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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)625号 判決 1996年5月23日

原告

小野田志子

ほか四名

被告

伊藤誠一

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告らそれぞれに対し金三四三万二三二七円及び右各金員に対する平成四年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に施行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して原告らそれぞれに対し、金七四四万九九一六円及び右各金員に対する平成四年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成四年二月二四日午後七時二〇分ころ

(二) 場所 大阪府箕面市桜ケ丘一丁目一二番四〇号先市道

(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五三ま七四〇〇)

右運転者 被告伊藤友理(以下「被告友理」という。)

(四) 被害者 藤井喜和子(以下「亡喜和子」という。)

(五) 事故態様 横断歩道を歩行中の被害者に加害車が衝突

2  本件事故の結果

本件事故により、亡喜和子は、頭部外傷、頭部顔面多発挫創、頭蓋骨骨折、外傷性結膜炎、脳挫傷、脳内出血、右手背挫創、両膝打撲の傷害を受け、友紘会総合病院で入院治療を受けたが、平成五年二月八日、死亡した。

3  責任原因

(一) 被告友理は、本件事故の発生につき前方注視、減速・徐行義務違反の過失があるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 被告伊藤誠一(以下「被告誠一」という。)は、加害車の保有者であり、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

4  損害

(一) 看護費 金八九万三五〇〇円

原告らは、亡喜和子の入院期間のうち八日間は職業付添婦なしで、三四三日は職業付添婦と共に亡喜和子の付添看護を行つた。

そこで、付添婦なしの期間は一日あたり金四五〇〇円、付添婦と共の期間は一日あたり金二五〇〇円として算定した。

(二) 入院雑費 金四五万六三〇〇円

一日あたり金一三〇〇円として三五一日分を算定した。

(三) 休業損害 金二六九万一一六〇円

亡喜和子は、本件事故当時、八六歳であつたが、夫の世話をし、主婦業に精励していたから、平成四年度賃金センサスの六五歳以上女子労働者平均賃金年収二七九万八五〇〇円を基礎として、本件事故の日から死亡の日までの三五一日分の合計である頭書金額の休業損害を被つた。

(四) 傷害慰謝料 金二九二万三〇〇〇円

(五) 死亡による逸失利益 金四五八万五六二二円

亡喜和子は、死亡時八七歳であつたが、本件事故がなければ、平均余命のほぼ半分の三年間は前期収入が得られたものと考えられるから、その生活費を四〇パーセントとみて、次のとおり算定した。

2,798,500×(1-0.4)×2,731=4,585,622

(六) 死亡慰謝料 合計金二一五〇万円

(1) 亡喜和子自身 金一八〇〇万円

(2) 原告ら固有の慰謝料 金三五〇万円

本件事故当時亡喜和子の夫であつた承継前の原告藤井豊(以下「豊」という。)が金一〇〇万円、子である原告らが各金五〇万円である。

(七) 葬儀費用 金一二〇万円

(八) 弁護士費用 金三〇〇万円

(九) 相続

(1) 原告ら及び豊は、亡喜和子の相続人であり、その相続分は、本件事故当時、豊がその二分の一、子である原告らが各一〇分の一である。

その後の平成六年一一月二二日、豊が死亡し、子である原告らが豊の債権債務を相続した。

(2) なお、前期損害のうち葬儀費用、弁護士費用については、原告らが法定相続分に従つて負担する。

5  よつて、原告らそれぞれは、被告らに対し、連帯して損害金七四四万九九一六円及びこれに対する本件事故発生日である平成四年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

但し、本件事故と亡喜和子の死亡の結果との間に相当因果関係はない。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実は争う。

三  抗弁(過失相殺)

亡喜和子は、横断歩道上を加害車の対向車の走行の合間を縫い、通行車両等の安全確認を怠つて、小走りでうつむき姿勢で横断したものであり、同女の右過失も本件事故の一因というべきであるから、原告らの損害額を算定するに当たつては右の点を斟酌して減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因

1  本件事故の発生

当事者間に争いがない。

2  本件事故の結果

(一)  本件事故により、亡喜和子が、頭部外傷、頭部顔面多発挫創、頭蓋骨骨折、外傷性結膜炎、脳挫傷、脳内出血、右手背挫創、両膝打撲の傷害を受け、友紘会総合病院で入院治療を受けた事実及び亡喜和子が平成五年二月八日同病院で死亡した事実については、当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら被告らは、亡喜和子の死亡と本件事故との間に相当因果関係がない旨主張するので検討を加える。

(1) いずれも成立に争いのない甲第二号証、三ないし八号証及び一一号証の各一・二、乙第三五、三六号証によれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

ア 亡喜和子は、平成四年二月二四日、本件事故により重症の頭部外傷、脳内出血、脳挫傷等の傷害を受け、直接的に脳が重篤な損傷を受けた。直ちに友紘会総合病院に搬送されたが、意識障害が認められ、手術その他の治療で一時的に若干の改善がみられたものの、全経過を通して意識障害が認められ、長期間臥床を余儀なくされていた。

イ 亡喜和子は、同年二月二五日、急性硬膜下血腫の除去手術を受け、その後も各種検査が実施され、治療が継続され、同年四月九日からリハビリテーションが開始され、しばらく経過が良好であつたが、同年五月二六日ころから傾眠傾向が出現し、その回復までしばらくかかつた。

ウ 亡喜和子は、同年九月末ころから再び傾眠傾向が出現し、意識レベルが低下し、発熱が頻出するようになり、肺炎が疑われたが、しばらくして回復した。

エ 亡喜和子は、同年一二月一一日、またも就下性肺炎を疑われる状態となり、平成五年一月二八日から右肺炎が悪化し、同年二月八日、肺炎と呼吸中枢の機能障害から引き起こされた呼吸不全により死亡した。

浜野医師は、亡喜和子の直接死因につき呼吸不全、その原因として意識障害、さらにその原因として本件事故による頭部外傷等である旨診断した。

(2) 右認定によれば、亡喜和子の死亡の結果と本件事故との間には相当因果関係があるというべきであるが、一般的に高齢者の死因として肺炎がかなり高率を占めているところ、同女は、入院後約一年経過して死亡したもので相当期間が経過しているうえ、その間、リハビリテーシヨンを開始するなど一定の改善もみられたことなどから、同女の高齢による感染症に対する抵抗力、免疫力の低下等が同女の死亡の結果に寄与しているものとみるのが相当である。

そして、その他諸般の事情を総合考慮し、その亡喜和子の右素因が同女の死亡の結果に寄与する割合としては三割と認めるのが相当である。

したがつて亡喜和子の後記損害額中、死亡に関する分はその三割を減ずるべきである。

3  責任原因

当事者間に争いがない。

4  損害

(一)  看護費 金三万六〇〇〇円

前記乙第三五、三六号証及び原告濱崎良晴本人尋問の結果によれば、亡喜和子は、本件事故により平成四年二月二四日から平成五年二月八日まで友紘会総合病院に入院し、右期間中付添い看護が必要であつたこと、そのうち平成四年二月二四日から同年三月二日までは原告らが、同月三日から平成五年二月八日までは原告らが職業付添婦と共にそれぞれ付添い看護をしたことが認められる。

ところで、職業付添婦が付かなかつた期間については、近親者の看護費として一日あたり金四五〇〇円が相当であるが、職業付添婦の付いた期間については、亡喜和子の年齢、受傷状況及び入院状況等を考慮して、職業付添婦の実費以上に、近親者の付添看護費を本件事故と相当因果関係のある損害とみることはできない。

そうすると、看護費は一日当たり金四五〇〇円として八日間分であるから頭書金額となる。

(二)  入院雑費 金四二万一二〇〇円

前記認定によれば、亡喜和子の本件事故による総入院日数を三五一日であり、入院雑費は一日あたり金一二〇〇円と認めるのが相当であるから、頭書の入院雑費となる。

(三)  休業損害 金一三四万五五八〇円

原告濱崎良晴本人尋問の結果によれば、亡喜和子は、本件事故当時、八六歳であつたが、夫の豊と二人暮らしで、持病もなく、一人で買物に出かけ、家事をこなしていたことが認められる。

右認定によれば、亡喜和子は、本件事故当時、八六歳という高齢であつたが、平成四年度賃金センサスの六五歳以上女子労働者平均賃金年収二七九万八五〇〇円の五割にあたる程度の収入を得ていたものと推認するのが相当である。

そうすると、亡喜和子の休業損害は次の計算式のとおり頭書金額となる(円未満切捨、以下同)。

2,798,500×0.5×351÷365=1,345,580

(四)  死亡による逸失利益 金一〇九万三六八一円

亡喜和子は死亡時八七歳であつて、同年齢の女性の平均余命は五・一八年(平成四年度簡易生命表)であるところ、亡喜和子の健康状態、生活状況及び高齢を総合考慮し、死亡後二年間は平成四年度賃金センサスの六五歳以上女子労働者平均賃金の五割にあたる額の収入を得、その生活費は四〇パーセントを要するものとみるのが相当である。

そこで、ホフマン式計算法により中間利息を控除し、本件事故時における亡喜和子の逸失利益の現価を求め、前記素因の寄与割合の三割を減ずると、次の計算式のとおり頭書金額となる。

2,798,500×0.5×(1-0.4)×1.861×0.7=1,093,681

(五)  慰謝料 合計金一三〇〇万円

亡喜和子の受傷の内容・程度、入院期間、本件事故により同女が死亡するに至つたこと及びその経緯、本件事故が同女の死亡の結果に寄与する割合、同女の年齢、その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、原告らが本件事故によつて受けた精神的慰謝料は、亡喜和子固有のそれが一〇〇〇万円、原告ら及び豊固有のそれらの合計が三〇〇万円をもつて相当とする。

(六)  葬儀費用 金八〇万円

原告濱崎良晴本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告らは亡喜和子の葬儀を行い、相当高額の葬儀費用を要したことが認められる。

右認定に本件事故が亡喜和子の死亡の結果に寄与した割合等を考慮し、本件事故と相当因果関係が認められる葬儀費用としては、頭書の金額が相当である。

二  抗弁(過失相殺)

1  いずれも成立に争いのない乙第一号証ないし三四号証によれば、以下の事実が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故の現場は、南北道路と東西道路の直交する、交通整理の行われてない交差点(以下、「本件交差点」という。)の西詰めに存する横断歩道上である。

(二)  被告友理は、本件事故直前、加害車に義母、長男、長女を同乗させて運転し、時速約四〇メートルで西進し、本件交差点にさしかかつた。同交差点付近は、加害車の前照灯及び周囲に街路灯等により比較的明るい状況であつた。

被告友理は、本件交差点を過去に何度も走行しており、横断歩道の存在も認識していたが、同交差点にさしかかるに際し、左方(南側)道路方向に気を取られて横断歩道上の歩行者の確認を十分にはせず、かつ必要な減速をしないで時速四〇メートルのままで同交差点に進入した。

そして被告友理は、亡喜和子に八・六メートルに接近した地点で初めて右横断歩道上のやや東寄り、中央線から約一メートル北付近の同女を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、右横断歩道上のやや東寄り、中央線から約一メートル南付近で加害車前部を同女に衝突させて自車ボンネツト上に一旦跳ね上げた上、路上に転落させた。

(三)  亡喜和子は、本件事故直前、うつむきかげんで、本件横断歩道上を北から南に小走りで横断中、加害車に衝突された。

2  以上の認定事実によると、亡喜和子は、夜間、左右の確認をしないで、信号機の設置されていない横断歩道を小走りでうつむきかげんで横断したものであるから、本件事故の発生につき一因があるといわざるをえない。

亡喜和子の年齢その他諸般の事情を総合考慮のうえ、同女の右過失と被告友理の前記過失を対比すると、亡喜和子の過失が五パーセント、被告友理の過失が九五パーセントとみるのが相当である。

3  亡喜和子、豊及び原告らの前記損害合計額である金一六六九万六四六一円から右過失分を減ずると、金一五八六万一六三七円となる。

三  相続、弁護士費用等

1  相続

いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし一〇、原告濱崎良晴本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、豊は亡喜和子の夫であり、原告らは豊と亡喜和子の子であること、豊は亡喜和子の死亡の日の後である平成六年一一月二二日に死亡した事実が認められる。

右によれば、原告らは、亡喜和子の本件事故による損害賠償請求権及びそのうち豊が相続により承継した権利を法定相続分に従つて相続により取得したものである。

結局、原告らそれぞれが被告らに対して請求できる損害額は、前記損害合計額である金一五八六万一六三七円の五分の一である金三一七万二三二七円宛となる。

2  弁護士費用 原告らそれぞれ金二六万円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は頭書金額が相当である。

三  結論

以上によると、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して各損害金三四三万二三二七円及び右各金員に対する本件事故の日である平成四年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田勝年)

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