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神戸家庭裁判所 昭和51年(少)1968号 決定 1977年6月28日

少年 N・N(昭三三・六・二八生)

主文

少年を神戸保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

少年は、皇道政治の確立を目ざし、「我等は日本国体に反する共産主義の撲滅を期す」などの綱領を有する○○○○○○○○○(会長○○○)に所属し、その事務所である肩書住居地に居住していたものであるが、昭和五二年五月二六日午後五時三〇分から神戸市○○区○○○×丁目×番×号○○○○会館一館大ホールで開催される○○○○党大演説会に出席する同党中央委員会幹部会委員長○○○○を殺害しようと企て、右事務所台所にあつた果物用ナイフ一丁(昭和五二年押第一三五号の一)を日本手拭(同号の二)でくるみ、腹巻きにかくして持ち出し、同日午後五時三〇分前ころ、右神戸国際会館一階大ホールに至り、そのころから同八時一五分ころまでの間、同ホール客席において、右手を腹巻の中に入れて右ナイフの柄を握るなどして、右○○○○刺殺の機会をうかがい、もつて殺人の予備をなすとともに、業務その他正当な理由がないのに、刄体の長さ約一〇・一センチメートルの右果物用ナイフ一丁を携帯したものである。

(適用法条)

刑法二〇一条(一九九条)(殺人予備について)、銃砲刀剣類所持等取締法二二条(刄物の携帯について(処遇の理由)

一  本件は、自分の政治的目的を達するため、○○○○党委員長を刺殺しようとしたもので、一応確信犯というべきものであるが、刺殺に用いようとした兇器は、特に買い求めたものでもなく、自己居住の事務所台所にあつたありあわせの、刄体部分の厚さ約〇・一センチメートル・その長さ約一〇・一センチメートルの果物用ナイフであり、着用していた服装は、やしの木やヨットなどの模様のある空色の半袖アロハシャツ・裾が少し広くなつている明るい紺色のズボンで、頭髪も角刈・短髪で、少年のその場の雰囲気は、当日の○○党大演説会に来ていた他の聴衆とは著しく違和感があり、現に、○○党内の警備責任者および会場内警備の警察官は要注意人物として、少年の動きに注意していたものであり、また少年自身他から制止を受けてもそれを排除してまで刺殺の目的を違しようとの強い気持はなかつたものであり(任意同行・逮捕の際も全く抵抗はしていない)、以上、本件兇器・少年の服装等・会場内の警備状況・会場内での少年の座席の位置・少年の犯意の強さなどを考えれば、少年の目的とする○○委員長殺害に至る危険性はかなり少なく、以下の事情をあわせて考えれば、少年の犯した本件を、少年保護の限界を超えたもの或は保護に親しまないものとして刑事処分が相当であるとは、一概に言えないものと考える。

二  少年は、小学二年時の昭和四二年初母が父の許から家出し、以後父母が別居を続けているため、父の許・母の許・広島県下の父母双方の親類の許を転々とさせられ、学校も小学校三校・中学校三校に通わせられ、このような生い立ちから、小学・中学校時に多数回の触法(友人に誘われての窃盗)・怠学・登校拒否などの問題行動を起し、性格も社交性に乏しく、無口で他人に打ち明けて話をするところがなく、内向的である。少年の右翼的考えは、小学生のころ父からソ連での抑留生活の話を聞き、中学生のころ友人と共産主義の話をかわしたりして、従前から幾分その傾向があつたところ、高校中退後、昭和五〇年七月ころ、居住地の明石市内で右翼団体が日教組大会に反対する街頭宣伝活動を活発に行つているのを見聞して深く共鳴し、同年八月ころ○○○○○○○○○会長○○○方事務所に寄宿し、同盟員となるに及んで顕著になり、以後、右翼団体の街宣活動のための宣伝車に乗つたり、宣伝ビラをはるなどの活動をしたが、その後同五一年五月から同五二年三月までは父の許に帰り、或は東京で働くなどして活動から離れ、本件直前の同年五月一六日ころ再び前記○○方に復帰した。右翼団体に属していた期間も七か月程度であり、その思想も深みはないが、社交性が乏しく、新しい人間関係をつくることが苦手なうえ、家庭(父の許・母の許・親類の許)では十分満足されない愛情依存欲求を家庭外に求めようとする少年にとつては、右翼団体の○○方に寄宿し、共に語らい、共に行動することは情緒の安定に資する面があつたものとも考えられる。

三  少年は、本件犯行について、殺害の目的を遂げず、実行に着手しないうちに逮捕されてむしろ良かつた旨述べ、また人の命を奪うことは絶対に許されないものとの自覚もできたので、世の中にはいろいろな考え方が共存していることを指導してゆけば、今後同種再犯のおそれはないものと考えられる。

以上のとおりであり、少年を保護観察に付するのを相当と認め、(一)父の許に帰ること(二)当分の間○○方に寄宿しないこと(三)仕事をすることなどを説示したうえ、少年法二四条一項一号・少年審判規則三七条一項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中明生)

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