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神戸家庭裁判所 昭和36年(家)1326号 審判 1968年10月09日

申立人 松永浩子(仮名) 外一名

相手方 高橋正一(仮名)

主文

被相続人高橋照夫の遺産を次のとおり分割する。

一  別紙第一目録のうち一ないし十一の預金、有価証券およびその利息等収益金はすべて申立人松永浩子の取得とする。

二  申立人松永浩子は申立人船橋とよに対し一〇五万一、五九七円を支払え。

三  申立人松永浩子は申立人船橋とよに対し

(1)  別紙第一目録のうち一ないし一〇の金員に対する昭和四二年七月一日以降この審判確定までの利息

(2)  同目録一一の○○製紙株式会社株式九○○株のこの審判確定の日の大阪市場店頭取引価格(該当取引がないときは最も近接した日の価格)合計金額から三万九、〇〇〇円を控除した金額

(3)  同会社更生債権六、九七五円の合計金額の一、〇九万九、五〇一分の七六万一、二〇〇に相当する金額を支払え。

四  相手方高橋正一の相続分は零とする。

五  手続費用は各自弁とする。

理由

(当事者の主張)

申立人両名は被相続人高橋照夫の遺産の分割を求め、事件の実情として被相続人は、○○銀行検査役を停年退職後昭和二八年七月○○株式会社管理部次長に就任していたが、昭和三三年一〇月二一日死亡した。申立人松永浩子(旧姓水谷)は昭和二五年五月頃被相続人が○○支店勤務当時から女中をし、昭和三三年七月末頃から内縁関係に入つた者であり、申立人船橋とよは被相続人の実姉である。相手方は被相続人の長男で唯一の推定相続人であるが、被相続人は昭和二八年三月五日附遺言書で、遺産は申立人らと相手方との三名で三分の一宛分配すべきこと、申立人浩子名義○○銀行オリンピック定期預金三万〇、〇〇〇円は同人に帰属のことを遺言し、この遺言書は昭和三三年一一月一三日検認を受けた。よつて申立人両名はこの遺言により、それぞれ三分の一の包括受遺者として共同相続人となるに至つた。被相続人の遺産は別紙第一目録記載のとおりであるが、相手方において分割の協議に応じないので上記遺産について分割の調停審判を求める、と述べ、なお第一目録一三の○○銀行特別弔慰金二四〇万円がかりに相手方のいうように被相続人の遺産に属せず、したがつて包括遺贈の対象にならないとしても、被相続人はなおこれを申立人浩子のために民法九九六条但書による特定遺贈の目的としたものであるから相手方が取得すべきものではない。万一相手方の取得に帰するとすれば、相手方はこれにより民法九〇三条の特別利益を受けたことになるから相続分の算定に考慮せらるべきである。相手方の遺留分侵害の主張は争う、と述べた。

相手方は、第一次に「申立人らの申立を却下する」との審判を求め、「申立人らの主張する遺言書は偽造であつて、申立人らは包括受遺者ではないから、遺産の分割を求める資格がない」と述べ、もし上記遺言書が真正なものであるとしても、相手方は唯一の推定相続人であるから、その相続分を三分の一とする遺言は相手方の遺留分を侵害しているから法定の遺留分である二分の一に達する範囲で申立人らの包括遺贈分の減殺を請求する。したがつて遺産はこれを滅殺した相続分によつて分割されなければならない。そして被相続人の遺産は第一目録記載のものにとどまらず、申立人浩子名義にかかる第二目録記載のものもすべて遺産に属する。ただし第一目録一三の○○銀行特別弔慰金災害見舞金二四〇万円は、同行退職行員の遺族中同行庶務部長が選定した者に交付せられるものであつて、被相続人の遺産ではない。そしてここにいう遺族は唯一の推定相続人である相手方だけであるから、申立人らには受給資格がない。したがつてこの金員は当然相手方に帰属すべきものである。そして相手方に帰属することも、被相続人の処分行為によらず、同銀行の規定により、相手方が遺族であるという固有の地位にもとづいて直接取得するものであるから、民法九〇三条の特別受益には当らない」と述べた。

(当裁判所の判断)

一、遺言書の真否

相手方は遺言書が偽造であると主張し、相手方提出にかかる高村厳作成名義の「筆蹟についての鑑定書」と題する書面、山中茂その他作成名義の○○寺の所在地についての各陳述書等はいずれも相手方の主張に添うものであるが、一方申立人松永浩子の審問結果に神戸地方検察庁検事稲田克己作成の不起訴処分証明書の記載、家庭裁判所調査官岡村三四司作成の調査報告書の記載を綜合してみると、相手方提出の上記各書面の内容もたやすく採用できない。被相続人の手記を見ても自分の死後についてことのほか心を使つていたと思われる被相続人が、数年前に作成された遺言書を、申立人浩子との関係が深まり、財産状況も変化しているのに、何故にそのままにしていたかについての疑問は残るけれども、上記資料を対比綜合して考えても、これが偽造であるとの心証を持つに至らない。よつて遺言書を偽造とする相手方の主張は採用しない。

二、遺産の範囲

(一)  別紙第一目録記載のうち一ないし一二の預金、有価証券、退職金が被相続人の遺産に属することについては当事者間に争いがない。その相続開始当時の元本の価額は合計一、〇九万九、五〇一円である。

上記遺産に対する利息も又遺産の収益として当然分割せられるべきものである。そして申立人ら代理人の報告により記録上明らかにされた昭和四二年六月末日現在の額は第一目録収益欄記載のとおりであり、その合計額は四一万九、四五八円である。それ以後の利息については金額不明であるがこの審判確定に至るまでの利息もすべてこの分割に際し分配すべきものである。

(二)  ○○銀行特別弔慰金

○○録行特別弔慰金規程によれば、○○銀行では在職中の役職員その他の従業員又は一定期間これらの地位にあつて退職した者が死亡した場合には遺族のうち適当と認める者に対し、給与額に応じた特別弔慰金を支給し、重大な傷害を受けた場合は本人に災害見舞金を支給することになつており、又受給資格票記載の注意書によれば、その特別弔慰金を支給する遺族は銀行、具体的には同銀行庶務部長が選定することに定められている。そしてその目的で銀行か生命保険会社と役職員その他の従業員を被保険者とする団体保険契約を結び、保険料は全額銀行が負担することになつている。これらの規程からすると、この特別弔慰金は遺族が会社から直接に支給されるものであつて、遺産には属しないものと認めるのが相当である。申立人らは被相続人の会社における永年の勤務がとりもなおさず保険料に相当するから、その結果支給せられる特別弔慰金も遺産に属する旨を主張するけれども、無理な見解であつて採用できない。

そして、昭和四二年一二月二二日附○○銀行人事部長からの申立人船橋とよ代理人宛回答書によれば、上記弔慰金はすでに昭和三八年六月二九日相手方に全額二四〇万円が支払われていることが明らかである。そして、それが他の遺族をも含んだ代表者という趣旨で支給せられたと認めるべき資料がない本件ではこの弔慰金は銀行の選定により相手方単独の権利に帰属したものといわなければならない。

つぎに申立人松永浩子は、かりに上記弔慰金が遺産に属せず、したがつて包括遺贈の対象に含まれないとしても、被相続人はなおこれを民法九九六条但書による特定遺贈の目的としたもののように主張するけれども、その根拠とする昭和三三年二月五日附被相続人の水谷純一(申立人浩子の実父)宛書面は法律上の遺言ではないから、これによつては遺贈の効力を生じるに由なく、又これを前記遺言の解釈資料となしうるとしても、遺言ではこの特別弔慰金について全く触れるところがないから特定遺贈の目的とされたと認める余地がない。よつてこの点に関する申立人らの主張も採用できない。

(三)  申立人浩子名義預金有価証券

相手方は別紙第二目録記載の水谷浩子名義の預金有価証券は租税対策上仮りに同人名義を用いたものに過ぎず、すべて遺産に属すると主張するが、真正なものと認める昭和三三年二月五日附水谷純一宛被相続人の書信の記載と申立人浩子の審問結果および家庭裁判所調査官岡村三四司の調査報告書の記載を綜合すると、被相続人は自分の財産のうち相当部分を申立人浩子に取得させる明白な意思で同人の名義にしてあつたことを認めるに十分であるから、遺言作成当時すでに申立人浩子名義にしてあつたオリンピック定期預金三万円をはじめ、その後同人名義にした預金、有価証券等はすべて同人の権利に属し、分割すべき遺産には含まれないと認めるのが相当である。相手方は、浩子名義の預金口座への入金が被相続人名義株式や信託預金の配当金、収益金によるものが相当部分あることや申立人浩子が郷里に帰り不在中に預金の入金出金がなされていること、そして同人の女中としての給料に比して金額が多額に上ることを挙げているけれども、被相続人の意思が上記のように明白である以上これらの事実も上記認定と矛盾するものではない。その他上記の認定に反してこれを遺産と認めるに足る資料はない。

(四)  遺品中仮処分物件競売代金

別紙第一目録のうち一四の仮処分物件の明細は別紙第三目録記載のとおりである。これらの家具等一一点については相手方申請により仮処分決定があつたが、昭和三九年一二月二一日競売に付し競落代金七、六〇〇円を得たが費用二、〇七〇円を要したので差引残金は五、五三〇円である。

相手方は、これらの物件も遺産に属すると主張するが、前記水谷純一宛被相続人の書信には家財道具は勿論浩子さんにあげるものとの記載があり、これと申立人松永浩子の審問結果および家庭裁判所調査官岡村三四司の調査報告を綜合すると、これらの物件は被相続人が上記書信を書いた昭和三三年二月五日頃にはすでに申立人浩子に単純に、もしくは死亡を原因として贈与していたものであることが認められるので、いずれも遺産に属しない。そして又競売金額も僅少なので、これらの贈与は民法九〇三条にいう特別受益には当らないものと認める。

(五)  遺品中衣類身廻品等

別紙第四目録記載の寝具や衣類身廻品等は一応遺産に属するものと認める。申立人松永浩子は一切の動産について被相続人から贈与を受けていたもので、遺産に属しないと主張するが、同目録記載の物品はいずれも被相続人が日常使用中の物であり、かつ、女性には不用の物も相当あるのであるから、これらまで贈与の対象にしていたとは認められない。

しかし、これらの物品は、当初申立人松永浩子が保管していたが、同人の再婚に際し、当事者合意のうえ昭和四〇年一月二四日相手方に引渡している。その価額について相手方はこれを五〇万円と評価し(昭和三五年七月一日附相手方代理人提出陳述書)申立人らはこれを五万円以下と評価している(同年八月二日附申立人ら代理人陳述書)か、衣類肌着身廻品等ほとんど取引価値の認められないものが多く、これらはいわゆる形身として分配するには適しても、とくに鑑定評価して分割の対象とするには適しないから本件審判からは除外する。

(六)  その他

相手方は、被相続人が○○株式会社から受けた昭和三三年一〇月分給料一〇万円も遺産に属すると主張する。しかし相続開始当時それが現金として存在したことについては資料がないから遺産に計上することはできない。

香奠、埋葬料は、昭和三七年五月一五日附○○株式会社作成の精算書によると合計一四万四、五〇〇円であり、うち葬儀および埋葬に六万五、三七五円を要し残金七万九、一二五円は同社において保管中になつている。しかし、申立人の陳述では死亡および葬儀の際病院、旅館等に合計三万一、九四九円を支払つているので(昭和三五年八月二日附申立人陳述書)これを差引いた残金は喪主であり祭祀承継者である者に引き渡すか、もしくは遺族の間で分配せられるべき筋合であるが、本来遺産ではないから審判の対象としない。

三、特別受益

(一)  相手方の特別受益

相手方が取得した○○銀行特別弔慰金二四〇万円は、遺族の生活保障的性格を持つものであつて、遺族たる相続人や遺族たる包括受遺者が数名あるときはその間の公平を考慮する必要がある。そして被相続人は自分の死亡により遺族がこれを受けることを承知してその職に在つた者であるから、両者の関係は遺贈に準ずるものとして民法九〇三条の特別受益にあたるものと認めるのが相当である。よつて相手方は同額の特別受益を得たものとしてその相続分を計算することになる。

もつとも昭和四三年六月一一日附○○銀行人事部長回答によれば「特別弔慰金を支給すべき遺族の指定について故人(被保険者)の意思が介入し、これを認めて支給することはない」旨を述べており、相手方はこのゆえに特別弔慰金を相続分の計算に入れるべきでないと主張する。しかし、私企業における他の多くの遺族給付と同様本件特別弔慰金も、被相続人による受給者の指定が認められているといないとにかかわらず、前示の性格からこれを特別受益と見るのが相当であつて相手方の主張は採用できない。

(二)  申立人松永浩子の特別受益

申立人松永浩子の権利に属すると認めた同人名義の前記預金、有価証券の総額は相続開始当時の価額にして一、七九万五、三六三円である。一方家庭裁判所調査官岡村三四司の調査報告書中申立人松永浩子の供述によると、申立人浩子は女中となつた昭和二五年五月から内縁関係に入つた昭和三三年七月に至る間給料として月額二、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円と半期二か月分位の賞与を受けており、これに月平均三、〇〇〇円ないし四、〇〇〇円の編物収入を加えたものは合計約八〇万円位であること(昭和四一年一一月一二日附申立人準備書面記載の計算)そして東京へ転居後昭和二七~二八年頃以来被相続人はその孤独な境遇のためか申立人浩子に対して女中以上の便宜をはかるようになり、これらの収入で同人のために利殖をはかつて株式や債券を買い入れていたことが認められる。その運用の成果やその間の支出がどの程度のものであつたかは資料を欠くけれども、元利綜合しても一〇〇万円を超えることはなかつたと見るのが相当であろう。これ以上は申立人の収人源や本件の資料に現われている運用の方法(預貯金の種類、株式の銘柄等)から見て過大である。そうすると前記有価証券等総額一、七九万五、三六三円との差額七九万五、三六三円は少くとも被相続人からの贈与があつたものと認めるのが相当であり、この金額は申立人浩子の包括遺贈分の計算にあたり、民法九〇三条の特別受益として考慮すべき額である。申立人らは、これらはすべて申立人浩子自身の所得によるものと主張するが、元本運用についての具体的実績が示されないので上記認定の金額を超える部分については採用し難い。

(三)  申立人船橋とよの特別受益

申立人船橋とよについて被相続人は昭和二八年七月四日○○銀行本店に同人名義で九万五、〇〇〇円の預金をしていたことがあるが、この預金はその後他の預金に預け替えされたと認めるので同人に対する贈与にはならない。他に同人の特別受益と認めるべきものはない。

四、遺産の分配

(一)  具体的相続分

被相続人の遺言書によると、相手方の相続分を三分の一としたうえ申立人両名に各三分の一宛の包括遺贈をしている。したがつて各自の相続分は、相続開始時の遺産の元本合計一、〇九万九、五〇一円と申立人浩子の特別受益七九万五、三六三円および相手方の特別受益二、四〇万〇、〇〇〇円の総合計四、二九万四、八六四円の各三分の一すなわち一、四三万一、六二一円(円未満切捨)宛である。

そこで申立人松永浩子の相続分は前記七九万五、三六三円の特別受益を控除した残額六三万六、二五八円であり、申立人船橋とよの相続分は一、四三万一、六二一円であるわけであるが、現実の遺産は一、〇九万九、五〇一円であるから、これを両名の相続分の割合で按分すると

申立人松永浩子は三三万八、三〇一円(円未満四捨五入)

申立人船橋とよは七六万一、二〇〇円(同右)が具体的相続分である。

しかし相手方は、すでに前記相続分を超える特別受益を取得しているから現実の遺産に対する具体的相続分は零である。そして遺留分も害されていないことになる。相手方の遺留分侵害の主張は○○銀行特別弔慰金を特別受益として相続分の計算に持ち戻すべきでないことを前提としたものであるから採用できない。

(二)  収益の分配

上記相続開始当時の遺産合計一、〇九万九、五〇一円に対する利息その他の収益金の合計は、昭和四二年六月末日現在で四一万九、四五八円であるから、これを前記具体的相続分の割合で按分すると

申立人松永浩子は一二万九、〇六一円(円未満四捨五入)

申立人船橋とよは二九万〇、三九七円(同右)を取得すればよいことになる。

昭和四二年七月一日以降この審判確定に至るまでの同上収益金および未収状態にある○○製紙株式会社更生債権六、九七五円も同様の割合により両名において分配すればよいわけであるが、金額は未定である。

なお遺産中には○○製紙株式会社株式九○○株があり、相続開始時の株価は一株当り三九円であつたが、現在は六〇円前後に上昇しており、この審判確定時までにはさらに株価の変動が予想されるので、三九円との差額も便宜前記収益金と合わせて分配すべきものとする。

(三)  結局被相続人の遺産から申立人松永浩子は元本のうち三三万八、三〇一円、昭和四二年六月末日までの利息のうち一二万九、〇六一円合計四六万七、三六二円を、申立人船橋とよは元本のうち七六万一、二〇〇円、同上利息のうち二九万〇、三九七円合計一、〇五万一、五九七円を取得し、その他未確定の利息、債権、差金についてはそれぞれ前記具体的相続分の割合に按分して取得することになる。相手方の相続分は零である。

そして、上記預金、有価証券はすべて申立人松永浩子の代理人において占有管理中であるから、分割の方法としては、これら全部を申立人松永浩子に取得させ、同人において適宜現金化したうえ、申立人船橋とよに対しその取得分を支払わせるのが適当である。

なお申立人松永浩子のものとした別紙第一目録記載一二の○○○土地運河株式会社株式一〇〇株に対する清算分配金供託金四万六、〇〇〇円の供託関係書類は昭和四一年四月一一日の調停期日に同申立人から相手方代理人に引渡しているところ、相手方の相続分が零となつた以上相手方はこれを申立人松永浩子に返還するのが本来であるが、上記引渡の趣旨は相続分の如何にかかわらず相手方に提供してよい趣旨であつたと認められるからことさらに返還を命ずることをしない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂東治)

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