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福岡地方裁判所 平成4年(ワ)2840号 判決 1998年10月21日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

倉岡雄一

市丸信敏

中山栄治

松尾弘志

被告

学校法人西日本短期大学

右代表者理事

溝口虎彦

右訴訟代理人弁護士

合山純篤

荒木邦一

田邉宜克

安武雄一郎

国府敏男

古賀和孝

俵正市

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が、被告設置の西日本短期大学法科教授たる地位を有することを確認する。

第二事案の概要

本件は、学校法人である被告の設置した短期大学において教授の職にあった原告が、被告による免職の無効を主張して、教授の地位にあることの確認を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、昭和三二年三月一五日設立された学校法人であり、西日本短期大学(以下「西短大」という。)及び西日本短期大学付属高等学校(以下「付属高校」という。)を設置している。

2  原告は、昭和五〇年四月、西短大法科助教授として被告に雇用され、同五六年九月に同科教授に昇任し、同五九年四月付属高校長に就任した。

3  被告は、平成三年三月二五日以降、次のとおり原告を免職したと主張して、原告が教授の地位にあることを否定している。

(一) 平成三年三月二五日理事会決議に基づく免職

(1) 免職の理由

<1> 被告の就業規則では、職員は理事長の許可なくして他の職業に従事してはならない旨規定されているところ、原告は、平成二年ころから、被告理事長の許可がないまま、香川県多度津町における四年制大学の設立の業務に従事した。

また、原告は、右大学設立に際して、財政的な裏付けがないのにあるように偽装したり、名称を変えるなどして設立母体をすり替えたりするなど文部省や多度津町を欺くような行為をしたうえ、設立予定の大学の名称を西日本情報大学という被告と関係があるかのような誤解を与える名称を用いるなどして、被告の名誉、信用の害されるおそれを生じさせた。

<2> 原告は、休講、代講及び自習が多かった。

(2) 被告の理事会は、平成三年三月二五日、原告を教授の職から解くことを決議した。

(3) 被告は、右決議後、原告に対し右決議の結果を配達証明郵便で告知した。

(二) 平成四年一一月五日理事会決議に基づく予備的な懲戒免職

(1) 懲戒免職の理由

<1> (一)(1)<1>と同じ。

<2> (一)(1)<2>と同じ。

<3> 原告は、付属高校長在任中である昭和六二年から、付属高校で取り扱われる本来被告に帰属すべきリベート、寄附金等について、学園会と称する簿外会計を設け、その経理収支の中で約二〇〇〇万円の使途不明金を発生させた。

<4> 原告は、高校三年の単位を取得していない他の高校の生徒を、昭和六三年三月三日付けで付属高校三年に転入学させたうえ、同年三月三一日同校を卒業した扱いにして、西短大に推薦入学させた。

<5> 原告は、複数の出版社に対し、被告に関する虚偽の情報を伝え、被告及びその理事の名誉を損なう内容の雑誌等を出版させた。

<6> 原告は、西短大の同窓会長及び後援会長をして、被告理事が固定資産税を脱税している旨の虚偽の事実について刑事告発をさせた。また、この告発が報道されたことにより、被告の名誉を損なった。

(2) 被告の理事会は、平成四年一一月五日、原告を教授の職について懲戒免職することを決議した。

(3) 被告は、右決議後、同月一八日付けで原告に対し右決議の結果を配達証明郵便で告知した。

(三) 平成八年一一月二二日理事会決議に基づく予備的な懲戒免職

(1) 懲戒免職の理由

(二)(1)と同じ。

(2) 被告の理事会は、平成八年一一月二二日、原告を教授の職について懲戒免職することを改めて決議した。

(3) 被告は、右決議後、同月二六日付けで原告に対し右決議の結果を配達証明郵便で告知した。

(四) 平成八年一二月三日理事会決議に基づく懲戒免職の追認

被告の理事会は、平成八年一二月三日、

(1) 平成八年一一月二二日理事会の決議は平成四年一一月五日理事会の決議に基づく懲戒免職を遡って追認する趣旨であること

(2) 仮に右追認が認められないとしても、平成八年一一月二二日をもって原告を教授の職について懲戒免職する趣旨であること

を各確認する旨を決議した。

二  争点

被告の主張する各免職ないし懲戒免職は有効かどうか。

特に問題となる点は次のとおりである。

1  免職の理由となった事実は存在するか。

2  教授免職について西日本短期大学教授会(以下「教授会」という。)の審議を要するか。

3  免職の手続に瑕疵はなかったか。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 免職ないし懲戒免職の理由の不存在

被告が免職ないし懲戒免職の理由として主張する事実はいずれも存在しない。

(二) 教授会審議の不備

(1) 総論

憲法二三条は大学の自治を保障しているが、その適用は当然に私法人である被告にも及んでいる。そして、大学の自治の重要な内容として教授会の自治が認められており、これをうけて学校教育法五九条一項は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」と定めている。この条項にいう重要な事項には、当然、教員の身分の得喪が含まれており、したがって、教授会の審議を経ていない教員の免職は必要な手続を欠いたものとして無効というべきである。

また、被告の西日本短期大学教授会規程(以下「教授会規程」ともいう。)では、その八条において教授会の審議事項として「教授、助教授、講師、助手及び副手の任用、承認そ(ママ)の他の教員人事に関する事項」が掲げられており、これは教員の免職について教授会の審議が必要であることを規定する趣旨のものである。このことは、被告の西日本短期大学教育職員選考内規において、本学教員の任用等(昇格を含む。)については教授会の議を経るべきことが明確に規定されていることからも裏付けられる。

なお、教授会規程の被告内部での位置づけは次のとおりである。すなわち、もともと昭和五七年ころ、当時の西日本短期大学学則(以下「旧学則」という。)中には教授会についての条項が置かれていたところ、そのころ文部省からのアドバイスでこれを旧学則から分離して新たに定められ、昭和五九年四月一日から施行されたのが現在の教授会規程である(これに伴い、旧学則も改められ、現在の西日本短期大学学則(以下「学則」ともいう。)が新たに定められ、同時に施行された。)。この経過から明らかなように、教授会規程は学則と同じ効力を有する。

(2) 各論

<1> 平成三年三月二五日理事会について

右理事会については事前に教授会の審議を経ていない。

<2> 平成四年一一月五日理事会について

被告は、右理事会に先立って、平成四年一一月三日及び同月四日に持回りで教授会の審議を経た旨主張するが、持回りの教授会については何ら根拠となる規定がなく無効である。

なお、被告は、右持回り教授会に先立つ平成四年九月二二日の臨時教授会及び同年一〇月二九日の教授会の議事を原告が妨害した旨主張するが、そのような事実はない。

<3> 平成八年一一月二二日理事会について

被告は、右理事会に先立って、平成八年一〇月一七日の教授会で原告の懲戒免職が決議された旨主張するが、右教授会は違法、無効なものである。

すなわち、平成八年九月二六日開催の教授会において原告の懲戒免職の議案が否決されており、既にこの件は最終的な結論が出ていたものであるから、一事不再議の原則に反するものとして平成八年一〇月一七日の教授会は違法、無効のものというほかない。

仮に、右教授会が有効に成立していたとしても、原告の懲戒免職についてはやはり否決されている。

(三) 理事会手続等の不備

(1) 平成三年三月二五日理事会について

右理事会については、招集通知に原告の教授免職の件は掲げられておらず、また二名の理事が欠席していた。

(2) 平成四年一一月五日理事会について

右理事会については、その存在自体に疑義がある。

すなわち、被告は右理事会の議事録を当初自発的に提出せず、原告が文書提出命令の申立てをした後ようやく被告において(証拠略)として提出したという経緯があり、その記載に疑義がある。また、(人証略)の証言からも右理事会の存在しなかったことが認められる。

(3) 平成八年一一月二二日理事会について

右理事会が存在するとしても、懲戒免職が遡って有効となることはありえない。

(4) その他の手続の不備

原告に対しては、免職ないし懲戒免職に先立って告知、聴聞の機会が与えられなかった。

また、原告は免職ないし懲戒免職について被告から正式な通知を受けていない。

2  被告

(一) 免職ないし懲戒免職の理由の存在

被告が免職ないし懲戒免職の理由として主張する事実はいずれも存在する。

(二) 教授会審議の不要もしくは審議を経ていること

(1) 総論

憲法二三条による大学の自治の保障、あるいは学校教育法五九条一項による教授会設置の規定から、当然に教員の免職について教授会の審議を経ることが必要との解釈が導かれるものではない。

また、教授会規程八条も教員の免職について教授会の審議が必要であることを規定するものではない。

なお、教授会規程を含む被告内の諸規程の位置づけは次のとおりである。

<1> 学校法人西日本短期大学寄付行為(以下「寄付行為」という。)

昭和三四年四月一日から施行され、その後数次の変更を経ている。被告の根本規定であり、これが認可されて法人たる被告が設立されたものである。

寄付行為一一条では、被告の業務の決定は理事会が行うことが定められている。

<2> 西日本短期大学学則

現在の学則は昭和五九年四月一日より施行されたものである。その基本的性格は営造物利用規則であり、教育課程の編成、学生の入・退学等をその内容としている。

<3> 学校法人西日本短期大学職員規則(以下「職員規則」という。)

理事会において昭和四七年四月一日制定、施行されたものである。この規則は職員人事・労務に関するもので、ここに職員とは被告の設置した西短大、付属高校等の教職員、事務職員等の全てを指しているが、西短大職員については後記の西日本短期大学就業規則(以下「就業規則」ともいう。)がもっぱら適用される。

<4> 西日本短期大学就業規則

昭和四七年四月一日理事会において制定され、施行されたものである。この規則は、被告が設置した西短大の専任の教職員、事務職員等について定められたものであり、これらの職員についてはもっぱらこの就業規則が適用され、職員規則は適用されない。

就業規則三七条には懲戒に関する規定が置かれており、教授を含めた西短大職員の免職や降任もこれに基づいて行われる。

<5> 西日本短期大学教授会規程

教授会において審議決定され、昭和五九年四月一日から施行された教授会運営のための内部組織規定である。

なお、理事会議事録には、この教授会規定を理事会で承認した旨の記録はない。

<6> 西日本短期大学教職員選考内規

本内規は、教授会規程八条一項一号にかかる内規として昭和六三年一月二三日に制定、施行されたが、平成三年七月二五日、西日本短期大学教職員選考に関する規程として改正され現在に至っている。

<7> 西日本短期大学教職員選考基準

右内規に所定の選考基準を定めたものである。

(2) 各論

仮に右の主張が認められないとしても、各理事会については教授会の審議を経ている。

<1> 平成四年一一月五日理事会について

右理事会に先立って、平成四年一一月三日及び同月四日に持回りで教授会の審議を経た。

持回りという方法で審議を行ったのは、これに先立つ平成四年九月二二日の臨時教授会及び同年一〇月二九日の教授会の議事を原告が妨害したためである。

<2> 平成八年一一月二二日理事会について

右理事会に先立って、平成八年一〇月一七日の教授会で原告の懲戒免職が決議された。

これに先立って、平成八年九月二六日においても原告の懲戒免職の議案は審議されたが、利害関係人である原告が退席しなかったため決議に至らず継続審議となり、同年一〇月一七日に懲戒免職が決議されたものであり、原告の主張するような一事不再議の原則に違反した事実はない。

(三) 理事会手続等について

(1) 平成三年三月二五日理事会については、招集通知に「その他」という議案が掲げられており、これが原告の教授免職の件を指していた。

その他の理事会についても手続的に欠ける点はない。

(2) 原告に対しては、各免職ないし懲戒免職について郵便で正式に通知をしたが、原告はこれを受領しなかったものである。

その他、手続に欠ける点はない。

第三判断

一  平成三年三月二五日理事会決議に基づく免職について

証拠(<証拠略>)によれば、被告の職員規則一五条では、職員をその意に反して免職する場合は本人に対し文書で理由を明示すべきことが規定されていることが認められる(なお、被告は、『右職員規則は被告の職員一般について定めたものであるところ、西短大の大学職員については、就業規則がもっぱら適用される』旨主張し、証拠(<証拠略>)によれば、就業規則には、職員規則にあるような分限に際して書面で理由を明示すべきことを定めた条項はないことが認められるが、就業規則が職員規則の適用を排除する趣旨であるとは各規則の条項上認めがたく(むしろ、職員規則二条は対象となる職員に西短大の職員が含まれることを明記している。)、西短大の職員の身分保障を付属高校その他の職員より薄くする実質的な理由もないと考えられるから、右職員規則の一五条は西短大職員についても適用があると解される。)。

しかるに、右免職については、この書面による理由の告知の手続を経たことを認めるに足りる証拠はない(かえって証拠(<証拠略>)によれば、被告から原告に発せられた告知書には何らの理由の記載もなかったことが認められる。)。

そうすると、右免職は被告の職員規則に所定の手続を経ておらず、いまだ効力を生じていないというべきである。

二  平成四年一一月五日以降の理事会決議に基づく予備的な懲戒免職について

1  免職の理由の存否について

(一) まず、被告が免職の理由<4>として主張する、不正な付属高校卒業、西短大入学をさせたとの事実の存否について検討する。

各掲記の証拠によれば次の事実が認められる。

(1) 昭和六三年三月三日ころ、東福岡高等学校(以下「東福岡高校」という。)より付属高校に対し、転入生を一人受け入れてほしい旨の要望が文書でされた。(<証拠略>)

(2) 右転入希望者(以下「X」と仮称する。)は、当時東福岡高校に三年生として在学中であったが、三年時の欠席日数が多く、三年生としての単位は全く取得していなかったため、同校では三年生に留年することになっていた。

したがって、Xは、付属高校への転入が認められても、さらに一年間、三年生として履修しなければ卒業はできない状況にあった。(<証拠略>)

(3) 当時付属高校長でもあった原告は、昭和六三年五月ころ、Xが同年三月に付属高校を卒業したものと仮装して、直ちに西短大に入学させることを企て、当時、付属高校教諭であった野口兼司(以下「野口」という。)に強要して、同教諭担任の昭和六二年度の三年生の二組(既に昭和六三年三月三日に卒業となっていた組)にXが在籍しており既に付属高校を卒業した旨の虚偽内容の同年三月二〇日付けの推薦状その他の文書一式を作成させ、これを西短大に提出する一方、Xの西短大入学の手続をとらせた。なお、Xに対しては同年三月三一日付けの付属高校の卒業証書が交付された。

西短大においては、昭和六三年六月二日の教授会でXの入学についての審議がされたが、原告を除く教授会出席者は右事情を知らず、異例の入学時期であることを不審に思う者もいたものの、当時、被告の理事、西短大教授及び付属高校長を兼ねていた原告の強い意向もあったため、Xの入学が認められた。(<証拠・人証略>)

右認定に反する証拠(<証拠・人証略>)は、右に掲記の各証拠に照らしてたやすく採用できず、後記(二)で説示するほか、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) なお、右(一)での各時期の認定について若干付言する。

右(一)で認定したところによれば、東福岡高校から付属高校に対し転入学の打診があったのが昭和六三年三月三日である一方、原告が野口に虚偽文書の作成を指示する等したのは同年五月ころということになり、二か月ほども間隔があることになるが、この点はやや事実経緯として不自然な印象がないではない。ちなみに、原告本人は、昭和六三年三月ころには既にXは転入学手続を終え三月三一日に卒業した旨供述する(<証拠略>)。つまり、Xの付属高校への転入学が認められたとの形式が整った時期は、右認定よりももう少し早く、同年三月ころであったのではないか、との疑問が残るようにもみえる。

しかし、東福岡高校と付属高校との間で、Xの生徒指導要録等の資料の送付について文書のやり取りが行われた時期が、同年五月に入ってからであることは証拠(<証拠略>)に照らして明らかであり、また、西短大の推薦状は同年三月二〇日付けであるのに、卒業見込ではなく三月卒業と記載されているが、これは右書類が四月以降に作成されたものであるとすると了解が可能である。

したがって、(人証略)の証言その他右(一)で認定に供した各証拠に従い、各時期の認定については右(一)のとおりと考えるのが相当である。

(三) 右(一)で認定したところによれば、原告は、本来高校卒業のために必要な履修を済ませておらず、したがって学校教育法五六条所定の(短期)大学に入学する資格も有しないXについて、虚偽内容の文書を作成して付属高校卒業、西短大入学の扱いをしたものであり、これは学校法人の教職員としてはおよそ許されない行為である。

そして、証拠(<証拠略>)によれば、職員規則四四条一項一、二号、就業規則三七条一、二号において、懲戒事由として法令又は学内諸規則に違反すること、職務上の義務に違反することが掲げられていること、同じく職員規則四四条二項、就業規則三七条二項において懲戒の方法として免職が定められていることが各認められるところ、原告の右行為は右懲戒事由に該当し、その程度において重大なものがあるから、この一事でもって懲戒免職の理由として十分なものがあるといえる。

2  教授会の審議の要否について

原告は、教授の免職については教授会の審議を経ることを要する旨主張するので、この点について検討を行う。

(一) まず、原告は、大学教員の免職については教授会の審議を要すると解するのが、憲法二三条及び学校教育法五九条の解釈から導かれるところである旨主張する。

確かに、いわゆる大学の自治が憲法二三条の保障するところであり、したがって大学教員、特に教授会に対しては大学運営について相当の地位が与えられるべきこと、学校教育法五九条の解釈に当たっては右憲法解釈を十分に斟酌すべきことは原告の主張のとおりであると解される。しかしながら、具体的にどのような権限が教授会に与えられるべきかについては、右の憲法及び学校教育法の各条項には特に規程はなく、したがってこれらの条項から、一義的な解釈が当然に導かれるものではないというべきである。言い換えれば、学校教育法五九条所定の教授会が審議すべき「重要な事項」の具体的な内容については、同条項から当然に導かれるものではなく、各大学において、右の憲法及び学校教育法の趣旨を尊重しつつ自主的に定めるべきものと解され、また、このように解することが大学の自治の趣旨にかなうものというべきである。

したがって、右の憲法及び学校教育法の各条項からは、当然には、大学の教授の免職について教授会の審議を経るべきであると解することはできないというべきである。

(二) 原告は、次に、被告の教授会規程は、教授の免職について教授会の審議を経るべき旨を定めていると主張する(なお、被告は、教授会規程は教授会が内部的に定めたものであるが被告理事会がこれを承認したかどうか確認できない旨主張する。被告の主張のとおりであれば、そもそも教授会規程を根拠として、どこまで教授会の審議事項の範囲を定めることができるか疑義が生じないわけではない。しかし、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、もともと被告においては教授会に関する規定(審議事項を含む。)を旧学則中に置いていたところ、昭和五九年に旧学則を改める際に教授会に関する規定を学則から分離し、別個に教授会規程を定めた経緯があることが認められ、教授会規程は学則と同程度の効力を有し、かつ審議事項の範囲を確定する根拠となりうるものと解するべきである。)。

そこで検討するに、証拠(<証拠略>)によれば、教授会規程八条一項一号は、教授会の審議事項として「教授・・・の任用、昇任その他の教員人事に関する事項」を定めていることが認められる。

したがって、問題は、右の「その他の教員人事に関する事項」に教授の免職が含まれるかどうかである。

そこで検討するに、同じく証拠(<証拠略>)によれば、教授会規程八条一項六号、九号では教授会の審議事項として「学生の・・・退学・・・に関する事項」、「学生の賞罰に関する事項」が規定されており、学生の身分の剥奪については明示的に規定が置かれていることが認められ、これと対比すると、同規程八条一項一号の「その他の教員人事に関する事項」との表現は余りに抽象的であり、これに教授の免職という重大な事項が当然に包含されていると解することには疑問がある。また、証拠(<証拠略>)によれば、職員規則では、職員の任命権者は理事会であり、職員の退職、免職は任命権者が所定の手続を経て行うこと(三条)、懲戒免職の権限もまた任命権者すなわち理事会に帰属すること(四四条)が規定されていること、同じく就業規則にも同旨の規定(二〇条)が置かれていることが各認められ、したがって、教授の免職は本来理事会の権限に属するものと解される。

しかし、翻って考えるに、短期大学という教育機関にあっては教員は必須の存在であり、とりわけ教授ともなれば教員の中でも中心的な存在である。そうすると、教授の免職という重大な事項には、短期大学における教育実施の中核ともいうべき教授会の意思が反映されるべきである。

したがって、結論としては、教授会規程八条一号の「その他の教員人事に関する事項」には、教授の免職も含まれるものと解される。しかしながら、このことは教授会の理事会に対する優越を意味するものではなく、前記説示のとおり教授の免職が本来理事会の権限に属するものであることに鑑みると、教授会を完全に無視して理事会が一方的に決議をしているような場合は別として、教授会で審議されたことを考慮のうえ理事会の結論が出されているときには、その内容が教授会の議決と異なっていたとしても、そのことの故に理事会の決定が直ちに違法となるものとは解されない。

(三) そこで、原告の教授免職に関する教授会の審議の状況について検討する。

Xの不正な転入学・卒業、西短大入学に基づいての原告の免職を巡っての教授会の主な動向は次のとおりと認められる。

(1) 平成四年九月二二日、臨時の教授会が当日になって急遽招集され、開催されたが、招集が突然であったことや事前に議題が示されなかったこと、そして原告を利害関係人として退場させるかどうかということ等をめぐって議事が紛糾し、何らの審議に至らなかった。(<証拠・人証略>)

(2) 平成四年一〇月二三日ころ、同日付けで同月二九日開催の教授会が招集された。この招集の書面には「議題 不正入試について」との記載があった。

平成四年一〇月二九日、午後三時より教授会が開催されたが、原告を利害関係人として退席させるかどうか、不正入試の調査が相当であったかどうかといったこと等をめぐって議場が紛糾し、原告を含む多数の出席者らが不規則な発言を延々と繰り返すなどしたため、実質的な審議に入らないまま、翌三〇日午前〇時三〇分に閉会となった。(<証拠・人証略>)

(3) 平成四年一一月三日及び同月四日、原告の教授免職について、書面による持回りの方法で各教授の意思確認が行われた。

意思表明をした一二名の教授会構成員(原告は含まれていないが、教授会規程一〇条では、議案に個人的に利害関係を有する者については議事に加えないことができる旨定められている。)のうち原告免職に賛成した者は九名、反対者は二名、意見なしとしたものが一名であった。(<証拠・人証略>)

(4) 平成八年九月二六日、原告の教授免職について教授会が開かれた。

冒頭から、原告の退席を巡って議事が紛糾し、出席者一一名(議長を除く。)のところ六名が利害関係人として原告の退席に賛成したものの、結局、原告が退席しないまま採決がされた。

結果は、議長と原告を除く一〇名のうち五名が賛成、四名が反対であった(ただし、議長は賛成であり、他方、反対者の中には欠席者一名の委任状を持参していた者がいた。)。しかし、議長は、原告が退席していなかったことを理由に審議を継続する旨宣言して、同日の教授会は終了した。(<証拠・人証略>)

(5) 平成八年一〇月一七日、原告の教授免職について改めて教授会が開かれた。

当日は原告の退席は特に求められないまま採決がされたところ、議長と原告を除く出席者七名(全員教授であった。)のうち、免職に賛成が五名、反対が一名であり(ただし、議長は賛成であり、他方、反対者一名は欠席者四名の委任状を持参していた。なお、原告自身は反対であった。)、議長は同日をもって原告の免職に関する審議を終了する旨宣言した。(<証拠・人証略>)

(6) 教授会規程では、教授に関する審議については学長、副学長及び専任の教授が教授会を構成すること(八条二項一号)、議案は原則として出席者の過半数、教職員の資格については三分の二以上の賛成をもって決すること(一一条)が各定められている。(<証拠略>)

右のとおり、原告の教授免職について、足掛け五年程の間に、持回り決議という方法でされたものを含め(ただし、証拠(<証拠・人証略>)によれば、教授会規程は明らかに構成員が実際に出席して審議を行うことを前提としており持回りの方法による審議を予定した条項は全くないこと、それまで過去に持回り教授会は開催された例がなかったことが認められるので、持回り決議をもって正式な審議とは直ちにいいがたい。)、数次の教授会の審議を経て、平成八年一〇月一七日に一応最終的な採決がされたものと認められる。

なお、この最終的な採決の結果を三分の二以上の賛成多数とみうるものかどうか(委任状による出席が認められるかどうかで結論が異なる。ちなみに証拠(<証拠略>)によれば、教授会規程には委任状による出席の可否についてはなんら触れるところがない。)、あるいはこれに先立つ平成八年九月二六日の教授会での採決との関係をどうみるか(一事不再議の原則に反しないかどうか)、といった点については多分に疑義があることは免れえないものと思われる。しかしながら、以上の教授会の審議の経過をみれば、実質的内容について審議がされ、少なくとも出席者の過半数の賛成があったとはいえるから、理事会においてこれを有効な議決として扱ったことが教授会を完全に無視したものであるとまではいえず、このことは理事会の決議の効力に影響を及ぼさないというべきである。

3  免職の手続について

そこで次に、教授会の審議以外の免職手続について検討する。

(一) 平成四年一一月五日理事会決議に基づく予備的な懲戒免職の手続に関して、各掲記の証拠によれば次の事実が認められ、各個別に説示するほか、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 平成四年ころ、西短大においてXの入学について疑念が大きくなり、西短大内に調査委員会が設けられ、同年五月ころ、野口からの聴取、東福岡高校に対する照会等の調査が行われ、この結果、平成四年六月二二日付けで調査結果が資料(<証拠略>)にまとめられ、原告が不正に付属高校卒業、西短大入学の手続をとったことが、同年七月一〇日、理事会にも報告された。(<証拠・人証略>)

(2) 平成四年一一月五日、被告の理事会において、あらためて右の不正入学等を理由として原告を懲戒免職する旨の決議がされた。(<証拠・人証略>)。(なお、原告は、『<証拠略>(理事会議事録)は、当初、被告において自発的に提出をしようとせず、原告が文書提出命令の申立てをするに至って初めて提出をみたもので、その内容については疑義がある。<人証略>に照らせば、右理事会が存在しなかったものと認められる。』旨主張する。

そこで検討するに、<証拠略>はそれ自体の体裁については特に不審な点はなく、<人証略>についても、右理事会の存在に否定的な部分(<証拠略>)もある一方、肯定的な部分(<証拠略>)もあり、右理事会の存在を明言する前掲の<人証略>を併せ考えると、原告が右に指摘する点を考慮しても、なお<証拠略>の信用性は損なわれないというべきである。

付言するに、右(1)で認定した調査の経緯に照らすと、調査報告を受けた理事会において原告の分限について議決へ進むのが事態の自然な成行であり、この点からも右理事会の存在については肯定的に考えるべきである。)

(3) 被告は、原告に対し、右決議に基づき、平成四年一一月一八日ころ、「・・・平成四年十一月五日開催の理事会において、同日付をもって、当学校邦(ママ)人の一切の地位、身分を懲戒免職いたしました。その理由は次のとおりです。・・・一、成績書類などを偽造して、不正入学を行った。・・・」との記載のある配達証明郵便で懲戒免職の通知をしようとしたが、原告が受領しなかったため右郵便は返送された。(<証拠略>)

(4) 平成八年一一月二二日、理事会において、同年一〇月一七日の教授会の審議をうけて、原告を改めて懲戒免職とする旨の決議がされた。(<証拠略>)。(なお、被告は、右理事会決議に基づいて、原告に対し右決議の結果を平成八年一一月二六日付けの配達証明郵便で告知した旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。)。

(5) 平成八年一二月三日、理事会において、平成八年一一月二二日の理事会決議は<1>平成四年一一月五日理事会の決議に基づく懲戒免職を遡って追認するものであること、<2>仮に右追認が認められないとしても、平成八年一一月二二日をもって原告を教授の職について懲戒免職する趣旨であること、を各確認する旨を決議した。(<証拠略>)

(二) 被告の職員規則(一五条)では、職員をその意に反して免職する場合は文書をもって理由を明示すべきことが定められていることは、前記一で認定したとおりである。

そして、右(一)で認定したところによれば、平成四年一一月一八日ころ右懲戒免職の意思表示とその理由を記載した書面が原告の了知しうる範囲内に郵便で到達したものといえるから、右職員規則の要請する文書による告知の要件は満たされていたかのようにもみえる。

しかし、前記のとおり、教授会の審議を経たといえる時点は平成八年一〇月一七日であり、これをふまえて原告に対する懲戒免職が有効であることが再確認されたのは平成八年一二月三日の理事会においてのことであるから、免職の効力が平成四年一一月一八日ころに約四年も遡って認められるとはにわかに解しがたい。

結局のところ、右平成八年一〇月一七日の教授会審議並びに同年一一月二二日及び一二月三日の理事会決議をふまえて、被告から原告に対し書面をもって懲戒免職の意思表示がされたと明確に認めうるのは、平成九年三月六日の本件口頭弁論期日において、右趣旨の記載のされた被告の同日付け準備書面が原告に交付された時点というほかない。

したがって、原告に対する懲戒免職の効果が生じたのは右平成九年三月六日ということになる。

(三) また、原告は、告知、聴聞の機会が与えられていないから、右懲戒免職は無効である旨主張するが、本件全証拠によっても被告の職員を解雇するについて告知、聴聞の機会を与えるべきことを定めた規程等の存在はこれを認めることができないから、告知、聴聞の機会を格別に設けなかったからといって直ちに免職が無効になるものとは解されず、右主張は理由がない(付言すれば、先に認定したとおり、原告は、自身の免職が議題となった教授会に出席して発言をしているのであるから、実質的には告知、聴聞の機会は設けられていたに等しいといえる。)。

(四) その他、右懲戒免職に手続的に欠ける点があったことを認めるに足りる証拠はない。

三  結論

以上のとおり、平成九年三月六日に被告の同日付け準備書面が原告に交付されたことにより、被告の原告に対する懲戒免職が有効になされ、これにより原告は西短大教授の地位を喪失したものと認められる。

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことが明らかであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年七月一五日)

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 岡田健 裁判官 蛯名日奈子)

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