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神戸地方裁判所 昭和43年(行ク)3号 決定 1968年10月18日

申立人 李在出

被申立人 神戸入国管理事務所主任審査官

主文

被申立人が、申立人に対し発布した昭和四三年八月二三日付退去強制令書に基づく執行は本案判決の確定に至るまで停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

第一、申立人の申立及びその理由と被申立人の意見

申立人代理人らは、主文第一項同旨の裁判を求め、その理由として、

一、被申立人は、申立人に対し昭和四三年八月二三日付で退去強制令書(以下令書という)を発した。

二、右令書は、次の理由により違法であり、取消さるべき瑕疵がある。

(一)イ、申立人は、昭和七年一月三日姫路市で生れ、同市で育ち、現にここに居住していたところ、昭和三四年一〇月頃神戸地方裁判所姫路支部において賍物故買の罪により懲役刑等の言渡しを受けて服役した後、同三八年二月七日頃出所したので、以後は出入国管理令(以下令という)にいう特別在留として当初は六箇月を在留期間と定められたが、その後六箇月宛の更新を繰返し、同四〇年からは期間は一年となり、更に昭和四一年一〇月二六日頃の期間満了に際して、再び一箇年の在留期間に更新された。

ロ、ところが、同四二年一〇月二六日の右更新期間満了に当つて、申立人は、これを失念していたため期限を徒過し、同年一一月一五日に至つて神戸入国管理事務所に出頭したが、在留期間の更新を許されなかつた。

ハ、そして同所の入国管理審査官は、昭和四三年六月一八日申立人が令第二四条第四号ロに該当するものと認定し、特別審査官も申立人の請求による口頭審査の上同旨の認定を下し、更に申立人の異議申出に対し、法務大臣は、同年八月六日付をもつて異議に理由がないとの裁決を行つた。こうして被申立人は、本件令書を発するに至つたのであるが、

(二)  本件令書は令第二四条を適用しているところ、そもそも申立人は、昭和二七年法律第一二六号第二条第六項に該当するものであるから、その歴史的特殊性に鑑みて一般の外国人とは区別されるべきものであり、令の適用はないものと解すのが相当でこの点で本件令書は違法である。

(三)  仮に令の適用があるとしても、申立人は、昭和四二年一〇月の在留期間満了の際の更新手続申請を錯誤によつて遅延したのに過ぎず、こういつた些細な手続的不備を理由として、外国人にも当然保障される平和のうちに生存居住する権利を侵すことになる法務大臣の前記異議理由なしとの裁決は著しく不公正かつ妥当性を欠く処分であり、これに基づく被申立人の本件退去強制命令は取消さるべきものである。

三、本件令書の執行を停止しない時は、申立人は、回復し難い損害を蒙る。即ち、

(一)  申立人は妻子五人を扶養し、また申立人の両親が姫路市内に居住しているが、主として申立人がその生活費を負担し、申立人が皮類の製造業を営んで得る月収約二〇万円をもつて右妻子、両親の生計に宛てているが、本件令書の執行を受けることは、右妻子、両親との永遠の離別を意味し、その悲惨さは到底直視し難いものと謂わざるを得ないし、人道上、確立された国際慣行上極めて不当な結果を招来する。

(二)  また申立人を右営業の事業場から失うことは(収容を継続されることによつても)同事業場の閉鎖を余儀なくさせるものである。

(三)  申立人は、生れてこのかた朝鮮の土を踏んだこともなく、朝鮮語も殆んど知らないから、強制送還された場合、頼るべき知己を持たず、然も失策と飢餓の満ちている朝鮮の現状からは、申立人の生命の保障さえも得難い。

四、よつて、申立人は前記の理由をもつて被申立人及び申立外法務大臣を被告として、右退去命令の取消及び昭和四三年八月六日付の法務大臣の裁決の取消を求める訴を提起しているが、この本案の確定までに申立人の蒙る損害を避けるため、緊急の必要があるので本件令書の執行の停止を求める。

と述べた。

被申立人代理人は、申立人の申立に対する意見として、第一次的に「申立人の本件申立を却下する。」との裁判を、第二次的に「本件令書に基づく執行は送還の部分に限りこれを停止し、その余の部分を却下する。」との裁判を、求め、その理由として、

一、申立人は、昭和二三年以来数回にわたつて犯罪を犯し、いずれも当時刑に処せられた前歴を有しているほか、昭和三五年三月三一日神戸地裁姫路支部で窃盗賍物故買牙保罪により懲役二年六月等に処せられ、この刑確定によつて令第二四条第四号リ及びロに基づく退去強制手続をとられるべきところ、法務大臣の在留特別許可によつて在留を認められていたもので、その在留期間はその後の期間更新により昭和四二年一〇月二六日まで適法に存続したが、右期間の満了に当り更新の手続がとられなかつたので、当然令第二四条第四号ロの在留期間を起えて本邦に在留するものとなつたものである。

そこで神戸入国管理事務所入国審査官は事実取調の上、昭和四三年四月一九日申立人を令第二四条第四号ロに該当すると認定したところ、申立人において口頭審理の請求をし、さらに同事務所特別審理官の右認定に誤りないとの判定に対し異議の申立をしたので、法務大臣は同年八月六日右異議の申立を理由がないと裁決し、その結果申立人は本件令書を発布するに至つたものである。

二、申立人は、令は昭和二七年法律第一二六号第二条第六項に当る申立人には適用がないと謂うが、右法律第一二六号は入国管理令の一部改正に伴う経過規定であつて、同法第二条第六項は令第二二条の二の特別規定として統一的に理解さるべきであるから、申立人のこの点についての主張は失当である。

三、そして申立人が前記のように特別在留期間を徒過している以上、申立人を令第二四条第四号ロに当るとした、前記入団審査官、特別審査官、法務大臣の各認定は正当であり、法務大臣は異議の申出について諸般の事情を考慮の上特に在留を許容すべき場合は恩恵として自由裁量によつて特別の在留許可を与えることができるが、国よりこの特別許可を与えなかつたとしても違法の問題は起る筈はなく、また本件の場合異議申立を理由がないとした裁決に著しい不公正、妥当の欠除、は存しない。

四、申立人は、人権に関する世界宣言等を立論の根拠とするようであるが、これらは未だ法的拘束力を国内法に及ぼすものでなく、憲法第二二条も外国人が日本に入国する自由を含むと解せられないし、外国人の出入国の公正管理は公共の福祉に照し当然是認さるべき処置であり、手続上の瑕疵により退去を強制される不利益と強制退去の執行を停止することによつて発生する公共の不利益とを比較すれば、前記法務大臣の裁決は自由裁量の範囲を逸脱するものではないというべく、手続上の瑕疵と申立人の生活居住権との比較の上に事を論じるべきではない。

五、然も本件令書の執行によつて申立人に回復不能の損害を与えるものではなく、執行停止の緊急の必要性を欠いている。申立人の妻は姫路市に三筆の土地及び建物を所有し、自ら金融業を営んでいたこともあつて、生活能力は充分である。また申立人の兄二人が近隣で料理店、金融業を営んでいるから、申立人に対する退去を強制しても、妻子両親らに対する扶養上の不安はない。然も妻子、両親に及ぼす損害はそれが申立人自身の損害とは別であるら、行政訴訟法第二五条に予定する損害には当らないと解すべきである。また申立人経営の事業は何ら影響なく継続されるものと考えられるが、仮に何らかの影響があるとしても、その事業場は昭和四三年六月に営業を始めたもので、申立人の在留期限である昭和四二年一〇月二六日の後に始められているから、今日の事態は当然予期されていたものと謂うべきである。また申立人の義父母、実妹の婿が本国にいるから、送還されても生命身体に差し迫つた重大な危険はない。

六、以上の点から申立人の本件執行停止の申立は、その本案とするところに理由がなく、また執行停止の必要性も欠くから、却下さるべきであり、仮に本国送還によつて発生する事態を防ぐ必要性が認められるとしても、本件令書に含まれる執行が収容と送還の二つに区分され得るものであるから、この収容部分まで執行を停止する必要性を欠くと謂うべきであり、右令書の送還部分に限り執行を停止し、その余についての申立を却下すべきである。

と申述した。

第二、当裁判所の判断

申立人は、神戸入国管理事務所入国審査官より令第二四条第四号ロに該当するとの認定を受けたので、口頭審理の請求をし、さらに同事務所特別審査官の右請求に対する認定に誤りがないとの判定に対し、異議の申立をしたところ、昭和四三年八月六日法務大臣によつて右異議は理由がないとの裁決がなされ、その結果同年八月二三日被申立人から本件令書が発布されたことは当事者間に争がなく、一件記録によると、申立人は昭和四三年一〇月二日本件令書発布処分を違法とした法務大臣の裁決の取消と併せて被申立人を相手方として、右処分の取消を求める本案訴訟(神戸地方裁判所昭和四三年(行ウ)第三〇号事件)を提起したことは明らかである。

よつて申立人に本件令書に基づく執行の停止を求める理由があるかどうかにつき按ずるに、本件各疎明資料によれば、申立人は、昭和七年に姫路市に生まれてここで生育し、近時は同市内において皮製手袋の製造業を営み、妻、子供四人と同市柿山伏に居住しているが、申立人の親、兄弟もすべて附近に居住していて、申立人の生活全体が日本の国内にあり、国外に退去することを強制されることは、妻子は勿論のこと、親族、財産の殆んどすべてを一挙に失うことにならざるを得ないこと、また未だ朝鮮を訪れたこともなく、朝鮮語も充分に解しない申立人が一人朝鮮に送還されることは申立人の生存自体の上にも当然極めて大きい脅威として迫るに足るものであること、が認められ、そうすると右のような事態の発生は申立人にとつて、何物にも増して非惨な結果と謂わざるを得ず、これによつて生じる損害が極めて大きくかつ回復不能であることは明らかである。こうした重大な結果の発生を招く以上、申立人の提起している本案の理由のないことが極めて明白であつて疑問のない場合は別として、本件の場合、提出の各疎明資料及び申立人の審尋結果によつても申立人の生活環境が前示のとおりで、日本人の場合と大差がないことの外、申立人の特別在留期間の満了日に遅れること僅か約二〇日経過した昭和四三年一一月中旬頃、申立人自らが神戸の入国管理事務所を訪れて、失念していて更新手続が遅延したことを申し述べたが、右事務所側が更新に応じなかつたこと、申立人は過去に犯罪歴はあるが昭和三八年以降は犯罪その他の退去を正当づける事由があつた訳でなく、数回にわたつて在留期間の更新が繰返され、然もそのうちには期限に遅れて手続がなされたこともあり、今回に限り特に期間の更新を拒絶すべき一見明白な実質的理由は見当らないこと、が疎明されており、そうすると前記昭和四二年一一月の入国管理事務所の更新拒絶の妥当性にも疑問があり、本件の法務大臣が異議の申出に際して更に特別の在留許可を与えなかつたことについては、その結果の人道的重大性に対比して考察した場合、更にその余の同種事例についての慣例、取扱い等に照らして慎重に判断をすべきであつて、直ちに右法務大臣の裁決が明らかに裁量権の範囲を逸脱していないと断定し難く、若し右裁決が著しく不当であつて裁量権の限界を超えていると認むべき場合は、右裁決に従つた被申立人の本件令書は当然違法として取消を免がれない関係にあるから、その余の点を判断するまでもなく、本件令書による執行は本案判決に至るまで停止すべきものである。被申立人は、送還部分についてのみ執行を停止すれば、申立人の蒙る損害を避け得るとして、第二次的に令書中の収容部分についての停止の申立の却下を求めるが、特に収容のみ続けるべき特段の理由があれば格別、その理由の認められない本件にあつては、前示のとおり、国外送還の執行を停止すべしとの判断に立つ以上、送還の前提として予定されている収容(それが申立人の人身の自由にとつて極めて重大な侵害に当ることは論ずるまでもない)のみ執行を継続することは到底許容し難い。よつて申立人の本件申立を認容することとし、申立費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 中島孝信 田畑豊 松島和成)

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