大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)706号 判決 1989年4月25日

原告

大原勝弘

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

野田底吾

藤原精吾

宗藤泰而

筧宗憲

樋渡俊一

被告

ネッスル株式会社

右代表者代表取締役

エイ・エフ・オー・ヨスト

右訴訟代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

主文

一  被告は原告大原勝弘に対し、金七〇万円とこれに対する昭和五九年六月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告椿弘人に対し、金五〇万円とこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告大原勝弘及び原告椿弘人のその余の請求並びに原告坂本一の請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告大原勝弘・同椿弘人と被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告坂本一と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。

五  この判決の主文第一・第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告大原勝弘(以下「原告大原」という。)に対し金二〇〇万円、原告椿弘人(以下「原告椿」という。)に対し金一〇〇万円、原告坂本一(以下「原告坂本」という。)に対し金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和五九年六月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

被告は、即席飲料・乳製品等の食品の製造・販売を主たる業務内容とする株式会社であり、原告らは、いずれも被告の従業員である。

2(本件に至る経緯)

(一)  被告には、従来、ネッスル日本労働組合(以下「旧組合」という。)が存在し、昭和四〇年結成当時から従業員の労働条件向上のため種々の活動を行ってきたところ、被告は、昭和四八年ころから旧組合を嫌悪し、これを弱体化すべく、労務部を設置し、また組合つぶしのため他の外資系企業から名うての労務屋を雇用し、様々な不当労働行為を繰返すようになり、さらに、昭和五六年ころからは、旧組合を被告の意のままになるように変質させることを企て、旧組合の役員及び代議員選挙に露骨な介入を行うようになった。

(二)  昭和五七年七月ころから、被告は、旧組合内部にインフォーマルな組織(非公然の被告派スパイ組織)を作り上げ、被告職制と一体となり、全国各地で組合員に昇進・配転等に関する不利益を示唆し、組合執行部不支持を強要するなど陰湿な選挙介入を行い、その結果、同年一一月八日の旧組合全国大会を契機に、被告内には、旧組合から脱退した者により被告の意を受けて行動する第二組合(委員長・三浦一昭)が結成されたが、原告らは、脱退することなく、そのまま組合の自主性を維持し、組合員の生活と権利を守る活動を続ける第一組合(委員長・斉藤勝一)に残り、かくて旧組合は分裂し、現在ではそれぞれ旧組合の正当な承継者であるとする二個の組合が併存するに至っている。

(三)  しかし、被告は、あくまで第一組合を否認し、これを壊滅することをもくろみ、第二組合と一体となって、徹底的に第一組合の組合員を攻撃し、特に、第一組合役員であり、かつ被告の中枢職場である神戸本社等になって被告の意にそぐわない活動をする原告らは、被告がもっとも敵視する存在となった。

3(原告大原に対する不法行為)

(一)  原告大原は、以前、旧組合(分裂後第一組合)の専従者であったが、昭和五八年四月の復職通告に基づき、被告姫路工場に復職した。

(二)  しかし、被告は復職した同原告に対し、同年六月一三日、姫路工場の原料倉庫でのコーヒー豆の収集作業を命じた。右作業は昼間、摂氏四〇度近い室温の倉庫の中で、使用ずみのコーヒー豆用麻袋に僅かに付着しているコーヒー豆を中腰で佇立しながら捜し出し、バケツに集めるという、極めて単純かつ肉体的苦痛の伴う作業で、一日中これを行っても、収集できるコーヒー豆の量はバケツ一〇分の一杯ほどにしかならず、到底同原告がこれに専念すべき性質のものではない。また、右作業をする場所として指定された六番倉庫は、コーヒー豆の入った麻袋を貯蔵している倉庫であり、これまで作業場とされたことはなく、冷暖房装置も集じん装置もない。かかる劣悪な環境における単純作業の強要は、明らかに、同原告に精神的苦痛を与えることのみを狙ったものであり、同原告の人格権を侵害する行為である。

(三)  さらに、同原告は、被告姫路工場において、昭和五八年九月六日以降、コーヒーパウダー貯搬送用トートビンの洗浄作業に、また同年一一月二七日以降、トップフィルターの目詰りを手作業で除去する作業にも、一人で専属的に従事することとなったが、このうち、洗浄作業は、従前製造シフト勤務中の者又はそのスペアの者が作業の合間をみて行っていたものであり、これに専属的に就業した前例はなく、かつまた、六〇〇本くらいあるトートビンの洗浄作業を同原告が一日に八ないし一〇本程度行ったところで追い付かず、全く専属的に行う必要はなく、無益であった。また、除去作業は、従前操業停止時に抽出作業者全員で苛性ソーダーを使用して行っていたものであり、これを専属的に、かつ手作業で行った前例はなく、かつまた、二二個あるトップフィルターの目詰り除去作業を同原告が一人で一か月一個くらいの割合で行ったところ、被告主張のように生産の増強に結び付く訳がない。

結局、原告大原をこれら両作業に従事させたことも、同原告に対する差別であり、人格権侵害行為である。

4(原告椿に対する不法行為)

(一)  原告椿は、昭和四六年三月、同志社大学商学部を卒業後、同年四月、被告に入社して神戸本社財務本部会計管理部在庫管理課に勤務し、在庫管理等の業務に従事していたところ、同年一〇月、旧組合に加入し、昭和四九年一月、組合本部専従に就任以後、主に組合財務等を担当し、組合財政処理要綱の確立に努める等旧組合の運営に尽力してきた。

(二)  第一組合は、昭和五八年四月二二日付けで、原告椿を組合専従者から復職させる旨を決定し、被告に対しその旨を通知したので、同原告は、同月二二日、被告神戸本社に出勤したが、被告は多数の管理職を動員し、右組合の行った復職決定に難癖をつけて同原告の就労を妨害した。他方、同原告の属しない第二組合が、同年五月一二日、被告に対し組合専従者解任の通知をするや、被告は、直ちに同原告を神戸本社会計部に所属させる旨の通知をした。

(三)  同年六月一三日、同原告が神戸本社会計部に出勤したところ、会計部長高橋正らは同原告に対し、メモ用紙作りを命じた。右作業は、会計部の他の従業員から隔離された場所で、椅子も与えられず、使用ずみのコンピュータープリント用紙をミシン目に沿い切り離し、耳の部分を除いて裁断し、表紙を糊付けするという極めて単純な作業であった。さらに、同部長らは原告に対し、コンピューターに使用済のパンチカードや不要となった商品ラベルを用いたメモ用紙作り、B8判など小型のメモ用紙作り、さらにまた鋏による廃棄用金券の裁断作業をも命じた。このような作業は、従業員が仕事の合間に随時行えば足り、大学卒の同原告が一日中専念すべき性質のものではない。かかる隔離と単純作業の強要は、同原告に精神的苦痛を与えることのみ狙ったもので、同原告の人格権を侵害する行為である。被告は、かかる違法行為を、同原告が神戸地方裁判所に対し人格権侵害禁止仮処分申請をし、右裁判所が仮処分決定を出す直前の同年八月二六日まで続けた。

5(原告坂本に対する不法行為)

(一)  被告は、昭和五九年二月二四日午後〇時過ぎころ、被告神戸本社五階購買運輸部事務室において同部長松下増彦の扇動により、同部従業員藤原硯美らをして、第一組合に属する同部従業員赤井修に対し、第一組合の支援団体が被告に抗議を申入れたことに言掛かりを付けさせた上、同人の耳元で大声で怒鳴りちらし、体当たりするなどをし向けた。

(二)  原告坂本は、当時、被告神戸本社マーケッティング本部宣伝部に所属し、同日の昼食休憩時間中は、同本社六階の食堂で休憩していたが、前記事件を知り、直ちに、現場に駆けつけたところ、購買運輸部従業員の青田及び神谷の両名は、同原告の身体を両側から押え付け、さらに前記藤原は、同原告の腹部を右手拳で力一杯殴り付け、もって、同原告に対し、七日間の休業加療を要する腹部・頸部挫傷の傷害を与えた。なお、その際、その場に集まった他の第一組合組合員松浦、小山、相原告椿に対しても、被告の意を受けた従業員合計約二〇名が、こづいたり、体当たりしたり、足を踏み付ける等の暴行を加えた。右暴行等はいずれも、被告管理職の指示により、被告の意思に基づき行われた悪質な集団暴行事件で、不法行為に該当する。

6(損害)

(一)  原告らは、以上のような村八分的・差別的な嫌がらせ又は悪質な暴力行為により、いずれも筆舌に尽くせぬ精神的・肉体的苦痛を味あわされ、労働者としての人間の尊厳及び人格権を侵害された。

(二)  殊に、原告椿、同大原については、被告の同人らに対する仕打は、労働協約一一条の「専従者がその任を解かれた場合、会社は直ちに専従就任時に所属していた職場に本人を復帰させるものとする。若しそれが難しい時は、同等の職位に復職させるものとする。会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位賃金及び有給休暇の権利を保証する。」との規定に反する違法な行為であり、仕事の能力も意欲もあふれる右原告両名にとって、他の従業員から隔離され、みせしめのための嫌がらせたる単純作業を強制されたことは、名状しがたい屈辱であった。

(三)  以上のような精神的苦痛に対しては、これを慰藉するには、原告大原に対し金二〇〇万円、原告椿、同坂本に対しそれぞれ金一〇〇万円の慰藉料が相当である。

よって、原告らは被告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償として、請求の趣旨1項記載の各金員及びこれに対する各不法行為の後日の、本件訴状送達の日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  請求原因2(本件に至る経緯)の事実は否認する。ただし、組合内部の事実は不知。

3  請求原因3(原告大原に対する不法行為)のうち、原告大原が組合専従者であったが、被告姫路工場に復職したこと、昭和五八年六月一三日復職してきた同原告にその主張のようなコーヒー豆の回収作業等の業務を命じたことは認め、その余の事実は否認する。

4(一)  請求原因4(原告椿に対する不法行為)の(一)のうち、原告椿が昭和四六年三月に同志社大学商学部を卒業後、同年四月に被告に入社し、在庫管理課に所属して在庫管理等の業務に従事したこと、同年一〇月に旧組合に加入し、昭和四九年一月に旧組合本部専従に就任したことは認め、組合及び組合活動に関する事実は不知。

(二)  同(二)のうち、昭和五八年三月二二日付けでネッスル日本労働組合(第一組合)本部執行委員長斎藤勝一名義の組合専従者解任の通知なる文書が被告に寄せられたこと、原告椿が同年四月二二日に出社したが、業務には就かなかったこと、同年五月一三日付けでネッスル日本労働組合本部執行委員長三浦一昭から同原告に対する組合専従者の解任及び復職に関する通知があったこと、被告が同原告に対し同年六月六日に同原告を会計部に所属させる旨の通知をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)のうち、同年六月一三日、原告椿が被告神戸本社会計部に出勤したこと、同原告に対しメモ用紙の作成を命じたこと、同原告が神戸地方裁判所に仮処分申請を行ったことは認め、その余の事実は否認する。

5  請求原因5(原告坂本に対する不法行為)の事実は否認する。

6  請求原因6(損害)のうち、被告の労働協約一一条に原告ら主張の規定があることは認め、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告大原について

(一) 復職後の業務の選定

同原告の復職した職場は姫路工場ネスカフェ製造課スプレードライ(以下「プラント」という。)職場であったが、プラント職場担当の下原課長、高橋製造課次長らが協議した結果、暫定的に同原告をコーヒー豆回収作業に従事させることとし、製造ラインの仕事に従事させなかったのは、次のような、同原告には長いブランクがあること、及びプラント職場では当時既に余剰人員を抱えていた等の事情による。

(1) 原告大原の経歴

原告大原は、昭和四一年三月被告入社後、約五年間会社業務に従事したが、昭和四六年一〇月一日以降は組合業務に専従し、昭和五八年六月一三日に復職したもので、一二年間被告会社の業務から離れていたから、復職時の同人はいわば新入社員同然であった。

(2) 余剰人員の発生

プラント職場では、原告大原の復職時、六名の余剰人員を抱えており、右六名は製造ライン以外の作業に従事していたが、そのうち五名は一〇年以上製造ラインの作業に従事してきたベテラン従業員であったが、製造ラインの業務から外れていた。

なお、同原告が復職した当時プラント職場の所属人員は九〇名を数えたが、以降省力化の進行により、新たな人員補充をせず、昭和六一年一〇月には七九名となっていた。

(二) コーヒー豆の回収作業

(1) プラント職場における工程

プラント職場はコーヒー豆からコーヒーパウダーを製造する工程で、概ね順次以下の各工程に分れる。

① ダンピング(開袋。コーヒー豆の袋を手作業で一袋ずつ開袋し、床下のピット内に落し込む作業)

② ロースティング(焙煎。開袋されたコーヒー豆を所定の割合で配合しロースターで焙煎する作業)

③ グラインディング(粉砕。焙煎されたコーヒー豆を挽く作業)

④ エキストラクション(抽出。粉砕されたコーヒー豆を抽出釜に入れ熱湯でコーヒー液を搾り出す作業)

⑤ エバポレーション(濃縮。抽出されたコーヒー液を濃縮する作業)

⑥ スプレードライ(熱風乾燥。濃縮された液を熱風で乾燥しコーヒーパウダーを製造する作業)

なお、右職場における作業の特徴として、開袋作業のように単純作業で、かつ相当に肉体的負荷を伴う作業があること、コーヒー豆をバーナーで焙煎し、熱湯でコーヒー液を抽出後、熱風で乾燥するなど高温下の作業があること、コーヒー殻等の粉塵発生や機械装置の作動による騒音発生が不可避であることが挙げられる。

(2) コーヒー豆の回収作業の目的・内容

コーヒー豆の回収作業の目的、第一に開袋作業終了後の空袋に取り残されたコーヒー豆の量を調査し、その実態を開袋作業者に伝え、開袋作業の徹底を図ることであり、第二にコーヒー豆の節約である。

右作業の具体的手順は、①空袋を把束してある針金をほどき(開袋作業後の空袋は、二四袋を一束とし針金で把束され、一八束ずつパレット上に置かれている)、②一袋ずつ振って中に残っているコーヒー豆を容器に回収し、③回収作業終了後の空袋を、再び二四袋を一束に針金で把束してパレット上に整頓する、という内容のものである。そして、同原告は、一日で一二〇〇から一三〇〇袋を処理し、平均八キログラムから一〇キログラムのコーヒー豆を回収し、同原告が処理したのは一日に発生する空袋の約三分の一程度であったから、従前の開袋作業では一日約二四キログラムのコーヒー豆が空袋に取り残されていたことになり、当時コーヒー豆の価格は一キログラム当たり約一〇〇〇円であったから、従前の作業方法では年間約六〇〇万円に相当するコーヒー豆が無駄だったこととなり、右実態を踏まえ、開袋作業者に作業の徹底・改善を注意した結果、右残量は減少する成果を収めた。なお、同作業を復職後暫次減少させつつも継続させたのは、なお取り残されるコーヒー豆が相当量あったので、更にその徹底を図るためであった。

(3) コーヒー豆の回収作業の心身に対する負担

(イ) 極度の肉体的苦痛を伴う重労働との主張について

開袋作業に比しコーヒー豆の回収作業は重労働ではない。すなわち、開袋作業は約六〇キログラムの麻袋を一袋ずつ開袋し、中のコーヒー豆を床下のピット内に落し込む作業であるところ、右作業は、二人一組で、一日に約二五パレット(一パレットは二四袋である。)を処理し、一人当たり作業量は約三〇〇袋であり、また、右作業は中腰で袋を持ち上げねばならない。これに対し、コーヒー豆回収作業は、五〇〇から九〇〇グラムの空袋を、一日一二〇〇から一三〇〇袋処理するものであって、開袋作業の方がはるかに重労働である。

(ロ) 作業場所について

原告大原がコーヒー豆回収に従事した場所は、六番倉庫の一画であるところ、ここを作業場所としたのは、開袋終了後の空袋を同倉庫に保管していたこと、同倉庫には右作業を行う空間があることによる。また、姫路工場では各倉庫を随時作業場所としており、六番倉庫が作業場所として特に不適切であるとはいえない。

(ハ) 職場環境劣悪との主張について

a 夏の暑さ

プラント職場の作業はその多くが高温下でなされ、とりわけ抽出作業は、コーヒー液抽出のため摂氏一七〇度以上の熱湯が使用され、抽出釜を洗浄する際には、相当の蒸気が室内に立ち込め、摂氏四〇度以上の高熱下での作業を余儀なくされている。

もっとも、原告大原は、抽出・濃縮作業などはクーラー設備の下で行われる、というが、クーラー設備のあるパネル室での作業は全体の約三分の一にとどまること、パネル室内の温度も摂氏三二度前後に達すること、三交替勤務のため日勤勤務に比し体力の消耗が激しいこと等から、暑さの影響はコーヒー豆回収作業の比でない。また、同原告は、六番倉庫がスレート葺であることを暑さの原因に挙げるが、姫路工場では、一番倉庫の一部が鉄板屋根であるのを除けば、他は等しくスレート葺である。

なお、同原告が回収作業に従事した場所には大型扇風機が置かれ、天井には大型換気扇が設けられていた。

b 冬の寒さ

原告大原が冬季にコーヒー豆の回収作業に従事したのは、午後一時から三時までの時間帯であり、しかも必要な防寒服も支給され、決して耐え難い状況ではなかった。また、ナイト勤務(午後一〇時半から翌朝七時半までの勤務)の開袋作業者などの方がはるかに厳しい環境下に置かれている。

c 粉塵

コーヒー豆回収作業から多少の粉塵が発生することは避けがたいが、扇風機やマスクの使用により十分対処しうる。むしろ、開袋作業の方がはるかに粉塵が発生するところ、開袋作業場には集塵機が設けられているものの、十分でなかった。

d 圧迫感

六番倉庫は天井が高く、また通路も広く取られており、圧迫感などはなかった。

e 明るさ

六番倉庫の天井には採光用の窓が一列に並んでおり、必要な電灯も設けられ、また、原告大原が陽の短くなる冬季に同作業に従事したのは一日のうちでもっとも明るい時間帯の午後一時から三時の間に限られていた。

(ニ) 勤務時間

原告大原は、勤務時間につきプラント職場の多くの者が三交替勤務であるのに、同原告はレギュラー勤務(午前八時半から午後五時半まで)であることをも問題にするが、余剰となっていた前記六名もレギュラー勤務であるし、姫路工場全体では二〇〇名以上が同一の勤務時間に就労していた。

(三) 復職後の業務内容

(1) 原告大原が復職後従事した業務の概要は、以下のとおりで、同原告のコーヒー豆回収作業従事は暫定的なものであった。

(イ) 復職時から昭和五八年九月五日まではコーヒー豆の回収作業に従事した。

(ロ) 同年九月六日から同年一一月二五日までは、午前中にトートビンの洗浄作業、午後はコーヒー豆の回収作業に従事した。

(ハ) 同年一一月二八日から昭和六一年一月末ころまでは午前中にトートビンの洗浄作業、午後一時から三時まではコーヒー豆の回収作業、三時から五時三〇分まではトップフィルターの洗浄作業に従事した。

(ニ) 同年一月末ころから昭和六二年一一月二二日まではトートビンの洗浄作業とリワーク作業が主体で、一部トップフィルターの洗浄作業に従事し、コーヒー豆の回収作業には稀に従事した。

(ホ) 同年一一月二四日以降は、トレーニング期間を経た後、シフト勤務に従事した。

(2) もっとも、原告大原は、トートビン洗浄作業及びトップフィルター目詰り除去作業の従事も差別・人格権侵害行為である、と主張しているが、しかし、右洗浄作業は、被告製品の品質維持上重要な業務であって、従来は前記余剰人員六名のうちの一人、山田(スペア従業員)が担当していたものであり、また、目詰り除去作業も、生産能力増強のため肝要な業務であって、当時増産態勢をとる必要があったため、同原告を右作業に専属的に従事させたものであり、いずれも、同原告に対する差別、人格権の侵害とはなりえない。

2  原告椿について

(一) 原告椿の経歴

原告椿は、入社後約二年九か月間、被告会社の業務に従事したが、一人前となる以前に、その後約一〇年間、組合専従者として被告会社の業務から離れていたため、復職時には新入社員に等しい立場にあった。

(二) 復職当時の会計部の状況

(1) 会計部の仕事量

原告椿が復職した昭和五八年六月一三日ころは、次に述べる事情が重なり、会計部全体がテンテコ舞いの状況であった。すなわち、会計部では、六月末の決算期を控え、日夜その処理に追われ、六月あるいは七月には、国税局の調査が予想され、帳簿類の整理などその受入対策に多忙で、その上、高橋会計部長の前任者からの引継業務が相当あり、更に六月中に完了すべき調査・検討事項が同部に集中するという諸事情が重なっていた(なお、被告の社内規定では、七月末までに決算書を完成すべきこととされている)。

(2) 会計部の陣容

当時、高橋会計部長が就任後間がなく、かつ、会計業務の実務経験を有していなかったため、実務は堀口販売管理会計課長に頼らざるをえない状況にあった。しかし、堀口課長は、同年六月一日から長期の休職に入り、根岸会計部事務管理係長も同年五月末に他部署に配転となり、実働しうる管理職は川崎一般会計課長一人となったため、部員の松田、人見両名を急遽係長に任命し、同年六月一日付けで同部の体制を一新することになった。しかし、同原告が復職した時点では、未だ体制が整っておらず、同原告の研修・指導に手を割く余裕はなかった。

なお、堀口課長はベテランの会計マンで、特に販売管理会計業務に通じていたため、同人の休職により、販売管理会計課は扇の要を失った状況であった。そこで、高橋部長は松田係長に同課の業務見直しを命じ、業務分担を明確にするよう指示していた。

(3) 原告椿の担当すべき業務

原告椿の復職に当たり、高橋部長、川崎課長、松田係長及び人見係長は、同原告に担当させる業務につき協議し、まず、かつて原告椿の関与していた在庫管理業務を担当させることの可否を検討したが、かつての経験といっても、入社直後で補助的な業務の担当にとどまっていたこと、同じ在庫管理業務とはいえ、約一〇年間にその内容が大きく変化していること、同業務の指導に当たるべき堀口課長が休職中であること等の理由から、仮に同原告に在庫管理業務を担当させるとしても新たな業務体制が確立してからとの見解が大勢を占め、次いで、他の課員の業務を補助させる案についても検討したが、会計部全員が手一杯で、右案では仕事の説明・事後の検査に手間がかかり、また万一の手違い等を考え、これも採用に至らず、結局、同原告には、当分の間、メモ用紙の作成に当たらせるということとなった。なお、この時点では、六月末ころまでに業務分担が明確になると見込まれ、同原告が右作業に従事するのも二、三週間と考えられた。

(4) 原告椿の復職後の業務

原告椿は復職後から昭和五八年七月一八日まではメモ用紙の作成・金券の処理作業に、同年七月一九日から八月一七日までは会計の基本マニュアルの翻訳・メモ用紙の作成作業に、同年九月二日以降は在庫管理業務に従事した。右のうち、会計の基本マニュアルの翻訳は会計業務に従事する訓練として有効であるし、また、九月以降は会計に関する業務に従事している。

(三) メモ用紙の作成について

(1) 従前の状況

メモ用紙の作成作業は、昭和五三年ころから省資源の目的で開始され、コンピューターの使用ずみプリント用紙を再利用するもので、無用な業務ではない。なお、右作業に専従していた者はいないが、部員全員で当たってきた。

(2) 作成したメモ用紙

(イ) 同原告に作成を指示したものは、B5及び6サイズのメモ用紙であり、それ以下のサイズはない。

(ロ) 原告椿に使用ずみのパンチカードを用紙とするよう指示したことがあったが、それは、従来から用いられてきたためである。なお、孔の開いていない部分のみを利用してメモ用紙を作成する旨の指示はしていない。

(ハ) 原告椿に表紙を付けずにメモ用紙を作成するよう指示したのは、表紙がなくても容易に製本機で糊付けができ、また、使い易さを考えてのことである。

(ニ) また、原告椿にニド(コーヒー用クリーム)の旧ラベルの裏面を利用したメモ用紙の作成を命じたのは、ニドのラベルが新しいデザインとなり、旧ラベルが大量に処分されることとなったからである。

(3) 作業場所

原告椿がメモ用紙の作成に従事した場所は、会計部内のパソコン置場の隣の机であるが、それは、従前から右場所を利用してきたためである。

なお、同原告は、椅子を与えられなかったというが、松田係長がパソコン置場前の椅子を使うよう指示したのに、同原告が自分専用のものでないとして右椅子の使用を拒否したにすぎない。

(4) 金券の処理

原告椿に数日間金券の廃棄処理を命じたのは、金券が現金と同視され、その取扱に慎重を期すため、廃棄処分にはその数量等の確認が必要であり、従前から会計部員が支払管理課とともに右作業に従事していたからである。

なお、右廃棄に際し鋏を使用するのは、金券がビニール袋に封入されているため、裁断機では目詰まりをするからである。

(四) その他

原告椿は、被告が同原告に対し、平生から嫌がらせを続け敵視してきたようにいうが、その実態は以下のとおりである。

(イ) 復職通知について

昭和五八年三月二二日付けでネッスル日本労働組合本部執行委員長斎藤勝一名義の組合専従者解任通知が被告に来る以前の同年二月二八日、三浦一昭から被告に対し、ネッスル日本労働組合本部執行委員長は三浦一昭である旨の神戸地方裁判所の仮処分決定(同月二五日付け)の写しが提出され、今後、同人を同組合の本部執行委員長として対応するようにとの申入れがなされたが、被告としては、組合内部の問題であって詳細を十分に把握しがたい状況に置かれていたので、裁判所の決定があった以上、右を尊重して対処するほかないと考え、その結果、斎藤名による復職通知には従わず、三浦名の復職通知に従った。

(ロ) 社員章について

被告では、同年四月一日、社員章のデザインが一新され、右変更に際し(旧)社員章を紛失した社員は始末書を提出する扱いであったが、原告椿は右提出を拒否したため、被告との間で紛叫した。

(ハ) 他の社員との確執について

原告椿は他の会計部員といさかいを生じることがあったが、それは同原告の社会性の欠如のためであって、被告が使嗾して部員に嫌がらせをさせたことは全くない。

(ニ) 電話について

被告では緊急の用がない限り、勤務時間中の私用電話は取次がず、原告椿についても家族からの緊急の電話は取次いだことがあるし、他の従業員と同じ扱いをした。

3  原告坂本について

(一) 紛争の経緯

藤原硯美(購買運輸部員)は、かねて、昭和五九年二月二一日に有給休暇をとる予定であったところ、その前日の終業間際に、同人と同じ係に所属する松浦勝もまた藤原と同じ日に有給休暇をとる旨を申告したが、業務上の都合により二人同時に休む訳に行かず、そこで、藤原は有給休暇をあきらめたが、松浦は、藤原の右配慮にかかわらず、その当日、有給休暇をとったうえ、社外の者と被告神戸本社五階受付に押しかけ、一悶着を起こした。そこで、同月二四日の休憩時間、藤原と松浦との間で松浦の右行動を巡って言い争いとなった。

(二) 紛争の事実経過

右言い争いの最中、購買運輸部とは無関係の原告坂本が現われ、同部の小澤係長、藤原、青田各部員らの退出要求にもかかわらず、逆に罵声を浴びせ、更に藤原を突き飛ばしたが、同原告は逆に「藤原が腹をどついた。」と叫び出し、自己の暴力を誤魔化そうと被害者を装つた。藤原は、右暴力により、安静加療約五日間を要する右足関節捻挫の傷害を受けた。

四  被告の主張に対する認否

1  同1(原告大原)について

(一)(1) 同(一)の前文は否認する。

(2) 同(一)(1)のうち、新入社員同然との点は否認し、その余の事実は認める。

(3) 同(一)(2)の事実は否認する。

(二)(1) 同(二)(1)の事実のうち、プラント職場の各工程が被告主張のとおりであることは認め、作業の特徴に関する主張は争う。

(2) 同(二)(2)の事実のうち、コーヒー豆回収作業の内容が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(二)(3)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち、暫定的であるとの主張は争い、その余の事実は認める。

2  同2(原告椿)について

(一) 同(一)の事実のうち、同原告が新入社員同様との主張は争い、その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、同(1)から(3)の事実は否認し、同(4)の事実は認める。

(三)(1) 同(三)(1)の事実のうち、かつてメモ用紙作成に専従していた者がいなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(三)(2)の事実は否認する。

(3) 同(三)(3)のうち、作業場所が会計部内のパソコン置場周辺との点は認め、その余の事実は否認する。

(4) 同(4)の事実は否認する。

(四) 同(四)の事実は否認する。

3  同3(原告坂本)の事実は全部否認する。

五  被告の主張に対する反論

1  原告大原について

(一) 作業の変更について

昭和五八年九月六日以降、コーヒー豆の回収作業が午後のみに変更されたのは、同月四日、新聞各紙が、当庁における訴外山本輝理の被告に対する仮処分申請事件について、「仕事を取り上げたり等してはならない。」等の仮処分決定を報じたことを契機とするもので、それが本来暫定的な作業だったからではない。

(二) コーヒー豆回収作業の必要性の不存在

被告が、昭和五八年まで、麻袋にコーヒー豆が残ることを知らなかった訳はない。また、右残量をチェックするのであれば、ごく臨時に、一〇〇枚も調べれば十分であるし、残さないようにするには、開袋作業者に指示すれば済むことであり、従業員をコーヒー豆の回収作業に専従させる必要性はない。

(三) 余剰人員について

余剰人員のうち三名は、病気等のため製造シフトに就けなかった者であり、また、当時、臨時の作業員でさえ製造シフト勤務に就いていたのであり、原告大原を製造シフトに就けられなかった筈はない。

(四) 不当な敵視について

被告は、原告大原が姫路工場部門でビラ配りをしたことに対し警告書を送りつけ、それに従わないことを理由に「模範社員」ではないとして、永年勤務表彰を行わなかったが、これは不当労働行為に該当し、被告の同原告に対する敵視を表わしている。

2  原告椿について

(一) 会計部には毎年六月末までに完了すべき業務などはなかったし、同部が多忙というが、原告椿を攻撃する余裕はあった。また、昭和五八年八月二六日、人見係長はわざわざ、神戸市中央区の被告神戸本社から同原告の自宅(大阪府高槻市)まで同原告を監視に来るなどの余裕もあった。なおまた、松田係長による責任分担の指示及び計画なども存在しなかった。

(二) もし仮に多忙であったというならば、同原告を補助的な業務にしろ、とにかく本来の仕事に就かせ即戦力として活用するのが当然である。まして、同原告は在庫管理課所属当時、同課の重要業務(ストック・リコンシリエーション=在庫照合等)を担当しており、同課の業務はその後会計部に引継がれていたのであるから、同原告の知識・経験が新入社員に等しいなどということは到底ありえない。

(三) 原告椿は、請求原因4の(三)記載のとおり、昭和五八年七月、神戸地方裁判所に仮処分命令を申請していたところ、被告は、その第一回審尋期日(八月二六日)ころ、同原告に対する嫌がらせを止めたのであるから、かかる法的措置を採らねば、嫌がらせは続いていたものと思われ、メモ用紙の作成作業が暫定的なものではなかった。

3  原告坂本について

本件暴行は、松下部長がいる場所で、松浦らからの抗議を無視してなされたものであり、また、これまでも再三同様の事件があったことを知りながら、被告は放置してきたもので、右暴行は、被告の意思に基づき実行されたものである。

第三  証拠<省略>

理由

第一前提事実

一当事者

被告が即席飲料・乳製品等の製造・販売を主たる業務内容とする株式会社であること、原告らがいずれも被告従業員であることは当事者間に争いがない。

二被告における労働組合の状況

<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

昭和四〇年、被告の従業員によりネッスル日本労働組合(以下「旧組合」という。)が結成され、旧組合は賃上げ闘争・労災闘争等を通じ被告と緊張関係に立つうち、被告は、被告の意に沿う組合員による組合内での多数派工作を企図し、昭和五七年一一月六日、七日開催の組合全国大会を契機に、被告の意に沿う者のグループと被告の支配介入を嫌うグループとの抗争が深まり、以来、両グループは組合内部で対立するに至ったが、昭和五八年当初以降、双方が独自に組合大会を開催するなど、もはや、旧組合は、組織上の一体性を喪失し、二つの組合が併存する状態となり、ここに被告と対立する組合(斎藤勝一中心グループ)と被告に追従する組合(三浦一昭中心グループ)とが発生した(以下、便宜上、前者を「第一組合」、後者を「第二組合」と呼称する。)が、被告は第一組合の存在そのものを否認し、第一組合との団体交渉に応じないなどの不当労働行為を繰り返してきたが、原告らは、かねて旧組合に加入し、分裂以降は第一組合の組合員となったものであること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

第二原告大原に対する不法行為について

一序説

当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すれば、原告大原は、姫路工大付属高校を卒業して山陽特殊製鋼株式会社に勤務した後、昭和四一年三月七日、被告に入社し、姫路工場生産部に配属となり、開袋・焙煎作業に従事したこと、右作業は二人一組で、一人がコーヒー豆の入った麻袋から豆を出し(開袋)、一人が回転式のドラムで豆を焼く(焙煎)作業で、二人が交互に開袋作業と焙煎作業に従事していたこと、同原告は、約二年後に抽出作業に従事し、昭和四六年一〇月一日付けで旧組合の専従となり抽出作業をやめて休職したこと、また同原告は、昭和五八年四月、被告姫路工場に復職し、被告は原告に対し、同年六月一三日、コーヒー豆の回収作業を命じ、同年九月六日、午前中トートビン洗浄作業、午後は右回収作業を命じ、さらに同年一一月二八日、午前中トートビン洗浄作業、午後一時から三時まで右回収作業、同三時以降トップフィルター洗浄作業を命じ、同原告は、昭和六一年一月末ころまで、被告の右指示のとおり右各作業に従事したほか、それ以降昭和六二年一一月二二日まで、被告の指示命令により主としてトートビン洗浄作業及びリワーク作業(規格外製品を素材とする再生作業)に従事し、時にトップフィルター洗浄作業及びコーヒー豆回収作業にも従事したこと、以上の各事実が認定でき、これに反する証拠はない。

二原告大原の復職後における業務内容

1  はじめに

原告大原は、被告が同原告に対し復職以前と異なる前記各作業を命じたのは労働協約違反であり、また、右各作業は、必要性のない過酷な作業であり、同原告の組合活動を敵視し、みせしめのため強要したものであると主張し、被告はこれを抗争するので、以下、右各作業の内容等について順次検討する。

2  コーヒー豆の回収作業

(一) 作業内容

コーヒー豆の回収作業の具体的内容(手順)が被告の主張1の(二)の(2)の①から③記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

(二) 作業の必要性

(1) 被告は、右作業を原告大原に命じたのは、昭和五八年四月ころ開袋作業後に麻袋中に相当量のコーヒー豆が残存していることが判明したので、①その量を調査するとともに、②コーヒー豆の回収を図ることを目的とした旨を主張し、証人下原忠行は右に沿う証言をしている。

(2) しかしながら、<証拠>を総合すれば、被告姫路工場においては、同原告復職以前に右回収作業を作業工程の一環として従事した者はいなかったこと、同原告が処理していたのは姫路工場で扱う空袋の約三分の一であったが、同原告が処理しなかった空袋はそのまま空袋の回収業者に引渡していたこと、他方、同原告が終日専属的にコーヒー豆の回収作業に従事した期間は約二か月二〇日間に及びその後も、昭和六一年一月末ころまでの約四か月間、午後全部又は二時間程度専属的に右回収作業に従事していたこと(この事実は当事者間に争いがない)、同原告が右作業により回収しえたコーヒー豆の量は一日で約八キログラムであり、同原告の回収した年間の総量は、金額にして約二〇〇から三〇〇万円になるが、同原告の年収は当時五〇〇万円であったこと、現在も右回収作業は時に他の者が従事することがあること、以上の事実を認定でき右認定に反する証拠はない。以上の各事実を総合すると、コーヒー豆の回収作業の必要性は一概に否定できないものの、果して、原告大原が復職した時期と全く機を一にして右作業が開始されたとする必然性については、これを首肯させるに足りる主張立証は格段存しないのみならず、前判示認定のコーヒー豆収量等の状況からすると、同原告が右作業に従事したことによる工場全体としての経済的効用が奈辺に存するかも、にわかに推し測り難いものがあり(それほど枢要な作業であるというのであれば、急拠従業員多数が参加すべき業務になろう)、いまもし、原告大原の右回収作業が主として残量調査のためというのであれば、同原告の従事した作業期間は長きに失するものがある一方、それが単にコーヒー豆回収が目的であったというのであれば、同原告の作業中、その三分の二が手付かずのままであったというのは、全く中途半端の観を免れないものがある。以上認定説示のところに、後記回収作業の苛酷さ等の諸事情をも彼此勘案すると、被告主張の回収作業の必要性なるものは、些かこじつけであり、他意があったものとみるのが自然であるというべきである。

(3)  すると、被告の前記主張は採用できず、証人下原忠行の前記証言はにわかに措信し難く、むしろ、以上の諸点に鑑みるとき、被告は原告大原の復職に際し差別的取扱いに立脚してその復職に処したものと推認するに難くはない。

(三) 回収作業の苛酷さ

(1) はじめに<証拠>を総合すると、原告大原が復職した被告姫路工場プラント職場全体の作業工程が当時被告の主張1の(二)の(1)①から⑥のとおりであったことができ、右認定に反する証拠はないところ、原告大原が今回復職により従事したコーヒー豆の回収作業がいかほど苛酷なものであったかを判断するには、原告大原が従前就職していた右プラント職場の作業と比較して、右回収作業の苛酷さを推量するのが相当であると考えられるので、以下、このような前提に立って回収作業の苛酷さにつき順次判断することとする。

(2) 作業の肉体的負担について

<証拠>を総合すれば、コーヒー豆の回収作業は、一枚五〇〇グラムから九〇〇グラムの空袋を一日一二〇〇枚から一三〇〇枚はたいてコーヒー豆を回収する作業であるのに対して、開袋作業は約六〇キログラムの麻袋入りのコーヒー豆を格子(ピット)の間から床下に落す作業であり、後者は、二人一組で一日に六〇〇袋を処理し、ある程度は自然に落ちるが、多くは手作業でコーヒー豆を落し込まねばならないことが認定でき(これに反する証拠はない)、すると、作業の肉体的負担の点では回収作業が特に過重であると認めることはできない。

(3) 職場環境について

① <証拠>を総合すれば、以下の事実を認定でき、右認定に反する証拠はない。

(イ) 職場の暑さ

原告大原の従事していた回収作業場所は、夏には摂氏約三五度になるのに対し、同原告が従前従事していた抽出作業場はより高温となった。しかし、抽出作業場にはクーラー設備のあるパネル室や冷風の当たるスポットが設けられていた。

(ロ) 職場の寒さ

同原告の従事していた回収作業場所は冬季には暖房装置がなく、相当冷え込み、同原告は防寒服を着ていた。なお、同原告が冬季に右作業に従事した時間帯が午後一時から三時の間であった(これは当事者間に争いがない)。

(ハ) 職場の粉塵

同原告の従事していた回収作業では粉塵が相当発生していた。これに対し、開袋作業ではもっと多量の粉塵が発生していたが、開袋作業場所にはピットの端や天井に集塵機が設置されていたのに対して、回収作業の場所には集塵機の設置はなく、扇風機及びマスクの着用により防塵していた。

② 右認定事実によれば、原告大原の従事していたコーヒー豆の回収作業は、さほど肉体的負担は伴わないものの、作業場所の避暑・防寒及び防塵は十全ではなく他の作業場所に比し、作業環境は劣悪であったと認めるのが相当である。

(4) 単独作業(隔離)の点について

同原告がコーヒー豆の回収作業に従事していた場所が被告姫路工場六番倉庫の一画であったことは当事者間に争いがなく、また、<証拠>を総合すると、同原告は右作業場所で唯一人作業していたこと、右場所は前記プラント職場とは離れ、独立した存在であったこと、被告の職制は一時間に一回くらいの割合で右場所に立ち寄り、同原告の作業状況を注視していたこと、以上の事実が認められ(これに反する証拠はない)、右各事実に、前記2(二)認定の同原告に対する作業選定上の差別的取扱いの点をも総合勘案すると、被告は、同原告を他の従業員から隔離する趣旨で同原告の作業場所を右場所に選定したものと認めるに難くはなく、このことは、単に、従前から開袋作業終了後の空袋が六番倉庫に保管されていたこと及び同倉庫には作業用の空間が存在していたこと(以上の事実は、原告大原本人尋問の結果により成立の認められる甲A第五号証の一及び証人下原忠行の証言を総合して認められる)、によって左右されるものではないというべきである。

(5) 結び

以上のとおりであって、原告大原の従事したコーヒー豆回収作業は、それ自体の肉体的負担は少ないものの、職場環境が劣悪であり、かつ隔離的措置が講じられていたものとみられるから、右回収作業は、通常の作業の労働条件と対比し相当に苛酷なものであったと断せざるを得ない。

3  その他の作業

(一)  原告大原が昭和五八年九月六日から昭和六二年一一月二二日までの間、被告姫路工場においてコーヒーパウダー貯搬送用トートビンの洗浄作業に従事していたことは、当事者間に争いのないところ、確かに、右洗浄作業が被告主張の如くコーヒーパウダーの品質管理上重要な業務であることは社会通念にてらし明白であるが、しかし、<証拠>によれば、右作業は同原告が初めて専属的に行ったものであり、しかも作業場所が職場の片隅であって他の従業員との接触がなかったことが認められる(これに反する証拠はない。)から、同原告の右洗浄作業従事も、被告の前記隔離的措置の延長であって、一つの差別的取扱いにあたるものというべきである。

(二) また、原告大原が昭和五八年一一月二八日から昭和六二年一一月二二日までの間、被告姫路工場においてトップフィルターの目詰り除去作業に従事していたことは、当事者間に争いのないところ、確かに、右目詰り除去作業がコーヒーパウダー製造上有用なものであることは社会通念にてらし明白であるが、しかし、<証拠>によると、右除去作業は、同原告が初めて専属的に行うようになったものであり、しかも、作業場所は他の従業員のそれとは離れ一人ぽっちで作業するほかなかったことが認められる(これに反する証拠はない。)から、右除去作業従事もまた、被告の隔離対策の一環として差別的取扱いにあたるものである。もっとも、被告は、当時コーヒーパウダーの増産態勢を採る必要があったため同原告に右除去作業に従事させたものである、と主張するけれども、そのような事情があったことは全立証によるも明白でないのみならずかりにそうであったとしても、<証拠>によれば、トップフィルターの目詰り除去作業能率は同原告一人では一か月一個くらいの割合であったことが認められる(これに反する証拠はない。)から、原告大原の右除去作業従事が前記増産活動にそれ程消長を与えるものともなし難く、したがって、被告の右主張は採用することができない。

三労働協約違反

(一)  前提事情

被告締結の労働協約一一条に請求原因6(二)掲記の条項(以下「原職復帰条項」という。)が存在することは当事者間に争いがなく、原告大原が専従就任時に、姫路工場生産部で抽出作業に従事していたことは前判示のとおりである(右生産部は復職時のネスカフェ製造課(プラント職場はその一部)に相当すると、弁論の全趣旨により認められる。)。

(二)  被告姫路工場の職場

<証拠>によれば、姫路工場には総務課、品質管理課等と並んでネスカフェ製造課が置かれていること、ネスカフェ製造課はさらにスプレー・ドライ(プラント)、フリーズ・ドライ、充填包装及び生産企画の各職場組織に分れ、それぞれ課長職が置かれていること、プラント職場はコーヒー豆の開袋から焙煎・粉砕・抽出・濃縮を経て熱風乾燥に至る各工程を担当していること、プラント職場の従業員は右各工程毎に配置され、特定の工程に専属していたこと、しかし、右プラント職場内での担当の異動は間々あったこと(前判示のとおり、同原告も、開袋・焙煎作業に従事した後、抽出作業に担当が変更となっている。)、復職当時のプラント職場に配置された五人の係長の担当は、各工程毎に分割されることなく、プラント全工程に亘ること、以上の事実を認定でき、右によればプラント職場は一つの単位職場であると考えられ、前判示にかかる原職復帰条項にいう職場とは、同原告の場合プラント職場を意味するものと解すべきであるが、右条項の趣旨からは、特段の事情なき限り、従前の業務に就かせるべきものと解するのが相当であり、したがって、プラント職場のいずれかに同原告を配置したことをもって、当然に同原告を労働協約一一条にいう「復職」にあたるものと解すべきではない。

(三)  復職時におけるプラント職場の事情

<証拠>によれば、原告大原の復職時、プラント職場には若干の余剰人員が存在していたことが認められる一方、臨時の作業員二名がプラント製造工程中の作業に従事していたことも、同証人の証言により明白であり、かつまた前判示のとおりコーヒー豆の回収作業は右復帰に際し急拠創出された職種であって、抽出作業等と同質のものでないことをも勘案すれば、同原告をコーヒー豆の回収作業に従事させたことをもって、前示労働協約一一条に基づく原職復帰を履践したものとは、到底いうことができない。

(四)  結び

すると、被告が原告大原の復職に際し同原告に対してコーヒー豆回収作業を命じたことは、労働協約一一条に違反するものというべきである(このことは、前記トートビン洗浄作業等についても同様であると解される)。

四損害賠償

およそ人の身体・自由等の人格権が侵害された場合、少なくとも、それに対する慰藉料を請求しうることは、いうまでもないところ、本件においては、原告大原は、被告から労働協約一一条に違反して不法にもコーヒー豆の回収作業等を命じられ、もって、その人格権を侵害されたものであることは、前判示のとおりであるから、被告に対しその慰藉料を請求しうるところ、その損害発生の期間及び内容等からすると、右慰藉料の額は、金七〇万円をもって相当であると認められる。

第三原告椿に対する不法行為について

一原告椿が、昭和四六年三月、同志社大学商学部卒業後、同年四月、被告に入社し、神戸本社財務本部会計管理部在庫管理課に配属され、在庫管理等の業務に従事したこと、同年一〇月、旧組合に加入し、昭和四九年一月に組合本部専従となったこと昭和五八年四月、専従から神戸本社会計部に復職したこと、被告は、同年六月一三日、出勤してきた同原告に対し、メモ用紙作成作業及び金券の処理作業を命じたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二原告椿に対する復職後の業務内容

1  はじめに

原告椿は、被告が同原告に対しメモ用紙の作成作業及び金券処理作業を命じたことは、労働協約に違反し、また、右各作業は大学卒の同原告に精神的苦痛を与えることのみを目的とした無益な作業であると主張し、被告はこれを抗争するので、以下、右各作業の内容及びその必要性等について順次判断する。

2  メモ用紙の作成作業

(一) 作業内容

<証拠>を総合すれば、同原告が従事したメモ用紙の作成作業は、当初、使用ずみのコンピュータープリント用紙約一〇〇枚を合わせて適当な大きさに裁断し、端を糊付けし、表紙付けをしてB5又はB6判のメモ用紙一冊を作成するという作業であったが、後は、B8判等小型のメモ用紙の作成を命じたり、あるいは背表紙を付けない方法での作成を命じたりしたこと、また、使用した用紙は、当初前記プリント用紙のみであったが、後に使用済みのコンピューターパンチカードあるいは不要となったニド(被告製品名。以下同じ。)の(旧)ラベルも使用したこと、同原告は一日に約二〇から五〇冊を作成したこと、以上の事実が認められ、これに反する<証拠>は、にわかに措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 作業の必要性

<証拠>によれば、(被告主張の如く)右作業の必要性は用紙の節約・再利用にあることが認められるが、しかし、大学卒の同原告を右作業に専属させるに値する経済的効果があったとは、本件全証拠によるも認めることができない。むしろ、弁論の全趣旨によると、右用紙の節約再利用なるものは些かこじつけであると認むべく、主旨は他意にあったとみるのが自然であるといいうる。

(三) その他の事情

<証拠>を総合すれば、以下の事実が認定できる。

(1) 第一組合が被告に対し、昭和五八年四月二二日付けで同組合の組合員である同原告を復職させる旨を通知し、同日、同原告が出社したところ、高橋会計部長ら管理職数名は、第二組合からの復職通知がないとして同原告の就労を阻止した。この就労阻止は以降も続いた。

(2) 同年六月一三日、同原告に対し、メモ用紙の作成を命じながら、椅子を与えなかったので、同原告が椅子を要求したところ、会計部の松田係長は、「ダンボールをどかして台の上に坐ったら」と発言した。その後、横にあったパソコン用の椅子を与えられたが、同原告は専用の椅子でないとして使用しなかった。

(3) 第一組合は、同原告のメモ用紙作成作業につき団体交渉を繰り返し要求したが、被告はこれを拒否し続けた。

(4) 同月三〇日、会計部の人見係長は、ニドの(旧)ラベルでのメモ用紙作りを指示したが、この用紙には表紙を付けないため糊付けが困難であった。

(5) 同年七月七日、前記人見係長は同原告に対し、「私は共産党ですという確認書を書きなさい。」と要請し、また、作業に関する感想文の提出を要求した。

(6) メモ用紙の作成作業を専属に行ったことは、これまでになく、同原告が最初であった。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人高橋正の証言は、にわかに措信できない。

(四) 結び

以上認定説示したところ及び前判示のところ(第一)からすれば、被告は、第一組合の組合員である同原告を敵視し、同原告に対し、相応の業務を提供せず、単純で無益なメモ用紙の作成を命じたものというべきである。

3  金券処理作業

<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、被告は、昭和五八年初ころ、原告椿に対し廃棄用金券を裁断し捨てる作業を命じ、同原告は、同年八月中旬までの間右作業に従事したこと、右作業は、従前、手隙の会計部員が適宜行っていたもので、専属的に従事したのは、同原告が初めてであったこと及び金券等の裁断には裁断機等を用いる方法もあるが、同原告には手鋏を使用して裁断することを命じたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、右金券の廃棄作業は、前記メモ用紙作成作業と同様、極めて単純なものであり、同原告が専属的に従事すべき必要性等は全く見出せないし、本来作業能率の良くない手鋏使用の点も合せ考えると、これまた、被告が第一組合の組合員である同原告に対しいやがらせから無益・無用な作業を専属的に押し付けたものというほかはない。もっとも、被告は、金券は現金と同視され、その廃棄処分は慎重な取扱いを要する重要な作業であるとか、裁断機を用いないのは目詰り防止のためであるとか主張しているが、いずれも、弁論の全趣旨に徴し、後日のこじつけであって、無価値な金券廃棄についての不自然な言訳として、採用するに由ない主張といわねばならない。

三労働協約違反

(一)  本件の帰結

被告締結の労働協約一一条に原職復帰条項が存在することは当事者間に争いがないから、組合専従者が専従をやめ復職した場合には、被告は、特段の事情なき限り、該当従業員を組合専従となる以前と同じ職場に復帰させ、従前と同様の業務に就かせるべきであると解すべきことは前判示(第二の三)のとおりであるところ、原告椿は、組合専従となる以前は神戸本社財務本部会計管理部在庫管理課に所属し、在庫管理等の業務に従事していたことは前判示(一)のとおりであり、原告椿本人尋問の結果によれば、右業務の具体的内容は商品の実在庫と帳簿上の在庫とを照合・確認する等の業務であると認められ、これに反する証拠はない。ところが、復職後同原告の命じられた作業は、前判示のとおりメモ用紙の作成及び金券の廃棄処理作業という右会計業務とは関係のない単純作業であるから、組合専従となる以前と復職後とでは、その業務の内容・性質が全く異なるものであり、被告は同原告につき原職復帰条項を履践していないものというの他はない。

この点、被告は、当時の会計部の事情は前記特段の事情に当たる旨を主張するので、以下その当否につき、さらに検討する。

(二)  会計部の事情

被告の主張は、大要、原告椿の復職時は会計部の多忙な時期であり、同原告は会計業務に従事していない空白期間が長かったため、直ちに専門的な知識を要する会計業務に就かせる余裕はなかった、というにあるところ、<証拠>によれば、高橋会計部長は昭和五八年四月に就任したばかりであること、会計部の実務の要であった堀口販売管理会計課長が同年六月一日から休職となっていたこと、根岸会計部事務管理係長が同年五月末をもって他部署に配転となったこと、会計部が決算期を控えて多忙であったこと、以上の事実を認定しうるが、他方、同原告のかつて従事した仕事が在庫照合等であり、復職時にも存在したこと、同原告は組合専従の間、組合の会計業務に携っていたこと、被告は復職に当たり、同原告の能力を調査していないことは証人高橋正の証言及び原告椿本人尋問の結果を総合して認められるから、同原告を会計業務に就かせたのではかえって忙しさを増すほど会計部の業務が専門的であり、同原告に会計業務の素養が欠けていたとも、にわかになし難いものがあり、そうすると、被告主張の事情は、同原告を会計業務に就かせられなかった特段の事情にあたるものとはいまだ認めることができない。

(三)  結び

すると、被告の前記主張は理由がなく、同原告に対しメモ用紙の作成作業等を命じた被告の行為は、労働協約一一条に違反するというべきである。

四損害賠償

前判示(第二の四)のとおり人の自由・身体等の人格権が侵害された場合には慰藉料を請求しうるところ、本件において、原告椿は、被告から労働協約一一条に違反して不法にもメモ用紙の作成作業等を命じられ、もって、その人格権を侵害されたものであることは、前判示のとおりであるから、被告に対しその慰藉料を請求しうるところ、その損害発生の期間及び内容等からすると、右慰藉料の額は、金五〇万円をもって相当であると認められる。

第五原告坂本に対する不法行為について

一暴行事件

<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、原告坂本は、昭和五九年二月ころ、被告神戸本社マーケッティング本部宣伝部に所属し、同本社九階事務室で勤務していたが、同月二四日午後〇時過ころ、他の第一組合の組合員らと同本社六階の食堂に集まり休憩していたところ、同本社財務会計本部購買運輸部に所属する第一組合委員長松浦勝(以下「松浦」という。)及び同副委員長赤井修(以下「赤井」という。)が来ないため、同本社五階にある購買運輸部の事務室に行くと、松浦と赤井はそれぞれ別々に被告従業員四、五名ずつに取り囲まれ、罵声を浴びせられていたこと、同原告が右事務室に入っているのを見た同部従業員藤原硯美(以下「藤原」という。)、青田文朋(以下「青田」という。)及び神谷某(以下「神谷」という。)らは罵声を浴びせながら、同原告を同事務室から追出したこと、そこで、同原告は一旦六階の食堂に戻り、居合わせた第一組合の組合員相原告椿及び小山を連れて再び右事務室に駆けつけたところ、なおも赤井・松浦は、前記従業員らに取り囲まれて罵声を浴びていたこと、原告坂本を見つけた藤原・青田及び神谷の三名は、同原告を突き出すようにして右事務室外の、エレベーターホールに通じる廊下まで押し出したこと、右三名と同原告とは同所で押し問答しているうち、同原告は突然青田と神谷に両腕を掴まれてロッカーにぶつけられ、さらに藤原に手拳で腹部を殴られたこと、右暴行により、同原告は腹部挫傷を負ったこと、なお、本件の発端は、同月二一日、第一組合の支援団体(ネッスル労組支援共闘会議)が被告本社に申入れをなしたことについて、藤原らが松浦らを吊しあげたことにつき、松浦らが抗議したことにあること、以上の事実を認定することができ、右認定に反する証人小澤聡の証言は措信しない。

なお、原告坂本は、同原告が右暴行を受けた前後ころ、他の第一組合員らも購買運輸部の従業員らから暴行を受けたと主張しているが、これに沿う<証拠>は、いつ如何なる暴行がどのようにあったのか、その時刻、内容及び態様が必ずしも明確といえず、証人小澤聡の証言に対比してにわかに措信できないし、他に右暴行の事実を認めるに足りる証拠はないから、同原告の右主張は採用しない。

二被告の責任

原告坂本は、前記一の暴行事件は購買運輸部所属の管理職らの指揮・扇動等による集団的暴行事件である、と主張しているので検討するに、確かに、前掲各証拠によれば、同部の松下部長、中嶋課長、安宅課長、稲田課長及び小川課長が本件暴行の現場付近に居たこと、前記事務室内で第一組合組合員を取り囲んでいた藤原らは松下の部下である上、被告の管理職である前記課長らも松浦らを取り囲むようにその側にいたこと(これに反する証拠はない。)、従前から第一組合組合員が取り囲まれることが被告内ではあったこと(右は原告大原、同椿本人尋問の結果により認める。)が認められる(これに反する証拠はない。)が、しかしながら、松下部長らが本件暴行の現場に居合わせたのは、同部の一般従業員らと原告坂本ら第一組合の組合員らとの集団が、時間の経過とともに同部の事務室内から事務室外へと移動したためとも考えられなくはなく、また同部事務室内において同部の課長らが松浦らを取囲むようにしていたというのも、折から昼食休憩時間中であり、自室内の出来事でもあるため、近寄って成り行きを傍観していたとも採れなくはないのみならず、藤原らが原告坂本に対してなした本件暴行は、前判示のとおり、全くの突然の出来事であって、松下部長ら管理職が具体的に指示・扇動した訳でもない(指示等の立証がない。)うえ、右暴行の現場は事務室外の廊下であって、一般人の通行も当然予想されるから、公然と集団的非違行為をなすには甚だ適さない場所であり、むしろ、前後の事情からすると、藤原らは、同原告を事務室内でいくらでも乱暴する機会があったのに、殊更暴行らしき振舞は一切していなかったし、なおまた、松浦・赤井が当日前記事務室内において格別暴行を受けたという事実もない(受けたという確証はない。)ところであって、以上の諸事情からすると、藤原らが原告坂本に対して行った本件暴行は、全く藤原らの意思に基づく偶発的な行為であったというべきである。

したがって、原告坂本の前記主張は採用できず、他に特段の主張立証のない本件においては、藤原らの本件暴行により被った原告の損害について、被告はその賠償をする責任を負ういわれはないものといわねばならない。

三結び

以上の次第で、原告坂本の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第六結論

そうすると、原告大原・同椿の本訴請求は、被告に対しそれぞれ損害賠償金七〇万円及び金五〇万円とこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和五九年六月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、また、原告坂本の本訴請求は全部理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官將積良子 裁判官山本和人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例