治法第二百四十三条の二の規定は普通地方公共団体の執行機関を構成する職員が法令や条例の規定に違反し、又はその権限を超えて当該普通地方公共団体の公金、財産、又は営造物の使用、管理又は処分等をするのを防止し、或は匡正することを目的とし、その実効性を担保するために設けられた規定であつて、執行機関にあらざる当該普通地方公共団体の議会の財務に関する議決等のごときものまで抑制することを目的とするものではない。(ロ)同条の二第三項によれば普通地方公共団体の長は監査委員から違法若しくは権限を超える行為等につきその制限又は禁止の請求があつた場合には、直ちに必要な措置を講じなければならないのであるから、同条の二にいう違法の行為とは長の権限内において直ちに制限又は禁止することのできる行為に限定されると解すべきところ、同法第十六条、第百七十六条によれば長において条例が法令に違反すると認める場合にも先ず議会の再議に付し、それによつてもなお右違反が是正されない場合には更に議会を被告として裁判所に出訴してその効力を争わねばならないのであつて、長が自らの権限においてその条例の無効を判断しそれを無視して行為することは許されない。(ハ)本条による訴は監査委員に対する監査の請求をその前置手続としているから、同条にいわゆる違法の行為とはその違法性の判断が監査委員の監査の権限内に属するものに限られると解すべきである。ところで同法第百九十九条によれば監査委員の職務は普通地方公共団体の経営にかかる事業の管理及びその出納その他の事務の執行を監査することであるからその権限は長その他の執行機関の行為自体の適否及び当否の監査に限られ、議会の議決やその議決により成立した条例の適否の審査には及ばないことが明かであり、このことは同法第二百四十三条の二に基ずく監査についても同様に解するのが相当である。(二)普通地方公共団体の住民が、その属する普通地方公共団体の条例の違法又は不当を匡正するためには同法第十二条により当該条例の改廃請求権が認められ、更に同法第十三条によれば条例の制定改廃につき議決権を有する議会の解散請求権も認められるのであり、かつ同法は普通地方公共団体の住民がその条例の違法又は不当を争うにはこれらの請求権の行使によるのを以つてその建前としていると解すべきである。

以上(イ)ないし(ニ)の理由に基き考察すれば同法第二百四十三条の二にいわゆる普通地方公共団体の職員の違法行為とは主観的には長収入役その他の執行機関たる職員の違法行為に限られ、客観的には法令又は条例が有効であることを前提として当該職員の行為自体が右法令又は条例に違反している場合のみを指し、右条例が法令に違反して実質的に無効であるがため、ひいてその条例に基ずく当該職員の行為が違法に帰する場合は含まれないと解するのが相当である。従つて右のごとく条例が法令に違反し実質的に無効であるがため、その条例に基く職員の行為により当該普通地方公共団体が損害を蒙るような結果になつたとしても、そのような場合には本条の規定により当該職員個人に対しその損害の補てんを請求することは許されないものと解しなければならないから結局原告主張の損害補てんの請求部分も本条に規定する要件を充足しない不適法な訴として却下を免れえないと云うべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 平田勝雅 奥村長生)

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