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神戸家庭裁判所 昭和35年(家)1817号 審判 1962年10月09日

申立人 木村昌子(仮名)

相手方 森良輔(仮名)

事件本人 森啓輔(仮名)

主文

相手方を事件本人の親権者と定める。

理由

本件申立の要旨は、「申立人と相手方は昭和三三年八月二三日婚姻し翌年一一月一六日事件本人が生まれたのであるが、昭和三五年九月二〇日調停離婚した。ところが事件本人の親権者を定めるにつき、協議が成立しないので、協議にかわる審判を求める」というのであり、申立人も相手方もそれぞれ自分が親権者となることを望んでいるものである。

当裁判所が認定した事実と、これにもとずく判断は次のとおりである。申立人及び相手方各本人の審問結果と家庭裁判所調査官松原緑郎作成の調査報告書(昭和三六年六月二一日附)、医師国井悦子作成の診断書の記載によると、

一、申立人と相手方は、昭和三三年八月二三日婚姻届をして夫婦となつたが、双方の性格やものの考え方の相違から和合を欠いたため、昭和三五年二月一五日に申立人は当時生後三ヵ月の事件本人をつれて善通寺市の実家に帰つたこと

二、それで相手方は、同年四月一〇日母や姉夫婦とともに申立人方に出向き、申立人の帰宅を求めたが、申立人にその意思がないので、即日事件本人を引き取つて帰り、今日まで相手方の手もとで養育して来ていること

三、申立人は、当時自分から相手方との離婚を望むとともに、離婚後の経済事情(申立人の実家は裕福であるが、申立人は独立心が強く、実家に頼ろうとしていなかつた)から、将来自活できるようになるまでは相手方に事件本人を養育させておきたいと考えていたこと、そしてすでにこの日に先き立つ同年三月二〇日に、申立人は、相手方との離婚及び相当額の慰藉料支払を求めて、当庁に夫婦関係調整の調停を申し立てていた(昭和三五年家イ第一三三号)のであるが、その申立の趣旨において、事件本人の親権者は相手方としたい旨を表示していたこと(同事件は、親権者指定を後日家庭裁判所の審判によることとし、その余の事項について一応調停が成立して、終了の処置がとられたものである)

四、もつとも申立人が将来事件本人を引き取りたいと考えていたのは、内心のことで、相手方には何の意思表示もしていないこと

を認めることができる。申立人は、相手方が無理に事件本人をつれ去つたかのように述べているが、これを認めるに足る資料がない。結局このときに申立人と相手方との間で事件本人の監護者をとりあえず相手方とする合意が成立したものと認められる。そして、前掲各資料のほか医師国井悦子作成の診断書の記載、相手方提出上申書添付の事件本人の写真によると、相手方が事件本人を引き取つた当時、同人は生後五ヵ月未満の乳児であつたのを、相手方は、その母や姉らの協力のもとに、人工栄養の方法で養育に努めて来たこと、その結果事件本人は順調に生育して今日に至つている事実を認めることができるのであるが、以上のような認定事実のもとでは、事件本人の養育監護について、新たに相手方に不都合な事情を生じたとか、そうでなくても、申立人と相手方双方の比較において、申立人の側に特にすぐれた事情があるとかいう場合でなければ、監護者を変更することは事件本人のためにかえつて好ましくないと認めるのが相当である。

そこで、そのような事情の有無について判断するのに、申立人及び相手方各本人の審問結果、双方提出の各書面、家庭裁判所調査官松原緑郎作成の調査報告書(昭和三六年六月二一日附及び一〇月一四日附)、同島田安子作成の調査報告書、永松一郎、大石健作成の鑑別結果通知書の記載等すべての資料をかれこれ対照し、また総合してみても、両者の経済力や環境においては格別の差異を認めることができず、性格の点においても、いずれもが一長一短をそなえているとともに、それらが通常人にくらべて特に隔たりがあるとも認められない。ただ申立人が国学院大学国文科中退の学歴をもち、現在英数学私塾の教師という知的職業に就いているのに対し、相手方は尋常高等小学校を卒業して鉄道教習所に学んだだけで、川崎重工業の工員(勤続一二年)であるという相違はあるが知的能力を含めてこの相違も、両者の性格や、従来の紛争の実情を併せ考えると、特に相手方の欠陥とし、申立人の長所とすることはできない。申立人は相手方の周囲に事件本人に対する感化上悪影響を及ぼす人物がいるとか、または相手方が再婚のため、事件本人を他に委託しようとしているとか述べているけれども、取調べたすべての資料によつてもそのような事実はこれを認めることができない。

このように認定してくると、当初相手方が監護者となつたことに一応の理由があり、そして現在まで格別の問題を起さずに経過している事件本人の監護の方法を変更して、同人を相手方のもとから引き放さなければならない事情は存在しないといわなければならない。

そして監護者と親権者は、できる限り同一人であることが望ましいうえに、本件当事者のように離婚の前後から今日に至るまで、依然として感情の対立が激しい場合は、特にその必要がある。当裁判所は、以上の判断から現在の監護者である相手方を同時に事件本人の親権者と定めるのが相当であると認める。申立人が親権者となることを切望する気持は理解できるけれども、しばらくは遠くより事件本人の福祉を見守ることを望みたい。よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂東治)

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