大判例

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神戸地方裁判所 昭和38年(ワ)753号 判決 1976年9月24日

原告

木戸雅興

原告

木戸祥隆

右原告両名訴訟代理人弁護士

橋本敦

外三名

被告

読売ゴルフ株式会社

右代表者

務台光雄

被告

大成建設株式会社

右代表者代表取締役

本間嘉平

右被告両名訴訟代理人弁護士

岡利夫

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右指定代理人

麻田正勝

外三名

主文

一  被告らは各自、原告木戸雅興に対し金一、五〇〇万円、同木戸祥隆に対し金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和三五年九月一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言

二、被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する

2  訴訟費用は原告らの負担とするとの判決

三、被告兵庫県

仮執行の宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一、原告らの請求原因

1  災害の発生

(一) 原告らの営業及び附近地形

原告らは西宮市塩瀬町名塩北山五三一三番の三五、武田尾温泉において、それぞれ別紙損害一覧表のA・B記載の土地建物等(その位置関係の概観は別紙図面(一)記載のとおりである)を所有し、昭和三五年一二月三一日までは原告らの被相続人木戸うたが、右以降は原告木戸雅興が右同所においてマルキなる屋号で料理旅館業を営んでいるものである。ところで、別紙図面(二)記載のとおり、武庫川はその上流の右武田尾温泉付近において西から東に流れているが、同温泉付近においてこれにその南面する山間部の水を集めて、西側に武田尾川、東側に谷ケ谷川の二つの武庫川の支流が相接するようにして南側からその北側にある武庫川本流に合流しているところ、右マルキ旅館の本館は武田尾川の武庫川への合流点付近にあつて武田尾川の西岸にあたる地点に、同別館は谷ケ谷川の武庫川への合流点付近にあつて、谷ケ谷川の西岸にあたる地点にそれぞれ存在している。

(二) 第一被害の発生

同三五年八月二九日午後九時頃、右武田尾川が氾濫して大量の水が原告ら経営のマルキ本館の敷地、建物等に浸入し、原告らは土地、建物、庭園等に大きな被害を蒙つた。(以下「第一被害」という。)

(三) 第二被害の発生

同月三一日未明に前記谷ケ谷川を溢れた大量の水により、前記マルキ別館等が流失し、土地、建物、庭園等に大きな被害を蒙つた(以下「第二被害」という。また第一被害と第二被害とをあわせて「本件災害」という。)。

2  因果関係

(一) 砂防指定地

別紙目録記載の山林等(以下「本件山林」という。)を含む付近一帯の山林は、明治時代に砂防法に基く砂防地区に指定され、被告兵庫県(以下「被告県」という。)が砂防法に基き、治水砂防上の管理、監督をしてきたものであるが、被告県は右指定以来本件山林を含む付近一帯の山岳地帯に植林し、河川には砂防堰堤を築造する等、治水砂防上の設備を施したので、昭和三四年頃においては本件山林内に大木が繁茂し、砂防設備既成地となり、治水砂防の機能は達成された状態にあり、既に同一三年及び同二〇年の武庫川大氾濫のときも武田尾川、谷ケ谷川は全く氾濫の危険はなかつた。従つて相当量の降雨があつても前記武田尾川、谷ケ谷川の二つの各川が直ちに増水したり、水が濁つたりすることがなく、本件山林のふもと付近に居住する原告ら住民は降雨に起因する水害の発生を心配する必要は全く存しなかつた。

(二) ゴルフ場の造成

被告読売ゴルフ株式会社(以下「被告読売」という。)は同三三、四年ころ、前記武田尾川及び谷ケ谷川の上流の本件山林地帯に百万坪に及ぶ大規模なゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を造成する計画をたて、右山林を買い受けたうえ、造成工事のいつさいを被告大成建設株式会社(以下「被告大成」という。)に施行させることとし、被告大成はこれを請負つて同三四年一一月から右工事に着工し、本件山林の樹木を伐採し、ブルドーザーで山腹を削り、谷間を埋めて河川に変更を加える等全く従来の地形を変更する大規模な工事を進め、その結果、本件災害の発生した同三五年八月下旬頃には練習場のほか、全一八コースに及ぶゴルフコース造成予定地一帯は広範囲にわたつて樹木が切り倒され、地肌が露出し、山は非常に荒れた状態にあつた。

(三) 武田尾川及び谷ケ谷川の水系

ところで、本件ゴルフ場一帯は前記武田尾川及び谷ケ谷川の重要な水源となつており、別紙図面(二)記載のとおり、右ゴルフ場の東コース中、第一、第七、第八、第九、第一〇、第一一及び第一二コースに降つた雨の全部並びに第二、第一六、第一七及び第一八コースに降つた雨の半分はいずれも野田尾谷川(武田尾川)あるいは滝の谷川を経て武田尾川に、また、西コースの第一〇コース、練習場、クラブハウス及び駐車場に降つた雨は墓の谷川を経て武田尾川に集中し、東コース中第三、第四、第五及び第六コースに降つた雨のすべて並びに第二及び第一三コースに降つた雨の半分は、いずれも谷ケ谷川に集中し、結局、本件ゴルフ場全域に降つた雨の大部分は右二つの谷川を流れて武庫川に注いでいる。したがつて、同三五年八月当時、前記(二)記載のとおり、本件ゴルフ場は非常に荒れた状態にあつたから、右二つの谷川は微量の降雨によつても直ちに増水し、常時水が濁る状態にあつた。

(四) 第一被害の発生の原因

同三五年八月二九日午後五時頃から本件山林付近に雨が降り始めたが、雨水は砂防林が伐採されたために、出水しやすくなつていた本件ゴルフ場造成工事現場の大量の土砂を押し流し、おびただしい土石流となつて同日午後九時頃、堤防をはるかに溢れて前記マルキ旅館の敷地建物等に浸入したことにより第一被害が発生したものである。

(五) 第二被害の発生の原因

被告読売、同大成の各被用者は、本件ゴルフ場の東コースの第三コース内(以下コース名のみのときは全て東コースを指す)の谷ケ谷川上流に、土砂をもつて堰堤を築造し、その底部に直径一五〇センチメートルの排水管を敷設し、土圧による右排水管の損傷を防ぐため十字に組んだ木柱を入れていたが、降雨のため流れ落ちた岩石及び土砂によつて右排水管が閉塞され、右堰堤の上流部分に厖大な量の水がたまつたので、ゴルフコースの崩壊をおそれた被告読売、同大成の従業員らは翌三〇日夜半に右堰堤の一部を切り開いて上流部分の水を放流しはじめたところ、降雨のため柔軟になつていた堰堤の崩壊を来し、貯つていた大量の水が鉄砲水となつて一時に流失し、右堰堤の直下流に同被告らにより設置されていたコンクリート製堰堤を土砂で埋め、これをはるかに越えて谷ケ谷川を下り、前記マルキ別館の敷地、建物、庭園等に浸入したことにより、第二被害が発生したものである。

3  被告らの責任

A 被告読売、同大成の責任原因

(一) 主として第一被害について

(1) 本件山林はすべて砂防指定地域内にあるところ、右山林に被告読売、同大成が広大なゴルフ場を造成することは、砂防林の大規模な伐採、地形の変更等の工事を伴わざるをえず、従つて、造成工事を強行すれば武田尾川、谷ケ谷川下流々域の住民に対し災害をもたらすであろうことは容易に予測できるところであるから、そもそも本件ゴルフ場の造成それ自体が許されないのである。しかるに被告読売、同大成が災害の発生を予測しつつあえて、あるいは全く不注意にもこれを予測せず本件ゴルフ場の造成工事を実施した。

(2) 仮に砂防指定地域内におけるゴルフ場の造成が許されるものとしても、造成工事実施に際しては、地質、地形を調査し、防災上の見地からゴルフ場の配置、工事進行方法など留意した造成計画、工事計画等を作成し、あらかじめ、被告県知事に対して許可の申請をなし、その審査を受け、許可を得てはじめてこれをなしうるのであり、若し、許可にあたりこれに伴う特別の義務を命ずる負担が存するときは、これを履行すべく、更に造成工事の実施にあたつて公的機関による指揮監督があるときはこれに従い、もつて災害発生防止のため万全を期すべき注意義務があるのに被告読売、同大成はこれを怠り、同三四年一一月に工事に着工しながら、同年一二月二一日に至るまで作業許可願を提出せず、更に右に提出した書類も著しく不備であつて、工事計画内容との間に著しい差異が存在していたもので、被告県の適切な審査や指示等を受けることを著しく困難ならしめ、同三五年八月五日に至るまで無許可のまま、ほしいままに本件山林の樹木を伐採し、ブルドーザーで山腹を削つて地肌を露出させる等広範囲にわたつて工事を実施した。

(3) 更に、右工事の実施に際しては、特に工事継続中において大雨の降ることも十分予測できるのであるから、右被告読売、同大成の各被用者はゴルフ場造成工事に先立つて、まず災害を防止するのに十分な許容能力の砂防堰堤等の防災設備を構築し、そのうえで、広範囲にわたつて一時にゴルフ場造成工事を行うことなく、一部分ずつ順次工事を進めていく等の方法を講ずるなど細心の注意をはらい、もつて災害の発生を未然に防止すべき注意義務があるにも拘らずこれを怠り、右についての原告らの再三の注意を無視し且、工事に先立ち下流に土砂流出予防堰堤を設置することを命ずる被告県の指示をも黙殺して、砂防指定地全域にわたつて一時にゴルフ場造成工事を先行させ、右指示から六カ月遅れた同三五年六月ころから砂防堰堤の築造に着手したものの、第三コース直下流に不十分な許容能力しかない砂防堰堤を築造したに止り、本件災害発生当時第二コース直下流の砂防堰堤をついに完成させなかつた。

(二) 第二被害について

被告読売、同大成は、前記2の(五)記載のとおり、第三コース内の谷ケ谷川の谷間を土砂で埋めてフエアウエイとし、その下流部分に盛土堰堤を築造し、排水をはかるためにその底部に直径わずか一五〇センチメートルの排水管を埋没させて暗渠とし、しかも右暗渠に前記十字に組んだ補強柱を入れたままにしていたのであるが、このような場合付近の山が荒れている状態からして降雨の際には土石、樹木等が右排水管を塞ぎやすく、而も降雨量が場い場合には厖大な量の水が右堰堤の上流フエアウエイ部分にたまり、その圧力のため軟弱となつた右堰堤を崩して鉄砲水となつて下流に流れることが予測できるのであるから、排水施設としては管渠排水でなくして開渠排水をなすべきであるのに堰堤部に前記の排水施設を築造したことは工作物設置の瑕疵というべきである。

更に、同三五年八月三〇日夜、降雨のため、右盛土堰堤の上流フエアウエイ部分に厖大な量の雨水が溜つたが、このような場合、もし右堰堤の一部を切り開いて水を放流させると降雨のため軟弱となつた盛土、堰堤は一気に崩壊し、尨大な量の水や土砂が下流に流れて原告らに災害をもたらすことが容易に予測できるのに不注意にもこれを予測せず、ゴルフコースの崩壊をおそれるあまり、同日夜半に右堰堤の一部を切り開いた。

(三) 以上の次第で、被告読売、同大成の本件工事担当の被用者らは、前記の同人らの共同過失により、原告らに後記損害を与えたものであるから、被告読売及び同大成はそれぞれその使用者として、連帯して民法第七一五条に基く損害賠償責任を負うべきである。

(四) 前記の通り本件水害発生当時、本件ゴルフ場造成予定地内の砂防林は広範囲にわたつて伐採され、地肌が露出し、危険な盛土堰堤が第三コース内に存在し、しかも防災設備も全く不完全な状況にあつた。そして本件水害による原告らの後記損害は、土地の工作物たる本件ゴルフ場の設置または保存につき右のような瑕疵があることによりもたらされたものであるから、当時共同して右造成途上にある本件ゴルフ場を占有していた被告読売、同大成は共同して民法第七一七条に基く損害賠償責任を負うべきである。

(五) 被告読売は本件ゴルフ場造成の注文者として請負人たる被告大成に対し、工事の実施、進行、中止につき指示すべき権限と義務を有するものであるところ、2の(二)で記述したような無謀な工事を指示し、築造すべき防災設備の築造を指示しなかつたもので、注文者の過失により原告らの後記損害が生じたというべきであるから、被告読売は民法第七一六条に基き損害賠償責任を負うべきである。

B 被告県の責任原因

(一) 砂防法による砂防指定地の管理は、国の都道府県に対する委任事務であり、右砂防指定地の管理にあたつては、治水上砂防の目的を達成し災害の発生を防止するため砂防林の維持拡充、砂防堰堤の設置はもとより砂防林伐採、砂防指定地内での土木工事を監視すべき義務を負うものであるところ、その任務を担当する被告県の係官は、被告読売、同大成が同三四年一一月頃から本件山林内で大規模なゴルフ場造成工事を行つているのに同三五年二月中旬頃迄これを黙過したことは、その職務に反し砂防地区の監視を怠つたというべきであり、更に、同三五年二月中旬に申請により本件山林を視察した際、被告読売、同大成が、砂防堰堤等の防災設備を設置するようにとの指示に反し、無許可で工事を続行するであろうことを予測しながらも、工事中止命令を出し、或は必要な防災設備の設置を命ずる措置をとり、被告読売、同大成がこれが義務を履行せず、若しくは必要の期限内に義務の履行を終了する見込がないとき或は履行の方法が適切でないときは砂防法第三五条、第三六条による代執行や間接強制等の強権を発動すべきであつたのに、何ら右の措置をとらず、また兵庫県砂防指定地取締規則に基く罰則を科することも全く考慮することなく、漫然とこれを放置した。その結果被告読売、同大成をして防災のための堰堤の設置を先行させることなく、また後になり一部指示により設置した堰堤も不完全なものであるまま、恰も、許可願を形式的に提出しておけば工事の進行に支障はないとするかのような態度で、広範囲にわたつてゴルフ場造成工事を進行せしめ、被告県は却つて本件工事の協力者としての役割を果すこととなつた。

以上の事実によれば、被告県の担当係官はその職務を行うについてその過失により砂防指定地を治水、砂防上管理監督すべき職責を怠つた結果、前記損害を蒙らせたのであるから、国家賠償法第一条第一項に基き原告らに対し損害賠償責任を負うべきである。

(二) 仮に国家賠償法第一条の責任が認められないとしても、前記損害は砂防法による治水のための砂防指定地の公水管理上の瑕疵により生じたものであるから、同法第二条第一項に基き、被告県は損害賠償責任を負うべきである。

4  原告らの損害

(一) 原告ら固有の損害

原告雅興は別紙損害一覧表のA記載のとおり、同祥隆は同表のB記載のとおり、それぞれ、土地、建物、庭木等を所有していたところ、本件災害のため各物件につき同表記載のとおりの侵害を受け、その結果、原告雅興は合計金二、〇八三万八、〇〇〇円、同祥隆は合計金九八三万八、五〇〇円に達する各損害を蒙つたので、原告らは被告らに対し、各同額の損害賠償請求権を有する。

(二) 訴外亡木戸うたの損害

訴外亡木戸うたは本件水害発生当時マルキ旅館の営業主であつて右旅館の営業権を有し、別紙損害一覧表のC記載のとおり営業用什器等を所有していたが、本件災害のため同表記載の各物件につき流出もしくは毀損の損害を蒙り、また、旅館営業も相当長期間にわたつて全面的に停止し、営業再開後も部分的営業に止まつた。右物的損害及び営業停止による逸失利益喪失の損害は合計金八九八万八、〇〇〇円であつて、同訴外人は被告らに対し、同額の損害賠償請求権を取得した。

(三) 右木戸うたの死亡と原告らの相続

ところで、右木戸うたは同三五年一二月三一日死亡したので、その相続人である原告雅興、訴外なつえ、同木戸てい、同里深ふう、同津田よも子が各七分の一、原告祥隆、訴外木戸佐栄子が各一四分の一、訴外木戸靖夫、同谷本ウナ子が各三五分の二、同南健介が三五分の一の各相続分の割合に従つて、木戸うたの被告らに対する前記損害賠償請求権を相続により取得したところ、訴外木戸てい、同里深ふう、同津田よも子、同木戸佐栄子、同木戸靖夫は自己の相続にかかる損害賠償債権分を同三八年八月一五日原告雅興に譲渡し、同人らはその旨同日付内容証明郵便をもつて被告らに通知し、右郵便は翌一六日被告県に到達し、被告読売、同大成にも同日頃到達した。

(四) 損害賠償請求権金額合計

前記原告雅興固有の損害賠償請求権に、前記同人が訴外亡木戸うたから相続した損害賠償請求権及び、同原告が前記木戸ていら五名から譲り受けた同請求権を加えた合計金額は金二、七一二万九、六〇〇円となる。

また、前記原告祥隆固有の損害賠償請求権に、前記同人が訴外亡木戸うたから相続した損害賠償請求権を加えた額は金一、〇四八万〇、五〇〇円となる。

5  結論

以上の次第であつて、被告らの行為は共同不法行為の関係にあるから、被告らは連帯して、原告らの被告らに対する前記各損害賠償請求権のうち、原告雅興に対し金一、五〇〇万円、原告祥隆に対し金五〇〇万円と右各金員に対する損害発生の日の翌日である昭和三五年九月一日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金を支払うことを求める。

二、請求原因に対する被告らの認否及び主張<省略>

三、被告らの主張に対する原告らの反論<省略>

第三  証拠<省略>

理由

一災害の発生

原告らが西宮市塩瀬町名塩北山五三一三番の三五、武田尾温泉において、それぞれ別紙損害一覧表のA・B記載の土地建物等(その位置関係の概観は別紙図面(一)記載のとおりである)を所有していること、同所において、昭和三五年一二月三一日までは訴外亡木戸うたが、右以降は原告木戸雅興がマルキなる屋号で料理旅館業を営んでいるものであること、別紙図面(二)記載のとおり、右同所付近において武庫川が西から東に流れ、これにその南面する山間部の水を集めて西側に武田尾川、東側に谷ケ谷川の二つの武庫川の支流が相接するようにして南側からその北側にある武庫川本流に合流していること、マルキ旅館本館は武田尾川の武庫川への合流点付近にあつて、武田尾川の西岸にあたる地点に、同別館は谷ケ谷川の武庫川への合流点付近にあつて谷ケ谷川の西岸にあたる地点にそれぞれ存在していること、同三五年八月二九日午後九時頃、右武田尾川が氾濫して大量の水が右マルキ本館の敷地、建物等に浸入し、原告らが土地、建物、庭園等に大きな被害を蒙つたこと(第一被害)、同月三一日未明に前記谷ケ谷川を溢れた大量の土石流により、前記マルキ別館等が流失し、土地建物庭園等に大きな被害を蒙つたこと(第二被害)は当事者間に争いがない。

二ゴルフ場の造成について

1  砂防指定区域の状況

本件山林が砂防法に基く砂防指定地域内にあることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件山林を含む六甲山系一帯は、風化性の強い花崗岩により組成されており、災害が極めて起りやすい危険な山岳地帯で本件山林を含む付近の山林は古くから砂防指定地域となつていたこと、本件山林は、略々、標高三〇〇メートルの丘陵地帯にあり、東西に延びる陵線の北斜面は武田尾川、谷ケ谷川に流れ、上流部の山腹は比較的緩勾配であるが、下流に向うにつれて次第に急傾斜となり谷川は渓谷をなす地勢にあるところ、昭和二年ころには秀山が多く、被告県により同年頃から同八年頃までの間松等約二〇万本を植林するなどしたため、同三四年頃にはほとんど砂防林が完成し、樹令一八年ないし三五年生の黒松等良好な生育を示し、五〇年生の赤松自然林を含め完成された砂防設備既成地と看做され、マルキ旅館において武田尾川等の水を飲料とし、多少の雨が降つても水が濁つたりすることがなく、同一三年以来武田尾川、谷ケ谷川の渓流の増水による被害はなかつたことが認められる。

2  ゴルフ場造成工事の経過状況

被告読売が昭和三三年頃本件山林に一〇〇万坪に及ぶゴルフ場建設の計画をたて、本件山林を買収した上、ゴルフ場建設工事の一切を被告大成に請負わせ、被告大成が同三四年一一月工事に着工したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、

(一)  本件ゴルフ場は各一八コースより成る東、西コースを有するゴルフ場であつて、東コースのみについてみると、各コースの位置関係は別紙図面(二)のとおりであり、その地形上、第二コース、第七ないし第一二コース、第一六ないし第一八コース等の各コースの雨水は、滝ケ谷川を経て武田尾川に注ぎ、第二コース、第四ないし第六コース、第一三コースの降雨は谷ケ谷川に注ぐこと。

(二)  右コースの設計については、被告読売がコース設計を専門とする訴外上田治に委任し、先ずコース配置図が作成され、次に被告大成が作成した二〇〇〇分の一の航空測量による平面図に各コースが書き入れられ、それに基いて現地において測量がなされ各コース毎に縦断図、横断図が作成され、これに、コース設計者により縦断勾配、横断勾配が記入されて実施設計が完了し、右実施設計により、コース造成により移動する土量の計算がなされ、他方三田土木出張所、神戸海洋気象台、大阪気象台、三田測候所において過去の雨量を調査した結果、丹南町の北で昭和三三年台風一一号の際一時間雨量五三ミリメートルの記録があり、最大一時間六〇ミリメートルの雨量を予想して、集水面積計算により排水管の規格が三〇〇ミリメートルないし一、五〇〇ミリメートルと定められたこと。

(三)  これらの実施設計は東コース、二番コースから順次なされた造成工事も実施設計の完了に従つて順次着手されたが各コースの造成にあたつては、各コースは谷筋にあたり、その巾は六〇ヤードないし八〇ヤードと設計されているため、排水管の敷設をなし、谷筋の両側の山を削りその土砂を以て谷を埋めることになり、実施設計前被告読売が被告県に提出した砂防指定地作業願によれば、これがための砂防林の伐採514.430平方メートル、切取土量一、三九五、773.5立方メートル、盛土、土量一、三四八、913.5立方メートル(実施設計がされるとこれら土量は若干の減少は見込まれる)排水管敷設延長四、〇〇〇メートルトと計画されていて、完成された実施設計により同三五年一二月東コース開場を目途として、同三五年一月から本格的な伐採作業に入り、次いでブルトーザを入れ、同年四月頃には工事に従事する人夫も一五〇人にのぼり造成工事は本格化し、同年八月二九日当時において別紙図面(二)のとおり第八、第一一、第一七、第一八コースは未着手、第六、第七、第一六、第一コースの一部が岩盤の存在等の理由で未着手であるほかは各コースとも砂防林の伐採、山腹の切土盛土を了え、各コースの芝張りも完成していたこと、但し、日照り続きのため植付けた芝は弱り、散水をして廻る必要がある程でたやすく根付かない状態にあつたこと。

(四)  右の三番コースのテイグランドとフエアウエイの間の谷間(谷ケ谷川)には、設計に従つて天端の巾約二メートル、低い部分の最も広い個所での巾約三〇メートル、高さ谷の最も低い部分で平均約一〇メートル、長さ七〇メートルの歩径路が、テイグランドと三番ホールのフエアウエイ及びグリーンの切土約五、〇〇〇立方メートルを盛土しその下部に直径1.5メートルのヒユーム管を敷設した盛土堰堤状をなして既に同年五月頃に完成していたこと。

(五)  これよりさき後記の如く同年三月頃被告県から三番コースの前記歩径路下に砂防堰堤を、二番コース下に水利堰堤を建設するようにとの指示がなされたが、設置位置選定の関係もあり、実施設計に日時を要し、三番コース下の砂防堰堤(貯砂量三一九九五立方メートル)は同年五月着工、台風期をひかえて工事を急ぎ後記許可当時既に完成していたが、二番ホール下の堰堤は基礎工事に着手した程度に止つていたこと。

以上の事実が認められる。

三災害時の降雨量と災害発生の状況

<証拠>によれば、

1(一)  本件ゴルフ場造成工事進行中の同三五年梅雨頃には、降雨があれば武田尾川は工事前に比し早い時間に増水し、赤褐色の泥水が流れ、雨が止むとすぐ減水する状態であつたが、同年八月二九日午後五時頃から台風第一六号の影響により雨が降り始め、同日午後六時半頃から降雨は激しくなり、同日午後八時頃から武田尾川が氾濫をはじめ、本件第一被害が起つたのは冒頭記載の午後九時頃であつたこと。

(二)  本件ゴルフ場造成工事現場と地理的に近く、且類似の地理的環境にある千苅貯水場において、同日午後三時から午後九時迄の降雨量は一二〇ミリメートル、最大雨量は同日午後六時四〇分から七時四〇分迄一時間四二ミリメートル、また右貯水場迄と略々等距離にある西宮土木出張所宝塚詰所においては、同日午後四時から午後九時迄の雨量は73.4ミリメートルであつたこと。

(三)  本件災害直後東コース、一番コース、二番コース間、二番コースのテイグランドの谷等各所に土砂流出のあとがみられ、また滝の谷川の川筋において川底から約3.6メートルの高さに泥水の流れた痕跡が認められたこと。

2(一)  右氾濫後の同月三〇日早朝前記歩径路をなしている盛土堰堤の上流部に尨大な量の水が貯り満水に近い状態となつているのが発見され、その原因は右歩径路の底部に敷設されている排水管が三番テイグランド上流の斜面に起つた崩壊による土砂、流木により閉塞されたためと推定されたため、更に降雨があるときは決壊の虞があり、名塩地区から消防ポンプの来援を得て、被告大成所有の排水ポンプとあわせて四台のポンプで同日正午頃から排水作業に努めた結果、夕刻には水位は二メートル近く下つたこと。

(二)  同日の天候は台風は通過し雲の切れ間が見える程度に回復したが、尚時々降雨がある状態で、万一に備え三番フエアウエイの地山部分に排水溝をつくる等の応急措置を講じていたところ、同日午後一一時頃から降雨が激しくなり水位は歩径路天端より五〇センチメートルのところに達し、再び満水に近い状態になり、更に翌三一日未明の降雨により、ごう音と共に決壊し、右堰堤の半分以上が崩れ去り、三番コース下部の砂防堰堤を越え激しい土石流となつて谷ケ谷川を下り、山がせり出したような恰好で第二災害となつたこと。

(三)  同月三〇日午後一一時から翌三一日午前五時頃迄の雨量は千苅貯水場が41.7ミリメートル、西宮土木出張所宝塚詰所で29.4ミリメートルであり、時間最大雨量も一五ミリメートル前後に過ぎず、当時武田尾川の異常な増水はなかつたこと。

以上の事実が認められる。

四ゴルフ場造成工事と本件災害との因果関係

1  砂防法は、その沿革からして砂防指定地域にある河川上流の禿崩山地における崩壊を防止し、これら山地を復旧し、下流河川の流路が砂礫のため埋塞されることを防止する目的で松、杉等を新に植栽する作業を中心とし、石堤、堰堤工事を加える所謂地盤保護山腹砂防工事の実施を予定するものであり、前認定の砂防工事も、近代的な大規模砂防ダム工事と異り、植栽を中心とする砂防工事に外ならず、このような砂防工事は年月の経過によつて砂防林の持つ保水機能は高められ、降雨による山腹の崩壊、急な勾配を持つ渓流の急激な増水による渓岸、渓床の浸食による土砂の生産、流失を防ぐ作用を果すことになることは明かであり、昭和一三年来、谷ケ谷、武田尾西渓流の増水による被害がなかつたことは前認定の通りであるから、本件砂防工事はそれ自体完成されたものと評価することができるものと認められる。

ところで、前記ゴルフ場造成工事は、山腹を削りその切土を以て盛土をなし、一八に及ぶ東コースを造成するにあり、その前提として当然長年にわたり植栽して来た立木の伐採、樹根の撤去、土砂の移動を伴うもので、その規模は前に認定した通りであり、その結果、本件砂防指定地域の持つ保水機能は著しく減少し、芝張りを完了したコース部分において芝の植栽後日が浅かつたことと相俟つて一、二、七、九、一〇、一二、一六番の各コースに降つた雨は、一部山腹の崩壊をみせながら谷筋に集まり急激な増水をみせて勾配の急な滝ケ谷の渓流を下り、渓岸、渓床を流失させて武田尾川と武庫川の合流点に至り、第一災害を惹起したものと認めるのが相当である。

また二番コースの一部、三ないし六番コース、一三番コースに降つた雨は前記の通り土盛堰堤状の歩径路の上流部分に溜つたため、第一災害当時谷ケ谷の渓流を流下することはなかつたところ、同三一日未明の降雨で右歩径路が決壊し、歩径路上流に溜つた厖大な雨水が一気に谷ケ谷を下り、渓岸渓床の岩石を削り土石流となつて流下し第二被害となつたことは明かである。

そして第一被害当時の雨量はゴルフ場設計に際し予想した許容最大降雨量を相当下廻る程度のものであり、決して異常とは認められない程度のものであつたこと、第二被害当時のそれは最大降雨量一時間一五ミリメートル程度に過ぎなかつたことに鑑みても本件第一、第二災害とも本件ゴルフ場が前認定のような経過で急速な造成がなされなかつたならば発生しなかつたものと認められる。

2  被告らは、第一被害は昭和一三年の阪神風水害当時の異常な降雨量にも比肩すべき局地的豪雨により武田尾川の上流であり、本件ゴルフ場からの流水とは関係のない墓ケ谷川の両岸に山壊れが続出したためと、マルキ旅館は武田尾川を暗渠としてその上に建築せられていたために、右墓ケ谷川から流下した土砂岩石流木等が暗渠の入口を塞いだ結果惹起されたものであり、本件ゴルフ場に水源を発する滝ケ谷川にゴルフ場造成工事現場から流出した土砂流は武田尾川上流野田尾谷川と滝ケ谷川の合流点直下に設けられた砂防堰堤により完全に阻止されたし、第二被害は、歩径路の決壊による土石流が三番コース直下の堰堤で阻止され、それより下流の谷ケ谷川の両岸の山崩れにより惹起されたものとして、ゴルフ場造成工事と第一、第二被害との因果関係を否定する。

しかしながら

(1)  第一被害発生当時において、墓ケ谷川はもとより武田尾川、谷ケ谷川一帯に、昭和一三年の阪神水害当時に匹敵するような連続した異常な局地的降雨があつたと認めることができる確証はなく、<証拠>によれば、墓ケ谷川西岸に山壊れのあとが認められ、<証拠>によれば、右崩壊が第一被害の原因であると結論づけているが、<証拠>によれば、墓ケ谷川と武田尾川の合流点より上流に存する元湯旅館も武田尾川氾濫による被害を受けていること、被告県が野田尾谷川(武田尾川)と滝ケ谷川の合流点直下流に同三一年頃建設したコンクリート堰堤(高さ八メートル、巾二一メートル)―右堰堤建設の事実は当事者間に争いがない―は本件災害直後土砂で満されているのが認められていること、前認定の通り本件災害直後武田尾川の上流滝ケ谷の川筋において渓床から約3.6メートルの高さに水の流れの痕跡があり、前認定のコースに降つた雨水は右滝ケ谷川に流れること、コース造成による多量の土砂の移動と砂防林の伐採による保水機能の激減とを併せ考えるときは、異常降雨による墓ケ谷川の渓岸の決壊が第一被害をもたらしたとは認められない。

また<証拠>によれば、本件災害当時暗渠にかん木が引つかかつていた事実は認められるが、他方<証拠>によれば、本件災害当時暗渠は完全に閉塞されたとはいえず、なお通水していたこと、右暗渠より上流の標高の高い地点に位置する旅館河鹿荘、同旅館のプール、ピンポン室等にも被害があつたこと、マルキ旅館は急勾配をなし屈曲して流れる武田尾川が武庫川に注ぐ屈曲部の狭い地点に位置していることが認められ、前認定の更に標高の高い上流部に存する元湯旅館も被害を受けていることと災害時の降雨量と災害発生の状況、造成工事の進捗状況と対比して考えるときは、暗渠の存在が第一被害の原因をなしたとは到底考えることはできない。

(2)  第二被害については、<証拠>によれば、第三コース直下流のコンクリート製堰堤より下流の谷ケ谷川両岸に崩壊の跡が認められ、右<証拠>は右の谷ケ谷川の崩壊が第二被害の土石流の原因であるとするが、既に認定した通り、右谷ケ谷川両岸の崩壊は第三コースの歩径路の決壊によりその土砂が右堰堤を埋め、上流に溜つた厖大な雨水が勾配の急な谷ケ谷川の渓流を降下したために渓岸の崩壊を来し、それが第二被害の原因をなす土石流となつたものと認めるのが相当であり、右<証拠>は到底採用できない。

(3)  なお、被告大成、同読売は、マルキ旅館は昭和一三年七月、同二〇年一〇月の二回にわたり武田尾川、谷ケ谷川の氾濫により建物の大部分を流失したことがあり、水害に対し危険な場所に位置しているため本件被害となつたもので、本件被害は天災にほかならず、同原告らのコース場建設工事と因果関係はない旨主張するが、<証拠>によれば、同一三年七月当時被告県が附近の禿山に砂防林の植栽をなした直後であつたため、被害が生じたものであり、しかも当時の被害は本件災害に比して軽微であり、建物もそのまま使用し得たこと、同二〇年一〇月の災害は武庫川本流の氾濫によるもので、武田尾川、谷ケ谷川の氾濫はなかつたことが認められ、前認定のように右両渓流の存する本件山林は本件被害発生当時砂防設備既成地とされていたこと、及び当時の降雨が異常なものであつたと認められないことを対比して考えると、右被告らの主張は採用できない。

五被告らの責任

1  砂防法と砂防設備とその管理の関係

砂防地域の指定の制度の目的は、治水上、砂防のため砂防工事を施行し、砂防設備を維持、管理し、一定の行為を禁止、制限し、以て砂防の目的を達しようとするにあり、砂防地域の指定により地方行政庁(都道府県知事)はその管内における砂防指定地を監視し、砂防設備を維持管理する義務が課せられる(砂防法第五条参照)。即ち砂防地域の指定により国の機関として委任を受けた都道府県知事は、新に、苗木を植栽し、或は堰堤工事をなすなど、砂防工事を施行する義務を生じ、右義務に基き新に植栽された樹木或は設置された堰堤は、その地盤や附近に存する自然木など人工の加えられない部分、自然的に附加された部分と一体となつて砂防設備となり、砂防設備台帳に記載され、公物として自然崩壊、現状変更の虞などを常に把握するため監視を義務付けられ、砂防設備を良好な状態におくべき法律上の義務を負担するに至り、他方砂防設備を良好な状態におくためには、その現状を変更し治水上砂防に影響を与える形質の変更を伴うような行為(その具体的内容は都道府県知事に委任され、昭和三七年二月二七日改正前の兵庫県砂防指定地取締規則によれば、砂防設備については、木竹の伐採、土、石、鉱物、樹根の採取及び投棄、木竹の滑下搬出、開墾などが規定されている)を禁止制限する必要があり、この禁止制限の解除を行政庁の許可処分にかからせているのであるが、この制限、禁止の解除については、前記砂防法第五条に規定する義務に鑑み、砂防の目的に適合する処分のみをなすことを要し、従つて特定の予防設備の設置を以てしても、砂防の目的を達成することができないような場合は不許可処分をなすほかはなく、若し適合性を欠く許可処分がなされるときはそれは違法処分であると解すべきである。

2  被告県の本件ゴルフ場造成工事作業許可の経緯

<証拠>によれば次の事実が認められる。

(一)  被告読売は本件ゴルフ場造成にあたつて、嘗てゴルフ場造成工事に経験を有する訴外河原利一を同三四年一一月三日新に職員として採用し、本件作業現場に常駐させ、被告大成に対する造成工事関係事務の取次ぎ、工事現場における造成工事の監督、右工事に関する官庁に対する申請書類の作成、提出などの事務を担当させ、又被告大成はその職員である訴外浜田辰平を同年一一月一日造成工事の監督者として現場に出向させ、同訴外人の監督下に訴外八木暁をして工事全般を、訴外河野正晴をして設計資材関係を担当させたが、右訴外河原及び浜田らは本件山林が砂防指定地であることを知らなかつたところ、同年一一月中旬頃、西宮市役所より造成工事にあたつては兵庫県知事の許可を必要とする旨を指摘され、関係書類の整備を急ぎ兵庫県知事宛の砂防指定地内作業願を同年一二月二一日、被告県西宮土木出張所に提出した。

(二)  しかし右作業願は航空写真測量に基く設計によつたものであり更に現地測量に基く実施設計を必要としたため、各コースごとに順次現地測量を経由し実施設計をなし書類の不備を補正する必要があり、その補正をまつて同三五年五月二三日被告県において受理することとなつた。

(三)  被告県はこれよりさき、被告県西宮土木出張所より作業願が提出されたことの事前連絡を受け、同年二月から受理に至る間三回にわたり係官が現地を視察し、実査の結果、同年二月、三月の二回にわたつて口頭及び書面で第二コース第三コース下に堰堤を設置するよう西宮土木出張所長より指示がなされたほか、細部にわたる行政指導がなされ、同年八月五日、土砂樹根などを河川内に投棄しないこと、残土は安全な場所に搬出すること、盛土高さ三メートルを越える個所では法面の流出防止措置をとること、各コースの表面水は安全な箇所迄水路により導き法面に流さない構造とすること、排水管上流部に土砂溜桝を設置すること、工事に先立ち第二、第三コース下流部に砂防堰堤を設置し右堰堤の設計については西宮出張所長の承認を受けることなどを附款として右申請は許可された。

(四)  しかしこの間前に認定したように造成工事は急速に進められ、右許可当時立木の伐採、コースの造成の大半がなされたが、被告河原、浜田等工事関係者は、作業願を提出しさえすれば行政指導に従い工事を進行しても支障はないものと安易に考えており、被告県も亦造成工事が進行しているのを熟知しながら、西宮土木出張所係官より再三注意はなされたものの事実上これを黙過し、附款に定められた堰堤の設計については設置個所の選定に手間どり、設計図の提出が遅れ、これに苦慮した西宮土木出張所長は被告大成のため大要の設計図を作成するなど、あたかも工事の進行に協力するような態度であつた。

(五)  本件災害後、被告は更に各コースの土砂が降雨により下流に流送されないよう万全の防護策を講ずること、第三コース盛土堰堤は原形復旧はやめ開渠に変更すること、第三コースの盛土個所に対し法止工として高水位以上の高さにコンクリート擁壁を設けること、各コース間の水路の溜桝は土砂溜桝に変更し、水路間に土砂流入のない構造に変更すること、水路排水設備の断面決定は最大雨量に基くものとし、流出係数は一〇〇パーセント土砂流入量を含め計算の上、計画設置すること、法面崩壊個所は石張工杭柵工とし法先を強化することなど指示した。また第三コース直下流のコンクリート堰堤は災害後約2.5メートルかさ上げされたほか、谷ケ谷川、武田尾川のみについてみても、谷ケ谷下流に堰堤一基、武田尾川上流滝ケ谷川と赤尾谷川合流点に堰堤一基が被告県の砂防設備として設置され、第二コース直下の堰堤の外に滝ケ谷川の上流部分に堰堤一基が被告読売の原因行為者施行として設置された。

3  被告読売、同大成の責任

本件ゴルフ場造成工事現場は急勾配をなす谷ケ谷、武田尾の二渓流の上流地域にあたり、風化性の強い花崗岩により組成され、かつては災害が起り易いはげ山をなしていたが、砂防地に指定され、長年にわたり砂防設備は維持管理され、完成した砂防設備既成地域と看做される程度に達していたことは前認定の通りである。

右のような地域で一八コースにわたるゴルフ場を造成するためには大規模な樹木の伐採、大量の切土、盛土などによる土砂の移動を伴うことは必至であり、砂防地域の持つ保水機能は著しく損われることは自明であるから、このような地域でゴルフ場を造成するにあたつては降雨による急速な出水により下流に被害を及ぼさないよう、降雨により渓流に与える影響の少ないコースから樹木を伐採し削土、盛土による造成工事をはじめ、芝の活着によるコースの土砂の安定をまつて次の工事に移るとか堰堤の設置工事を先行させ、その完成をまつて造成工事を順次進行させるとか、雨水を渓流に流下させるにあたり、排水管に土砂が流入しないよう充分な構造を考慮し工法を選択するとか、或は台風期には危険個所の工事を手控え、又はそれ迄に充分な防災の設備を完了するなど、工事の時期、順序、工法、構造、防災設備などについて充分な考慮を払うべき注意義務があることは当然といわねばならない。

しかるに、右被告らの工事担当者は、契約に定められた一二月開場を目途にして工事を急ぐ余り、前認定の通り工事着手時は、漸く現地測量がはじまつたばかりで、同三五年四月造成工事が本格化したから、本件災害発生迄僅か五カ月余の間に台風期をひかえながら各コースの立木の殆どが伐採され、大部分がブルドーザーにより土砂が削られ盛土がなされ、植採された芝もその活着が困難な時期にあたり、土砂の安定と保水機能は期待することができず、武田尾川上流部にあたる滝ケ谷川に連なる第二コース下の堰堤は基礎工事のみに止り、谷ケ谷川にかかる盛土堰堤をなす前記歩径路はその排水設備は充分でなく(証人浜田辰平、同八木暁、同岡田一男の証言によれば、右歩径路底部に敷設された約一〇本の排水管には土圧を緩和するための十字に組んだ補強杭がそのまま放置されていたことが排水管閉塞の一因となつたことが認められる)、このような台風期をひかえての砂防地域における形質の急速且広範囲の変更とこれに対応する砂防の目的に適合するだけの予防対策の不完全が本件第一、第二被害をもたらしたものと認めるのが相当であり、右被告らは使用者として損害賠償の責に任ずべきものと認められる。

4  被告県の責任

行政庁である兵庫県知事において砂防設備を維持管理すべき砂防法に基く法律上の義務があることは前説示の通りであり、最能宗雄は被告県の砂防主任として砂防工事の調査、計画、砂防設備の管理を担当していたもの(証人最能宗雄の証言により認められる)であるが、前認定の通り被告読売の工事申請を許可するにあたり、既に同三五年初頃許可申請書が提出されその後同年四月頃から造成工事が本格化し、急速に進捗しているのを中止措置をとることなく許可に至る迄放置していたことは、砂防法上の管理義務に違反するものというべきであり、従つてまた被告県知事のなした事後承認的な許可処分は違法と解すべきである。のみならず本件許可処分は堰堤の設置を工事に先行させることを義務附ける附款を附しているが、他の附款の当、不当はしばらくおくとして、前に認定した堰堤設置の指示の経緯に鑑みても許可処分をなすに当つて重要な要素をなしているものと認められるところ、既にコース大半の造成が進行しているのに附款に堰堤の設置を工事に先行させるようなことは不可能なところであり、このような附款は無効と解すべきであり、従つてこのような附款付の許可処分は違法と解すべきである。

このような職務上公務員の公権力の行使にして違法な行為は、前記砂防法に明示されている規定の解釈を誤つたものというべく、それは砂防地に指定されて以来、被告県において砂防作業をなし、長年にわたり公物たる砂防設備の維持管理にあたり、砂防設備既成地域と看做されるに至つた事実を看過するものであつて、過失によるものというほかはない。

被告県は、仮令被告県に義務懈怠があるとしても、それが行政上の責任を越えて原告らに対する不法行為法上の義務違背とされるものでなく、また砂防法上特定の行為の禁止制限については、治水砂防のためという必要最少限度に止めるべきであり、被告県としては工事の具体的状況に応じ或は口頭でその中止を勧告しつつ、他方許可申請をするよう指示し、その間砂防堰堤の設置を指示するなど、現地実査による指示勧告をなし公益と私益の調和に留意したものであつて、被告県のとつた措置に違法はない旨主張するが、被告県の砂防事務担当の職員に前記法律上の義務があることは前に説示したとおりであり、本件山林を被告読売が買収することにより所有権を取得したとしても、被告読売は被告県の砂防作業、砂防設備の維持、管理を受認すべきものであることは当然である。他方砂防地の形質変更の禁止制限は絶対的なものでなく、被告読売において形質変更を必要とするときはその規模に応じ砂防目的を達するに足る予防施設の設置を条件としてこれを許可すべきことはもとよりであるが、この裁量は治水砂防に適合することを要件とする覊束裁量であり、被告県のなした許可が違法であることは縷述したところであつて、結局被告県の主張するところは、砂防設備が公物であり、それは長年にわたる維持管理によりはじめて砂防の目的を達するものとなる性格を持つために砂防法第五条のような規定がおかれていることを考慮しない議論であつて、このような見解は採用できない。

被告県は原告らに対し国家賠償法第一条により損害賠償の責に任ずべきである。

六損害

A  原告雅興固有の損害

1  主として谷ケ谷川氾濫による損害

原告雅興が別紙損害一覧表のAの1、2記載の土地建物を所有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告雅興は前記谷ケ谷川の氾濫((一)(4)の宅地については武田尾川の氾濫を含む)により、次のとおりの損害を蒙つたことが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

(一) 土地

金三〇三万五、九二〇円

(1) 西宮市塩瀬町名塩字北山五三一三番地の二、山林のうち三〇〇坪を流失したが、右流失による損害は金一五万円を下らないと認められる。

(2) 同番地の一六、畑地六九坪全部が流失埋没したが、右流失埋没による損害は金七万円を下らないと認めるのが相当である。

(3) 同番地の二九、宅地582.67坪全部が流失埋没したが、右流失、埋没による損害は金八七万円を下らないものと認められる。

(4) 同番地の三〇、宅地597.73坪全部が流失又は埋没したが、そのうち、後記建物の敷地部分については、同建物の損害として評価することとし、その一階部分の床面積として、マルキ別館一五坪、物置7.52坪、第一倉庫四〇坪、第二倉庫67.60坪、浴場37.11坪、娯楽室12.54坪を差し引いた417.96坪のうち、庭園に使用していたと認められる三七〇坪については、植木屋及び手伝人夫の日当を含めて坪あたりの復旧に要する単価を金五、〇〇〇円、その余の宅地については坪あたりの復旧に要する単価は金二、〇〇〇円が相当と認められるので、右により計算した金一九四万五、九二〇円が右土地の流夫又は埋没による損害と認められる。

(二) 建物 金一一五万円

(1) 同番地の三〇、木造瓦葺二階建店舗(マルキ別館)床面積二五坪が流失したが、右は一部を居住用に大部分を客室として使用していたもので、右損害は金一〇〇万円を下らないものと認められる。

(2) 同所、木造瓦葺平家建物置床面積7.52坪が全部流失したが右の損害は金一〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

(3) 同所、木造瓦葺平家建店舗(ピンポン室)床面積12.54坪が土砂により埋没したが、右の損害は金五万円が相当と認められる。

2  武田尾川氾濫による建物及び建築用材等の損害

原告雅興が別紙損害一覧表Aの2の番号3及び5の建物を所有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、前記武田尾川の氾濫により次のとおり損害を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

(一) 建物 金一六九万円

(1) 前記同所木造瓦葺平家建居宅兼倉庫面積67.60坪が土砂により埋没流失したが、右損害は金八四万円を下らないものと認められる。

(2) 右同所木造瓦葺二階建倉庫面積57.74坪が全部流失したが、右損害は金八五万円を下らないものと認められる。

(二) 建築用材等 金一八五万円

右(一)記載の倉庫内及びマルキ本館地下室内に左記の原告雅興所有の建築用材等が置かれていたが、右倉庫及びマルキ本館の流失・埋没により右資材は流失し左記を下廻らない損害を蒙つたものと認められる。

(1) 柱四〇本、平板五〇枚…金八〇万円

(2) 板類(トガ松、松)……金二五万円

(3) 丸太、足場丸太、垂木等…金二〇万円

(4) タキロン並板一〇枚、波板五〇坪

分、ナマコ板二〇枚…………金五万円

(5) 瓦、セメント瓦八〇坪分…金一〇万円

(6) 水道用具、ビニールパイプ、継手

及び工具一式………………金一〇万円

(7) 土工具、ワイヤーロープ、ネコ

車、チエンブロツク二個、スコツ

プ、ツルハシ等………………金五万円

(8) 水道、電気設備…………金三〇万円

3  石垣(武田尾川、谷ケ谷川氾濫によるもの)金一一四万二、〇〇〇円

<証拠>によれば、原告雅興は谷ケ谷川の氾濫により、合計935.5平方メートル、武田尾川の氾濫により合計八四平方メートルの石垣(いずれも同原告所有前記四のA―(一)の土地上に存在)を流失又は埋没させたこと、右損害については武田尾川沿いの石垣については一平方メートルあたり金五、〇〇〇円、谷ケ谷川沿いの石垣については一平方メートルあたり金四、〇〇〇円をそれぞれ下らない復旧費がかかることが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、<証拠>によれば、右谷ケ谷川沿いの石垣のうち七五四平方メートル(別紙損害一覧表のAの3の番号123及び6の部分)については、既に被告県の費用で原状に復していると認められるので前記谷ケ谷川関係の石垣の損害面積から差し引くこととする。

よつて、計算すれば

谷ケ谷川沿い石垣……4,000円×(934.5−754)=722,000円

武田尾川沿い石垣……5,000円×84=

420,000円

となり、右合計金一一四万二、〇〇〇円が石垣の流失による損害と認められる。

4  庭園

<証拠>によれば、前記武田尾川及び谷ケ谷川の氾濫により原告らは次の灯ろう、庭石、庭木等流失の損害を受けその損害額は左記損害額を下廻らないことが認められる。

(一) 灯ろう等 金一九四万円

(1) 雪見灯ろう三基…………金一五万円

(2) 十二重塔婆一基………金一〇〇万円

(3) 五重塔婆一基……………金四〇万円

(4) 春日灯ろう七基…………金三五万円

(5) ぼけ灯ろう二基…………金四万円

(二) 庭石(直径二尺以上個数五〇〇を下らない)金一〇〇万円、単価一個あたり金二、〇〇〇円相当、合計金一〇〇万円。

(三) 庭木 金一五五万円

松一五本、トガ、モミジ、槇、梅、桜計約四〇本、小木、さつき、ひらどその他多数の庭木が流失、埋没あるいは折れる等の被害を受けたが、松については一本あたり三万円合計金四五万円、トガ、モミジ、槇、梅、桜については一本あたり二万円合計金八〇万円と認めるのが相当であり、小木、さつき、ひらどその他の庭木については合計金三〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

(四) 歌舞伎門一棟(流失)

金三〇万円

右損害金は金三〇万円と認めるのが相当である。

(五)(1) なお、<証拠>によれば、原告らが雇つた植木屋については延べ一、〇〇〇日、手伝人夫については延べ二、〇〇〇日をそれぞれ下らないものと認められるが、右人夫を雇うのに要した費用は既に1(一)の土地の復旧費用のうちに算入済みであり、これらについての費用は認容の限りでない。

(2) また原告らは庭園につき過去四〇年間の手入と年月の経過による所謂サビにより得られた景観を失つた損害として金五〇〇万円を請求するが、庭園については、古くなればなる程その独特の美しさが加わり、庭園の価値が増すことは明らかであり、それが美術上の見地から社会的に評価される程度に達した場合には金銭的な評価を許さないものではない。しかし本件の場合においては、原告らの庭園が右の意味での金銭的評価を受ける程度に達していたものと認めることができる証拠がないから、右請求は認容できない。

(六) 以上の庭園の損害合計金四七九万円のうち、庭園の大体の面積比により三分の二である金三一九万三、三三三円を原告雅興の損害とし、三分の一である金一五九万六、六六七円を原告祥隆の損害とするのが相当である。

5  よつて、以上の原告雅興固有の損害は、合計金一、二〇六万一、二五三円であり、原告雅興は被告らに対し右同額の損害賠償請求権を取得した。

B  原告祥隆の損害

1  別紙損害一覧表のBの12記載の土地建物を原告祥隆が所有していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、前記武田尾川の氾濫により、原告祥隆は次のとおりの損害を受けたことが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

(一) 土地

金一二八万九、〇八〇円

(1) 西宮市名瀬町名塩字北山五三一三の二四鉱泉地1.25坪が埋没したが、右復旧に要する費用は金五、〇〇〇円を下らないものと認められ、右埋没による損害は金五、〇〇〇円と認められる。

(2) 同番地の三一、宅地12.64坪が流失したが右坪あたりの復旧に要する単価は金二、〇〇〇円と認めるのが相当であり、右流失による損害は金二万五、二八〇円と認められる。

(3) 同番地の三三、宅地185.65坪のうち約二〇坪を流失したが、右坪当りの復旧に要する単価は金二、〇〇〇円と認めるのが相当であり、右流失による損害は金四万円と認められる。

(4) 同番地の三五、宅地884.23坪のうち三九〇坪が埋没し、八〇坪が流失したが、右埋没流失部分のうち建物の敷地となつている部分については後記建物の損害として評価することとし、その一階部分の埋没あるいは流失床面積として、マルキ本館170.6坪山吹の間五坪、もみじの間一五坪を差し引いた279.4坪のうち、庭園に使用していたと認められる二二〇坪については植木屋及び手伝人夫の日当を含めて坪あたりの復旧に要する単価を金五、〇〇〇円、その余の宅地については坪あたり金二、〇〇〇円が相当と認められるので右により計算をした金一二一万八、八〇〇円が右流失埋没による損害と認められる。

(二) 建物 金二七〇万円

(1) 同所木造瓦葺二階店舗床面積403.16坪(マルキ本館)のうち、160.60坪埋没し、一〇坪が流失したが、右はいずれも客室として使用していたもので右流失部分の損害は坪あたり金四万円、右埋没部分の損害は坪あたり金五、〇〇〇円を下らないものと認められるので、流失部分の損害合計は金四〇万円、埋没部分の損害合計は金八〇万円を下らないものと認められる。

(2) 同所木造瓦葺二階建店舗床面積二九坪(もみじの間)については一部が流失し、残部が大破したもので右損害は金四〇万円を下らないものと認められる。

(3) 同所セメント造平家建店舗床面積五坪(山吹の間)については一部流失、一部大破したもので右損害は金一五万円を下らないものと認められる。

(4) 同番地の三〇、木造瓦葺平家建、浴場37.11坪は一部流失、残部埋没したもので、右損害は金七四万円を下らないものと考えられる。

(5) 同番地の三一、木造瓦葺平家建倉庫14.30坪は全部流失したが、右流失による損害は金二一万円を下らないものと解するのが相当である。

2  石垣流夫による損害

金七四万二、五〇〇円

同所同番地の三三及び三五の土地については、原告祥隆の所有であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告祥隆は右同所所在の同人所有の石垣148.5平方メートルを全部流失したことが認められるが、右一平方メートルあたりの復旧に要する単価は金五、〇〇〇円が相当であり、右流失による損害は金七四万二、五〇〇円と認められる。

3  よつて、以上の原告祥隆固有の損害は、四A4の庭園の原告祥隆の損害を含め合計金六三二万八、二四七円であり、原告祥隆は被告らに対し、右同額の損害賠償請求権を取得した。

C  訴外亡木戸うた分損害

1  マルキ本館における営業用備品什器、訴外木戸うた所有品の流失による損害 金六五一万三〇〇〇円

<証拠>によれば、訴外亡木戸うたは、マルキ旅館の営業主であり、本件災害当時武田尾川の氾濫により同人所有の営業用什器、備品、食糧、薪炭等及び同人の所有品につき左記のとおりの損害を受けたものと認められ、これに反する証拠はない。

(一) 座布団、常布団等………金三〇万円

(二) 掛軸、置物、花びん、花器、茶板、将棋盤等…………………金二〇〇万円

(三) 電気器具(冷蔵庫二個、扇風器七個、掃除機三個、ポンプ、ラジオ、バーナー、洗濯機等)………金五〇万円

(四) 膳、食器類………………金六〇万円

(五) 衣類、時計、貴金属類金一五〇万円

(六) たんす二〇棹、机椅子三〇脚、鏡

台二〇個、寝台四個……金一〇〇万円

(七) 自動車七台、オートバイ一台(ホ

ンダドリーム号新車)……金一五万円

(八) 鍋、庖丁、ガス器具、石油コン

ロ、その他の炊事用具……金一〇万円

(九) 玉突台一基…………………金五万円

(一〇) ビール一〇箱、酒二五本…金五万円

(一一) 薪約一、三〇〇束…………金五万円

(一二) 炭一三〇俵……金六万三、〇〇〇円

(一三) 石炭…………………………金五万円

(一四) 米、その他材料…………金一〇万円

2  マルキ別館における営業用備品、什器流失による損害 金八〇万円

<証拠>によれば、訴外亡木戸うたは、本件災害当時谷ケ谷川の氾濫により、営業主として同人所有の衣類、布団、調度品、電話器、電気器具等を流失し、五四年型トヨペツトスーパー自動車一台をかなり毀損され、別館の流失により水道設備、電気工事一式に被害を受けたことが認められるが、右による損害は金八〇万円を下らないものと認められる。

3  逸失利益

金一四七万五、〇〇〇円

<証拠>によれば、マルキ旅館の昭和三五年当時の九月から一二月までの平均純利益は一日金一万五、〇〇〇円を下らないこと、本件災害によりマルキ旅館は同年八月三〇日から同年一〇月一五日迄の四七日間は全面的に営業停止を、同月一六日から同年一二月三一日までの七七日間についてはその三分の二につき営業停止をそれぞれ余儀なくされたことが認められる。よつて、訴外亡木戸うたは右営業停止により金一四七万五、〇〇〇円の得べかりし利益の喪失による損害を蒙つた。

4  よつて訴外亡木戸うたの損害額は合計金八七八万八、〇〇〇円となり、同訴外人は被告らに対し、右同額の損害賠償請求権を取得した。

D  訴外亡木戸うたの死亡と原告らの相続

<証拠>によれば、訴外木戸うたが昭和三五年一二月三一日死亡したこと、そして、原告雅興、訴外なつえ・カンチエーミ、同木戸てい、同里深ふう、同津田よも子が各七分の一、原告祥隆、訴外木戸佐栄子が各一四分の一、訴外木戸靖夫、同谷本ウナ子が各三五分の二、同南健介が三五分の一の割合により、木戸うたの被告らに対する金八七八万八、〇〇〇円の損害賠償請求権及びこれに対する損害発生の翌日である同三五年九月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金請求権を相続により取得したこと、訴外木戸てい、同里深ふう、同津田よも子はそれぞれ金五三万二、〇〇〇円、同木戸佐栄子は金二六万六、〇〇〇円、同木戸靖夫は金二一万二、〇〇〇円の右各損害賠償請求権及びこれに対する前同様の遅延損害金請求権を、それぞれ原告雅興に同三八年八月一五日譲渡し被告らに内容証明郵便をもつて右債権譲渡の通知をなし、右郵便は翌一六日被告県に到達し、被告読売、同大成にもその頃到達したことが認められる。

従つて、原告雅興は自ら相続分の割合に従い金一二五万五、四二八円の前記損害賠償請求権及びこれに対する同三五年九月一日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金請求権を、同祥隆は金六二万七、七一四円の同損害賠償請求権と同遅延損害金請求権を、原告雅興は木戸てい他四名から譲り受けた金二〇七万四、〇〇〇円の同損害賠償請求権と同遅延損害金請求権をいずれも被告らに対して有するものというべきである。

E  損害賠償請求権合計

原告雅興が被告らに対して有する右、A、Cの損害賠償請求権の合計は金一、五三九万〇、六八二円であり、原告祥隆が被告らに対して有する右B、Cの損害賠償請求権の合計は金六九五万五、九六一円となる。

F  被告県は、原告らが武田尾川の真上に暗渠を構築していたため、本件損害は拡大されたもので相応の過失相殺を求める旨主張する。しかしながら、原告らが右のような暗渠を設置していて本件第一被害の当時暗渠にかん木等が引つかかつていたことは前に認定していたとおりであり、そのため原告らに対する被害が多少とも増大したものと考えられるが、この損害発生に対する寄与も、過去に暗渠が原因で被害が生じたことはないこと、前記武田尾川の氾濫の状況、程度からして暗渠が完全に通水しあるいは暗渠が無かつたとしても、被害は到底免れ得なかつたと考えられること等を総合すれば、原告らの損害賠償額の算定につき斟酌する必要はないものと認めるのが相当である。

七結論

以上の次第であるから、被告ら各自に対し、原告雅興において金一、五〇〇万円、原告祥隆において金五〇〇万円及び右各金員に対する本件不法行為の後である昭和三五年九月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求は理由があるので正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、仮執行の免脱の宣言については相当でないものと認めこれを付さないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(松浦豊久 篠原勝美 田中清)

別紙損害一覧表<省略>

目録<省略>

図面(一)、(二)、(三)<省略>

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