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神戸地方裁判所 昭和48年(わ)164号 判決 1980年3月14日

会社員

甲野一郎

会社員

乙原二郎

会社員

丙山三郎

会社員

丁川四郎

会社員

戊岡五郎

右五名に対する各暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、威力業務妨害、傷害被告事件について、当裁判所は検察官村上秀夫、外岡孝昭、加納駿亮出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人甲野を懲役六月に、被告人乙原、同丙山、同丁川、同戊岡をそれぞれ懲役三月に処する。

被告人五名に対し、この裁判確定の日から一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(本件所為に至る経過)

一、被告人らの地位等

吉原製油株式会社(本社大阪市北区所在)は食用油及び油粕の製造、販売を営業目的とする会社であって、本件当時、兵庫県西宮市今津真砂町一番一号所在の西宮工場には四六〇名が勤務していた。

当時、同社には、総評化学同盟吉原製油支部(組合員数二七五名、うち西宮工場における組合員数は二四二名、以下「旧労」という)と吉原製油新労働組合(組合員数二八五名、うち西宮工場における組合員数は一五五名、以下「新労」という)の二つの労働組合が存在していた。

被告人らは、いずれも右旧労に所属する組合員であって、被告人甲野一郎はその執行委員長、同乙原二郎は副執行委員長、同丙山三郎は書記長、同丁川四郎及び同戊岡五郎は職場委員の地位にあった。

二、本件争議の経過

1  旧労は、昭和四七年六月七日、夏期一時金について、基準内賃金の三・五か月分プラス一率三万円の支給と従来会社が行なってきた、ストライキ参加を理由とする一時金のカット、いわゆるスト欠控除の撤廃を要求し、新労は、同月九日、右一時金について、基本給の三・五か月分プラス一率二万円の支給を要求した。交渉は各組合と同時平行的に続けられ(旧労との交渉回数一〇数回)、同年七月二八日、会社は各組合に対し基準内賃金二・三八九一か月分、基本給に対しては二・五九一か月分を支給する。スト欠控除は従来どおり実施する旨の回答をなした。新労は右回答額を受けいれ、その結果翌八月五日同組合員に対し右回答額に基づく夏期一時金の支給が行なわれた。他方旧労は右回答をいずれも不満とし、又昭和四三年の年末一時金闘争について地方労働委員会から会社に新労との先行妥結は望ましくない、今後は同時妥結という方式をとれという旨の口頭勧告があり、それ以来行なわれることのなかった新労との先行妥結が今回再び実施されたという新たな事情も加わったため、会社に対する不信、反発を強め、その後も引き続きいわゆる三六協定を拒否したり、ストライキをうつなどしつつ交渉を続けたが、行き詰まり、同月二二日の団体交渉も決裂した。

2  同日、被告人丙山は、同社労務部次長児島清二に、翌二三日始業時から四八時間にわたり西宮工場のボイラー部門と旧労三役の指名ストを行なう旨の通告をした。旧労が右戦術を採用したのは、ボイラー部門が停止すれば同工場はほぼ全面的に操業できなくなり、会社に全面ストライキに匹敵する打撃を与え得る反面、旧労としては組合員の賃金カット分を補填するため闘争積立金から支出する金員が少なくて済み、その結果少ない損害で大きな効果をあげることができるとの考えからであった。

右スト通告を受けた児島は被告人丙山に対し、右ストライキをうたないよう申し入れたが、拒否された。従来、ストライキをうつ場合それに先立って労使間で締結するのを例としていた争議協定も本件ストライキにおいては締結されるに至らなかった。

3  本件当時、ボイラー部門の作業員は一〇名であって、一〇名が三人一組(うち一人が責任者である直長となる)で三班を構成し、それから八時間又は一二時間ずつ順次交替してボイラーを運転する体制がとられていた。一〇名中三名が新労の組合員、その余は旧労の組合員であるが、八月二三日は一直(午前七時から午後七時まで)に二人(川口、西田)、二直(午後七時から翌二四日午前七時まで)に一人(米原哲夫)の新労組合員がそれぞれ含まれていた。

4  従来、旧労のストライキ中に、新労組合員を使うなどして会社側が同工場の操業を行なおうと試みたことは殆んどなかったわけであるが、本件ストライキにおいてはこれと異なり、会社側は、同月二二日、あえてストライキ当日の二三日もボイラーを運転し、同工場の操業を行なうことを決め、その日のうちに前記川口、西田の両名に対し翌日出社するよう伝え、その了解を得た。

右両名は翌朝午前六時四〇分頃出社しようとしたところ、正門前には旧労組合員がピケットをはっており、両名とも入門することなく、一旦引き揚げた。その後会社側は両名に対し再度出社するよう指示し、これに従がい両名は午前七時二〇分頃再び出社しようとしたが、この時も正門前で旧労組合員多数によるピケットに会った。正門前に赴いた前記児島、労務課長名村栄、労務課主任出口勲が旧労側に両名を入門させるよう説得したが、旧労側の入門阻止の意思は固く、被告人丙山が「ボイラーを焚かなければ中へ入れる。焚くならば実力をもっても入門を阻止する。」などと言明し、被告人乙原が「お前がなんでこんな所におるんや。」などと言いつつ、出口の胸倉をつかんで通路端の海岸縁まで押して行くというような状況であった。児島はこれらの状況にかんがみ、川口、西田の入門は無理と判断し、その場で両名を帰宅させる措置をとった。

5  かくて会社は同月二三日午前七時から午後七時までのボイラーの運転及び工場の操業を行ない得なかったわけであるが、会社側は、同日午後四時頃、工場長宮川高明以下の管理職会議を開いて協議し、同日午後七時からのボイラー運転について、前記米原及びボイラー作業員ではないが、ボイラー運転の資格を有する工務部次長馬場助次の両名でボイラーを焚く、その際ボイラー室(以下ボイラー操作室及び汽罐室を合わせて便宜「ボイラー室」という)の警備につく、という旨決定した。会社側は右方針に基づき米原に対し連絡をとったが、出社時刻については旧労組合員のピケットに会わぬようにするため、通常の時刻より早い時刻である午後五時半頃に出社するよう指示を行なった。

右指示に従がい、米原は午後五時過ぎ頃に出社し、旧労組合員による正門前のピケットに会うことなく入構し、ボイラー操作室(以下「操作室」という)に入って、前記馬場とともにボイラーを運転させるための準備に取り掛った。会社側は旧労組合員をボイラー室に入れさせないため、操作室北西側出入口に施錠し、同時に汽罐室西側出入口を閉鎖し、戸をビニール製ひもで固定したうえ、右汽罐室西側出入口内側及び同南側出入口付近に管理職員一四名及び労務課職員二名を配置し、警備に当らせた。

その後旧労側は右米原が既に前記時刻に入構していることを知り、同日午後七時頃被告人丙山、同丁川が操作室付近に駈付け、そこで初めて事の次第を知るに至った。被告人丁川は同丙山の指示により直ちに旧労事務所に舞い戻り、被告人甲野、同乙原に事態を知らせるとともに自らはペンチを携帯して汽罐室西側出入口付近に引き返した。被告人丙山、同丁川の両名は、右ペンチで前記ビニール製のひもを切断したうえ、汽罐室西側出入口のくぐり戸を押したり、叩いたりしてこれをはずし、直ちに同室内に入り、これを経て操作室内に至った。その後被告人甲野を初め、旧労幹部、組合員らが次々とボイラー室に駈付けて来た。

(罪となるべき事実)

被告人丁川、同丙山は前記時刻頃、汽罐室西側出入口から操作室内に入るや、米原のボイラー運転業務を妨害しようと企て、被告人丁川において米原に対し手で机の上を数回激しく叩きながら両名こもごも「スト中やということわからんのか。」などと怒号し、その間に被告人甲野、同乙原が同所に到着し、ここに被告人丁川、同丙山、同甲野、同乙原の間に威力を用いて米原の右業務を妨害する旨の意思が相通じ、被告人乙原において米原に対し所携のペンチで机の上を数回激しく叩きながら怒号し、被告人甲野において、米原の頸部を一回殴り、馬場の胸を手で一回突き、児島の胸倉をつかんで「なんでこんなことをする。何もわからんくせに。」などと言いながら組合員数名とともに同人を操作室から汽罐室西側出入口まで引きずり、ここに同被告人らの間に米原、馬場及び両名によるボイラー運転業務に対する旧労組合員の妨害に備えて、ボイラー室の警備にあたっていた児島らの管理職員等に対し共同して暴行を加える旨の意思が相通じ、この頃被告人戊岡が汽罐室に到着し、同被告人と被告人甲野以下四名の被告人らとの間にも前記各意思が相通じるに至り、その後知らせを受けて同所に駈付けた宮川が組合員に同所からの退去を要求したところ、被告人乙原において同人に対し「やらしたんお前か。帰れ、帰れ。」などと言いながら右手で同人の左胸部を二回突き、さらに両手で両肩を突くなどし、被告人甲野において、名村の左耳の下付近及び後頭部を平手あるいは手拳で殴り、馬場の胸倉をつかんで左右に振り、出口に対し「お前まで入って。」などと言いながら平手で同人の左耳の下付近を殴り、再び児島に対し「お前こんな事をしてどうするつもりや。」などと言いながら両手で同人の胸部を四、五回激しく突き、被告人乙原、同丁川において児島の胸倉をつかみ三、四回前後に揺振り、被告人乙原において同じく出口の胸倉をつかんで揺振り、被告人丁川において両手拳で出口の胸部を突き、宮川が組合員に二回目の退去命令を発したところ、被告人甲野において同人に対し「お前こそ帰れ、帰れ。お前が来たらかえってややこしい。」などと言いながら右手で同人の左肩口を突き、右手で襟頸をつかんで揺振り、汽罐室西側出入口まで引きずり、背中を二回突いて外へ突出し、さらに両手で受渡部長安田秋二の右肩を一、二回押し、宮川がかかる状況から見てボイラーを運転することは無理であると判断し、組合側、会社側全員に退去を命じるや、被告人甲野において、同人に対し「ここは俺しか治められん。お前は帰れ、帰れ。」などと言いながら同人の右肩、左脇腹を突くなどし、米原に対し「お前帰らんかい。」などと言いながら同人の頸部をつかんで汽罐室へ押出し、被告人戊岡において所携のポリバケツに深さ二、三センチメートル位入った水糊を米原の胸部付近に浴せかけるなどの各暴行を加え、もって数人共同して米原ほか六名に対し暴行を加え、共謀のうえ威力を用いて米原のボイラー運転業務を妨害し、その際同人に対する前記一連の暴行により同人に対し約一週間の治療を要する頭・頸部、左拇指球部、左臀部各挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)…略

(当裁判所の判断)

一、前掲関係各証拠(とりわけ本件被害者らの公判廷における供述)によれば、被告人らが「罪となるべき事実」欄記載の所為に及んだこと及び米原が同欄記載のとおり障害を負ったことは明らかである。

弁護人は被告人らが米原に対し、手やペンチで机の上を叩いて怒号したとしても威力業務妨害罪における「威力」にあたらない旨主張するけれども、右は米原が坐っている机を、同人の面前で、手やペンチで叩いて怒号した、というものであって、その程度、回数をも合わせ考慮すれば、右行為は、少なくとも人の自由意思を制圧するに足りる勢力を行使したものと評すべきであり、弁護人の主張は採用できない。

二、被告人らの本件各犯行の共謀の成否及びその成立時期について検討する。前掲関係各証拠によれば、被告人らはいずれも旧労の幹部級の組合員であること、会社側は旧労のボイラー部門のストライキ中にあえて当該ボイラーを運転しようとしたものであること、被告人丙山、同丁川はボイラー室に米原、馬場及び会社管理職員等がいることを目撃して事の次第を知り、被告人丙山の指示により被告人丁川が旧労事務所にいる被告人甲野、同乙原らの組合幹部に事態を報告し、その後直ちに被告人丙山、同丁川において汽罐室西側出入口くぐり戸を押したり、叩いたりして戸をはずし、米原らのいる操作室に直行したこと、以上の事実がまず認められる。

そこで、その後の展開を時間的順序に従って認定すると、(1)被告人丙山、同丁川は同所において、椅子に掛けている米原のそばに立ち、被告人丁川において米原の前の机を手で数回激しく叩きながらこもごも「スト中やということわからんのか。」などと怒鳴った、(2)そうしている時に被告人甲野、同乙原が同所に到着し、被告人乙原において米原の前の机をペンチで数回激しく叩き、右両被告人において米原や馬場に対し、こもごも「スト破りやないか。」「こんなこわっぱに何が焚けるんだ。」「焚けと命令したのは誰だ。」などと怒鳴りつけ、被告人甲野において米原の頸部を一回殴打し、さらに馬場の胸を手で突いた、(3)これを児島が制しようとしたところ、被告人甲野は「なんでこんなことをする。何もわからんくせに。」などと言いながら同人の胸倉をつかみ、数名の組合員とともに同人を操作室から汽罐室西側出入口まで引きずった、そのため児島の着衣が破れてしまった、(4)この頃ボイラー室内の組合員の数は一〇数名になり、組合員と管理職員等が入り乱れ、組合員の発する怒号で場内は騒然となった、(5)この頃、馬場からの知らせで宮川がボイラー室に来て、右混乱状態を鎮めるため大声で組合員にボイラー室からの退去を要求したところ(第一回退去命令)、被告人乙原が「やらしたんお前か。帰れ、帰れ。」などと言いながら右手で同人の左胸部を二回突き、さらに両手で両肩を突き、手をつかんで被告人丙山を含む数名の組合員とともにボイラー室外へ連れ出そうとした、(6)この頃被告人甲野、同乙原、同丁川は右のほか次の各行為を行なった。即ち、被告人甲野は名村の左耳の下付近及び後頭部を平手あるいは手拳で殴り、馬場の胸倉をつかんで左右に振り、出口に対し「お前まで入って。」などと言いながら平手で同人の左耳の下付近を殴り、再び児島に対し「お前こんな事をしてどうするつもりや。」などと言いながら両手で同人の胸部を四、五回激しく突き、被告人乙原、同丁川は児島の胸倉をつかみ三、四回前後にゆさ振り、被告人乙原は出口に対しても右と同様の暴行を加え、被告人丁川は両手拳で出口の胸部を突いた。この間児島は二回にわたり組合員数名により汽罐室西側出入口から外に押出された、(7)このような混乱状態の中で宮川は組合員に対し大声で二回目の退去命令を発したところ、被告人甲野が「お前こそ帰れ、帰れ。お前が来たらかえってややこしい。」などと言いながら右手で同人の左肩口を突き、右手で襟頸をつかんで揺振り、汽罐室西側出入口まで引きずり、背中を二回突いて同出入口から外へ突き出し、さらに両手で安田の右肩を一、二回押すなどした、(8)宮川はかかる状況下でボイラーを運転することは不可能と判断し、運転をとりやめることにし、その旨馬場に指示するとともに大声で組合員及び管理職員全員に対し退去命令を発した(第三回退去命令)、(9)その後被告人甲野は宮川に対し「ここは俺しか治められん、お前は帰れ、帰れ。」などと言いながら同人の右肩、左脇腹を突き、腕をとって汽罐室西側出入口まで連れて行き、さらに米原に対し「お前帰らんかい。」などと言いながら同人の頸部をつかんで汽罐室へ押出した。米原は同所で組合員に臀部を一回足蹴りにされたうえ、被告人戊岡にバケツに入った糊を浴せられた、以上のとおりである。

そうすると、被告人戊岡を除くその余の四名の被告人に関しては、第一に米原の業務に対する威力業務妨害の点については、遅くとも被告人甲野、同乙原が操作室に到着した時点で相互に、右犯行を実行する旨の意思の連絡ができたことは明らかであり、第二に米原を含む七名の管理職員等に対する共同暴行の点についても、遅くとも、旧労の幹部である被告人甲野、同乙原が積極的に暴行若しくはこれに近い行為を行なった(前記(2))後、被告人甲野が児島の胸倉をつかみ、同人を操作室から外へ引きずり出そうとし、数名の組合員がこれに手を貸すに至った前記(3)の時点で同被告人らの間でも相互に、右犯行を実行する旨の意思の連絡ができたと考えるのが相当である。

被告人戊岡に関しても、同被告人が汽罐室に入ったところ同室内は組合員と管理職員等が入り乱れ、組合員の発する怒号で騒然としていたというのであり、かかる状況の中で自らも操作室内のパネル盤、机、窓ガラス等数か所に「御用組合解体」などと書かれたビラを糊で貼って回わり、最後には米原に対し残った糊を浴せる行為に及んでいること等に徴すれば同被告人が汽罐室に到着した直後、同被告人と他の被告人四名との間で本件各犯行を実行する旨の意思の連絡ができたと考えられる。そこで同被告人が汽罐室に入った時点を検討するに、同被告人は宮川が汽罐室に入ったより以前に、既に汽罐室へ駆け込んでいると認められるから、遅くとも前記(5)の時点においては同被告人は汽罐室に入っていたものと考えてよい。

三、被告人五名の所為が威力業務妨害罪(共同正犯)にあたることは明らかである。

そこで同被告人らの行為と暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪あるいは傷害罪との関係について検討する。

同法一条における「数人共同シテ」というのは二人以上の者が同条所定の犯罪の実行を共謀し、この共謀者中二人以上の者が現実に実行行為を行なうことを要し、且つそれで足りるものと解するのが相当である。そして共謀者中実行行為を分担しなかった者は刑法六〇条の適用を受け、本条の罪の共同共犯となるとともに他方右実行行為は、被害者一人に対し二人以上の者が現実に行なうまでの必要はなく、共犯者の一人が被害者の一人に実行行為をし、他の共犯者が同一機会に他の被害者に対し同様の実行行為を行なうというように、実行行為が被害者毎に各別に分担して行なわれた場合であっても、一方の被害者に対する実行行為は他方の被害者に対しても十分な脅威となり得るから、「数人共同シテ」の要件にあたるというべきである。

そうだとすれば、本件被害者らのうち、被告人らのうち一人のみに暴行を受けたにすぎない者、即ち馬場、名村、安田の三名についても他の被告人から暴行を受けた被害者が他にいる以上、本条の罪(共同暴行)が成立するといわなければならない。もっとも、米原に対する本条の罪(共同暴行)は同人に対する傷害罪(共同正犯)に吸収されるから、これが独立して成立するものではない。

四、弁護人は、争議権の性質・内容、争議中の操業は権利とみるべきでないこと、仮に操業権なる権利があるとしても本件操業は権利の濫用であること、会社には操業を強行するだけの経済的実益はなかったこと、本件操業は通常と著しく異なった体制で行なわれたこと、右は旧労のストライキを潰すことを目的としたものであること、米原、馬場の業務の性質・内容、被害の軽微性、本件後の労使関係、等を理由として被告人らの行為は何らの罪を構成せず、正当な争議行為の範囲内であるし、本件操業は権利濫用であるから被告人らに適法行為の期待可能性もなかった、という旨主張する。

しかしながら、争議権が労働基本権の一つとして憲法上保障された権利であること、本件のように使用者と組合の争議中に発生した刑事事件においてその刑責を判断する際も、その趣旨は十分尊重されなければならないことは当然であるが、他方、右争議権といえども個人の生命、身体、財産に関する権利に無条件で優越するものとは考えられず(労働組合法一条二項但書)、労働組合の行動が右のような個人的権利に対し、一定の侵害あるいは脅威を及ぼす場合には、その行動が違法とされてもやむを得ないところである。

本件について見るに、本件は、旧労のボイラーストライキの当日、ボイラー作業員、作業用員及びこれの警備にあたる管理職員等が、ボイラーを運転し、工場の操業を可能ならしめんとして、しかも旧労のピケットに会うこともなく、そのままボイラー室に入りボイラー運転の準備に既に取掛かったところへ、事の次第を知った被告人らが駈付け、他の組合員とともに専ら右作業員らを排除せんとして、殊んど説得らしい説得もせずに同人らに暴行を加え、あるいは威力を行使したものであって、加えた暴行、威力の程度、態様にも徴すれば、本件ボイラーストライキの正当性、従来の労使関係、とりわけ従来会社が旧労のストライキ中に操業を強行した例が殆んどなかったこと、にもかかわらず本件ストライキにおいては会社はあえて操業を強行しようとしたこと、本件操業の特殊な体制、本件後の労使関係等諸般の事情を考慮にいれても、被告人らの行為はいずれも「暴行」あるいは「威力」にあたることが明らかであるのみならず、組合の正当な争議行為の範囲を逸脱したものというべきであるし、被告人らに適法行為を期待し得ない程差迫った状況があったとは認められないから、期待可能性がなかったということもできず、弁護人の前記主張は採用できない。

(法令の適用)

判示所為中被告人五名が共謀のうえ威力を用いて米原の業務を妨害した点はいずれも刑法六〇条、二三四条に、同じく同被告人らが共謀のうえ同人に暴行を加えて傷害を負わせた点はいずれも同法六〇条、二〇四条に、被告人五名が共同して馬場、児島、宮川、名村、出口、安田の六名に暴行を加えた点はいずれも暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二〇八条)、(被告人丙山についてはさらに刑法六〇条)に、それぞれ該当するが、右威力業務妨害罪と傷害罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い傷害罪の刑で処断することとし、被告人五名に対し、傷害罪及び暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の罪のいずれについても、それぞれ所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人五名に対しそれぞれ同法四七条本文、一〇条により重い傷害罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人甲野を懲役六月に、被告人乙原、同丙山、同丁川、同戊岡をそれぞれ懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用して被告人五名に対し、この裁判の確定した日から一年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人五名に対しいずれも負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋通延 裁判官 寺田幸雄 裁判官 若宮利信)

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