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神戸家庭裁判所 昭和54年(少ハ)2号 決定 1979年6月19日

少年 R・U(昭三三・八・二生)

主文

本人を昭和五四年九月三〇日まで中等少年院(加古川学園)に継続して収容する。

理由

第一本件申請の要旨

本人は、昭和五三年六月一五日当裁判所で窃盗保護事件により中等少時院送致を受けて、加古川学園に収容され、昭和五四年六月一四日少年院法一一条一項但書により期間満了となるが、以下のとおり収容継続の必要がある。

すなわち、本人は社会性が未熟で、自己中心性が強く、協調性に欠け、孤立する傾向にあるので、集団指導、個別指導を通じて、協調性、耐性を中心に対人関係のあり方を指導してきたところ、必ずしもその成績は良好ではなかつたが、一応の成果を修めたため、昭和五四年三月一日一級上に進級した。しかしながら、その後、同月一〇日の他院生に対するいやがらせ行為のため謹慎五日に処せられ、同年五月一一日の暴力行為(他院生に対する暴行)により謹慎一五日に処せられるとともに、同月二三日一級上より一級下に降下され、現在一級下の処遇段階にある。

以上のとおり、上記した本人の性格はいまだ充分に矯正されていないので、引き続き矯正教育を施して1級上に進級させ、その後更に出院前教育を受けさせたうえ、出院させる必要があるので、六箇月間の収容継続を申請する。

第二当該裁判所の判断

一、審判の結果および一件記録により認められる事実および当裁判所の判断は、次のとおりである。

(1)  本人は、上記のとおり昭和五三年六月一五日中等少年院送致となり、少年院法一一条一項但書により、昭和五四年六月一四日まで収容を継続されたが、昭和五三年一〇月二九日他院生とプロレス遊びをしているうちに暴行に及び、単独室に収容されて説喩処分に付されたほか、昭和五四年三月一〇日には日直である立場を利用して、自己の食器と他院生の量の多い食器とをとりかえたため、単独室に収容されたうえ謹慎五日の処分を受け、さらに、同年五月一一日、かねてからあつれきのあつた他院生が本人を前にして、わざと食器を隠したことに端を発して、洗面所で両者が言い争い、他院生が本人の胸倉をつかんだので、本人も相手の顔を殴つたり頭突きをくらわせたため、他院生が鼻血を出すに至つた。この暴行々為により、本人は単独室に収容されて謹慎一五日に処せられたうえ、同年三月一日一級上に進級していたところを一級下に降下させられた。

(2)  本人の知能は平均域にあり(IQ=103)、理解力、表現力とも高く、少年院における体験発表会では、優れた文章を書き優秀賞を受けたことがある。しかしながら、本人には自己中心的な言動が多く協調性に欠けるため、弱い者に対して強い態度をとつたり、言葉のうえでは立派なことを述べたり、反省していることを示すが、実行を伴わず、内省ができにくい。こうした性格上の問題点は、上記中等少年院送致当時指摘されていたところであり、上記反則行為の態様に照らしても、この問題点が少年院における処遇過程の中でも顕著に現われているということができる。

(3)  しかし他方、本人は、少年院での集団生活において、様々の葛藤を作験しながら、上記した反則行為のほか格別の事故もなく、従来問題の多かつた父親との関係(本人は父に暴言をはいたり、暴力をふるい、父も本人に対する情愛に欠けるところがある等)においても、除々に父親を理解する態度を示すようになり、一応親子らしい心の交流をもつことができるようになつたことも窺われるし、本人は昭和五四年三月一日一級上に進級したため、退院の近いことを感じてこれに気を許し、これまでの緊張が緩んだことから、上記反則行為をなすに至つたが、これに対し上記各処分を受け、かつ、本件収容継続の申請がなされたところ、本人は、これらの措置をむしろ前向きに受けとめて、自己の行動・態度を反省し、今後の努力を決意していることが窺える。

(4)  以上述べたとおり、本人の性格上の問題点は、いまだ解消されるに至つてはいないものの、一応の教育的成果は現われていると認められるし、本人の性格上の問題はかなり根深いものがあつて、少年院という施設内においてのみこれを矯正することは不可能というべく、いたずらに収容期間を長期化することはかえつて本人に好ましくない影響を与えるおそれもあると考えられる。従つて、むしろ比較的短期間のうちに、出院後の生活確立への自覚を促す等の出院準備教育をなし、できるだけ早期に社会復帰させたうえ、適切な指導援助のもとに社会経験を積み重ねさせ、その中で、本人が自主的に努力することによつて、はじめて上記性格上の問題点が改善されるに至るものと思料される。

(5)  ところで、出院後の本人の就職先については、本人の希望に沿つて、従前勤務したことのある製菓店が候補に上げられているが、就職の可否等その詳細については、未だ確認されていない。

また、本人の帰住先については、父親の住居(母は本人の八歳時に離婚し、本人は父に養育されてきた)。が予定されており、父親も積極的に引き取る意思を有しているが、過去の本人と父との関係を考慮すると、長期間両者が同居することが適当かどうか疑問が残る。

二、以上の諸点を総合的に考慮すると、本人については、なお収容を継続したうえ、出院準備の為の教育を行い、かつ、本人の在院中において、予め帰住環境等についてなお調整する必要があるとともに出院後の保護観察期間も必要と認められるので、昭和五四年九月三〇日まで本人を収容継続したうえ、該期間内においてできるだけ早期に社会内処遇に移行することを期待する。

よつて、少年院法一一条二項、四項により主文のとおり決定する。

(裁判官 下方元子)

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