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神戸簡易裁判所 昭和54年(ハ)36号 判決 1979年6月08日

原告 神保光江

右訴訟代理人弁護士 土井義明

被告 梶田栄一

右訴訟代理人弁護士 小松三郎

主文

一  被告は原告に対し金一五万円及びこれに対する昭和五四年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は全部被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二〇万円及びこれに対する昭和五四年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は約四年前から現住所の木造平家一戸建の建物を借り受けて居住し、かつ、同所で受玩用動物商(以下ペット商という。)を営んでいる。

2  原告は昭和五二年一一月一一日頃被告が勤務する訴外株式会社サンヨークレジット兵庫(以下単にサンヨーという。)からクリーンライフ並びにオイルタンク(石油温風ヒーター)一揃と電気洗濯機一台(以下これらを本件商品という)を消費者ローンの方法にて、所有権はローン完済までサンヨーに留保付の約定にて購入し、爾来これを同家屋内に設置して使用中であった。

3  ところが、昭和五三年一二月五日午前一一時頃原告が所用の為外出不在中にサンヨーの従業員である被告は、原告がサンヨーに対する債務不履行を理由に原告の事前同意はおろか何らの通告もなく、本件商品を持ち去りの目的にて、原告が家主に預けてあった合鍵を使用して、表玄関の扉を開き屋内に不法侵入した。右は不法行為であることは明らかであって原告は右不法行為により原告の住居の自由を侵害された。

4  そして、被告は屋内に設置していた本件商品殊に石油温風ヒーターはペットの暖房用に使用中であったものを取り外して、これを屋外に搬出し、何れかへ運び去りその使用を不能にした。右は原告占有中の本件商品を生活手段に使用する自由を妨害したもので不法行為である。

5  原告は右3・4の自由侵害により多大なる精神的苦痛を感受したので、被告はこれらの慰謝料として金二〇万円の損害を賠償する義務がある。

二  請求原因に対する認否と反論

1  1は原告がその主張する建物で居住していることは認めるも、その余は不知。

2  2は認める。

3  3・4は原告主張の日時にサンヨーの従業員である被告外一名がサンヨーの所有権に基き、本件商品の返還を受けたことは認め、その余は争う。

4  請求原因3・4に対する反論

(一) 本件商品の持ち去り行為は、原告の同意があったものとみなされる。

被告の勤務先であるサンヨーが原告に対して有する債務不履行となっている求償債権の支払について協議するため、予め約束してあった昭和五三年一二月五日午前一一時頃原告方に赴いたが、原告は顔を出さず逃げ廻った。やむなく被告は家主に事情を説明したうえ、原告方の玄関の鍵を借り受けた。

原告はこの様子をどこからか窺っていて丸山警察官派出所に連絡したため、警察官が原告方に来たので、被告は事情を説明し所有権留保付の本件商品の引渡しを受けたい旨申向けたところ、警察官は同家屋内から本件商品の引取りを承諾したので、警察官・家主の面前にて玄関の扉を開き屋内に立入り本件商品の引渡しを受けたものであるから、どこにも法益の侵害はあり得ないので、原告の同意のもとに引渡しを受けたものとみなすべきであると主張する。

(二) (一)が理由ないとしても、本件商品持ち去り行為は不法行為とはならない。

サンヨーは本件商品の所有権者である。その所有権者の社員がサンヨーのため、原告の債務不履行に基き、本件商品を換価処分の目的にてこれを搬出する行為は、不法行為とはならない(判例時報五一六号四一頁、同八九七号五九頁参照)。

第三証拠《省略》

理由

一  本件請求原因事実中、被告がサンヨーの従業員であること、被告が原告の不在中に家主から合鍵を借用これを使用して表玄関から屋内に入り、サンヨーが所有権留保付にて消費者ローンの方法にて被告に売渡していた本件商品を債務不履行を理由に屋外に持出し、サンヨーに持ち帰った事実は当事者間に争はない。また、原告が同住所においてペット商を営んでいることは、《証拠省略》によりこれを認める。

二  そうすると、争点は次の四点となる。

点 被告が原告方屋内に入り本件商品を持ち去ることについて原告の同意があったものとみなされる事情の有無。

点 右同意が認められない場合には、被告の行為は、住居不可侵の自由を犯す不法行為となり、かつまた別に本件商品の持出行為が生活妨害という不法行為となるか。

点 右点において積極的に認定できる場合に原告は被告に対し、右二個の不法行為による精神的苦痛に対する慰謝料の請求権が発生するか。

点 右点において二個の不法行為が積極的に認定できる場合に、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は幾許なりや。

三 点判断

1  被告が本件商品を持ち去った経過は、《証拠省略》を総合すると、予ての約束に基き、債務の履行を求めるべく、被告が原告方を訪れたが、原告が外出不在であったことに被告は立腹し、ヤクエ方に赴き家主から鍵を借りて扉を開けて本件商品を持ち出す気配を示したので、ヤクエが「原告の留守中に家屋内には入ることは容易ならぬことであるから帰宅まで待つよう再考を促した」が被告はこれを峻拒して、家主から鍵を借りて施錠を開扉しようとしたので、ヤクエが一一〇番に要請して警察官を呼んだところ、被告は警察官の居る間は屋内には立入らなかったが、警察官が被告に問題を起こさぬよう注意して立去った後に玄関の施錠を開扉して屋内に立入り本件商品を持ち去ったことを認めることができる。《証拠判断省略》

2  被告は家主立会のうえで扉を開けたこと、警察官の面前においてその同意のもとに本件商品を持ち去ったので法益の侵害はない旨主張するけれども、《証拠省略》によるも、家主は被告の要請にて鍵は貸したが、開扉侵入本件商品持ち去りには立会した事実は認められない。また、警察官が本件商品を持ち去ることを認めた事実のないことは右1認定のとおりである。仮に、家主・警察官の同意があったとしても、住居立入りと本件商品持ち去りに対する不法行為の違法性を阻却したり、または被告の同意に代る承諾と認める余地のないことは明らかである。

四 点判断

1  《証拠省略》によると、原告は一二月五日午前一一時自宅において、被告との間にサンヨーの債務に対する履行について協議を約していたが、同日朝原告の知人が急にガンセンターに入院したので、同病院に出かけたため、被告との面談の約束を守れなかったことを認めることができる。約束を守らなかったことは原告に非があるけれども、その時刻に面談しなければ、債務の履行を求めることは不可能となるというような緊急特段の事情を認めることはできないので、約束を守らなかったとの一事をもって、原告の留守中に家主から借りた合鍵を使用して玄関の施錠を開扉して立入ることは刑法一三〇条の住居侵入罪を構成し、また、憲法三五条の住居不可侵の自由を犯すことは明らかであるから、不法行為となることは勿論である。

2  売主たるサンヨーに所有権が留保されている物件であって、かつ、買主に債務不履行があっても、契約により買主の原告が使用占有中の本件商品を契約解除することなく、かつ同日引取らなければ権利の実行が不可能となる特段の事情も認められないのに前示1認定の事情のもとにおける無断持ち去る行為は、原告の本件商品の平穏なる使用を妨害することになるので、原告の住居の自由侵害という不法行為とは別に、平穏なる生活を妨害する不法行為となるものと解する。わが民法にはこの種の生活妨害保護に関する規定は設けていないけれども、その実体が財産的侵害というより、むしろ、平穏なる生活をめぐる肉体的・精神的自由の侵害とみるべきであるから、これを生活妨害の観点から解決されるべきものと考えるのが相当である。よって、その不法行為は財産的侵害の有無にかかわらず、民法七一〇条を適用し損害賠償を認めてこれを保護する必要があるものと解する。

3  右1・2の法律解釈適用と意見を異にする被告の反論は採用しない。また、被告引用の判例は、譲渡担保権者が弁済期前に目的物件を債務者のもとから無断で搬出した行為は不法行為にあたらないと判示した事例であって、本件のごとく、買主の不在中施錠を開扉して無断住居に侵入し、後述認定のとおりペットの暖房に使用中の石油温風ヒーターを搬出した場合とは趣を異にするので、同判例は本件には適切ではないので採用の限りでない。

五 点判断

1  四・点1の住居の自由権侵害の不法行為により侵害を受けた者は財産以外の損害の賠償である慰謝料を請求し得ることは民法七一〇条の認めるところである。すなわち、侵害により肉体的・精神的苦痛を感受した者は、金銭で慰謝される程度に精神的利益を喪失した者として慰謝料を請求し得るのである。本件住居の自由侵害行為は、客観的事実自体から右請求要件を充足することは他言を要しないので、被告は不法行為の責を免れないものというべく、原告の精神的苦痛に対する本慰謝料請求の主張は理由がある。

2  また、四・点2の生活妨害の不法行為の内容を検討してみると、《証拠省略》によると、原告はペットの部屋を暖房の目的にて石油温風ヒーターを使用中であったにもかかわらず被告はそのヒーターを停止して取外して持ち去ったことを認めることができる。また、《証拠省略》によると被告はペットの部屋から石油温風ヒーターを持ち去るに当りペットの部屋と住居用の部屋の境にある仕切りのドアを開放したまま持ち去ったため、原告が帰宅した時には十数匹の犬猫が住居の部屋を占拠していたことを認めることができる。《証拠判断省略》被告の右のごとき乱暴な持ち去り行為を想い合せると、被告の右行為は原告に対する一層顕著な生活妨害行為といえるので被告はその不法行為による原告の精神的苦痛に対する損害賠償の責を免れないものというべきである。

もっとも、精神的苦痛が認められる限りすべて慰謝料を認めるべきであるという意味ではない。そこには自ら限界がある。その苦痛が一定限度を越え、1の慰謝料とは別個に社会通念上金銭的賠償をもって慰謝せしめるのが公平の原則に合致すると認められる限度において認めるのが相当であると解する。ところで、本件上記認定の事実関係、生活妨害行為の内容に照し、かつまた本件に現われた諸般の事情を勘案するとき、本件生活妨害の不法行為により受けた原告の精神的苦痛は、住居の自由侵害の不法行為とは別個に一般社会通念上金銭をもって慰謝されるに値するものと解するのが相当であるから、原告の本生活妨害に対する慰謝料請求の主張は理由がある。

六 点判断

慰謝料によって賠償せらるべき精神的損害とはいかなるものか、また慰謝料算定の際にいかなる事情を斟酌すべきか、これ慰謝料算定の要因の問題である。

慰謝料は被害者の感覚的苦痛の除去のみでなく、被害者が苦痛を感受したために喪失した精神的利益を被害者に回復させ、苦痛をも同時に除去することを目的とするものであるといわなければならないので、慰謝料算定の要因はおよそ次の五点にあるものと解する。

1  被害者の苦痛。

平均人を基準として金銭で慰謝されるに値するものであって、加害行為と相当因果関係にあるものを対象とすべきである。

2  被害者の財産状態。

一般的にいって被害者の資産が多大である場合には、その苦痛も苦痛の除去もより大であるといえる。

3  被害者の生活状態。

一般人に比して一層良好な生活状態にある被害者は、右2とは逆に少額で足りるといえる。

4  被害者の職業・社会的地位。

前記2・3とは趣を異にし、画一的・形式的に定められるものではなく、被害法益が何であるかにより定めるべきである。本件は住居の自由侵害と生活妨害であるところ、原告はペット商であって、不在中とはいえ石油温風ヒーターは営業上使用中であったので、その侵害行為による近隣の者、得意先に対する営業上の信用失墜を考慮すると、1の苦痛は大にして、喪失した精神的利益もまた大といえる。

5  加害者の故意・過失。

加害者の軽過失より重過失、更には故意と進むにつれて、被害者の苦痛は順増するものといえるところ、本件の場合は加害者は故意であること重視しなければならない。

当裁判所は以上の五点を斟酌し、原告の精神的損害に対する慰謝料は、請求原因3の住居の自由侵害の不法行為については金一〇万円、同4の平穏なる生活をめぐる自由侵害の生活妨害の不法行為について金五万円をもって相当とするものと認定する。

七  よって、原告の請求は右合計金額一五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年一月三〇日から支払済にいたるまで、民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 十河清行)

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