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神戸地方裁判所 平成7年(行ウ)35号 判決 1997年2月17日

兵庫県西宮市甲子園浜田町九番二一号

原告

澤瀉久明

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

兵庫県西宮市江上町三番三五号

被告

西宮税務署長 中村成明

右指定代理人

一谷好文

西浦康文

辰田肇

天雲浩一

前田全朗

後藤利江

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告が原告に対して平成五年六月一五日付けでした再更正処分について、欠損金額二二〇〇万六七一八円、還付金額一五万二五〇〇円を超える部分を取り消す。

(予備的請求)

一  被告が原告に対して平成五年六月一五日付けでした再更正処分について、総所得金額三三八万九〇八二円、納付すべき税額七万六四〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対して平成五年六月一五日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、父親から宅地二〇筆の贈与を受けたことについて、平成三年度の所得税において不動産所得に算入し、所有権移転登記に要した登録免許税を必要経費として確定申告をしたのに対し、被告が、右土地取得に係る不動産取得税及び右登録免許税の金額を必要経費に算入しない旨の再更正処分等をしたことから、原告が、これらの税金を必要経費に算入しなかったことを不服として、被告に対し、主位的に審査請求額を超える部分の、予備的に確定申告額を超える部分につき、再更正処分の取消し等を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、平成二年一二月二五日まで、父親である澤瀉久敬(以下「久敬」という。)が営む不動産賃貸業(以下「本件不動産賃貸」という。)の青色事業専従者であった。

2  久敬は原告に対し、平成二年一二月二五日、別紙本件土地の明細記載の二〇筆の宅地(以下「本件土地」という。)を贈与した(以下「本件贈与」という。)。

3  原告は、平成三年三月一五日、本件土地について、本件贈与を原因とする所有権移転登記をし、登録免許税一五八九万〇三〇〇円を納付した。

4  原告は、同年一〇月九日、兵庫県知事から不動産取得税二五三九万五八〇〇円の賦課処分を受け、同年一〇月三一日に一〇三九万五八〇〇円、平成四年一月三一日に一五〇〇万円をそれぞれ納付した。

5  原告は、被告に対し、平成四年三月一六日、平成三年分の所得税について、青色確定申告をした。その際、原告は、不動産所得について、登録免許税の金額を必要経費に算入したが、不動産取得税の金額を必要経費に算入しなかった(以下、課税の経緯については別表記載のとおりである。)。

6  被告は、原告に対し、平成五年二月二六日付けで、右登録免許税は、不動産所得の計算上必要経費に算入できないとして、所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課処分をした。

7  原告は、被告に対し、同年三月一五日、総所得金額及び納付すべき税額のうち確定申告額を超える部分の取消しを求めて異議申立てをするとともに、不動産所得税も不動産所得における必要経費に算入されることを理由として、更正請求をした。

8  被告は、原告に対し、同年六月一四日付けで、更正処分等を同月一五日に取り消したことを理由に、異議申立てを却下した。

9  被告は、原告に対し、同月一五日付けで、更正処分等における更正理由の付記が不十分であったとして、更正処分等を取り消した上で、同日付けで、再更正処分及び過少申告加算税の賦課処分をするとともに、同日付けで、不動産所得税は不動産所得における必要経費に算入することができないとして、更正請求について更正をすべき理由がない旨の通知をした。

10  原告は、国税不服審判所長に対し、同年七月一五日、次の各処分について、審査請求をした。

<1> 被告が平成五年二月二六日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課処分並びに同年六月一四日付けでした異議申立却下決定

<2> 被告が同月一五日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知

<3> 被告が同日付けでした再更正処分及び過少申告加算税賦課処分

11  国税不服審判所長は、原告に対し、平成七年五月二二日付けで、前記<1>の請求をいずれも却下し、前記<2>及び<3>の請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同年六月一三日、原告に送達された。

三  争点

本件贈与に関して原告が納付した不動産取得税及び登録免許税(以下「本件費用」という。)は、所得税における不動産所得の計算上必要経費に算入することができるか否かである。

所得税法三七条一項は、不動産所得の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、所得の総収入金額を得るために直接要した費用及び所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨定めており、同法四五条一項一号及び同法施行令九八条一号は、家事上の経費及びこれに関連する経費について、その主たる部分が所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつその必要経費である部分を明らかに区分できる場合を除いては、不動産所得の計算上必要経費に算入しない旨定めている。

四  争点についての当事者の主張

(被告の主張)

1 所得税法においては、家事上の経費(同法四五条一項一号)が存在することから、ある支出が必要経費として控除されるためには、それが事業活動と直接の関連を持ち、事業の遂行上直接必要な費用でなければならず、その必要性の認定に当たっては、関係者の主観的な判断ではなく客観的な基準に即して判断される。

2 贈与は、財産の所有権を移転することを目的になされる無償行為であり、財産の所有権を移転すること自体が客観的な目的であるから、所得を得るための収益活動つまり業務ではなく、贈与を受けた財産をその後に業務の用に供したとしても、贈与自体を業務ということはできない。

また、本件贈与が親子間でなされたこと、当時久敬が八五歳という高齢であったこと、久敬が死亡した後に原告が久敬所有の不動産全部を相続したこと等の事情によれば、本件贈与は、相続の前渡しとして行われたものといえる。

したがって、本件贈与に伴い支出された本件費用は、所得税法三七条一項にいう業務について生じた費用には当たらず、また、同法四五条一項及び同法施行令九六条一号にいう家事上の費用に当たり、業務の遂行上必要なものとはいえないから、不動産所得の計算上必要経費に含まれない。

(原告の主張)

1 所得税法三七条一項にいう業務について生じた費用には、業務開始の準備段階で生じた費用も含まれるべきである。

原告は、不動産賃貸の用に供されていた土地について、自己の不動産賃貸業を始める目的で本件贈与を受け、これに要する費用として本件費用を支出したのであるから、本件費用は、同条にいう業務について生じた費用に当たり、不動産所得の計算上必要経費に含まれるべきである。

2 被告は、原告が久敬から贈与によって本件土地を取得したことを理由に、本件費用が業務について生じた費用ではないと主張する。

しかし、本件贈与は、原告の意図する不動産賃貸を行うため、また、賃貸人とのトラブル等により久敬が非難を受けるのを避けて同人の名誉を守るために、必要なものであった。

また、不動産賃貸業に供する目的で売買契約又は建物請負契約により不動産を取得した場合、又は株式会社や公益法人が贈与契約により不動産を取得し、これを賃貸した場合には、取得した際に要した不動産取得税、登録免許税は必要経費に算入することが認められるのに、個人が贈与契約により不動産を取得した場合にこれが認められないというのは、不当である。

したがって、本件贈与は、本件不動産賃貸を行うために必要なものであるから、被告の右主張は失当である。

3 仮に、本件費用が家事上の費用に当たるとしても、本件費用は、本件不動産賃貸を遂行するのに必要であり、その全部が本件不動産賃貸の用に供されているものであるから、同法四五条一項及び同法施行令九六条一号により不動産所得の計算上必要経費に当たるものというべきである。

第三争点に対する判断

一  争点に関する法令の内容は前記のとおりであり、証拠(乙一、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告の父久敬は、その妻喜代子が昭和五九年九月に死亡したことにより、同女が所有していた本件土地を含む西宮市近辺の不動産を相続した。右不動産は第三者に賃貸されており、久敬は、この不動産賃貸業を継続することになった。

しかし、久敬は、当時七九歳(明治三七年八月七日生)と高齢であり、それまで不動産賃貸業をしたことがなく、これに関する知識や関心もなかったことから、長男であった原告に本件不動産賃貸をすべて任せることにした。

そこで、原告は、本件不動産賃貸を行うために、東京での勤めを辞め、久敬のいる西宮市に帰郷して、昭和六〇年二月以降、本件不動産賃貸の全権の委任を受けて、久敬の青色事業専従者として本件不動産賃貸に従事するようになり、貸借人との交渉、不動産関連資格の取得、不動産有効活用のための情報収集及び知識の取得、地元不動産関連の専門家との交流等の不動産賃貸に関する事務を、専ら自己の判断で行っていた。

2  原告は、平成二年一二月二五日、当時八五歳であった久敬から同人所有の不動産のうち評価額で約半分に当たる本件土地つき本件贈与を受けた。その際、久敬と原告との話し合いで、原告の弟及び妹に対して代償分割をすることを合意した。

3  原告は、本件贈与の後、本件土地につき自己の名で引き続き本件不動産賃貸を行っている。その後、本件贈与に関して本件費用を支出したことは、前記のとおりである。

また、原告は、本件贈与に伴う贈与税を久敬及び金融機関からの借り入れによって納付したが、久敬に対しては、本件土地の一部を売却して直ちに返済する予定であった。

4  久敬は、本件贈与の後も、本件土地以外の不動産を所有し、原告がこれを賃貸、管理等をしていたが、右不動産についても賃貸人等とのトラブルが発生していた。

5  平成七年二月二六日、久敬が死亡し、同人の相続人は原告と原告の弟及び妹の三人であったが、原告が不動産全部を相続して本件不動産賃貸を引き続き行うことにし、原告の弟及び妹に対しては従前の約束どおり代償分割をした。

二1  前記認定の事実によれば、原告は、本件贈与の前にも、本件不動産賃貸に関する権利をすべて委任され、これを専ら自己の判断で行使していたもので、本件贈与の前後を通じて本件不動産賃貸における原告の活動は全く変化がなかったのであるから、本件贈与は、本件不動産賃貸に必要なものであったとは認められない。

2  原告は、本件贈与が、原告の意図する不動産賃貸を行うため、又は久敬が賃貸人とのトラブル等により非難を受けるのを避けて同人の名誉を守るために、必要なものであったと主張する。

しかし、前記認定の事実によれば、本件贈与の対象になった本件土地が、久敬所有の不動産のうち評価額で約半分であり、久敬が、本件贈与の後も死亡するまで、本件土地以外の不動産を所有していたこと、右不動産についても貸借人との間で訴訟等のトラブルが生じているものがあったことが認められるから、貸借人等から久敬への非難を避ける目的から本件贈与がなされたとはいえない。仮にこの目的を達するために、賃貸人の名義を久敬から他の者に移転する必要があったとしても、賃貸人名義を会社組織等に移転するといった右目的を達するために相当な手段が他にも存在するから、本件贈与が久敬の名誉を守るために必要であったとはいえない。

また、本件贈与の前後で本件不動産賃貸の管理方法が変わっていないことは前記のとおりであり、原告の意図する不動産賃貸を行うことを妨げる事情が他に存在したことについて、これを認めるに足りる証拠はないから、本件贈与が原告の意図する不動産賃貸を行うために必要であったともいえない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

3  かえって、久敬が本件贈与の当時八五歳という高齢であったことは前記のとおりであり、前記認定の事実によれば、原告は、本件贈与及び平成七年の久敬からの相続により同人所有の不動産を全部取得したことになること、及び本件土地の一部は久敬からの借入れを返済するために売却する予定であったことが認められるから、本件贈与は、将来の相続人に対する相続財産の前渡しとして行われたものと解するのが相当である。

そうすると、本件贈与は、家事に関して行われたものであり、このことは、本件土地が不動産賃貸の用に供されていたとしても何ら異ならないというべきである。

4  以上によれば、本件贈与に伴い支出された本件費用は、所得税法三七条一項にいう総収入金額を得るために直接要した費用及び業務について生じた費用であるとはいえず、また、所得税法四五条一項一号及び同法施行令九六条一号にいう家事上の経費に当たるが、その主たる部分が業務の遂行上必要なものであるともいえない。

したがって、本件費用は、不動産所得の計算上必要経費には含まれないものというべきである。

三  原告は、個人が不動産賃貸業の用に供する目的で売買契約又は建物請負契約により不動産を取得した場合、又は株式会社や公益法人が贈与契約により不動産を取得してこれを賃貸の用に供した場合に、その際に支出した不動産取得税及び登録免許税を必要経費に算入することが認められるのであるから、本件費用を必要経費に含めないのは不当であると主張する。

しかし、個人が不動産賃貸業の用に供する目的で不動産を相当価格で取得した場合又は株式会社や公益法人が贈与契約により不動産を取得した場合は、通常当該業務に関するものというべきであって、本件贈与とは異なるから、本件費用を必要経費に含めないことをもって不当であるとはいえない。

また、法人に関する主張については、法人に対する法人税法上の取扱いをもって、個人に対する所得税法上の取扱いの当否を問題にすることはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

四  以上によれば、本件費用を不動産所得の計算上必要経費に導入しない旨の本件再更正決定及び更正をすべき理由のない旨の通知は、いずれも適法である。

第四結論

よって、原告の主位的及び予備的請求いずれも理由がないものであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用した上で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 下村眞美 裁判官 細川二朗)

別表第一

本件土地の明細

<省略>

別表

課税の経緯

<省略>

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