大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 平成5年(ワ)720号 判決 1996年1月26日

兵庫県尼崎市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山田康男

鈴木敬一

吉田義弘

小泉伸夫

宮岡寛

李義

東京都中央区<以下省略>

被告

Y1証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

宮崎誠

塚本宏明

上田裕康

池田裕彦

塚本美彌子

田端晃

松本徹

三重県伊勢市<以下省略>

被告

Y2

右同所

被告

Y3

右法定代理人親権者母

Y2

右同所

亡B相続財産管理人

Y2

右太田ら訴訟代理人弁護士

手島俊彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び同Y3(以下「被告Y3」という。)は原告に対し、それぞれ金八三四九万円及びこれに対する平成五年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員支払え。

2  被告Y1証券株式会社(以下「被告会社」という。)は原告に対し、金一億六六九八万円及びこれに対する平成五年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告会社の岡山支店次長であった亡B(以下「亡B」という。)がC(以下「C」という。)の名義を借用して総合取引口座を開設し、これを利用して原告との間で有価証券取引をする旨合意し、原告がこれに基づき有価証券の売買取引を行ったところ、亡Bが原告から保護預かり中の有価証券を原告に無断で処分し、原告に損害を与えたとして、原告が亡Bの相続人である被告Y2及び被告Y3に対し、民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償金八三四九万円及びこれに対する不法行為の後である平成五年九月一九日から、被告会社に対し、民法七一五条又は債務不履行に基づき、損害賠償金一億六六九八万円及びこれに対する不法行為の後又は本件訴状送達の日の翌日である平成五年九月一七日から、各支払済みまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨により認められる事実

1  亡Bは、生前被告会社岡山支店に勤務しており、昭和六二年一月下旬ころ、被告会社はCとの間に、総合取引口座(以下「本件取引口座」という。)を開設した。

2  被告会社は、本件取引口座に関し、次のような取引を行った。

(一) NTT株について

① 平成元年三月一日、NTT株三〇株の買付け注文を受け、一株金一六七万円で買付けを実行した。

② 同月六日、本件取引口座に金五〇三九万円の入金があった。

③ 被告会社は、保護預かりとして、前記株式の寄託を受けた。

(二) イトマン株及び群栄化学株四万一〇〇〇株について

① 平成元年三月三日、イトマン株三万株の買付け注文を受け、一株金一一〇〇円で買付けを実行した。

② 同月八日、本件取引口座に金三三二二万円の入金があった。

③ 同年六月一日、同株三万株の売付け注文を受け、一株金一四一〇円で売付けを実行した。

④ 同月二日、群栄化学株四万一〇〇〇株の買付け注文を受け、手数料を含め、次のとおりその買付けを実行した。

Ⅰ うち二〇〇〇株につき、一株金九九一円

合計金一九九万四五三二円

Ⅱ うち七〇〇〇株につき、一株金九九五円

合計金七〇〇万九〇四一円

Ⅲ うち一万二〇〇〇株につき、一株金九九八円

合計金一二〇五万一七二八円

Ⅳ うち二万株につき、一株金九九九円

合計金二〇一〇万六三四四円

以上総合計金四一一六万一六四五円

⑤ 被告会社は、右株式の寄託を受けた。

(三) システムリバランス八九について

① 平成元年三月一五日、システムリバランス八九・一〇〇〇口の買付け注文を受け、これを実行した。

② 同月一六日、本件取引口座に入金があった。

③ 被告会社は、保護預かりとして、前記有価証券の寄託を受けた。

(四) トナミ運輸株について

① 平成元年八月一〇日、トナミ運輸株三万株の買付け注文を受け、一株金一一一〇円で買付けを実行した。

② 同月一六日、本件取引口座に金三三四八万六三二一円の入金があった。

③ 被告会社は、右株式の寄託を受けた。

3  亡Bは、平成五年五月三一日、自殺した。

4  本件取引口座の現在の取引残高はゼロで、預かり株式もない。

5  被告会社は、本件取引口座に関し、次のような取引を行った。

(一) NTT株について

① 被告会社は、NTT株のうち二八株について、次のとおり売付け注文を受け、これを実行した。

Ⅰ 平成元年六月二七日 一株金一四八万円で一三株

合計金一九二四万円

Ⅱ 同年一〇月四日 一株金一四七万円で五株

合計金七三五万円

Ⅲ 平成二年七月一二日 一株金一〇七万円で一〇株

合計金一〇七〇万円

以上総合計金三七二九万円

② 右①の売却手数料、消費税、有価証券取引税及び譲渡益税の合計(以下「売却手数料等」という。)は、金七九万〇七七一円であった。

③ 前記①Ⅰから売却手数料等を差し引いた残額は、金一八八四万二六五二円であるが、次のように処分された。

Ⅰ 信用取引により本件取引口座に生じた差損金が次のとおり決済された。

平成元年六月二七日 金一一〇万三〇七一円

同日 金一一〇万五一三〇円

Ⅱ 平成元年六月三〇日、本件取引口座から金一六六三万四四五一円が引き出された。

④ 前記①Ⅱから売却手数料等を差し引いた残額は、金七一八万四七九七円であるが、次のように信用取引により本件取引口座に生じた差損金が決済された。

Ⅰ 平成元年一〇月四日 金六一八万七四七七円

Ⅱ 同月一一日 金二一万七〇〇七円

Ⅲ 同日 金二二万〇〇九七円

Ⅳ 同日 金六五万一〇二六円

⑤ 前記①Ⅲから売却手数料等を差し引いた残額は、金一〇四七万一七八〇円であるが、次のように処分された。

Ⅰ 信用取引により本件取引口座に生じた差損金が次のとおり決済された。

平成二年七月一二日 金六八万一七一七円

同月一三日 金六二四万三三八三円

Ⅱ 被告会社は、平成二年七月一九日、四国銀行岡山支店のC名義の普通預金口座(以下「四国銀行口座」という。)に金三七五万三一五九円を振込入金した。

⑥ 被告会社は、NTT株のうち残り二株を返還した。

(二) 群栄化学株四万一〇〇〇株について

① 被告会社は、群栄化学株四万一〇〇〇株について、次のとおり売付け注文を受け、これを実行した。

Ⅰ 平成二年一月二六日 一株金一二五〇円で一万株

合計金一二五〇万円

Ⅱ 同月二九日 一株金一二七〇円で一万株

合計金一二七〇万円

Ⅲ 同日 一株金一二八〇円で一万一〇〇〇株

合計金一四〇八万円

Ⅳ 同年二月二日 一株金一二八〇円で一万株

合計金一二八〇万円

以上総合計金五二〇八万円

② 右①の売却手数料等は、金一一一万二一九四円であった。

③ 前記①から売却手数料等を差し引いた残額は、金五〇九六万七八〇六円であるが、次のように処分された。

Ⅰ 信用取引により本件取引口座に必要な保証金に次のとおり充てられた。

平成二年一月三一日 金一二二三万円

同年二月一日 金四八〇万円

Ⅱ 日本住宅金融株の購入資金に、手数料等を含め、次のとおり充てられた。

平成二年二月一日 一株金一九九〇円で一〇〇〇株

合計金二〇〇万五〇六三円

同日 一株金二〇〇〇円で一〇〇〇株

合計金二〇一万五一三八円

同日 一株金二〇四〇円で一〇〇〇株

合計金二〇五万五四四一円

同日 一株金二〇〇〇円で三〇〇〇株

合計金六〇五万九二二五円

同日 一株金二〇五〇円で七〇〇〇株

合計金一四四五万八六三一円

同月二日 一株金二〇〇〇円で五〇〇〇株

合計金一〇〇九万〇一二五円

以上総合計金三六六八万三六二三円

(三) システムリバランス八九について

① 被告会社は、システムリバランス八九・一〇〇〇口について、平成三年一月一〇日、売付け注文を受け、一口金八九四三円で売却した。

② 信用取引により本件取引口座に生じた差損金が次のとおり決済された。

Ⅰ 平成三年一月一〇日 金六八一万七九二〇円

Ⅱ 同月一七日 金七二五万七一七七円

(四) トナミ運輸株について

① 被告会社は、トナミ運輸株について、次のとおり売付け注文を受け、これを実行した。

Ⅰ 平成元年一〇月九日 一株金一三四〇円で八〇〇〇株

合計金一〇七二万円

Ⅱ 同月二〇日 一株金一三〇〇円で三〇〇〇株

合計金三九〇万円

Ⅲ 同月二三日 一株金一三〇〇円で七〇〇〇株

合計金九一〇万円

Ⅳ 同月二四日 一株金一三〇〇円で一万二〇〇〇株

合計金一五六〇万円

以上総合計金三九三二万円

② 右①の売却手数料等は、金八五万四九四二円であった。

③ 前記①から売却手数料等を差し引いた残額は、金三八四六万五〇五八円であるが、次のように処分された。

Ⅰ 平成元年一〇月一一日、信用取引により本件取引口座に生じた差損金一〇八万五〇四二円が決済された。

Ⅱ 被告会社は、平成元年一一月一日、四国銀行口座に金一五〇〇万円を振込入金した。

Ⅲ 平成元年一一月二日、フジデンキ株三万株の買付け注文を受け、一株金一一六〇円でこれを実行した。

(五) 関西ペイント株について

① 被告会社は、関西ペイント株一八〇〇〇株について、次のとおり売付け注文を受け、これを実行した。

Ⅰ 平成二年八月一五日 一株金九三〇円で六〇〇〇株

合計金五五八万円

Ⅱ 同月一六日 一株金九六〇円で四〇〇〇株

合計金三八四万円

Ⅲ 同年一〇月二六日 一株金八八〇円で一〇〇〇株

合計金八八万円

Ⅳ 同日 一株金八八一円で二〇〇〇株

合計金一七六万二〇〇〇円

Ⅴ 同日 一株金八八九円で五〇〇〇株

合計金四四四万五〇〇〇円

以上総合計金一六五〇万七〇〇〇円

② 右①の売却手数料等は、金三七万六七一四円であった。

③ 前記①から売却手数料等を差し引いた残額は、金一六一三万〇二八六円であるが、次のように処分された。

Ⅰ 平成二年八月二〇日、前記①Ⅰの残金のうち、金五四六万円が信用取引により本件取引口座に必要な保証金に振り替えられた。

Ⅱ 平成二年八月一六日、前記①Ⅱの残金三七五万一九〇九円が信用取引により本件取引口座に生じた差損金の決済に充てられた。

Ⅲ 平成二年一〇月二六日、前記①Ⅲの残金のうち、金二八六万一〇五九円が信用取引により本件取引口座に生じた差損金の決済に充てられた。

Ⅳ 平成二年一〇月三一日、前記①Ⅲの残金四〇六万二九六四円を含む金四〇六万五四六八円が本件取引口座から引き出された。

6  亡Bの法定相続人は、妻である被告Y2及び子である被告Y3の両名であるが、右両名は、岡山家庭裁判所に相続の限定承認の申述をし、平成七年三月一四日、右申述を受理され、相続財産管理人として、被告Y2が選任された。

二  争点

1  原告が、平成元年一月ころ、亡Bの勧めにより、本件取引口座を利用して、被告会社との間で、有価証券取引をすることに合意したか。

2  被告会社がC名義の注文を受けて実行した前記一2の取引は、原告による取引であったか。

3  平成二年四ないし五月ころ、原告が亡Bからの申出により、原告に資金の必要が生じたときは直ちに売却するという条件で、群栄化学株三万株及び関西ペイント株二万株(前記一5(五)記載の一万八〇〇〇株を含む。)を被告会社に寄託したか。

4  原告は、平成五年五月初旬、亡Bに対し、NTT株三〇株、群栄化学株七万一〇〇〇株及びトナミ運輸株三万株の売付け注文を出し、亡Bはこれを了承し、売却代金をもってくる旨を約束したか。

5  亡Bは、本件取引口座を利用して、原告に無断で、信用取引を行っていたか。

6  亡Bは、本件取引口座を利用して、原告に無断で、前記一5のような処分をし、その売却代金の全部又は一部を自己の信用取引に基づく差損金の決済に充てていたか

7  被告会社は、関西ペイント株二〇〇〇株及び群栄化学株三万株の寄託を受けたか。

8  原告は、亡B又は被告会社の行為により、損害を蒙ったか。また、蒙ったとすれば、その額はどれほどか。

9  被告会社は、亡Bの選任及び事業の監督につき、相当の注意をなしたか。

10  被告らが原告に対し、損害賠償責任を負うとすれば、その額はどれほどか。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、それを引用する。

第四当裁判所の判断

一  認定事実

当事者間に争いのない事実に証拠(甲一、二の1ないし14、四、五の1ないし3、七、八の1及び2、一〇、一一の1、3、4、8、11及び12、一二の3、6、10、12、13、24及び25、一五の1及び2、一六の1及び2、一九、二〇、二一、二五の1ないし5、二六の1ないし5、二七、二八の1及び2、二九、三〇、三五、乙一、二、三の1ないし30、四の1ないし3、五ないし七、丙一、証人C、同D、原告本人、調査嘱託の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおり認められる。

1  亡Bは、昭和三八年四月一日、被告会社に採用され、昭和五八年三月一日から岡山支店の支店長代理兼営業一課長として、昭和六二年四月一日から同支店次長兼営業一課長として、平成二年一〇月一日から同支店参事として、第二の一3記載の死亡時まで被告会社岡山支店に勤務した。

2  亡Bは、かねて岡山市内で自営業を営む、原告の兄E(以下「E」という。)を担当顧客としており、Eが主催するゴルフにときどき参加していた。

3  Cは、かねて岡山市内で喫茶店を営み、Eとも知己であったところ、昭和六一年ころ、Eと一緒にゴルフに行った際、Eから亡Bを紹介され、亡BもCの喫茶店に来るようになったため、亡Bと次第に仲良くなった。

4  Cは、昭和六二年一月、亡Bの顧客として、被告会社岡山支店と取引を始め、同月二四日、自己名義で本件取引口座を設けたが、その取引状況は、必ずしも活発ではなかった。

5  他方、原告は、尼崎市内で自営業を営み、昭和五四年ころ株式の取引に手を初め、昭和六三年ころには、山一証券及び丸起証券宝塚支店で取引をしていたが、いずれも自己名義では取引をせず、株式の名義書替をしないまま、売買差益及び税金対策を考えて取引をしていた。

6  原告は、昭和六三年春ころ、E主催のゴルフを通じて亡Bと知り合い、その後亡Bから被告会社岡山支店での株式の取引を勧められたが、亡Bに対し、大阪で証券会社の社員に株式を預けて取引をしたことがある旨話したところ、同年秋ころ、亡Bから、かつて一、二度取引をしたが、現在は全く取引をしていないCの名義を用いて、同支店で取引をしてはどうか、と勧められたので、平成元年一月ころ、取引をすることに決めた。

7  当時、被告会社においては、(一)取引開始時に顧客から総合口座取引申込書及び使用印鑑届を徴し、(二)有価証券買付け時に、買付け約定成立日を含め四営業日目に買付け代金の入金を受け、これと同時に顧客に受渡計算書及び買付証券預り証を交付し、さらに顧客が売却し又は現物を引き取るときは、右預り証を回収し、その受領欄に署名捺印を徴し、(三)有価証券売付け時に、売付け約定成立日を含め四営業日目に売却代金を支払い、現金で支払う場合には、顧客に受渡計算書を交付するとともに、顧客から金銭領収書の提出及び預り証の返還を受け、銀行振込の場合には、直接経理課員が振込み手続をし、(四)有価証券預託時には、その銘柄・回号・数量に対当する預り証を顧客に交付し、売却注文を受けて持ち込まれたときは預り証を発行せず、(五)信用取引口座開設時には、顧客から信用取引口座設定約諾書を徴し、(二)及び(三)の書面は授受せず、(六)有価証券取引の約定が成立した場合には、必ず、成立の翌営業日に、本店の担当部署から取引報告書を直接顧客に郵送し、また、信用取引顧客に対しては、右のほか、毎月必ず、預託株内容、建株内容及び金銭残高を示す書類を、その他の株式預託顧客に対しては、年二回必ず、預り株内容、金銭残高を示す書類をいずれも本店の担当部署から直接顧客に郵送する、という方法で業務を行っていた。

8  かくして、原告は、平成元年三月一日から、本件取引口座を利用して、第二の一2記載の取引を順次行ったが、そのやり方は、常に自己の判断で買付けをする有価証券の銘柄・数量・値段を決め、これを電話で亡Bに伝えて取引を依頼し、亡Bから約定が成立した旨の電話連絡を受けるや、同月二日に亡Bから聞いていた扶桑相互銀行岡山支店のC名義の普通預金口座(以下「扶桑相互口座」という。)にC名義で振込入金する、というものであった。

9  しかし、原告自身は、取引のいずれの段階でも自己の実名を出さず、亡Bは、原告から依頼された取引が成立する毎にCを被告会社の岡山支店に呼び、7記載の必要書類にCの署名捺印を徴し、Cに対しては、本店の担当部署から取引報告書等が直接郵送されたが、Cは、これら全てをその都度廃棄し、原告に転送することはなかった。

10  その間、Cは、平成元年三月二八日ころ、亡Bに呼ばれて被告会社の岡山支店に赴き、当時同支店の支店長代理兼経理課長をしていたD(以下「D」という。)同席のもとに、信用取引の仕組み及び関係書類等の説明を受けた上、信用取引口座設定約諾書に自ら署名捺印し、これを同支店に差し入れた。

11  その後、原告は、平成元年六月二七日ころから、本件取引口座を利用して、第二の一5記載の取引を順次行ったが、そのやり方も、常に自己の判断で売付けをする有価証券の銘柄・数量・値段を決め、これを電話で亡Bに伝えて取引を依頼し、亡Bから約定が成立した旨の電話連絡を受けるや、その売却代金を原則として扶桑相互口座に振込入金させる、というものであった。

12  しかし、これには例外もあり、Dは、被告会社の岡山支店に在籍していた平成二年七月三一日までの間に、一、二回同支店の応接室で、C自身が売却代金を現金で受領し、必要書類に署名捺印するのを目撃している。

13  なお、11記載の取引についても、原告は自己の実名を出さず、亡Bは、原告から依頼された取引が成立する毎にCを被告会社の岡山支店に呼び、7記載の必要書類にCの署名捺印を徴し、Cに対しては、本店の担当部署から取引報告書等が直接郵送されたが、Cは、これら全てをその都度廃棄し、原告に転送することはなかった。

14  原告は、いずれも自己名義ではない関西ペイント株一万八〇〇〇株を被告会社に預託し、被告会社、これを第二の5(五)記載のとおり売却処分したが、右株式については、売却注文を受けてから持ち込まれているため、7(四)記載の業務方法に従い、預り証は発行されておらず、したがって被告会社もこれを回収していない。

15  以上の全過程を通じ、原告はもとより、Cも自己の届出印鑑を亡Bに預けたことはなく、被告会社に残されているC作成名義の文書には、全てCの届出印鑑が押捺されている。

以上のとおり認められ、証拠(甲一〇、一九、二四、証人C、原告本人)中右の認定に反する部分は、その余の前掲各証拠に対比して採用することができず、他に右の認定を動かすに足りる証拠はない。

二  判断

以上の認定事実によれば、原告は、平成元年一月ころから、本件取引口座を利用して、亡Bとの間で、Cの名義で有価証券取引をすることに合意し、Cをダミーとして有価証券取引を行い、被告会社がC名義の注文を受けて実行した第二の一2の取引は、原告による取引であったと一応いうことができるけれども、同時に、被告会社がC名義の注文を受けて実行した第二の5の取引も、全て原告による取引であった可能性が高く、本件取引口座を利用しての信用取引のみが、亡Bにより原告に無断でなされたものと認めることはできない。

すなわち、本件全証拠を検討しても、原告が自らの意思により行ったと主張する取引と亡Bにより無断でなされたと主張する取引とを客観的に区別するに足りる徴表は見出し難く、原告が自らの利益に帰する取引のみを自己の意思によるものと主張し、自己の損失に帰する取引を亡Bによる無断売買と主張している可能性を排除することができないのである。

また、原告は、平成二年四ないし五月ころ、亡Bからの申し出により、原告に資金の必要が生じたときは直ちに売却するという条件で、群栄化学株三万株及び関西ペイント株二万株を被告会社に寄託した旨主張するところ、うち関西ペイント株一万八〇〇〇株については、前記一14に認定のとおりであるが、群栄化学株三万株及びその余の関西ペイント株二〇〇〇株については、原告の主張を認めるに足りる的確な証拠がない。

原告がこのような立証上の困難に逢着したのは、山一証券及び丸起証券宝塚支店での有価証券取引を含め、自己の名義を一切使用せず、終始売買差益及び税金対策を考えて取引を続けていた結果であり、いわば自ら招いた不利益というほかはなく、まことにやむを得ないところといわなければならない。

その他、本件全証拠によっても、亡Bに原告に対する不法行為と目すべき行為があったこと又は被告会社に原告に対する債務不履行と目すべき行為があったことを認めるに足りない。

第五結論

よって、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊壯)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例