大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和42年(わ)293号 判決 1982年11月29日

本籍

韓国慶尚南道馬山市桧原里二一五番地

住居

姫路市飯田町一番地

無職

中村文吉こと陳文甲

明治三四年七月一八日生

本籍

韓国慶尚南道馬山市桧原里二一五番地

住居

姫路市飯田町一番地

パチンコ店経営

中村義雄こと陳耕植

大正一二年一月一〇日生

右被告人両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官東巌出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人陳文甲を罰金一六〇〇万円に、同陳耕植を懲役一年に各処する。

被告人陳耕植に対しこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人陳文甲において、右罰金を完納することができないときは、金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人陳文甲は、昭和三八年一〇月頃まで姫路市飾磨区恵美酒八番地に、以後同市飯田町一番地に居住し、不動産売買や金融等によって所得を得るとともに、別表記載のパチンコ店及び喫茶店等をも経営していたもの、被告人陳耕植は、被告人陳文甲の長男で同被告人とともに居住し、右事業全般及び財産管理につき同被告人を補佐するとともに、その所得税の申告手続を代行していたものであるが、被告人陳文甲の事業及び財産に関し、所得税を免れようと企て

第一  昭和三八年一月一日から同年一二月三一日までの被告人陳文甲の実際所得額は五八二九万五八八一円で、これに対する所得税額は三四二四万八四二〇円であったのにかかわらず、所得の一部を架空名義で預金する等して秘匿し、昭和三九年三月一六日所轄姫路東税務署長に対し所得税確定申告をするに際しては、陳文甲名義で総所得金額一二三万一二五〇円、所得税額九万円、陳石甲名義で総所得金額一〇五万五〇〇〇円、所得税額八万一〇〇〇円、崔永道名義で総所得金額一〇五万五〇〇〇円、所得税額九万五〇〇〇円、崔春得名義で総所得金額一〇五万五〇〇〇円、所得税額一三万三〇〇〇円、金徳伊名義で総所得金額九八万一二五〇円、所得税額一四万五〇〇円と、それぞれ分割した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって正当所得税額と申告所得税額との差額三三七〇万八九二〇円をほ脱し

第二  昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までの被告人陳文甲の実際所得額は四四一二万一七一二円で、これに対する所得税額は二四四八万三四六〇円であったのにもかかわらず、前同様所得の一部を秘匿し、昭和四〇年三月一三日所轄姫路東税務署長に対し所得税確定申告をするに際しては、陳文甲名義で総所得金額一四六万六〇〇〇円、所得税額一八万二九二〇円、陳石甲名義で総所得金額一二九万三四〇〇円、所得税額一二万三〇〇〇円、崔永道名義で総所得金額一一二万八〇〇円、所得税額一一万四〇〇〇円、崔春得名義で総所得金額一四六万六〇〇〇円、所得税額一八万二九二〇円、金徳伊名義で総所得金額一四六万六〇〇〇円、所得税額一八万六六二〇円、陳耕植名義で総所得金額六五万円、所得税額三万三〇〇円、陳昌植名義で総所得金額一四六万六〇〇〇円、所得税額二〇万一八二〇円と、それぞれ分割した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって正当所得税額と申告所得税額との差額二三四六万一八八〇円をほ脱し

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実

一  大蔵事務官大黒隆幸作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  大蔵事務官影山彰夫作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  大蔵事務官坂東覚作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  大蔵事務官森本信夫作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  大蔵事務官中山明一作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  大蔵事務官宮崎諦玉作成の臨検捜索てん末書及び差押てん末書

一  増井正郎、平田邦正、長谷川さかえの大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  趙正春の検察官及び大蔵事務官に対する各供述書

一  安平康、林成次、牛尾博伍、三輪省三、高田正、伊保勝司、小林光夫、中川房太郎の検察官に対する各供述調書

一  証人西田稔の当公判廷における供述及び当裁判所の尋問調書

一  第一八回、第二一回公判調書中の証人大黒隆幸の供述部分

一  第二三回公判調書中の証人高橋正行の供述部分

一  第三一回、第三二回公判調書(その一)中の証人酒井康正の供述部分

一  証人大黒隆幸、同高橋正行、同中嶋利次、同酒井康正、中川房太郎、中塚靖雄、原田広司に対する当裁判所の各尋問調書

一  昭和三八年六月一二日付土地売買契約書写(第五四回公判にて提出のもの)

一  昭和五四年一〇月三一日付捜査関係照会書写(第五六回公判にて提出のもの)

一  山陽特殊製鋼株式会社綾部久美雄作成の昭和五四年一一月六日付捜査関係事項照会回答書

一  福永義博作成の確認書二通

一  徳永武作成の証明書四通

一  渡辺明敏作成の確認書

一  大蔵事務官大黒隆幸作成の確認書綴二冊、調査てん末書一冊、回答書綴二冊、総勘定元帳一冊、補助簿一冊、銀行調査事績書綴三冊、現金、預金、有価証券等現在高検査てん末書綴一冊

一  押収してある貸金関係書類綴一綴、給料計算書六綴、売上日記帳一冊、売上日報一綴、売上帳二冊、支払帳一冊、電話料預入ノート一冊、集計表綴一綴、総売上日記帳一冊、給料支払帳一冊、金銭出納帳二冊、当座預金勘定帳二冊、銀行勘定帳一冊、売上帳一綴、棚卸帳一綴、貸借対照表一綴、貸借関係綴一綴、共同経営契約書一綴、業務日誌一冊、不動産売買契約書一通、家屋賃貸借契約書一通、差入書一通(昭和四三年第四七八号の一乃至二二)

一  被告人陳文甲、同陳耕植の当公判廷における供述並びに大蔵事務官に対する各質問てん末書及び検察官に対する各供述調書

(被告人両名ならびに弁護人の主張に対する判断)

被告人両名ならびに弁護人は、被告人陳文甲の所得につき、その帰属の主体と額について争い、公訴事実記載の各事業経営は、被告人陳文甲の単独に非ずして陳石甲ら数名との共同経営である。従って、同被告人の所得も公訴事実記載のようなものではない旨主張する。

そこで、検討するに、前掲証拠中の関係各証拠によれば

一  事業発足の経過とその後の店舗開設状況につき

被告人陳文甲は、昭和二六年頃くず鉄業を開業し、その利益金で同三二年からパチンコ店「広畑国際」を長男陳耕植と開店し、以後姫路国際(旧)、網干国際、相生国際、広畑ニュー国際、姫路国際(新)を次々に開店したが、各店の営業名義、営業所の土地、建物の所有名義は陳耕植や他の一族の名義となっているが、これらの資産取得時の資金、営業資金は被告人陳文甲が出捐していることが認め得る(被告人らの各供述及び供述調書)。

二  経営組織、業務分担につき

被告人陳文甲は各パチンコ店、喫茶店などを経営し、これらの仕事を息子、娘、娘婿などを各店の責任者などにあてて稼働させ、自らは姫路、広畑の各店には毎日、その他の店には月二―三度顔を出していた。被告人陳文甲は家長として臨み、その下で長男陳耕植が総取締となって他の一族を統括している。しかして金銭の管理は被告人陳文甲が行い、売上の集金(各店責任者からの)も同人であり、被告人陳文甲を中心に一族が動き、同人の指示には一族絶対服従というものであり、事業に対する支配的影響力を有しているものと認められる(前同)。

三  利益の享受につき

売上金の集金、管理等金銭管理については前述のとおりであるが、固定資産の管理、運用、経費の支出などについても、被告人陳文甲が利益金は銀行に入金し、相当額になるとこれを引出して支払いをする銀行の当座に入金したり、定期預金や株、不動産の購入、貸付などに当てていたほか各店につき本店で一括して景品を購入し、代金支払も本店で一括して行い、それも被告人陳文甲振出名義の約束手形等で支払われていた。

のみならず不動産取引の交渉、代金の授受は被告人陳文甲が決定し、陳耕植が購入した際は被告人陳文甲に相談していた。

なお一族の生計費は被告人陳文甲の管理する預金の中から一族に渡されていたこと等が認められる(前同)。

四  納税(確定申告状況)につき

納税はすべて被告人陳文甲が納めていたもので、陳耕植その他各人においてはこれを負担せず、納税申告手続は陳耕植が行っていた。しかして所得名義は各家族名義であって、申告にあたり陳耕植が一族五人の印鑑を預って申告手続をなしたもので、一族は納税の内容を知らず、知らされてもいない(前同)。

五  家族構成員の生計の主宰者(生計を主宰する立場上、その家族構成員から事業収益の全般的収受権を容認されたものと認められる者)につき

被告人陳文甲は、一族の生計を補助し、昭和三九年末までは陳耕植方に被告人夫婦、陳耕植夫婦らが同一世帯で生活し、生活費は被告人陳文甲が支出していた。陳耕植はパチンコ店から給料、手当は貰っておらず、同人の家族の生活費は被告人陳文甲が支出していた(前同)。

六  以上の諸点に鑑みれば、本件各所得の帰属主体は、被告人陳文甲というほかなく、従って被告人両名及び弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人陳文甲につき

判示各所為

(旧)所得税法(昭和四〇年の改正前のもの、以下単に旧所得税法という。)六九条、七二条一項、同法附則三五条

併合罪

刑法四五条前段、四八条二項

労役場留置

刑法一八条

被告人陳耕植につき

判示各所為

旧所得税法六九条一項(懲役刑選択)、同法附則三五条

併合罪

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条

刑の執行猶予

刑法二五条一項

被告人両名につき訴訟費用の連帯負担

刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(裁判官 高橋通延)

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例