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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決 1986年2月12日

原告

安藤睦子

外九名

右原告ら一〇名訴訟代理人弁護士

木村保男

松森彬

的場悠紀

大槻守

中井康之

福田健次

被告

神戸市

右代表者市長

宮崎辰雄

右訴訟代理人弁護士

中嶋徹

中原和之

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事   実<省略>

理由

一請求原因1項(一)後段の事実(ただし、原告安藤睦子が対象地区内に土地・建物を所有していることを除く。)、同項(二)及び同2項の事実のうち、兵庫県知事が昭和五四年一二月二一日に本件都市計画決定の告示をしたこと、被告が昭和六〇年一月一四日事業計画において定める設計の概要について兵庫県知事の認可を受け、昭和六〇年一月二八日に本件事業計画を決定し、公告したことは、当事者間に争いがない。

二本件事業計画決定の処分性

1  行政事件訴訟法三条二項にいう抗告訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、行政庁の行為のうち、行政庁が対等な地位ではなく、優越的な地位に基づいてするものであつて、その本来的な効果として直接国民の権利義務を形成し、又はこれに影響を与え、若しくはその範囲を確定することが法律上認められており、しかも正当な権限を有する機関により取り消されるまでは、一応適法性の推定を受け有効として取り扱われているものを指すと解するのが相当である。

2  ところで、都市再開発法に基づく市街地再開発事業は、「市街地の土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図るため、都市計画法及び都市再開発法で定めるところに従つて行われる建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業並びにこれに附帯する事業」(同法二条一号)であつて、権利変換方式による第一種市街地再開発事業と、同地買収方式による第二種市街地再開発事業とに分けられる。

そして、市町村が都市計画法一二条一項四号、都市再開発法六条一項により都市計画事業として施行する第一種市街地再開発事業の手続は、概略、別紙「第一種市街地再開発事業の流れ」のとおり、①都市計画の決定、②事業計画の決定、③権利変換計画の決定、④工事、⑤清算と進捗するものであるが、本件との関連で、右流れの一部を概観すれば、次のとおりとなる。

(一)  市街地再開発事業は、原則として都市計画事業として行うので、都市計画において必要な事項の決定が必要である。すなわち、都道府県知事は、都市計画を決定しようとするときは、公衆の縦覧に供する等所定の手続(都市計画法一六条、一七条)を経たのち、都市計画を決定して告示する(同法一八条、二〇条)。右都市計画には、市街地開発事業の種類、名称、施行区域、面積、公共施設の配置及び規模並びに建築物及び建築敷地の整備に関する計画が定められる(同法一二条二項同法施行令七条、都市再開発法四条一項)。

そして、都道府県知事が、都市計画を変更するときは、右都市計画決定の手続に準じ所定の手続を経たのち都市計画の変更決定及びその告示をすることとなる(都市計画法二一条)。

(二)  市町村は、事業計画において定めた設計の概要について都道府県知事の認可を受けたうえで、市街地再開発事業についての施行規程及び事業計画を定める(都市再開発法五一条)。施行規程は、当該市町村の条例で定められ、市街地再開発事業の種類、名称、範囲等基本的事項の記載よりなる(同法五二条)。また、事業計画は、市街地再開発事業の概要を示すもので、施行地区、設計の概要、事業施行期間及び資金計画の定めよりなり、これを定めるには、都道府県知事の認可前に公衆の縦覧に供し、事業に関係ある者は意見書を提出できるとするなど、住民の意見の反映が担保されている(同法五三条)。

そして、市町村は、事業計画を定めたときは、市街地再開発事業の種類、名称、事業施行期間、施行地区等を公告する(同法五四条)。

(三)  右事業計画の公告がなされると、事業計画は第三者に対抗しうるものとなる(同法五四条二項)ほか、市町村は、速やかに、関係権利者に当該第一種市街地再開発事業の概要を周知させるため必要な措置を講ずることにより、同再開発事業の施行についてその協力がえられるよう努めなければならない(同法六七条)。さらに、市町村は、権利変換計画の基礎となる施行地区内の土地及び建物その他の物件の状況を公式的に明らかにするため、右公告後、施行地区内のすべての土地及び建物その他の物件について、土地調書及び物件調書を作成しなければならず(同法六八条)、そのため必要があれば、市町村は、他人の占有する建築物その他の工作物に立ち入つて測量又は調査することができる(同法六〇条二項)。また、右公告後、施行地区内において、第一種市街地再開発事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更若しくは建築物その他の工作物の新築、改築、増築等を行おうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない(同法六六条)。

他方、市町村は、右公告後、登記所に施行地区内の宅地及び建築物並びにその宅地に存する既登記の借地権について、権利変換手続開始の登記を申請又は嘱託することができ、登記がなされると、その後は、当該登記にかかる権利の処分には、施行者の承認を要するようになる(同法七〇条)。これは、右登記を経由することにより、不動産取引の安全を図るとともに、権利変換手続の円滑な進行の確保を図るものである。そして、施行地区内の宅地、建築物等の所有者等は、右公告の日から三〇日以内に、右宅地等に代えて金銭の給付を希望し、又は自己の有する建築物を他に移転すべき旨を申し出ることができ(同法七一条)、これによつて、権利変換を受けるべき対象者が確定する。

(四)  市町村は、権利変換を希望しない旨の申出に必要な期間経過後、権利変換の基礎となる権利変換計画を作成し、二週間公衆の縦覧に供する等の手続(同法八三条、八四条)を経たうえ、都道府県知事の認可を受け(同法七二条、七三条)、その旨公告するとともに、関係権利者に関係事項を書面で通知し、右通知により権利変換処分が行われたこととなる(同法八六条)。そして、関係権利者の権利変換の効力は、権利変換期日に発生し(同法八七条ないし八九条)、市町村は、右権利変換期日後遅滞なく、権利変換期日において生じた権利の得喪変更に関する登記の申請又は嘱託をする(同法九〇条)。

その後、当該第一種市街地再開発事業に係る工事に着手することとなるが、その前提として、市町村は、施行地区内の土地等の占有者に土地等の明渡しを求めることができる(同法九六条)。事業計画に従つて工事が完成したときは、市町村はその旨公告し(同法一〇〇条)、施設建築物に関する登記を経由する(同法一〇一条)こととなる。

3  そこで検討するに、本件事業計画のような第一種市街地再開発事業計画は、もともと、第一種市街地再開発事業に関する一連の手続の一環をなすものであつて、再開発事業計画そのものとしては、施行地区を特定し、その地区内の事業設計の概要、事業施行期間及び資金計画を定めるなど当該市街地再開発事業の基本的枠組みを高度の行政的・技術的裁量によつて、一般的、抽象的に定めたにすぎないものということができる。したがつて、右事業計画は、特定個人に向けられた具体的な処分とは著しく趣を異にし、事業計画自体ではその遂行によつて利害関係人の権利にどのような変動を及ぼすかが必ずしも具体的に確定されるわけではない。むしろ、権利変換の対象となる所有権、借地権等に具体的な変動が生じるのは、権利変換計画の公告、通知によつてであることは前述のとおりである。

事業計画が右のような性質のものであることは、それが公告された後においても、何ら変るところはない。もつとも、右事業計画が公告されると、その後、施行地区内において宅地、建物等を所有する者は、土地の形質の変更、建物等の新築、増改築等の制約を受けるなど、前記2(三)記載のような私人にとつて不利益な効果が生じる。

しかしながら、右制約は、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要性に基づき、法律が特に付与した公告に伴う附随的な効果にとどまるものであつて、事業計画の決定ないし公告のそのものの効果として発生する権利制限とはいえない。それ故、事業計画は、それが公告された段階においても、直接、特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、また、宅地・建物の所有者又は賃借人等の有する権利に対し、具体的な変動を与える行政処分ではない、といわなければならない。

もつとも、原告ら代理人は、当該事業計画の公告後は、差し迫つた一定期間後には当該事業計画が実施されることは確実であるにもかかわらず、権利変換処分を受けるまで訴えの提起を認めず拱手傍観を強いることは、出訴権ないしは国民の裁判を受ける権利を不当に制限するものであると主張する。

なるほど、市街地再開発事業は、その性質上一定の迅速性が要求され、事業計画決定があれば、適正な期間内に権利変換計画の作成から権利変換処分までの手続が前記流れに則して円滑かつ迅速に行われるような仕組みがとられており、また事実、事業計画決定があれば、将来において権利変換計画が決められ、権利変換処分が行われ、これによつて権利の得喪変更が生じる蓋然性が高いことは否定できない。しかし、事業計画から権利変換計画が一義的に定められているとはいえないし、また、将来行われる権利変換処分、それによる権利関係、法的地位の変動の蓋然性がいかに高かろうと、そのことのみから、事業計画決定の処分性を根拠づけることまでは到底できない。

なお、事業計画決定の違法を主張する者は、権利変換処分等の具体的、個別的処分を受けた段階で、当該処分の取消又は無効確認を求めて抗告訴訟を提起し、当該訴訟において事業計画の瑕疵を主張することができるものと解されるので、これらの救済手段によつて、具体的な権利侵害に対する救済の目的は十分に達成することができ、したがつて事業計画決定に対し直ちに抗告訴訟を提起することを許さないとしても、違法な事業計画決定に基づく行政処分によりその後具体的な権利を侵害された者の権利保護・救済に欠けるとはいえない。

また、都市再開発事業のように、一連の手続を経て行われる行政作用について、その段階でこれに対する訴えの提起を認めるべきかは、立法政策の問題ともいいうるのであるが、特定個人に未だ具体的な権利変動の生じていない事業計画決定ないし公告の段階においては、理論上からいつても、訴訟事件としての成熟性ないし具体的事件性に欠けるのみならず、実際上からいつても、その段階で、訴えの提起を認めることは妥当ではなく、また、その必要もないものと解するのが相当である。

そうすると、本件事業計画決定自体は、未だ、原告らに対し、直接権利義務を形成し、又はこれに影響を与え若しくはその範囲を確定する効力を有するものとはいえないから、抗告訴訟の対象となる処分には該当しない。

なお、原告ら訴訟代理人は、本件において訴の利益なしとして実体的審理を拒むことは憲法三二条に違反する旨主張するが、同条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、このような訴訟につき本案の裁判を受ける権利を保障したのであるから、裁判所が、処分性のない行為の取消しを求める訴えの利益を欠く訴訟につき、本案の裁判を拒否したからといつて、憲法三二条に違反するものではない(最高裁判所昭和三五年一二月七日大法廷判決、民集一四巻一三号二九六四頁参照)。

三結 論

よつて、原告らの本件訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して注文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官横山光雄)

別紙<省略>

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