大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和43年(ワ)830号 判決 1969年12月17日

原告

大島政敏

被告

阪神タクシー株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し一五三万九、九五〇円のうち一三九万九、九五〇円に対する昭和四一年五月一六日から、うち一四万円に対する被告会社については昭和四四年一月一〇日から、被告河田については同月一五日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告ら各自の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り、原告において被告らに対しそれぞれ三〇万円の担保を供するときは、その被告に対し仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは各自原告に対し四五六万六、三四八円とうち四一六万六、三四八円に対する昭和四一年五月一六日から、うち四〇万円に対する被告会社については昭和四四年一月一〇日から、被告河田については同月一五日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの各自負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、つぎのように述べた。

一、本件事故発生

とき 昭和四一年二月一日午後八時一五分ころ

ところ 芦屋市竹園町七八番地先路上

事故車 普通乗用自動車(神戸五か三五七七号)

運転者 被告河田

受傷者 原告

態様 接触、転倒

二、被告会社の責任、いわゆる保有者責任(自賠法三条)

三、被告河田の責任原因、不法行為責任(民法七〇九条)

原告が訴外田村光昭の運転する第二種原動機付自転車(芦屋〇五九八号)(以下本件単車ともいう)の後部座席に同乗して前記道路を南進中、前記道路において被告河田が前記本件事故車を運転して東進してきたが、当該道路状況は信号機が設置されていない交差点で、かつ左右の見通しが困難な場所であるから、このようなばあい、徐行もしくは一旦停止したうえ、左右の安全を確かめてから通過しなければならないのにもかかわらず、被告河田はまんぜん同一速度で進行した過失により、田村の運転する本件単車の右側後部座席付近に接触せしめて前記事故を起した。

四、原告の損害

(一)  受傷部位、程度、後遺症

頭部打撲傷、右下腿打撲切創、右膝部弁状創、靱帯損傷、右大腿骨下端骨折。

原告は事故当時、頭部を強打し脳しんとう症状によつて意識昏迷脈はく不整で直ちに同日伊藤病院に入院し、絶対安静のうえ、大腿骨牽引療法を行い、腫張減退をまつて同月一七日観血手術を施行してギブス固定を行い更に手術創療法を行い、漸く経過良好として四三日間入院して同年三月一五日、未治癒のまま退院し、その後同年五月一四日まで四四日間(内治療実日数二〇日)にわたり通院して、一応治癒した旨の診断をうけたが、今日に至るも右膝関節に時々疼痛があり、かつ、後遺症として右膝関節の屈曲度において四五度、伸展度において一五度減少し、右下肢は一糎の短縮をきたして症状が固定し治癒は不能となつた。

この後遺障害は自賠法施行令別表一〇級一一級(昭和四二年政令二〇三号による政正以前のもの)に該当し、改正後においては一〇級の一〇、一三級の八に該当し、あわせると結局九級に該当するものである。

(二)  数額 計四五六万六、三四八円

1  通院治療費一万七、一五〇円

昭和四一年四月三〇日伊藤病院に支払分。

2  休業補償費七万三、五〇〇円

同年二月二日から同年五月一五日まで月額二万一、〇〇〇円の給与の割合による合算額。

3  逸失利益二〇七万五、六九八円

(1) 労働能力喪失三五パーセント

前記第九級は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表および労働基準局長通達別表労働能力喪失表によると三五パーセントである。

(2) 就労可能期間、収入

事故当時、原告は一六歳の健康な男子で就労可能年数表による四六年を有する。

原告は料理見習として事故当時、月額二万一、〇〇〇円の給与の外に年二回計二万四、五〇〇円の賞与を支給されていたので年額の収入は計二七万六、五〇〇円であつた。

原告の給与は年月の経過と共に当然順次増加するのであるが、この将来における収入の増加については計算上、これを無いものとして、右収入額を以て計算すると、右就労可能年数の期間に得べき収入は一、二七一万九、〇〇〇円となるが、これを一時に支払をうけるものとしてホフマン式計算方法によつて中間利息を控除して、その系数二三、五三四を乗じて五九三万〇、五六八円がその現価となるのであるが、これに前記の喪失率三五パーセントを乗じた二〇七万五、六九八円が逸失利益現価である。

ちなみに右の準拠する喪失率については単に行政上画一的に定めたもので基準とならないとする異見があるが、その喪失率の算定準拠につき、前記資料の外には全く公的資料がなく、現在のところ、他によるべき資料も、又、合理的な一般基準も存しないのであるから、前記資料によつて労働能力の喪失率を推認する外はないのである。

右の見解が肯定されないとしても、以上の逸失利益額を後記慰藉料に追加して慰藉料として請求する。

4  慰藉料 二〇〇万円

原告は前記傷害により不具者となつたもので受傷時の肉体上精神上の苦痛は甚大なものがあるが、原告の年令は未だ若年で、長い将来にわたり跛行者としての劣等感に悩み、かつ有形無形の不具者としての損害に耐えねばならないのであるから、その精神上の苦痛は筆舌につくしがたいものがあるが、これを金銭に評価するとすれば二〇〇万円が相当である。

5  弁護士費用 四〇万円

原告が本訴提起に至つたのは被告らの不誠意によるもので、このため原告が弁護士に委任した本訴提起の着手金、謝金の支払債務は本件事故に起因するもので相当因果関係ある損害というべきである。

五、結語

よつて原告は被告らに対し不真正連帯債務として連帯して四五六万六、三四八円とうち治療費、休業補償、逸失利益、慰藉料の計四一六万六、三四八円については事故発生日の後であり、かつ、休業補償費発生の最終日の翌日である昭和四一年五月一六日から、弁護士費用四〇万円については本訴状送達の日の翌日である被告会社については昭和四四年一月一〇日から、被告河田については同月一五日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、つぎのように述べた。

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実も認める。

三、同三の事実のうち、被告河田に責任原因の存することは認めるも、態様は争う。すなわち、被告河田は昭和四一年二月一日午後八時一五分ころ、本件事故車に乗客を乗せて芦屋市竹園町内の道路を東進し、本件交差点にさしかかつたので、減速のうえ、まず右方道路の安全を確認し、ついで左方道路の安全を確認したところ、田村が本件単車の後部荷台に原告を同乗させて南進して来るのを認め、直ちに急制動をかけて右にハンドルを切つてさけたが田村が制動をせずに直進してきたため事故車の前部と本件単車の後部荷台右側とが接触して本件事故となつたのである。

四、同四(一)、(二)1 2 3(1)(2)4 5はすべて否認する。

五、(主張)

(一)  仮りに原告主張の後遺症が存在し、その等級が原告主張どおりとしても労働基準局長通達による労働能力喪失率を基準として逸失利益を計算することは誤りである。労働能力の喪失による逸失利益の損害の有無及びその程度は現実の収入減が具体的に存在するか否か、存在すればその金額が如何程であるかということによつて決定されるべきである(最高裁判所昭和四二年一一月一〇日判決参照)。これを原告についてみるに、原告は料理見習であるから、その労働収入は料理人としての腕の力量にかかつているのであるから、原告主張のような下肢の後遺障害が料理人の腕の力量に影響を与える筈がない。

したがつて原告が本件事故によつて現実に収入減をこうむつたとは考えられないから、原告主張の二〇七万五、六九八円の逸失利益の主張は全く理由がない。

(二)  慰藉料二〇〇万円は過大である。

1  東京地方裁判所民事交通専門部では傷害事故の慰藉料は入院のばあい一か月一〇万円、通院のばあい一日おき程度の通院で一か月五万円であり、後遺症の慰藉料は自賠法施行令別表の等級表所定金額が一応の規準とされている。原告請求のそれは、右規準に比し著しく過大である。

2  原告の後遺症は原告主張のような程度の重いものではない。特に、不具者となり、跛行者としての劣等感に悩むと主張しているが、この点は右下肢が一糎の短縮を来たしたという程度であるから、右の靴の踵を左より若干厚くすることにより、普通人と同じ様に歩行することができる筈であるから、これによつて劣等感に悩むというようなことは殆んど考えられない。」

被告ら訴訟代理人は、抗弁として、つぎのように述べた。

一、民法四三九条による時効抗弁

(一)  本件事故は田村の過失と被告河田の過失とが競合して発生したものである。そして、田村は本件事故現場で減速せず、被告河田の車と接近しても制動措置をとらず、進路も殆んど変えずに進行しているが、被告河田は交差点で減速したうえ、田村の車を発見して直ちに急制動をかけてハンドルを右に切つて避譲している。田村が危急のばあいに当然になすべき急制動の措置さえとつておれば、本件は物損程度ですんでいた事故である。このような田村と被告河田の過失割合を比較すれば、それは八対二と認むべきである。

(二)  被告会社は被告河田の運転していた車の保有者として自賠法三条の賠償責任を負担しているが、これと同様に、田村の運転していた車の保有者も同条の賠償責任を負担している。この車の保有者は、原告の住込勤務先の芦屋市竹園町四一番地の一において割烹うお徳を経営する訴外松本清である。この両保有者の損害賠償の負担割合は、各保有車を運転していた者の過失割合によつて決定すべきものと考えられるから、田村と被告河田の過失割合が八対二であることに照らし、松本清と被告会社の負担割合も八対二である。

(三)  ところで民法四三九条は「連帯債務者ノ一人ノ為メニ時効カ完成シタルトキハ其債務者ノ負担部分ニ付テハ他ノ債務者モ亦其義務ヲ免ル」と規定しているところ、本件事故の保有者責任の時効は本件事故発生日から三年を経過した昭和四四年二月一日を以つて完成することとなり、原告は同日までに松本清に対し時効中断の手続をしていないから、松本清の保有者責任は既に時効完成により消滅している。

この松本清の時効完成につき民法四三九条を適用することができるとすれば、松本清の負担部分について被告会社も亦賠償責任を免れることになるのである。このばあい、この両保有者の負担割合は八対二であるから、被告会社は本件事故によつて発生した損害の十分の八の賠償義務を免れることになるのである。

(四)  そこで、本件に同条を適用することができるか否かについて検討する。一般に、同条は真正連帯債務について適用される規定であり、不真正連帯債務については適用されないと解せられている。したがつて、本件の保有者責任が右のいずれに当るかということが問題となる。学界の通説は、この保有者責任は不真正連帯債務に当ると解釈している。この通説の最大の根拠は交通事故の保有者責任を不真正連帯債務と解釈しなければ交通事故の被害者救済をまつとうすることができないということにある。すなわち、もし、真正連帯債務とするならば、二台以上の加害車両によつて交通事故を受けた被害者は、加害車両の全部に対して、もれなく訴を提起しなければ損害の全額の賠償を受けられないことになる。そうなると加害車両のうちには、加害車両の持主不明のものがあつたりするばあいも生ずるが、このような相手にまで、訴を提起しなければ持主の判明した加害者より全額の賠償を受けることができないとすることは、被害者に酷である。かかるばあい、持主の判明した加害車両の保有者に全額の被害弁償をさせることが被害者の救済をはかるために必要となる。被告らは、右の如き被害者救済の観点から、保有者責任を原則として不真正連帯債務として同条を適用しないこととすることに異論はないのであるが、保有者責任である以上すべて右規定の適用が排斥されるものと画一的に解すべきものではないと思料する。換言すれば、二台以上の加害車両によつて発生した事故であつても、例外的に同条の適用を認むべきばあいがあるべきである。本件こそ真に、この例外的事例に属しているのである。原告が松本清方に住み込んでいるもので、同人に時効完成前に時効の中断をしようとすれば、もつとも容易にできた筈であるのに、これをしなかつたのである。原告は、本件事故当時から今日まで、ひき続いて松本清に雇われ、同人の経営する割烹うお徳において料理見習として勤務しているのである。通常、交通事故の保有者と被害者との間には特種な人的つながりなどないのが普通であり、そのために従来から商取引によるつながりある者の間で生じる商取引上の連帯債務と保有者責任とを別異に取り扱うべきものと考えられているのであるが、本件の原告と松本清とは、商取引のばあい以上の深いつながりがあるのである。原告は未成年者であるので、松本清は雇主以上に本籍地の両親に代る保護者的役割まで果しているものである。被害者が保有者の一方と右の如き特種な関係にあるばあい、かかる関係を有する保有者が被害者に全額の被害弁済をしたうえ、他の保有者にその負担部分を求償するのが世間で通常行なわれているところである。原告と松本清とは、かかる世間の慣例に全く反した行動をとつている。しかも、原告が松本清に対して、時効期間内に訴を提起しなかつたのは、同人の責任を不当に解消し、その分を被告会社に転嫁せんとした結果である。同人の保有者責任は、既に時効で消滅しているから、今後、もし、被告会社が原告に全損害を弁償しても、松本清に同人の負担部分を求償することはできない。けだし、同人の原告に対する債務は既に消滅しているのであるから、同人は被告会社が原告に同人の負担部分を支払つた故を以つて、被告会社に右負担部分を支払うべきものとすれば、同人は右負担部分に関し、結果的に被告会社の行為を介して、原告に時効で消滅した筈の債務の履行を強制せられることになつて、時効制度の本旨と矛盾するからである。原告が松本清の時効を故意に完成させて雇主を不当に利し、その分だけ被告会社に不利益を及ぼそうとしているのであるから、これは被害者の地位の濫用である。かかる原告については、一般の事例と異り、同条の適用を排斥する必要性は全くない。かかる事情にかんがみ、本件については特に同条を適用するのが相当であり、かく解しても通説が保有者責任を不真正連帯債務とする趣旨に反しないものと信ずる。よつて、被告会社は本件事故によつて生じた損害のうち、松本清の負担部分に相当する十分の八の損害賠償義務を免れているのである。

二、被告会社は原告の昭和四一年二月一日から同年三月一五日までの四三日間の伊藤病院の入院費二四万〇、八一〇円及び右入院期間中の同年二月一日から同年三月一二日までの四〇日間の付添費四万八、五六〇円の計二八万九、三七〇円を支払つている。

三、原告は訴外住友海上火災保険株式会社に対し、自動車損害賠償保障法による強制保険の後遺障害の保険金を請求し、昭和四三年八月八日右保険会社から保険金一九万円を受領している。右金員は損益相殺として原告の請求より控除せらるべきである。

原告訴訟代理人は、抗弁に対して、つぎのように述べた。

一、(抗弁一について)。田村と被告河田の過失割合がいかようであれ、これを原告に対して主張することはできない。

不真正連帯債務の発生原因としては、損害賠償に複数の債務者が関与する諸ばあい、すなわち、共同不法行為、一般不法行為責任と特殊不法行為責任、特殊不法行為責任の併立などをいうのであつて、本件の如きは、正しくその典型である。しかして、不真正連帯債務においては、不真正連帯債務の各自が訴外関係において独立し、負担部分なるものの観念がないことにその特質を有するものであつて、加害者間の過失割合の如きは、原告に対し主張するも何んらの利益もないことである。

二、「抗弁三の事実は認める。」

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二、同二の事実も、当事者間に争いがない。

三、同三の事実のうち、被告河田に責任原因の存することは当事者間に争いがない。

被告は、責任原因の態様を争うところ、〔証拠略〕によれば、料理屋うお徳こと松本清所有の第二種原動機付自転車を、松本清の従業員である田村光昭が運転して、後部座席に同じく松本清の従業員である原告が同乗して進行中、田村と被告河田との双方の過失(徐行、一旦停止不履行)により、田村運転の本件単車と被告河田運転の本件事故車とが共に見通しのきかない交差点で出会頭に衝突し、本件傷害が発生したことを認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はなく、被告河田に過失が認められる以上、責任原因の態様に関係なく、又、田村と被告河田との過失割合が、いかほどであるかに関係なく、被告河田に不法行為責任(民法七〇九条)があることは明らかである。

四(一)  同四(一)について判断する。

〔証拠略〕によれば、同四(一)の事実を認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(二)  同四(二)について判断する。

1  〔証拠略〕によれば、同四(二)1の事実を認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

2  〔証拠略〕によれば、原告の本件事故当時の給料は、住込で月二万一、〇〇〇円であり、昭和四一年二月二日から同年五月一五日まで本件事故による傷害のため働けず、給料を取得できなかつたことを認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。そうすると、右期間の得べかりし利益は、計算上七万二、八〇〇円となる。

3  労働能力喪失にもとづく逸失利益については、現実にいかほどの収入減が存在するかが本件全証拠によるも認めることができない。

4  原告は、右逸失利益が認められないばあいは右逸失利益としての請求分二〇七万五、六九八円をも慰藉料二〇〇万円に加算して慰藉料として請求するというから、請求原因四(二)4の慰藉料は四〇七万五、六九八円を求めることになる。

本件傷害の態様、入院通院期間、後遺症などすでに認定した事実に、原告が本件事故当時一六歳(昭和二五年一月七日生)の独身少年であつたこと(このことは、〔証拠略〕によつて認めることができ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない)を総合すると、慰藉料は一五〇万円と認めるのが相当である。

被告らは、東京地方裁判所民事交通専門部の傷害事故の慰藉料算定規準について云々するが、右規準によるとしても、右一五〇万円は本件のようなばあいにおいては相当なものであろうと考えられる。

被告らは、原告の後遺症は原告主張のような程度の重いものではないというが、原告の後遺症については、すでに認定したとおりであり、被告らは、又、原告が適当な手段を尽すことによつて、不具者、跛行者として悩むことが殆んどなくなる筈であるとも主張するが、なる程、人間には、いろいろの人間があるから、右下肢が一糎短縮すれば、右の靴の踵を左より若干厚くし、右足が曲らねば、自転車をやめて自動車に乗るなどして、普通人同様にみせかけることによつて、劣等感に殆んど悩まされることがなくなるような人間もあるであろうが、普通の人間は、右下肢が一糎短縮したり、右足が曲らなければ、右のような手段を尽したとしても、なお、原告主張のような苦しみを感ずるものであることは、公知の事実であり、原告が、普通とかわつた、木か石のような人間であることの立証もないから、被告らの右主張は、結局、理由がない。

5  弁護士費用については、しばらくおく。

五、抗弁一について判断する。

原告が、松本清に対して今日に至るも訴を提起していないことは、弁論の全趣旨により認めることができるが、右訴を提起していないわけが、松本清の責任を不当に解消し、その分を被告会社に転嫁せんとしたものであることは、本件全証拠によるも認めることができない。

しかして当裁判所は、不法行為の被害者たるものは、加害者甲乙中の適当な一人、甲に対して損害賠償請求すれば足り、加害者全部に請求すべき義務はなく、又、そのばあい、加害者乙の負担部分が時効消滅しそうだからといつて、甲の利益を守るために、乙に対して時効中断の措置をするなどの義務を負うものではなく、他方、加害者甲は、乙の負担部分が時効消滅するまで損害賠償を、さしひかえねばならぬ義務は少しもなく、速かに被害者に弁済して、乙に対してその負担部分を求償すれば足り、又、そもそも、甲乙は、被害者に対する関係では、負担部分などは存在しないものであると解するを相当とする。

右に反する被告らの主張は、被告ら独自の主張であり採用できず、抗弁一はその余の事実について判断するまでもなく、前提を欠き理由がない。

六、抗弁二について判断する。

原告主張の通院治療費一万七、一五〇円は、通院期間における治療費であることは、すでに認定したとおりであり、原告は、入院費、付添費などを請求しているものではないから、抗弁二の事実について判断するまでもなく、抗弁二は理由がない。

七、抗弁三の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、通院治療費一万七、一五〇円、休業補償費七万二、八〇〇円、慰藉料一五〇万円の合計額から、右七の一九万円をさしひくと、一三九万九、九五〇円となる。

八、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、右金額の一割強にあたる一四万円と認める。

九、してみれば、本訴請求は、原告が被告ら各自に対し右一三九万九、九五〇円と弁護士費用一四万円の合計額一五三万九、九五〇円と、うち右一三九万九、九五〇円に対する本件不法行為発生の日の後である昭和四一年五月一六日から、うち弁護士費用一四万円については、本件不法行為発生の日の後である被告会社については昭和四四年一月一〇日から、被告河田については同月一五日から各支払ずみに至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でのみ理由があること明らかであるから、その限度で認容すべく、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 八丹義人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例