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福井地方裁判所 昭和62年(行ウ)6号 判決 1990年4月20日

福井市手寄一丁目一一番二五号

原告

山口賢司

右訴訟代理人弁護士

吉川嘉和

福井市春山一丁目六番一号

被告

福井税務署長

北村正士

指定代理人

天野登喜治

同右

木田正喜

同右

三輪冨士雄

同右

押田煕

同右

山田潔

同右

小林義信

同右

山本清

同右

森田繁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年二月二五日原告の昭和五八年分の所得税についてした重加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件賦課決定処分

(一) 原告は、昭和五九年三月一四日、昭和五八年分所得税につき、昭和五八年六月七日、株式会社木下組に対し、原告所有の鯖江市神中町二丁目四〇一番一二の雑種地三三〇五平方メートル(以下「本件土地」という。)を譲渡代金一億六〇〇〇万円で譲渡したが、その所得金額については、租税特別措置法三七条四項の適用により、ゼロとして、不動産所得の欠損額を二七万八九一五円、分離長期譲渡所得をゼロとする確定申告をした。

(二) その後、原告は、昭和六〇年二月一六日、昭和五八年分所得税につき、不動産所得を欠損額八八八万九〇一四円、分離長期譲渡所得を一億二五〇五万一六四二円とする修正申告をした。

(三) これに対し被告は、原告のした右修正申告に基づき昭和六〇年二月二五日、昭和五八年分の所得税につき、別表の算出方法により重加算税九二〇万一〇〇〇円を賦課決定した。

2  異議申立及び審査請求

(一) 原告は、昭和六〇年四月一五日、本件賦課決定処分を不服として異議申立をしたところ、審査庁は、同年七月四日付で異議申立を棄却する決定をした。

(二) そこで、原告は、さらに同年八月二日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和六一年一二月一五日付で右審査請求を棄却する裁決がなされ、昭和六二年一月二〇日ころその通知を受けた。

3  本件賦課決定処分の違法性

(一) 原告は、国税通則法六八条一項にいう「課税標準の基礎となる事実の全部を隠ぺいし、又は、仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した」ことはない。

すなわち、原告が株式会社木下組(以下「木下組」という。)に対し、昭和五八年六月七日、本件土地を譲渡したことは、そもそも所得税法五八条(固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例)及び租税特別措置法三七条四項(特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例)の適用されない場合である。原告は、本件土地が右各法令適用の前提となる事業用資産に該当しないことを知るや、直ちに修正申告をしたにすぎないのであるから、課税所得の基礎となるべき事実を隠蔽する等したことはなく、少なくとも税金逃れする意思は全くなかつたものである。したがつて、本件賦課決定処分は違法である。

(二) 裁量権の濫用

仮に、本件賦課決定処分が国税通則法六八条一項、六五条一項に基づきなされたものであるとしても、原告は、本件土地を昭和五八年五月三〇日自己所有の福井県鯖江市神中町二丁目九〇三番の土地(以下「従前土地」という。)との交換により事業用として取得したものの、行政指導等の規制のため事業用に利用できず、木下組に対し、従前土地と同様本件土地についても、同会社が本件土地の草刈りをすることを条件に、引き続き資材置場として貸していたところ、原告の依頼した税理士増田義範(以下「増田税理士」という。)から、右の利用形態であれば、租税特別措置法三七条四項の適用があるかもしれないと聞いて、その指導に従い、実情に合致するよう書面の形式を整えたにすぎず、同条項の適用がなければ、法定の納税をするつもりでおり、過少申告の意思はまつたくなかつた。しかも、同条項が適用される場合であつても、税金の支払を免れるものではなく、支払を繰り延べるだけのもので、納税額は、同条項が適用された場合必ずしも低額になるわけではない。

ところで、重加算税の課税処分については、実質的には刑罰ともいうべきものであるから、その適用の要件も厳格に制限され、被告の裁量も覇束裁量というべきであるところ、前述のような原告の事情に照らせば、本件賦課決定処分は、明らかに被告の右裁量の範囲を逸脱しており、裁量権の濫用にあたる。

(三) 禁反言の法理

さらに、被告は、増田税理士を通じ原告に対し、「修正申告をすれば、何も問題はない。」と述べ、修正申告をすれば、重加算税を賦課しない旨あらかじめ黙示的に告知したにもかかわらず、本件賦課決定処分をしたもので、禁反言の法理に反するものである。

4  よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1および2の事実はすべて認める。

2  同3(一)は争う。被告の本件賦課決定処分は、後記被告の主張のとおり適法にされたものである。

3  同3(二)の事実は否認し、裁量権の濫用の主張は争う。

後記被告の主張のとおり、原告が木下組に対し、本件土地を賃貸した事実はないが、仮に原告主張のように木下組のする草刈り費用が原告に対する賃料に見合うものだとしても、草刈りは、本来賃借人である木下組が当該土地を維持管理するための費用であり、原告が負担すべきものではないから、原告に対する賃料とは評価できない。また、国税通則法六八条一項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有することは必要ではない。そして、原告は、増田税理士に対し、本件土地に関して事業用資産の買替え適用をしたいので手続きをとつて欲しい旨の依頼をし、後記のとおり木下組には虚偽の書類を作成してもらつたものである。したがつて、これらの原告の行為は、国税通則法六八条一項に規定する「隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するから、被告が原告に対してした本件賦課決定処分には裁量権の濫用はない。

4  同3(三)の事実は否認し、禁反言の法理に反するとの主張は争う。

三  被告の主張

被告が原告に対し本件賦課決定処分をした理由は、原告が本件土地は租税特別措置法三七条にいう事業用資産でないにもかかわらず、これを事業用資産であるかのように仮装したところに基づき、同条四項の適用により、その譲渡所得がゼロである旨の申告をしたことにある。すなわち、原告は、本件土地を事業用資産であるように装うために、なんら賃貸したことがないのに、木下組に対し賃貸しているように装うため、昭和五八年分確定申告書にいずれも添付して提出した「譲渡内容についてのお尋ね」書に本件土地を木下組に対し、月額賃料五万円で賃貸していた旨の、「交換についてのお尋ね」書に本件土地が貸宅地であつた旨のいずれも虚偽の事実を記載し、租税特別措置法三七条四項の買い替えの承認申請書にも、本件土地の譲渡についてその適用を受ける旨記載し、また、従前土地については虚偽の賃貸借契約書を、本件土地については従前土地と同様の条件で引き続き本件土地を賃貸する旨の覚書をそれぞれ作成してこれを税務調査の際、提出するなどした。

しかも、原告は、右賃貸借契約書及び覚書の記載事項に対応して作成した、原告の署名押印のある昭和五八年六月一日付の三〇万円(昭和五八年一月一〇日から六ケ月分・賃料月額五万円)と記載した架空の領収書を木下組に交付した。

以上のとおり、原告は、昭和五八年分所得税の確定申告に当たり、本件土地の分離長期譲渡所得の計算の基礎となるべき事実であるところの事業用資産であることを仮装し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたことが明らかであるから、国税通則法六八条一項、六五条一項に基づき、別表の算出方法により算出された重加算税を原告に対し課した本件賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張事実中、本件土地は租税特別措置法三七条にいう事業資産ではないこと、原告は、本件土地の譲渡所得が同法四項の適用によりゼロである旨の納税申告をしたこと、被告主張の虚偽の賃貸借契約書、覚書、架空領収書を作成し、納税調査の際、右賃貸借契約書及び覚書を提出し、右領収書を木下組に交付したことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1(本件賦課決定処分)及び2(異議申立及び審査請求)の各事実については当事者間に争いはない。

二  そこで、本件賦課決定処分の適法性について判断する。

1  右一の事実及び被告の主張中、当事者間に争いのない原告が、被告主張の内容の虚偽の賃貸借契約書、覚書、架空領収書を作成した事実に、成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第一〇号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第五ないし第七号証、証人荒谷良一の証言により真正に成立したものと認められる乙第八、第九号証、同証人及び証人増田義範の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告の確定申告から本件賦課決定処分にいたるまでの経緯は、次のとおりであることが認められ、これに反する原告本人の供述部分は各関係証拠に照らし、採用できない。

(一)  原告は、従前土地を昭和四二、三年ころに事業用の土地として取得したが、政府の指導で染色関連事業のためにしか使用できないことになつたため、空き地のままで放置していたところ、木下組が無断で資材置場として使用し始めた。そこで、原告は、木下組が年一、二回草刈りをすることを条件に木下組が従前土地を使用するのを認めていた。昭和五八年五月三〇日、原告が従前土地との交換によつて、本件土地を取得した後は、木下組は、本件土地を従前土地と同様に使用していたが、同年六月七日原告から本件土地を譲り受けた。

(二)  原告は、本件土地の譲渡に伴う所得税の申告につき、知人や税務署の窓口での話から、本件土地が租税特別措置法三七条にいう事業用資産に該当すれば、同条四項の特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(以下「事業用資産の買換え特例」という。)が適用される場合があることを聞き、増田税理士に確定申告の依頼をする際、従前土地及び本件土地の使用形態を話したうえ、もし、本件土地の譲渡につき事業用資産の買換え特例の適用があるなら、そうして欲しい旨伝えた。これに対し、増田税理士は本件土地の譲渡については、事業用資産の買換え特例の摘要があるかどうかわからないこと、右適用を受けたからといつて必ずしも所得税額が低額になるわけではないこと及び事業用資産の買換え特例の適用を受けるためには書類がある方が望ましいことなどを話した。なお、増田税理士の話を聞いて原告は、事業用資産の買換え特例が適用されても、所得税の合計額が低額にならない場合でも、分割で納税できるのであれば、事業収入から支払えるので、右適用を受けたいと考えていた。また、右適用が受けられない場合に備えて税金相当額を一応準備していた。

(三)  そして、原告は、木下組に対し従前土地及び本件土地の使用形態について口頭での約束だけでなく、書類があつた方が良い旨伝えたところ、原告が木下組に対してビル建築を発注する計画があつたこともあつて、木下組は、原告の要請にしたがつて従前土地についての賃料月額五万円とする原告と木下組との昭和五八年一月一〇日付の賃貸借契約書、本件土地につき従前土地と同様の賃貸借契約を継続する旨の同年五月三一日付の覚書を作成して増田税理士に交付するとともに同年六月一日付で昭和五八年一月から六か月分の賃料三〇万円を受領した旨の原告作成の領収証の交付を受けた。しかし、契約書及び覚書は実際には、これら書面に記載された日付に作成されたものではなく、原告と木下組の間で従前土地及び本件土地の賃料を月額五万円とする合意がなされたこともなく、実際に月額五万円の賃料が木下組から支払われたこともなかつた。領収証についても、木下組が原告に三〇万円を支払つたことはなく、他の既に支払ずみの領収証を流用したものであつた。

(四)  増田税理士は、昭和五九年三月一四日木下組から交付された各書面をもとにして昭和五八年分の所得税の損失申告書を作成し、原告の確定申告手続きをすると共に、被告の税務調査の際には、これら書面を提出した。これを受けて、資産税の調査事務を担当していた福井税務署の調査官である荒谷良一(以下「荒谷調査官」という。)及びその同僚の木下調査官は、原告の所得税損失申告書記載の内容を確認するため四回にわたり木下組に赴き調査した結果、木下組総務部長である井美郁夫から、従前土地及び本件土地につき原告から賃借したことはなく、賃貸借契約書、覚書及び領収書は原告に依頼されて作成、交付したもので、賃料も支払つたことはない旨の答弁を得たため、昭和五九年二月ころ、荒谷調査官は増田税理士を通じて原告に対し、本件土地の譲渡については事業用資産の買換え特例は適用できないから早急に修正申告をするようにと伝えた。そこで増田税理士は、原告と相談のうえ昭和六〇年二月一六日修正申告の手続きをした。右修正申告の手続きの際、増田税理士は、重加算税が賦課される旨荒谷調査官と統括官から告げられたが、決定前に嘆願書を出せば、重加算税は賦課されない扱いになることもあることを知つていたので荒谷調査官に対し、書面を出したい旨告げた。荒谷調査官は、重加算税賦課決定処分は自分の判断でするものではないが、書面は出してもらつてもかまわない旨回答し、これを了承したが、この際、修正申告をすれば、なにも問題ない旨告げたことはなかつた。

2  右の事実によれば、原告は、本件土地を木下組に事実上使用させていた事実はあるが、賃料は受領しておらず、賃料を定めて賃貸借契約を締結したこともない。そして、木下組が従前土地及び本件土地の草刈り費用を負担していたかどうかはさだかでないが、仮にこれを負担していたとしても、草刈りは木下組が、従前土地を使用するために当然に必要な行為であり、そのための費用負担は賃料の支払に値しないことは明らかであるから、結局本件土地は租税特別措置法三七条にいう事業用資産には該当しないものというべきである。そうすると、原告は、本件土地が本来事業用資産には該当しないにもかかわらず、事実に反することを知りながら、虚偽の賃貸借契約書、覚書を添付し、本件土地が事業用資産に該当するかのように装つて確定申告手続きをしたものと認められる。

3  ところで、原告は脱税意思あるいは過少申告の故意はなかつたから、国税通則法六八条一項、六五条一項の要件を欠く旨主張する。しかし、国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という不正の方法に基づいて行われた場合に、違反者に対して課される行政上の措置であつて、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから、同法による重加算税を課し得るためには、事実の隠ぺい又は仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足りるのであつて、過少申告の故意がないことをもつて同法六八条一項の適用を免れることはできない。

さらに、原告は、事業用資産の買換え特例の適用を受けても、納税額の合計は右適用がない場合より低額になるとは限らない旨主張し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、原告主張の事実が認められる。しかし、納税は年度毎に行われるものであり、昭和五八年度分の所得税について過少申告の結果が発生したことは否定できないから、原告の主張は理由がない。また、右適用を受けることは、税金の支払を免れることではなく、繰延べにすぎない旨の主張も同様に理由がない。

したがつて、国税通則法六八条一項、六五条一項の規定に基づき、被告の原告に対してなした本件賦課決定処分が裁量権の濫用にあたると認めるに足りる事情は認められない。

4  また、前記認定のとおり、被告が原告に対し、荒谷調査官を通じて、修正申告をすれば、なんら問題はない旨告げた事実を認めるに足りる証拠はないから、この点についての原告の主張は理由がない。

三  以上のとおりで、本件賦課決定処分は適法であり、他にその違法性を認めるに足りる証拠もなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 猪瀬俊雄 裁判官 松井千鶴子 裁判官黒岩巳敏は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 猪瀬俊雄)

別表

<省略>

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