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福岡地方裁判所 平成2年(行ウ)18号 判決 1991年10月23日

原告

十亀章

右訴訟代理人弁護士

上田国広

被告

北九州西労働基準監督署長石原豪鎮

右指定代理人

小長光教生

被告

福岡労働者災害補償保険審査官生野明夫

右被告ら訴訟代理人弁護士

辻井治

右被告ら指定代理人

里村啓子

伊藤国彦

花房章司

主文

一  原告の被告北九州西労働基準監督署長に対する訴えを却下する。

二  原告の被告福岡労働者災害補償保険審査官に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告北九州西労働基準監督署長(被告労基署長)が、原告に対し、昭和六一年六月三日付けでした労働者災害補償保険法(労災法)による障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。

二  被告福岡労働者災害補償保険審査官(被告審査官)が、原告に対し、昭和六三年一二月一九日付けでした労災法による審査請求を却下する旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

第一の一の請求は、原告が、業務に従事中、交通事故に遭って傷害を負い、治療後も後遺症が残ったため、被告労基署長に対し、障害補償給付を請求したところ、被告労基署長が、障害等級第一二級に該当するものと認め、右等級に応ずる障害補償給付を支給する旨の処分をしたのに対し、これを不服とする原告が、その取消しを求めるものであり、第一の二の請求は、右処分を不服とする原告が、被告審査官に対し、審査請求をしたところ、被告審査官が、原告の審査請求は、労働保険審査官及び労働保険審査会法(労審法)八条一項に規定する審査請求期間を徒過した不適法なものであるとして右審査請求を却下したため、原告が、その取消しを求めているものである。

一  争いのない事実

1  原告は、労災法の特別加入者であるが、昭和五九年七月九日午後零時一〇分ころ、業務に従事中、交通事故に遭って頸部、腰部、右手挫傷等の傷害を負った。

2  原告は、治療後も後遺症が残ったため、昭和六一年三月ころ、被告労基署長に対し、障害補償給付を請求したところ、被告労基署長は、昭和六一年六月三日付けで、労災法施行規則別表第一に定める障害等級第一二級に該当するものと認め、同等級に応ずる障害補償給付を支給する旨の処分(原処分)をした。

3  これに対し、原告は、被告審査官に対し、昭和六三年九月一四日、被告労基署長の本件処分を不服として、書面(<証拠略>)で審査請求をしたところ、被告審査官は、昭和六三年一二月一九日付けで、原告の審査請求は、労審法八条一項に規定する審査請求期間を経過した後の請求で、同項ただし書の正当な理由も認められないとして右審査請求を却下した。

4  そこで、原告は、労働保険審査会に対し、平成元年二月九日、再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成二年三月二〇日付けで、被告審査官の右決定と同一理由で、右再審査請求を棄却した。

二  争点

1  第一の二の請求について

労災法三五条における審査請求に対する労働保険審査官の決定及び再審査請求に対する労働保険審査会の裁決がなされた後、審査請求に対する労働保険審査官の決定の取消しを求める訴えは許されるか(被告審査官は、本案前の主張として、「労災法三五条は、二段階の不服申立を定めているのであるから、原処分又は労働保険審査会の裁決を対象として訴訟を提起すべきであり、かつ、それをもって足りるから、中間的な労働保険審査官の決定を対象とする取消訴訟の提起は、訴えの利益がなく不適法である―最高裁昭和四四年三月二七日第一小法廷判決・訟務月報一五巻九号一〇六九頁参照―」と主張する。)。

2  第一の一及び二の請求について

原告の被告審査官に対する審査請求は、労審法八条一項の審査請求期間を徒過したものかどうか(第一の一の請求においては、同請求が、労災法三五条、三七条の審査請求及び再審査請求前置の要件を満たした適法なものかどうか。)。

この点に関する原告及び被告の主張の要旨は次のとおりである。

(一) 原告の主張の要旨

(1) 原告は、被告労基署長の原処分があったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内である昭和六一年七月初めころ、北九州西労働基準監督署担当官に対して、口頭で、審査請求をする旨の意思を伝えた。

(2) 仮に右事実が認められないとしても、本件交通事故による原告の後遺症状は、その検査のため入院していた病院での頸部造影検査の際、造影剤を脊髄に注射した直後から顕著になったもので、原告は、同後遺症を、右病院の医療過誤によるものであると考え、昭和六一年八月一日、原告代理人弁護士上田国広に依頼し、その調査、究明を続けてきたものの、右後遺症による知能障害、言語障害のため、原処分について審査請求をすることについて同弁護士に正しい意思を告知できず、かつ右原因究明は、困難を極め、昭和六三年九月初旬ころ、ようやく後遺症の原因が、医療過誤ではなく、交通事故によるものであるとの認識に達し、同月一四日、審査請求を申し立てたものであり、右経過からすれば、原告が審査請求期間経過後に右審査請求をしたことについては、正当な理由があるものと言うべきである。

(二) 被告らの主張の要旨

右(1)の主張は否認し、(2)の事情は、原告の主観的事情に過ぎず、正当な理由とは言えない。

第三争点に対する判断

一(争点1について)

1  行政事件訴訟法三条三項は、「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求、異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決、決定その他の行為の取消しを求める訴訟をいう、としているところ、同法一〇条二項によれは、処分取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない、とし、裁決の手続上の違法その他裁決固有の違法のみを主張することが許され、いわゆる原処分主義を採用しているもので、裁決の取消しの訴えは、裁決手続の適法性の確保の目的としていると言うことができる。そして、労災法及び労審法により二段階の不服審査が許されている本件のような場合においても、審査官の決定が中間処分であるというだけで、原告が審査官の決定手続の適法性の確保を享受する利益がないとは言えないし、労災法、労審法にも、審査官の決定に対する取消しの訴えの禁止を明示する規定(行政事件訴訟法一条にいう「特別の定め」)はない。

2  したがって、審査官の決定に対する取消しの訴えは、許されると言うべきであって、原告の被告審査官に対する本件訴えも適法である(なお、被告審査官摘示の判例は、原処分主義を採用した行政事件訴訟法施行前の事案に対するもので、かつ事案を異にし、本件には適切ではない。)。

二(争点2について)

1  労災法に基づく保険給付に関する処分の取消しの訴えは、当該処分についての労働保険審査官の決定及び労働保険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができず(同法三五条一項、三七条、審査請求及び再審査請求前置)、右前置の要件を満たすためには、適法な審査請求がなされていることを要すると解すべきところ、労審法八条一項は、右審査請求は、審査請求人が、原処分のあったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内にしなければならない、と規定しているから、審査請求が、右期間経過後になされた場合、同項ただし書の正当な理由が認められない限り、右審査請求は、不適法なものであり、したがってまた、原処分たる保険給付に関する処分の取消しの訴えも、審査請求前置の要件を満たさない不適法なものとして却下を免れないものと言うべきである。

2(一)  前記争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五九年七月九日、本件交通事故に遭って頸部、腰部、右手挫傷等の傷害を負い、その後も、首痛等の症状が続くため、昭和六〇年二月六日、検査のため入院していた福岡県済生会八幡病院での頸部造影検査の際、造影剤メトリザマイドを脊髄に注射した直後から嘔吐、左半身のしびれ、発語障害、記銘力障害等が発生したが、必ずしも右造影剤が原因かどうかは断定できず、また、原告は、その後、ヒステリー症、神経症、あるいは、反応性うつ病(<証拠略>)等の診断がなされた。

(2) 被告労基署長は、原告の請求にかかる本件障害補償給付につき、昭和六一年六月二日、労災法施行規則別表第一の障害等級第一二級と認定し、右等級相当額の障害補償給付を支給する旨決定し、同月三日付けの支給決定、支払通知書を、同日ころ、原告に送付し、原告は、遅くとも昭和六一年六月七日までには、右支給決定、支払通知書を受領し、本件原処分のあったことを知った。

(3) 原告は、右のとおり、本件障害補償給付において、障害等級第一二級と認定されたが、原告の加入していた郵便局の簡易保険では、後遺障害第三級と認定され、また、自動車損害賠償保険では、後遺障害第一四級と認定された。原告は、本件障害補償給付と原告の加入していた郵便局の簡易保険の等級の認定の違いが大きいため、昭和六一年七月初めころ、北九州西労働基準監督署に出向き、本件障害補償給付の事務を担当していた鹿野晋一(鹿野)に面接した。

(4) 鹿野は、保険請求者から給付関係の決定に対して不服申立をしたい旨の申出を受けた場合、所定の様式の不服申立用紙を交付し、同用紙に必要事項を記載して提出するように答える扱いにしていたが、昭和六一年七月初めころ、原告と面接した際には、鹿野は、原告が不服申立をしている旨の認識はなく、所定の様式の不服申立用紙を交付したり、同用紙に必要事項を記載して提出するよう求めたりしたことはなかった。

(5) また、労審法九条は、審査請求は政令で定めるところにより文書又は口頭ですることができる旨規定し、労審法施行令五条は、口頭で審査請求をするときは、審査請求人は、審査請求書に記載すべき事項を労働保険審査官(労働基準監督署を経由する場合には、当該労働基準監督署長又はそのあらかじめ指名する職員)に対し陳述しなければならず、これに基づいて作成された聴取書に記名、押印しなければならない旨規定されているが、前記原告が労働基準監督署に出向いた際には、そのような手続はとられていなかった。

(6) 原告が、昭和六一年八月一日、本件訴訟代理人の弁護士上田国広に相談した際も、原処分のあったことは話したが、本件についての審査請求について明示的な依頼はしておらず、また、原告が、昭和六二年一一月二五日、同弁護士と同道して労働基準監督署に出向き、障害等級の決定内容等について説明を求めた際、労働基準監督署職員は、当該説明に併せて、既に審査請求期間を徒過している旨指摘したにもかかわらず、原告側からは何らの反論もなかった。さらに、被告審査官が、同弁護士に対し、昭和六三年一二月八日、電話で本件についての事情聴取をした際、同弁護士は、<1>審査請求の件については依頼は受けていない、<2>医療の件については承知している、<3>(審査請求の適法性について)できれば前向きにお願いしたい、旨の回答をした。

(7) 原告は、労働基準監督署での呼び出し調査の際、担当職員に、知能障害があるとは意識されていなかった。

(8) 昭和六一年九月二六日、前記済生会八幡病院に対する証拠保全手続がなされ、原告に関するカルテ等の検証がなされた。

(二)  以上の事実によれば、原告が、被告労基署長の原処分があったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内である昭和六一年七月初めころ、少なくとも、原処分に内心において不満を持ち、労働基準監督署に赴いているとは言い得るが、北九州西労働基準監督署担当官に対して、口頭で、審査請求する旨の意思を表示していたと認めることは困難である。

この点、原告は、口頭で審査請求の意思表示をした旨供述するが、前記認定の各事実に照らし、たやすく採用することはできない。

また、労審法八条一項ただし書にいう正当な理由とは、請求人の主観的理由により請求期間内に請求できなかったというのみでは足らず、天災地変等一般的に請求人では如何ともしがたい客観的事情により審査請求をすることができなかった場合等期間経過の責めを請求人に帰するのが相当でないと判断される事情が存する場合に限り正当な理由があると認められると解すべきである。

前記認定の事実によれば、原告は、遅くとも昭和六一年六月七日に本件原処分を知った当時、自ら審査請求の意思表示をするだけの能力はあり、同年八月一日に弁護士上田国広を訪ねた際、自ら審査請求の依頼の意思表示をするだけの能力はあったもので、同弁護士にも本件原処分があったことは話しており、右時点で、本件後遺症の原因が医療過誤ではない場合を慮り、その場合に備えて、審査請求をすることになんらの障害もなかったものと言うべきであり、したがって、本件においては、原告が審査請求期間経過後に本件審査請求をしたことにつき正当な理由があったものと言うことはできない。

三 以上によれば、原告の被告労基署長に対する訴えは、労災法三五条、三七条の審査請求前置の要件を満たしたものとは言えず不適法なものであるから、却下を免れず、また、原告の被告審査官に対する請求は、前判示のとおり、被告審査官の判断が相当であり、理由がないことが明らかであるから、棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 小泉博嗣 裁判官 長倉哲夫)

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