大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和42年(ワ)931号 判決 1971年11月15日

原告 赤野博亮

右訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄

同 藤原精吾

同 川西譲

同 野沢涓

藤原精吾訴訟復代理人弁護士 前田貞夫

被告 兵庫県

右代表者知事 坂井時忠

右訴訟代理人弁護士 林三夫

主文

被告は原告に対し金三一三、四一五円および内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年六月一九日以降、内金一三、四一五円に対する同年九月九日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は原告が金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

「被告は原告に対し金五一三、四一五円およびこれに対する昭和四二年六月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は全国生活と健康を守る会兵庫県連会長であるが、昭和四二年六月一七日(以下、一七日という)長田民生安定所において、生活と健康を守る会会員一〇数名とともに長田区民某の生活保護打切り問題について同所長および職員と団体交渉を行った際、原告および高階守(以下、高階という)の両名が公務執行妨害の容疑で逮捕され長田警察署(以下、長田署という)に引致された。

二  そして、一七日午後六時ごろ同署内鑑識係室において、同署の上田具視主任の指揮により数名の警察官が身長測定を強行しようとしたので、原告がこれを拒否したところ、警察官らは身長測定器を原告の左足の上に乗せて揉み上げ、よって原告に対し左第1趾挫傷の傷害を負わせた。

三  原告は同年三月に喀血したことのある比較的重症の結核患者であったので、同署留置場内の保護室に収容されたが、翌一八日午前七時半ごろ、留置場勤務の警察官(以下、Aという)が起きろといいながら室の錠をあけ室内に入ってきて原告の使用していた毛布を引きめくりだし、原告が病気だからもう少し寝させろというと、更に制服二名(以下、B、Cという)私服二名(以下、D、Eという)の警察官が室内に乱入し、共同してA、B、C、Dが原告の両手両足を取り、Eが原告の正面からその右脇腹に空手様の足蹴りを一回行い、よって原告に対し全治二ヵ月以上を要する右季肋部打撲傷の傷害を負わせた。

なお、右五名の警察官の各特徴は次のとおりである。

(1) Aは当日留置場勤務の最年長者、年令約五〇才位、丸顔、ずんぐり型、制服着用。

(2) Bは当日留置場勤務、制服着用。

(3) Cは当日の当直責任者、制服着用。

(4) Dは私服。

(5) Eは私服、年令二五才前後、五分刈り、身長一メートル六〇センチ位。

四  原告は右暴行により次の損害を蒙った。

(1) 治療費 金一三、四一五円

原告は右暴行による傷害を治療するため、神戸医療生活協同組合番町診療所に通院して治療費として債務を負担した。

(2) 慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

原告は比較的重症の結核患者であって、右季肋部打撲の傷害によって結核の病巣に有形無形の悪影響を受けた外莫大な精神的損害を受けたものであり、これを償うには金五〇〇、〇〇〇円の賠償金が相当である。

以上合計金五一三、四一五円

五  よって、被告は原告に対し、国家賠償法第一条に基づき不法行為による前記各損害金合計五一三、四一五円およびこれに対する損害発生後である昭和四二年六月一九日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

一  請求の原因一の事実は認める。

同二の事実は否認する。

同三の事実のうち、長田署の警察官が原告を同署留置場内の保護室に収容したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同四の事実は争う。

二  長田署の警察官が同署鑑識係室および留置場で原告に暴行を加えた事実はなく、その実情は次のとおりである。

(1) 一七日の午後五時頃鑑識係室において巡査部長上田具視は原告に対し「先ず身長を測るから履物を脱いで身長測定器に上るように」といったところ、原告は「そんなこと知るかい、馬鹿野郎」と怒号して頑強にこれを拒否したので、やむを得ず、巡査榎広・同坪田洋一・同小泉秀和・同鈴木英則・同北井昭・同鈴木一夫が協力して原告の下駄を脱がせ、原告の身体を支えるようにして身長測定器に乗せようとしたが、原告が身体を折り曲げ、あくまで右測定器に上ることを拒否したので、結局目測で測定したに止まった。そして、坪田・小泉・北井の三巡査が原告の身体を支えて写真撮影用椅子に腰を掛けさせようとしたところ、原告は右三巡査の手を振りほどき両足をもってあたり構わず蹴り出し、右椅子の前にある鉄製被疑者写真撮影番号表示板を蹴りつけたため、右表示板に差込んである金属製番号札数枚が飛散し、表示板取付けのパイプが曲ってしまい、坪田、小泉の両巡査が制止しているうちに榎巡査が不十分なままで原告を撮影したが、原告が両手指を固く握りしめ、「絶体にとらさんぞ」と怒号して、なおも暴れる気勢を示したので、指紋採取を取り止めた。

(2) 翌一八日午前七時頃留置場勤務の巡査山田辰巳が留置人に対し「起床」の声をかけたところ、他の留置人は一斉に起床して毛布をたたみ房内の清掃を始めたが、原告(保護室)および高階(第一房)の両名のみは寝転んだままであったので、巡査田実国隆が高階の毛布を回収したところ、高階は大声で「房内の皆さん、私達は不当に逮捕されたので私達は無実です。皆さんも留置されることはありません。官憲の弾圧反対。警察は横暴だ」と呶鳴り出し、原告はその声に呼応して起き上り保護室の入口に突っ立ち「そうだ、そうだ、税金泥棒、犬め」と大声で怒号した。山田巡査は保護室の扉を開き、先ず、田実巡査が室内に入り寝転んでいる原告の頭部左側の辺に立って、「起きてくれ」といいながら、原告の肩に手を触れた途端、原告は「うるさい」と呶鳴って、いきなり右手で田実巡査の顔面を殴りかかって来たので、同巡査は辛うじてその攻撃を避けたが原告は更に仰向けに寝転んだまま田実巡査の胸倉を掴み、同巡査を引き倒そうとしたので、同巡査は辛うじてその腕を引き離して壁際に下がり、その際に山田、北井の両巡査が室内に入り毛布を回収しようとしたところ、原告は更に両足を動かして山田巡査の顔面部を蹴ろうとしたので、これを避けながら漸く毛布一枚を残して右三巡査は室外に出たものであるが、その際、原告から「病気だからもう少し寝かせろ」という要請はなかった。

三  なお、一七日長田民生安定所において巡査新原信幸は「公務執行妨害の現行犯人として逮捕する」旨を申し向けて原告の左腕を握ったところ、原告は矢庭に床上に仰向けに寝転び、両手両足をばたつかせて暴れ出し、偶々足許にあった衝立の床との隙間に両足を突込んだので、新原、東美告、清水保徳の三巡査が原告を同民生安定所の入口まで運んで立たせ、階下に連行しようとしたが原告は巡査らの手を振りほどこうとして懸命にもがき、また両足を突張る等して激しく抵抗し、漸く階下に連行して長田区役所前のパトロール・カーに乗車させるため、後部座席の左側ドアを開いたところ、原告は再び足でドアを蹴り、車台に足を掛けて突張る等激しい抵抗に出たので、付近にいた二、三名の巡査の応援を求めて漸く原告を乗車させることができたものであって、原告は右抵抗行為の際に、衝立や車台に身体・四肢を接触させる等して自らその傷害を招来したものである。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が全国生活と健康を守る会兵庫県連会長であって、一七日長田民生安定所において、生活と健康を守る会会員一〇数名とともに長田区民某の生活保護打切り問題について同所長および職員と団体交渉を行った際、原告および高階守の両名が公務執行妨害の容疑で逮捕され長田警察署に引致されたことならびに原告が同署留置場内の保護室に収容されたことは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によると次の事実が認められる。

(1)  原告は一七日午後二時ごろから長田署二階の取調室で取調を受けたうえ、原告の求めにより、その夕方木村医師の診察を受けたが、その結果、原告が重い結核患者ではあるが二、三日の留置に耐えられることが判明したので、同署警察官三名が身長測定等を行なうため原告を階下の鑑識係室に連行しようとしたところ、原告は「離せ、離せ、犬はさわるな、馬鹿野郎」等と大きな声を出し、拳を握り両肱を張って素直に応じなかったので、右警察官らは原告の両腕をかかえる等して漸く鑑識係室に連行し、そこで、巡査部長上田具視が原告に対し「これは規則で取らないかん、下駄を脱いで身長測定器(以下測定器という)の上に上るように」といったところ、原告は「なんでそんな所に上るんか、警察が勝手に作った法律なんか知るか、離せ、離せ、馬鹿野郎」等と怒号しながら、測定器のある方に動こうとせず、その場に両足を開いて仁王立ちになったり、しゃがみこむ等して抵抗を続けたので、その場にいた数名の警察官(巡査坪田、同小泉・同榎・同鈴木一夫のうち)が原告の両腕を押え、巡査鈴木英則が原告の前まで運んだ測定器を巡査北井昭が持ち上げて、原告の左足の上にごりごりと体重をかけて揉み下し、原告が「痛い、足が折れる」と悲鳴をあげるまで離さなかったため、原告は治療に約六日を要する左第1趾挫傷の傷害を負った。

(2)  翌一八日午前七時ごろ同署留置場看守勤務の巡査山田辰己が留置人に対し「起床」と号令をかけたところ、他の留置人は一斉に起床して毛布をたたみ房内の清掃および洗面を終えたが、原告(保護室)及び高階(第一房)の両名のみは寝転んだままであったので、巡査田実国隆が先ず高階の毛布を回収したところ、高階は「房内の皆さん、私達は不当に逮捕されたので、私達は無実です、皆さんも留置される必要はありません、官憲の弾圧反対、警察は横暴だ」と大声で喚き、原告はその声を聞いて急に起き上り保護室の入口に立って「そうだ、そうだ、税金泥棒、犬め」と大声で叫んだ。間もなく、山田巡査が保護室の扉を開き、田実巡査は、頭を奥の方に向け毛布の上に大の字になって仰向けに寝転んでいる原告に対し「起きろ、毛布を回収する」といって室内に入ったところ、原告が「何んで起きんならんのや、病気だから毛布はこのまま貸してくれ」等といって寝たまま指示に従わなかったので、原告の左肩付近に立ち、左肩の辺に手をかけて引きずり起こすような体勢をとった際、原告が右手で同巡査に殴りかかるようにして振り払い毛布を取られまいとして抵抗し、同巡査が原告の首に手をかけ柔道の裸締めのような形で半ば吊り上げるような体勢をとり、更に互いに罵り合いとなったところ、山田・北井両巡査の外、付近にいた警察官某(ポロシャツ着用者)が室内に入り込み、そのうち二名がそれぞれ原告の片足づつを持ち、股を開くようにして原告を吊り上げ、警察官某(ポロシャツ着用者)が原告の右脇腹付近に空手様の足蹴りをなしたため、原告は治療に四〇日余りを要する右季肋部打撲傷の傷害を負い、一時は昏倒状態に陥った。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(もっとも、乙第一号証((証明書))には浜田病院・浜田利春が長田署の依頼により昭和四二年六月一九日同署留置場において原告を診察した結果の証明として「外傷もなし打撲傷もなし」との記載があるけれども、証人浜田利春の証言によると右記載は真実に反するものであることが認められるから、右書証は採用することができない。)

三  なお、被告は原告が一七日の逮捕引致の際の抵抗行為により原告主張の傷害を自ら招来したものである旨主張し、≪証拠省略≫によると、原告は長田民生安定所において逮捕される際、その場に坐り込み仰向けに寝転び手足をばたつかせて暴れ、パトロール・カーに乗車の際も乗るまいとして暴れ相当の抵抗をしたことが認められるけれども、≪証拠省略≫によると、東本病院の医師木村昭雄は一七日長田署から重い結核患者の原告が留置に耐えられるかどうかの診断を依頼され、同日夕方原告の身体を診察したところ、原告の両腕前膊に二、三本のすり傷のような擦過性の表皮離剥があっただけで、それ以外に何らの怪我もなかったことが明らかであるから、被告の主張は失当であって採用することができない。

四  そして、原告に前記二の各傷害を負わせた暴行は、前述のとおり、長田署の警察官らがその職務を行うについてなしたものであるから、被告は原告が右暴行によって被った損害を賠償すべき責任がある。

五  進んで、原告が右暴行によって被った損害について判断する。

(1)  ≪証拠省略≫によると、原告は前記各傷害治療のため神戸医療生活協同組合番町診療所の医師の診療を受け、昭和四二年六月一八日から七月二九日までの間に同診療所に対し金一三、四一五円の治療費債務を負担した(昭和四五年頃右債務を弁済した)ことが認められる。

(2)  次に、≪証拠省略≫によると、原告は肺結核(および高血圧)の患者で、一八才の時、左肋膜炎を患らい、二〇才の時、肺結核で喀血し、昭和二一年から昭和三六年まで療養所に入院し、その後通院して療養生活中、昭和四二年三月にも三日間にわたる喀血が続いた程の比較的重態であったので、当時特に本件暴行による病状の悪化が憂慮された外、右季肋部は今なお疲労の際痛みを覚えている等本件暴行によって相当の精神的苦痛を被ったことが認められ、本件暴行の経緯および態様、傷害の程度等諸般の事情を考慮すれば、原告の被った精神的苦痛は金三〇〇、〇〇〇円を受領することによって慰藉されるものであるとするのが相当である。

六  以上の次第で、被告は原告に対し治療費金一三、四一五円および慰藉料金三〇〇、〇〇〇円合計金三一三、四一五円ならびに慰藉料金三〇〇、〇〇〇円に対する損害発生後である昭和四二年六月一九日以降、治療費金一三、四一五円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかである同年九月九日以降各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の本訴請求は右認定の限度では正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲西二郎 裁判官 神保修蔵 小野貞夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例