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神戸簡易裁判所 昭和56年(ろ)167号 判決 1981年7月31日

主文

被告人ら三名をそれぞれ罰金一万六、〇〇〇円に処する。

未決勾留日数中、右被告人らに対してはその一日を金二、〇〇〇円に換算して右各罰金額に満つるまでの分を、それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名は、ほか二名と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、兵庫県知事の許可を受けず、かつ管理者の承諾を受けないで、昭和五六年五月一八日午後九時四〇分ころから同日午後九時四八分ころまでの間、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、同県西宮市和上町一番三五号先交差点北西角ほか七か所において、同県西宮警察署長渡部辰郎管理にかかる広告物の表示が禁止された信号機一基並びに関西電力株式会社西宮営業所長小林道男ほか一名管理にかかる電柱八本に、それぞれ広告物である「三里塚・動労千葉とむすぶ5・31全関西大集会、正午、大阪・大手前国民会館、三里塚決戦勝利百万人動員全関西実行委」等と印刷したビラ(縦約五二センチメートル、横約三一センチメートル)合計一七枚を糊で貼付し、もつて許可なく、あるいは禁止に反して広告物を表示するとともに、みだりに他人の工作物にはり札をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人ら三名の判示所為は、包括して刑法六〇条、兵庫県屋外広告物条例二二条、四条一項一号(別紙犯罪事実一覧表番号1につき更に二条二項四号)、軽犯罪法一条三三号に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い兵庫県屋外広告物条例違反の罪の刑で処断することとし、その所定金額の範囲内で被告人ら三名をそれぞれ罰金一万六、〇〇〇円に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち右被告人らに対してはその一日を金二、〇〇〇円に換算して右各罰金額に満つるまでの分をそれぞれその刑に算入する。よつて主文のとおり判決する。

(弁護人の主張に対する判断)

(1)  「本件公訴の提起は、政治的弾圧を企図した違法不当なもので、公訴権を濫用したものであるから公訴を棄却すべきである」との主張について。

まづ、公訴権の濫用を理由とする公訴棄却が可能かどうか、従前から議論の存するところであるが、この点はさておき本件被告人らはいずれも前掲証拠によつても明らかな如く、現行犯として検挙されたものであり、しかも被告人らが逮捕、勾留されたのは被告人らが犯行現場から逃走しようとし、氏名、住居さえ黙否するなどしたためその理由はもとより必要性も存したからであり、また、兵庫県屋外広告物条例(以下本件条例という)及び軽犯罪法における本件適用罰条は被告人らと反対の思想的立場の者や一般の者も無差別に取締の対象としていることを併せ考えると、本件起訴が所論のような目的でなされた違法、不当なものとは到底認めることができない。

(2)  「本件条例二条二項四号、四条一項一号及び軽犯罪法一条三三号は、憲法二一条、三一条に違反して無効であるから、本件行為に適用すべきでなく、被告人らは無罪である」との主張について。

本件条例は、屋外広告物法にもとづき兵庫県における美観風致を維持し、公衆に対する危害を防止する目的から制定され、本件条例二条、四条において屋外広告物の表示の場所、方法及びこれを掲出する物件の設置等について必要な規制をしているのであり、また軽犯罪法一条三三号前段は主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権、管理権を保護するために、みだりにこれらの物にはり札をする行為を規制しているものであつて、いずれも表現された内容や思想を規制の対象とするものではない。もとより表現の自由は民主社会において最も重要な権利の一であり、ビラなど広告物の表示がその重要な手段であることはいうまでもないが、右権利も社会の中で行使される以上、無制限にその行使が許されるわけではなく、前記の程度の規制は公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限と解すべきであるから、本件条例及び軽犯罪法の本件適用罰条が憲法二一条に違反し無効であると解することができない。

弁護人はさらに「軽犯罪法一条三三号は「みだりに」といつたあいまいな形の表現をなしたもので犯罪構成要件としてその明確性に欠け、いわゆる罪刑法定主義の見地から法定手続の保障を定める憲法三一条に違反する」旨主張するが、ここにいう「みだりに」は、犯罪の特別構成要件要素ではなく、単に違法性を表わす用語に過ぎない。

つまりこれは管理者の承諾を得ることなく、かつ他人の家屋その他の工作物にはり札などするにつき社会通念上正当な理由があると認められない場合を指称するものであつて、その文言があいまいとか構成要件が明確でないとは認められないから憲法三一条違反の主張はその前提を欠き認めることができない。

(3)  「本件ビラ貼り行為は軽犯罪法四条(濫用の禁止)の趣旨からみても、その動機、目的が正当であり、かつその方法、態様においても工作物(電柱)のもつ効用を害することもないから同法一条三三号の構成要件に該当しないから無罪である」との主張について。

右の如き事情はすべて情状として考慮すべき事項であつて、構成要件該当性の判断に影響を与えるものではない。要はビラの貼付について工作物の管理人の承諾を得ていないが、貼付するに至つた経過、目的、貼付方法、場所などを考慮し社会通念上正当視されるような特段の事情がないかぎり本罪の成立は免れないのである。ところで何が右のような社会通念上正当視される特段の事情といえるかというと、例えば工作物の所有者や管理人が不在とか不明のため急速にその諾否を質すことができないとき、或は承諾を得ずにその工作物にはり札をしてもその内容が一般に急速を要する事項で形状や位置も妥当であるときなどの場合であるが、本件の場合前掲各証拠に照らしても右特段の事情を有するものとは認められない。

(4)  「本件ビラ貼り行為当時既に本件現場付近には美観風致を害するような雑多なビラが貼られ、看板等の広告物が氾濫していたから最早本件ビラ貼り行為によつて侵害されるべき美観や迷惑感情などの法益は存在しなかつたので違法性がなく無罪である」との主張について。

健全な社会通念をもつてすれば、既に電柱や信号機に雑多なビラが貼られていても、なおかつ維持されるべき美観風致は存すると考えるのが相当であり、しかも前掲の証拠(森彬の司法警察員に対する供述調書)によると電柱に無許可でビラを貼られることは美観を損うことはもとより、事故防止の上からも大変困る旨述べているのであつて、これによつても明らかな如く侵害すべき美観や迷惑感情も存しないとの所論は客観的事実に反するもので採用できない。

(5)  「被告人らは本件ビラ貼り行為につき違法の認識がなく、しかもその認識を欠くにつきやむを得ない事情があつたから責任がなく無罪である」との主張について。

犯意の成立には違法の認識を要しないとするのが判例上確立された解釈態度であることからすれば弁護人の右主張それ自体失当であるが、あえて付言すれば前掲各証拠に照らし本件犯行の時刻及び警察官の現認中における被告人らの態度、職務質問から現行犯人として逮捕するに至るまでの経緯などを考察すると被告人らに違法性の認識がなかつたとは到底認めることはできない。

以上のとおり弁護人主張の各所論はいずれも採用できない。

別紙(略)

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