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神戸地方裁判所 昭和38年(行)15号 判決 1971年2月26日

原告 平塚熊次郎 外一一名

被告 兵庫県知事

訴訟代理人 鎌田泰輝 外六名

補助参加人 中村政太郎 外八名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告ら

「被告が昭和三九年一〇月二一日付で農地法三六条の規定により、別紙目録(一)農地の表示欄記載の各農地につき同目録買受申込人欄記載の者ら(被告補助参加人ら)に対してなした各売渡処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決

二、被告

(一)  本案前の答弁

「本件訴訟は取下により終了した。

訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決

(二)  本案の答弁

主文と同旨の判決

第二原告の請求の原因

一、もと兵庫県武庫郡良元村農地委員会(以下、良元村農地委員会という。)は昭和二二年八月五日自作農創設特別措置法(以下、措置法という。)六条、(付則二項)の規定に基づき同法三条一項一号を買収原因として、川西航空機株式会社(以下、川西会社という。)および東洋ベアリング製造株式会社(以下、東洋会社という。川西会社及び東洋会社を、以下、両会社という。)所有の別紙目録(一)農地の表示欄記載の各農地(以下、本件農地という)を含む三百二筆の農地について買収計画(買収の時期同年一〇月二日)を定めたところ、両会社から異議・訴願がなかつたので、兵庫県農地委員会において右買収計画を承認し、次いで、被告は両会社にそれぞれ買収令書を交付したところ、法定期間内に抗告訴訟が提起されなかつたので、右買収処分は確定し、本件農地は政府が取得した農地となつた。

二、(一) そこで、原告らは本件農地について措置法施行令一七条一項一号の規定に該当する第一順位の売渡の相手方であつたので買受の申込をし、補助参加人らも本件農地について同条一項四号に規定する売渡の相手方に該当しないにもかかわらず買受の申込をした。

(二) ところが、良元村農地委員会は昭和二三年一月一六日本件農地について補助参加人らを売渡の相手方とする売渡計画を定めたので、原告らは措置法七条に基づき右売渡計画を違法として同委員会に異議の申立をしたが却下され、兵庫県農地委員会に訴願したところ、同委員会は昭和二三年一〇月一三日右訴願を認容し、良元村農地委員会の売渡計画を取消し、原告らに対して売渡す計画を定むべき旨の裁決をした。

これに対して補助参加人らは兵庫県農地委員会を被告として右裁決取消の訴を神戸地裁に提起し、同地裁は昭和二六年五月一一日右裁決を取消す旨の判決をしたが、同委員会は右判決を不服として大阪高裁に控訴したところ、第二審の審理中である昭和二七年一〇月二一日に農地法、同法施行法が施行され、同法施行法一条で措置法が廃止された結果、本件農地が、農地法施行法三条の規定の適用を受けることになり、良元村農地委員会が定めた前記売渡計画は法律上消滅するに至つたので、第二審判決も昭和三〇年二月一五日第一審判決を訴の利益なきものとして取消し、右第二審判決に対する補助参加人らの上告も昭和三〇年四月一一日棄却された。

三、そこで、本件農地は改めて農地法によつて売渡されることとなつたので、原告らは昭和三五年五月一八日宝塚市農業委員会に対してその買受の申込をし、補助参加人らも同年三月三一日同委員会に対してその買受の申込をしたところ、被告は農地法三六条の規定に基づき昭和三九年一〇月二一日付売渡通知書(売渡の期日同年一一月一日)の交付により、本件農地について別紙目録(一)買受申込人欄記載の者ら(補助参加人ら)を売渡の相手方とする各売渡処分(以下、本件売渡処分という。)をした。

四、しかしながら、本件売渡処分は次の理由により売渡の相手方を誤つた違法がある。

(一)  本件農地は、買収の当時並びに本件売渡処分の当時、原告らが使用貸借による権利を有する小作地であつて、原告らは本件農地につき現に耕作の事業を行つている者で自作農として農業に精進する見込があるものであり、その詳細は次のとおりである。

1 本件農地は昭和一七年、一八年の二回にわたつて、川西会社が軍需工場建設の目的で、所有者には売買代金を、耕作者には離作料を支払つて買上げた農地二七町歩(一回目に宝塚市字作道・字堀切・字中ノ森・字八田の一七町歩((以下、一七町歩の農地という。))、二回目に字東畑・字亀井堂の一〇町歩((以下、一〇町歩の農地という。)))の一部であるが、その後、一〇町歩の農地のうち約六町歩(以下、東洋会社の農地という。)は川西会社から東洋会社に転売された。

2 ところが、川西会社は引渡を受けた一七町歩の農地と後述5の旧耕作者の耕作している四町歩の農地をいずれも工場建設の敷地に造成せず、農耕可能な状態のまま放置していたので、当時良元村村長・小林部落会長らは戦時体制下の食糧増産、供出等の国策にそつて、同会社に対して前記農地を小林部落の農民に耕作させる目的で小林農事実行組合(以下、小林組合という)に貸与方を交渉したところ、同会社は小林組合に対し右農地を同組合が選定する同組合員(小林部落の農民は全部同組合の組合員である。)に耕作させる、同会社から返還要求があつた場合は直ちに何ちの異議も止めず全部返還する約定で貸与することを承諾したので、小林組合は前記農地のうち、一七町歩の農地については直ちに共同耕作することに定めてこれを一五組に区分し、その一組毎に共同耕作者(原告らを含む)を選定して耕作させた。(なお、同会社の要求により、反当り米糠五升または藁二〇貫の割合で年一回支払つた。)

3 そして、東洋会社の農地についても、当時の良元村村長・小林部落会長の尽力で小林組合が同会社から川西会社の場合と同一約定で借受けた。(なお、東洋会社の要求により反当り米一升の割合で年一回支払つた。)

もつとも、東洋会社の農地を含む一〇町歩の農地については、一七町歩の農地と異なり、従来の耕作者が両会社に引渡さないまま会社が必要な時には直ちに明渡す約束で耕作を続けていたものであるが、基本的には、一七町歩の農地の場合と同様、良元村村長らの尽力でその全部を小林組合が借受けて耕作者を選定し耕作させていたものである。

4 昭和二〇年八月頃両会社が買上げ農地について工場建設をしないことが判明したので、当時の良元村村長の尽力によつて両会社に対して農地全部の買戻交渉が開始され、原告らを含む小林部落民のうちで農地の買戻を希望する者は買戻組合(小林部落の農家は何人でも自由に加入できる。)を結成して買戻代金の一部を同組合に納入するとともに買戻希望の農地を選んで小林組合に申出ることにしたので、同組合は昭和二〇年一一月頃両会社の所有農地全部について希望者に対して希望農地をそれぞれ割当てて耕作することを許容し、一〇町歩の農地について買戻を希望しない従来の耕作者に対してはその農地を買戻希望者に引渡すことを指示した。

原告らは小林組合から、一七町歩の農地について別紙目録(二)記載のとおり買戻希望農地(その当時何人も占有耕作していなかつた。)、一〇町歩の農地について別紙目録(三)記載のとおり買戻希望農地(従来の耕作者は買戻を希望しなかつた。)の各割当を受けて(後者については従来の耕作者と交代して)その占有耕作を始めた。

5 そして、原告らは本件農地について小林組合が両会社から借受けた使用貸借による権利の範囲内で、平穏かつ公然、占有耕作を続けていたところ、昭和二二年一〇月二日措置法による政府の買収と同時に、同法一二条二項の規定により政府に対し従前と同一の条件による使用貸借による権利を取得し、昭和二五年三月頃同法四六条の規定(国有農地等の一時貸付に関する規則)によつて国(良元村農地委員会)から貸付の時期昭和二二年一〇月二日として貸付を受け同日以降の貸付料を支払い、現在まで引続き占有耕作しているものである。

(二)  仮に本件農地が買収の当時不耕作地であつたとしても、本件農地は政府が措置法三条の規定による買収によつて取得した土地であつて、農地法の施行までの間に売渡処分がなされなかつたので、「農地法の施行の際措置法四六条一項の規定により農林大臣が現に管理している農地」に該当していたものであるが、農地法施行法五条一項は右のような農地は農地法二章五節及び四章の規定の適用については国が同法九条の規定により買収したものとみなす、すなわち、措置法により買収した農地も農地法九条(六条)の規定で買収した農地と同一の法的取扱いをすることを定めているので、本件農地は、農地法施行の時点において、同法三六条一項本文の規定により同項一号に規定する小作地に該当することになつたものである。

(三)  したがつて、被告は本件農地については農地法三六条一項一号(法規裁量)の規定を適用して原告らをその売渡の相手方とする売渡処分をしなければならないものであつて、同条同項三号(自由裁量)の規定を適用して補助参加人らをその売渡の相手方とする売渡処分をすることは絶対に許されない。

五、よつて、原告らは被告に対し本件売渡処分の取消を求める。

第三被告の本案前の主張

原告らは昭和三九年一一月一七日の第七回口頭弁論期日に、従来求めていた不作為の違法確認の訴を農地売渡処分の取消の訴に変更する申立をしたが、右訴の変更は許されない。すなわち、不作為の違法確認の訴は相当期間内に行政庁が何らの処分もしないことが違法か否かという問題であり、その基礎をなすものは、行政庁の不作為という事実状態にある。したがつて、行政庁が問題とされている処分を行えば訴の基礎となつている事実関係は消滅し、原告が訴によつて実現しようとする目的は達成される。これに対し、処分取消の訴は行政庁の処分が適法か否かという問題であり、不作為の違法確認の場合と基礎的関係を全く異にするものであるから、両者は関連請求でもなければ請求の基礎を同一にするものでもないからである。

ところで、原告らは右口頭弁論期日において右のような訴の変更を申立てた後、従前の不作為の違法確認の訴は撤回する旨述べた。右の原告らの訴の撤回行為は法律的には訴の取下と認められるので、右のような訴の変更が許されない以上、本件訴訟は右訴の取下により終了したものというべきであるから、その旨の宣言を求める。

第四被告の請求原因に対する答弁

一、請求原因事実第一項は買収原因は否認するが、その余は認める。

二、(一) 同第二項(一)は原告ら及び補助参加人らが本件農地の買受の申込をしたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同項(二)は認める。

三、同第三項は認める。

四、(一) 同第四項(一)は否認する。

1、同項(一)1は認める。

2、同項(一)2は一七町歩の農地について共同耕作がなされたことは認めるが、その余は否認する。

3、同項(一)3は否認する。

4、同項(一)4は両会社の所有農地について買戻の動きがあつたこと並びに耕作者の交代のあつたことは認めるが、その余は否認する。

5、同項(一)5は原告らが現在本件農地を占有耕作していることは認めるが、その余は否認する。

もつとも、当時、原告らが本件農地を現実に占有していたので、その事実に基づいて単なる使用料相当の損害金として貸付料相当額の金員が原告らから一時徴収されたことはある。

(二) 同項(二)は本件農地が措置法四六条一項の規定により農林大臣が現に管理していた農地であつたことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同項(三)は否認する。

第五被告の主張

一、川西会社は昭和一七年一七町歩の農地を土地所有者には土地代金を、耕作者には離作料を支払い耕作関係も清算したうえ、買上げ、字角田全部、字堀切、字八田の一部等を工場・倉庫・資材置場等の敷地用に埋立てたが、そのほかは、当面工場敷地にする計画もなく一、二年放置していたので、当時の食糧事情もあり、小林部落会長・友金宗太郎は川西会社に対し休閑地利用の許可方を申し出たが、拒否されたため、あらためて、村長がその貸与方を交渉し、「空閑地利用に関する件依頼」と題する書面を提出したところ、川西会社は良元村村長に「休閑地貸与に関する件回答」と題する書面をもつて「当方において必要の場合は要求次第直ちに返還されたい」旨の約定付きで、字作道、字中ノ森、字八田の土地貸付を承諾したので、同村長はこれを小林組合に貸与し、同組合に東西両蔵人組合への貸与分を含めて全部を一三区に分け、組合員も組に分れて共同耕作を行なつた。しかし、原告らの多くは右の共同耕作にも参加していなかつた。したがつて、その利用関係は川西会社買収以前の耕作状態とは異なり、工場敷地予定地についての全くの休閑地利用の形態であつた。

二、また、川西会社は昭和一八年一〇町歩の農地を土地所有者には土地代金を耕作者には離作料を支払つて買上げたが、同会社の都合で、そのうち、字東畑一九番ないし六三番の土地を除く、字亀井堂全部、字東畑一番ないし一八番の約六町歩の農地を東洋会社に売却した。

しかし、東洋会社の農地については、同会社と耕作者代表との間において会社が必要とする時期まで耕作を継続する約束が成立していたので、現実には離作することなく耕作が続けられたのである。

一方、川西会社所有の字東畑の農地は、耕作者離作後、工員自給菜園として耕作されていたが、本件農地のうち、字東畑二九番、三一番の二は補助参加人平塚久司の先代平塚辰蔵が、字東畑二〇番の一、二は補助参加人藪内正雄がそれぞれ前記字作道の共同耕作地を川西会社の要請で返還した際替地として提供され使用していたものである。

したがつて、本地区も両会社が使用するまでの全くの休閑地利用であつた。

三、昭和二〇年八月一五日の終戦後、両会社の軍需工場的活動が停止し、併せてG・H・Qの指令によつて農地解放が行なわれる旨の情報が流れはじめたので同年一〇月頃本件農地の帰趨に目をつけた旧地主を中心とする人々が会社からの買戻の動きを始めた。しかも原告らを含む旧地主を中心とする人々は、川西会社が旧地主に売戻すことになつたのだと公言し、小林組合の名を詐称して、「この土地を会社に返還するから耕作を禁ずる。」「この作限り明け渡されたい。」旨の立札を立てて耕作者に明渡を求めたので、耕作者の中には右の明渡請求が両会社の所有権に基づいてなされているものと誤解してこれに応じたものもあつたが、原告ら側との間で相当な紛争が数多く発生した。

四、以上のとおり、本件農地についての原告らの終戦前の耕作使用関係は、前述のとおり、単なる休閑地利用にすぎないものであつて、使用貸借ではないから、措置法上の小作権と解しうるものではなく、かつ原告らの買戻を前提とした本件農地の明渡請求自体正当なものといえないうえ、本件農地について何時の時点で耕作者の交代があつたのかさえ明らかでなく、さらに、当時臨時農地等管理令七条の二もしくは農地調整法四条による耕作権移転の許可もなされていないのである。

五、そこで、良元村農地委員会は、農地解放に際し本件農地を、措置法三条五項五号(当時―後に六号となる。)該当地として両会社から買収したうえ、補助参加人らに対して、自作農として農業に精進する見込のあるものと認めて売渡計画を定めたが、原告ら主張の訴訟の係属中、農地法が施行されたので、右売渡計画は失効した。

六、ところで、本件農地のように措置法によつて買収され同法四六条一項の規定により農林大臣が現に管理している一定の農地等は、農地法施行法五条一項の規定により農地法の売渡に関する規定の適用について国が同法九条の規定により買収したものとみなされることになつた。そして、本件農地は措置法三条五項五号の規定により買収され、また、何人も小作権を有していなかつたので、農地法三六条一項三号の規定により売渡されることになつた。

そこで宝塚市農業委員会は、現耕作者(原告ら)、旧耕作者(補助参加人ら)のうちいずれが右三号所定の要件にあてはまるかを判定するため、昭和三九年四月一六日売渡適格者認定要領を定め、これを基本に公正不偏の立場から売渡の相手方を選定することとし、まず、双方の買受申込者について「農家調書」を作成し、これを各該当者に送つてその正否を確認する一方、各買受申込者の耕作状況につき逐一現地調査を行うこととした。この現地調査は公正を期するため、特に耕作者の氏名を秘して番号で表示することとし、各農業委員がそれぞれ調査結果に基づいて耕作状況を判定して耕作状況一覧表を作成し、この記録を事務当局が集計して農地状況一覧表を作成した。同委員会は右資料を基礎に種々検討を加えたうえ、補助参加人らを売渡の相手方に選定して売渡の進達をしてきたので、被告はその後更に現地関係の調査の結果を検討したうえ、同法三九条の規定により本件売渡処分を行つたものであつて、何らの違法もない。

第六証拠<省略>

理由

第一  先ず、被告の本案前の主張について判断する。

原告らは第八回口頭弁論期日において、従来の(1)不進達の違法確認(2)不売渡の違法確認(3)売渡処分義務の確認(4)売渡処分の禁止の各請求のうち、(4)の請求を売渡処分の取消の請求に訂正する旨申し立てた後、第一一回口頭弁論期日において(1)(2)の各請求を撤回する旨、第一七回口頭弁論期日において(3)の請求を撤回する旨それぞれ申し立てたので、結局において、被告主張のように、不作為の違法確認の訴を処分取消の訴に交換的に変更したことが明らかである。

ところで、本来不作為の違法確認の訴は国民の申請に対して行政庁がある期間内に何らの処分をしないことが違法か否かの問題であるのに対し、処分取消の訴はその処分の手続内容が適法か否かの問題であるから、右両者は形式上民事訴訟法二三二条の規定する訴の変更の要件である請求の基礎の同一性において異なる面がないではない。

しかしながら、不作為の違法確認の訴の制度の目的は判決によつて一応行政庁の何らかの処分を促すというところにあるのであるが、訴を提起した者の実質的な意図は右の趣旨にとどまらず、自己に有利な行政庁の処分を求めるところにあり、したがつて、自己に不利益な処分を取消し、実質的に自己に有利な行政庁の処分を求める処分取消の訴とは結局同一の目的に出たものとみられること、又、取消の対象である処分自体もまた不作為の違法確認の訴の対象である行政庁の不作為の基礎にある申請に対してなされたものであること、その他行政事件の特殊性に基づく訴訟経済の点などを考え合せると、不作為の違法確認の訴から処分取消の訴への訴の変更は請求の基礎に実質上変更がないものとして許されると解するのが相当である。

よつて、被告の本案前の主張は理由がない。

第二  次いで、本案について判断する。

一  良元村農地委員会が昭和二二年八月五日、措置法六条(付則二項)の規定に基づき、両会社所有の本件農地を含む三〇二筆の農地について買収計画を定めたところ、両会社から異議・訴願がなかつたので、兵庫県農地委員会において右買収計画を承認し、次いで、被告が両会社にそれぞれ買収令書を交付したところ、法定期間内に抗告訴訟が提起されなかつたので、右買収処分が確定し、本件農地が政府において取得した農地となつたこと、原告らおよび補助参加人らが本件農地の買受の申込をしたところ、良元村農地委員会が昭和二三年一月一六日補助参加人らを売渡の相手方とする売渡計画を定めたが、原告ら主張の訴訟の係属中、農地法が施行されたため、右売渡計画が失効したこと並びに本件農地が改めて農地法の規定により売渡されることになつたので、原告らが昭和三五年五月一八日宝塚市農業委員会に対してその買受の申込をし、補助参加人らも同年三月三一日同委員会に対してその買受の申込をしたところ、被告が農地法三六条の規定に基づき昭和三九年一〇月二一日付売渡通知書(売渡の期日同年一一月一日)の交付により、本件農地について補助参加人らを売渡の相手方とする本件売渡処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件売渡処分は売渡の相手方を誤つた違法があるかどうかの点について判断する。

(一)  先ず、原告らは本件農地は買収の当時並びに本件売渡処分の当時原告らが使用貸借による権利を有する小作地であつた旨主張するので、この点について検討する。

本件農地が昭和一七年、一八年の二回にわたつて川西会社が軍需工場建設の目的で所有者には売買代金を、耕作者には離作料を支払つて買上げた農地二七町歩(一回目に一七町歩の農地、二回目に一〇町歩の農地)の一部であつて、その後一〇町歩の農地のうち約六町歩が東洋会社に転売されたこと並びに原告らが現在本件農地を占有耕作していることは当事者間に争いがなく、右の事実に、成立に争いのない甲第一二ないし第一六号証、乙第一号証、第八、第九号証、第三六号証の二、第三七ないし第四一号証、証人田中健之助の証言(第一第二回)並びに原告平塚熊次郎(第一第二回)、同友金勘一各本人尋問の結果(各一部)を合せ考えると、次の事実が認められる。

1 一七町歩の農地は買上げ後一部を除き工場敷地として造成されることなく農地のまま放置されていたので、小林部落において食糧増産や供出のために右農地を川西会社より借り受けて耕作する話がもちあがり、昭和一八年六月頃良元村村長は小林組合長、小林部落会長らと相談のうえ川西会社に対し右農地を小林部落民に貸与方を申し入れたところ、同会社は同村長に対し右農地を休閑地利用として会社が必要になつたときは直ちに作物を収去して返還する約束で貸与したので、同村長は右農地の利用を小林組合に任せ、同組合は小林部落を一一組に分けて共同耕作させたが、昭和二〇年初め頃、共同耕作者が力を入れないため不耕作地も生じたので、同年五月頃個人耕作に切り替えた。

2 一〇町歩の農地のうち、東洋会社の農地(字亀井堂の全部と字東畑一番ないし一八番)は小林部落会長の斡旋により買上げ当時の耕作者が会社の必要なときは直ちに返還する約束で耕作を継続し、その余の川西会社の四町歩の農地(字東畑一九番ないし六三番)は同会社が自給菜園として使用していた。

3 昭和二〇年七月頃両会社の農地が工場用敷地として使用されないことを察知した原告らを含む旧地主を中心とする人達は、秘密裡に右農地の買戻を画策して買戻組合を結成し、買戻組合は買戻希望者に対して買戻資金の積立をさせるとともに、同年一〇月頃良元村村長を通じて両会社に対して買戻の交渉中、同年一一月頃小林組合長・北田吉蔵名義で、「右農地は会社に返還するから耕作を禁ずる。」旨の立札を立てたり、或いは「右農地は会社から買受けたから明渡して貰いたい。」などと詐称して、当時の耕作者にその農地を明渡させたうえ買戻希望者に希望農地を割当て、原告らは右割当により本件農地に入つて耕作をはじめ、現在その耕作をしている。

4 その後、農地改革の措置法などが施行されたため、買戻の話は自然立ち消えになつたが、両会社側は右のように買戻組合によつて耕作者の交代が行われたことは全く知らなかつた。

以上の事実が認められ、原告平塚熊次郎(第一第二回)、同友金勘一の各本人尋問の結果のうち、右認定に副わない部分並びに右認定に反する証人長野直臣の証言は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(なお、甲第一号証、第一七号証の二には、それぞれ、原告らの主張に副うような記載があるけれども、右各記載はいずれも意見・見解にすぎないから、採用することができない。)

右認定の事実によると、両会社はその所有農地について小林組合に対し使用貸借に基づく耕作を許したものではなく、川西会社は良元村村長に対し、東洋会社は従来の耕作者に対し、いずれも、工場建設に着手するまで放置されていた所有農地を休閑地利用として一時使用を許したものと解するのが相当である。したがつて、仮りに原告ら主張の買戻組合による耕作者の交代が正当であつたとしても、両会社との耕作関係は休閑地の一時利用にすぎないものであるから、原告らの主張はその前提を欠くものとして失当であり、また、両会社側は耕作者の交代を知らなかつたものであるから、黙示の使用貸借関係が成立する余地もなかつたものといわなければならない。

もつとも、成立に争いのない甲第八号証の一ないし七、一一ないし一三、一七ないし一九、二二、二三、二六、二七、二九ないし三二、第九号証の一ないし四、七、第一〇号証の一ないし七、一一ないし一三、一六ないし二四によると、良元村農地委員会は原告ら(先代を含む)から本件農地について昭和二二年一〇月二日から昭和二四年一二月三一日まで及び昭和二五年四月一日から昭和二六年三月三一日までの分として国有地貸付料名義で使用料を徴収していることが認められるけれども、原告平塚熊次郎本人尋問の結果(第一回)によると、原告らは本件農地について国有農地等の一時貸付に関する規則に基づく国有農地等貸付書(その書式は乙第三四号証の一、二のとおり)の交付を受けていないことが明らかであるから、右使用料の徴収は国において原告らに対し本件農地の使用権限を認めたものではなく、同農地委員会において原告らの本件農地に対する現実の占有耕作に対する損害金の徴収としてなしたものと解するのが相当である。

してみると、本件農地は買収の当時以降本件売渡処分の当時まで原告らが使用貸借による権利を有する小作地でなかつたものというべきである。

(二)  次に、原告らは本件農地は農地法施行法五条一項、農地法九条三六条一項本文の各規定により、農地法三六条一項一号に規定する小作地に該当することになつたものである旨主張するけれども、農地法施行法五条一項は本件農地のように政府が措置法三条の規定により買収し、農地法施行の際売渡未済のため措置法四六条一項の規定により農林大臣が現に管理している農地について農地法によつて売渡ができる途を開くために設けられた経過措置の規定であつて、売渡の関係上、右のような農地を農地法九条の規定によつて買収されたものとみなしたものにすぎないのであり、原告ら主張の各規定を綜合してみても、原告ら主張のように本件農地が農地法施行の時点において同法三六条一項一号の小作地に該当することになつたものと解することは到底困難であつて、原告らの右主張は、畢竟、独自の見解であるから採用することができない。

(三)  よつて、本件農地は小作地ではないから、被告が本件農地について農地法三六条一項三号を適用して売渡の相手方を定めたのは正当であつて、他に本件売渡処分を取消すべき瑕疵も認められない。

三  以上の次第で、本件売渡処分の取消を求める原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎 神保修蔵 瀧川義道)

別紙目録(一)~(三)<省略>

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