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神戸地方裁判所 昭和41年(行ウ)9号 判決 1970年7月07日

原告 正金添

被告 神戸税務署長

訴訟代理人 下村浩蔵 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

「被告が原告の昭和三七年度分所得税につき、昭和四一年四月六日付でした再更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決。

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求の原因

一  原告は被告に対して昭和三七年度の所得税につき、総所得額七、二三九、八七二円(不動産所得七四〇、〇八〇円、給与所得二四八、〇〇〇円、譲渡所得六、二五一、七九二円)、所得税額二、五三七、九〇〇円の確定申告をしたところ、被告は、昭和三九年一二月二二日付で一旦更正決定をした後、さらに昭和四一年四月六日付をもつて、総所得額一七、五九〇、三三九円(不動産所得八三九、八七五円、給与所得二四八、〇〇〇円、譲渡所得一六、五〇二、四六四円)、所得税額八、〇六一、四一〇円、過少申告加算税二七三、六四〇円と再更正および過少申告加算税の賦課決定をした。

そこで原告は被告に対して昭和四一年四月二六日異議申立をしたが、被告は同年七月二三日これを棄却したので、原告はさらに同年八月一五日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、右局長は昭和四二年二月八日これを棄却する旨の裁決をし、同月一三日付送付書によつて、その頃裁決書謄本を原告に送付した。

二、しかしながら、被告のした右再更正ならびに過少申告加算税の賦課決定は以下の理由により違法であるから、その取り消しを求める。

1  原告が別紙目録記載の物件(以下、本件譲渡資産という。)を譲渡した相手方は大光物産株式会社(以下、大光物産という。)であり、その後本件譲渡資産は大光物産から王金鑾に、同人から有楽土地株式会社(以下、有楽土地という。)に順次譲渡されたものである。

右のような譲渡の経過になつたのは、原告が代表取締役をしているが原告とは別個の営業主体として不動産の売買ならびに管理その他を目的とする大光物産が当時赤字に悩んでいたのを救済するため、また、王金鑾については、同人は原告の実兄であり、終戦直後原告と共同で商売をし、本件譲渡資産中の土地(以下、本件土地という。)を事実上共有していたのに、その後右土地を原告の単独所有名義にした関係上応分の分け前を与えるため、それぞれ本件譲渡資産の売買に関与させたことによるものであつて、現実に、大光物産は二百数十万円、王金鑾は五百万円程度の利益を得ている。なお、本件土地については、昭和三七年八月一日原告から有楽土地に対し直接所有権移転登記がなされているが、これは中間省略登記であつて、原告が直接有楽土地に譲渡したものでないことはいうまでもない。

そして、原告が上叙のような目的で右のような譲渡方法を採つたとしても、それは租税回避のみを目的とした異常な方法であるとはいえないし、少なくとも証拠により節税が決定的な理由であるか否か疑わしい場合として、「疑わしきは課税しない」との事実認定の原理により異常性は否定されなければならない。このことは、被告ならびに大阪国税局長が王金鑾に対し、同人が独立して本件譲渡資産を売買したものと認定して所得税を課し、同人が既にこれを支払つていることからしても明らかである。

2  つぎに、本件譲渡資産中の建物(以下、本件建物という。)については昭和三八年四月一五日大光物産との間に売買が成立したものであり、譲渡による収入が確定したのは昭和三八年度である。すなわち、昭和三七年八月一日大光物産との間で売買の予約をなし、この代金は昭和三八年三月末の評価に基づき決定することとし、仮登記の上、手附名義をもつて三回に亘り、九〇〇万円、三〇〇万円、一〇〇万円計一、三〇〇万円を一応預り、昭和三八年四月一五日代金が一、四〇〇万円と確定したので、右手附名義による預り金一、三〇〇万円を代金に充当したうえ、不足分一〇〇万円の支払を受けたものである。所得税基本通達一九四号によるも「収入金額とは収入すべき金額をいい、収入すべき金額とは収入する権利の確定した金額をいうものとする」とあり、売主が収入する権利を将来において取得し、買主に対して所有権を移転する義務を負担すべきことを約束したにすぎない予約においては、収入する権利は確定していない。したがつて、昭和三七年度の譲渡所得でないことは明らかである。

第三被告の答弁および主張

一  請求の原因一記載の事実は認めるが、同二記載の事実は争う。

二  被告は原告の所得税確定申告に対して、別表一の再更正欄記載のとおりの再更正をなした。

三  ところで、譲渡所得について認定した詳細は別表二のとおりであるが、以下の理由により、本件譲渡資産は土地、建物を一括して、価額五、一一七万円で昭和三七年八月一日原告から有楽土地に直接譲渡されたものである。

1  譲渡の相手方について

(イ) 本件譲渡資産の譲渡の話は、本件土地の隣接地を所有していた明治生命保険相互会社(以下、明治生命という。)が同会社の神戸支社社屋の建設用地として本件土地を必要としたため、有楽土地にその買収方を依頼した結果、有楽土地が原告に対してその売却方を申し入れたことにはじまるものであること。

(ロ) 本件譲渡に至るまでの交渉が、すべて平井城らを媒介者として原告と有楽土地との間で行われていること。

(ハ) 原告において本件譲渡と引換えに提供を求めた代替地が有楽土地から直接原告に譲渡されていること。

(ニ) その結果、右代替地の取得代金と本件譲渡代金の内金とが直接原告と有楽土地との間で相殺されていること。

(ホ) 本件土地についての所有権移転登記が原告から有楽土地に対して直接なされていること。

以上の事実からすると、本件譲渡は原告から直接有楽土地に対してなされたものであることが認められ、大光物産ならびに王金鑾が中間取得者として介在したとはとうてい認められない。また、原告主張のような法律形式がとられているからといつて、そのようなことは、右の経済的実質からみて、右両名が中間取得者として介在すべき合理的必要性を欠き極めて異常であつて、原告において右両名をして所有権を取得せしめる真意はなく、単に租税回避の目的で法形式を濫用したものといわざるを得ない。

仮りに一歩を譲つて、原告の経済的意図が主張のような中間者の赤字補填等にあつたとしても、それは原告が直接有楽土地に譲渡した代金中から、大光物産に対しては赤字補填のための寄附を、王金肇に対しては贈与したという経済的実質を示すにすぎない。

2  本件建物の譲渡時期について

資産譲渡によつて発生する譲渡所得についての収入金額の権利の確定時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転するときと解すべきところ、

(イ) 原告が本件譲渡と引換えに提供を求めた前記代替地の取得が昭和三七年八月一日になされていること。

(ロ) 本件建物は当初から取りこわしが予定されていたものであるところ、原告が譲渡時期であると主張する昭和三八年四月一五日以前に現実に取りこわされていること。

(ハ) このことは、本件建物について、昭和三八年三月三〇日取りこわしを原因とする滅失登記が同年五月一四日付でなされていることおよび有楽土地から大成建設株式会社を通じて取りこわし工事を依頼された株式会社白井建設が昭和三八年二月二〇日前記大成建設に対して取りこわしについての見積書を提出するとともに、同年三月一日から取りこわし工事を施行する旨の請負をしていることによつて裏付けられていること。

(ニ) 有楽土地が本件譲渡資産についての昭和三七年度固定資産税及び都市計画税の四期分(一月~三月分)のうち三月分を負担していることに照らして、本件譲渡資産は遅くとも昭和三八年三月一日に原告から有楽土地に一括引渡されたものとみられること。

以上の事実からすれば、本件建物の譲渡時期は昭和三七年度中であることは明らかである。

3  譲渡による収入金額について

有楽土地は本件譲渡資産の譲受代金を別表三記載のように支払つているが、そのうち韓宗欽領収名義による支払分計一、六一七万円も下記の理由により原告に帰属するものである。

すなわち、

(イ) 乙第一五号証の一ないし三および同第一六号証に韓宗欽の住所として表示されている神戸市垂水区塩屋町二〇五には韓宗欽なるものは居住せず、神戸市における外人登録票にもその登載がないので、韓宗欽なる人物の存在自体が疑わしいこと。

(ロ) 韓宗欽領収名義による前記支払分一、六一七万円は原告が取得した代替地の譲受代金と同額であり、昭和三七年八月一日本件譲渡資産の譲渡代金の内金二、三〇〇万円と形式上相殺されているが、実際には韓宗欽領収名義によつて原告に対し相殺分も支払われていること。

(ハ) 仮りに、韓宗欽なる人物が存在していたとしても、同人は本件譲渡資産の賃借人等でないから、領収書に表示する金額は立退料ではあり得ないこと。

第四原告の答弁

被告の主張三記載の事実は全て争う。

第五証拠<省略>

理由

一、請求の原因一記載の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、原告の昭和三七年度分所得税の課税所得金額のうち、争いのある譲渡所得についての、本件譲渡資産の譲渡の相手方、本件建物の譲渡時期、および本件譲渡資産の譲渡による収入金額について検討する。

1  譲渡の相手方について、

税法上においてその所得を判定するについては、単に当事者によつて選択された法律的形式だけでなく、その経済的実質をも検討して判定すべきであり、当事者によつて選択された法律的形式が経済的実質からみて通常採られるべき法律的形式とは一致しない異常のものであり、かつそのような法律的形式を選択したことにつき、これを正当化する特段の事情がないかぎり、租税負担の公平の見地からして、当事者によつて選択された法律的形式には拘束されないと解するのが相当であるところ、<証拠省略>をそう合すると、(イ)本件譲渡資産の売買の話は明治生命より本件土地の買収の依頼を受けた有楽土地が不動産業者である平井城を介して原告と交渉せしめたのが発端であること。(ロ)本件譲渡の交渉の過程全般に亘つて原告が関与していること。(ハ)原告が本件譲渡と引換えに有楽土地に対し代替地の提供を求め、右代替地が有楽土地から直接原告に譲渡されていること。(ニ)右代替地の取得代金と本件譲渡の代金の内金とが原告と有楽土地との間で相殺されていること。(ホ)本件土地についての所有権移転登記が原告から有楽土地に対して直接なされていることおよび、(ヘ)原告、大光物産間、大光物産、王金鑾間の各譲渡価額は本件譲渡による利益の配分として原告が決めていること等の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そして、右認定の事実からすると、原告には本件譲渡資産の所有権を大光物産に移転する意思はなく本件譲渡資産は原告から有楽土地に直接譲渡されたものと認めるのが相当である。

ところで、原告はその主張のような法律的形式を採つたのは、大光物産については赤字補填のためであり、王金鑾については本件土地を過去において同人と事実上共有していたものを原告の単独所有名義にした関係上本件譲渡に際して応分の分け前を与えるためであつた旨を主張するけれども、仮りに右主張が真実であるとしても、<証拠省略>によれば、原告は大光物産の代表取締役であり、同会社は原告のいわゆる個人会社であることならびに王金鑾は原告の実兄であることが認められるから、このような事情の下においては、原告の前記意図は、原告主張のような複雑、迂遠な法律的形式を採らなければ実現できないものではなく、原告から直接有楽土地に譲渡し、その利益を贈与の形式で配分することによつて容易に実現できるのであつて、原告主張の理由は、その行為を正当化するに足る特段の事情とはいえず、他に右特段の事情を認めるに足る証拠もない。もつとも、<証拠省略>によれば、被告は王金鑾に対し、同人が独立して本件譲渡資産を有楽土地に譲渡したものと認定して所得税を課したことが認められるが、<証拠省略>によれば、その後右課税処分は取り消されたことが認められるから、前段認定の妨げとならない。

したがつて、原告の採つた法律的形式は租税回避の目的で法律的形式を濫用したものというべきであり、税法上否定せざるを得ないのであつて、本件譲渡資産の譲渡の相手方を有楽土地であるとした被告の認定は適法である。

2  本件建物の譲渡時期について

前記認定のように本件譲渡資産は原告から有楽土地に直接譲渡されたものであるから、本件建物の譲渡の時期、すなわち譲渡所得における収入する権利の確定する時期も、大光物産との関係においてではなく、有楽土地との関係において確定していれば足りるのであり、したがつて、譲渡の相手方を大光物産であるとして、昭和三七年度中には未だ収入する権利は確定していないとの原告の主張は主張自体理由がない。そして、<証拠省略>によれば、本件譲渡資産については、昭和三七年八月一日買主有楽土地、売主王金鑾名義で売買契約が成立し、かつ、昭和三八年二月二八日頃、有楽土地との間で最終取引が行われ、有楽土地は後記認定の本件土地および本件建物の代金を完済して右土地建物の引渡を受けたものであることが認められる。

したがつて、少なくとも昭和三八年二月二八日頃までには収入する権利は確定し、かつ実現したものというべく、右収入を昭和三七年度分の譲渡による収入とした被告の認定は適法である。

3  本件譲渡資産の譲渡による収入金額について

<証拠省略>によれば、本件譲渡資産の代金額が三、五〇〇万円である旨の記載のあることが認められ、前記認定のように右金員は昭和三八年二月二八日頃有楽土地により完済されているのであるが、<証拠省略>によれば、有楽土地は韓宗欽なる者に移転補償並びに立退料名義で昭和三七年九月一日八〇〇万円、同三八年一月一四日五〇〇万円、同年三月一日三一七万円、計一、六一七万円を支払つていることが認められる。

被告は右金員もまた原告に支払われたものであると主張するので検討するに、<証拠省略>をそう合すると、(一)原告が本件譲渡資産の代替地として有楽土地から購入した土地の代金額は一、六一七万円で右の韓宗欽なる者に支払われた額と一致すること。(二)韓宗欽名義の右各金員の領収書(乙第一五号証の一ないし三)に同人の住所として記載されている(神戸市)垂水区塩屋町二〇五には韓宗欽なる者は居住せず、同市における外人登録票にも韓宗欽なる者の登載がないこと。(三)有楽土地の社員である中村重之は前記三回の支払のうち二回は韓宗欽と称する者と原告の自宅応接間で会つて支払をしていること等の事実が認められ、右の事実からすると、韓宗欽なる名義は架空名義であり、韓宗欽名義で支払われた一、六一七万円もまた本件譲渡資産の代金の一部として原告に支払われたものと認めるのが相当であり、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は措信しがたい。

したがつて、原告の本件譲渡資産の譲渡による収入を五、一一七万円とした被告の認定は適法である。

三、以上説示のように、被告の再更正における譲渡所得の算定の基礎である譲渡による収入についての被告の認定には何ら違法はなく、譲渡所得の金額の算定内容は被告主張の別表二のとおりであり、再更正における譲渡所得は右金額の範囲内であるから違法はなく、その余の所得のうち、給与所得については当事者間に争いはなく、また、不動産所得については原告は明らかに争わないので自白したものとみなす。

そうすると、原告の昭和三七年度分の所得税額および過少申告加算税の計算は被告主張の別表一の再更正欄記載のとおりである。

よつて、被告の本件再更正および過少申告加算税の賦課決定は適法であり、その取消を求める原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口照雄 仲西二郎 滝川義道)

別紙目録<省略>

別表一

確定申告    再更正

不動産所得    740,080円   839,875円

給与所得     248,000    248,000

譲渡所得    6,251,792  16,502,464

総所得金額(計)7,239,872  17,590,339

配偶者控除     97,500    97,500

扶養控除     280,000    280,000

基礎控除      97,500    97,500

所得控除(計)  475,000    475,000

課税総所得   6,764,800  17,115,300

所得税額    2,537,900   8,061,410

過少申告加算額     -    273,640

別表二<省略>

別表三

月日      金額   領収書の名義人

昭和37年 8月 1日 23,000,000円   王金鑾

37年 9月 1日  8,000,000    韓宗欽

37年10月 1日  7,000,000    王金鑾

38年 1月14日  5,000,000    韓宗欽

38年 3月 1日  5,000,000    王金鑾

〃      3,170,000    韓宗欽

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