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福岡地方裁判所 平成元年(ワ)766号 判決 1990年5月22日

原告 穂満信子

右訴訟代理人弁護士 古川卓次

被告 朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役 若原泰之

右訴訟代理人弁護士 茅根煕和

同 春原誠

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一五日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、生命保険業を営む会社である。

2  穂満茂春は、昭和六〇年七月一九日、被告との間で、被保険者を本人とする集団扱普通定期保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、同日検査医の検診を受け、重要事実を告知のうえ、第一回保険料に相当する金額(金二万五八〇〇円)を支払った。本件保険契約の死亡保険金は金二五〇〇万円で、死亡時保険金受取人は原告と指定された。その後、被告から保険証券が送付された。保険料支払も、滞りなかった。

3  穂満茂春は、昭和六二年七月二一日脳出血により死亡した。

原告は、穂満茂春の相続人で、本件保険契約の保険金受取人である。原告は、同年八月八日、被告に対し、保険金支払手続をした。本件保険契約の保険約款によれば、保険金は請求日の五日後に支払われるべきことになっている。

4  よって、原告は、被告に対し、本件保険契約の保険金二五〇〇万円とこれに対する遅くとも遅滞に陥った後である昭和六二年八月一五日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因事実中本件保険契約成立の日を否認し、その余の事実は認める。

普通定期保険普通保険約款第一条第二・第三項には、被告が保険契約を承諾する前にあらかじめ第一回保険料に相当する金員を受け取ることがあり、それが被保険者に関する告知を受けた後であれば同金員を受け取った日が責任開始日となり、同時に契約成立日となる旨定められている。本件保険契約は、集団扱いであり、普通定期保険集団扱特約第二条第一項には、この特約による取扱いを行う保険契約では、普通保険約款の規定にかかわらず、普通保険約款に規定する被告の責任開始期の属する月の翌月一日を契約成立日とする旨定めている。したがって、本件保険契約については、責任開始日は第一回保険料に相当する金員の支払われた昭和六〇年七月一九日であり、契約成立日は同年八月一日である。

三  抗弁

1  穂満茂春は、本件保険契約にあたり、昭和六〇年七月一九日、被告に対し、現在の健康状態として病気・外傷で診察・検査・治療を受けていない、薬物の常用・中毒については血圧降下剤を常用していないと告知した。

2  しかし、同人は、同月一〇日に大野城市大城四丁目一番三号所在の金子外科・胃腸科医院において、医師金子博昭から軽度の頭痛を主訴として診察を受け、血圧測定の結果二五〇~一四〇であったことから、病名を本態性高血圧と告げられ、血圧降下剤二〇日分を与えられていた。同人は、その後、同月一一日、一二日、一六日と通院し、更に同年八月には一日、一一月には五日間通院している。

3  被告は、右事実を基に告知義務違反を理由として、昭和六二年九月二九日、原告に対し、本件保険契約を解除する旨意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

穂満茂春が昭和六〇年七月一九日被告検査医の検診を受けた際測定された血圧は、一三八~九四であった。金子医師から受けた血圧降下剤は、数回服用したにすぎなかったため、「薬物の常用・中毒」とは程遠く、告知内容としては「無」としたのである。

五  再抗弁

1  被告は、穂満茂春の高血圧の事実を知っていた。

同人は、昭和六〇年七月八日、被告会社筑紫野営業所の外務員末次麿弓の勧誘で本件保険契約の申込みをしたが、その際、同外務員に対して血圧が若干高いことを告げている。同外務員から、血圧降下剤を服用すれば下がると言われ、病院で診察を受けてみることを勧められた。そこで、同月一〇日、金子医院において診察を受けた。同人は、同医院の診察結果を同外務員に告げ、同月一九日被告検査医の検診を受けた際にも述べたけれども、その時の測定結果が前記のとおりであったため、不問に付された。

2  告知義務違反を理由とする契約解除権の除斥期間経過による消滅

ア 被告は、昭和六二年八月一五日頃告知義務違反という解除原因を知ったのであるが、その後一か月以上経過した同年九月二九日に解除の意思表示をした。

イ 本件保険契約の普通保険約款によれば、告知及び第一回保険料に相当する金員を払い込めば、後日被告の申込みに対する承諾があっても、被告の保険契約上の責任が第一回保険料に相当する金員を払い込んだ日に開始し、同日をもって契約成立日となる。ところが、集団扱いの場合は、第一回保険料に相当する金員を払込日を責任開始日とするが、別途特約により、契約成立日は翌月一日と定められている。これは、被告の集金作業の画一化・効率を図るためである。したがって、本件保険契約においては、第一回保険料に相当する金員の払込日が昭和六〇年七月一九日であったから、その日が責任開始日であるが、保険証券上の契約成立日は同年八月一日と記載されている。本件保険契約時である昭和六〇年度の被告の普通保険約款には、告知義務違反を理由とする契約解除権の除斥期間を契約成立日から二年と定め、この期間内に保険金の支払事由が生じない場合解除権が消滅すると定めている。この除斥期間の起算日たる「契約成立日」とあるのは、普通保険約款上定められている契約成立日(即ち、責任開始日)を指すが、集団扱特約によって翌月一日を契約成立日とする本件保険契約にあっても、責任開始日と解すべきである。期間経過後は権利が消滅する除斥期間につき、告知義務違反という同一の理由によって解除権を行使するのに、対象契約が集団扱いという特約の有無により差異を生じさせる合理的な理由はない。特約の有無にかかわらず、全保険契約を均一に解すべきである。集団扱特約が契約成立日を翌月一日としているのは、単に被告の利便のためである。解除権行使という保険契約者にとって不利益な点については、特約は適用されない。原則どおり普通保険約款に定められている実質的に契約が成立した責任開始日と解するのが衡平の理念に沿うものである。

被告は、昭和六一年七月五日に普通保険約款を改正して、除斥期間につき「契約成立日から二年」を「責任開始日から二年」とした。昭和六〇年度当時、他の保険会社の普通保険約款の多くは、除斥期間を「責任開始日から二年」としていたこと、特約の有無によって差異を付ける合理的な理由がないこと、契約成立日の解釈を統一するために改正した結果不均衡が改善されることになったなどから、被告の改正約款が既存の保険契約にも適用されるものと解すべきである。

そうすると、穂満茂春が死亡したのが昭和六二年七月二一日であるから、その死亡が実質的契約成立日である責任開始日から二年以上を経過した後であるので、被告の解除権は、既に消滅した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実中本件保険契約が被告会社筑紫野営業所の外務員末次麿弓の勧誘によること、穂満茂春が昭和六〇年七月一九日被告検査医の検診を受けた際測定された血圧が一三八~九四であったことは認める。同人が金子医院から受けた血圧降下剤の服用状況は知らない。その余の事実は否認する。

保険加入申込みの勧誘にあたる外務員は、告知の受領について、保険者を代理する権限がない。

2  再抗弁2について

ア 同アの事実は否認する。

被告が告知義務違反の事実を知ったのは、金子医師から事情を聴取し、診療証明書の交付を受けた昭和六二年九月二二日である。

イ 同イの事実のうち本件保険契約の普通保険約款及び集団扱特約の各規定、被告が原告主張のように普通保険約款を改正したことは認めるが、その主張は争う。

本件保険契約の保険金支払事由である穂満茂春の死亡は昭和六二年七月二一日であるから、被告のした解除権の行使は、本件保険契約成立の日である昭和六〇年八月一日から起算して二年以内である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因事実中本件保険契約成立の日を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告の普通定期保険普通保険約款第一条第二・第三項及び普通定期保険集団扱特約第二条第二項にそれぞれ請求の原因に対する認否において被告の主張するような定めがあることを認めることができるので、本件保険契約においては、責任開始日が第一回保険料に相当する金員の支払われた昭和六〇年七月一九日であり、本件保険契約の効力が生じたのがこの日ということになるから、実質的な契約の締結(成立)を同日と見ることができるけれども、本件保険契約における普通保険約款及び集団扱特約にいう「契約成立日」は同年八月一日であるといわなければならない。

二  抗弁事実は、当事者間に争いがない。

三  再抗弁事実1の事実中本件保険契約が被告会社筑紫野営業所の外務員末次麿弓の勧誘によることは、当事者間に争いがない。穂満茂春が昭和六〇年七月一九日被告検査医の検診を受けた際測定された血圧が一三八~九四であったことは、原告の自陳するところである。

穂満茂春が被告会社筑紫野営業所の外務員末次麿弓に血圧の高いことを告げたとの点については、《証拠省略》によるも、これを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また仮令生命保険会社の外務員に告げたとしても、一般に外務員にはこのような告知を受領する権限なく、同外務員にその権限があるとの特別な事情については主張立証がない。

更に、穂満茂春が被告会社の診察医に対して高血圧の事実を告げたとの点についても、これを認めるに足りる証拠はない。

四  再抗弁2アについて、原告が被告に対して保険金支払手続をとったのが昭和六二年八月八日であったこと、被告の契約解除の意思表示をしたのが同年九月二九日であったことは、いずれも当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、被告会社が穂満茂春の昭和六〇年七月一〇日から同年一一月二五日まで通院した金子外科・胃腸科医院の医師金子博昭から診療証明書(診断書)の交付を受け、入・通院状況を確認したのが昭和六二年九月二二日であることが窺われるので、被告において告知義務違反という解除原因を知ったのも同じ頃と思われる。したがって、被告のした契約解除の意思表示は、解除原因を知ってから一か月を経過していないので、被告の解除権は未だ消滅していないというべく、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五  再抗弁2イについて検討する。

1  再抗弁2イの事実のうち本件保険契約の普通保険約款及び集団扱特約の各規定、被告が原告主張のように普通保険約款を改正したことは、当事者間に争いがない。

2  確かに、《証拠省略》によれば、被告の普通定期保険普通保険約款第一条第二項・第三項において、第一回保険料に相当する金員を受領した日をもって責任開始日とするとともに契約成立日としていることが認められるにもかかわらず、《証拠省略》によれば、普通定期保険集団扱特約第二条おいては、前記普通保険約款の規定にかかわらず、普通保険約款に規定する被告の責任開始期の属する月の翌月一日を契約成立日とすることが定められていることが認められるので、集団扱分のみ取扱いが異なるということができる。この取扱いの差異が告知義務違反を理由とする契約解除権の除斥期間の起算点に関係してくることになる。しかも、この除斥期間の起算点も、《証拠省略》によれば、昭和六一年七月五日の普通定期保険普通保険約款改正により、「契約成立の日から」とある部分が「責任開始の日から」に改められたことが認められるため、この改正以後は、集団扱特約による契約成立日のずれも、除斥期間の起算点に関しては、差異を生じなくなった。また、《証拠省略》によれば、被告以外の生命保険会社においては、あらためて契約成立日を問題にせず、すべて責任開始日を基準に処理しようとするところや契約成立日を定めてはいても、期間の計算に関しては責任開始日とするところが多く、契約成立日としていたのを責任開始日に改正したところもあり、責任開始日を基準にしながらも、集団扱特約において、責任開始日を翌月一日とするところが一社あるにすぎないことが認められる。

これらの事情を考えると、穂満茂春が責任開始日を基準に起算すると二年以上経過し、契約成立日を基準にすると二年を経過していない微妙な時期に死亡したという本件において、原告が実質的な本件保険契約締結(成立)の日に着眼して集団扱いの取扱いの差異をなくし、他社の取扱いとの均一化を強調して、契約成立日を責任開始日に読み替えるよう主張することは、心情的には理解することができ、この主張を理由のないものとして直ちに排斥しがたいところであると考えられる。しかし、翻って考えてみるのに、告知義務違反を理由とする契約解除権の除斥期間は、元来「契約ノ時ヨリ五年」(商法第六七八条第二項、第六四四条第二項)と定められているのを保険者において期間の利益を一部放棄した形で普通保険約款に規定したものであるから、本件保険契約において、除斥期間の終期を定めるにあたり、普通保険約款及び集団扱特約にいう「契約成立日から二年間」、即ち昭和六二年七月末日までと定め、各社・各種保険と比較して二年間という期間に多少のずれが生じたとしても、これを直ちに不合理であると断ずることは困難である。集団扱いにおける責任開始日と契約成立日のずれが保険者側の集金事務の便宜のために設けられたであろうことは、推察するに難くないが、《証拠省略》によれば、集団扱特約の適用を受ける保険契約者には、保険料において集団扱いの保険料率が適用されることが認められるので、この点を考慮すれば一概に不合理ということもできない。

3  本件保険契約締結後、普通保険約款が改正されたことは先に見たとおりであるが、特段の事情のない限り、改正された普通保険約款が適用されるとはいえないと解するのが相当である。本件において特段の事情も認められない。

六  してみると、原告にとっては不運な事情が重なったというほかないが、結局、原告の本訴請求は、理由がなく、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎)

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