大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1416号 判決 1990年11月16日

原告

原田美津子

原田智之

原田淳二

右両名法定代理人親権者母

原田美津子

右原告ら訴訟代理人弁護士

戎正晴

神田靖司

大塚明

被告

賣間幸子

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

本田精一

右被告ら訴訟代理人弁護士

松岡清人

主文

一  被告賣間幸子は、

1  原告原田美津子に対し、金七七七万六四三一円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、

2  原告原田智之並びに原田淳二に対し、各金三六三万六〇一六円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社は、原告らの被告賣間幸子に対する本判決が確定したときは、

1  原告原田美津子に対し、金七七七万六四三一円及びこれに対する右判決確定の日から完済まで年五分の金員を、

2  原告原田智之並びに原告原田淳二に対し、各金三六三万六〇一六円及びこれに対する右判決確定の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告賣間幸子(以下「被告賣間」という。)は、

(一) 原告原田美津子(以下「原告美津子」という。)に対し、金一九八九万五八四六円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、

(二) 原告原田智之並びに原告原田淳二(以下それぞれ「原告智之」、「原告淳二」という。)に対し、各金九九四万二四二三円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

2  被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)は、原告らの被告賣間に対する本判決が確定したときは、

(一) 原告美津子に対し、金一九八九万五八四六円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、

(二) 原告智之並びに原告淳二に対し、各金九九四万二四二三円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から完済まで年五分の割合による金員を、

それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和六二年四月一一日

(二) 場所 兵庫県芦屋市宮塚町一番六号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 被告賣間運転の普通乗用自動車

(四) 被害車 亡原田昌彦(以下「亡昌彦」という。)運転の普通乗用自動車

(五) 事故の態様 加害車が、交通整理の行われていない本件交差点を、南から北に向けて被害車の後続を直進通過しようとした際、左折しようとした被告車の右後部に加害車の左前部を追突させた。

2  被告らの責任原因

(一) 被告賣間は、加害車を自己のため運行の用に供していたものであり、かつ、加害車を運転して、本件交差点を被害車に追従して直進通過するに際し、先行の被害車の動静に十分注意しないで本件交差点に進入した過失により、本件事故を発生させたものであるから、自賠法三条及び民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告賣間は、被告保険会社との間に、被告賣間を被保険者・被告保険会社を保険者とする自動車損害賠償責任保険契約を締結し、本件事故は右保険契約の期間中に発生したものであるところ、右保険約款中には、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任額につき、被保険者と損害賠償請求者との間で判決が確定したとき、または裁判上の和解もしくは調停が成立したときは、損害賠償請求権者は、保険会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、保険会社に対して直接損害賠償額の支払いを請求することができる旨の定めがある。

したがって、被告保険会社は、右保険約款に基づき、右保険金限度内において、原告らの被告賣間に対する本判決が確定することを条件に、原告らに対し、前期損害賠償債務額を直接支払うべき責任がある。

3  亡昌彦の受傷、治療経過及び死亡

(一) 亡昌彦は、本件事故により、頸部捻挫、急性硬膜下血腫の傷害を受けた。

(二) 亡昌彦は、右受傷により、昭和六二年四月一一日谷本外科に通院し、同月一二日から同月一七日まで六日間医療法人康雄会西病院に入院した。

(三) 亡昌彦は、昭和六二年四月一七日午前零時七分、急性硬膜下血腫により、入院先の医療法人康雄会西病院において死亡した。

4  本件事故と亡昌彦の死亡との因果関係

亡昌彦の直接の死因は、急性硬膜下血腫であるが、急性硬膜下血腫とは、頭部に対し外的な力が直接的もしくは介達的に作用することによって脳硬膜下に出血を生じ、その結果形成される血腫をいい、一〇〇パーセントに近い割合で頭部になんらかの外力が加わってできるものとされており、しかも、それは、頭部に対し直接的に外力が作用した場合にのみ生じるものではなく、たとえ頭部の外傷がなくても、いわゆる鞭打ち症状を生じさせる程度の力が作用した結果、その力が頭部に介達的に加わることによっても生じ得るとされているところ、現に、亡昌彦の死亡後の病理学的な組織検査によって発見された大脳左後頭下部の脳挫傷の存在は、亡昌彦の頭部に外力が加わったことを示しており、また、本件事故の態様をみると、被害車は加害車に追突されて約一メートル前に移動しており、これによって亡昌彦に鞭打ち症状を生じさせる力が作用し、現に頸部捻挫を受傷したことが認められるから、亡昌彦の右急性硬膜下血腫が本件事故によって発生したものであることは明白であり、本件事故以外に右急性硬膜下血腫の発生原因はあり得ない。

5  原告らの損害

(一) 亡昌彦の損害

(1) 治療費 合計金一七五万五〇五〇円

イ 谷本外科分 金一万四六七五円

ロ 康雄会西病院分 金一七四万〇三七五円

(2) 逸失利益 金一六〇四万二七一八円

亡昌彦は、本件事故当時、満四七歳(昭和一四年一二月七日生まれ)の健康な男子で、タクシー運転手として稼働し、昭和六一年度には年収金二三五万六四五一円の所得を得ていたものであり、本件事故により死亡しなければ、少なくとも右年収を下らない金額の収入を得られた筈であるから、生活費控除割合を五〇パーセント、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して、亡昌彦の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、金一六〇四万二七一八円(235万6451円×0.5×13.616=1604万2718円)となる。

(3) 慰謝料 金一八〇〇万円

亡昌彦は、一家の支柱として、愛する妻子を残したままその意思に反して生命を断たれたもので、その精神的苦痛は極めて大きいものがあり、その慰謝料額は、金一八〇〇万円を下らない。

(二) 相続

原告美津子は亡昌彦の妻であり、原告智之及び原告淳二は亡昌彦の長男と二男であるところ、原告らは、法定相続分に従い、亡昌彦の前記損害賠償請求権を、原告美津子においてその二分の一宛(したがって、金一七八九万八八八四円)、原告智之及び原告淳二においてその各四分の一宛(したがって、各金八九四万九四四二円)相続取得した。

(三) 葬儀費用 金一〇〇万円

原告美津子は、亡昌彦の葬儀費用として金一一九万七二九〇円を支出したが、このうち金一〇〇万円が本件事故と相当因果関係のある損害である。

(四) 死体検案書作成費 金一万一〇〇〇円

原告美津子は、亡昌彦の死亡後、兵庫医科大学法医学教室に亡昌彦の死体検案書の作成を依頼し、その費用として金一万一〇〇〇円を支出した。

(五) 弁護士費用 各金一〇〇万円(合計金三〇〇万円)

(六) 損害のてん補 金二万八〇七五円

前記(二)ないし(五)の原告らの損害額は、原告美津子につき金一九九〇万九八八四円、原告智之及び原告淳二につき各金九九四万九四四二円となるところ、原告らは、本件事故による損害のてん補として、自賠責保険から金二万八〇七五円の支払いを受けたので、これを法定相続分に従い右各損害額に充当した結果、原告らの残損害額は、原告美津子につき金一九八九万五八四六円、原告智之及び原告淳二につき各金九九四万二四二三円となる。

6  よって、原告らは、被告賣間に対し、原告美津子につき金一九八九万五八四六円、原告智之及び原告淳二につき各金九九四万二四二三円、並びに右各金員に対する亡昌彦の死亡の日の翌日である昭和六二年四月一八日から右各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告会社に対し、原告らの被告賣間に対する本判決が確定することを条件に、原告美津子につき金一九八九万五八四六円、原告智之及び原告淳二につき各金九九四万二四二三円、並びに右各金員に対する右同日から右各完済まで右同率の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2、(一)の事実のうち、被告賣間の過失は認めるが、同被告が加害車の運行供用者であることは争う。

(二)  同2、(二)の事実は認める。

3(一)  同3、(一)の事実のうち、亡昌彦が、本件事故により頸部捻挫の傷害を負ったことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  同3、(二)の事実は争う。

(三)  同3、(三)の事実は認める。

4  同4の事実は争う。

亡昌彦の死亡原因とされる急性硬膜下血腫は、昭和六二年四月一二日午前二時すぎころ、自宅で転倒して頭部を打ったことが原因で生じたものであり、本件事故によって生じたものではない。

仮に、本件事故が亡昌彦の急性硬膜下血腫の引き金になったものとしても、亡昌彦は、当時重症の末期的肝硬変症、血小板減少症等に罹患していて、出血性素因を有しており、かかる素因を有する場合には、通常人の場合には起こさないような比較的弱い外力によっても硬膜下血腫を起こす可能性があり、また、肝性脳症を起こし、それだけで痙攣を起こすこともあり得るから、本件事故の追突程度の外力によって死に至急性硬膜下血腫を起こすというのは予想不可能というべく、亡昌彦の死亡の結果は、予想外の同人の右素因という特別事情によるものであって、かつ、かかる特別事情につき予見可能性はないから、亡昌彦の死亡による損害について、因果関係は認められない。

以上の主張が認められず、仮に被告らになんらかの責任が認められるとしても、亡昌彦の右肝硬変症の素因は、損害額の算定につき斟酌されるべきである。

5(一)  同5、(一)の損害はすべて争う。

(二)  同5、(二)の事実のうち原告らの身分関係は認める。

(三)  同5、(三)ないし(五)の損害はすべて争う。

(四)  同5、(六)の事実のうち、原告らが、本件事故による損害のてん補として、自賠責保険から金二万八〇七五円の支払いを受けたことは認めるが、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件事故の発生)及び2(被告らの責任原因)の事実は、被告賣間が加害車の運行供用者であるとの事実を除き、当事者間に争いがない。

被告賣間が加害車の運行供用者であることを認めるに足る証拠はない。

そうすると、被告賣間は、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任があり、被告保険会社は、原告らの被告賣間に対する本判決が確定することを条件に、原告らに対し、被告賣間と同額の損害賠償額を直接支払うべき義務があるものというべきである。

二1  亡昌彦が、本件事故により、頸部捻挫の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

亡昌彦が、本件事故により、急性硬膜下血腫の傷害を受けたことは、後記三において認定するとおりである。

2  <証拠>によると、亡昌彦は、本件事故による受傷により、昭和六二年四月一一日、谷本外科に通院し、同月一二日から同月一七日までの間医療法人康雄会西病院(以下「西病院」という。)に入院したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3  亡昌彦が、昭和六二年四月一七日午前零時七分、急性硬膜下血腫により、入院先の西病院において死亡したことは、当事者間に争いがない。

三そこで、本件事故と亡昌彦の死亡との因果関係について判断する。

1 前記二で認定した事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(一)  亡昌彦は、タクシー運転手であるが、昭和六二年四月一一日午後三時二〇分ころ、被害車を運転中、本件交差点において加害車に追突されたものであるところ、右追突による衝撃の程度は、被害車が約一メートル前方に押し出され、被告賣間自身も、追突の瞬間「があーん」という衝撃を受け、身体が前へ移動する程であった。

(二)  亡昌彦は、右同日、谷本外科を受診し、本件事故に遭遇したことを申告したうえ、項部痛、左肩腕痛、左腰背部痛、耳なりの自覚症状を訴え、谷本医師の診察を受けたところ、同医師は、加療約一週間程度の頸部捻挫と診断し、副腎皮質ホルモン剤等の注射と消炎鎮痛剤の投薬による治療を行った。

なお、同人は、昭和五〇年ころ、肝臓病を患って四〇日間程入院したことがあり、以来慢性肝炎に罹患し、右谷本外科に昭和六二年二月二四日から同年三月一一日まで通院していた。

(三)  本件事故当日の午後六時過ぎころ、亡昌彦は帰宅したが、震えが止まらず、「身体がしんどい。」と言って、夕食も取らずにすぐ就寝し、一旦午後一〇時三〇分ころ起きて、サンドウイッチ一切れだけ食べ、またすぐ横になった。ところが、同人は、翌一二日午前二時すぎころ、台所に水を飲みにいった際、突然傍らにあったテーブルに凭れるようにして、その場に倒れ、意識を失って引きつけを起こし、身体を痙攣させたため、同日午前二時一五分ころ、救急車で西病院に搬入され、そのまま同病院に入院した。右初診時における亡昌彦の意識は清明で、言葉も清明であり、神経学的には異常が認められなかったが、頭部CT検査の結果、左側前頭葉の前頭部の硬膜下腔に小さな出血像が認められ、少量の硬膜下血腫が疑われたほか、腹水及び重篤な肝硬変の所見が認められ、さらに、出血性傾向も認められたので、亡昌彦の主治医である藤田医師は、内科的治療で経過観察をすることにした。なお、同医師は、亡昌彦の前記自宅台所での状況を家族から聞き、入院時のカルテに「テンカン発作」と記載したが、亡昌彦は、これまでに一度もテンカンと診断されたことはないし、テンカン発作を起こしたこともなかった。

(四)  亡昌彦は、同月一四日午前六時ころから意識が混濁して半昏睡状態となり、瞳孔は散大して固定し、対光反射もなく、頭部CT検査の結果、多量の硬膜下血腫が認められ、さらに血学的所見により、血小板減少症が認められたので、DIC(播種性血管内凝固症候群)と考えられた。そこで、藤田医師は、亡昌彦の両側前側頭部開頭術を施行し、左硬膜下に存在した重量約一五〇グラムの血腫を除去するとともに、出血の原因は、側頭葉の大脳皮質動脈の出血と認められたので、出血源の止血を行ったが、十分な減圧が計られず、脳浮腫が強かったため、亡昌彦は、同月一七日、入院先の西病院において死亡した。

そして、右同日、亡昌彦の死体は、死体検案のため兵庫医科大学法医学教室の羽竹医師の執刀により解剖に付された結果、亡昌彦の死因は急性硬膜下血腫と認められたが、右解剖時、亡昌彦の外頭部に表皮剥脱、挫滅痕といった傷はまったく認められず、頭皮下に出血、損傷もなく、大脳には肉眼的に認められる脳挫傷も存在しなかった。しかしながら、右解剖後に行われた大脳の病理学的組織検査の結果、亡昌彦の大脳の左後頭部下部に脳挫傷の存在していたことが判明した。

(五)  硬膜下血腫は、一〇〇パーセントに近い割合で、頭部に何らかの外力が加わって生じるものであり、逆からいうと、頭部に外力がまったく働かないような場合には、硬膜下血腫は発生しないものといい得るところ、頭部に直接外力が加わらなくとも、人体に急激な加速または減速が加わって頸項部が過伸展又は過屈曲する場合のように鞭打ち症を生ぜしめる力が働き、その外力が頭部に介達的に加わっても、硬膜下血腫が発生し得るものと考えられており、ある何かの外力が加わって一週間以内に硬膜下血腫が生じる場合が、急性硬膜下血腫とされている。そして、前記(四)で述べたように、亡昌彦の大脳の左後頭部下部に脳挫傷が存在していることから、同人の頭部に外力が作用したことは明らかであり、しかも頭部に外傷がまったく存在しなかったのであるから、亡昌彦の頭部に直接外力が加わったものとは認め難いが、前記認定の本件事故の衝撃の程度・亡昌彦の受傷した頸部捻挫の程度に照らすと、右頸部捻挫を生ぜしめるに足る外力が同人の頭部に介達的に加わった結果、前記大脳の部位に脳挫傷が生じた可能性は十分に認められる。

(六)  ところで、亡昌彦は、本件事故当時、極めて重篤な肝硬変に罹患しており、既に末期的症状を呈していたうえ、右肝機能障害に起因する血小板減少症のため血液凝固障害をきたし、一旦出血があれば、たとえ小さな出血であっても、血液を止める力がないので、非常に出血が止まりにくい状態になっていた。したがって、亡昌彦の場合、本件事故によって鞭打ちによる頭部の加速運動が発生し(その程度は、病理学的組織検査を待ってはじめて脳挫傷が発見されたことに徴し、それ程大きいものではなかったものと推測される。)、これにより側頭葉の大脳皮質動脈が切断したが、前記血液凝固障害のため、入院後三日間のうちに急速に大量出血をきたした結果、急性硬膜下血腫により死亡したものと推認され、しかも、同人の右急性硬膜下血腫の発生に関しては、前記肝疾患がより大きく寄与し、これを悪化させたものと認められる。

(七)  なお、亡昌彦が、本件事故当日帰宅した時の震え、悪寒といった症状は、硬膜下血腫が形成されつつある場合の症状に符合し、また、翌一二日の午前二時過ぎころ、自宅台所で倒れ、痙攣状態にあったというのも、これを臨床的に考えると、それ以前に既に体内に重大な病変すなわち硬膜下血腫瘍が存在していたために(現に、入院初診時のCT検査の所見で硬膜下血腫の存在が疑われている。)、痙攣を起こしたものと理解するのが自然であり、これまでに亡昌彦はテンカン発作を起こしたことも、肝性脳症による痙攣発作も起こしたことはなく、解剖時、頭部に外傷も皮下出血もまったく存在しなかったことに徴すると、同人が、自宅台所でテンカン発作あるいは肝性脳症による痙攣発作によって転倒したことが原因で頭部に外傷を負い、その結果急性硬膜下血腫が発生したものとは認め難い。

2 以上の事実を総合勘案すると、亡昌彦は、本件事故により頭部に外力が加わって側頭葉の大脳皮質動脈が切れて出血し、これに亡昌彦が既に罹患していた重篤な肝疾患に起因する血小板減少症とあいまって急速に多量の出血をきたしたことにより、直接の死因となった急性硬膜下血腫を惹起したものと認められるから、亡昌彦の死亡と本件事故による受傷との間には、相当因果関係があるものというべきである。

なお、被告らは、亡昌彦の直接の死因である急性硬膜下血腫は、同人が、昭和六二年四月一二日午前二時ころ自宅台所で転倒して頭部を打ったことにより生じたものである旨を主張するが、かかる事実が認め難いものであることは、前記1の(七)に認定説示したとおりであって、被告らの右主張は採用することができない。

四進んで、損害について判断する。

1  亡昌彦の損害

(一)  治療費 合計金一七五万五〇五〇円

<証拠>によると、亡昌彦は、本件事故による受傷の治療費として、(1)谷本外科分金一万四六七五円、(2)西病院分金一七四万〇三七五円を要したことが認められる。

(二)  逸失利益 金一六〇四万二七一八円

<証拠>によると、亡昌彦は、本件事故当時、満四七歳(昭和一四年一二月七日生まれ)の健康な男子で、タクシー運転手として稼働し、一家の家計を支えていたこと、同人は、昭和六一年度には年収金二三五万六四五一円の所得を得ていたものであり、本件事故により死亡しなければ、あと二〇年間は少なくとも右年収額を下らない金額の収入を得られた筈であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、右年収額を基礎に、生活費控除割合を五〇パーセント、新ホフマン式計算法により中間利息を控除して、亡昌彦の死亡時における逸失利益の現価を算出すると、金一六〇四万二七一八円(235万6451円×0.5×13.616=1604万2718円)(円未満切捨て、以下同じ)となる。

(三)  慰謝料 金一三〇〇万円

前記三で認定の事実に、<証拠>によると、亡昌彦は、本件事故当時重篤な肝疾患に罹患しており、余命はそれほど長くはなかったこと、同人は、一家の支柱として、妻と未成年の子二人を残して死亡したことが認められ、右事実に本件記録に現れた諸般の事情を斟酌すると、亡昌彦自身の慰謝料は、金一三〇〇万円が相当である。

2  葬儀費用 金一〇〇万円

<証拠>によると、原告美津子は、亡昌彦の葬儀費用として金一一九万七二九〇円を支出したことが認められるところ、このうち本件事故と相当因果関係のある損害は、金一〇〇万円と認めるのが相当である。

3  死体検案書作成費 金一万一〇〇〇円

<証拠>によると、原告美津子は、亡昌彦の死亡後、兵庫医科大学法医学教室に亡昌彦の死体検案書の作成を依頼し、その費用として金一万一〇〇〇円を支出したことが認められる。

4 ところで、亡昌彦の急性硬膜下血腫は、事故当時亡昌彦が既に罹患していた肝疾患に起因する血小板減少症によって血液凝固障害をきたしていたことも一因をなし、否むしろ硬膜下血腫を悪化させたものであることは前記認定のとおりであるから、亡昌彦の死亡は、本件事故による受傷及び同人が罹患していた肝疾患が競合して生じたものと認めるのが相当である。

もっとも、被告らは、亡昌彦の死亡の結果は、予想外の同人の出血性素因という特別事情によるものであり、その特別事情の予見可能性はないから、同人の死亡による損害について因果関係が認められないと主張するが、本件のような自動車の衝突事故による傷害によって、被害者が既に重篤な肝臓病に罹患していたために死亡するであろうことは、社会経験上通常人にとって意外と考えられるほど例外的な現象とは認め難いから、亡昌彦の死亡による損害は通常損害に該当するものというべく、右損害が特別事情による損害であることを前提とする被告らの右主張は採用することができない。

しかしながら、亡昌彦の右死亡による損害のすべてを被告らに負担させることは損害を公平に分担させるという損害賠償法の根本理念からみて適当でないというべく、公平の観念に基づき民法七二二条所定の過失相殺の法理を類推適用して、被告らの負担すべき損害賠償額を減額するのが相当であると解されるところ、前記認定の諸般の事情を総合勘案すれば、亡昌彦の死亡による損害については、その六割を減額するのが相当である。

5  相続

原告美津子が亡昌彦の妻であり、原告智之及び原告淳二が亡昌彦の長男と二男であることは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、原告らは、前記1の(一)の損害全部及び同1の(二)、(三)の損害から六割を減額した残額(合計金一三三七万二一三七円)を亡昌彦の死亡により法定相続分に従い、原告美津子二分の一、原告智之及び原告淳二各四分の一の割合でそれぞれ相続取得したことが認められ(したがって、原告美津子につき金六六八万六〇六八円、原告智之及び原告淳二につき各金三三四万三〇三四円)、右認定に反する証拠はない。

したがって、原告らは、本件事故に基づき、原告美津子につき合計金七〇九万〇四六八円(葬儀費用と死体検案書作成費との合計額から六割を減額した残額金四〇万四四〇〇円を含む。)の、原告智之及び原告淳二につき各金三三四万三〇三四円の各損害賠償請求権を取得したこととなる。

6  損害のてん補 金二万八〇七五円

右は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、原告らは、右てん補金額を法定相続分の割合で原告らの前記損害に充当したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右によれば、原告らの残損害額は、原告美津子につき金七〇七万六四三一円、原告智之及び原告淳二につき各金三三三万六〇一六円となる。

7  弁護士費用

原告美津子につき金七〇万円、原告智之及び原告淳二につき各金三〇万円が相当である。

五結論

以上によれば、原告らの請求は、被告賣間に対し、原告美津子につき金七七七万六四三一円、原告智之及び原告淳二につき各金三六三万六〇一六円、並びに右各金員に対する亡昌彦の死亡日の翌日である昭和六二年四月一八日から右各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、被告保険会社に対し、原告らの被告賣間に対する本判決が確定することを条件に、原告美津子につき金七七七万六四三一円、原告智之及び原告淳二につき各金三六三万六〇一六円、並びに右各金員に対する右判決確定の日の翌日から右各完済まで(被告保険会社に対する請求権は、被告賣間に対する本判決が確定により履行遅滞に陥る。)右同率の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、それぞれ理由があるから右の限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三浦潤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例