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福井地方裁判所 昭和34年(ワ)250号 判決 1966年9月16日

原告 水井義信 外一二七名

被告 福井交通株式会社

主文

一、被告は別紙第三目録記載の各原告に対し、それぞれ同目録請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち、同目録「昭和三五年一二月二三日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日より、同目録「昭和四一年五月二八日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日より、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は別紙第四目録記載の原告らのうち、一四、一九、二四の各原告を除く、その余の各原告に対し、それぞれ同目録請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち同目録「昭和三六年二月二二日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日より、同目録「昭和四一年五月二八日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日より、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告は、別紙第五目録記載の各原告に対し、それぞれ同目録未払賃金欄記載の各金員及び右金員のうち、同目録A欄記載の金員に対する昭和三六年二月二二日より、同目録B欄記載の金員に対する昭和三六年七月二二日より、同目録C欄記載の金員に対する昭和四一年五月二八日より、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四、別紙第五目録記載の各原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

五、訴訟費用中、別紙第五目録記載の原告らと被告との間に生じた分はこれを一〇分し、その一を同原告らの、その九を被告の各負担とし、同目録記載の原告らを除くその余の原告らと被告との間に生じた分は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一項と同旨のほか、被告は別紙第四目録記載の各原告に対し、それぞれ同目録請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち同目録「昭和三六年二月二二日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日より、同目録「昭和四一年五月二八日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する同日よりいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、被告は乗用車七四台余、従業員約一七〇名を使用して、一般乗客の自動車運送業(タクシー業)を営む株式会社であり、原告らは、いずれも被告会社の従業員で、それぞれ別紙第一、第二目録職種欄記載の職務を担当し、同目録請求期間欄記載の各始期より被告会社に勤務し、以来毎月四日に被告会社から賃金(本給、諸手当)の支給を受けているものである。

二、しかるところ、被告会社は、原告らに命じて右第一、第二目録の請求期間欄記載の各期間内である別紙第六、第七目録記載の日に、それぞれ同目録出勤欄記載の時刻から退社欄記載の時刻まで勤務させ、もつて、所定労働時間である一日八時間の労働時間を超えて時間外労働をさせ、若しくは休日労働または深夜業をさせた。

よつて、被告は、原告らに対し前記出勤後退社までの労働時間のうち実働八時間と休憩一時間との合計九時間を超過する時間外勤務、若しくは休日労働または深夜業について、労働基準法第三七条、同法施行規則第一九条、第二一条等の規定に基き、次の算定法によつて計算した時間外、休日、深夜業の各割増賃金を支払う義務がある。

1  時間外

(総支給額-(歩合給+家族手当+宿泊手当+時間外手当+休日出勤手当)/200×1.25+歩合給/総労働時間×0.25)×時間外労働時間数(含深夜労働時間数)

2  深夜

(総支給額-(歩合給+家族手当+宿泊手当+時間外手当+休日出勤手当)/200+歩合給/総労働時間)×0.25×深夜労働時間数

3  休日

(総支給額-(歩合給+家族手当+宿泊手当+時間外手当+休日出勤手当)/200×1.25)+歩合給/総労働時間×0.25)×(休日出勤日数×8)

しかして、右時間外、休日、深夜業の各労働時間及びその各割増賃金算定の基礎となる金額などの明細並びにこれらに基づき右各算定法に従つて計算した前記時間外、休日、深夜業の各割増賃金額の明細は、別紙第六、第七目録中、各該当欄記載のとおりである。

なお、右時間外、休日、深夜業の各労働時間の算出に際し、出勤、退社時間に一時間未満の端数を生じた場合には、出勤、退社とも、四六分より五九分までは切り上げ、一分より一五分までは切り捨てて、いずれもこれを六〇分とし、一六分より二九分までは切り上げ、三一分より四五分までは切り捨てて、いずれもこれを三〇分として、それぞれ算出し、かつ夜勤の場合における所定労働時間は、夜勤一勤務を暦日二日勤務として、実働一六時間、休憩一時間の合計一七時間として計算し、また休日労働については、各月(賃金算定期間である前月二一日から当月の二〇日まで)の所定休日(日曜日及び一月一日、二日、一五日、五月一日並びに勤労感謝の日)の日数より、各原告が現実に行つた公休及び欠勤の合計日数を差引いた残日数をもつて休日出勤をした労働日数となし、これに一日の所定労働時間である八時間(休日出勤日における時間外労働、深夜業の各時間については、それぞれ時間外深夜業の各割増賃金計算に算入ずみであるため、除外した)を乗じて休日労働時間を算出したものである。

被告は、被告会社における所定労働日数は毎月二六日と定められていた旨主張するが、右主張は失当である。すなわち、被告会社の旧就業規則(昭和三二年六月二一日実施、同年七月一二日福井労働基準監督署届出受理)の給与規定には、その所定労働時間は一日実働八時間に対する二五日分すなわち二〇〇時間である旨明記せられているのみならず、従前より被告会社の給与担当者においても、時間外手当等の計算方式の分母を二〇〇としていたのであるから、被告の前記主張は理由がない。

被告は、被告会社の労働時間は、休憩時間を含めた拘束一二時間であるから、それ以上の勤務が時間外労働の対象となるに過ぎない旨主張するが、右被告の主張も理由がない。すなわち、被告は、タクシー運転者の真の実働時間は長時間でなく待機時間が長いとか、待機時間は或程度の自由時間となるなどと主張するが、右は全く真実に反するものであり、原告らは、食事時間、休憩時間も十分にとれないほどの労働に従事しているのである。被告のいわゆる待機時間は、何時でも労働に従事すべく待機する時間であつて、休憩時間とは異質のものであり、その間労働者の自由に利用しうる時間ではない。したがつて、被告主張の拘束時間一二時間というのは、休憩時間を一時間としても、すでに一一時間の労働時間とならざるをえない。仮に、被告会社の労働時間が拘束一二時間と定められていたとしても、右は労働者の生存権の保障という見地から規定せられた強行法規たる労働基準法(第三二条)に違背し、民事上無効である。したがつて、拘束一二時間を前提とする被告の主張は全く理由がない。

被告は、また被告会社の従業員の賃金体系が、昭和三四年一〇月以前は別紙第一表、昭和三四年一一月以降は別紙第二表、各記載のとおりであり、かつ右第一表記載の諸手当が、いわゆる時間外手当を補うものとして支給せられた旨主張するが、被告会社の賃金体系が、その主張にかかる別紙第一表ないし第二表記載のとおりであることは争わないけれども、右第一表記載の諸手当が時間外手当を補う趣旨のもとに支給された事実はないし、勿論そのような補い方は許されるべきものでもない。

三、ところで、被告は、前記時間外、休日、深夜業の各割増賃金のうち、別紙第六、第七目録の支給済割増賃金欄記載の金員を支払つたのみで、その余の賃金の支払をしないので、別紙第一目録記載の原告らは、昭和三四年六月二二日若しくは同年九月二五日にまた別紙第二目録記載の原告らは、昭和三五年八月一九日若しくは同年九月八日に、それぞれ被告会社に対し、書留内容証明郵便をもつて右未払にかかる割増賃金の支払を催告したが、被告はこれに応じない。

四、よつて、原告らは、被告に対し別紙第三、第四目録記載の原告ら名下の当該請求金額欄に表示する右未払賃金並びにこれに対する訴状ないし「請求の趣旨並に原因変更申立書」等の送達の翌日である同目録表示の各損害金起算日より、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

右のように述べ

(1)  原告らの本訴請求が禁反言の原理に反する旨の被告の抗弁は否認する。すなわち、被告は、原告らが、別紙第一表記載の諸手当の支給を受けることによつて、本訴請求にかかる割増賃金を請求しない旨合意したかの如く主張するが、そのような事実はない。

そもそも、昭和三四年一一月以降の賃金体系の変更は、それ以前の賃金体系が労働基準法に違反するとの原告ら所属の福井交通労働組合より被告会社に対する屡次の強硬な申入れによつて実現したものであり、原告らが、右賃金体系の変更以前に就労せしめられた超過労働分についての未払賃金を請求することは当然のことであつて、なんら禁反言の原理に反しない。

と述べ

(2)  被告の時効の抗弁に対し、別紙第一目録記載の原告らのうち、一ないし三八及び九四ないし九七の各原告らは、昭和三二年六月分(同年五月二一日より同年六月二〇日まで)以後の未払賃金を請求しているのであるから、その時効の起算日は、右賃金の支給日である同年七月四日以後であり、その時効の完成は昭和三四年七月四日以後となるところ、同原告らは、被告に対し右時効の完成前である同年六月二二日にその所属する福井交通労働組合を通じて、右未払賃金の支払を催告し、それより六カ月以内である同年一二月一八日に本訴を提起したから、これにより消滅時効は中断している。

また、別紙第一目録記載の原告らのうち、三九ないし九二及び九八ないし一〇一の各原告らは、昭和三二年九月分(同年八月二一日より同年九月二〇日まで)以後の未払賃金を請求しているのであるから、その時効の起算日は、右賃金の支給日である同年一〇月四日以後であり、その時効の完成は昭和三四年一〇月四日以後となるところ、同原告らは、前同様その所属する福井交通労働組合を通じて被告に対し、右時効の完成前である同年九月二五日またはその翌日被告に到達した内容証明郵便による書面をもつて右賃金の支払を催告し、それより六カ月以内である同年一二月一八日に本訴を提起したから、これにより消滅時効は中断している。

つぎに、別紙第二目録記載の原告らは、昭和三三年九月分(同年八月二一日より同年九月二〇日まで)以後の未払賃金を請求しているのであるから、その時効の起算日は、右賃金の支給日である同年一〇月四日以降であり、その時効の完成は昭和三五年一〇月四日以降となるところ、同原告らは、前同様その所属する福井交通労働組合を通じて被告に対し右時効の完成前である同年八月一九日若しくは同年九月八日に、いずれもその翌日頃被告に到達した書面をもつて右賃金の支払を催告し、それより六カ月以内である昭和三六年二月一四日に本訴を提起したから、これにより消滅時効は中断している。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告らの請求はいずれも棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

原告らの主張事実中、一の事実(但し、被告会社の従業員数は、昭和三二年八月当時一四一名、昭和三三年八月当時一五八名、昭和三四年八月当時一六九名である)は、これを認める。同二の事実中原告らの「出勤」、「退社」の時刻が、いずれも別紙第六、第七目録記載のとおりであること及び出勤、退社の時間に一時間未満の端数を生じた場合における時間外労働時間等の算出方法については、いずれもこれを争わないが、その余の事実は、すべて争う。同三の事実中、原告ら主張の各日付の内容証明郵便(但し発信名義は、福井交通労働組合執行委員長水井義信である)が、被告に送達されたことのみは争わない。すなわち

(一)  いわゆるタクシー業は、特殊の業種に属し、運転者の勤務状態は、一般労働者のそれと著しく、その形態を異にする。すなわちタクシー運転者のいわゆるハンドル時間は、年末年始などの特別の場合は別として、一日平均三時間ないし四時間であるから、これに客の乗降及び待時間、洗車時間、報告時間などを加えても、実働時間は、それ程長時間とならず、その他に比較的長時間にわたるいわゆる待時間なるものがあり、右待時間は半ば拘束時間的な性質を有するものであるけれども、その半面或程度の自由時間となるものである。このように、タクシー業においては、特殊の勤務状態であるところより、原告らの本件未払賃金請求期間当時のタクシー業界においては、必ずしも労働基準法所定の賃金基準に拘泥せずそれぞれの地方における特殊事情をも考慮して、収入面に応じて個々別々の賃金形態を採つて来たものであつて、労働基準局においても、これに関心を払いながらも前記の如きタクシー業の特殊な業態に鑑み、これを黙認して来たのがその実情であつた。しかして、被告会社が、右の当時採用していた賃金体系は運転者の前記の如き勤務状態に鑑み、殊にいわゆる待機時間には自由時間が混合しており、その区分が技術的に困難であると当時考えられていたため、休憩時間を含めたいわゆる拘束時間を一二時間とし、それ以上の勤務に対して時間外手当を算出支給していたのであるが、それを補うものとして別紙第一表記載のとおり経理面の許す範囲内において、臨時手当、無事故手当、成績手当、特別手当、構内手当その他種々の基準外賃金制を設けて調整を計つて来たものである。右の如く、被告会社としては、右当時における他の業者に比較して、原告らに有利な待遇を与えてきたものであり、原告らもこれを諒承して完全にその支給を受けていたものであるから、被告会社には何ら賃金の未払はない。

(二)  仮りに然らずとするも、被告会社の所定労働日数は一カ月二六日と定められていたのであるから、原告らが、これを一カ月二五日として、割増賃金算定法式の分母を二〇〇時間とする計算は誤りである。

しかのみならず、前記の趣旨により被告が基準外手当として支給した前記諸手当は、割増賃金算出の基礎賃金額よりこれを控除するのが、衡平の観念からみて当然であり、かつ原告ら主張の如くにして算出せられた割増賃金額より、原告らがすでに支給を受けた前記諸手当を控除すべきである。けだし、これら諸手当支給の動機、原因が前叙のとおりである以上当然のことだからである。殊に、右諸手当のうち夜勤手当の如きは、原告らの請求する深夜業の割増賃金と重複するものであることは明らかである。

右のように述べ、抗弁として

1 昭和三四年頃までの全国のタクシー業界の賃金体系は、被告会社のそれと大同小異であつたところ、労働基準局においては、右業界の賃金体系の改善指導に乗出し、これに応じて業界でも、労使間の真剣な検討協調により順次賃金体系の合理的な改訂を行つて来たのであつて、被告会社においても、右当時労使間において検討し種々折衝の末、同年一一月より現行の賃金体系(別紙第二表)に改訂することの協定が成立したものである。しかして、タクシー業界における前記賃金改訂前の賃金体系については、当時における業界の特殊性に鑑み、研究不足ないし未消化な点のあつたことを労使双方において諒解していたから、全国的にみても本件以外に訴訟ないし争議の目的となつた事例はない。しかるに、本件は、元来提訴当時における労組の分裂に伴う長期間の労働争議継続中、その争議手段の一として採用されたものが該争議の解決後においても残存した全国唯一の事例であつて、これを要するに、当時としては異議なく終了した過去の労使関係に対し、その後に生じたいわゆる事情変更の事象を基として過去に遡り、賃金未払ありとする原告らの本訴請求は、当時の実情を無視するものであつて、いわゆる禁反言の原理に反し、到底許されない。

2 仮に然らずとするも、原告ら主張の割増賃金請求権は時効によつて消滅している。すなわち、労働基準法第一一五条によれば、賃金債権は二年の時効によつて消滅するから、原告らの賃金債権は、本訴提起前すでに時効によつて消滅しており、被告は、本訴において右時効を援用する。

と述べた。(立証省略)

理由

一、被告が、一般乗客の自動車運送(タクシー業)を営む会社であること、原告らが、いずれもその主張の期間、その主張どおりの職種の従業員として被告会社に勤務し、毎月四日に賃金(本給、諸手当)の支給を受けていたこと、原告らの出勤時刻及び退社時刻が、いずれもその主張どおりであることについては、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告らは、被告会社における所定労働時間は、一日八時間であつたから、これに休憩時間として一時間を加えた合計九時間を超える勤務に対しては、時間外労働として割増賃金を支給すべきである旨主張するので、まず、この点について判断する。

成立に争いのない甲第一一号証に、被告会社の経理担当職員が黒板に記載した時間外、深夜手当の計算式を撮影した写真であることが、原告水井義信本人尋問の結果によつて認められる甲第一〇号証の二、及び同原告本人尋問の結果をあわせると、被告会社における所定労働時間は一日八時間であつたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかして、原告らの出勤、退社時刻については当事者間に争いがないこと、前記のとおりであるから、被告は、他に特段の事由がない限り、右八時間を超過する原告らの勤務に対しては、時間外労働の割増賃金を支給すべき義務があるものといわなければならない。

ところで、被告は、被告会社における原告ら主張の請求期間内の勤務については、拘束一二時間以上の労働に対してのみ時間外の割増賃金を支給すれば足りる旨主張し、証人加藤昭三郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証、証人相茶秀記の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証の一、二及び証人加藤昭三郎、同相茶秀記の各証言によれば、右期間当時におけるタクシー業の労働時間については、その業態の特殊性から労働時間の算定が困難な実情であつたこと、そのため労働基準監督署などにおいて、タクシー業に従事する従業員の始業、終業時刻の間に法定の休憩時間及び労使の合意による休息時間を包含せしめて、最長限一二時間までのいわゆる拘束時間を定めることができる旨及びこの所定拘束時間を超える労働、または右労使の合意による休息時間にくい込む労働についてのみ、時間外労働として割増賃金を支給すれば足りる旨の行政指導が行われていたことが窺われ、かつ被告会社が、始業後一二時間を超過する労働についてのみ時間外手当を支給する取扱を実施していたことは被告の自認するところであり、また、被告会社が、原告らに対し別紙第一表記載の如き種々の基準外手当を支給していたことについては当事者間に争いのないところであるけれども、本件の全証拠によるも、被告会社において前記の如き労使の合意による休息時間が定められていたことは、これを肯認することができないし別紙第一表記載の諸手当の支給が、被告主張の如く拘束一二時間以上の労働についてのみ支給される割増賃金を補う趣旨においてなされたこと、並びに原告らにおいてもこれを諒承してその支給を受けていたことについては、いずれもこれを認めるに足る証拠がなく、却つて、原告水井義信本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第九号証、第一〇号証の三、四、成立に争いのない乙第二号証、同原告及び原告水間俊治の各本人尋問の結果によれば、被告会社においては、休息時間はもとより休憩時間も実施されておらず、被告主張の待機時間中には、いわゆる自由時間の存在しないこと、及び別紙第一表記載の諸手当は、いずれも特殊作業に対する手当ないしは、一種の精勤手当として支給されていたこと、以上の事実がそれぞれ認められるから、前記被告の主張は、到底採用することができない。

三、そうすれば、被告は、原告らに対し前認定の所定労働時間である一日八時間と、休憩一時間との合計九時間(夜勤の場合には一勤務を暦日二日勤務とし、所定労働時間を一六時間、休憩時間を一時間として合計一七時間)を超過する労働に対しては時間外労働として、また午後一〇時から午前五時までの時間内における労働に対しては深夜業として、及び休日における勤務に対しては休日労働として、それぞれ原告ら主張の如き算定法式によつて計算した各割増賃金の支払義務があることは、労働基準法第三七条、同法施行規則第一九条、第二一条等の規定に照して明らかである。

しかして、原告ら主張の出勤、退社時刻及び右各時刻に一時間未満の端数を生じた場合の時間外労働時間等の算出方法については当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない乙第四号証の一、二、前記甲第一〇号証の二、第一一号証及び原告水井義信、同水間俊治各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨をあわせると、被告会社における毎月の賃金算定期間、所定休日は、いずれも原告ら主張のとおりであること、及び右所定休日数より原告らが現実に行つた公休、欠勤の日数等を控除して算出した休日労働の時間数、並びに各原告らの時間外、深夜業の各労働時間数、総労働時間数、割増賃金算定の基礎となるべき賃金額(本給、歩合給、成績手当、無事故手当、構内手当、夜勤手当、予備手当、内勤手当等の各金額)、総支給額、被告会社が原告らに対しすでに支給した割増賃金額等の明細は、いずれも別紙第六、第七目録記載のとおりであることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はないから、右認定の事実に前記乙第四号証の一、二によつて認められる家族手当、宿泊手当等の各金額をあわせ、これらを基礎として前記算定法式に従つて、原告らの請求にかかる時間外、深夜業、休日労働の各割増賃金額を算定するときは、右各割増賃金額がそれぞれ別紙第六、第七目録割増賃金欄記載の各金額を超えないことは、算数上明らかである。

したがつて、被告は、原告らに対し同目録割増賃金欄記載の各金額から前記支給済割増賃金額を控除した金額の合計額であることが、計算上明らかな別紙第三、第四目録請求金額欄記載の各金員を、それぞれ支払うべき義務があるものというべきである。

被告は、被告会社における所定労働日数は、毎月二六日と定められていた旨主張し、成立に争いのない乙第二号証には、右被告の主張に沿う記載部分があるけれども、同号証によれば、右記載部分は、昭和三四年一一月二〇日に協定せられた賃金協定に関するものであつて、同日以前の未払賃金に関する本訴請求分には適用されないものであることが明らかであるから、いまだ前記認定の妨げとならず、他に右被告の主張事実を肯認するに足る証拠はないから、該主張は理由がない。

被告は、また被告会社が原告らに支給した成績手当、無事故手当、構内手当、夜勤手当、予備手当、内勤手当などの基準外手当は、前記拘束一二時間制を補う趣旨において支給したものであるから、これを割増賃金算出の基礎になるべき賃金に加算すべきでないのみならず、これらの基準外手当として支給した金額は、原告らの主張の如くにして算出した割増賃金額より当然控除すべきである旨を主張するが、前記諸手当は、いずれもそれぞれの特殊作業に対する手当ないしは一種の精勤手当として支給されていたものであること、前認定のとおりであるから、これらは、すべて通常の労働に対する賃金に属するものと解すべく、したがつて、これらを割増賃金算定の基礎となるべき賃金に加算すべきことは明らかであり、かつ算出された割増賃金より控除する必要もないから、右被告の主張は理由がない。

四、よつて、以下被告の禁反言に関する主張について判断する。

いずれも成立に争いのない乙第一、第七号証に、前記乙第八号証、及び証人加藤昭三郎、原告水井義信本人の各供述並びに弁論の全趣旨をあわせると、昭和三四年頃以前におけるタクシー業の労働時間については、その業種の特殊性から労働時間の算定が困難な実情にあつたところより、労働基準監督署等においても、右労働時間及び賃金制度などについて、その取扱いの改善のための指導を行つていたこと、一方原告らをその組合員として昭和三三年九月頃結成された福井交通労働組合は、昭和三四年一月頃から被告会社に対し、従来における賃金体系の統一などを要求して、交渉を続けて来たが、同年一〇月二八日にいたり、右労使間において別紙第一表記載の如き内容の賃金協定が締結されるにいたつたこと、以上の事実がそれぞれ認められる。しかしながら、本件の全証拠によるも原告らが、右協定の締結に際し、またはその前後を通じ、協定締結以前の時間外労働などに対する未払賃金について、何らの異議をも止めず、或いは明示ないし黙示の放棄その他不請求の意思などを表明したような事実は認められず、却つていずれも成立に争いのない甲第一、第三、第五ないし第八号証、原告水井義信本人尋問の結果によりいずれも真正の成立が認められる甲第二、第四号証(但し、最初の一枚の成立については当事者間に争いがない)、同第一〇号証の一及び同原告本人並びに証人加藤昭三郎の各供述によれば、右未払賃金の有無などの問題については、労使間に終始意見の対立があつたため、前記協定の締結に際しても、その解決は労働基準局ないし訴訟による裁判所の判断に俟つことにし、この問題を留保したまま、前記賃金協定が締結されるにいたつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はないから、いまだ禁反言の原理に反するものとはなし難く、右被告の主張は採用できない。

五、つぎに、被告の時効の主張について考察する。

原告らが、本訴において請求する未払賃金は、労働基準法第一一条にいわゆる賃金に該当するものと解せられるから、右賃金債権は、同法第一一五条により二年の時効によつて消滅するものというべきであるところ、前記甲第一ないし第八号証、原告水井義信本人尋問の結果及び本件弁論の全趣旨によれば、別紙第一目録記載の原告らのうち、一ないし三八及び九四ないし九七の各原告の請求にかかる昭和三二年五月二一日以後の未払賃金の支給日は同年七月四日以後であること、また、同目録記載のその余の原告らの請求にかかる同年八月二一日以後の未払賃金の支給日は、同年一〇月四日以後であること、また、別紙第二目録記載の原告らの請求にかかる昭和三三年八月二一日以後の未払賃金の支給日は同年一〇月四日以後であること、しかして同原告らは、それぞれその後二年以内に、その所属する福井交通労働組合に委託して同組合執行委員長水井義信作成名義の書面をもつて、右賃金の支払を催告し、右書面はその頃被告会社に到達したこと(右書面が被告会社に到達したことについては当事者間に争いがない)、及びそれより六カ月以内に本訴の提起に及んだこと、以上の事実がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はないから、これによつて時効はいずれも中断されているものというべく、したがつて、右被告の時効の主張も採用できない。

六、ところで、別紙第四目録記載の原告らのうち、一四、一九、二四の各原告は、本訴提起後の昭和三六年七月二一日の口頭弁論期日において、請求を拡張しているのに拘わらず、右拡張された請求についても訴状送達の日の翌日から遅延損害金の請求をしているが、被告会社の本件未払賃金債務は、いわゆる取立債務であつて、履行の催告を受けなければ遅滞とはならないものと解せられるから、右請求の拡張された部分については、請求を拡張した日である前記同日の経過とともに遅滞を生ずるものというべく、したがつて、同原告らの本訴請求は、別紙第四目録請求金額欄記載の金額と同額である別紙第五目録未払賃金欄記載の各金員及び右金員のうち、同目録A欄記載の金員に対する訴状送達の翌日であることの本件記録上明らかな昭和三六年二月二二日より、同目録B欄記載の金員に対する同年七月二〇日付「請求の趣旨並びに原因変更申立」と題する書面に基く陳述の行われた同年七月二一日の口頭弁論期日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三六年七月二二日より、同目録C欄記載の金員に対する「昭和四一年五月二七日付請求の趣旨訂正申立書」に基く陳述の行われた口頭弁論期日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四一年五月二八日より、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてのみ理由があるけれどもその余は失当といわなければならない。

七、以上の次第であるから、被告は、(一)別紙第三目録記載の各原告に対し、それぞれ同目録請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち、同目録「昭和三五年一二月二三日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する「右同日付請求の趣旨並に原因変更申立と題する書面」の被告会社訴訟代理人に到達した日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三五年一二月二三日より、同目録「昭和四一年五月二八日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する「同年五月二七日付請求の趣旨訂正申立書」に基ずく陳述の行われた口頭弁論期日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四一年五月二八日より、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、(二)別紙第四目録記載の原告らのうち、一四、一九、二四の各原告を除くその余の各原告に対し、それぞれ同目録請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち同目録「昭和三六年二月二二日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する訴状送達の日の翌日であることの本件記録上明らかな昭和三六年二月二二日より、同目録「昭和四一年五月二八日より損害金起算金額欄」記載の各金員に対する「同年五月二七日付請求の趣旨訂正申立書」に基ずく陳述の行われた口頭弁論期日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四一年五月二八日より、いずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、以上の各金員の支払を求める右各原告の請求は、いずれも理由があるから、正当として全部認容し、(三)別紙第四目録記載の原告らのうち一四、一九、二四の各原告の請求は、前記六において認定の範囲においてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、仮執行の宣言については、これを付さないのが相当であると認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄 高津建蔵 井上治郎)

(別紙省略)

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